■タイトル:触手、育てませんか? ■作者:ババ -------------------------------------本文-------------------------------------  学校には数多の委員がある。図書委員・給食委員・保健委員・体育委員・美化委員……等々、これらを纏めて学級委員と呼ぶ。
 委員会の委員を決定する方法は学級ごとで異なるが、何処も殆どが同じだ。自ら率先してやりたい委員会に入る者、諦めと観念で挙手して委員会に入る者、やりたくない委員会を無理矢理押し付けられて委員会に入らざるを得ない者。委員が決定するのは前者が極僅かで、残り二つが大半を占めると言っても過言ではない。

 そして今、とある学校にて一人の冴えない男子生徒がある委員会の委員として選抜された。

「……という訳で、飼育委員は平方君に決定しました」
「はぁ……」

 動植物の飼育を目的とした飼育委員に選ばれた平方孝平は無気力な溜息を吐き出し、肩を落とした。
 物心付いた頃から押しの弱い性格であり、今まで他人の意見に流される人生を歩んできた彼。今回も周囲の意見に流され、嫌々ながらも飼育委員を担当する羽目になってしまったのだ。

 自分のこういった性格は直したいなぁ……と思ったのは幾度とあったが、いざ重要な場面になると周囲の意見に頼ってしまう自分が居り、結局今日まで直せず仕舞いであった。

「じゃあ、本日からの水槽のメダカの餌遣りと観賞植物の御世話を宜しくお願いね。あと教室の電気と戸締りの確認もしといてね」
「はぁーい」

 そして委員会の決定と同時に飼育委員のやるべき仕事をジョロウグモであり、平方の担任でもある渚に頼まれて、本日の学校は終了した。

 孝平の居る国は親魔物派国家であり、共存は勿論のこと、魔物娘と人間が共に学問を学ぶ学校も数多く存在する。孝平の居る学校もその一つであり、ジョロウグモの渚のように学校の教員をしている魔物娘も居れば、孝平と同じく学業に励む魔物娘の同級生も数多く居る。
 時々、魔物娘特有の性欲を爆発させる子も居るが、それさえ除けば基本的に良い子ばかりだ。最も魔物娘にとって性欲は宿命とも言えるので、正直な所どうしようもないと言うのが本音であるが。

 それはさて置き、飼育委員として任命された孝平は放課後の教室に一人で残り、メダカに餌を遣ったり、各クラスに置かれてある観賞用植物に水を遣ったりと飼育員らしい仕事を黙々とこなしていた。
 メダカに餌を遣りながら、ふと視線を外へ向けてみると、校門を出て帰路に付く生徒の姿、そして学校の広いグラウンドでは運動関係の部活動に励む人間生徒と魔物娘の姿があった。
 それだけなら良い。しかし、よくよく眼を凝らして見ると、グラウンドの端に植えられた大きな木々の下に屯する男子生徒と魔物娘の姿があれば、仲睦まじく手を繋いで学校を後にする男子生徒と魔物娘の姿も見受けられた。

 何処からどう見ても見事なまでのカップルである。通常の人間だけの学校だと男女の恋愛は不純行為だと言って規制する所も存在するが、魔物娘も通う学校では恋愛の禁止は魔物娘の権利を著しく損なうものであると判断され、結果的に男女間の恋愛は大々的にOKとなっている。
 おかげでこの学校では男子生徒と魔物娘とのカップルが数多く成立し、最早珍しいものではなくなっていた。寧ろ、その逆にカップルが出来ていない方が珍しいとも言えた。

 因みに孝平自身はその珍しい後者に属する人間であり、彼女や恋人を欲しながらも、未だに手に入れられずに居た。彼自身の容姿は二枚目でもなければ三枚目でもない普通の容姿、成績もそこそこ。何から何まで普通を地で行く、一言で言えば冴えない地味な男子である。

「あーあー。俺にもあんな可愛い子が欲しいなぁ〜」
「なら、君にとっておきの女の子を紹介してあげようか?」

 そんな風にカップル達を羨ましいそうな羨望の眼差しで見詰めていると、突然背後から声を掛けられた。根本的な声色は女性のソレであるが、心地良いバリトンボイスが利いており、まるで歌劇団で男性を演じている女優の声を間近で聞いているようだ。
 そして何気なく後ろへ振り返ると、薄緑色のシルクハットに燕尾服……に似せたキノコを身に纏った、宛ら英国紳士のような出で立ちをしたマッドハッターが勝手に同級生の席に座り、紅茶を楽しんでいた。パッと見は美人であるが、孝平は彼女の姿を視界に入れた途端にゲッと言わんばかりに顔を顰めた。

「エリー……先生!? 何で此処に居るんだよ!?」
「迷える子羊に手を差し伸べるのも教師としての役目だよ。もし何だったら君の溜まっている欲求をボクが解消してあげても良いんだよ?」
「全力で遠慮します」

 マッドハッターのエリーは孝平達の学校では英語を担当する教職員であり、丁寧で分かり易い上に優しく教えてくれるとの事で教育者としての評判は良い。
 しかし、彼女は気に入った男子生徒を見掛けるとマッドハッター特有のキノコ胞子を駆使して生徒を誘惑し、性的に頂いてしまうという一面も持っており、学校内ではエリーの性癖は当然のように認可されている。孝平は『どうしてこんな危ない人が職員で居続けられるのだろうか』と疑問を抱き続けているが、以前として謎のままである。

「それで……女の子を紹介って言うのは、まさか冷やかしとかじゃないですよね? もしくは先生自身がとか?」
「もしボク自身だとしたら、この二人っきりの教室内にボクの胞子を充満させているよ。そうなったら今頃ボクと君は蕩け合って身も心も一つになっていたさ」
「ああ、ですよねー……」

 どうやら自分が彼女のターゲットではないと分かると残念という気持ちよりも、安堵の気持ちが遥かに勝った。確かに彼女は欲しいが、孝平にだって好みやタイプという物が存在する。エリーは紛れも無く美人の枠に入るが、孝平の好みやタイプとして枠外であった。主に性格が。

「じゃあ、本当に彼女を紹介してくれるんですか?」
「勿論、君好みの温厚で大人しい彼女を紹介してあげるよ」
「ど、どうして俺の好みを!?」
「さぁね、乙女の勘……とでも言っておこうか。でも、勿論タダじゃないよ」

 エリーから条件があると切り出された瞬間、やはりかと孝平は身構えた。幾ら教師と言えども、条件の無い善意だけで彼女を教えてくれるとは思ってもいない。だが、少なくとも自分の身体が目当てではないのは先程の遣り取りで分かり切っている。だとすれば、一体何が目的なのか……そう考えながら相手の出方を待っていると、エリーは懐からある物を取り出した。

「これを育てて欲しい」
「は?」

 『これ』と言って渡されたのは掌に収まる程度の小さい球根のような植物の種であった。しかし、人間社会で売られている通常の球根とは異なり、丸い目玉のような模様が入っている。もしかしてと思いながらも、恐る恐るこの球根について聞いてみた。

「あの、この球根ってもしかして……」
「そう、魔界に生息する触手花だ」
「やっぱり!! つーか、何でそんな危険な植物を人間社会に持ってくるんだよ!?」
「危険とは随分な言い草だな。魔界の植物には知恵があり、喜怒哀楽だって表現出来る。愛情を持って育ててやれば、良い触手に育つぞ」
「良い触手って意味が分からないんですけど!? そもそも、どうして俺にソレを託すんですか!?」
「良いじゃないか。丁度、飼育委員になったんだからさ。それに彼女、欲しいんだろう?」

 それを言われてしまうと何も言い返せなくなり、孝平はグッと言葉を押し留めるしかなかった。エリーの魂胆は分からないが、取り合えずこの触手の花とやらを育てれば良いようだ。

「わ、分かりましたよ……。で、これをどうやって育てれば良いんですか? 俺の実家は花屋ですけど、流石に魔界の植物までは取り扱ってはいませんよ?」
「それについてはこの本を呼んでくれたまえ。魔界に関する植物が詳細に記されている。それと触手花は種を植えてから開花までの期間が極めて早い」
「早いって……どのくらい?」
「一週間」
「早っ!? どんだけ成長が早いんですか!?」
「魔界の常識は人間世界の非常識なのさ。その花が開花して、綺麗に美しく育ったら彼女を紹介してあげよう。では、頑張りたまえ」

 そう言い残してエリーは教室を後にした。残された孝平は手渡された魔界植物図鑑と球根の双方を見遣って、小さく呟いた。

「マジかよ……」



 家に帰って孝平は自分の部屋へ戻るや、早速図鑑を見開いて触手花のページと睨めっこしていた。幸いにも図鑑は自分でも読める日本語に翻訳されており、その育て方や特徴などが事細かに記されており、孝平が当初抱いていた『ちゃんと育てられるか』という不安は幾分か和らいだ。

「へぇー、流石は魔界の植物だな。水無し太陽無しで育つとはなぁ。土は……園芸用の土でも大丈夫か。問題はコレだよなぁ」

 植木鉢の中に園芸にも用いられる市販の培養土を入れて、その土中にエリーから手渡された球根を植える。此処までは通常の草花を育てるのと全く同じ工程だが、問題は触手花を育てるのに絶対に欠かせられない栄養素―――魔力だ。
 魔界に生息する触手植物は魔物達が発する魔力を糧としており、膨大な魔力が溜まっている魔界の一端には森のように大量の触手植物が群生する地域がある。
 しかし、ここは人間社会だ。魔物娘との交流が進んでいる時代とは言え、本場の魔界と比べると魔力の濃度はまだまだ薄い。そもそも魔力なんて人間の目には見えない物であり、それをどうやって触手花に与えるのかさえ分からないのだ。

「マズいなぁー。こりゃ、明日にでもエリー先生に魔力の代用品について聞くしかないか。……ん、何だこれ?」

 諦め半分に本を閉じた際の衝撃で図鑑の一番後ろに挟み込まれていた小さいメモ用紙が足元に落ち、それに気付いた孝平は腰を屈めてメモを拾い上げた。そしてメモの中身に目を通すと、そこにはエリーが孝平宛に書いたアドバイス的なものが書かれてあった。

「おお! エリー先生も気が利くじゃねぇか! これならすぐにでも育てられるぞ。ええっと、魔力の代用品に必要なのは……っと」

 幾つか書かれてあるアドバイスを一つ一つ読み通し、遂に魔力の代用品となる事が書かれてある蘭に辿り着く。そして嬉々とした表情で代用品となる物を読んだ瞬間、彼の表情が固まった。

「……は? えっ、マジで?」

 見間違いか、或いはエリーの間違いではないかと思いたかったが、その部分は余程重要なのか赤いラインで強調されている。となると、強ち間違いではないのだろう。
 魔力の代用品として書かれてあったのは人間の精……即ち、男性ならば精通すれば誰でも出る精液であるとメモ用紙には書かれてあった。

「冗談か? いや、魔界の植物だし……な。それに魔物娘の中には精液を餌にする奴も居るって聞くし……」

 事実かどうかはさて置き、孝平には他に成す術も無いのが事実だ。此処はエリーの言葉を信じ、自身のペニスの先端を触手花の球根が植えられた植木鉢に向けた。孝平も年頃の男子であり、精通は勿論のこと、自慰だって経験済みだ。精液を出す事自体に何の抵抗も無いが、問題は出す先にある対象だ。
 
 大抵、自慰する時にはエロ本やエロ雑誌などと所謂オカズを見ながら抜くものだが、今の孝平の目の前にあるのは何の変哲もない植木鉢のみ……。これで抜くのは中々の至難の業である。

「いや、植木鉢だけを見たら駄目だ。何かオカズになる物を……」

 植木鉢ではなく、興奮するオカズを見ながら抜いた方が早い。そう考えて孝平が机の引き出しから取り出したのは、一人の女性が映された写真だった。
 切り揃えられた黒髪のボブカットの髪形に上目遣いが似合いそうな円らな瞳、第一印象が可愛いと思える写真の少女は孝平が通う学校の同級生だ。魔物娘では無く普通の人間の女性であり、大人し目で少し引っ込み思案な性格が孝平の好みにドストライクだった。

 しかし、悲しい事に彼女は去年の春頃に転校してしまい、結局孝平が想いを告白する事無く離れ離れになってしまった。それが平方孝平の人生の中で最大の悔いだと自負している。そして今尚彼女への恋心を引き摺っており、挙句には彼女をオカズにしてオナニーに興じるという日々を送っている。

「さてと、由比ちゃん。悪いけど、今日も俺のオカズになってくれ」

 ちょっと罪悪感はあるものの、これも彼女を手に入れる為だと自分に言い聞かしながらペニスを扱き始めた。
 頭の中に思い浮かべるのは片想いの彼女と裸で抱き合い、乳繰り合ったり、組んず解れずの乱れ合う卑猥な光景だ。妄想が激しくなればなるほど扱く手の動きも速くなり、遂にその瞬間が訪れる。

「くっ! イクっ……!」

ドビュッ!! ビュルルルゥッ!!

 若々しい雄の白濁液が植木鉢に注がれていき、地面の土と混ざり合う。何ともシュールな光景ではあるが、当の本人の意識は目の前の写真に写っている彼女に夢中だ。

「あー、気持ち良かったよ……。由比ちゃん……」

 片想いの女の子の名前を呟き絶頂の余韻に浸る孝平だが、この時彼は気付いていなかった。植木鉢に入った土が凄まじい勢いで精液を吸収し、消えて無くなっている事に……。



 そして時はあっという間に過ぎ去り、約束の一週間を迎えた。一日に一回のペースで精液を掛け続けた結果、土から芽が芽生え、みるみると花の蕾を形作っていった。恐らく今日にでも花は開くであろう。
 あくまでも触手なので美しさ等は期待出来ないが、それでもエリーと交わした約束は花が開花するまでだ。その後の事なんて知った事ではない。

 そして今日中に花が開花する事を学校で出会ったエリーに伝えると、彼女の反応は意外な程に冷めたものであった。

「そうか、それは良かった」
「いや、良かったって……最初この話を持ち掛けて来たのはエリー先生だろ? それよりも約束の彼女を頼みますよ」
「……君は一つ勘違いをしているようだな。ボクと君が交わした約束は花を開花させ、“綺麗に美しく育てたら”彼女を紹介してやろうと言ったんだぞ?」
「へ? それってどういう―――」
「さては、図鑑をよく読んでいないな。触手花は開花した後も愛情を込めて育ててやれば、その分美しく、そして卑猥に育つ植物なんだぞ」

 最後の言葉に突っ込みたいのも山々だが、それよりも彼女の言葉を分かり易く言い換えれば次の通りだ。

「…………ちょっと待て! まさか開花させた後も育てろって事なの!?」
「当然じゃないか。触手花は開花した後の育成が肝心なんだ。まぁ、一番美しく見栄えの良い時期は……開花してから一ヶ月って所だろうな」
「い、一ヶ月!?」

 勘違いと言えども一週間頑張れば彼女を紹介して貰えるという期待が大きかっただけに、一ヶ月という台詞は正に鈍器で頭を殴られるような衝撃であった。

「おや、もう降参するのかい? あと一ヶ月だと言うのに、諦めが速いんだね?」
「わ、分かりましたよ!! やってやろうじゃないですか!!」
「ふふふっ、その意気だ。因みに美しい触手花の特徴だけどね、花自体が鮮やかな緑色で、触手は濃厚な紫が美しいと言われている。君がどれだけ美しい触手花を育ててくれるのか楽しみにしているよ」

 そう言い残してエリーは立ち去り、一人残された孝平はぐっと拳を握り締めた。ほぼ勢いで言ってしまったが、後一ヶ月頑張れば全て報われるのだ。その為にも触手花を綺麗に育てなくてはならない――――新しい目標が孝平の前に現れた。



 その日の学校を終えて花屋を営んでいる自宅へ帰ると、何時もはまだ花屋の仕事をしている途中の母親が孝平の姿を見るや、真っ青な顔で彼の所へ駆け寄って来た。

「こ、孝平! ちょっと良い!?」
「ん、どうしたんだよ。母さん?」
「あんたの机の上に置いてある植木鉢の植物だけどさ、アレは一体何なの?」
「ああ、アレの事ね? アレは魔物の先生から貰った珍しい魔界の花なんだけどさ、飼育委員だから次いでに育てて欲しいって頼まれちゃって……」

 アレと表現する力は乏しいものの、先に植木鉢の植物と述べてくれたおかげで孝平も母親が言おうとしている事を察する事が出来た。また触手花を育てる本当の理由も彼女を得る為と言う不純な動機を実の親の前で言える筈も無く、あくまでも先生に飼育を頼まれたと誤魔化しておいた。

「で、その花がどうかしたの?」
「いやね、今日あんたの部屋を掃除しようとしたらさ……あの花が咲いててねぇ」
「え、咲いたの!?」

 花が咲いたと聞かされた途端に孝平の顔にパッと花が咲いたような笑みが零れる。それもそうだ。手塩を掛けてならぬ、精液を掛けて育てた大事な花が漸く花を咲かせたのだ。
 それを聞いたら居ても立ってもいられなくなり、孝平は母親の話しの続きも聞かず、急いで自分の部屋へ駆け込んだ。そして真っ先に自分の机の上に置いてあった植木鉢を見ると、朝出る時は蕾だった花が花弁を開かせて咲いていた。

 チューリップのように大きくて分厚い四つ花弁は世にも珍しい薄緑色をしており、花弁の一枚一枚には球根に描かれていたのと全く同じ目玉の模様が描かれている。ソレだけを見るならば美しい花と言って心和めたに違いない。
 しかし、花弁の内側には細かくて小さいイボイボの触手が魚の鱗のようにビッシリと満遍なく生えており、更に雌蕊と雄蕊のある部分には極太のミミズのような触手が三十本近く密集している。

 そこで漸く孝平はコレを見た母親が言わんとしていた事を理解した。

「ええと、母さん……何て言うか、ごめん」
「学校の先生に頼まれたのなら……仕方ないわよね」

 普通の人間がこんな不気味な植物を目の当たりにしたら、思わず処分したくなる気持ちも分からないでもない。そう思えるほどに触手花は気持ちの悪いものであった。
 取り合えず孝平に出来る事は、触手花で気分を悪くした母親に謝罪し、この触手花は見た目に寄らず人間に害を及ぼさないと説明する事だけであった。



「だけど、図鑑で見た以上に強烈な見た目だな。コレ」

 部屋に一人きりとなった孝平は改めて図鑑の絵と現物の触手花を見比べて、その強烈な生々しさに驚きを隠せなかった。図鑑にも現物と同じような触手花の絵が描かれてあるが、やはり二次元と三次元ではリアリティというものが違う。
 もしうねうねした触手を極端に嫌う人間ならば、即座にコレを投げ捨てていたかもしれない。幸いにも孝平にはそっち方面の耐性があった為に、コレを捨てようという気は起こらなかった。寧ろ、魔界産の植物故に捨てた場所でも元気に増殖しそうな気がするのだが……。

 それはさて置き、図鑑で色々と触手花の生態について学びながら、ある事実を孝平は確認した。

 まず一つ目は、この触手花にはそれなりの知能を有しているということ。エリーも言っていたが魔界の植物には知恵があるらしく、当初は本当なのかと疑っていた。
 しかし、家に帰って来た孝平を見るや『おかえり!』と飼い主の帰還を大喜びで出迎えてくれた犬の尻尾みたいに花弁内の触手を激しくうねらせた。見た目は兎も角、そんな触手花のキモ可愛い仕草に少なからずの愛着心を抱く事が出来た。

 もう一つは触手花の感情……即ち、喜怒哀楽によって花弁の色が変わるとの事だ。最初は綺麗な薄緑だった花弁も、先程母親に『魔界の花って気持ち悪いのね』と言われた時には余程ショックだったのか鎌首を擡げ、花弁の色が青色に変色していた。その後、孝平が軽い気持ちで『ごめんな』と慰めの言葉を送ってやると瞬く間に青色から黄色へと変色していった。
 図鑑にも触手花は受けた感情によって花弁の色を変えると書かれており、喜は黄、怒は赤、哀は青、楽は緑だそうだ。また一番美しい触手花にする為には怒や哀のストレスとなる感情を極力与えず、喜や楽の感情を与え続けるのが良いとも書かれている。

「えーっと、花が咲いたら適度に声を掛けて下さい……か。ははっ、まるで動物みたいだな。お前」

 そう孝平が呟くと馬鹿にされたと思ったのか、花弁を朱色に染めて複数ある内の一本の触手で孝平の腕をぺちぺちと叩く。どうやら動物扱いされるのは嫌いのようだ。

「ごめんごめん。あとはー……『触手植物系は生命力が強い上に適応力も高い。野晒にしても問題はありません。但し過酷な場所で放置すると凶暴化する恐れがあるのでご注意を。第一に愛を以て接して下さい』……か。愛を以てと言われても、どんな風に接すれば良いんだろうな?」

 借りた図鑑も魔界の本という事もあり、その説明文には矢鱈と愛だの恋だのが強調されていた。植物図鑑なのに、何か間違っていないかと孝平は心の中で呟いたが誰かが応えてくれる訳がない。
 そして試しに隣に居る触手花に話し掛けると、ソレは触手を一本伸ばして孝平の腕に絡み付き、花弁全体を孝平の腕に押し付けながら上下する。その花弁を頭に見立てて軽く撫でてやると、花弁の色が黄色に染まる。まるで猫が甘えるような仕草であり、益々動物っぽいなと思ったが敢えて口に出さなかった。

「まぁ、可愛がれば良い触手に育つって先生も言ってたもんな。それに悪い事をするような奴じゃなさそうだし。それじゃ、そろそろ寝るか……ん、どうした?」

 甘えたい時は素直に甘える触手花の性格に孝平は育てる自信と、花への愛着を持つ事が出来た。優しさを以て可愛がれば大丈夫だろうと自己完結させて、就寝しようと立ち上がったが、孝平の腕に絡めていたを触手花の触手が彼を引き留めた。
 何事かと思い視線を触手花へと向けると、花は触手を器用に動かして机に置かれてあったボールペンとメモを掴むと、メモに短い単語を書き上げた。

『ごはん』

 ごはん……ゴハン……ご飯。短い単語で平仮名ではあるが、頭の中で『ご飯』という言葉が連想され、触手花が一体何を訴えているのかを即座に理解した。が、それよりも先に触手花が文字を書けるという事自体に驚きを隠せなかった。

「お、お前! 字、書けるのかよ!?」

 孝平の言葉に対し花はコクンと頷き、机の棚に乗っている辞書や学校の教科書を触手でぺちぺちと叩く。どうやらこれらを読んで独学で文字を学んだようだ。
 確かに図鑑の中には人間や魔物よりも遥かに高い知能を有する触手植物も居るとは書いてあるが、それにしても短時間で字を学び理解するとは凄まじい知能である。もしかしたら現役高校生である孝平の頭脳さえも凌駕しているかもしれない。

「えっと……取り合えずご飯だよな。ま、待ってろよ。今出してやるからな」

 触手花の要望に応えて孝平がズボンをずり下ろし、自身のペニスを花の方へと向けてやる。そしてペニスに手を添えようとしたが……。

ちゅるんっ!!

「うひ!?」

 突然触手花が四つの花弁で孝平のペニスを咥え込み、その中にある無数の触手で彼のペニスを扱き始めた。何時もと異なる状況に思わず恐怖の余り悲鳴を上げてしまいそうになったが、その直前に背筋を走る電気の波で恐怖心よりも快楽が勝ってしまった。

「はぁぁぁぁっ!? 何だよ、これ……! 滅茶苦茶、気持ち良過ぎじゃねぇか……!!」

 花弁の内側に備わっていた小さいイボイボの触手が四方からペニスを包み込み、硬過ぎず柔らか過ぎずの心地良い感触でペニスを刺激し、それによって感度が高まったら今度は長い触手で竿や亀頭を舐め回すようにペニスを蹂躙する。
 更には魔界植物特有の媚薬を含んだ蜜が花弁から溢れ出て、孝平のペニスの感度と興奮を一気に高める。

「ああっ! イク! イクゥ!」

 そして遂に絶頂に達し、触手花の花弁の中に大量の精液を放出してしまった。若々しい雄の子種を触手花はゴクンゴクンと音を立てながら卑猥に吸収し、やがて精液を出し尽くすとペニスに纏わり付いていた触手はペニスを解放してくれた。
 自慰以外で絶頂に導かれたのは本人もコレが初めてであり、その衝撃と快感に思わず腰を抜かしてしまう。そしてふと自身のペニスを見てみると、初めての触手花の刺激を受けたからか、それとも触手花が分泌した媚薬の影響か、外国のAV男優並の大きさにまで膨れ上がっていた。

 その大きさも驚きに値するが、それよりも未知の快感に対する感動と興奮の方が遥かに勝っていた。

「ははは……やべぇ、嵌まりそうかも……」

 その日を境に孝平は触手花を単なる植物から、最高のオナホール兼キモ可愛いペットとして認識するようになった。同時にエリーとの約束を果たすべく、孝平は触手花を可愛がり、これでもかと愛情を注いだ。
 孝平の家族も触手花に徐々に慣れてきたのか、『キモ可愛い』と言って孝平同様に可愛がるようになった。また触手花が自我と高い知能を持ち、こちらの問い掛けに対しペンと紙で応えてくれるので、一週間足らずで良き会話友達として平方家の人間に重宝されるようになった。

 流石に触手花の栄養が孝平の精液である事は家族にも内緒であるが……。

 そして遂に約束の一ヶ月まで残す所あと一日というとこまでやって来た。最初は触手花を貰った時はどうしようかと思った孝平ではあるが、今では触手花を我が家の一員と思えるほどの愛着心を抱いている。
 何だかんだと言いながら月日が経つのはあっという間だと実感しながら、今までこの触手花と過ごしてきた日々を思い返す。と言っても、その思い出の殆どは触手花に精液を吸われた日々ばかりだが。

「あれから一ヶ月かぁ、お前も綺麗な色になったよなぁー」

 そう言って孝平は自分の勉強机の上に置いてある植木鉢に視線を向けると、そこには美しく育った触手花の姿があった。咲いた時よりも緑の色素が濃くなった花弁、見る者を誘惑しそうな妖艶な紫色の触手は太く艶めかしく成長した。
 
 これだけ立派に育てばエリーに文句を言われないだろう。そう確信した孝平は一人でうんうんと満足げに頷くと、間近に居た触手花は彼の感情を察したのか不思議そうに首を……否、茎を傾げた。

『コウヘイ、機嫌良い。どうして?』

 初めて触手花がペンを持って字を書いた時は驚いたが、一ヶ月も一緒に居れば、その異様な光景も慣れてしまった。寧ろ、たった一ヶ月の間で漢字さえもマスターしてしまう触手花の知能の高さに感服してしまう。それこそ本当に触手花の方が自分よりも頭が良いのではと思えてしまう程に。
 だが、幾ら触手花の知識が高くても、それを悪用したりする性格ではないと分かっているので然程気にも留めなかった。そして触手花からの質問に対し、孝平は意気揚々と答えてみせた。

「へへっ、実はな。もうすぐで俺にも彼女が出来るんだ!」
『彼女?』
「ああ、学校に居る先生が紹介してくれるんだ。どんな子なんだろうな〜。可愛くて大人しくて初心な子が良いな〜」

 待ち望んだ彼女、薔薇色の人生がもうすぐやって来ると思うと孝平の表情がだらしなく緩み、見る者に情けないという印象を与える。しかし、触手花はそれを聞いた途端にシュンと鎌首を擡げて落ち込み、孝平からそっぽを向いてしまう。すると、さっきまで落ち着いた緑色だった花弁が瞬く間に悲しみを訴える青色へと変色する。

「ん、どうしたんだ? 何落ち込んでいるんだよ? ご飯が欲しいのか?」

 食事が欲しいのかと尋ねるが、触手花はフルフルと花を左右に振って否定する。何が欲しいのかと孝平が尋ねても触手花は文字で伝えようとも、只管に孝平から顔を背けるばかりだ。

「何だよ、変な奴だな……」

 触手花が落ち込む原因が分からず頭を掻いていると、一階に居た母親の声が二階にある孝平の部屋に届いた。

「孝平、学校の先生が来ているわよ!」
「へ? 学校の先生?」
 
 もう既に夜の九時を回ろうとしている時間帯に学校の先生が来る……普通に考えれば自分が何かやらかしたのではないかと一瞬不安が頭に過ったが、思い当たる節が全く無い。しかし、その不安も母親の次の一言で杞憂に終わった。

「速くしなさい! あんたが育てている御花に付いて話があるらしいわよ!」
「花? ああ、そういう事か」

 触手花に付いて話があるとなれば、話は別だ。またソレに付いて話を窺う先生など、孝平の知る先生達の中では一人しか居ない。掴み所の無い不安も解消して、急いで階段を下りて玄関へ向かうと、そこには孝平に触手花の育成を頼んだエリーの姿があった。

「先生、どうしたんです? 約束は明日だった筈ですけど?」
「いや、約束が明日だからこそ花の様子はどうかなと思ってね。元気にしているかな、あの子は?」
「ええっと、今はちょっと臍を曲げてます」
「……何か怒らすような真似でもしたのかい?」

 責められるような瞳でジロリと睨まれ、孝平は慌てて否定した。

「何もしていませんよ! 只、もうすぐで彼女が出来るんだーとか他愛の無い会話をしていただけですよ!!」

 自分は何も悪い事をしていないと一生懸命に訴えるが、エリーは孝平の口から『彼女』という単語が飛び出した瞬間に一瞬だけ目が鋭くなり、すぐに元のクールな目付きに戻った。

「ほぅ、あの子の前で他の女の話か。それは怒るのも当然だな」
「へ、何ですか?」
「いや、君はもう少し女心を勉強した方が良いという事だよ」
「はぁ? どういう意味ですか?」

 エリーの言葉の真意が分からず頭の上にクエスチョンマークを飛ばす孝平に、エリーは心底呆れた様な溜息を吐き出す。だが、エリーはその話題には二度と触れず、話題を摩り替える意味も含めて手に握っていた不透明のビニール袋を手渡した。
 袋の中を除くと市販で売られている植物用の栄養剤に近い容器が五個ほど入っていたが、その容器の側面に貼られたラベルには魔界で使われる文字がビッシリと書かれている。日本語しか知らない孝平に読める筈などなく、エリーにこの栄養剤について尋ねた。

「何ですか、これ?」
「魔界でしか売られていない触手花用の特殊栄養剤だ。これを使えば触手花の美しさをより引き立たせられるぞ」
「マジっすか!? 有難うございます!!」

 触手花が機嫌を損ねて花としての色合いが悪化している矢先に、このエリーからの差し入れは正に救いであった。これさえ有れば約束を果たす事が出来る。そう確信して自然と笑みが零れたが、そこでエリーから一つ注意を受けた。

「それと栄養剤を使った触手花は少し元気になり過ぎるかもしれないから注意したまえ」
「大丈夫ですよ! 俺だって触手花については大分理解したんですから」
「大分……か。そこまで言うのならばボクからは以上だ。では、明日を楽しみにしているよ」
「はーい。先生こそちゃんと明日の約束を守って下さいよ!」
「ああ、勿論だとも」

 その言葉を最後にエリーは孝平の家を後にしたが、別れる間際に彼女の口元が意味深な笑みを浮かべていた事を孝平は知る由もなかった。
 対する孝平はエリーから渡された栄養剤の入った袋を持って自分の部屋へと戻り、早速触手花にそれを見せた。すると触手花も見慣れぬ栄養剤に興味を持ったのか、落ち込んでいた花弁の色が薄れ、目の前に置かれた栄養剤を凝視する。

『これ、何?』
「ああ、先生が持って来てくれた触手花用の栄養剤だってさ。態々魔界まで取り寄せてくれたそうだ。これを使ったら凄く綺麗になるようだけど、試してみないか?」

 孝平の申し出に触手花は即座に返答しなかった。孝平は気付いていないようだが、触手花はその栄養剤から並々ならぬ強い魔力を感じ取った。その先生とやらが何者なのかは分からないが、少なくとも魔物である事だけは確かに違いない。

 これだけの大量且つ強力な魔力を一遍に吸収したら自分はどうなるのだろうかという不安がある一方、生まれて初めての魔力その物を味わってみたいという好奇心もあった。

 前者と後者を天秤に掛けた結果……触手花は一か八かの覚悟で後者を選んだ。孝平のペニスを咥えるのと同じ要領で封が切られた栄養剤をラッパ飲みでゴクゴクと飲んでいく。
 精液とは異なる物を始めて受け入れた瞬間、言葉に表現し切れない凄まじい力が奥底から湧き上がって来る。これが魔力の力なのかと実感しながら、触手花は次の魔力入りの栄養剤へ触手を伸ばす。

「おお、すげぇ飲みっぷり。つーか、普通栄養剤って土に刺すもんじゃ……まっ、魔界植物だからコレが普通なのかもしんないな」

 その後も触手花は栄養剤を次々と開封し、三分と経たずに五本の栄養剤を飲み干した。一気に五本も栄養剤を飲んで大丈夫かという不安もあったが、触手花の様子を見る限り異変は無さそうだ。同時に花弁や触手の色合いも変化無しだ。

「明日になれば変化するかな? ま、今日は栄養剤を鱈腹飲んだし、今日のご飯はもう良いか?」

 試しにそう尋ねると触手花はコクンと花を上下に動かし、それを見た孝平は本日の餌遣り……精液は与えず、すぐにベッドに入って就寝した。

 明日になれば念願の彼女が手に入る……本気でそう考えながら、彼は静かに目を閉じた。

 だが、孝平はこの時とんでもない勘違いをしている事に気付いていなかった。孝平は触手花を理解したと言っていたが、あくまでもそれは植物という意味であり、思考や感情を持って生きる動物として全く見ていなかった。魔界の植物は単なる植物ではなく、人間と同じ感情を持った動物に近い存在と言っても過言ではない。

 そう、触手花も人間と同じ感情を持つと言う事は即ち、“彼女”もまた恋に落ちる事が十分に有り得るという事である。そして触手花が吸収した膨大な魔力は、“彼女”の心の奥底に潜む淡い心と結び付き、やがて姿形を変えて表に現れ始めた……。




 深夜0時を過ぎた頃、孝平は高鼾を搔きながら熟睡していた。通っている学校での疲労が蓄積し、それが睡魔となって彼を襲っていた。健全な高校生らしい光景ではあるが、そんな彼の傍に謎の影がぬるりと近付く。

「ん〜……んん?」

 眠っている孝平の上に黒い影が乗っかり、孝平も自分の布団の上に圧し掛かる重みに気付いて目を覚ます。

「何だぁ……?」

 眠たい目を擦りながら重みを感じる布団の上に視線を向けると、ぼんやりとした大きな黒い影が自分の布団の上に乗っかっていた。部屋自体が暗い上に寝起きで頭も働かず、自分の身に起こっている状況を理解するのに時間を要した。
 暫く影を見詰めていると暗闇に目が慣れ始め、漸く影の姿がおぼろげに見えて来た。何となく人の姿形こそしているものの、明らかに手足は人間の形をしていない。それどころか足は幾重にも別れ、両手は無数の触手で埋め尽くされている。

 影だけを見れば……紛れもない化け物であった。

「んな!?」

 得体の知れない化け物が自分の身体の上に乗っていると気付き、孝平は慌てて身体を捩って布団の上の化け物を振り落とそうとしたが、それよりも速く化け物の触手が孝平の身体に伸び、瞬く間に彼の身体の自由を奪ってしまう。

「な、何だ何だ!? んぐ!!」

 声を上げて一階で寝ている両親に助けを求めようとしたが、化け物の触手で口を塞がれて声を上げる事さえ出来なくなってしまった。
 目の前の化け物は一体何なのか、何処から入って来たのか、そして自分をどうするつもりなのか。分からない事だらけで頭の中が一杯となり、目前の化け物を見詰める事しか出来ない。

「はぁー、はぁー」

 布団の上から化け物の荒々しい呼吸音が耳に入る……が、意外にもその呼吸音は可愛らしい女性の声に近かった。また荒々しい呼吸と言うよりも、熱に魘されているような呼吸に近い気もしないでもない。
 それが分かった途端に孝平の中に渦巻いていた恐怖心がグンと下がり、暗闇に目が慣れ切ったおかげでより冷静になって化け物の姿を観察する事が出来た。

 手足は先に述べた通りだが、身体のスタイルは太過ぎず細過ぎずの整った肉体で、顔立ちはコンパクトで大人しそうな可愛らしい少女のそれ。髪形も乙女らしいボブカットだ。というか、化け物の顔を見て孝平の瞳は驚愕の余り大きく見開かれた。

(由比ちゃんに瓜二つ!?)

 その化け物の顔は紛れも無く孝平が片想いを寄せ、オナニーのオカズにもしていた由比に瓜二つだった。そして由比に似たソレは縛られている孝平の口を縛っていた触手を外すと、彼の顔に己の顔を近付ける。

「あ、あの――――んん!?」

 孝平が言葉を発しようとしたが、由比が彼の口を自身の唇で塞いでしまったので言葉を発する事は叶わなかった。

 由比本人ではないが、由比に近い何かにキスをされる―――現実では有り得ないこの状況に、孝平はこれもまた夢なのではと思ってしまう。しかし、唇を割って入って来る舌の感触、触手が身体を締め付ける苦しさが余りにもリアル過ぎる。

 正直苦しいが、仮にこれが夢なら覚めないで欲しい……そう願っていた矢先、彼の視線はふと机の上へと向けられた。そこで彼はある事に気付いた。

 “何か”が無い。それが果たして何なのかは数秒と経たずして理解した。今まで大事に大事に育て上げ、寝る直前まで植木鉢に植えられていた筈の触手花の姿は消えているではないか。

「!?」

 約束の為に育てた筈の触手花の姿が無くなっていた事にショックを受けた孝平は思わずキスを振り解き、触手花があった方へ顔を向け、必死に触手花を探した。強引にキスを中断させられた触手の化け物は可愛らしい顔を不安げに歪ませて、こっちに見向きもしない孝平に恐る恐る話し掛けた。

「孝平? どうしたの、私のキス下手だった?」
「えっ? あ、いや……とっても良かったよ」

 触手花に探すのに夢中だったとは言え、可愛い女の子からのキスを強引に振り解いてしまったのだ。勿体無い事をした、少し酷い事をしたという罪悪感もあった為に少女の姿をした化け物に良かったと口に出すと、途端に不安げだった彼女の顔が一転して満面の喜びに埋め尽くされる。

「良かったぁ。孝平のオチンチンを舐める時とは違うから、緊張しちゃった」
「ははは……へ、俺のチンチン?」

 そこで彼女の口から放たれた衝撃の言葉に孝平は文字通り固まった。はて、こんな自分好みの女の子にチンチンを舐めて貰っただろうか……いや、やはりそんな記憶はない。何かの間違いではないだろうかと言おうとした直前、何気なく彼女の手に視線を落とす。

 単なる触手かと思いきや、まるで自分が育てた触手花と同じ花弁と無数の触手が備わっている。それを暫しジッと見詰めていると、ハッと突然何かに思い当たったような驚きの表情を浮かべ、自分の上に跨っている彼女を見遣る。

「まさか……!」
「ふふ、分かった? そう、私はあの触手花。貴方に大切にされながら育てられた触手花よ」

 孝平の驚く顔を見ながら元触手花だった少女はクスクスと笑みを零した。

 孝平が読んだ図鑑には書かれていなかったが、高い知識を持つ触手植物は時として確固たる自我を持った“テンタクル”と呼ばれる魔物娘へ変貌する事がある。

 どうして単なる魔界の植物がテンタクルと呼ばれる魔物娘になるのかは謎の部分も多いが、二つの仮説が有力視されている。
 一つは大量の魔力を蓄積させ、それが突然変異を起こすという説。もう一つは触手植物自体が人間との深い繋がりを羨望する強い念が、魔物化を促したからだと言われている説だ。

 孝平が寝る前に得た強力な魔力が入った栄養剤を大量摂取した事で前者の説を満たし、後者の説もまた触手花が育ての主である孝平に並々ならぬ想いを抱いた事で条件を満たした。

 そう、触手花は孝平に恋心を抱いていたのだ。彼女が出来るかもと発言した孝平に対し、落ち込んだ反応を見せたのもその為だ。そして魔力と恋心の力でテンタクルとなった触手花は、愛しい人を我が物にせんと大胆な行動を起こした……という訳だ。

「孝平、確かに貴方から見たら私は化け物や怪物かもしれない。でも、もう我慢出来ない! 私は貴方が好きなの! だから、私を捨てないで! その彼女って人の所へ行かないで!」
「お前……」

 涙をボロボロと流しながら悲痛に訴えるテンタクルの姿に孝平は胸を打たれた。同時にあの時の触手花が拗ねたような仕草を取ったのは、こういった事情があったからかと今更になって理解した。
 もし触手花の気持ちを理解していれば、孝平も彼女がどうこう等とは口に出さなかったであろう。しかし、彼は触手花を単なる植物としか見ておらず、そこまで気が回らなかった。それが余計に罪悪感となって彼の心に重く圧し掛かる。

「ごめん。でも、実は彼女はまだ居ないんだ」
「え?」
「何て言うか……明日になったら紹介してやるって先生が言っているだけで、まだ本当に彼女が出来るかどうかは分からないんだ」
「そ、そうなの……?」
「だから、明日には彼女出来るかもなーって思っていたんだけど……お前を見て、考えが変わった」
「……と言うと?」
「ぶっちゃけ、お前……俺の好みだわ。マジでその……惚れたというか、好きになっちまったって言うか……」

 そう、孝平から見ても今のテンタクルは彼の好みという枠にドストライクで当て嵌まっていた。何せ姿形は片想いの女の子にそっくりだし、一途な所や少し不安がったりする所などが正にツボだった。

 そして孝平からの告白を受けたテンタクルは顔を真っ赤にさせて、少しだけ顔を俯かせてしまう。告白が嫌な訳ではない。寧ろ、今の告白が嬉し過ぎて孝平を正視出来ないだけだ。少し時間を掛けて今の告白をゆっくりと噛み締め、胸中で暴れていた心臓を鎮めて漸くテンタクルは孝平を抱き絞めた。

「嬉しい……。有難う、孝平!」
「はは、出来ればそろそろ自由になりたいんですが……」

 可愛い女の子に抱き絞められるのは嬉しいが、流石に触手で縛られたままなのは苦しい孝平であった。




「孝平、気持ち良い?」
「ああ、すっげぇ気持ち良い。お前はどうだ?」
「うん、孝平の指……私の大事な所に当たって気持ち良いよ……」

 あれから自由になった孝平はテンタクルの身体を抱き絞めたり、胸を触ったりと本物の彼女のようにテンタクルを可愛がった。そして今は互いに横に座り合い、時折キスを交わしながら互いの性器を弄り合う。
 テンタクルの下半身はスキュラやクラーケンと同じく足が幾重にも分かれているが、それを掻き分けて最奥部を手探りで触ると、穢れを知らない少女のヴァギナが待ち構えている。柔らかく張りがあり、突き立ての餅のような感触。そして指先の感覚を研ぎ澄すと、処女膜で守られた彼女の秘部の感触も明確に分かる。

 初めて触った女の子の性器に孝平の興奮も最高潮に達し、心臓がバクバクと激しく動く。すると、今度は自分のペニスににゅるりとした感触が走り、一瞬身体に電気が走ったかのようにビクリと震える。

「ご、ごめん……! 痛かった?」
「あ、いや……寧ろ気持ち良過ぎて……」

 テンタクルの両腕に備わった触手は、触手花だった頃に比べて大きさは勿論のこと、触手の数も増えている。更に触手一本一本の動きも以前とは比べ物にならないぐらいに繊細且つ複雑な動きを可能にしており、これにより快感が倍増した。
 ペニスに群がる触手は卑猥な動きで孝平の竿を締めたり緩めたり、睾丸から亀頭に至るまで触手の先端でいやらしく舐め回すような動きをしたり、おかげで触手に埋もれたペニスの先からは既に我慢汁が溢れ出ている。

「ご、ごめん……。俺、もう我慢出来そうにない……!」
「良いよ、出して。孝平の精液を手で受け止めてあげる」
「くっ……! あぁ……!!」

ドビュッ!! ビュルルル!! ブビュッ!!

 テンタクルの優しい言葉に誘われる、孝平は彼女の手の中へ大量の精液を放出した。今までの人生の中で一番多いのではと思える程の射精だが、テンタクルは嫌な顔一つせず、寧ろ一種の喜びを感じていそうな微笑みを浮かべながら孝平の射精が終わるまで彼のペニスに触手の手を添え続けていた。

 射精が終わると孝平のペニスに再び触手が絡み付き、上下に動かして尿道に残っている精液も絞り取る。そして全部取り終えた上に精液の汚れが彼に付かないように掃除までし、触手は孝平のペニスから離れていく。

「ふふ、孝平一杯出たね。気持ち良かった?」
「ああ、凄く良かった。すっげー良かった」

 他に感想は無いのかよと自分でも突っ込みたくなるぐらいに単調な感想ではあるが、事実、物凄く気持ち良かったのだから他に言い様がない。しかし、テンタクルも気持ち良くなってくれた孝平の姿が嬉しいのか微笑んでくれた。

「そう、良かった。孝平が気持ち良くなってくれて」

 テンタクルの微笑む顔を見て、孝平は自ずとゴクリと固唾を飲み込んでしまう。そして今さっき出したばかりだと言うのに、彼のペニスは再び力を取り戻し、その頭を天へと突き上げる。

「凄い、孝平のオチンチン……また元気になった」
「へへっ、毎晩お前の触手で鍛えられたからな。おかげで大きさも以前と比べ物にならないだろ?」
「そ、そんな事言わないで……! 恥ずかしいよぉ……」

 散々ペニスを弄繰り回し、更に一ヶ月以上も餌として精液を飲んでいた奴が今更何を言うか……と冗談半分で言ってやろうかとも思ったが、テンタクルの顔が真っ赤になって初心な反応を見せた為に何も言えなくなってしまった。

 代わりに、孝平の身体は自然とテンタクルを押し倒し、彼女に覆い被さっていた。

「きゃっ! こ、孝平!?」
「ごめん。でも、俺……セックスしたいんだ! お前と!」

 我ながら何と言う色気もデリカシーも無い台詞だと孝平は思う。そもそも彼女さえ居なかったのだから、こういう場面で何を言えば良いのか分からないのも無理はない。
 しかし、孝平からのお願いに対しテンタクルは恥ずかしそうに頬を染めながらも、ニコリと笑みを浮かべて彼に向けて股を開いた。既に彼女のヴァギナからは透明の愛液が零れ出ており、何時でも彼を迎え入れられる状態になっていた。

「私も孝平とセックスしたい。だから……来て。孝平のオチンチンをココに入れて……」

 テンタクルの言葉を聞いて俄然やる気になった孝平は自身のペニスを彼女のヴァギナに押し当てる。しかし、初体験という事もあり、彼女の愛液でペニスが滑ってしまい中々挿入する事が出来ない。申し訳ない様な、情けない様な、恥ずかしい様な……そんな気持ちが孝平の胸中に渦巻くが、テンタクルは少し焦って見える彼を落ち着かせようと優しい声色で話し掛ける。

「大丈夫、焦らないで。まだ時間もあるし、ゆっくりで良いよ」
「ご、ごめん……」
「ううん、気にしないで。だって、孝平も私もセックスするの初めての事だもん」

 そのテンタクルの台詞で孝平は初めて気付いた。自分が童貞であるように、テンタクルもまたセックスを経験した事の無い処女なのだと。それを理解した途端に処女を頂ける自分は物凄く贅沢な体験をしていると思え、ペニスはより一層硬くなる。

 すると、そのペニスに彼女の下半身の一部を形作る一本の触手が絡み付く。そして孝平のペニスをテンタクルのヴァギナの穴へと優しく導いてくれた。

「ココだよ、孝平。分かる? ココが私のおまんこだよ」
「ああ、分かる。凄く柔らかくて……気持ち良い」
「孝平のも凄く熱くて素敵だよ。じゃあ、孝平のペニスを思い切り入れてね」
「分かった……行くぞ」
「うん」

 テンタクルの返事と同時に孝平は腰を一気に前へ押し遣り、テンタクルのヴァギナを守っていた処女膜を自身のペニスで突き破った。

「〜〜〜!!」
「お、おい! 大丈夫か……!?」

 ペニスに襲い掛かるヴァギナの膣壁の気持ち良さに言葉を失いそうになるが、それよりも耳に入って来たテンタクルの声にならない呻き声に思わず不安を抱く。だが、テンタクルは目に涙を溜めながらも首を左右に振って『平気だよ』と震える声で呟いた。

「処女膜を破られた痛みはあるけど、それ以上に孝平の初めてを貰い、私の初めてを孝平に捧げられて……今、とても嬉しいの」
「お前……」
「孝平、動いて……。孝平の精液、今度は私の中に一杯御馳走して」
「……うん! 行くぞ!」

 テンタクルから求められ、孝平は彼女を抱きしめながら荒々しく腰を振り始めた。テンタクルの膣内も触手になっているのか、細かい肉襞が異様な程に孝平のペニスに絡み付く。更に女性特有の膣の締め付けもあり、孝平のペニスを根元からガッチリと掴んで離さない。

 この二つの快楽責めに対し、殆ど免疫の無い孝平が持つ筈などなかった。

「うあ……!! 出る!!」
「ひゃう!!」

 挿入して一分足らずで孝平は絶頂に達してしまい、彼女のヴァギナへ最初の時と同じぐらいの量の精液を注ぎ込んだ。テンタクルも焼き付くような熱い精液が体内の奥底へ注がれていく膣内射精を初めて経験し、自分の意思とは無関係に絶頂に達してしまう。

 初めての事尽くしでお互いに満足した……かと思いきや、程無くして彼女の中に納まったままの孝平のペニスは三度元気を取り戻し、対するテンタクルも下半身の触手を孝平の腰や足に絡ませて彼の身体から離れないようにする。

「なぁ、もう一回……良いか?」
「うん、私も。もっと孝平とセックスしたい」
「へへへ」
「ふふふ」

 どうやら両者の肉欲は絶頂に達して衰えるどころか、益々燃え上がってしまったみたいだ。更なるセックスの続行が決定すると、二人は笑みを零し合い、そしてキスを交わし合いながら激しい交尾を再開させる。

「んむっ…ぷぁ…はぁ…」
「んん…じゅるっ…んぁ…」

 舌と舌、唾液と唾液が複雑に絡み合い、遂には深いキスで互いの口を塞ぎ合う。下半身の方からはグチュグチュと肉と肉、愛液と精液が絡み合う卑猥な音が鳴り響く。
 孝平がテンタクルの胸先の乳首を弄れば、テンタクルも長い触手を使って孝平の乳首、更には睾丸までをも弄って互いの気持ち良い部分を交感し合う。

 今度は先程よりも長くは持ったが、それでも初体験を迎えて間も無い二人に我慢など出来る筈などなかった。

「出すぞ、出すぞ……! もう一回、お前の中にザーメン出すぞ……!」
「来て、来てぇ……! 孝平のチンポザーメン、私の子宮にいっぱい注いでぇ……!」

 孝平の卑猥な言葉にテンタクルも卑猥な言葉で応え、それによって興奮を高めた孝平は彼女の奥深くに精液を出そうと一気に腰を突き入れた。

ドビュゥゥゥッ!! ブビュルルルッ!!

「くっ…! ああ……!」
「あっ、ぁっ、出て…る…。孝平の赤ちゃんの素……いっぱい、私の子宮に出てる……」

 一番深い所……子宮へ直に中出しされる感触にテンタクルは恍惚の表情を浮かべつつ、彼の精液を一滴も逃がさないと言わんばかりに若々しいヴァギナで愛しい人の精液を全て吸収する。

 やがて射精も終わり、呼吸を乱しながら二人は互いの顔を見遣る。二人の瞳に映った己の顔は満足感で満たされる一方で、何処か物足りない雰囲気が漂っていた。

「なぁ…」
「あの…」

 何か口に出そうとした矢先、二人の言葉が被さり合い、二人とも言葉を詰まらせた。どちらから切り出そうかとも思ったが、何故だか二人はお互いに同じ事を考えているに違いないと確信し、同時に口に出した。

「「もう一回しよ!」」

 その言葉を皮切りに二人は激しく互いを求め合い、その日の朝まで獣のように只管交尾に励んでしまうのであった。その後、両親にテンタクルと一緒にベッドに居る所を見られて色々と詰問されたのだが、本人達は恥ずかしい様な嬉しい様な複雑な気持ちだったそうだ。



「やぁ、おはよう。凄くやつれているが、大丈夫かい?」
「ええ、まぁ……何とか」

 触手花を育てて一ヶ月を迎えたこの日、孝平の家に触手花を託したエリーが朝一番にやって来た。目的は言うまでも無く、彼に託した触手花が何処まで綺麗に育ったかを見る為なのだが、それよりも昨日会った時に比べて見違える程にまで痩せ細ってしまった孝平を見て目を丸くした。

「ふむ、何があったかは敢えて聞かないでおこう。では、ボクが預けた触手花はどうなったのか見せて貰おうかな?」
「えーっと……その前に一つ良いですか?」
「ん、何かね? 何か不都合でもあるのかい?」

 ジロリとエリーに睨まれるや、孝平は慌てて首を左右に振って否定した。

「い、いえ……。そういうのじゃないんですが……。ちょっと、昨日の真夜中の間に触手花が……あっ、別に花が枯れたとかそんなんじゃありませんよ! 只、少し様子が変わってしまったと言うか何と言いますか……その……」
「はっきりしないな。兎に角、その触手花を見せてみなさい。それが一番手っ取り早い」
「あ、はい。そうっすね……。おーい、ちょっと来てくれー」

 孝平の曖昧な説明に業を煮やしたエリーはさっさと見せろと言わんばかりに言葉で威圧した。孝平も観念したような表情を浮かべながら、二階へ向けて声を掛けると、二階の階段からずるりずるりと音を立てながら一人の魔物娘が降りて来た。

 身体の至る所に触手を持った少女にエリーは大きく目を見開いた。その表情に宿るのは驚き以外の何物でもない。恐らく、彼女はこの触手の魔物が自分に託した触手花の成れの果てとは信じないだろうと孝平は心の中で嘆いた。

 しかし、これは現実であり事実なのだ。孝平は覚悟を決めてエリーの方へと向き直り、説明しようと口を開いた。

「あの、これには深い訳が――――」
「見事だ」
「へ?」

 説明しようとした矢先、孝平の台詞を遮る形でエリーはテンタクルを見据えながらそう呟いた。見事……耳に入ったそれは紛れも無く称賛の言葉であり、予想外の言葉に今度は孝平が驚いた。

「あの、先生。今、何て……?」
「見事だと言ったのだよ! まさか、これ程までに美しくて綺麗なテンタクルを育てるとはね! 花の色合い、触手の色合い、全てにおいてパーフェクトだ! 君ならば出来ると信じていたよ!」

 触手花がテンタクルになった事を驚くどころか、それを美しいと褒め称えるエリーを見て孝平の中である疑惑が浮かんだ。

「………あの先生、一つ御伺しても宜しいですか?」
「ん、何かね?」
「もしかして、あの触手花が最終的にこうなる事を御存じだったんですか?」
「無論だ。知らなかったら今頃君を詰問しているさ」

 さも当たり前のように答えたエリーの返答に孝平は呆気に取られた。結局最初から自分はエリーの掌の中で踊らされていたのだ。それが分かった途端にエリーに対する怒りが湧き上がり、孝平は思わず叫んでいた。

「だったら先にその事を説明しろよ!!」
「それじゃ面白味が無いだろう? 仮に触手花を育てれば、触手花から美人が生まれる……と説明したら、君はそれを信じたかい?」
「そ、それは……」

 恐らく、いや絶対に信じないだろう。植物からどうやって美人が生まれるんだと疑いの念が強く働き、触手花の育成も手抜きになっていたかもしれない。それを見越してエリーは敢えてテンタクルについての詳しい説明はせず、約束と称して孝平が真剣に花を育てるように仕向けたのだろう。

「では、改めて本題に戻ろう。君は約束通りに触手花を美しく育てた。そしてボクは君と交わした約束に則って彼女を紹介する義務がある訳だが……どうする?」

 どうすると敢えて含みを持たせたのは理由がある。目の前に居る美しいテンタクルを取るか、それともテンタクル以外での彼女を取るかを孝平自身に選ばせる為だ。
 孝平に選択肢が委ねられた事をテンタクルも今の会話で察したらしく、不安げな面持ちでソッと孝平の手に触手を絡める。あのセックスで彼の気持ちを十二分に受け止めたつもりでも、万が一に彼が自分ではなく他の女性を選んだらという不安や恐怖が彼女の中にあるのだろう。

 そして孝平はエリーから委ねられた選択に対し、迷う事無く決断した。

「俺は彼女を選びます。すいませんが、約束は無かった事にして下さい」

 孝平は即答でテンタクルを選び、彼女の腰を掴んで自分の傍へと抱き寄せる。抱き寄せられたテンタクルは頬を真っ赤に染めて軽く下に俯き、彼の答えを聞いたエリーも目をスッと細めた。

「本当にそれで良いんだね?」
「はい、俺はこの子を好きになってしまいましたから。多分、これ以上に好きになれる子とは出会えないでしょう」

 何時もの優柔不断な彼は何処へやら。一途に彼女を愛すると誓った男の表情を見て、エリーも満足気な表情を浮かべた。

「そうか。なら、ボクから言う事は何も無い。ところで孝平君、一つ聞いても良いかな?」
「何ですか?」
「彼女の名前は決めたのかい?」
「え?」
「“え?”じゃない。彼女の育ての親であり、恋人である君がこの子の名前を決めていないなんて、大問題も甚だしいぞ」

 そう言われてみると、孝平は今に至るまで彼女の名前を呼んでいない事に気付いた。てっきり彼女は自分の名前を持っているのかと思いきや、どうやらそうでもなさそうだ。
 エリーに言われて名前をどうしようかと考えたが、テンタクルの顔を見るとやはりあの名前を連想してしまう。しかし、これを言ったらテンタクルは怒るんじゃないだろうか……と思いつつも、他に良い名前が思い浮かばなかった彼女の名前を呟いた。

「ユイ……ってのはどうだ?」
「ユイ……?」

 恋心を抱いていた少女の名前を付けるなんて、我ながらどうかしていると思う。しかし、目の前に居るテンタクルが余りにもその少女と似ているのだから仕方が無いのだ。そう自分に言い聞かしてテンタクルの方を恐る恐る見遣る。
 怒られないだろうか、触手で首を絞められ圧し折られないだろうか。そんな不安とハラハラドキドキする気持ちを必死に抑えながら、彼女の反応を待つ。

「私の名前、ユイ! 孝平、有難う! 私、この名前を大事にするね!」
「お、おう! そうか、気に入ってくれたか!」

 孝平が好意を抱いていた少女と全く同じ名前である事に拘りを抱いていないらしく、テンタクルは素直に彼が付けてくれた名前を喜んだ。そして全ての触手を以てして彼の身体に抱き付き、朝っぱらからバカップル宛らのイチャイチャっぷりを見せ付けるのであった。



 一カ月後のバカップルの様子

「なぁ、俺がユイって名前を付けた理由……もしかして知ってる?」
「うん、孝平の好きだった女の子の名前なんでしょ?」
「やっぱり知ってたか……。でも、今更聞くのもアレかもしれないけど、嫌じゃないのか? もしあの時に他の名前が良いって言ったら、頑張って他の名前だって考えたのに」
「嫌じゃないよ。だって、孝平が最初に好きになった女の人と同じ名前って、何だか特別な気がするし」
「ユイ……お前、やっぱり可愛いなチクショー!!」
「きゃあっ!! 孝平、そろそろ行かないと学校に遅れちゃう……!! あんっ」
「あと一発、いや三発お前の中に出したら行くから! なっ!?」
「もう……孝平ったら、性欲旺盛な絶倫さんなんだから」 ------------------------------------------------------------------------------