■タイトル:『とあるスシ屋の板前は・・・』 ■作者:じゃっくりー -------------------------------------本文-------------------------------------

この世界に魔物娘が浸透してはや10年・・・
おかげでいたるところで魔物娘をみる現代。

八百屋でアルラウネやマンドラゴラが売り子を・・・
ペットショップにはネコマタやワーウルフの店員が・・・
下町の町工場ではサイクロプスやドワーフの職人が・・・
神社にはカラステングや稲荷、妖狐の巫女さんが・・・
警備会社にはガーゴイルやドラゴンが・・・
配達業にはハーピーやコカトリスが・・・

そんな中でも特に共存体制が早いうちにできたところ・・・

それは・・・



漁業。



マーメイドやメロウ・・・はてはカリュブディスやシービショップに至るまで。
彼女達はお国柄魚介類を多く摂取するこの国に大変なじんだ。
・・・おかげで全国の漁業関係者の夫婦の実に98%が彼女達との婚姻を結んだ者たちであった。


ちなみに彼女達の助力のおかげで肉社会から魚社会に切り替わったのは余談である。


そんな時代、魚卸市場に新たに寿司屋が開くという。
新聞記者である「アナタ」はその噂を聞きつけてソノ店にあらかじめ取材の許可を取るため連絡する。

・・・すると?

「・・・イイ。・・・取材・・・歓迎・・・。」
・・・ぶつ切りの会話で、しかもあまり感情が篭っていなかったため少し不安になるも取材の許可が下りた。

急ぎその場所・・・『魚心(うおごころ)』に向かう。




・・・・長い車の運転であちこち軋む体をボキボキ鳴らして背伸びをし、やる気を出して取材器具一式の詰まった大きなアタッシュケースを肩に提げ「アナタ」は市場に足を運ぶ・・・

そこで聞こえてくるのは・・・



「はいっ! 今朝アガりたての××県直送のタラバだっ! こいつの収穫は宮(みや)さんとこのメロウの奥さんだ・・・・20からっ!」
「22!」
「25!」
・・・蟹の横に夫婦と思われる写真があり、それが品質の証明書になっているようで・・・

べつなところでは・・・



「次は海苔だっ! こいつぁ△△県からの直送品、若菜(わかな)さんとこのカリュブディスさん達総出で育てた自信作だっ! ・・・さぁ、まずは10からっ!」
「50ッ!」
「・・・・80っ!」
・・・今度は岩場で沢山の人(?)の集合写真だ・・・


・・・・・・・・・写真をみてハァハァ言ってるヤツがいるのは・・・キットキノセイデスヨネ・・・・

と、なんやかんやで店の前までやってきた。
・・・周りの店は全員魔物娘のお店だった・・・

どうでもいいが・・・ちょっとした疑問が・・・・





『市場に来てまだ一度もスキュラにあっていない・・・』




・・・どういうことだ?
・・・まぁそんなことは置いておいて・・・

純和風の昔ながらの風貌の店の引き違いの木格子のガラス戸をガラガラと開けると・・・

「・・・いらっしゃい。」
・・・頭にねじり鉢巻を巻いて、眠気眼の半目でこちらをみて、板前服を着たかわいい女の子がいた。

「あ・・・えっと・・・今回取材を申し込んだ・・・・」
「アナタ」はその少女に少しばかり呆けていたが直ぐに自分が何者かを伝える。だが・・・

「・・・・知ってる。・・・・そのために店開けた。」
・・・本来休みだったようで・・・取材のために態々あけていただいたようだ。
・・・非常に申し訳なかったが・・・

「・・・・気にしてない。・・・・席について。」
・・・どうやら顔に出ていたようで・・・
心の中で謝罪しながらもちょうど彼女の前になるようにカウンター席に座る。
・・・礼儀云々の前に選べるほど席はないんだが・・・
座った席の隣の席へ取材器具を置く。

「・・・・まず・・・・なにがいい?」
準備が整うまで待っててくれた彼女はやはり眠そうな目で言葉少なく要点だけを纏めて聞いてくる・・・
「アナタ」は空かさず・・・

「では・・・旬のものを・・・」
彼女はコクンとうなずくと・・・柄の大きい、でも刃は普通のサイズの包丁を取り出し・・・

「・・・まず・・・・鱸(すずき)・・・」
・・・一体どうして・・・・彼女の包丁裁きは人間の板前のソレと全く引けをとらなかった。

「・・・次は・・・・真鯵(まあじ)・・・」
・・・あの大きい手を器用に使い、時に水かき(?)をも使って整えて握った寿司は型崩れが無く・・・挙句端で持っても崩れない。
しかしっ! 硬いか?といわれればそうではない。口にたどり着き舌が銀シャリに触れた瞬間だ。まるで砂上の楼閣のように一気に崩れ酢飯独特のフワリトしたにおいが口内に充満する。
しかしそれだけで終わらない。
崩れ落ちたことにより今まで支えていたネタはスルリと下の上にゆっくりと落ちてきて・・・旬といわれる理由を舌に直接訪い掛ける・・・
もうソノ頃には酢飯の皆はすでに胃の中へ撤退していた・・・

その間、わずか数秒。

だが・・・「アナタ」は今まで食べてきた食品でここまで長い数秒を感じたことは無かっただろう。
それほどまで・・・そのたった数秒を味あわせてくれる目の前の少女がただのお飾りの板前でないことは確かだった。

「・・・次は・・・変り種・・・・飛魚(トビウオ)。」
そしてこの客である「アナタ」の心を見ているかのような食材の采配。

裁き、握り、出す。

そのたった3工程を過ぎただけで・・・いや、彼女の手による3工程でただの食材はその存在を確固たるものにし「あなた」の脳内に刻み込んでくる・・・

「・・・本命・・・ここでしか・・・食べれない・・・・マグロのカマ。」
・・・素晴らしい・・・素晴らしすぎる。
タイミングも、需要もばっちりのタイミングだった。

「・・・・締めで・・・卵焼き・・・」
・・・鼻を擽る香ばしい焼き物の匂いに意識を戻せばやはり通常より柄の太いものにさらに濡れタオルをまいてある卵焼き用の専用フライパンでクリックリッと何度も返しをしていた。そして少し厚みのある卵焼きができた。
・・・出されたそれを箸で挟み持ち上げるとプニッとした弾力が箸に伝わる。だが崩れない!
そしてその卵を口に含む・・・出来立てもあってアツアツだ。
だが歯をたてて割った瞬間、プニッという抵抗を越えたところに思わぬ伏兵がいた。
それは・・・とろとろの卵だ。
オムライスとかでよく言うふわとろのアレである。

このふわとろ感・・・出そうとするとそれなりの腕が必要だったはず・・・

「・・・どうだった?・・・・おいしかった?」
そうといかける板前は相変わらずの半目であったが・・・

「最高の時間でした。ご馳走様でした・・・」
「アナタ」が満面の笑みで答えると・・・

「・・・ふふ・・・おそまつでした。」
・・・微笑みで返された・・・



・・・一通り取材が終わり帰り支度をしていると・・・

「・・・あなた・・・独身?」
・・・変なことを聞いてきた。
頷いて返すと・・・

「・・・好きな魚は?」
・・・正直に「アナタ」は答える。
すると・・・

「・・・そう・・・・明日、仕入れておく。・・・だから・・・」










『また・・・・・・きて・・・・・・ね?』










・・・その日以来「アナタ」は毎日やってくる常連の一人になった。

【完】
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