前編
生きとし生けるものが寝静まる闇夜――。
とある屋敷の豪奢な天蓋付きのベッドには、うら若き乙女が静かに寝息を立てていた。
開け放たれた窓からは、月明かりとともに涼やかな風を、乙女の寝室に運んでいた。
ふわ…ふぁさああああ……
僅かな衣擦れの音と共に、邪な影が、乙女の傍に忍び寄る。
襟を立てた、漆黒のマント姿の紳士。その裏打ちは血のように紅く。
瞳は深紅の宝石のごとく。口元には、おぞましい牙。
不死の王、吸血鬼が、贄を求めて降り立ったのだった。
ふぁさり、ふぁさり…ばさあぁぁぁぁぁぁぁ……!
黒き影がゆっくりと動き、マントを一杯に広げる…!
乙女を照らしていた月明かりは遮られ…その美しき肌が、影に溶けていく。
1歩、また1歩と、マントを広げた吸血鬼が、乙女へと歩を進める。
そして…
ふぁさぁぁぁぁぁぁぁぁ…
吸血鬼は愛おしそうに、乙女の肢体をマントで撫ぜ、掛け布のように包み込むと…
乙女の首筋めがけて、鋭い牙を――ぐさり。
『きゃああああああああああああああああ!!』
――破廉恥な。なんて破廉恥な。
ぼたぼた垂れてくる鼻血を拭いながら、ヴァンパイア・ローゼマリーはyoutubeのシークバーを何べんも戻しては、乙女がマントに包まれ吸血されてしまう、耽美なシーンに魅入っていた。
魔力とは縁遠い現代日本に、突如魔界のゲートが開いて早数年。
夫見つけ放題、同族にできそうな女性もわんさか、これはよりどりみどり侵略し放題!と嬉々として日本へと飛び込んでいった魔王軍であったが、とある文化を見せつけられてからは、魔物化し放題の即時侵略を取りやめ、人間達に対して畏敬の念をもって接するようになっていった。
そう、わが国が世界に誇るHentai文化である。
きっかけは先遣隊の筆頭であったサキュバスが、手近な男をひっかけて美術館にデートに出かけたときであった。
さて今夜はお楽しみ…と適当に見て回っていた彼女の目に、とんでもない絵が飛び込んできた。
それは、葛飾北斎(当時名:鉄棒ぬらぬら)の雌蛸×乙女の背徳的な交わり――『蛸と海女』であった。
サキュバスは卒倒した。そしてときめいた。
なんということでしょう。私たちに出会う前から、こんなにも素晴らしい魔物芸術が花開いていたとは!
しかもこれは、人の身では決して魔物にはなることはできない…その絶望から生じた、狂おしいまでの私たちへの憧憬を原動力とした芸術だったとは!(筆者注:北斎はそんなこと言ってません)
――この日を境に、魔物娘達は人間による魔物芸術に傾倒し始める。古今東西、出るわ出るわ、吸血鬼の悲恋譚やら異種婚姻譚やら、実際の交わりに勝るとも劣らぬ、(魔物娘達にとっては)刺激的で新鮮な描写の数々。
もし、さくさくと侵略していたら。魔物化を推進していたら。
この素晴らしい芸術の数々はもう生み出されなくなるかもしれない。
魔王軍の決断は早かった。表だった即時侵略は中止し、じわじわと時間をかけて、人間達を魔物にしていく。もともと人間は魔物に憧れていたのだ、ゆっくりとで良い。
そして何としても文化交流だ。
この素晴らしき魔物芸術を!!
本国へ!!
逆輸入する!!
※でも魔物娘的に刺激が強すぎるから、人間ルールに則って18歳未満禁止とします!(本音:禁止による背徳感がまた良きスパイスになるのよ)
閑話休題。そんな訳で、ヴァンパイア・ローゼマリーである。
魔界からの留学生として都内の高校に在籍し、現在生徒会長を務めている彼女のスマホに、吸血鬼モノのホラー映画のURLが次々と送られてきているのだった。
「どーですか会長、今回のやつ。なかなか良かったでしょえへへ」
「お主は何を考えておるのだ夜明(よあけ)! こんな真っ昼間からあんな…あんな破廉恥なものをよこすなんて! はしたない! あれは高校生禁止だろう!?」
「どうもこうも、人間にとっちゃただのホラー映画ですし。あれの何にそんなにドキドキさせられたんですかね〜」
「この、お主わかっててっ……!? 大体何でお主はあれをみて正気を保てる!? 同じ吸血鬼のはずなのに…」
「そりゃ私、魔界出身じゃなくて、この日本に元からいた地元民吸血鬼ですし。あんなの子供の頃からみてますよ? ほら鼻血拭いて」
「し、信じられない…」
放課後の生徒会室。業務もそこそこに、生徒会副会長の夜明結生(ゆい)はスマホを弄り、うぶな魔物娘生徒会長をからかうのが日課になっていた。
「お主、いつか魔界出身者に手痛いしっぺ返しを食らうぞ。マジで食らうぞ。いいから満面の笑みを浮かべていないで変なリンクを送るのをやめ」
「あ、手が滑って送っちゃいました〜! といっても、これは中学の文化祭の写真ですが」
「何してんのお主!? どれどれ……っっっ!?!!!!!!」
――ローゼマリーのLINEに、するりと送られた1枚の写真。
それは、これまで見てきた魔物娘的18禁ホラー吸血鬼動画を遙かに上回る衝撃だった。
「これ、文化祭のときに皆でドラキュラマント作って、着て、吸血鬼喫茶やってたんですよ。皆でマントバサバサさせて、つけ牙つけて、がおーって。吸血鬼の私から見ても、皆なかなか良い感じに吸血鬼になってました。楽しかったですよ」
ローゼマリーは、一瞬で動けなくなった。
眉目秀麗なその顔立ちが、一瞬で恋する少女のものに変わる。
「今年の参考になるかと思いまして…って聞いてにゃいな…」
何のことはない、吸血鬼の仮装を楽しむ中学校の1クラス。
その中にひとり。顔立ちは今より幼いが、見紛うはずはない。
(……いたんだ。岩瀬……)
今、ローゼマリーが思いを寄せている生徒会書記。岩瀬鏡一郎の姿をみてしまった。
楽しそうに、無邪気に笑いながら、こちらに向かってマントを広げている――。
「失礼します。書記、ただいま戻りました…って、2人ともさぼってんじゃんもう」
「ぎゃあああああああ!! お主! 岩瀬! み、みてないよな岩瀬!? わたしはそんなにみてないからぁぁぁ!!」
「からかいがいがあるにゃあ会長は…いひひっ」
その晩。ローゼマリーはベッドに寝転がりながら、例の写真を眺めていた。
深く息を吐くと背中の翼から力が抜け、まるで映画のドラキュラマントのように、ローゼマリーの身体を優しく覆った。
岩瀬のことをぼんやり考えるようになったのは、いつからだろう。
生徒会の仕事を始めて早2年。気が付くと、彼が笑うところを目で追うようになっていたと思う。そうはいっても、思いを伝えることはなく、今の関係を何だかんだ楽しんでいた。
ヴァレンタインでもチョコを渡しているし、ホワイトデーもいいお菓子貰ったし、わたしの好意には、きっと気付いている。ただなんとなく、今の友情を裏切る気がして、自分からは一歩先に進めなかった。彼女はいないようだったが、向こうも何も言わなかった。それでもまぁいいか、とも思っていた。あの写真を見るまでは。
ドラキュラマント。制服の上から、夜の貴族の黒衣を纏った岩瀬。
大好きなヒトが、わたしと「同じ」になっている。
素敵な翼をつけて、牙を生やして。
そして、魔界のヴァンパイアにとって、己の翼を広げて相手に見せつける行為は、意中の者を褥へと誘う――求愛のポーズだった。
もしも。もしも岩瀬がインキュバスに、いや、ヴァンパイアになるなら。
あんなちゃちなパーティーマントじゃなくて、アラクネの最高級の糸で織られたマントにして、ぴったりとタキシードを仕立てて…ああ、何を考えてるんだわたし。
ローゼマリーは顔が熱くなって、思わず枕に顔を埋める。身体が、火照ってくる。
目を閉じても、頭の中は岩瀬の吸血鬼姿でいっぱいだった。
いま、はっきりと、ローゼマリーは恋をしたことに気付いた。
大きく広げられた、岩瀬のドラキュラマント。その中に身を寄せてハグしたい。優しく包まれたい。そして、そして……。
「はぁ…」
か細く、ため息が漏れる。
「岩瀬、マント着てくれないかな…」
明くる日の放課後、生徒会室。
ローゼマリー生徒会長、夜明副会長、岩瀬書記。割と真面目な顔で、3人は顔をつき合わせていた。
「我々はいい加減時間がないことを自覚せねばならん。書記?」
「その通りです。10月末日の文化祭まで残り5日。登校日だけで言えば3日。先生方・運動部・文化部・各クラスの出し物の整理や事務作業に追われていましたが…生徒会は何をするのか、マジでノープランです」
「ま〜定期考査もあったし、大学受験組は大わらわだし、一部の学生は就活もしてましたし。全体の交通整理が遅れたのは仕方ないと思いますよ? というか生徒会を除いては概ね問題なく準備が進んでいる訳で、私的には十分及第点と思うんですがね〜」
「正直、副会長の言うとおりと思うが…。わたしも他で手一杯でノープラン…」
「息抜きの気持ちはわかるけど、会長副会長ともども、仲良くスマホいじってる場合じゃなかったでしょ、もう」
「昨日はごめんね〜☆」
「あれはすまなかった…。さて、直前でも事務作業は残る。もうここまで来たら、あちこち手抜きでも、実働2〜3日で実行可能な何かをしたいと思う。副会長、書記、知恵を貸して欲しい」
「そんな訳で昨日アイディアを送った訳ですけど見ました?」
「アイディア? 送った??」
「中学校時代の文化祭のやつ?」
「そうそれ。会長と私はヴァンパイアだからちょっと正装して、岩瀬くんだけ仮装すれば吸血鬼喫茶いけるっしょ。お茶と茶器、それから調度品は私か会長ん家の良いやつ借りて、お菓子はヨッ○モックとか、常温保存できるやつ買ってきて……。あとはあれ、ピアノカバー借りてきて、この部屋の壁を覆っちゃえばそれっぽいでしょ? 岩瀬くんは仮装いい?」
「別にいいですよ。俺の仮装のクオリティはお察しですが」
「よっしゃ! どうかにゃ会長。きいてた会長?」
「(あの写真、わたし宛の春画かと思ってた恥ずかしい…!!)え、なんだって?」
「だーかーらー、岩瀬くんにマント着てもらって、かっこいいヴァンパイアにするんですよ会長!」
え。
岩瀬がわたしと同じ、ヴァンパイアになる?
マントを着るの? 翻すの? 広げるの……!!!??
――ぼた。ぼたぼたぼた。
「会長鼻血〜。岩瀬くんティッシュちょうだい〜!」
かくして、今年の文化祭の生徒会は吸血鬼喫茶となったのだった。
とある屋敷の豪奢な天蓋付きのベッドには、うら若き乙女が静かに寝息を立てていた。
開け放たれた窓からは、月明かりとともに涼やかな風を、乙女の寝室に運んでいた。
ふわ…ふぁさああああ……
僅かな衣擦れの音と共に、邪な影が、乙女の傍に忍び寄る。
襟を立てた、漆黒のマント姿の紳士。その裏打ちは血のように紅く。
瞳は深紅の宝石のごとく。口元には、おぞましい牙。
不死の王、吸血鬼が、贄を求めて降り立ったのだった。
ふぁさり、ふぁさり…ばさあぁぁぁぁぁぁぁ……!
黒き影がゆっくりと動き、マントを一杯に広げる…!
乙女を照らしていた月明かりは遮られ…その美しき肌が、影に溶けていく。
1歩、また1歩と、マントを広げた吸血鬼が、乙女へと歩を進める。
そして…
ふぁさぁぁぁぁぁぁぁぁ…
吸血鬼は愛おしそうに、乙女の肢体をマントで撫ぜ、掛け布のように包み込むと…
乙女の首筋めがけて、鋭い牙を――ぐさり。
『きゃああああああああああああああああ!!』
――破廉恥な。なんて破廉恥な。
ぼたぼた垂れてくる鼻血を拭いながら、ヴァンパイア・ローゼマリーはyoutubeのシークバーを何べんも戻しては、乙女がマントに包まれ吸血されてしまう、耽美なシーンに魅入っていた。
魔力とは縁遠い現代日本に、突如魔界のゲートが開いて早数年。
夫見つけ放題、同族にできそうな女性もわんさか、これはよりどりみどり侵略し放題!と嬉々として日本へと飛び込んでいった魔王軍であったが、とある文化を見せつけられてからは、魔物化し放題の即時侵略を取りやめ、人間達に対して畏敬の念をもって接するようになっていった。
そう、わが国が世界に誇るHentai文化である。
きっかけは先遣隊の筆頭であったサキュバスが、手近な男をひっかけて美術館にデートに出かけたときであった。
さて今夜はお楽しみ…と適当に見て回っていた彼女の目に、とんでもない絵が飛び込んできた。
それは、葛飾北斎(当時名:鉄棒ぬらぬら)の雌蛸×乙女の背徳的な交わり――『蛸と海女』であった。
サキュバスは卒倒した。そしてときめいた。
なんということでしょう。私たちに出会う前から、こんなにも素晴らしい魔物芸術が花開いていたとは!
しかもこれは、人の身では決して魔物にはなることはできない…その絶望から生じた、狂おしいまでの私たちへの憧憬を原動力とした芸術だったとは!(筆者注:北斎はそんなこと言ってません)
――この日を境に、魔物娘達は人間による魔物芸術に傾倒し始める。古今東西、出るわ出るわ、吸血鬼の悲恋譚やら異種婚姻譚やら、実際の交わりに勝るとも劣らぬ、(魔物娘達にとっては)刺激的で新鮮な描写の数々。
もし、さくさくと侵略していたら。魔物化を推進していたら。
この素晴らしい芸術の数々はもう生み出されなくなるかもしれない。
魔王軍の決断は早かった。表だった即時侵略は中止し、じわじわと時間をかけて、人間達を魔物にしていく。もともと人間は魔物に憧れていたのだ、ゆっくりとで良い。
そして何としても文化交流だ。
この素晴らしき魔物芸術を!!
本国へ!!
逆輸入する!!
※でも魔物娘的に刺激が強すぎるから、人間ルールに則って18歳未満禁止とします!(本音:禁止による背徳感がまた良きスパイスになるのよ)
閑話休題。そんな訳で、ヴァンパイア・ローゼマリーである。
魔界からの留学生として都内の高校に在籍し、現在生徒会長を務めている彼女のスマホに、吸血鬼モノのホラー映画のURLが次々と送られてきているのだった。
「どーですか会長、今回のやつ。なかなか良かったでしょえへへ」
「お主は何を考えておるのだ夜明(よあけ)! こんな真っ昼間からあんな…あんな破廉恥なものをよこすなんて! はしたない! あれは高校生禁止だろう!?」
「どうもこうも、人間にとっちゃただのホラー映画ですし。あれの何にそんなにドキドキさせられたんですかね〜」
「この、お主わかっててっ……!? 大体何でお主はあれをみて正気を保てる!? 同じ吸血鬼のはずなのに…」
「そりゃ私、魔界出身じゃなくて、この日本に元からいた地元民吸血鬼ですし。あんなの子供の頃からみてますよ? ほら鼻血拭いて」
「し、信じられない…」
放課後の生徒会室。業務もそこそこに、生徒会副会長の夜明結生(ゆい)はスマホを弄り、うぶな魔物娘生徒会長をからかうのが日課になっていた。
「お主、いつか魔界出身者に手痛いしっぺ返しを食らうぞ。マジで食らうぞ。いいから満面の笑みを浮かべていないで変なリンクを送るのをやめ」
「あ、手が滑って送っちゃいました〜! といっても、これは中学の文化祭の写真ですが」
「何してんのお主!? どれどれ……っっっ!?!!!!!!」
――ローゼマリーのLINEに、するりと送られた1枚の写真。
それは、これまで見てきた魔物娘的18禁ホラー吸血鬼動画を遙かに上回る衝撃だった。
「これ、文化祭のときに皆でドラキュラマント作って、着て、吸血鬼喫茶やってたんですよ。皆でマントバサバサさせて、つけ牙つけて、がおーって。吸血鬼の私から見ても、皆なかなか良い感じに吸血鬼になってました。楽しかったですよ」
ローゼマリーは、一瞬で動けなくなった。
眉目秀麗なその顔立ちが、一瞬で恋する少女のものに変わる。
「今年の参考になるかと思いまして…って聞いてにゃいな…」
何のことはない、吸血鬼の仮装を楽しむ中学校の1クラス。
その中にひとり。顔立ちは今より幼いが、見紛うはずはない。
(……いたんだ。岩瀬……)
今、ローゼマリーが思いを寄せている生徒会書記。岩瀬鏡一郎の姿をみてしまった。
楽しそうに、無邪気に笑いながら、こちらに向かってマントを広げている――。
「失礼します。書記、ただいま戻りました…って、2人ともさぼってんじゃんもう」
「ぎゃあああああああ!! お主! 岩瀬! み、みてないよな岩瀬!? わたしはそんなにみてないからぁぁぁ!!」
「からかいがいがあるにゃあ会長は…いひひっ」
その晩。ローゼマリーはベッドに寝転がりながら、例の写真を眺めていた。
深く息を吐くと背中の翼から力が抜け、まるで映画のドラキュラマントのように、ローゼマリーの身体を優しく覆った。
岩瀬のことをぼんやり考えるようになったのは、いつからだろう。
生徒会の仕事を始めて早2年。気が付くと、彼が笑うところを目で追うようになっていたと思う。そうはいっても、思いを伝えることはなく、今の関係を何だかんだ楽しんでいた。
ヴァレンタインでもチョコを渡しているし、ホワイトデーもいいお菓子貰ったし、わたしの好意には、きっと気付いている。ただなんとなく、今の友情を裏切る気がして、自分からは一歩先に進めなかった。彼女はいないようだったが、向こうも何も言わなかった。それでもまぁいいか、とも思っていた。あの写真を見るまでは。
ドラキュラマント。制服の上から、夜の貴族の黒衣を纏った岩瀬。
大好きなヒトが、わたしと「同じ」になっている。
素敵な翼をつけて、牙を生やして。
そして、魔界のヴァンパイアにとって、己の翼を広げて相手に見せつける行為は、意中の者を褥へと誘う――求愛のポーズだった。
もしも。もしも岩瀬がインキュバスに、いや、ヴァンパイアになるなら。
あんなちゃちなパーティーマントじゃなくて、アラクネの最高級の糸で織られたマントにして、ぴったりとタキシードを仕立てて…ああ、何を考えてるんだわたし。
ローゼマリーは顔が熱くなって、思わず枕に顔を埋める。身体が、火照ってくる。
目を閉じても、頭の中は岩瀬の吸血鬼姿でいっぱいだった。
いま、はっきりと、ローゼマリーは恋をしたことに気付いた。
大きく広げられた、岩瀬のドラキュラマント。その中に身を寄せてハグしたい。優しく包まれたい。そして、そして……。
「はぁ…」
か細く、ため息が漏れる。
「岩瀬、マント着てくれないかな…」
明くる日の放課後、生徒会室。
ローゼマリー生徒会長、夜明副会長、岩瀬書記。割と真面目な顔で、3人は顔をつき合わせていた。
「我々はいい加減時間がないことを自覚せねばならん。書記?」
「その通りです。10月末日の文化祭まで残り5日。登校日だけで言えば3日。先生方・運動部・文化部・各クラスの出し物の整理や事務作業に追われていましたが…生徒会は何をするのか、マジでノープランです」
「ま〜定期考査もあったし、大学受験組は大わらわだし、一部の学生は就活もしてましたし。全体の交通整理が遅れたのは仕方ないと思いますよ? というか生徒会を除いては概ね問題なく準備が進んでいる訳で、私的には十分及第点と思うんですがね〜」
「正直、副会長の言うとおりと思うが…。わたしも他で手一杯でノープラン…」
「息抜きの気持ちはわかるけど、会長副会長ともども、仲良くスマホいじってる場合じゃなかったでしょ、もう」
「昨日はごめんね〜☆」
「あれはすまなかった…。さて、直前でも事務作業は残る。もうここまで来たら、あちこち手抜きでも、実働2〜3日で実行可能な何かをしたいと思う。副会長、書記、知恵を貸して欲しい」
「そんな訳で昨日アイディアを送った訳ですけど見ました?」
「アイディア? 送った??」
「中学校時代の文化祭のやつ?」
「そうそれ。会長と私はヴァンパイアだからちょっと正装して、岩瀬くんだけ仮装すれば吸血鬼喫茶いけるっしょ。お茶と茶器、それから調度品は私か会長ん家の良いやつ借りて、お菓子はヨッ○モックとか、常温保存できるやつ買ってきて……。あとはあれ、ピアノカバー借りてきて、この部屋の壁を覆っちゃえばそれっぽいでしょ? 岩瀬くんは仮装いい?」
「別にいいですよ。俺の仮装のクオリティはお察しですが」
「よっしゃ! どうかにゃ会長。きいてた会長?」
「(あの写真、わたし宛の春画かと思ってた恥ずかしい…!!)え、なんだって?」
「だーかーらー、岩瀬くんにマント着てもらって、かっこいいヴァンパイアにするんですよ会長!」
え。
岩瀬がわたしと同じ、ヴァンパイアになる?
マントを着るの? 翻すの? 広げるの……!!!??
――ぼた。ぼたぼたぼた。
「会長鼻血〜。岩瀬くんティッシュちょうだい〜!」
かくして、今年の文化祭の生徒会は吸血鬼喫茶となったのだった。
20/08/30 08:30更新 / yorunotobari
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