■タイトル:二つの月の、黒い猫 ■作者:23night -------------------------------------本文-------------------------------------

──黒い猫は、不幸の象徴と言われているらしい。

そうかもしれないと、どこかで思っていたんだ。








俺は、このマンションに一人暮らししている、ごく普通の大学生。
そう、毎月親からの仕送りで切り詰め切り詰め、たまにアルバイトを始めお金を稼ぎ…と結構ギリギリな生活を送る、普通の大学生。

だった。

「お帰りなさいっ!ご飯が先?お風呂が先?それとも…」
「──っ?!お、お前…」

今日も大学の講義を終えて、このマンションに帰ってきた。
鍵をドアノブに差し込み、玄関に入った、矢先がこれだ。
誰かに見られているのではとビクビクする。

普通の大学生をやめた理由が、俺を出迎えたこの黒髪ボブカットの少女にある。

彼女はヒトでは無かった。
ワーキャットと呼ばれる、猫がヒトの姿に成った『魔物娘』…と、部室に置いてある本に書いてあった。
彼女は黒猫のワーキャットで、頭に生えた猫耳は黒、艶めかしく揺れる尻尾も黒、まるでコスプレの肉球手袋、肉球ブーツのような…しかし実際に生えているらしい猫の手と足も黒だった。
しかしその肌は対比するかのように白く絹のようで美しい。
黒のシースルーは殆ど透けていて、体のラインなどは勿論ながら、くびれたウェストや綺麗なお尻なども殆ど丸見えの状態である。
しかし最大の特徴と言えば、スイカのような大きな胸も、淫猥で魅力的な股も、そして自らの視界すらも隠すように巻かれた『黒い包帯』。
全身に巻かれているが所々程度であり、それがより一層色気を放っている要因となるに相応しい。

「──あっあっ、でもとりあえずは抱きしめてー♪私、貴方の帰りをずっと待ってたんだよっ」
「わかった、わかったから!とりあえず鞄とか上着とか"置かせて貰って"もいいか?」
「いやん…"犯せてもらって"もいいだなんてエッチぃ…でも、貴方なら…良いよ…♪」
「そーいうことじゃ…あーもー面倒くさ…」

結局、俺の許可を待つまでもなく彼女は俺に抱き付いた。
体温が平均的な人間よりも温かいため、もの凄い暑いですハイ。

彼女と出会ったのはほんのひと月前だった。
今よりまだ涼しい頃だったから、部屋の窓を開けて涼しんでいた時…彼女が入ってきたんだ。

彼女はその時はまだ普通の猫の姿だった。
いや、普通の猫と言えば語弊があるな。
黒い包帯でぐるぐる巻きで、まるで重傷を負っているかのようだった。

『っ!?ね、猫か…って、お前大丈夫か…?』

そういうと彼女は元気な足取りで俺にすり寄って来た。
大丈夫のようだ…と安堵すると共に、その可愛さにほのぼのした俺は食べていたフルグラを彼女に与えてやったのだ。
あ、猫にとっては毒になる食べ物もあるので、実際に与える場合はネットでよく確認してからにしてね。

その後も一向に出て行く様子も無かったが、何せやたら大人しく利口で、じゃれてくる猫を出す理由も無く、飼っても良いかなぁとも思うほどだった。

俺が布団に潜ると彼女も一緒に入ってきて、所謂添い寝の形になったんだ。
猫だと思って特に何も考えず、身体を触ってもふもふしていたらいつの間にか眠っていて…。

で、変な感じがしてふと目が覚めたんだ。

…目を開けて、ビックリ。
なんせ隣に、女の子が寝ているのだから。

……はやる気持ちをなんとか抑えた俺はベットから這い出て部屋の明かりを付けた。すると、

『うにゃあっ?!びびびっくりしたー!いきなり明かり付けないでよぉ…あっ』

………。

『えっと…何かのサービス…ですか?』

…あまりのことに頭が混乱して、思わず意味不明な言葉が飛び出したのであった。

…それからというもの、彼女は俺の部屋に住み着いている。
平穏な日々はすっかりどこかに吹き飛び、毎日が刺激的な日々になった…といえば聞こえは良いが、ただでさえギリギリの食費が更に圧迫されることになっている。
でも今の悩みの種と言えば、それくらい。

「ほら、ご飯だぞ」
「わーい、ふるぐらだー♪」

俺は器を二つテーブルの上に置くと、その器の中に今日もフルグラを注ぐ。

…まるで、ペットに餌をやるみたいだな。
違う点は、俺も同じものを食うってことだけど。

「いただきまーす」
「いっただきまーす!」

それでも彼女は美味しそうに頬張ってくれる。
その食べっぷりに嬉しくなってにやけると、俺もフルグラを口に運んだ。

「ん…そういえば今更だけどさ、目のところまで包帯してるけど、目は見えてるの?」

俺は咀嚼しながらそう言った。
彼女も持ったスプーンを止めずに口に運びながら、もごもごと応える。

「はいひょうふー、ひゃんとみえへるよー。はほへはー…んぐっ。貴方、紫色の眼鏡してるでしょー、青色の服着てるでしょー…」
「…えっ色までわかるのか?すげぇな…」

…や、やっぱり普通じゃねえよなぁ…。
そこら辺、彼女は人間では無いことを改めて思い知らされる。

「…んふふっ、私の眼、見てみたい?」
「?!」

えっ、いきなりそんなこと言われて思わずスプーンを止めた。
しかし数秒後には彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、スプーンを振った。

「…やっぱダメー♪貴方にはまだ早いよっ」
「な、何だよ結局さぁ…」

これには流石の俺もムッと来た。
…あーなんか悔しい。



悔しいから、無理やり見ることにしよう。

相手は美少女とはいえモンスター、命が無くなってもそこは自己責任。
…いや、なんでこんな下らないことに命張っているんだか…でも、気にさせた奴が悪いっ。


"行為"が終わって彼女が寝静まりかえった後。
寝息を立てる彼女の、目を覆い隠す包帯に手をかけた。
…大丈夫、彼女は一度寝静まりかえった後、一定量の光を感じるまで目覚めることはない。
この一ヶ月、ただ無為に彼女に振り回されてた訳じゃないぜ!

「………」

しゅるしゅる、とその黒い包帯を取っていく。
解いてみて、初めて分かったが…覆い隠すってレベルじゃないぞこの包帯。
かなり何重にも巻かれていて…まるで封印でもされている、みたいな…。

ええい、ビビんな!男を見せてみろ俺!

………

……



…よ、ようやく解き終えた。
こうして彼女の素顔を初めて見ることになったのだが、やはり美人だよなぁ…と一言。
安心したというか、なんというか。
しかし、それでも彼女は目覚めない。不用心というか、なんというか。

「……よし」

ここまでは全て手筈通り。
後は明かりを付けて、彼女をたたき起こすだけ──あ。

…あれ?なんとも嫌な感じがするぞ。
だからと言って、もう包帯は取ってしまったし、巻き直すのもなぁ。
尤も、彼女なら巻き直されても何も気づかないまま過ごしそうなものだけど。

──ええい、今更おこがましいっ!


………………。


あれ?明かりが点かない。停電か?
確かにスイッチを押したよな…駄目だ、何度もスイッチを切り替えても点かな…。

「………!」

「みぃ、たぁ、なぁ〜?」"という言葉がかかれば、まだ幸いだっただろうに"。

実際、彼女は何も言わずふらりと身体を起こし、ベットから出て、俺の方に向かってくる。
しかし、まだ目は開かなかった。



………あぁ駄目だ、こりゃ命尽きたな。
俺ははっきりとそう思ったんだ。

「…やっぱり、怒ってるよ、な」

彼女は何も言わず、ふらりふらりと一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくる。

逃げれるだろうか。だが、逃げはしない。
彼女に殺されるなら、本望だ。

「…逃げない、の?」

彼女はそう、一言呟いた。背筋が凍る。
俺はただ、へへっ、と引きつった笑みを浮かべるだけで精一杯だ。

ここは最期、カッコイイこと言うか。

「…"自分の家族"から、逃げる奴がいるか?」

彼女はその言葉にハッとしてその表情を崩した、気がする。
暗くてよくわからない。だが、そんな気がしたんだ。

「……あぁ、もう。ちゃんと説明してから、"する"つもりだったんだけどなぁ」

彼女はようやく俺の方までたどり着き、俺の首に手をかけた──そのまま俺の首を刎ねる訳ではなく、優しく抱きしめた。

…最期の慈悲なのか。だが彼女の言葉は、優しかった。

「私はね…二つの月を瞳に宿してるの。その月はあまりにも力が強すぎて、周りの光を奪ってしまうほど」

俺の顔を覗き込み、

「貴方の光、戴きます──」

その瞳を開いた──




途端に──全てが闇に塗りつぶされた感覚を覚えた。
視界も、感覚も、思考も全て、真っ暗な闇のような、失われてしまったような──


……金の月と、銀の月?
それが、俺の中に飛び込んできて、それが身体の中で弾けた、ような。


激しい、目眩、が………。




「──………大丈夫、かな?」

彼女のその言葉にハッとして、俺はコクっと頷いた。
気が付くと、俺は彼女に抱き留められていた。彼女は、心配そうに俺を見ていた。

まるで月のように美しく輝く、金と銀のオッドアイ。
それが、彼女の瞳だった。

「……綺麗だね」
「にゃっ!?──えへっ、ありがと…」

俺が率直に感想を述べると彼女は一瞬驚き、それからゆっくりと笑顔を見せた。

俺はぎゅっと、彼女を抱き寄せる。
彼女もまた、俺を抱きしめた。

「今のはね、私たちの一族の夫婦の誓いなの」

俺の耳元で、呟かれた一言。

「旦那様の光を全て奪う代わりに、私たちの月の力の半分を、与えるの」
「夫婦の誓い……」

…その言葉にどうしようもないような、しかし確かな幸せを、感じた。

「うん、今、この時から…貴方は私の旦那様、だよ…♪」

そして、お互いの顔をもう一度見つめ合う。

一時はどうなることかと思っていた、今はそんなことはどうでも良い。
俺は彼女と一生、歩んでいけるんだ。

「"ふつかもの"ですが、これから末永くよろしくお願いします…旦那様っ♪」

「……ったく、"不束者"だよ」

唇を重ねたのは、それから間もなく。


………


俺はその後、身体的にも精神的にも、彼女無しでは生きられなくなっていた。
具体的には、彼女が側に居なければ視界が全くの闇で覆われてしまうようになり、逆に側にいれば目を瞑ってでも全て見通すことが出来る、両極端な身体になったのだ。
さらに、暗闇でしか眠れないが、一旦眠れば光を浴びない限りは起きられないという彼女の特性も、そのまま受け継いでしまった。
…カーテン締め切って眠ったら、一生眠り続けることになるなぁこりゃ。

「そういやさ」
「なぁに、旦那様?」

俺は彼女の頭を撫で、彼女と同じ金と銀のオッドアイで、彼女を見つめた。
…こりゃもう明日から、部室の奴らに煽られまくるんだろうなぁ。

「君、まだ名前無いんだよね?…いつまでも"君"じゃ素っ気ないような気がしてね」
「うにゃぁ…うにゃっ?名前、くれるの?」

彼女はパッと笑顔になって、俺と同じ金と銀の瞳で、俺を見つめた。

「うん。ずっと考えていたんだけど…」

…ちょっと、もったいぶってみた。

「…こねこ。苗字込みで双月(ふたづき)こねこだ」
「こねこ…えへへ…こねこ…♪」

ふにゃあ、と無意識に表情を崩し──ハッとして表情を正すと、改めてニコッと笑った。

「旦那様っ、大好き♪」
「俺もだよ、こねこ…」



黒猫は、不幸の象徴と言われているらしい。

やっぱり、そんなことは無いだろうと思う。

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