連載小説
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後篇
私は元々お姫様の為に作られた人形だもの。
一般家庭向けに作られてなかったのよ。
だから売れなかったのよ。
ほら、見て。

この髪!瞳!球体関節!

どれを取ったって

オーダーメイド!オンリーワン!ナンバーワン!

普通の子たちのはバービーとかテディベアとかで十分。
私とは釣り合わないのよね。




「つきましたぜ。料金は…9ポンド30セントね。」

「ありがとう。10ポンドで。」

「はい、確かに。おつり70セント。では、よい一日を!」

「ええ、御機嫌よう…」



「さてと。」

いくら王宮の前といえど、今日はクリスマスイブ。
警備はかなり手薄。
さらにジョセフィーヌには秘策がありました。

「確か…この木の根元を…あったわ!」

宮廷前のロンドン市民の憩いの公園。

その公園にあるベンチの後ろの木の根元には、その市民達が不況や疫病の蔓延でトチ狂い反乱を起こした時のため、王宮からの脱出用の抜け道があるのです。

そしてそういった抜け道というのは平和な時は子供たちの格好の遊び場となってしまうもの。

ジョセフィーヌの持ち主だった女の子の内、何人かはおてんばだったので
彼女はこの抜け道は熟知しています。

蓋になっていた銅板を何とか引っぺがし、ジョセフィーヌは抜け道へ入りました。

ほんの300ヤードほどの抜け道ですが彼女の思い出を蘇らせるには十分な道のりでした。

王宮に住むお姫様にとって数少ない市民の子と遊べる場所。
ここでジョセフィーヌもたくさん友達が出来ました。

あの頃の懐かしい記憶が歩調を速めていくうち、道の突き当りへやって来ました。
さあ、あとは腐りかけた梯子を上って。

「よっこいしょ…う〜ん!」

ギイイ〜という音とともに日の光が差し込んできて…






「あら?やっぱりお天気の日は外でお茶してみるものね。いらっしゃい、小さなお客様。」

出口の蓋が開いた瞬間、目の前にいたのは気品あふるる老婆。
洗練されたティーセットと手入れの行き届いた庭がより一層それを引き立てていました。

「あっ…あの…私…(あれ…この人…)」

「あらあら、お洋服に泥が。マルモ〜?ちょっと来てくれるかしら〜!」



「お呼びですか、女王様。」

「ええ、ちょっと珍しいお客様がいらっしゃってね。お風呂のお湯を沸かして頂けるかしら?赤ちゃん用の小さな台に入る分だけで結構よ。それと、右から3番目のクローゼットのカギをあけておいてちょうだい。」

「かしこまりました、女王様。」

マルモと呼ばれたキキーモラはすぐに仕事にとりかかりました。

「この年になると物覚えが悪くなってやんなっちゃうわ。でも、楽しい思い出って、案外忘れないのよ?」

「エリザ…?」

「久しぶりね、ジョセフィーヌ。元気にしてたかしら?」

「ああ…うっ…あああああ…」

ジョセフィーヌはその場で泣き崩れました。

「おかえりなさい。ずーっと探してたのよ?」

少女の手のひらは瑞々しさを失いつつありましたが、
その温もりはより一層優しくジョセフィーヌを包みました。
嘗て戦火によって引き裂かれた友情があるべき姿を取り戻した瞬間。




「湯浴みの準備が出来ました。」

「ありがとう。さぁジョセフィーヌ、久々にシャンプーしてあげる。」

「ええ、お願いするわ!」






「へぇ〜そんなことがあったのねぇ。」

「そうよ〜あの人、変に頑固なのよねぇ〜。さ、お湯流すわよ。」

「キャッ♪」

二人は多くのことを語らいました。

デンマークの王子と結婚したこと。

たくさんの馬を育てたこと。

4人の子供が生まれたこと。

オリンピックの開会式に呼ばれたこと。

そして…






「本当は孫が大きくなったら着せてあげようと思ったんだけど、貴女にはぴったりね。」

自分のために用意された沢山の洋服はジョセフィーヌがロイヤルファミリーのための人形だと自覚させるには十分すぎるほどあり、その中でも青いドレスと羽帽子、そしてよくできたローファーを選び袖を通しました。






「さあシャーロット、紹介するわね、私の友達のジョセフィーヌよ。」

「こんにちはシャーロット。宜しくね。」

彼女の微笑みに赤ん坊は精一杯の笑顔で答えます。

「処で…貴女これからどうするの?出来れば王宮で一緒に過ごしてたいのだけど…」

「えっ…えっと…」




「ごめんなさい。今の私には持ち主の女の子がいるの。それでね、まだその子、小学校にも通ってなくてね…」

「そうなの…でもよかった。神様はちゃんと貴女にも役割をお与えになったって、ことだもの。」



沈黙を破ったのは女王でした。



「ちょっと寂しいけど、偶には王宮へ遊びに来て頂戴?孫も大きくなったら遊び相手が欲しいでしょうし。」

「うん、絶対よ!」

「ちょっとお土産を用意してくるから、それまでこの子と遊んであげてて。」

「はーい!」


ジョセフィーヌがシャーロットのほっぺをつつくと、木の指がちょっとこしょばそう。

ああ、私はこの感覚を待ってたんだ。

でも…






「バスケットにお菓子を沢山いれたの。その女の子によろしくね。」

「ありがとう。それじゃ…」

「ちょっと待って。」

「?」

「ちょっと失礼するわね…はい、私たちの友情の証。」

女王が着けてくれたのはカメオのブローチ。

「ふふっ。エリザは優しいのね。さよならは言わないわ。」

「ええ、御機嫌よう。」

残った10ポンドでタクシーを呼び帰途につきます。

二人はお互いが見えなくなるまで手を振りました。

王宮が小さくなって行くにつれジョセフィーヌは安心感と口惜しさと寂しさの入り混じったよくわからない気持ちにかられました。


なぜ彼女は王宮に戻らなかったのでしょうか?
なぜ彼女はとっさにうそをついたのでしょうか?




何故ならば彼女は見てしまったのです。
創られて500年以上たった自分とは真逆に、真新しいフランス人形が部屋に飾られているのを。

時の流れは少女を一人前の女王にし、
新しい宮廷人形を呼んだのでした。






「おう、おかえり…ってなんか小奇麗になったな!?」

「んま〜お姫様みたい!」



「ん〜?なんか籠から良い匂いがするけど…あたいもこれ食べていい?」

「いいわ。私要らない。あいつらと全部、食べちゃっていいわよ。」

「そう?遠慮なくいただくわ。」



ジョセフィーヌはお土産のお菓子に手をつけませんでした。
食べたらきっと、また帰りたくなってしまうから。

そして、サイレントでホーリーなイブの夜がちょっぴり彼女を癒した次の朝。


「おい、ちょっといいか?」

「何?」

「これ、バスケットの中に入ってたぞ。」

純白の封筒に赤いシールで封がされていました。

「大事なお友達からの手紙なんだから、ちゃんと読んどけよ?」

「はーい。えーっと…」



親愛なるジョセフィーヌへ

話したいことはまだまだあるのだけど、それは今度のお楽しみ。
ごめんなさいね。実は貴女の体を洗ったとき、服にタグが付いてるのが見えちゃったの。
300£だなんて…貴女の持ち主って見る目がないわね!
買い取ろうかと思ったのだけど…きっとあなたも思うところがあってああいったのね。
大丈夫。必ず神様は貴女に役割を与えてくれる。
また遊びに来てね。

エリザベスより最高の愛を込めて。



「…良かったな。」


大丈夫、この言葉だけで私は生きていける。


さて、さらに次の朝。
12月26日になってもヨーロッパ、とりわけキリスト教圏のクリスマスは日本文理高校野球部の夏同様終わりません。
クリスマスをみんなのために過ごした人々のためのクリスマスなのです。
おや?若い男とウィル・オ・ウィスプのカップルが店に入って来ました。
ただ、男性は愛する人のための一晩を過ごしたらしく、足が生まれたての小鹿のごとく震えています。

「ほーらハリー、早く早く!」

「ちょ、ちょっと待ってダイアナさん…90分フルで試合でてあれじゃ…死ぬ…」

ふいに彼女は人形を持ち上げました。

「ほらこの子、かわいいでしょ?」

「ほんとだね。よくできてる。」

「グッドモーニングMrs.&Mr.。私お歌を歌うのが得意なの!」

「そうなの〜?ねぇハリー、クリスマスプレゼントはこの子がいいな。」

「勿論!すいませーん!この人形、おいくら?」

「はい、こちら…1430ポンドになります。」

「1430‼?うせやろ?」

「いえ…こちら装飾品込でこのお値段に…」

「こんな小さな人形なのに…ぼったくr『買います!』

「ええ!?」

「だってあなた出張多いし…少しぐらい贅沢させて?」

「…はい…よろこんで…」

こうして新しい家族にジョセフィーヌは迎えられました。

「ぐすっ…これが一人娘を送り出す感覚か…」

「ええ、貴方…」



「ねぇ、お姉さん。」

「なーに?」

「子供は早く作ってね。」

「もちろん。ね、あなた?」

「」
15/12/11 23:19更新 / レッズ周作
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