■タイトル:蟹と青年のアルバム ■作者:るーじ -------------------------------------本文------------------------------------- 思い出は色あせてしまう。
数多くの経験は、その後に降り注ぐ思い出に埋もれてしまう。
これからきっと僕たちは長生きをするだろう。
その長い人生の中で思い出を大切に残したい。
僕はそう思った。

一つ一つは些細でも。
きっと、何十年か後には宝石よりも大切なものになるだろう。


これは、僕と一人のキャンサーとのアルバムだ。




○海の中からコンニチハ

いつも僕は写真を撮っていた。
一人の時間を持て余していた。
だから、その日は海を見に行った。
近くにある海だけど、子供のころから遊び飽きた場所だったので足を運ばなくなっていた。

違和感を感じてシャッターを切った。
その後?
驚いてカメラどころじゃなかったよ。
カニって横歩きするもんだと思ったのに、まっすぐ走ってきたんだもん。

僕の目の前で力尽きちゃったけどね。
お腹、空いてたんだよね、あの時って。
僕は大きな赤カニと、甲羅の上に上半身をぐったり横たわらせた小さな君の姿を見て混乱してたよ。
本当に混乱していたんだよ?


○青のりがすごい

海の家がやっていたから、焼きそばをごちそうしたんだったっけ。
焼きそばを食べたことがなかったみたいで、ものすごい勢いで食べ始めちゃって。
可愛らしい顔をしてるけど必死さが溢れてて、僕はちょっと引き気味だったんだよね。

でも、気づいた時にはシャッターを切っていたんだ。
笑顔の君が可愛かったのかもしれないし、初めて見る『魔物』を記録に残したかったのかもしれない。
単純に、興味を持っただけだったのかもしれない。

ただ、僕は写真を撮ったことを、家に帰るまで気づいてなかったんだ。
今になって思えば、僕はこの瞬間に、もう恋に落ちていたのかもしれない。


○カニ、襲来

これは翌日の写真だ。
もしかしたら再会出来るかもってことで、また海に行ったんだったよね。
君も待っていたのかな。
僕がシャッターを切ると同時に走ってきたんだもんね。

あの時は本当にびっくりしたよ。
最初に出会った時より驚いたくらいだよ。
だって、最初の出会いはあまりに衝撃が強すぎて、夢か現実かもあやふやだったからね。

あ、そうそう。
最初に君に押し倒されたのは、この時だったっけ。


○改めて、はいチーズ

君がカメラに興味を持った時の写真だね。
僕が真正面から君を見た時でもあるよ。
このとき思ったことは、そうだね。
やっぱり君はカニなんだなぁってぐらいかな。

君の髪は全体を通して、『カニ』だった。
左右に跳ねた2本1対の髪はハサミみたいで赤い色をしていたし、それ以外の髪は甲羅の腹部分に似た色をしていた。
髪が長かったら別の印象だったのかもしれないけどね。
頭のてっぺんにある青水晶の髪留めが下半身カニとお揃いの色だったから。
親カニと子カニだなーって思ったよ。


○やっぱりちょっと狭いかな

あー、これは。
最初に僕の部屋に招待した時の写真だ。
いやまぁ、中学生くらいの子を部屋に入れるのは犯罪臭があるけど。
招待した理由は、確か。
ああ、そうだ。
君がお礼をしたいって言ってたからだっけ。

僕は気にしないって言ったんだけど、君って口数少ないのにすごく押しが強かったから。
あ、押しが強いのは今も変わらないか。
もの珍しそうに部屋を見回す君が何だかおかしくって、シャッターを切ったんだっけ。
僕が笑って、君は不思議そうな顔をしてた。

君は知らない場所に来て落ち着かなかったんだったかな。
ハサミをずっと鳴らしてた。
この頃はまだキャンサーって種族のことをよく知らなかったから、何でハサミを動かしているのかなって思ってた。


○子供に大人気! オムライス

僕がオムライスを作った時の写真だ。
写真の隅に置いてある電灯は、ちょっとした事件の名残だね。
オムライスを食べて喜んだ君がハサミを振り上げて、蛍光灯が大惨事に。
オムライスに破片が飛び散ったのを見た後の君はすごく悲しそうにハサミを下ろしてたっけ。

駄目になったオムライスと電灯を片付けた後で、もう一つオムライスを作ったんだよね。
この写真のオムライスは電灯が床に置いてあるから二つ目ってことになる。
落ち込んだ君を元気づけたくて、ケチャップで絵を描いたんだ。
一度もやったことがなかったからちょっと形が変だけどね。
君はハサミを上げて喜んでいたよね。
この時、僕は君の気持ちを知る手がかりがハサミにあるんだって気づいたんだ。


○最初のデートは、海岸で

まだ、恋をしているって自覚はなかったけど。
このとき二人で海岸を歩いて、いろんな話をしたよね。
僕が大学を中退したことも。
君が一人で海岸にいたことも。

僕たちが似た者同士だってことは、なんとなくわかってたんだけど。
お互いのことを話して。
一緒に歩いて。

キスをしなかったのがおかしいくらいだったよね。
話をして、顔を見る。
それだけで楽しかったよね。


○君との距離

君と会うたびに、少しずつ君のことがわかるようになっていった。
でも。
僕は君に話していないことがあった。

僕は君を見てシャッターを切る。
僕と君との距離は、いつだってカメラ越し。

僕は君が好きだった。
でも、君が怖かった。
君との別れが怖かった。





アルバムを閉じる。
君は、本当にいつだって僕の傍にいた。
傍に居てくれた。
だから、僕は君に惹かれたし。
君も自分の父親と同じ種族である僕に興味津々だった。

君が距離を詰めて、僕が距離を空ける。
その繰り返しの後、僕はここにいる。

「……どうかした?」
「なんでもないよ」

僕は君に、僕の恋人に笑いかける。
君はずっと僕の傍に居てくれた。
そして、僕たちは一つになった。
手を伸ばしてキスをすると、君は目を閉じて受けてくれる。
ハサミを僕の腰に回して、もっとキスをと、君が求めてくる。
舌を口の中へ割り込ませると、控えめに君が舌を伸ばしてくる。

君の唾液は、どこか甘い味がする。
舌を絡めて君の唾液を味わう。
腕を回して抱き寄せると、君の控え目な胸が僕の胸に押しつぶされる。
もう、君は興奮しているみたいだ。
硬い弾力のある乳首が当たっている。

キスを終えて顔を離す。
ぼぅとした目の君が僕を見ている。
そんな君がかわいらしくて、僕は君の体にキスをしていく。
頬、首筋、鎖骨。
少しずつ位置を下ろしていくたびに、君の腹甲から泡が溢れてくる。
君の両手が僕の服を脱がせ、君のハサミが僕のズボンを下ろしていく。
お互いに、準備は出来ていた。


彼女をベッドの上に横たえる。
と言っても、カニの部分があるため、ベッドに乗っているのは上半身だけ。
戸惑うようにさまよう両手を両手で押さえて、またたくさんキスをする。
唇に。
頬に。
首筋に。
胸に。
秘めた場所に。

戸惑う君。
その上にのしかかる僕。
「大丈夫だよ」
「……心配はしてない」
「大丈夫だよ」
ハサミが小刻みな音を立てている。
不安なんだろう。
君が普通の女の子なんだって、よくわかる。

大丈夫だよ。
声をかけてひと撫で。
君は体を震わせる。
泡をたっぷりと手にまぶして、その奥に指を入れる。
きつく、堅く、そして熱い。
何度も指を抜き差しすると簡単にほぐれていく。
君が僕を受け入れているのか。
それとも。
君が魔物だからか。

何度も愛撫を繰り返す。
君が出す泡は床に溢れている。
何度か君は、声なき悲鳴を上げて達した。
そのたびに大量に泡が溢れて僕と君を包み込む。
僕が自分の物を取り出して君に宛がっても、君は気づいていない。
魔物の本能だけが、僕を迎えるように入り口を緩めた。
大丈夫だよ。
僕は君にキスをして、君の奥に入る。

君の中は、熱くて、狭くて。
そして気持ちがよかった。
魔物は痛みを感じないのだろうか。
キスの時以上に君はハサミで僕を引き寄せる。
君は泣いていた。
うれし涙なのか、悲しいのか。
単に感極まっただけなのか。
君の涙をなめとると、少しだけしょっぱかった。


全てが終わり、僕は脱力して君の上に身を横たえる。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
僕が笑いかけると、君はじっと僕の顔を見ていた。
そして、袖を多く余らせた両手で僕の顔を挟んだ。
「どうしたの?」
僕が問いかけても、君はずっと僕を見るだけ。
続きが欲しいのかな。
そう思ったけど、違った。


「大丈夫。私は離れないから」


少しだけ、君が笑った。
今まで見た中で一番、君はきれいな顔をして笑った。
そして、僕を胸へと抱き寄せた。
「大丈夫だから」
もう一度。
君は僕に囁く。
まるで僕が語ったことを返すように。

嗚咽が止まらなかった。
今まで僕が押し込めていた気持ちが、溢れ出したみたいに。




初めて君と体を重ねてから、半年が経った。
人と魔物との結婚にはまだまだ世間からの評判は良くない。
単純に結婚して家庭を作る難しさも加わるから、想像できないほど大変なんだと思う。
「大丈夫」
「うん。そうだね。大丈夫」
僕の心をくみ取った君が、僕の後ろから抱きついて来た。
僕の指には小さな指輪。
君の鋏には大きな指輪。
だから、これからも大丈夫。


○ぼくたちの、新しい関係

また、僕たちの思い出に新しい一枚が追加された。 ------------------------------------------------------------------------------