連載小説
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魔女の世界
 目を開けるとそこは知らない天井。わたしみたいな貧困層には一生かかっても買えそうにない精霊の魔法ランプが石造りの天井でゆらゆらと揺れていた。
 あれ……寝てたのかな。今、何時? 水汲みに行く時間? それなら早くしないと。
 慌てて起き上がってあたりを見回す。そこはわたしの知らない場所。まるでお城の中みたいな石造りの小部屋で、上品な窓と綺麗な陶磁の洗面台、何か見たことがない紋章が壁からかかっている。文字が書かれているけど、読めない。貧民の娘に読めるわけがない。
 誘拐された? わたしは真っ先にそう考えた。
 『聖都』の膝元といえば聞こえはいいけど、実際はただのスラムなわたしの暮らす町。わたしの友達でも、商人や荒れくれものに誘拐されたって人はいる。わたしもまあ、一応女だから、ありえるのかなと思った。
 でもこんなところ、村の近くにあったかしら。外の景色はとてもいい。つまりとても高いところ。それこそ城の中のような。草原全体が絹布のようにさらさらとなびいている。
 お城に、誘拐? こんな話、近所のおばさんから聞いたことがある。たまに子どもの出来ない富裕層の商人が、自分の子としてさらうことがある。
 わたしは枷があるかを確かめるため、体を見る。

 「えっ……?」

 わたしはまるで教団の魔法使いが着るような、怪しい服を着ていた。それに手足に枷もなく、ずいぶん作りがいいベッドに寝かされていたらしい。
 「ど、どういうこと……?」
 誘拐にしては待遇が良すぎるし、そういえば誘拐されるとどうなるんだろう?
 体に汗が浮いてくる。わたしがいなくなったら弟のミラは飢え死にしてしまうし、お母さんの病気もますます酷くなる。
 慌てていると、背後にあったらしい扉が開いた。
 「おお、目を覚ましましたねー。新人さん」
 振り返る。金髪の、わたしより年下の小さな女の子がいた。紙芝居のわるい魔法使いのような格好だけど、とても綺麗。貴族のお嬢様みたい。
 「あー、自己紹介がまだでしたねー。私はエルミナっていいますー。一応新人さんにいろいろ教える役目なので、よろしくですー」
 そのお嬢様エルミナさんはぺこりとおじぎをした。わたしも頭を下げる。
 「えっ、あの、ここは一体」
 「んー? ここは魔王軍魔術部隊大陸北部キャンプ通称『みずいろ』ですけど、どうしたんですかー?」
 魔王軍? 遠征? どういうこと?
 「あれれ、もしかして普通の人間ってことはないですよねー? うん、確かに魔力ありますよねー」
 エルミナさんがわたしに近寄って、わたしの胸あたりをちっちゃい手で触る。爪も指もまるっこくて、可愛らしい。
 こんなちっちゃな人(子?)が、誘拐?
 「あのっ、わたし誘拐されたんじゃないんですか?」
 「誘拐? えっと、あなたは入隊希望者の、アミさんでまちがいないですよねー?」
 わたしの名前は確かにアミ。でも入隊? 教団軍に入ることすら許されない程の貧民なのに?
 「うーん、でもバフォメット様がお間違うはずないですよねー。まあ、魔物化による意識混濁ってことにしときますー。じゃあ、キャンプの中回りますから来てくださいー」
 「え、ちょ、ちょっと!?」
 わたしはエルミナさんに手を引っ張られついていく。
 その一瞬、わたしは洗面台の鏡に映った自分を見た。

 エルミナさんと歳の近い、黒髪の少女がそこにいた。



 部屋の外も豪華な石造りで、お城の中だと思う。柱にかかる灯は全部精霊の入ったものだし、なんだか涼しい風が吹いている。ここで暮らせたらどれ程いいだろう。
 わたしはエルミナさんに連れられるがままに、豪華な通路を歩いていた。
 魔王軍ってなに? 入隊ってどこに?
 さっき部屋に飾っていたのと同じ絵のようなものがあちこちにあって、耳をすますと少女の話し声が聞こえる。先からも、上からも下からも。この絵はもしかすると、何かの紋章なのかもしれない。
 「いやー。まさかこんな時期に新人さんなんて、わたしもびっくりですよー。バフォメット様はちょっと気まぐれが過ぎますー。せっかく実験もいい感じに進捗していたのにー」
 「実験ってなんですか?」
 「あー、これから見せるつもりだったんですけどねー。今は魔力吸引大剣『ロリー・モアELモデル弐型』っていう魔道具の臨床実験してたんですよー。すごいですよー。従来の魔法薬ですと量産が大変なうえ飲んでくれない人が多いですし、弓型は殺傷能力があって危険なので剣にしたんですけどー、万魔殿(パンデモニウム)に隠居した勇者の『聖剣』の技術を応用したらこれがまた高い吸収率を発揮するんですよー。退化率八十五パーセント維持、肉体的な損傷は軽微でバフォメット様からもほめてもらったんですよー」
 ぜんっぜんわからない。退化率ってなに?
 「あー、それじゃあ見てもらったほうが早いですねー。今ちょうどわたしの妹……じゃなかった、部下が臨床実験してますから、あっちのほう見てくださいー」
 窓の向こうを見る。草原を何かの集団が走っていて、その横をすごい速さで何人かの魔法使いっぽい人……たぶんエルミナさんの部下って人が追いかけている。
 青い毛の狼のような集団、でも人間のようにも見える……なんだろう。あれは。
 「あー、このへんじゃ有名な魔物なんですけどねー。ワーウルフっていうんですよー。集団で移動するうえ凶暴で危険なのでー、ちょうどいいかなーと」
 「はぁ……」
 その狼には魔物、という言葉があまり似合わない。わたしが考える間に、エルミナさんの部下の人が紫色の剣を取り出した。怪しい揺らぎのようなものが見える。
 部下の人がワーウルフの一匹(一人?)に切りかかると、赤黒い光が出て――ワーウルフの体が縮んでいく。いや、よく見ると、全体的に丸っこい――子どものような姿になった。
 同じように他の魔法使いも切りかかって、小さな子犬になったワーウルフを抱きかかえて笑っている。確かに可愛い。
 「どうですかー? すごいでしょー?」
 わたしの横のエルミナさんがちっちゃい胸を張ってる。
 「さっきのが、えっと、ロリーなんとかですか?」
 「はいー。詳しくは後ほど講義しますけどー、魔力を原動力として動く魔物にはもちろんー、精を微量持つ人間の女性にも高い効果を発揮するんですよー」
 よくわからないけど、これが魔法? それじゃあここは、魔法使いのキャンプ?
 そこに入隊するわたしは……?
 「魔女?」
 「あー、ようやく意識がはっきりしましたかー? ようこそ魔女のサバトへー」

 わたしはどうやら、魔女になったらしい。



 魔女といっても、なにやら怪しい魔法を使う人、ぐらいの印象しかなかったのだけど、このキャンプの集団、サバトのリーダーであるバフォメット、様に会ってからは認識が変わった。
 城の中心、絵本に出てくるようなホールに、教祖バフォメット様はいた。
 「ご苦労、エルミナ。下がっていいぞ」
 エルミナさんが笑顔で一礼してわたしを置いていく。
 目の前にいるバフォメット様は、最初見た時は正直、お祭りの仮装をした少女、ぐらいの印象しかなかった。怪しい角に、獣のような体の一部。
 「ふふん、婆のような口調だと思ったか? 私たちすべてがそうであるわけではないのだ。いいや寧ろ、仮にも最高位である我々に無用なキャラ作りなど不要であるべきだ」
 「あの、何の話です?」
 むうっと顔をしかめるバフォメット様。
 「ううむ、せっかく旧友からの頼みとあって引き取ってみれば、そんなことも知らなかったか。面白くない……まあいい。私はバフォメット、人間たちから異教集団と畏怖されるサバトの教祖であり、このキャンプの指揮者だ」
 わたしよりちっちゃいくせにすごく偉そう。そんなことを思ったことに気付かれたのか、バフォメット様は得意げに言う。
 「小さきことは偉大だ。幼い少女、それは素晴らしい。それを犯そうとする男に走る背徳、その背徳こそが我らの力となり、魔物の繁栄を生むのだ。
 そう、アミ、今からここで、真の幼い少女となるために学ぶのだ」
 朗々とバフォメット様の言葉が響く。

 わたしに電流が走った。すべてのしがらみを吹き飛ばすほどの力。

 そうだ。このときからわたしは、バフォメット様は偉大だと気付いた。真の幼い少女、なんて背徳的……。女のわたしでも、それには強く惹かれた。わたし自身がその背徳の象徴になっていることに打ち震えた。体の奥から溢れてくる魔力を、確かに感じる。
 いつの間にかある大きな鏡に、魔女となったわたしが映っている。黒髪の、目がくりっとした少女。記憶の中のどんなときよりも健康的で、その肌は柔らかい。ただどこか、完璧じゃない。そうだ。だから学ぶんだ。
 「バフォメット様……」
 わたしは片手を地につけて、深く頭を下げた。ぶかぶかの帽子が落ちそうになるけどそのままにした。
 「うむ。まずは、そうだな、エルミナに講義をさせよう。第六研究プラントの横にエルミナの私室がある。場所はわかるな?」
 「ええ。もちろんです」
 バフォメット様から与えられた知識の欠片に、すべては記されていた。



 知らなかったたくさんの言葉、たくさんの知識をわたしは手に入れた。魔法理論基礎、魔物学、人間心理学、魔法機械学、魔術構造論、薬学、自然物理学……そして一番楽しみな、魔女学。エルミナ先生と二人っきりで色んなことを教わる。研究室のお姉さんたちがうらやましがっていた。普通グループワークなのに、今の時期はわたし以外の新人がいないから。わたしは得意げだった。
 もちろん魔女でもたくさんのことを学べば疲れる。そんなとき、普通の食べ物――人間だった頃は何ヶ月も働かないと食べられなかった肉や魚を食べることもできる。でも今の、女として、目覚めかけの少女として欲しがるものがある。
 「はーいアミさーん、今日の分ですよー」
 夜も更けた頃。エルミナ先生の私室で、わたしは小さなコップを受け取る。その中には、目も眩むほど白い液体。ツンとした匂いに腰が砕けそうになる。
 「はぁっ……ありがとう、じゅるり……ございますエルミナ先生」
 口から溢れて止まらない涎が言葉をさえぎる。
 「うふふーアミさんは幸せですねー。ほんとは使い魔から搾取するんですけどねー、特別ですよー。まあ研究室の人も結構もらってるんですけどねー」
 ということはつまり、わたしはお姉さんたちと同じところにいさせてもらってるんだ。なんて幸せだろう。
 これは魔物たちの主食、精の凝縮された液体。つまり、人間の男性の精液だ。第六研究プラントで試料として使われているけど、よくつまみ食いしているらしい。
 「はぁっ……」
 手が震えて、落としてしまいそう。最初に、何週間かまえに、研究室でちょっとだけ飲んで、人間の男性の精液だって知って以来、少し――少し、人としての抵抗があったけど、その味は格別で、もう本当に虜になってしまった。成熟と未成熟の間にある、『性に興味を持ち始めた幼い体』が疼いて仕方がない。眠れない夜に飲みたくなって、ちょっとだけエルミナさんにもらって、また眠れなくなって、という繰り返し。でもそれも心地いい。堕ちていく自分に、恍惚を覚える。
 スラムの暗闇とは違う。生きてるって実感がある。
 わたしは恐る恐る、でも一気に精液を飲み干す。わたしの体内の魔力と混ざり合い、魔物の力が精液を魔力に変えていく。そのとき強烈な恍惚と熱が発生する――魔物学で習ったことが頭をよぎるけど、わたし自身はそんな冷静なことを考える余裕はなかった。
 「ああっ、だめっ……エルミナせんせ、の、部屋なのに」
 座り込んで、魔力の奔流に理性が呑まれそうになる。淫らな、ちょっとここには書けないけど淫らな想像を、実現させたくなる。でも、何か破ってはいけない壁がある気がして、踏みとどまってしまう。それはまだわたしが不完全な証。
 魔力はわたしたち自身の血液でもあり、同時にわたしたちの理性を狂わせる。それもまた魔物としての魅力。
 「んふふー。構いませんよー。魔女なんですから、気にする必要はないんですよー。魔物としてはむしろ、誇ることなんですからー」
 そういいながらエルミナ先生はわたしの服を脱がしにかかる。先生の柔らかい、魔女として素晴らしい手がわたしの素肌に触れる。そのシチュエーションだけでまた、体を衝動が揺さぶる。
 「だんだんアミさんの適性もわかってきましたよー。第六研究プラントや第三魔術機械科に正式配属されるのもいいかもしれませんねー」
 ああ、それはとても魅力的――とうつろな理性が呟いた。

 わたしの淫らな声は、ここでは異常性など何一つ生まれさせはしない。



 エルミナ先生のところでの勉強の傍ら、色んな研究所(ラボって言うほうがいいらしい)を回った。エルミナさん管轄のロリー・モアの改造を行う第二魔力制御室。土精霊ノームやドリアードと協力して土壌植物の魔的改造を行う実働プラント科。魔界で最もポピュラーな果実、『虜の果実』もサバト総本山の人が作り、人間界に撒いたらしい。
 他にも性欲を増幅させる薬、魔女以外の使徒の人たち――ナイトメアやマンティス、ドラゴンの人までいるらしい――用の生活便利品、このキャンプにあるような精霊を使用した魔法家具を作る魔術機械科。人間用にゴーレムを作って卸すラボや、人間の武器に偽装した魔力放出機械もある。
 強い精の匂いにくらくらするお姉さんの宿舎にも入れてもらった。使い魔、つまりサバトの思想に調教した人間の男と同居している。彼らはほとんどインキュバスばかりだ。わたしも欲しいな、と強く思った。

 わたしたちの研究は大きく二つに分けられる。布教や魔王様の思想のように、人間と共に暮らすことを目的とする研究。
 もう一つは、同じ魔物の生活向上のための研究。ちなみにサバト思想の言論による布教はどんな人でも機会があればする。
 そんなラボ回りの日々をいくつか書こう。



 魔力には指向性があって、土壌自体が魔的変質(人間が言う魔界化)しているから、魔力がキャンプの中を流れるための通り道を定めなければいけない。バフォメット様の卓越した魔力制御の知識でそれは行われていて、ラボの配置もそこからだ。

 わたしはあえて、魔力の一番少ない――流れから外れた場所を覗いてみた。そこは紫の天幕のかかった小さな部屋。かび臭くて、ちょっと近寄りがたい。
 「あれ? お客様ですか?」
 でもそこにいたお姉さんはとっても綺麗で、水色の髪をしたマーメイドの人だった。もちろん胸はぺったんこ。魔女だから当たり前だね。
 「あ、新人さんですかー。ラボ回りですねー私も入隊したての頃はよくやりましたー。えっ? ここですか? ここは図書館兼人間文化研究のラボでーす」
 図書館? どんな本が?
 「うーん、そうですねー。これ、知ってます?」
 差し出されたのは青い装丁の小さな本。魔術書じゃない、ただの羊皮紙の本だ。表面に伝達文字(魔力の共鳴によって『意味そのもの』を伝達する魔界公用語のひとつ)で『ネームマニュアル(一般編)』とある。
 「これはですね、同族意識が希薄な方――個人主義な方々が人間の殿方にアプローチされるときに使える名前が書かれているんですよー。名前がないっていうのはいろんな方の悩みですからね。魔王城の総本山で毎年作られてるんですよー」
 なるほど。簡単な意味や普遍的と見られる地域、年齢、種族が細かく記されている。これを調べたのは、人間界にいるお姉さんたち?
 「もちろんですー。バフォメット様の直々の命で動くエリート中のエリート……憧れちゃいますねー。アミさんは外志望で?」
 「まだ決めてないです。精液が飲めるところがいいなーとか考えてますけど」
 「ふっふーやっぱりやめられないですよね。ここは魔力による変質や流れの阻害を防ぐために飲食禁止なんですけどー、『黒ミサ』のときは私も外で張り切りますよー」
 ああ、そうだ。黒ミサ……話にしか聞いたことはないけど、わくわくする。
 ここにはほかに、人魔問わず書かれたえっちな本がたくさん収められている。ほとんどは人と魔物のカップルが自分たちのなれそめを書いた短編だけどね。軽く読めてわたし好み。
 魔女は魔物の中でも文学に秀でている。バフォメット様の命でジャンルごとに――たとえば陵辱モノとか性転換モノとか――の話をまとめて編纂したり、旅をしながらカップルの話を聞いて物語を書くかっこいいお姉さんもいる。文化的にも素晴らしい存在なのだ。

 わたしはここで、かの魔王城のバフォメット様(名前で呼んでいいのは魔王城の人だけなんだよ)が記した指南書『魔女のススメ』と『ダークエルフ流調教術(1〜3巻)』、そして人間たちから奪った魔物図鑑の断片とやらを借りた。本を読むのは楽しい。



 昼食は結構ばらばらで、それは研究してると夜食(=精液)以外をとらなくなるからだってお姉さんたちから聞いた。わたしはまだ放浪の身だから、赤や青や緑の天幕とバフォメット様の肖像画がある食堂で昼食をとる。近海で取れた魚だ。

 「や。新人さん。隣いいかな?」
 「あっ、はい。いいですよ」
 わたしが少しお尻を横にずらすと、長いすに金髪のお姉さんが座る。ううん、見とれてしまうほど可愛い。ぶかぶかのマントやずり落ちそうで落ちない帽子、靴についた魔水晶のリボンもすごく似合ってる。幼い少女らしい口調でお姉さんっぽい声色というそのギャップが本当にすごい。
 「ふふっ。私に見とれた?」
 ためらいなく頷くと、頭をなでてくれた。「あなたの黒髪も素敵よ」と言ってくれて、ご飯中なのに感じてしまいそう。もちろん食堂の隅には個室があるけど、この綺麗なお姉さんに頼むなんていけないことだ。
 「私はクレセア。いちお、元人間なんだけどね。レスカティエが堕ちたときに拾ってもらったんだけど、ほんと、素晴らしいわね。魔女って。なまじ育ってたせいでバフォメット様の手を煩わせてしまったのが悔やまれるわ」
 クレセアさんはわたしと似たような立場なんだ。わたしを拾ってくれたのは誰なんだろう?
 「あなたにも魔女の素晴らしさを、幼い少女の魅力をたっくさん知ってもらいたい。バフォメット様から洗礼を受けた人間の新人さんがいるって聞いて飛んできたの。文字通りレスカティエからね」
 そ、それじゃああなたは、バフォメット様の命令を受けて行動してる人……。
 「ま、そうなるかな。だからって気負わなくていいけどね。実際やってることは現地の魔物との交流、物々交換みたいなものだから」
 そう言ってクレセアさんは小袋からいくつかの道具を取り出した。見たことがないものばかり……ただ、すごい魔力がこもってることはわかる。
 「で、アミちゃんにおすすめしたいのはこれ。『夢の精彩』。サキュバスを超える魔力をもつといわれるナイトメアのお姉さん――あ、ナイトメアって元々人口が少ないから、サバトにはほとんどいないのよ――が作ってくれた魔道具なんだけど、驚くなかれ、使用者の深層心理を読み取って、理想通りの夢を見せてくれるという優れものよ!」
 「それってすごく大切な道具じゃないんですか……? それにそんな道具、他のお姉さんも欲しがるんじゃ……」
 「いいのいいの。新人さん来たら渡そうと思ってとっといただけだから。そろそろ量産に入るだろうし……。夢見る少女に祝福を。なんてね」
 クレセアさんはわたしの頭をなでて、小さな箱のようなそれを置いて食堂を出て行った。



 その晩わたしは、魔道具・夢の精彩を使ってみた。

 薄暗いスラムの中で、わたしは弟のミラと体を寄せ合っていた。吹き付ける冷たい風。羽織るものはすりきれたボロだけ。
 「お姉ちゃん……寒いよ」
 「文句言わないの。明日になれば町の端に配給車が来るから」

 これは昔の記憶だ。わたしはすぐに気付く。

 ミラだってそのことはわかっている。でもわたしより年下のミラは我慢が出来ない。ごうごうと吹く寒波はこの世界に神なんていないことを教えるようだった。
 「ねえ、お姉ちゃん、どうすれば暖かくなれるの」
 「うーん……」

 そこに精彩が舞い降りる。

 「じゃあ、お姉ちゃんが暖めてあげる。わたしは、魔女だから」

 わたしは身に纏った魔女の服を脱いだ。ミラは驚いた顔をしているけど、わたしを見ている。幼いわたしの顔と、永遠の発展途上にあるわたしの体を。
 「ふふっ……」
 帽子の唾をもって、もう片方の手でミラの顎をなでる。ミラの顔に急激に赤みが差して寒さが吹き飛んでいく。わたしにも感じる。ミラの内で滾る男のにおい。
 「お、お姉ちゃん……っ」
 「だめよ。誰が触っていいなんて言った?」
 わたしに触ろうとしたミラの顔を蹴る。でもミラはその隙間からわたしの体を見ようとする。
 「見られるだけ幸運と思いなさいな。サバトに寄与していない男は、魔女に欲情することさえ許せないのに。ミラは特別」
 わたしはミラの背中に乗って、そのままぺたんと脚を広げて座りこむ。わたしもすごく感じてしまう。
 「じゃ、じゃあ、どうすれば、どうすればお姉ちゃんを抱けるの! どうすればお姉ちゃんのために精液をあげられるの!」
 「ふふ。とりあえず、幼い少女の魅力に目覚めなきゃダメ。心から、ね?」
 ミラが目をむく。わたしは知ってるんだから。ミラが孤児院のシスターさんに好意を抱いていたこと。
 「その場の勢いで犯せると思ったら大間違いよ。心の底から幼い少女の魅力を肯定する男じゃないと、使い魔にはしてあげられないな」
 「わ、わかったよ。ぼく、がんばってお姉ちゃんの使い魔になるからっ。がんばって、幼い少女以外愛さない男になるからっ!!」
 ふふ。がんばりなさい。ミラ。わたしだけのために――

 翌日、わたしはずっと部屋にこもってミラの名前を呟いていた。服もシーツも洗濯しなきゃいけなくなったけど、エルミナ先生はほめてくれた。
 進むべき道が、決まった時だった。




 時が過ぎ、ついにやってきた。
 サバトで定期的に開かれる宴、『黒ミサ』。たくさんの使徒が集まり、外に出ていた人たちもキャンプに戻ってくる。わたしは実行委員をやっているけど、使い魔のいる人はとても楽しそう。淫らな声にわたしまで感じてしまうほどだ。感じたときは、エルミナ先生の手で慰めてもらう。
 たくさんの、食べた人をムラムラさせるディナーが並び、異種族交流も盛んに行われる。最近魔に堕ちたエンジェルやエルフのお姉さんもいた。使い魔がいれば、わたしもあそこにまじわれるんだけどな……。

 ちょっとやさぐれ気味だったわたしは、エルミナ先生の勧めでそこにいた人間の女性――お姉さんたちが捕獲してきた人間に布教してみた。長女が行方不明になって親に厳しく当たられるようになり、家出した人。
 わたしは人間心理学の知識で、相手に話をさせた。お母様は私ではなく家の安定しか見ていないとか、私だってもっと自由に過ごしたいとか――これはいける。と確信。

 鬱屈や過去のトラウマ、それらを隠して堅実に生きることへの辟易。それこそが魔物の狙うべきところだ。レスカティエからのレポートに書かれていた。機会があれば、デルエラ様にもお会いしてみたい。

 わたしはうんうんと頷いて、幼い少女の純粋さで「大変だね」と言う。習った通り、女性はわたしに心を許し始める。わたしにも幼い少女の純粋さが宿り始めた証だ。
 そこでわたしは魔力を言葉にこめ、自由な生活と永遠に老いない体をちらつかせ、魔女にならないかと訊いた。もちろん迷わず快諾。魔力には、人間の心を堕落に導く力もある。わたしはバフォメット様を崇拝しサバトに寄与しているから堕落神の使徒ではないけど、いつか機会があれば出張してみたい。あっちの思想も良さそう。

 その子、女性マルチナはわたしの『妹』となって、わたしの講義を毎日楽しみにして、わたしから口移しで僅かに受け取る精液の恍惚を必死で押さえ込む。過去の未熟だった、くだらない禁欲に拘るわたしを見ているようで、とてもとても、楽しい。その手を取って真の道へ導くことも。精液を求めることは悪いことではなくて、魔女としてあるべき姿だと教える。
 魔女の世界、それはとても背徳的で、魅力に満ちている。




 ついにわたしは、人間界へ出張することができた。
 わたしは図書館のミュシアさんの元で人間界の文化研究を行ったのだ。ミュシアさんのはからいもあって、わたしはバフォメット様から人間界、『聖都』周辺の状況をまとめて戻ってくるという最初の命令を受けた。他のお姉さんと違って長期滞在ではない。でもそれでいい。
 向かう先は、スラムと化した町。白く輝く『聖都』の陰に積み重なるゴミのように、白から湧く黒を延々と積み重ねる役目の町。
 こういった場所から魔界は生まれるのに、彼らは手を差し伸べない。わたしがここの状況を調べて戻るということは、ここが次の、サバト大規模布教の場ということだ。

 「まあ、今からちょっとだけ布教するんだけどね」

 狙いは一つ。路地の隅っこにある錆び付いた井戸。そこにいる、ぼろをまとった青年。わたしと同じ黒髪。
 「久しぶり。ミラ」
 ミラはキッと敵意に満ちた目でわたしを見て――かつてのわたしの面影を見出したのか、驚いたように言う。
 「姉ちゃん……? の、知り合い……?」
 「お姉ちゃんよ。ミラの姉のアミ。あ、でも今は魔女のアミかな」
 今のわたしにはお姉さんからもらったサキュバスの香水のにおいが染み付いている。男として飢えたミラにはわたしはとても魅力的に映るだろう。
 わたしは少しだけスカートの裾を持ち上げる。ミラは大事な水桶を落とし、ごくりと唾を飲む。ふふ。これだけで感じてしまうなんて。さすがミラ。幼い頃から世話をしたわたしは、ミラにとって尊敬する存在。
 そんな尊敬する姉が、幼い少女になって誘惑してくるのだから――ミラにとっては堪らないことだ。
 「ね、姉ちゃん……」
 ミラはやっぱりわたしへ向かってくる。スラムで暮らす男は欲望に正直だ。ミラもまた同じだった。わたしはミラの顔を蹴って倒し、スカートの裾の内を見せる。
 「どう? 欲しい? お姉ちゃんが」
 「いや別にそういうわけじゃなくて、ただ姉ちゃんに会いたくて――」
 全力で背中を踏みつけた。理知的なわたしは珍しく怒っていた。
 ミラの首にかかった金の十字を見つけてしまった。遅かった。わたしの使い魔候補の弟は既にあのシスターの毒牙にかかっていた。
 これは調教するしかない。わたしは魔女の力でミラを持ち上げ、路地の更に奥に連れて行く。
 「え、ほ、ほんとに姉ちゃんの知り合い? ただの子ども?」
 「だからアミっつってるでしょ。幼い少女の魅力に目覚めたアミよ。そしてミラ、あんたも今から幼い少女の魅力に目覚める」
 ミラを座らせ、わたしはためらいなく服を脱ぐ。ミラはにわかに興奮した。わたしは冷静さを取り戻し、魔女学を思い出す。そうだ。ミラとの思い出を使って揺さぶる。
 「覚えてるでしょ? 寒い日に薄着で身を寄せ合ったこと――寄せて、あげようか?」
 わたしは裸身をよじる。ミラの目つきが変わる。わたしがアミだとわかったんだ。幼い頃と似ていて、でもずっと綺麗な少女。
 「あ、ね、姉さん…………っ!」
 ようやく飛び掛ってきたミラを蹴ってはいつくばらせる。わたしの足元で暴れるミラ――快感。
 「触っていいとは言ってないわ。魔女に触れていいのは幼い少女を真に愛する人だけ。あなたは違う。ミラ」
 「そ、そんなっ、僕は……」
 「好きなんでしょ。あの大人のシスターが」
 「違うっ! ぼ、僕は、僕は……」
 あと、すこし。わたしは足を少しだけずらす。足元のミラから、わたしのすべてが見える。
 「ぼ、僕はっ、姉さんが好きだっ。ど、どうすれば姉さんを抱かせてくれるの?」
 「そうね。まずは幼い少女以外目に入らないように、調教してあげる。その首の目障りなものを外してくれる?」
 ミラは全力で十字を引き千切り、暗闇に捨てた。ミラはもうわたししかみていない。ぞくぞくする。

 「じゃ、わたしがみっちり調教してあげるから。二人っきりで、ね?」

 ミラはとても嬉しそうに頷いた。



 情報収集を終えたわたしが宿舎に移り、ミラをお兄さ――使い魔としたのはその数週間後。
 病気で苦しんでいたお母さんも今は、わたしと同じ背丈の幼い少女。お母さんは結構えっちで激しくて、お姉さんたちに可愛がられている。

 お姉さんたちに頭の良さをほめられるたびに嬉しいし、クレセアさんにますます可愛い少女になったと言われるたびに感じちゃう。

 わたしはエルミナ先生の研究室に異動し、ロリー・モアの改良モデルを作っている。ミラの精液で研究はとてもはかどる。今は広範囲に魔力をばらまく爆弾型も作っている。
 そう。ミラを一時でも誘惑したあのシスター女の胸に、魔の剣を突きつけてやるために。楽しみ。明日が楽しみ。未来が楽しみ。


 魔女の世界は、沸き続ける知性を背徳に向ける世界。
 わたしはいつか、世界に名を馳せる魔女になるんだ。
12/06/03 22:20更新 / 地味
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■作者メッセージ
 ここまで読んで頂きありがとうございました。一月ぶりです。
 今回は、世界観に萌えていただこうというコンセプトで製作しました。

 最初は短かったのですが、作品のコンセプトに合った部分がなかったのでシーンを増やしました。
 「イチャラブ成分薄め」という過去3つの需要調査作の反省点を殆ど生かしていない冒険作なのですが、楽しんでいただけたでしょうか。

 魔女のロリっ気よりむしろ魔女たちのもつテクノロジーに惹かれたのがこの作品のきっかけです。そのため文字の多い作品となってしまったのですが・・・需要があることを祈ります。


 設定的な面を補足しておきますと、バフォメットは個人名があるけどうかつに呼んじゃいけないっていう設定ではないかと。
 サバトの構成員に他の魔物娘がいるのは、バフォメットの図鑑を読んでこれは他の魔物娘もいけるなと理解したからです。
 それと何より魔女の性格のつけ方ですが、他の方のSSを参考にし、図鑑を見た上で、たぶんこういうふうに見た目幼くても普通に理性的であるんじゃないかと思いました。知的ロリって需要あるんですかね……。

 サバトの入信手順・及び詳細な上下関係が書いていて悩みました。作中のロリー・モアのように強制的に入信させるのは教義的にありなのかとか、人間界で布教するのかサバトでまとめて捕まえて調教するのかとか、そもそも上下はなんによって決めてるんだろうとか……これについてはいい意見がありましたらコメントお願いします。


 個人的にミラの「幼い少女以外愛さない男になるからっ!!」がお気に入りです。ちなみに私は同世代の女性と人外しか興味ありません。
 それと魔力吸引大剣は某著名なSS書きさんの魔女SSからアイデアを拝借致しました。無断で申し訳ない。深くお礼申し上げます。



 さて、この長編はこんな感じで、「色んな魔物娘の中に元人間が紛れ込んで生活していく」というノリで続けていきます。思いついたら更新するという感じになりそうですが……。

 では、次回も楽しんでいただけるようがんばります。

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