■タイトル:『相乗効果って知ってますか?』 ■作者:じゃっくりー -------------------------------------本文-------------------------------------

ザァー…

滝の傍のとある祠が祭られている薄暗い洞窟の中。
普通であれば熊や小動物などが住み着くのが定石であるがこの祠が祀られてあるこの洞窟はそういった動物が全くいない…

なぜ、と言うと丁度洞窟の奥から気だるそうにしながら出てきた彼女が原因…否、彼女を敬ってのことだろう。

「ふわぁぁ…縁(ゆかり)さぁん、いるn…あ、私としたことが…」
そんなズリズリと下半身を引き摺りながらキョロキョロ寝ぼけ眼の目をその厳つい鱗が幾重にも重なった固そうな手で擦るその動作の途中で彼女はハッ! と思い出したように見開き固まってしまった。

「縁さんは殿方の所へ行ってしまったのでしたね…ふぅん、癖が抜けませんね…」
ふぅん、と独特の溜息を一つして心底ガッカリした様に肩を落とすとその今にも零れてしまいそうな着崩した着物の中にある大きな塊がその動作に伴ってプルン♪と揺れるではないか。

「ぅぅ…それにしてもお腹がすきました…ふぅん…どうしましょう…」
誰かと喋っているわけでもないのに自然と敬語になるその物腰から穏やかな気性であること、さらには簡単な腕の上げ下げや頬杖などの動作ですら上品にこなす様に気品が高いことが窺える。

「ふぅん…またお魚でも食べようかしら?」
そんな彼女は先に述べた通り手の部分が幾重にも重なった鱗、膜の張った独特の耳であるがリザードマンやサラマンダー、サハギンか?…と聞かれれば答えはそのどちらでもない。

「竿…はこの間折れてしまったのでした…あ、尻尾で釣りましょう♪」
と、後ろを振り向いて手でフリフリと嬉しそうに揺れる下半身をポンポンと叩く。
良く見ればラミア種特有の蛇の下半身であるが背中に当たる部分には尻尾の先から上半身との境目くらいまで毛が生えている。

そう言うや否や道具置き場へ足早に(?)移動し壊れたつり竿を見つけて分解をすると糸だけを纏めてその両端のうち針の無い方を自身の尻尾の先端に巻きつけて今度はそのまま洞窟を抜けて滝が作り出した天然の堀へと移動をし始めたのだった。

「〜♪ 〜〜♪…あぅ!? 糸がつ、角に…っっ!?」
その堀めがけて釣りの鉄板である浮きと針がついた糸をまるで釣り人のそれの様に自分の尻尾を撓らせてこれまた見事な着水を決めた。

が。

彼女の頭には人についていない且つ魔物でも数えるくらいしかない種族的特長の角があった。
その角は他の魔物から見ると独特な形をしており横ではなく後ろに伸びていて長さも申し分なかったのだがその長さが仇となりスウィングした釣り糸の途中部分が運悪くひっかかってしまったのだ。

「ふ、ぅん! ぁう…と、とれないぃ…っっ!」
更に先程述べたとおり【申し分ないない長さ】の角の先端付近に絡まってしまったので…
文字通りの苦虫を潰したような顔で悪戦苦闘をしている様である。
どうやら人間部分はさほど柔軟に優れてはいないみたいだ。
それゆえその絡まりまであと5センチ、というところで彼女のゴツゴツした手は空をきりつつ時折その角に当たってカツンカツンと乾いた音を森の中に響かせるのであった。

彼女が悪戦苦闘している中、堀のすぐ傍の森から物音がするも彼女は気付かないようだったがそちらへと視線を移すと…

「…先客がいたよ…しかも魔物さんかな? 何か困っているみたいだけど…うぅ〜ん…」
一人のラフな格好をしてつり道具をもった青年とも少年とも言える男が立っていたのだがまだ彼女は気付かないようで…

その彼の足元を見ればまだ片足が茂みにあり且つ踏み出してあった足の靴底の草がまだ弓なりになっているのを見る限りまさに今来た、という様子だ。

「ふ、ぅぅん…んぅぅっ…」
「……あのぅ、いかがしました?」
彼は普段のこの太陽が昇りきって少し後のこの時間帯であまり見かけない先客のその様子を観察していたが、見ていれば見ているほどに彼女は情けない声を上げて一生懸命に角の先の釣り糸へと手を伸ばそうとして届いていないと言う天然振りをずっと見たせいで危険はないと判断し彼女へと声をかけることにしたようだ。

「へ? あ、これはこれは良い所に。そこなお人、この糸を取っていただけないですか?」
「っ! え、は、はぁ…」
その声に反応した彼女はその凛とした切れ長の目を男のほうへ綺麗に纏まったまさに透き通るような白い肌の小顔ごと向けると人で言う腰まで伸びた藤色の髪が宙に舞う。

(…美、美人さんっ。)

彼は一目で彼女に心奪われてしまったようで一瞬反応が遅れてしまった。
しかし彼は彼女の助けに工程の意を示すとそのまま彼女の傍まで近づいて彼女が頭を少し下げて項を見せるように前を向く。
その動作に彼はまた心臓が跳ね上がるも先程とは違い今度は少し落ち着いた態度をとることができた。

「…いしょっ、と…はい、外れましたよ?」
「あぁ、どうも有難うございま…っ!」
すぐさま彼女の立派な角にかかった釣り糸を解いて彼はその蟠りが取れたことを彼女に伝えると彼に角が当たらないようにとゆっくりと振りむいて礼を伸べて顔をあげたところで目を見開いて動作が止まってしまった。

「…え、えっと…何かついていますか?」
「っ!? い、いえ、ちょっと思うことがありまして…」
ほんの数秒のことだったが彼はバツが悪くなったので彼女に当然のように疑問を投げかけるとただ彼女は「なんでもない」と言ってフイッと視線を少しずらすもチラッ、チラッと何度も彼を視線で覗くものだから彼にとってはこれまたバツが悪い。

どうしたものかと悩んだ彼だったがその沈黙は突然破られる事となった。

「…ぅぁっ!? き、きたッ! 」
「お、おぉ! 中々の当たりですね!」
糸が解けて数秒で魚が彼女の竿(…まぁ尻尾ですが)にデカイ引きがきた。
すぐさま彼女は尻尾をうまく使い手元へと徐々に寄せていき、気の利かせた彼はそのまま彼女の針を食っている魚に掬い網を当ててこれまた見事に引き上げる。

息の合ったコンビネーションでとれた魚はやはり大きものであり彼がその魚を見るや…

「こ、これはココらへんの主ですっ!」
「お、おぉ…だからあんなに重かったんですか…」
つれたモノに狼藉する彼に彼女も驚いたような表情でその魚を見ていた。
だが彼女はやはり頻繁に彼へとまた視線をチラチラと送っていたのだが彼女はハッ、とした顔になりすぐさま微笑んでこう言った。

「うぅん…私一人ではあまり美味しくいただけませんので…もし宜しかったら一緒にお食べになられませんか? えっと…」
「えっ、あ、失礼しました。僕は【啓(けい)】と言うしがない高校1年生です。」
「これはご丁寧に。私は祠に祀られている龍の【籠(かご)】と申します。それでお返事のほうは…」
女性に対して名乗らないのは如何と簡単な自己紹介をお互いに済ませると籠はやや屈んで上目遣いで返事の催促を行う。
その重力に絶対服従する大きな山がゆさりと揺れた瞬間、啓はその存在感の大きさに生唾を籠に聞こえないように静かに飲んだ。

「…も、もしお邪魔でなければ…ですが…よろしいですか?」
「えぇ、喜んで♪」
下心は無いといえば嘘になるが啓は女性からこのように、ましてや自分の趣味の釣りで話されたことなど皆無なのでちょっと返事に困ったが折角の申し出で断る理由が特に無かったのでほとんど二つ返事で肯定すると籠の顔から眩しい位の微笑が…

「でもコレだけではあまりにも少ないのでもっとつりましょう♪」
「え…えぇ。そうしましょ♪」

この日、啓は…

趣味の合う友達でーー

とても美しい龍でーー

優しいお姉さんでーー



そして…




ーーー将来の妻となる彼女、籠と知り合ったのだった。

【完】


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