ワーウルフになった彼女の話
僕には今年の春から付き合い始めた彼女がいる。
名前は高橋優。僕と違う高校に通っていて、出会いのきっかけは僕の部活、園芸部。市が主催する研究発表会だ。
園芸部に男子は結構少ない。僕は先輩方からこき使われながらも、がんばって他校の園芸部に発表をした。そこで知り合ったのが、高橋優さん……優だ。
都会の子みたいに垢抜けた感じはないけど、ちょっと長めの黒髪と度の強い眼鏡が素朴なかわいさをもっている。口数も少なくて、今時珍しい純粋に花を愛でる女の子。地味っぽいのを本人は気にしているんだけどね。
さて、ここまでならありふれた話だけど、いつものように優と僕は休みの日に会って、その翌日に、僕たちの関係すら変えてしまう事件が起きた。
僕が夜道で魔法使いっぽいコスプレの女の子に「もっと積極的になってくれるよ!」と言われて渡された小瓶。正直そのときの僕はちょっとだけ、僕より花のほうがたくさん見ている気がする優が、もうちょっと僕にアクティブになってくれればなぁとか思っていた。
だから。
僕は翌日優に、その小瓶の中身を飲ませた。ちょっと怪しんだのに「いいから飲んでみてよ」なんて急かしてまで飲ませてしまって――
その瞬間に。
乾いた音を立てて、小瓶が地面に落ちる。
「げほっ……こ、これ、なに……!」
「優!? ど、どうしたの?」
ベンチから倒れて、体を曲げて苦しそうに息をしている。はぁはぁと赤らんだ顔で息をつく姿がひどく艶かしいけど、僕はその肩を掴む。
どうしよう。吐き出させる? どうやって?
僕の頭は強い混乱に支配されていた。とりあえず両肩を掴んでいるだけで事態が変わらない。涙に濡れた優の目を初めて見たな、とどうでもいいことが頭をよぎる。
「はぁっ……ま、松本、くん……」
いまだに名前で呼んでくれない。とその場の空気にそぐわない悔しさが頭に浮かぶ。優は荒い息の中で呟いて、僕の肩を掴む。
「痛っ!?」
万力のようなとてつもない力で。
「近づいて……く、苦しいから、はやく……」
そう言いながらとても非力な園芸部と思えない力で、僕は優へと近づかされる。息に混じる独特の香りが心地良い。ああ、これが優のにおいなんだな。と覚える。
かすかに優の胸の柔らかさを感じるほど近づいたとき、くっと優が顎をひいて僕にキスをした。あまりにいきなりで、荒く甘い息が僕の口の中を撫でる。思わず目を閉じてしまった。
くちゅ、くちゅり、と涎がはじける音だけが生々しく響いて、僕は何も言えない。驚いているはずなのに声が出ない。初めてのキスが突然だったら何も感じないって本当なんだなと頭の隅っこで思いながら、舌に当たる柔らかすぎる感触をただ感触として得る。
「ほしいの……もっと、わたしに……」
くぐもった声を受けて、僕は舌を絡めた。何かが優の中へと渡っていくような錯覚。それに驚いて僕は目を開ける。
目をぎゅっとつぶって、餌を受け取る雛鳥みたいに必死で僕の口に吸い付く優。その頭から、薄青い――獣の耳がばさりと生えた。
「っ!!」
ぎゅうっと一際強く腰に抱きつかれる。まるで僕のすべてを吸い尽くそうとするように、口の端からこぼれる涎の一滴すら吸い込む。びくん、びくんと優の小さめの体が震え、制服のスカートがざわざわと動く。
「んっ……! んっ……!」
優は僕に、胸や下半身をぐいぐいと押し付けてくる。それが細かく震えていることを僕は知る。詳しくは見えていないけど、優の、股の間――そのあたりに膝を入れると、びくんっと優の体が大きく跳ね、スカートの一部が内側から持ち上がる。
「はあっ……でる、でちゃう……!」
噛み付くように僕の舌を吸ったと同時に、ばさあっとスカートをまくりあげて青い狼のしっぽが現れる。弱々しい息を最後に、優の体が弛緩する。そっと強すぎる拘束から解放された。
「わう……松本くん、ありがとう……」
いつものような声で、牙のある口で笑って、青い毛に覆われた手で涎を拭って。
「うまく……ワーウルフに、なれたみたい……」
人間であることをやめた僕の彼女は、笑った。
狼っぽくなった優は、いつもの交差点で別れることなく僕の家までついてきた。僕の家が見たいと言ったから僕もなんだか止めたくなかった。
「ここが松本くんの家……わう。覚えた」
小さな鼻を少し動かして、匂いを覚えているみたいだ。僕もさっき、抱きつかれて首筋の匂いをかがれた。
「た、高橋さんは僕の家に来たことがなかったっけ」
「わう。そうだよ。知りたいなって思っていたんだけど、今までのわたしは言い出せなくて……」
今までの……って。優は優だよ、とか言おうとしたけど、僕にはどうしてもさっきまでの人間だった優と同じだとはあまり思えない。ちょっと怖い。
でも一方で、もう一度、今度はちゃんとキスしたいなと思う僕もいる。
「わう? 松本くん、なんだかいいにおいがする……」
優はにんまりと笑顔を浮かべて、僕に目を向ける。柔らかいと思っていた目つきはなんだか、いじわるな狼のようだった。
「き、気のせいだよ。それで、どうして僕の家まで?」
「え? わたしは松本くんの彼女なんだから……当たり前だよね?」
どのへんが当たり前なんだろうと訊きたくなったけど、どことなく淫靡な微笑が怖くて僕は適当に頷いた。どうせ夜まで親はいない。
招き入れると、優はさらに興奮した様子でくんくんとにおいを覚え始める。「わううっ」と犬?のように鳴き声をあげながら。
「すごい。松本くんのにおい……酸っぱくて、気持ちいい」
「……園芸部だしね」
的外れな答えを返していることはわかっているけど、靴を乱暴に脱ぎ捨て僕の部屋までの廊下を嗅ぎ回る優にはそう返すしかない。
あっという間に僕の部屋を見つけられ、鋭利な爪の生えた手で鍵を壊されそうだったから部屋に入れてあげた。「きゃうっ!」と鼻を押さえてうずくまる優。
「はぁっ……す、すごいにおい。か、感じちゃうぐらい……っ」
「優……?」
いきなり起き上がって、廊下に押し倒された。はぁはぁと荒い息をしているけど、牙の生えた口は笑っている。ばさっばさっとしっぽが僕の足を叩く。
「かはぁっ……ま、松本くん、か、体が、あ……」
何か迷っているような素振り。爪でひっかかれたりするけど、僕には痛みも何もない。
ただ、優がたぶん――葛藤しているようなことはわかった。
さっきまでとても淫靡だった笑顔がひきつって、不安が見え隠れする。
「わ、わたしは――もっと、こんなことは――」
ぎゅっと目をつぶって、一気に僕に顔を近づけてきた。また唇が深く重なるキス。貪るように僕の舌を絡めとって、牙が僕の歯とかちあって乾いた音がする。
「わうう……おいしい……」
優が犬、いや狼になったせいか、よだれが強く僕の口に絡みつく。でもそれが僕に強い背徳感を生み出させていて、僕は動く手で優の体のどこかを触っていた。
すると優は僕の手を掴み、自分の胸へとあてがう。僕はためらわずぐっと握る。
ただ情動のまま。
「ひゃんっ!」
僕の口の中を蹂躙する舌が一瞬止まる。僕はその隙を逃さずに絡め返した。すると優は嬉しそうに黄色い目を細めて、激しくしっぽを振る。
優が満足して口を離すまで、恋人らしいそんなことを――僕の理想だと思うことを続けた。
優は部屋の中だと落ち着かず、僕に飛びかかっては何か苦しそうに葛藤するのでリビングにした。
爪の手で器用に紅茶を飲んで「わふう」と息をつく。そういえば髪が青に近づいている。
「琢哉くん。ありがとう。わう。わたし、だいぶおなかいっぱい」
「何も……食べてないよね?」
狼化した優と話すのは少し怖い。でも僕は逃げたりしたくない。ちょっと積極的になってくれた優をもっと見たくて。
「食べたよ。琢哉くんの『精』……男の子だけがもってるおいしいもの。わたしは、それが食べ物。わう」
精、男の子だけがもつ、と聞いて白濁した液体を浮かべないほど僕は煩悩のない男子じゃない。
そこをさっきの舌のように口に取り込まれ、吸い付かれることを想像し「ひゃあっ」と情けない声をあげ自分の股間を押さえていた。
触れてはいけないところに触れたような気がして、未知の恐怖を感じて!
「わううう……もっと食べたい。ねえ、でも、お願い。もっと!」
がしゃんとテーブルをひっくりかえして僕に飛びかかる優。でもやっぱり、何か困惑した表情を浮かべる。だらりと舌からよだれをこぼしながらも、でも、キスしようとしない。
僕はそんな表情を見たくなかった。
「優、苦しむならしなくていいよ」
「うん。――いや、ええと、そ、そうじゃない。わう。わ、わたしは精を、ちがう……」
僕は優をどかして、ふうっと息をついてテーブルをなおした。「お茶、ついでくるね」と言い残して部屋を出る。
「た、琢哉くん! わたし、どうすればいいの?」
「ゆっくり落ち着いて。僕は待ってるから」
なんとなくそう返すと、「わう」と鳴いて優は体を丸めて寝た。
「……もっと、命令して……」
そう呟いて。
優は落ち着いたみたいで、しきりに僕と満面の笑顔でキスするようになった。優の水着すら見たことが無かったのに、優の胸を揉むようになった。少し触っただけで感じてしまうみたいで、キスするときはいつも僕の体に胸を押し付け、股を僕の膝頭にこすり付けてくる。とても熱い。
ああ、いいもんだな。
僕の彼女が人間じゃなくなったって言うと、社会的なナントカとか、将来のナントカとか、学校がナントカとか、色々めんどくさいこと考えてた頭もあったけど、今はない。
優はかわいい。人間だった頃以上にかわいい。ずっとずっと僕のこと見てくれる。僕が必死で考えた面白い話も「うん。おもしろいよ」って曖昧に笑って花を見たりしない。
僕の望みはかなったんだ。あの女の子のおかげだ。
「わう。琢哉くん。次は、何をすればいい?」
優はなぜか、僕に何をするべきかを訊く。キスしてほしいといえば濃厚な、舌を奪い合うキスをしてくれるし、揉ませてほしいと言えば顔を赤らめて僕にくいっと大きめの胸をむける。
それだけじゃなく、紅茶の後片付けとかも手伝ってくれたし、僕が慌てて部屋を片付けていたとき「手伝って」と呟くと手伝ってくれた。
「えーっと……じゃあ、服を脱いで欲しい、かな」
わうっと鳴いて、嬉しそうに優は制服のカッターシャツを脱ぐ。元々ほとんどはだけていたけど、なんとなく、下着姿のほうがいいかなぁと思ったからだ。
スカートがすとんと落ちると、青いしっぽがぱたぱたと大きく振られる。優の機嫌はしっぽでわかる。機嫌がいいとしっぽが大きく振られる。
「わう……ちょっと、今のだと、恥ずかしい……」
「今の? あ……」
ツンとした、かいだことのない――何か僕の中のものをかきたてるにおいがする。
優は何度も感じていたから……優の白いブラのあたりや同色の下着はそれとなく濡れていた。手を伸ばすと、じんわりと湿っている。それは汗なのか何なのか僕にはわからない。
「きゃうう……は、はずかしい……でも、わう」
優はぺたりと耳をたたんで、僕の肩に頭を乗せる。じんわりと濡れた胸が僕の手に強く押し付けられる。親指だけを動かすと、少し硬いものに当たる。
「こ、これって……」
「わうう、言わないで……」
正直なところ――女の子の体について――女の子でも、僕たち男子と近いことをするんだと知ったのは今日が初めてだった。
「あ、あの、さ、ここでもし僕が――ブラもはずしてって言ったら、外してくれるのかな?」
僕は背徳のままに訊ねていた。優はワーウルフになって以来ずっと赤い頬を更に赤らめて「……うん」と言う。
そういわれても僕は、言えるわけもなく、ただ優がもぞもぞと内股を動かし、僕のあぐらの膝に股を押し付けてくることに快感を覚えるだけだった。
「ど、どうして? どうして僕に色んなことを訊くの?」
もう頭はほとんど働いていなくて、ただ心にふっと浮かんだことを口に出しただけだった。
「わうう……き、きもちいいの。その、琢哉くんから、命令されると……どうしてかわたしにもわかんないっ」
優は照れ隠しのように僕の首に甘噛みする。狼の毛のようになった青い髪をなでてあげると、ぱたぱたとしっぽを振った。首からそのまま口まで動いてきて、また濃厚なキスをする。
「もっと、わたしに命令して……。わう。わたしは、ワーウルフ……だから……」
くちゅり、と口角の端で弾ける涎を今度は僕が拭う。優の勢いのままに僕はまた部屋の床に押し倒される。ものすごい力がかかっているけど、痛みはない。
「……じゃあ、お願い。優の思うままに、僕を――」
ガチャン、と玄関の鍵が開く音がした。
「か、隠れて!!」
僕は優を押しのけ、服を渡して言う。優は少しの間だけぽかんとしていたけど、すぐに「わうっ!」と鋭く鳴いて窓から外へ出て行った。
ここが二階だと気付いたのは、帰ってきた母さんの相手をひととおりした後だった。
優はちゃんと家に帰ったのかな、と心配になった。
母さんと妹と僕で食卓を囲んでご飯を食べる間も心配だった。妹が明日から修学旅行とか言っていた。
優の携帯の番号は知っているけど、僕が服を渡した時に落としたみたいで僕の部屋にあった。着信も何もなし。ひとまず安堵。
僕は外に出てみた。玄関から家を見上げる。僕の部屋の窓はちょうど玄関の反対。そこには特に何もなく――
「わうっ! 琢哉くんっ」
優はそこにいた。草むらの中で下着のままで、ぱたぱたとしっぽを振っていた。
「優! どうして、どうして帰らなかったの?」
優は僕の質問に無邪気に首をかしげた。
「だって、琢哉くん、隠れてって命令してくれたから……わう。さびしかったけど、がまんしたよ? ごほうび……ほしい」
僕は迷わず優を抱きしめていた。そしてキスをする。優の舌を最初は僕が絡めるけど、すぐに優に主導権を奪われる。なんだか優の体全体が濡れて、あのにおいがしていた。
「わうう……だめ。なんだか、癖になっちゃいそう……琢哉くんの命令とごほうびを待つの、好きになりそう」
「えっ? どうしてそんな……」
そんなのまるで……ペットみたい……。
まさか、と思った。
優はぺたんと耳をたたんで、くぅんと鼻をならして言う。
「わ、わたし、なんだか琢哉くんの彼女より……命令される、その、ペットのほうが、いいかな、って……」
「……優」
どうしてとか理由はどうでも良くて、その願いは聞いてあげたいと思った。
いいの? と訊こうとしたけど、優の目を見てわかった。
命令をして、ごほうびにキスして。そんな関係を望んでいると僕にはわかった。
「……体を洗おう。ユウ。家の中で飼うほうが、僕はいいから」
「わうっ♪」
僕の彼女あらため僕のペット、ユウは嬉しそうにしっぽを振った。
母さんに「お風呂はいるよ」と言い残してユウをお風呂に連れて行く。でも見つからないかとっても怖い。段々頭が冷めてくると、そういう色々めんどうなことが警鐘を鳴らし始める。
「わう。琢哉くん、一緒に……」
「だめ。僕は見張ってるから。母さんが来たらうまくごまかす」
そう言うとユウは少し考えて、「お母さんと会わせて?」と訊いてきた。
「どうして?」
「うーん。なんとなく、わたしが琢哉くんのペットなら、お母さんに会いたい。わう」
どういうことだろう?
よくわからないけど、ユウがお風呂から出たら会わせようかなと思った。もちろんペットとしてでなく彼女として。母さんは決して怒らないだろう。妹がいきなり男友達連れ込んでも何とも思わなかったんだから。
ユウはシャワーを浴びる間も何か、「きゃうぅ」とか「琢哉くん……」とか呟いていた。僕はユウのにおいがしみついた下着のにおいをかいで、何かお風呂に突入してしまいそうになったからやめた。
お風呂から出たユウは制服に着替えて、「部屋で待ってて」と言い残してリビングに入っていった。何か怖いけど、僕は部屋に戻って待つ。
何十分か待って、ユウは笑顔で戻ってきた。「これで大丈夫だと思う」と言ってくれたから、僕はユウに濃厚なキスをする。すぐに押し倒されて、まだ濡れた髪と耳がよく見える。
「わう。それで、琢哉くん、その……た、琢哉様、でもいい?」
「う、うん。それでいいよ。ユウ」
ほんとにペットだ。僕はユウのかすかに狼の毛に覆われた背中を撫でる。
「そうだ。明日、首輪を買ってあげるから。一緒に選ぼうね」
「わうっ! ありがとうっ」
ユウは僕にのしかかるように体を重ねる。首筋から頬にかけてなめられて「ひゃあっ」と声をあげてしまった。
ユウがいたずらっぽく笑ったから、「だめだよ」と言って僕はユウの狼の耳を噛む。
「きゃうっ! た、琢哉様、わう、もっと……」
ワーウルフの耳は青い毛に覆われているけど、その内側は白い和毛が生えている。そこに舌を這わせるとユウは体を弛緩させて、ごろんと仰向けになる。
僕はさっきと逆に、ユウに覆いかぶさった。ツンと硬いユウの胸が、僕の薄い寝巻き越しに伝わる。ユウは涙に濡れた目で、「どうすればいいの?」と僕の命令を待つ。
「僕が一度、ユウにキスをする。そしたらユウは――少しの間だけ、ユウのしたいことをしていいよ」
ユウが「わうっ」と鳴いたのを聞いてから、僕はユウにキスをする。ユウの口は涎でべとべとで、ほんのりと甘い味がした。
ちゅぱっと音がして唇が離れた途端、ユウは「わうんっ!」と嬉しそうに鳴いて僕を押さえつける。震える手で僕の寝巻きのボタンを外して、「脱いで」と促す。
僕が上半身裸になると、ユウはキャミソールを脱いだ。はじめて見る大きめのユウの胸にドキドキしすぎて、僕は言葉が出なかった。
ユウは「はぁっ」と艶美な息をはいて、僕と体を重ねる。そしてユウは、僕の首筋を噛む。噛む度に僕の膝に乗せた内股をこすり、「くぅん」と甘えた声を出す。僕の頬を何度も舐めた。
「わうう……だいすき。琢哉様……ずっと近くにいたい。わう……」
「僕もだよ。ユウ」
ユウは柔らかく笑って、僕の手を掴む。それを、自分の股に――薄く濡れた下着の上に持っていく。「触って……」とか細い声で言う。
そこをそっと押すと、「ひゃわっ」と鳴いてびくんと大きく跳ねた。ユウは赤い顔をごまかすように僕の首筋をひたすら甘噛みする。
それを続けていって――夜は更けていく。
いつしか僕もユウも眠っていた。
翌朝になって、まずいことをしたと思う。
もうごまかしきれない。朝は母さんが忙しなく動いているし、妹も――ああそういえば修学旅行で早出とか言っていた。それでも母さんの目を盗んでユウを家に帰すことはできない。
「……ユウを信じよう」
大丈夫だと言ったんだから。僕は起きて、ねばっとした液体にまみれた手を洗って、服を着る。ユウを起こしてキスをして、ユウもちゃんと寝巻きを着て一階に。
堂々とリビングに入ると「おはよう」と僕らのほうを見て笑顔で言ってくれた。
「お、おはよう」
「おはよう。お母様。わうっ」
ユウが元気よく鳴くと「朝から元気ね」と笑顔で言う母さん。僕たちの対面に座って、にこにこと見ている。
別に耳が生えているわけでもない、ただちょっといつもより若々しいなと思う母さん。
「さ、早く食べちゃって。お母さん今日はちょっと出かけるから」
「う、うん」
細かいことは気にしない。僕とユウはご飯を食べて、母さんが「ご飯中は我慢ね」と言ってユウのぱたぱた振られるしっぽを押さえたりしていた。
「そうそう。ユウちゃん。今夜もお願いね。私ももううずうずしちゃって」
「わうっ。任せて。お母様」
何をだろう?
気がつくと学校の始業時間が過ぎていた。
せめて二時間目から出ようと支度していると、来客者がやってきた。
「こんにちはー。あれからどうですかー?」
あの、僕に薬をくれたコスプレの女の子。
僕は笑顔で答えた。
「おかげで僕のことを見てくれるようになったよ。ありがとう。小さな魔法使いさん」
女の子はえへへっと無邪気に笑って、ユウをじっと見る。そして小さな注射器のようなものを渡してきた。
「ちょっとこれに血を採ってくれませんかー?」
言われるがままにユウの血を少し渡すと、それをふわりと目の前に浮かせて、何か赤い――魔法陣とか呼ばれそうなものを出してじっとそれを見つめる。
「ほー。彼女さんはワーウルフのそっちの面が発現したんですね。珍しいですーこれでバフォ様も喜んでくれますー。ってことでもう一本、おまけであげときますね」
ユウはそれを見て喜んでいた。よくわからないけど僕も嬉しい。
「あ、それと……彼女さん、ついに完全にワーウルフになりましたねー。一夜過ごしたってセックスしてないですし、元々すっごい貞操観念のかたい、奥手な方だったんじゃないですかー?」
ユウは一気に顔を赤くして「は、はい……わう」と恥ずかしそうに言う。
「それじゃあ、僕のことあんまり見てくれなかったのは……」
「……うん。恥ずかしかったし、なんか、自信もなかったから……」
よかった。僕はあのころの優にもちゃんと好かれてたんだ。
そう気付くととても嬉しくて、僕はユウと長い長いキスをした。
「よかったですねー。これからは時間も場所も気にせずどこでも愛する人とセックスだってなんだってできますよー。わたしが保証してあげますー」
僕とユウは、彼女にお礼を言った。歳に似合わない、大人びた笑みを浮かべて彼女は言い残した。
「おしあわせに。お二人とも。あなたたちの未来には、必ず淫魔の光がありますよ」
確信めいた言葉を。
それから僕とユウは、学校にも行かずにひたすら交わった。
ユウを押しとどめていた『人間としての最後のライン』がなくなったことで、ユウは部屋に戻るとすぐに服を脱いで、僕も全部脱いでユウと交わった。
初めてで緊張したけど、ユウがほとんどリードしてくれて……「わうう。もっとうまくなってね琢哉様」と言われたりもした。
帰ってきた母さん(ちょっとだけ狼の耳が生えている)にユウはためらわず、あの女の子からもらった薬をあげた。
母さんはすぐにユウと同じワーウルフになって(ついでに一気に若返って)、僕の家には父さんがいないから、夜の街に男を探しに出かけていった。
あの女の子の言うことを信じるなら、それも大丈夫だ。
翌日には二人で首輪を買いに行って、新しい首輪のついたユウとまた交わった。
ユウはワーウルフだからなめたりするのが好きで、色々なところを舐められた。そこが人間と違うところらしい。「わうわうっ」と鳴くユウを見ていると、僕もとても幸せだ。
修学旅行からご機嫌で帰ってきた妹も、めでたくユウと母さんに追い詰められたあげく噛まれてワーウルフになって、すごく手の早い子だったらしく僕が襲われた。どこで習ったのか妹の性技もすごくて「お兄ちゃん」って言葉がトラウマになったぐらいだ。
ユウが機嫌を悪くして三日ぐらい口を利いてくれなかったけど、それでも命令すれば胸を揉ませてくれたりしてくれた。ユウは僕の愛する人でもあり、ペットでもある。
学校でも他の魔物(って言うらしい)になった女の子と付き合いだした男子がたくさんいるみたいで、腐れ縁の友達も彼女が出来たと喜んでいた。
妹は近いうちに友達の女の子もみんなワーウルフにして、みんなで男狩りに出かけるって張り切っている。
園芸部の先輩から「これからは『虜の果実』っていうのを育ててみようと思うの」ってメールが来てた。花っぽい魔物になった先輩の写真と一緒に。
そんなふうに世界が変わろうと。
僕はまあ、愛しいワーウルフのユウと一緒にいられれば、それだけで幸せかな、と思う。
名前は高橋優。僕と違う高校に通っていて、出会いのきっかけは僕の部活、園芸部。市が主催する研究発表会だ。
園芸部に男子は結構少ない。僕は先輩方からこき使われながらも、がんばって他校の園芸部に発表をした。そこで知り合ったのが、高橋優さん……優だ。
都会の子みたいに垢抜けた感じはないけど、ちょっと長めの黒髪と度の強い眼鏡が素朴なかわいさをもっている。口数も少なくて、今時珍しい純粋に花を愛でる女の子。地味っぽいのを本人は気にしているんだけどね。
さて、ここまでならありふれた話だけど、いつものように優と僕は休みの日に会って、その翌日に、僕たちの関係すら変えてしまう事件が起きた。
僕が夜道で魔法使いっぽいコスプレの女の子に「もっと積極的になってくれるよ!」と言われて渡された小瓶。正直そのときの僕はちょっとだけ、僕より花のほうがたくさん見ている気がする優が、もうちょっと僕にアクティブになってくれればなぁとか思っていた。
だから。
僕は翌日優に、その小瓶の中身を飲ませた。ちょっと怪しんだのに「いいから飲んでみてよ」なんて急かしてまで飲ませてしまって――
その瞬間に。
乾いた音を立てて、小瓶が地面に落ちる。
「げほっ……こ、これ、なに……!」
「優!? ど、どうしたの?」
ベンチから倒れて、体を曲げて苦しそうに息をしている。はぁはぁと赤らんだ顔で息をつく姿がひどく艶かしいけど、僕はその肩を掴む。
どうしよう。吐き出させる? どうやって?
僕の頭は強い混乱に支配されていた。とりあえず両肩を掴んでいるだけで事態が変わらない。涙に濡れた優の目を初めて見たな、とどうでもいいことが頭をよぎる。
「はぁっ……ま、松本、くん……」
いまだに名前で呼んでくれない。とその場の空気にそぐわない悔しさが頭に浮かぶ。優は荒い息の中で呟いて、僕の肩を掴む。
「痛っ!?」
万力のようなとてつもない力で。
「近づいて……く、苦しいから、はやく……」
そう言いながらとても非力な園芸部と思えない力で、僕は優へと近づかされる。息に混じる独特の香りが心地良い。ああ、これが優のにおいなんだな。と覚える。
かすかに優の胸の柔らかさを感じるほど近づいたとき、くっと優が顎をひいて僕にキスをした。あまりにいきなりで、荒く甘い息が僕の口の中を撫でる。思わず目を閉じてしまった。
くちゅ、くちゅり、と涎がはじける音だけが生々しく響いて、僕は何も言えない。驚いているはずなのに声が出ない。初めてのキスが突然だったら何も感じないって本当なんだなと頭の隅っこで思いながら、舌に当たる柔らかすぎる感触をただ感触として得る。
「ほしいの……もっと、わたしに……」
くぐもった声を受けて、僕は舌を絡めた。何かが優の中へと渡っていくような錯覚。それに驚いて僕は目を開ける。
目をぎゅっとつぶって、餌を受け取る雛鳥みたいに必死で僕の口に吸い付く優。その頭から、薄青い――獣の耳がばさりと生えた。
「っ!!」
ぎゅうっと一際強く腰に抱きつかれる。まるで僕のすべてを吸い尽くそうとするように、口の端からこぼれる涎の一滴すら吸い込む。びくん、びくんと優の小さめの体が震え、制服のスカートがざわざわと動く。
「んっ……! んっ……!」
優は僕に、胸や下半身をぐいぐいと押し付けてくる。それが細かく震えていることを僕は知る。詳しくは見えていないけど、優の、股の間――そのあたりに膝を入れると、びくんっと優の体が大きく跳ね、スカートの一部が内側から持ち上がる。
「はあっ……でる、でちゃう……!」
噛み付くように僕の舌を吸ったと同時に、ばさあっとスカートをまくりあげて青い狼のしっぽが現れる。弱々しい息を最後に、優の体が弛緩する。そっと強すぎる拘束から解放された。
「わう……松本くん、ありがとう……」
いつものような声で、牙のある口で笑って、青い毛に覆われた手で涎を拭って。
「うまく……ワーウルフに、なれたみたい……」
人間であることをやめた僕の彼女は、笑った。
狼っぽくなった優は、いつもの交差点で別れることなく僕の家までついてきた。僕の家が見たいと言ったから僕もなんだか止めたくなかった。
「ここが松本くんの家……わう。覚えた」
小さな鼻を少し動かして、匂いを覚えているみたいだ。僕もさっき、抱きつかれて首筋の匂いをかがれた。
「た、高橋さんは僕の家に来たことがなかったっけ」
「わう。そうだよ。知りたいなって思っていたんだけど、今までのわたしは言い出せなくて……」
今までの……って。優は優だよ、とか言おうとしたけど、僕にはどうしてもさっきまでの人間だった優と同じだとはあまり思えない。ちょっと怖い。
でも一方で、もう一度、今度はちゃんとキスしたいなと思う僕もいる。
「わう? 松本くん、なんだかいいにおいがする……」
優はにんまりと笑顔を浮かべて、僕に目を向ける。柔らかいと思っていた目つきはなんだか、いじわるな狼のようだった。
「き、気のせいだよ。それで、どうして僕の家まで?」
「え? わたしは松本くんの彼女なんだから……当たり前だよね?」
どのへんが当たり前なんだろうと訊きたくなったけど、どことなく淫靡な微笑が怖くて僕は適当に頷いた。どうせ夜まで親はいない。
招き入れると、優はさらに興奮した様子でくんくんとにおいを覚え始める。「わううっ」と犬?のように鳴き声をあげながら。
「すごい。松本くんのにおい……酸っぱくて、気持ちいい」
「……園芸部だしね」
的外れな答えを返していることはわかっているけど、靴を乱暴に脱ぎ捨て僕の部屋までの廊下を嗅ぎ回る優にはそう返すしかない。
あっという間に僕の部屋を見つけられ、鋭利な爪の生えた手で鍵を壊されそうだったから部屋に入れてあげた。「きゃうっ!」と鼻を押さえてうずくまる優。
「はぁっ……す、すごいにおい。か、感じちゃうぐらい……っ」
「優……?」
いきなり起き上がって、廊下に押し倒された。はぁはぁと荒い息をしているけど、牙の生えた口は笑っている。ばさっばさっとしっぽが僕の足を叩く。
「かはぁっ……ま、松本くん、か、体が、あ……」
何か迷っているような素振り。爪でひっかかれたりするけど、僕には痛みも何もない。
ただ、優がたぶん――葛藤しているようなことはわかった。
さっきまでとても淫靡だった笑顔がひきつって、不安が見え隠れする。
「わ、わたしは――もっと、こんなことは――」
ぎゅっと目をつぶって、一気に僕に顔を近づけてきた。また唇が深く重なるキス。貪るように僕の舌を絡めとって、牙が僕の歯とかちあって乾いた音がする。
「わうう……おいしい……」
優が犬、いや狼になったせいか、よだれが強く僕の口に絡みつく。でもそれが僕に強い背徳感を生み出させていて、僕は動く手で優の体のどこかを触っていた。
すると優は僕の手を掴み、自分の胸へとあてがう。僕はためらわずぐっと握る。
ただ情動のまま。
「ひゃんっ!」
僕の口の中を蹂躙する舌が一瞬止まる。僕はその隙を逃さずに絡め返した。すると優は嬉しそうに黄色い目を細めて、激しくしっぽを振る。
優が満足して口を離すまで、恋人らしいそんなことを――僕の理想だと思うことを続けた。
優は部屋の中だと落ち着かず、僕に飛びかかっては何か苦しそうに葛藤するのでリビングにした。
爪の手で器用に紅茶を飲んで「わふう」と息をつく。そういえば髪が青に近づいている。
「琢哉くん。ありがとう。わう。わたし、だいぶおなかいっぱい」
「何も……食べてないよね?」
狼化した優と話すのは少し怖い。でも僕は逃げたりしたくない。ちょっと積極的になってくれた優をもっと見たくて。
「食べたよ。琢哉くんの『精』……男の子だけがもってるおいしいもの。わたしは、それが食べ物。わう」
精、男の子だけがもつ、と聞いて白濁した液体を浮かべないほど僕は煩悩のない男子じゃない。
そこをさっきの舌のように口に取り込まれ、吸い付かれることを想像し「ひゃあっ」と情けない声をあげ自分の股間を押さえていた。
触れてはいけないところに触れたような気がして、未知の恐怖を感じて!
「わううう……もっと食べたい。ねえ、でも、お願い。もっと!」
がしゃんとテーブルをひっくりかえして僕に飛びかかる優。でもやっぱり、何か困惑した表情を浮かべる。だらりと舌からよだれをこぼしながらも、でも、キスしようとしない。
僕はそんな表情を見たくなかった。
「優、苦しむならしなくていいよ」
「うん。――いや、ええと、そ、そうじゃない。わう。わ、わたしは精を、ちがう……」
僕は優をどかして、ふうっと息をついてテーブルをなおした。「お茶、ついでくるね」と言い残して部屋を出る。
「た、琢哉くん! わたし、どうすればいいの?」
「ゆっくり落ち着いて。僕は待ってるから」
なんとなくそう返すと、「わう」と鳴いて優は体を丸めて寝た。
「……もっと、命令して……」
そう呟いて。
優は落ち着いたみたいで、しきりに僕と満面の笑顔でキスするようになった。優の水着すら見たことが無かったのに、優の胸を揉むようになった。少し触っただけで感じてしまうみたいで、キスするときはいつも僕の体に胸を押し付け、股を僕の膝頭にこすり付けてくる。とても熱い。
ああ、いいもんだな。
僕の彼女が人間じゃなくなったって言うと、社会的なナントカとか、将来のナントカとか、学校がナントカとか、色々めんどくさいこと考えてた頭もあったけど、今はない。
優はかわいい。人間だった頃以上にかわいい。ずっとずっと僕のこと見てくれる。僕が必死で考えた面白い話も「うん。おもしろいよ」って曖昧に笑って花を見たりしない。
僕の望みはかなったんだ。あの女の子のおかげだ。
「わう。琢哉くん。次は、何をすればいい?」
優はなぜか、僕に何をするべきかを訊く。キスしてほしいといえば濃厚な、舌を奪い合うキスをしてくれるし、揉ませてほしいと言えば顔を赤らめて僕にくいっと大きめの胸をむける。
それだけじゃなく、紅茶の後片付けとかも手伝ってくれたし、僕が慌てて部屋を片付けていたとき「手伝って」と呟くと手伝ってくれた。
「えーっと……じゃあ、服を脱いで欲しい、かな」
わうっと鳴いて、嬉しそうに優は制服のカッターシャツを脱ぐ。元々ほとんどはだけていたけど、なんとなく、下着姿のほうがいいかなぁと思ったからだ。
スカートがすとんと落ちると、青いしっぽがぱたぱたと大きく振られる。優の機嫌はしっぽでわかる。機嫌がいいとしっぽが大きく振られる。
「わう……ちょっと、今のだと、恥ずかしい……」
「今の? あ……」
ツンとした、かいだことのない――何か僕の中のものをかきたてるにおいがする。
優は何度も感じていたから……優の白いブラのあたりや同色の下着はそれとなく濡れていた。手を伸ばすと、じんわりと湿っている。それは汗なのか何なのか僕にはわからない。
「きゃうう……は、はずかしい……でも、わう」
優はぺたりと耳をたたんで、僕の肩に頭を乗せる。じんわりと濡れた胸が僕の手に強く押し付けられる。親指だけを動かすと、少し硬いものに当たる。
「こ、これって……」
「わうう、言わないで……」
正直なところ――女の子の体について――女の子でも、僕たち男子と近いことをするんだと知ったのは今日が初めてだった。
「あ、あの、さ、ここでもし僕が――ブラもはずしてって言ったら、外してくれるのかな?」
僕は背徳のままに訊ねていた。優はワーウルフになって以来ずっと赤い頬を更に赤らめて「……うん」と言う。
そういわれても僕は、言えるわけもなく、ただ優がもぞもぞと内股を動かし、僕のあぐらの膝に股を押し付けてくることに快感を覚えるだけだった。
「ど、どうして? どうして僕に色んなことを訊くの?」
もう頭はほとんど働いていなくて、ただ心にふっと浮かんだことを口に出しただけだった。
「わうう……き、きもちいいの。その、琢哉くんから、命令されると……どうしてかわたしにもわかんないっ」
優は照れ隠しのように僕の首に甘噛みする。狼の毛のようになった青い髪をなでてあげると、ぱたぱたとしっぽを振った。首からそのまま口まで動いてきて、また濃厚なキスをする。
「もっと、わたしに命令して……。わう。わたしは、ワーウルフ……だから……」
くちゅり、と口角の端で弾ける涎を今度は僕が拭う。優の勢いのままに僕はまた部屋の床に押し倒される。ものすごい力がかかっているけど、痛みはない。
「……じゃあ、お願い。優の思うままに、僕を――」
ガチャン、と玄関の鍵が開く音がした。
「か、隠れて!!」
僕は優を押しのけ、服を渡して言う。優は少しの間だけぽかんとしていたけど、すぐに「わうっ!」と鋭く鳴いて窓から外へ出て行った。
ここが二階だと気付いたのは、帰ってきた母さんの相手をひととおりした後だった。
優はちゃんと家に帰ったのかな、と心配になった。
母さんと妹と僕で食卓を囲んでご飯を食べる間も心配だった。妹が明日から修学旅行とか言っていた。
優の携帯の番号は知っているけど、僕が服を渡した時に落としたみたいで僕の部屋にあった。着信も何もなし。ひとまず安堵。
僕は外に出てみた。玄関から家を見上げる。僕の部屋の窓はちょうど玄関の反対。そこには特に何もなく――
「わうっ! 琢哉くんっ」
優はそこにいた。草むらの中で下着のままで、ぱたぱたとしっぽを振っていた。
「優! どうして、どうして帰らなかったの?」
優は僕の質問に無邪気に首をかしげた。
「だって、琢哉くん、隠れてって命令してくれたから……わう。さびしかったけど、がまんしたよ? ごほうび……ほしい」
僕は迷わず優を抱きしめていた。そしてキスをする。優の舌を最初は僕が絡めるけど、すぐに優に主導権を奪われる。なんだか優の体全体が濡れて、あのにおいがしていた。
「わうう……だめ。なんだか、癖になっちゃいそう……琢哉くんの命令とごほうびを待つの、好きになりそう」
「えっ? どうしてそんな……」
そんなのまるで……ペットみたい……。
まさか、と思った。
優はぺたんと耳をたたんで、くぅんと鼻をならして言う。
「わ、わたし、なんだか琢哉くんの彼女より……命令される、その、ペットのほうが、いいかな、って……」
「……優」
どうしてとか理由はどうでも良くて、その願いは聞いてあげたいと思った。
いいの? と訊こうとしたけど、優の目を見てわかった。
命令をして、ごほうびにキスして。そんな関係を望んでいると僕にはわかった。
「……体を洗おう。ユウ。家の中で飼うほうが、僕はいいから」
「わうっ♪」
僕の彼女あらため僕のペット、ユウは嬉しそうにしっぽを振った。
母さんに「お風呂はいるよ」と言い残してユウをお風呂に連れて行く。でも見つからないかとっても怖い。段々頭が冷めてくると、そういう色々めんどうなことが警鐘を鳴らし始める。
「わう。琢哉くん、一緒に……」
「だめ。僕は見張ってるから。母さんが来たらうまくごまかす」
そう言うとユウは少し考えて、「お母さんと会わせて?」と訊いてきた。
「どうして?」
「うーん。なんとなく、わたしが琢哉くんのペットなら、お母さんに会いたい。わう」
どういうことだろう?
よくわからないけど、ユウがお風呂から出たら会わせようかなと思った。もちろんペットとしてでなく彼女として。母さんは決して怒らないだろう。妹がいきなり男友達連れ込んでも何とも思わなかったんだから。
ユウはシャワーを浴びる間も何か、「きゃうぅ」とか「琢哉くん……」とか呟いていた。僕はユウのにおいがしみついた下着のにおいをかいで、何かお風呂に突入してしまいそうになったからやめた。
お風呂から出たユウは制服に着替えて、「部屋で待ってて」と言い残してリビングに入っていった。何か怖いけど、僕は部屋に戻って待つ。
何十分か待って、ユウは笑顔で戻ってきた。「これで大丈夫だと思う」と言ってくれたから、僕はユウに濃厚なキスをする。すぐに押し倒されて、まだ濡れた髪と耳がよく見える。
「わう。それで、琢哉くん、その……た、琢哉様、でもいい?」
「う、うん。それでいいよ。ユウ」
ほんとにペットだ。僕はユウのかすかに狼の毛に覆われた背中を撫でる。
「そうだ。明日、首輪を買ってあげるから。一緒に選ぼうね」
「わうっ! ありがとうっ」
ユウは僕にのしかかるように体を重ねる。首筋から頬にかけてなめられて「ひゃあっ」と声をあげてしまった。
ユウがいたずらっぽく笑ったから、「だめだよ」と言って僕はユウの狼の耳を噛む。
「きゃうっ! た、琢哉様、わう、もっと……」
ワーウルフの耳は青い毛に覆われているけど、その内側は白い和毛が生えている。そこに舌を這わせるとユウは体を弛緩させて、ごろんと仰向けになる。
僕はさっきと逆に、ユウに覆いかぶさった。ツンと硬いユウの胸が、僕の薄い寝巻き越しに伝わる。ユウは涙に濡れた目で、「どうすればいいの?」と僕の命令を待つ。
「僕が一度、ユウにキスをする。そしたらユウは――少しの間だけ、ユウのしたいことをしていいよ」
ユウが「わうっ」と鳴いたのを聞いてから、僕はユウにキスをする。ユウの口は涎でべとべとで、ほんのりと甘い味がした。
ちゅぱっと音がして唇が離れた途端、ユウは「わうんっ!」と嬉しそうに鳴いて僕を押さえつける。震える手で僕の寝巻きのボタンを外して、「脱いで」と促す。
僕が上半身裸になると、ユウはキャミソールを脱いだ。はじめて見る大きめのユウの胸にドキドキしすぎて、僕は言葉が出なかった。
ユウは「はぁっ」と艶美な息をはいて、僕と体を重ねる。そしてユウは、僕の首筋を噛む。噛む度に僕の膝に乗せた内股をこすり、「くぅん」と甘えた声を出す。僕の頬を何度も舐めた。
「わうう……だいすき。琢哉様……ずっと近くにいたい。わう……」
「僕もだよ。ユウ」
ユウは柔らかく笑って、僕の手を掴む。それを、自分の股に――薄く濡れた下着の上に持っていく。「触って……」とか細い声で言う。
そこをそっと押すと、「ひゃわっ」と鳴いてびくんと大きく跳ねた。ユウは赤い顔をごまかすように僕の首筋をひたすら甘噛みする。
それを続けていって――夜は更けていく。
いつしか僕もユウも眠っていた。
翌朝になって、まずいことをしたと思う。
もうごまかしきれない。朝は母さんが忙しなく動いているし、妹も――ああそういえば修学旅行で早出とか言っていた。それでも母さんの目を盗んでユウを家に帰すことはできない。
「……ユウを信じよう」
大丈夫だと言ったんだから。僕は起きて、ねばっとした液体にまみれた手を洗って、服を着る。ユウを起こしてキスをして、ユウもちゃんと寝巻きを着て一階に。
堂々とリビングに入ると「おはよう」と僕らのほうを見て笑顔で言ってくれた。
「お、おはよう」
「おはよう。お母様。わうっ」
ユウが元気よく鳴くと「朝から元気ね」と笑顔で言う母さん。僕たちの対面に座って、にこにこと見ている。
別に耳が生えているわけでもない、ただちょっといつもより若々しいなと思う母さん。
「さ、早く食べちゃって。お母さん今日はちょっと出かけるから」
「う、うん」
細かいことは気にしない。僕とユウはご飯を食べて、母さんが「ご飯中は我慢ね」と言ってユウのぱたぱた振られるしっぽを押さえたりしていた。
「そうそう。ユウちゃん。今夜もお願いね。私ももううずうずしちゃって」
「わうっ。任せて。お母様」
何をだろう?
気がつくと学校の始業時間が過ぎていた。
せめて二時間目から出ようと支度していると、来客者がやってきた。
「こんにちはー。あれからどうですかー?」
あの、僕に薬をくれたコスプレの女の子。
僕は笑顔で答えた。
「おかげで僕のことを見てくれるようになったよ。ありがとう。小さな魔法使いさん」
女の子はえへへっと無邪気に笑って、ユウをじっと見る。そして小さな注射器のようなものを渡してきた。
「ちょっとこれに血を採ってくれませんかー?」
言われるがままにユウの血を少し渡すと、それをふわりと目の前に浮かせて、何か赤い――魔法陣とか呼ばれそうなものを出してじっとそれを見つめる。
「ほー。彼女さんはワーウルフのそっちの面が発現したんですね。珍しいですーこれでバフォ様も喜んでくれますー。ってことでもう一本、おまけであげときますね」
ユウはそれを見て喜んでいた。よくわからないけど僕も嬉しい。
「あ、それと……彼女さん、ついに完全にワーウルフになりましたねー。一夜過ごしたってセックスしてないですし、元々すっごい貞操観念のかたい、奥手な方だったんじゃないですかー?」
ユウは一気に顔を赤くして「は、はい……わう」と恥ずかしそうに言う。
「それじゃあ、僕のことあんまり見てくれなかったのは……」
「……うん。恥ずかしかったし、なんか、自信もなかったから……」
よかった。僕はあのころの優にもちゃんと好かれてたんだ。
そう気付くととても嬉しくて、僕はユウと長い長いキスをした。
「よかったですねー。これからは時間も場所も気にせずどこでも愛する人とセックスだってなんだってできますよー。わたしが保証してあげますー」
僕とユウは、彼女にお礼を言った。歳に似合わない、大人びた笑みを浮かべて彼女は言い残した。
「おしあわせに。お二人とも。あなたたちの未来には、必ず淫魔の光がありますよ」
確信めいた言葉を。
それから僕とユウは、学校にも行かずにひたすら交わった。
ユウを押しとどめていた『人間としての最後のライン』がなくなったことで、ユウは部屋に戻るとすぐに服を脱いで、僕も全部脱いでユウと交わった。
初めてで緊張したけど、ユウがほとんどリードしてくれて……「わうう。もっとうまくなってね琢哉様」と言われたりもした。
帰ってきた母さん(ちょっとだけ狼の耳が生えている)にユウはためらわず、あの女の子からもらった薬をあげた。
母さんはすぐにユウと同じワーウルフになって(ついでに一気に若返って)、僕の家には父さんがいないから、夜の街に男を探しに出かけていった。
あの女の子の言うことを信じるなら、それも大丈夫だ。
翌日には二人で首輪を買いに行って、新しい首輪のついたユウとまた交わった。
ユウはワーウルフだからなめたりするのが好きで、色々なところを舐められた。そこが人間と違うところらしい。「わうわうっ」と鳴くユウを見ていると、僕もとても幸せだ。
修学旅行からご機嫌で帰ってきた妹も、めでたくユウと母さんに追い詰められたあげく噛まれてワーウルフになって、すごく手の早い子だったらしく僕が襲われた。どこで習ったのか妹の性技もすごくて「お兄ちゃん」って言葉がトラウマになったぐらいだ。
ユウが機嫌を悪くして三日ぐらい口を利いてくれなかったけど、それでも命令すれば胸を揉ませてくれたりしてくれた。ユウは僕の愛する人でもあり、ペットでもある。
学校でも他の魔物(って言うらしい)になった女の子と付き合いだした男子がたくさんいるみたいで、腐れ縁の友達も彼女が出来たと喜んでいた。
妹は近いうちに友達の女の子もみんなワーウルフにして、みんなで男狩りに出かけるって張り切っている。
園芸部の先輩から「これからは『虜の果実』っていうのを育ててみようと思うの」ってメールが来てた。花っぽい魔物になった先輩の写真と一緒に。
そんなふうに世界が変わろうと。
僕はまあ、愛しいワーウルフのユウと一緒にいられれば、それだけで幸せかな、と思う。
12/08/08 01:28更新 / 地味