■タイトル:乙女たちの史上最大の作戦! ■作者:バーソロミュ -------------------------------------本文-------------------------------------

ここはロンドネルの府庁にある食堂。


昼は将兵や役人で賑わうこの場所も、
夜になれば誰もいなくなる。

しかし、今日に限っては
食堂の厨房に複数人の影が見える。


その上、今もう一人が厨房に姿を現した。


「ごめんごめん!遅くなったわ!」
「大丈夫ですよユニースさん。私たちも今来たところですから。」
「え?本当?」
「ええ、つい30分前に来ました。」
「……、なんていうか…ごめんなさい。」
「ユリアお姉ちゃんって、意外と容赦ないね…(汗」
「ま、まあそう気を落とさないでくださいユニース様。
お仕事が忙しいのは分かりますし…」


厨房に入ってきたのは、ロンドネルから
少し北に位置する国の領主を務める女騎士、ユニースだ。
今日はいつものような白い鎧ではなく、
プライベートの時に、たまに着用している私服姿。
持ち物も、得物である「星槍グランヴァリネ」ではなく
何かがごちゃごちゃと入っている革の鞄だ。


一方、先ほどから厨房にいるのは

ロンドネル軍に所属する赤髪赤眼の女騎士、マティルダ。
ロンドネルに滞在する、温和的なエンジェル、ユリア。
そして、この国の軍事顧問の妹である新人将軍、フィーネ。

の三人だった。

三人とも、ラフな服装にエプロンをしている。




彼女たちが集まった理由は至極単純。
今日は2月13日。


明日は女性たちにとって、どんな戦よりも重要な日だ。



そんな彼女たちの標的はただ一人。
ロンドネル軍の軍事顧問にして、冒険者ギルド長の

エルクハルト・フォン・クレールヘン。通称エル。

だれよりも強く、
誰よりも頭が良く、
そして誰よりも美しい容貌。

そんな完璧超人ともいえるエルにあこがれる女性は数限りない。
それどころか、そのどこまでも女性的な容姿に
男性の中にも彼のファンが大勢いる。

今のところ、世界でも有数のハードルが高い男性である。

しかし、ここにいる四人は
エルのところに比較的簡単に手が届く数少ない女性たちだ。

今から彼女たちは、エルにチョコを受け取ってもらうために
一致団結してチョコ作りをしようというのだ。



ここからは台詞の前に名前付きでお送りします



ユニース「さて、皆さんお集まりいただき何よりです。」

この場は、最後に来たユニースが仕切るようだ。

ユニース「これより、『第一回:エルを×××する会』を開催します!」

フィーネ「なんで真ん中が伏字なの!?怪しすぎますよユニースお姉ちゃん!
     ただにいさんにチョコを作るだけなのに!」

ユニース「しゃらっぴ!これは気分の問題なのです!
     さて、改めてこれからみんなでチョコを作るのですが…」


ユニースは途中から言葉に詰まる。


ユリア「どうしたのですか?ユニースさん。」

ユニース「いえ、今思ったんだけど、
     この面子は意外な問題があることが発覚しました。」

マティルダ「問題!?なんですか?」

ユニース「……、この中で料理が出来ない人、挙手。」


し〜ん。


ユニース「ではこの中で料理の腕前に自信がある人、挙手!」


バババッ!!
全員が挙手をした。


ユニース「まあこんな感じに全員の料理の腕前はかなりの物なのです。」

マティルダ「あ、なんとなくその問題がわかったような気がする。」

ユリア「わたしには特に何も問題がないように思えますが…」



マティ&ユニ『「料理が下手だけど頑張った」成分が足りない!!』

ユリ&フィ『な、なんだってーーー!!』


とんでもないことを言う女騎士二人に、
金髪二人組は愕然とした。


ユリア「あ、あのですね…、それならそれで別にかまわないのでは?」

フィーネ「そうですよ!にいさんには美味しいくて
     甘いチョコを食べさせてあげようよ!」

マティルダ「お二人とも考えてみてください。
      私たち四人はおそらくエル様の好みを知りつくしています。」

ユリア「やはり…、上限目一杯、胸焼けがするような極甘チョコですかね?」

ユニース「その通りです!甘いの大好きなエルの好みに合わせた味となれば
     それはもう砂糖をふんだんに使った激甘チョコになるはずです。」

フィーネ「確かに…」

マティルダ「そして私たち四人はおそらくそれを目指してチョコを作るでしょう。
      そうなれば後はどうなるか…想像は難しくないはずです。」

ユリア「……みんな甘いチョコを作ってしまうため、
    エルさんの心に個別個別の思いが届きにくくなるかもしれませんね。」

フィーネ「それに、そんなにたくさん甘いものを食べたら
     にいさんが本当に病気になっちゃうよ!」

ユニース「逆に、料理の腕前に差があれば、各自で教えあって
     それぞれ個性が出たチョコに仕上がると思うのですが。」

ユリア「私たちはみな、考え方が似てますものね…」


まさかの「三人寄れば文殊の知恵」ではなく
「類は友を呼ぶ」の状況が出来てしまっていた。


ユリア「とは言いましても、エルさんに差し上げるチョコです!
    手を抜くなど考えられません!」

マティルダ「その気持ちはだれでも同じですよユリア様。
      私だって、心と愛のこもったチョコを作りたいです!」

フィーネ「かといっても、このままじゃインパクトに欠けるね…」


四人は少しの間大いに悩んだ。

しかし、それを打開したのはフィーネだった。


フィーネ「そうだ!私にいい考えがあるよ!」

マティルダ「え!?本当!」

フィーネ「にいさん曰く『敵の予期せぬところに戦線を作れ』!
     勝利のカギは、発想の転換にあり!」

ユリア「発想の…転換ですか?」


フィーネ「インパクトに欠けるなら、インパクトを出せばいいと思うの!」

三人『!?』



フィーネの一言は、彼女たちにとってまさに青天の霹靂だった。



ユニース「そうよ!全員の腕前が同じなら、後は迫力で勝負すればいいのよ!」

マティルダ「さすがフィーネ!伊達にエル様の妹やってないわね!」

ユリア「エルさんに驚いてもらうのですね!なるほど!
    それなら人によって個性が出ますね!」

フィーネ「でしょでしょ!」


彼女たちの瞳に、再び活気が戻って行った。
目指すはエルさえも度肝を抜く、インパクトのあるチョコ作り!


ユニース「よーし!誰が一番、エルに驚いてもらえるか競争よ!」

三人『おおーーーっ!!!』



こうして始まった、乙女四人の史上最大の作戦。

この夜遅くまで、四人は厨房で奮闘した。

二度ほど厨房で破裂音が聞こえ、

凄まじい閃光が部屋全体を包むなどして

見回りに来ていたリノアンに怒られたが、

日付が変わるころには四人とも帰宅した。








そして決戦当日。


この日は(主に女性の)諸事情により仕事を少なめにしたので、
ロンドネルの領主ケルゼンは仕事を早めに終え、
今年も物凄いことになっているであろう
自分の部下の執務室を訪れた。


ケルゼン「いようエル!頑張ってるか?」

エル「……仕事なら開始20分で終わりましたよ。
   いくらなんでも少なすぎます。」

ケルゼン「何を言ってるんだお前は。
     お前の真の仕事はまだ机の上に沢山あるじゃないか。
     いやー、うらやましいぞコンチクショウ!」

エル「…まあ、慕ってくれるのはとても嬉しいのですが。」


エルの執務机には、小さな袋が山を形成していた。
もちろん中身は全てチョコレートだ。

エルは律義にも一つづつ開けては、口の中でかみしめていた。


ケルゼン「しっかしエルよ。毎年毎年すごいな。」

エル「ええ、確実に年々増えてます。
   いつもはなかなか男性扱いしてくれないくせに
   こういう日だけは手のひらを返したように。」

ケルゼン「うん。たぶんお前はそのうち世界意思によって呪い殺されるな。」

エル「冗談きついです。」


チョコを食べるたびに、作り手の気持ちは伝わってくるのだが
それと同時に、どこからか「死ね」とか「爆ぜろ」などの
幻聴が聞こえるような気もした。
気のせいだといいのだが…


ケルゼン「でもこんなにたくさんのチョコを全部処理するのは大変だな。
     いくら甘いものが好きなお前でも、限度があるだろう。
     そして太るぞ。」

エル「それは分かっていますが、捨てるわけにはいきません。
   このチョコたちには一つ一つ、渡した者の想いが詰まっているのですから。」


そう言うと、エルはにっこりほほ笑む。


ケルゼン「そうか。ならば安心した。」

エル「?」

ケルゼン「俺がここに来たのはお前を煽るためだけではない。
     俺には俺の仕事があってな。」

エル「ここに来るのがケルゼン様の仕事ですか?」


訝しがるエルを尻目に、
ケルゼンは…


ケルゼン「ほれ、追加分だ。ありがたく受け取れ。」

ドサドサドサドサドサドサ!!

エル「ちょっとケルゼン様!何ですかこれは!?」

ケルゼン「何って?お前に直接渡せなかった兵士たちや役人たちの代わりに
     こうして俺が代わりに持ってきてやったんだ。」

エル「領主がパシられてどうすんですか!?」

ケルゼン「一生懸命食べろよ!」

エル「うぅ〜、ケルゼン様のいじわる…」


もはや口調まで女性になりかけるくらい、彼は追い詰められていた。


ケルゼン「はっはっは。その調子で
     いつまでもみんなの見本になるよう心掛けてくれよ!」


それだけ言うと、ケルゼンは部屋から出て行った。
仕方がないので、エルは再びチョコレートの処理を再開した。



エル「うーん…、甘いのは大歓迎なんだが、非常にのどが渇く。
   だが、紅茶はすでにお湯がないし、
   食堂に行ったらまたチョコが増える可能性がある。
   どうしたものか…」

エルが、何とかして人目につかぬ様に飲料を持ってくるには
どうしたらいいかと考えていた時、


コンコンッ!


???「エル、今いる?」

エル「その声はユニースか。大体の要件は見当がつくが
   まあ、入ってくれ。」

ユニース「おじゃましまーす!」

マティルダ「お疲れ様ですエル様。」

フィーネ「はいるよ、にいさん!」

ユリア「…………」


ユニースを始めとした女性たちは元気一杯に入ってきた。
ただ、ユリアだけはなぜか元気がなかった。


ユニース「あーあ、今年もすごい量ね…」

フィーネ「私もなぜか士官学校の友達から2・3個くらい貰うけど
     にいさんはもう破格だね…」

マティルダ「そして今ここに!新たなチョコが四つ加わるのです!」

エル「だろうと思ったよ。その前に何か飲ませてくれ。
   のどが渇いて仕方ない。」

ユリア「…エルさん。私が牛乳を持ってきました。」

エル「お!これはありがたい!」


エルはユリアから牛乳の入った瓶を受け取ると、
そのままラッパ飲みした。
よほど喉が渇いていたのだろう。


フィーネ「じゃあ落ち着いたところで、
     私たちのチョコを受け取ってね!」

エル「ああ、何だかんだいって俺も楽しみにしてたからな…。
   結構腹は膨れているが、たぶん大丈夫だ。」

マティルダ「ではまず私からです!!」



第一ラウンド…マティルダ・フォン・ベッケンバウアー



マティルダ「どうぞ、エル様♪」

エル「箱に包んできたのか。どれどれ。」


マティルダが差し出したのは、
緑のリボンで包んだ、真っ赤な正方形の箱。
さながらクリスマスプレゼントのようである。

エルが箱を開けるとそこには…

エル「え?」


チョコを作るための型と、ドロドロのチョコが入っていた。
自分で焼けとでも言うのだろうかとエルは一瞬考えたが、
その次の瞬間…


ボウッ!!


エル「うぉう!?」
ユニ&ユリ&フィ『!?』


突如チョコが発火した。

チョコに点火した炎は瞬く間に燃え上がるが、
箱自体は防火性なのか、火が燃え移ることはない。

あまりのぶっ飛んだ事態に、
マティルダを除く四人は大仏のように動けないでいた。


数分たって、ようやく鎮火。

マティルダの顔は、上手くいったとばかりに
とても誇らしげだ。


マティルダ「どうですかエル様!びっくりしましたか?」

エル「バカヤロウ!びっくりしたに決まってるだろ!
   自然発火するチョコなんてあり得ないだろ!」

マティルダ「さあエル様!私が込めた炎のように熱い愛の形を
      お熱いうちに召し上がってください!」

エル「いやいや、危うく火傷するところだったぞ。」


そう言いつつ、もう一度箱の中を見てみると
型の中にはきちんとした形のチョコが見事に焼き上がっていた。


マティルダ「火力を調節するのにはとても苦労しました。」

ユニース「それであなたは昨日
     何回も一瞬でチョコを焼く方法を模索していたのね…」

エル「あの破裂音はお前の仕業か…」


そして何だかんだいいつつ、チョコを一口食べてみる。
直火で強引に焼いたおかげで、外と中の食感に差があり
なかなかいい出来具合に仕上がっている。
まさに奇跡が生んだチョコだと言っても過言ではない。

そして、味の方はといえば…


エル「うん…、甘さはかなり高いが…
   この味は………、ハッカかな?」

どうやら、このチョコはハッカミントで味を引き立てているようだった。

発火とハッカをかけたのだろうか?


エル「色々不安だったが、とても美味しかった。ありがとう。」

マティルダ「いえ、こちらこそ美味しいと言ってくれてありがとうございます!
      来年もまた作りますね!」

エル「出来れば普通のを頼む。」




第二ラウンド…ユニース・ラ・テル・ブルーシェア




ユニース「ふっふっふ、これは私の自信作なの!」

エル「笑い方が妖しいぞ。」


彼女が差し出したのは、瓶くらいの大きさの何かを
クリーム色の包みにピンクのフリルがついたリボンで包んであった。
ただ、その形状は、上部約二割の部分がやや球状で、
その下が急激に細くなったかと思うと、そこから下に行くにつれて
また徐々に広がっていき、最終的には上の部分より一回り広くなる。

それはまるで、テルテル坊主のような形状だ。

エル「…………これはもしや。」

エルには、何か思うところがあったらしい。
ゆっくりと上から包みをとっていくとそこには…


エル「やっぱりか…、こういうのだと思ったよ。」

ユニース「気に入ってくれた?」


出てきたのは、まさにエルの形をしたチョコだった。
顔や髪の毛の長さはとても正確に表現されており、
まさにチョコで作ったエルのフィギアだった。

もっとも、なぜか着ているのは
姫君などが着るようなドレスだったが…


ユリア「…これはまたすごい精巧に出来てますね。」

フィーネ「今度にいさんに、秘蔵の舞踏会用の衣装を着せてあげようかな。」

マティルダ「なんだか食べるのがもったいないわね…」

エル「自分を食べるのか!?何だか妙な感じだ。」


そう言いつつも、自分をモデルにした食玩に手を伸ばす。
そして、上半身から持ち上げようとした時…


スポッ


エル「ほえ?」


なんと上半身と下半身が腰のあたりで分離した!

さらに驚くことに、分離した中から小さいエルチョコが
もう一体出てきた。


エル「………………(汗」


出てきたチョコもまた腰のあたりで分離し、
さらに小さいエルチョコが入っている。

そのなかにも…

さらにそのなかにも…

……




ユニース「どう?インパクト抜群でしょ?」

エル「マトリョーシカつくってんじゃねえよ!」


結局、全部分離した結果、七体も入っていた。
その上、どのエルチョコも形が非常に整っている。
ここまで来ると、もはや才能の無駄遣いだ。


しかし、いちばん外側をかじった時は甘さ控えめの
ほのかなワイン風味だったが、
次の構造はメロン味、その次はブランデーというように
各層ごとに味が違い、そして内側に行けばいくほど
甘さが凝縮されていた。

最後の小さいエルは非常に甘いホワイトチョコレートだった。



エル「ユニース…、これ作るのさぞかし大変だっただろう。」

ユニース「ううん、エルのためを思えば全然疲れなかったわ。」

エル「わざわざ俺のために…ありがとう。」

ユニース「ふふっ、今度は本物のエルマトリョーシカを作ってきてあげるわね!」

エル「ユリアさんかマティルダにあげてくれ。」

ユリ&マティ「………///」




第三ラウンド…フィーネルハイト・フォン・クレールヘン




フィーネ「にいさん、どうぞ♪」

エル「こんどこそまともなものだといいが。」


エルが受け取ったのは、マティルダのよりもさらに小さい桐製の黒い箱だった。
装飾も殆ど施されていない、シンプルな外見だ。

一応、さっきの前例があるのでそっとふたを開けてみる。


♪〜〜♪〜♪〜〜


ふたを開けると、オルゴールが演奏された。
中には、生チョコが二つほど入っていた。


エル「この曲は、『アルトリアへ帰ろう』か…」

フィーネ「この歌…、おばあちゃん達から子守歌代わりによく聴いたよね。」


童謡『アルトリアへ帰ろう』

それは、まだ人類の発展の中心がアルトリアに有ったころにできた歌で、
元々は「夕方になるから自分の家に帰ろう」といった趣旨の歌だった。

しかし、アルトリア周辺が魔界と化し人が住めなくなってからは
ユリス諸都市で望郷の歌として語り継がれている。

高祖父アルレインと曾祖母トルカは
アルトリアで生まれ、アルトリアで育ったため
彼らの子守の際には、この歌をよく口ずさんでいた。


エル「この歌を聞くと、なんか心が和むな。」


ゆったりとした懐かしいメロディを聞きながら、
生チョコを一つ口の中に入れる。


その時であった!!



エル「ごはぁっ!!」

ユニ&ユリ&マティ『ええぇぇーーっっ!!』


突然噴き出したエルに、
フィーネを除く女性陣三人は飛び上がらんばかりに驚いた。


ユリア「ど、どうしたんですかエルさん!」

エル「いや、ちょっと辛かったからびっくりしただけだ…」

フィーネ「勝った!第一部、完!」

マティルダ「いやいやいや、フィーネ!
      あなたいったい何をしたの!?」

ユニース「まさかチョコの中に山葵を!?」

フィーネ「実はね…」


フィーネは驚愕の事実を告げる。


フィーネ「あえてチョコじゃなくて、カレー粉で作ってみました♪」

マティルダ「それじゃバレンタインの意味がないでしょ!!」

フィーネ「だってみんながチョコを作るから、
     にいさんがそろそろ別の物を食べたくなるかなって。」

ユリア「…それはそうですけど。」

エル「くっ、まさか妹にも一本取られるとは……不覚だ。」

フィーネ「にいさん曰く『敵が予期せぬところに戦線を作れ』だったよね。」

エル「おまえは俺に喧嘩をうってるのか?」

フィーネ「へっ?あ、いやいやいや、やだなー
     にいさんと戦って勝てるわけないじゃん!」

わたわたと手を振って必死にごまかすフィーネ。
このような不意打ちでもしない限り、兄な勝つ術はない。


エル「ま、いいか。そろそろチョコ以外のものも食いたかったことだし。」

フィーネ「喜んでくれた?」

エル「本来なら不合格だが…、まあアリだ。」

フィーネ「やったーー!にいさん大好き!」


マティルダ「フィーネ。少し自重しなさい。」

ユニース「エルはともかく、私たちは認めてないわよ。」

フィーネ「…すみません、調子に乗りすぎました。」


女騎士二人による笑顔の威圧で、すっかり小さくなったフィーネだった。




第四ラウンド…ユリア   注)エンジェルに氏はありません。




マティルダ「さて、最後はユリア様なんですけど…」

ユニース「どうしましたかユリアさん?元気がないようなんですが。」

フィーネ「ユリアお姉ちゃん、昨日帰った後も
     あれだけ渡すのを楽しみにしてたのに。」

ユリア「…………」


ユリアは、ただ無言でエルの前に出た。

その瞳には、悲しみと、申し訳なさと、羞恥心が入り乱れている。

しかし、それでもエルと視線を合わせると

何かを決意したように口を開く。




ユリア「………………さい。」

エル「ユリアさん、まさか…」

ユリア「ごめんなさい!エルさん!
    私!私は!チョコを作れませんでした!」

ユニ&マティ&フィ『え…えええ!!?』



まさかの事態に、部屋全体が衝撃を受けた。



ユリア「色々…工夫しようと……試してみたのですが…
    どれもうまくいかず…エルさんの…期待に…
    応えられな……くて…」

エル「ユリアさん…」

ユリア「だから…だから…!…間に合わなかったんです!
    ごめんなさい!エルさん!ごめんなさい!」


ユリアは謝りながら、大粒の涙をボロボロこぼした。

エルは最初、前三人のあまりのインパクトに
自信を喪失したのかとも考えた。


しかし、どうやらもっと深刻な理由があるようだった。


エル「そうですか、それは残念です。
   しかし、俺にチョコを渡したいという意志は
   今でもユリアさんの中にありますか?」

ユリア「…はい、それは…もちろん。
    チョコがあれば…喜んで…。」

エル「だったら、これをどうぞ。」

ユリア「…へ、これは。」


エルがユリアに渡したのは、
エルが執務机の中に常備しているチョコレートだった。

虫がわかないように保管され、
疲れた時などには非常食としてかじっているものだ。
味はもちろん、胸焼けがするくらい甘ったるく
一部では不人気な一般流通チョコだ。


ユリア「これを…どうするんですか?」

エル「………チョコ、今手元にありますよね。」

ユリア「え?あ、ああ!エルさんまさか!」

エル「嬉しかったんですよ、さっきの話を聞いて。
   俺のためにそこまで悩んでくれたなんて…。
   でも、その気持ちが先ほどよく伝わりました。
   今はそれで十分です。」

ユリア「でもっ…それでは、それではっ…」

エル「ユリアさん。
   この日に女の子が男の子にプレゼントするチョコは
   渡す側の気持ちの媒介にすぎません。
   だから、気持ちが伝わりさえすれば、
   何が媒介であろうと、関係ありませんよ。」


もっとも、媒介のインパクトが強ければ
その分心に残るものだが…


だが、エルの言葉はユリアを決心させるのに十分だった。


ユリア「エルさん!あの…!」

エル「はい。」

ユリア「その…!」

エル「はい。」

ユリア「これからも、よろしくお願いします!」

エル「ええ、こちらからもよろしくお願いします。」


こうしてユリアは、エルからもらったチョコで
エルに自分の想いを伝えることが出来た。


フィーネ「よかったねユリアお姉ちゃん!チョコ受け取ってもらえて!」

マティルダ「なんだろう…私まで涙が…」

ユニース「私たちのやったことは何だったのでしょうね…」


他の女性三人もまた、この光景に感銘を受けているようだった。



エル「さてと。マティルダ、ユニース、フィーネ…そしてユリアさん。
   とても気持ちの籠った贈り物をありがとう。
   感謝の印に、これを受け取ってくれると嬉しい。」

そう言うと、エルは鞄の中から
黒い包装と金色のリボンで包まれた長方形のものを四つ取り出した。

四人にはそれが何であるかは一瞬で検討がついた。


ユリア「エルさん、これはもしかして。」

エル「まあ開けてみてください。変なものは入っていませんから。」


包みを開けると、そこには…


フィーネ「チョコだ!」

マティルダ「それも、この色は…ビターチョコですか?」

ユニース「まさかエルからチョコを貰える日が来るなんて…!
     こんな、こんな!」

ユリア「ありがとうございますエルさん!
    とても嬉しいです!」

エル「ああ、その、なんだ。
   ホワイトデーにはお返しをたくさん作らなきゃならないから、
   四人にはその…前倒しということで。」



四人は早速、エルからもらったチョコを食べる。


四人『苦っ!!』

エル「はっはっは!純粋100%カカオのチョコの味はどうだ?」

マティルダ「はっはっはじゃないですよ!びっくりしました!」

ユニース「これが…噂の純粋チョコレート。
     何で甘党のエルがこんな物を…?」

エル「ああ、俺がチョコレートを作るとどうしても味覚が偏るからな。」

ユリア「一応偏っている自覚はあったんですね…。」

エル「そこで、あえて縛りプレイで
   砂糖と乳粉を使わないで作ってみた。」

マティルダ「そんな縛りプレイやめてください!」

フィーネ「く…口の中が痺れる…、何か口直しを…」

エル「じゃあ口直しにほら、さっきユリアさんから
   もらったのと同じチョコだ。」


四人はエルから常備チョコを受け取ると、
やっと混乱から立ち直った。


エル「一応、味見の時は大分苦戦したが
   何とか最後まで食べきれると思う。」

ユリア「自分が苦戦する物を他人に食べさせるのは
    正直どうかと思いますが…」

エル「まあ、それで少しは俺が毎年この日に味わっている苦労を
   少しでも知ってもらえるとうれしい。」

ユニース「うぅ…エルからの愛が…重い、重すぎるよ。」


涙目の四人を見て、
エルは最後に輝くような笑顔と共に一言云い放った。


エル「残さず食べてね♪」

四人『は、はい!』


どうやら、先ほどまでの流れの仕返しの意味も含まれているようだった。

四人は改めてエルにお礼を言った後、次々と部屋を出て行った。





エル「さ、て、と。………………ファーリル。
   いるんだろ、出てこい。」

ファーリル「やあエル。相変わらずモテモテだね。」

エル「何度も言っているが、窓から出入りするなよ。」

ファーリル「まあまあ、そんな細かいことは気にしないでさ
      昨日作ったビターチョコ、好評だったようだね。」

エル「あれのどこを見れば好評だったと思えるんだよ。
   なんか今さらだが四人に申し訳なくなってきたぞ。」

ファーリル「いいじゃん。あの四人にもこの機会に
      エルの苦しみを味わってもらわなきゃね。」


実はエルとファーリルは女性陣に内緒で
ファーリルの家の厨房でチョコを作っていたらしかった。
もちろん、ファーリルの思いつきで、砂糖と乳粉は一切ぬき。


ファーリル「じゃあ僕はまたこの辺で失礼するよ。」

エル「降りるときに気をつけろよ。」

ファーリル「あ、そうだ。これはエルにって。」

ドサドサドサドサドサ!

ファーリル「じゃーね!」

エル「またか…」








その日の夜。

エルは、夕飯も食べずに一心不乱に筋トレをしていた。


エル「233…234…235…236…237…238…」


今日は結局食べてばかりだったので、余分な栄養を燃焼させるべく
いつもよりハードに鍛錬を行う。


エル「498…499…500!よし、これくらいにしておくか。
   汗をかいたから沐浴でもするかな。」


エルは、タオルと寝間着を持って一階に行こうとした。
だが、ふとユリアの部屋のドアに目が行った。


(昼間の深刻な表情の原因が気になるな。
 もう少し深く聞いてみるか。)


エルは、階段を通り越してユリアの部屋の扉をノックする。

コンコンッ。

ユリア「どうぞ。」

エル「失礼します、少々お時間よろしいですか?」

ユリア「ええ、構いませんよ。」

エル「では…」


エルはユリアに、昼間の態度の真相を訊ねた。
するとユリアはやはり困った顔をしてしまった。


ユリア「ですから…昼間にも言いました通り
    満足のいくチョコが作れなくて…」

エル「うーん、ユリアさん。
   実はまだ渡す予定だったチョコを持ってるんじゃありませんか?」

ユリア「!!…どうしてそれを!?」


彼女の表情が驚愕に染まる。


エル「ユリアさんが昼間見せたあの表情…
   あれは、直前まで渡すか渡さないか迷っていたと見ました。
   私の自惚れでなければ、ユリアさんは
   そのチョコを渡せなかった深いわけが
   あるのではないかと思うのです。
   例えば…なにかをやりすぎてしまった…とか。」

ユリア「!!」

エル「マティルダやユニース、それにフィーネは
   味だけでなく、インパクトで勝負をしていた面が見受けられました。
   よって、ユリアさんも何か奇をてらった物を出してくるだろう。
   そう思っていました。」

ユリア「本当に…エルさんは何でも分かってしまいますね…」

エル「見せてください…。
   ユリアさんが本当に見せたかったものを…」


そう言うと、エルは妖艶な笑みを見せた。
会話の流れを聞いていなければ
客観的にはほぼ濡れ場のような状況だ。


ユリアは大いに悩んでいるようだった。

しかし、最後には愛用の小さなカバンの中から
薄紫の包装に白いリボンをかけた、ハート形の物を取り出した。


ユリア「…エルさんに、私から今日最後のバレンタインチョコを…差し上げます。」

エル「ありがとうございます。」


ユリアの顔は、これ以上ないくらい真っ赤だった。


(うーん、なにかこっ恥ずかしいものでも入っているのかな?)


しかし、包みを開けて現れたのは、何の変哲もない
ハート形のホワイトチョコレートだった。

それはまるで、ユリアの心を現すかのような
どこまでも優しく光る、純白だった。


エル「では、いただきます。」


カリッ

ユリア「…っ!!///」

エル「??」


エルがチョコを口に運んだ時、
ユリアの身体がすこし跳ね上がり、顔も今まで以上に赤くなった。


しかし、エルにはその理由が皆目見当つかなかった。


エル「甘すぎず…硬すぎず…、どの点を取ってしてもまさに完璧…
   こんな繊細に味の調整が出来るなんて…」


エルは今まで数え切れないほどのチョコを食べてきたが、
ここまで食べる人のことを考えて作られたチョコは、
いままでなかった。

その上、素材にもこだわっているらしく上等な砂糖を使い、
ミルクはおそらく非売品のホルスタウルスの乳なのだろう。
この独特の優しさは、ソラトのような通でなくても
十分わかるくらい違いがはっきりしている。


改めて、エルはユリアの想いがいかに重いかを知った。
思わず目頭が熱くなるようだ。



……

あれ?なぜか目頭だけじゃなくて
全身が熱くなっていくような…?


そして、チョコの風味の中には微量だが
今まで味わったことのない謎の風味があることに気付く。

だが、そこは深く追求しないことにした。
きっと隠し味か何かなのだろう。



エル「ユリアさん、俺は今世界で一番の幸せ者なのかもしれませんね。」

ユリア「いえいえ、たぶんこの瞬間にも他のどこかで、
    同じことを思っている人が大勢いると思いますよ。」



今日は一年に一度、何かが女の子たちに勇気を分け与えてくれる日。

主神でも、魔王でもない。

それは世界の人々が望む、いわば世界の意思…

今日のもどこかで、世界一の幸せ者が現れる。

エルとユリアは、そのうちの一人に過ぎない。





チョコを食べ終わったエルは、ユリアに就寝の挨拶をして
部屋から出て行った。
これから沐浴に行くのだろう。


ユリア「エルさんが…エルさんが…。あのチョコを食べてくれた…。」


ユリアは放心状態になり、ベットにその身を投じた。
そして…


ユリア「あぁ…、んあぁ……、どうしましょう…どうしましょう…!
    エルさんが、私の……きゃーーっ!」


いつもの清楚なユリアから一変して、
そこには溢れる劣状によがり狂う生娘がいた。


なぜこのようなことになったかといえば、
話は昨夜の合同調理会にさかのぼる。


素材を完璧にしたかった四人は、秘密裏に
密貿易で手に入れたホルスタウルス産の牛乳を持ってきた。

量にかなりの余裕があったため、味見を兼ねて
全員で飲んでみたところ、あまりに美味しかったため
ついつい飲みすぎてしまった。
その結果、愛するエルのためを思って料理をしているのも相まって
全員が妙なテンションになり、最終的に昼間のような惨劇が起きた。


しかし、マティルダやユニース達はまだいい方だった。
ユリアはエルへの想いの強さのあまり、とんでもないことを思いついたのだ。



ユリアは、帰宅の前にあらかじめ下地を完璧に整えておき
フィーネと帰宅した後は、クレールヘン家が全員寝静まったことを確認した後
密かに厨房に侵入し、チョコを再び湯煎にかけて溶かす。
そして…



ユリア「あ……はぁ…、ふぅん…」

くちゅ、くちゅ…くちゅん…

厨房にユリアのくぐもった声と、妙な水音が響く。

ユリア「はあっ……あっ、……ふふふ、エルさぁん…
    待ってて…下さいね…。私が…私が…最高のチョコレートを
    あなたに…送ります…から……、ふぅん…あはぁ…」

そこには、湯煎にかけ終わった鍋を床に置き、
その上にまたがるユリアの姿があった。

いつもの彼女からは考えられない痴態。
この光景をエルが見たら卒倒するだろう。

一応、彼女はこれまでに数回ほど自慰を経験しているため
このようなことで堕天することはないだろう。

指を使うことを誰に教わるでもなく本能的に覚えた。
ただ、自慰の際にはやはりエルの香が染みついたものが
彼女にとっては必須アイテムとなっている。
彼女はエルの香に弱いのだ。

今回使用するのは、台所にあるエル専用の三角巾。

何かなれない料理をしたのだろうか?
いつもはあまり汗をかかないエルの香が
そこそこ滲み渡っていた。

その三角巾を左手で鼻に押しつけ、思いっきり香を堪能する。
エルのにおいは、ユリアにとって何よりも甘い香りのように思えた。


ユリア「うぅん……、すんすん…はぁはぁ、……すうぅ、
    エルさんの…、香り……たまりません…」

彼女の秘所からはすでに蜜が溢れ出し、
ぽたぽたと鍋の中に降り注いでいく。


次第に、ユリアの右手は蜜壺をかき混ぜる動作を速め
ユリアのエクスタシーは加速的に高みに登っていく。
家の住人に気づかれないように、声は抑え気味にしているものの
どうしてもユリアの口からは甘い声が漏れる。


ユリア「え…エルさぁん、…あはぁっ、私は…こんな……うくっ…、
    はしたない天使ですが……んんっ!どうか…どうか…、
    見捨てないで…、いつまでも…おそばに…、はぁっ!んあぁっ!」


そしてついに、ユリアのエクスタシーは頂点に達し
右手でこれでもかというほど蜜壺をかき混ぜた。

ぐっ…ぐちゅぐちゅんっ…くちゃぁ…くちゅん…


ユリア「ひあっ!きた!きました…!この想いが…んああっ!
    どうか…どうかっ…ひゅんっ!え、エル…さんに…
    とどきますようにぃぃぃぃ……ぁぁぁああああっ!!」


ビクンッ!ビクンッ!

ボタボタボタボタッ!!


ユリアは一瞬激しく痙攣すると、秘所から蜜を吹き出し
チョコの中にそのすべてを放った。


ここに、ユリアの愛情がこれでもかというほど詰まった
特製のホワイトチョコレートの原型が完成したのだ。

その過程と正体を知ったら、おそらくエルは驚きのあまり気を失いかねない。
ある意味四人の中で一番インパクトが強いチョコだった。





さて、その後が大変だった。

正気に戻ったユリアは、なんとかチョコを完成させたものの
こんな恥ずかしい物をエルにあげていいのかどうか大いに迷った。


結局ぎりぎりまで迷った挙句、他の三人の前では渡せなかった。

あの雰囲気の中では、中身を口走る危険性があったからだ。



だが、エルは自分の些細なしぐさや表情から全てを察してくれた。
その上、本当のチョコを食べたいと言ってくれた。
そして…、自分は世界一の幸せ者だと言ってくれた。

想いを寄せる男性にここまでされた上に、
自分の蜜入りというとんでもないチョコを口にしてくれた。

もはや彼女は悶絶するしかなかった。


ユリア「私はもう…エルさんなしでは生きていけないかもしれませんね…」



こうして、乙女たちの最も長い一日は幕を閉じた。

明日からはまた、いつもの明るい生活が待っている。
    
それに備えて、この戦いで疲れた心をやすめるとしよう。






ちなみに、ユリア特製チョコを食べたエルは…


エル「…ああ。すっかり、朝だな。
   まさか一睡もできないとは…」

あの後彼は、寝ようと思っても何度か寝がえりをうち
時には壁に頭をぶつけるというエルらしからぬ失態もあった。

眠りに落ちそうになる度に、身体の底から熱い気持ちが噴き出し
自慰でもしないとやっていられない状態だった。
ここ数年間は、そのようなことがあっても鋼鉄の意思で無視していたが
今夜の身体のうずきは尋常ではない。
気がつけば、なぜか自分の胸をまさぐっていたことまであった。

エル「…こりゃあ完全にどうかしてるな。
   しかも、寝なくても朝立ちってするもんなんだな…。
   なんだかんだいって俺も男なんだな。ま、当たり前だが。」

どうやら効果は抜群だったようだ。


なんだかんだいって、
結局全てのチョコの被害を受けることになったエルであった。


------------------------------------------------------------------------------