連載小説
[TOP][目次]
第二話・幸せの光景
「それではこちらへどうぞ、エリッシュ君」

「あ、はい!」

リムに誘われるがままに、エリッシュは今日の宿へと向かいます。
道中エリッシュがあちらこちらに目をやると
そこにはのどかな風景が映り込んできます。

果物や魚を売る光景、花に水をやる光景、洗濯物を取り込む光景
そして母親と仲良く手を繋いで家に帰る子供ホルスタウロス・・・

(なんだか・・・いいなぁ。)

見ているだけで優しい笑顔がこぼれてきそうな光景。
今まで修行ばかりで周りを見る余裕のなかったエリッシュは
どこか憧れのような物を感じていました。

「エリッシュ君?」

「わっ!?な、なんですか!?」

「なんだかぼーっとしていましたが・・・大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ですよ!」

「そうですから?でも心配ですから・・・ん・・・」

心ここにあらずだったエリッシュを見たリムは
熱を測るためにエリッシュのおでこに自分のおでこをくっつけます。

(わ・・・わ・・・わ・・・!?)

「ん・・・熱はなさそうですね・・・
今日はこれから宿で歓迎の催しを開こうとしていたのですが・・・
いかが致しましょう?具合がわるいようであれば・・・」

「い、いえ本当に大丈夫です!・・・実は、その・・・」

「?」

「この村のホルスタウロスさん達を見て・・・なんというか
『人ってこうあるべきなんだな、』って思って・・・。ちょっとしんみりしちゃってまたんです。
思ってみれば、ずっと僧侶として神の教えばかり勉強してて・・・
こんな当たり前の日常も、見てなかったんだなって・・・。」

当たり前の光景。人としての何よりの幸福。
それを自分はいつのまにか忘れてしまっていた。
それに気づき、寂しげな表情を見せたエリッシュを、リムはそっと抱きしめました。

「んむ・・・リ、リムさん!?」

「・・・人には、戻るべき場所があります。
でも頑張りすぎると、その場所を忘れてしまう時もあります・・・。
エリッシュ君は、少し頑張り屋さん過ぎただけ・・・。」

リムはエリッシュの頭を撫でながら優しい声をかけていきます。
それは一切の淫靡さを感じさせない、慈愛に満ち溢れた抱擁。
エリッシュを癒やしてあげたい、というリムの優しさそのものでした。

「リム・・・さん」

「大丈夫ですよ、ここは癒やしの村・・・。
私達なら、貴方が忘れてしまっていたものを、思い出させることが出来ます。」

「ふわぁ・・・」

エリッシュの口からため息が出ます。
それはエリッシュの疲労や悲しさが全て外へと追い出されたかのようなため息でした。
リムの優しい抱擁。それは間違いなくエリッシュの心を癒やしていたのです。

「ん・・・もう、大丈夫そうですね・・・♪」

甘く蕩けたエリッシュの表情を見て、リムはエリッシュを胸から放しました。

「あ・・・。」

その瞬間エリッシュが見たのは、慈愛に満ち溢れたリムの優しい表情。
自分のすべてを受け入れてくれる・・・。女神のような笑顔でした。

「それでは、いきましょうか、エリッシュ君♪」

「は、はい・・・」

心の何処かで抱いていた悲しみから解放されたエリッシュ。
しかしエリッシュの心には、それとは別のー
今までになかった新たな感情が芽生えていたのです。
17/04/03 13:25更新 / かずら
戻る 次へ

■作者メッセージ
1週間もおまたせしてしまい、申し訳ありません。
次のお話からは、宿でのおもてなし(色んな意味での)となります。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33