中編
文化祭を明後日に控えた夜。
ベッドで翼にくるまりながら、ローゼマリーは相変わらず写真を眺めていた。
もうすぐ。
もうすぐ、岩瀬がヴァンパイアの姿になってくれる。
わたしと、同じになってくれる――。
例の打ち合わせの後、すぐに同級生のアラクネに頭を下げに行った。
『まじでいってるんですの? このバタバタの中、わたくしの高級糸で貴族たるヴァンパイアの正装を縫えと。納期実質4日ですわよ!?』
『とんでもない無茶をいっているのはわかってる。わかってます。でも――』
『とは言っても、会長もようやく決心が付いたということですものね。条件が1つあります。どんな結果になろうとも、必ず思いを告白しなさい。それなら、頑張れますから』
『そうか、本当にありがとう。……って、なんで岩瀬のことを知ってる?』
『学校中で知らない人はいませんわよ、生徒会で中々くっつかない甘酸っぱい2人がいるって。ずっと同じ空間で仕事しなきゃいけなかった夜明ちゃんの苦労もようやく報われるというものです』
『そ、そうだったのか…』
――自分の顔が、真っ赤になっているのがわかる。
翼の下の身体は、これから起こるであろうことの期待で火照り始めている。
まだ始まってもいないのに。本当にそうなるかもわからないのに。
どうなるかわからない未来を前に、心は、期待と不安でいっぱいになっている。
恋はこんなにも、甘く苦しい。
ピロン♪と軽快な音をたてて、LINEがメッセージを表示する。夜明からだ。
『まだ起きてます? とりあえず岩瀬くん変身のための化粧道具は、親から借りて揃えました。明日は前日! 衣装合わせの時間をたっっっっぷりとりましょう。岩瀬くんにも、覚悟を決めてもらわなきゃね。会長は鼻血止めの魔法を忘れないで下さいね』
『色々ありがとうm(_ _)m どうしてここまでしてくれる? こんな中ですごく言いにくいが、夜明は楽しめているのか?』
『今更www 私はただ、魔物娘のみなさんが幸せそうにしているのを見ると、こっちも幸せになるってだけです』
『夜明は好きな人いるのか いや忘れてごめん』
『今はまるでいないです!! 私の恋は多分、もう少し先だと思います。その時は相談乗って下さいねw
明日は頑張って下さいね。応援してますよ、マリー。
おやすみなさい!』
『ありがとう。おやすみ』
スマホを放り出す。
なかなか寝付けないのを自覚していたが、ローゼマリーは翼を抱き寄せ、目を閉じた。まぶたの裏には、岩瀬の姿ばかり。
――なんとなくの予感がある。
明日の衣装合わせで、わたしたちは、たぶん、変わる。
これまで本当に仲のいい友人であったわたしと岩瀬。その友情の殻を壊して。
新しい関係に、きっとなる。
意識し始めると、とまらない。
わたしは、恋するひとりの魔物娘なんだ。
単に仲の良かったヒトが、大好きで大切なヒトに変わって、マントと翼を広げあって身体を重ね合わせる。そして……。
どくり、どくりと身体が脈動する。
暗闇の中で、わたしは牙を何度も舐める。
パジャマも下着も脱ぎ、火照った裸を、性器を、柔らかな翼にこすりつける。
もう、とまらない。
いや――とまりたくなんて、なかったんだ。最初から。
どこまでも、岩瀬と羽ばたいて。彼方まで、いってしまいたいんだ。
暗闇の中でもわかる。わたしは、牙をむきだしにして、笑っていた。
わたしは顔を枕に埋め、性器に手を伸ばし、はしたなく嬌声を上げた。
「それじゃーお着替えを始めます! アラクネさん年末進行大変お疲れ様でした! このお礼は生徒会長から後日たっぷりあるでしょうから、期待していて下さいね!」
「か、勝手に決めるなぁ! いや、確かに、しっかりお礼しますから、待ってて下さい」
「ふふ…楽しみにしていますわね? それでは夜明さん、岩瀬くんを変身させましょう!」
「岩瀬くん、さっきちゃんと顔洗ったよね? 男の子はアブラが多いからな〜もう一回アブラ紙で拭いて。化粧もするんだからね!」
「そうですわ。ローゼマリー会長の正装をみるんですから。…意味、もう分かってますわよね?」
「うん…勿論。緊張するな…どうか宜しくお願いします!」
生徒会室を、暗幕のパーティションで区切る。
片方はわたしの着替え。そして、もう片方には、岩瀬。
「岩瀬くん地がいいですわね〜! 化粧のノリが半端ないですわ♪」
「かっこええやん岩瀬くん! これはよきよき」
かすかな衣擦れの音と、男子の顔を色々いじる姦しい同級生の声をききながら、作業は進む。
――わたしもバッグを開けて、着替えを始めた。
本国から取り寄せた、貴族の正装。
すらりとボディラインを魅せつけるシルエット。
全体はシックだが、端々にグラデーションが施され、地味になりすぎず、派手すぎず。
子供のころから、わたしはこの衣装が大好きだった。
そして、ゆっくりと顔を揉みほぐして、化粧を施していく。
薄皮を一枚一枚、丁寧に貼り付けるように。
わたしの顔が、留学生の生徒会長から、魔物娘になっていく。
意中の人と、夜空をどこまでも羽ばたいていく、ヴァンパイアの貴族に。
仕上げに、唇に深紅のルージュを塗る。
女子高生には重たい色にも思えるが…、これは、わたしの決意なのだ。
――これから、岩瀬を、わたしだけの愛するヒトにする。
唇から零れた白い牙が、キラリと光った。
……………………………。
……………………。
…………。
「お、おお……。これが男の子ヴァンパイア……! 想像以上の仕上がり」
「これは徹夜したかいがありましたわ……わたくしも悔いはありません…ガクッ」
「アラクネさん早い早い! 会長の正装みてから力尽きて下さい!」
「これ、俺なんだ……。すごいや……」
ふぁさぁぁぁぁぁぁぁ…
軽やかに翼を羽ばたかせ、深呼吸を1回。
わたしも、準備ができた。
その時が訪れる。
パーティションの暗幕が外され、ふたりのヴァンパイアが出会う――。
ベッドで翼にくるまりながら、ローゼマリーは相変わらず写真を眺めていた。
もうすぐ。
もうすぐ、岩瀬がヴァンパイアの姿になってくれる。
わたしと、同じになってくれる――。
例の打ち合わせの後、すぐに同級生のアラクネに頭を下げに行った。
『まじでいってるんですの? このバタバタの中、わたくしの高級糸で貴族たるヴァンパイアの正装を縫えと。納期実質4日ですわよ!?』
『とんでもない無茶をいっているのはわかってる。わかってます。でも――』
『とは言っても、会長もようやく決心が付いたということですものね。条件が1つあります。どんな結果になろうとも、必ず思いを告白しなさい。それなら、頑張れますから』
『そうか、本当にありがとう。……って、なんで岩瀬のことを知ってる?』
『学校中で知らない人はいませんわよ、生徒会で中々くっつかない甘酸っぱい2人がいるって。ずっと同じ空間で仕事しなきゃいけなかった夜明ちゃんの苦労もようやく報われるというものです』
『そ、そうだったのか…』
――自分の顔が、真っ赤になっているのがわかる。
翼の下の身体は、これから起こるであろうことの期待で火照り始めている。
まだ始まってもいないのに。本当にそうなるかもわからないのに。
どうなるかわからない未来を前に、心は、期待と不安でいっぱいになっている。
恋はこんなにも、甘く苦しい。
ピロン♪と軽快な音をたてて、LINEがメッセージを表示する。夜明からだ。
『まだ起きてます? とりあえず岩瀬くん変身のための化粧道具は、親から借りて揃えました。明日は前日! 衣装合わせの時間をたっっっっぷりとりましょう。岩瀬くんにも、覚悟を決めてもらわなきゃね。会長は鼻血止めの魔法を忘れないで下さいね』
『色々ありがとうm(_ _)m どうしてここまでしてくれる? こんな中ですごく言いにくいが、夜明は楽しめているのか?』
『今更www 私はただ、魔物娘のみなさんが幸せそうにしているのを見ると、こっちも幸せになるってだけです』
『夜明は好きな人いるのか いや忘れてごめん』
『今はまるでいないです!! 私の恋は多分、もう少し先だと思います。その時は相談乗って下さいねw
明日は頑張って下さいね。応援してますよ、マリー。
おやすみなさい!』
『ありがとう。おやすみ』
スマホを放り出す。
なかなか寝付けないのを自覚していたが、ローゼマリーは翼を抱き寄せ、目を閉じた。まぶたの裏には、岩瀬の姿ばかり。
――なんとなくの予感がある。
明日の衣装合わせで、わたしたちは、たぶん、変わる。
これまで本当に仲のいい友人であったわたしと岩瀬。その友情の殻を壊して。
新しい関係に、きっとなる。
意識し始めると、とまらない。
わたしは、恋するひとりの魔物娘なんだ。
単に仲の良かったヒトが、大好きで大切なヒトに変わって、マントと翼を広げあって身体を重ね合わせる。そして……。
どくり、どくりと身体が脈動する。
暗闇の中で、わたしは牙を何度も舐める。
パジャマも下着も脱ぎ、火照った裸を、性器を、柔らかな翼にこすりつける。
もう、とまらない。
いや――とまりたくなんて、なかったんだ。最初から。
どこまでも、岩瀬と羽ばたいて。彼方まで、いってしまいたいんだ。
暗闇の中でもわかる。わたしは、牙をむきだしにして、笑っていた。
わたしは顔を枕に埋め、性器に手を伸ばし、はしたなく嬌声を上げた。
「それじゃーお着替えを始めます! アラクネさん年末進行大変お疲れ様でした! このお礼は生徒会長から後日たっぷりあるでしょうから、期待していて下さいね!」
「か、勝手に決めるなぁ! いや、確かに、しっかりお礼しますから、待ってて下さい」
「ふふ…楽しみにしていますわね? それでは夜明さん、岩瀬くんを変身させましょう!」
「岩瀬くん、さっきちゃんと顔洗ったよね? 男の子はアブラが多いからな〜もう一回アブラ紙で拭いて。化粧もするんだからね!」
「そうですわ。ローゼマリー会長の正装をみるんですから。…意味、もう分かってますわよね?」
「うん…勿論。緊張するな…どうか宜しくお願いします!」
生徒会室を、暗幕のパーティションで区切る。
片方はわたしの着替え。そして、もう片方には、岩瀬。
「岩瀬くん地がいいですわね〜! 化粧のノリが半端ないですわ♪」
「かっこええやん岩瀬くん! これはよきよき」
かすかな衣擦れの音と、男子の顔を色々いじる姦しい同級生の声をききながら、作業は進む。
――わたしもバッグを開けて、着替えを始めた。
本国から取り寄せた、貴族の正装。
すらりとボディラインを魅せつけるシルエット。
全体はシックだが、端々にグラデーションが施され、地味になりすぎず、派手すぎず。
子供のころから、わたしはこの衣装が大好きだった。
そして、ゆっくりと顔を揉みほぐして、化粧を施していく。
薄皮を一枚一枚、丁寧に貼り付けるように。
わたしの顔が、留学生の生徒会長から、魔物娘になっていく。
意中の人と、夜空をどこまでも羽ばたいていく、ヴァンパイアの貴族に。
仕上げに、唇に深紅のルージュを塗る。
女子高生には重たい色にも思えるが…、これは、わたしの決意なのだ。
――これから、岩瀬を、わたしだけの愛するヒトにする。
唇から零れた白い牙が、キラリと光った。
……………………………。
……………………。
…………。
「お、おお……。これが男の子ヴァンパイア……! 想像以上の仕上がり」
「これは徹夜したかいがありましたわ……わたくしも悔いはありません…ガクッ」
「アラクネさん早い早い! 会長の正装みてから力尽きて下さい!」
「これ、俺なんだ……。すごいや……」
ふぁさぁぁぁぁぁぁぁ…
軽やかに翼を羽ばたかせ、深呼吸を1回。
わたしも、準備ができた。
その時が訪れる。
パーティションの暗幕が外され、ふたりのヴァンパイアが出会う――。
20/08/30 22:17更新 / yorunotobari
戻る
次へ