読切小説
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告白
 陵辱者と呼ぶにはあまりに可憐な魔物の少女は組み敷いた男の体をうっとりと撫で回した。

「せんせい」

 少女は熱を帯びた声で囁きながら、その顔は紅潮し瞳はみだらに潤んでいる。先生と呼ばれた男は先程からの愛撫に息を乱しながら、その顔から視線を逸らす。押し倒された時の衝撃で床に散らばった書類の白い紙片を視界の端で捉えて、足を拘束するヌラリとした彼女の尾が少女と自分を密着させようとする感触に体を強ばらせた。

「……せ、先生と呼ぶのは止めたまえ。君はもう、私の生徒ではない……ッく」

 少女は男の首筋にそっと噛み付いて柔らかな舌とを使ってそのラインをなぞった。体の下で男の体がビクリと震えるとまたそれが彼女の興奮を煽る。教師は思わず怒鳴った。

「メレディア! やめないか!」
「いやです」
「元教え子に押し倒された教師の気持ちが君に分かるかね?」
「わかりません」
「こんな骨と皮の枯れた中年を押し倒すのは君ぐらいなものだぞ」
「先生は枯れません。私が枯れさせません」
「いや、そこだけ喰い付くのもどうなんだ!」

 咬み合わない会話を交わしながらも愛撫は続く、変に力が抜けて思うように動かない体で藻掻くと少女は睦言のようにまたせんせいと呟いた。せんせい動かないで、彼女の魔術だろうかその呟きにまた力を奪われるような感覚がする。こんな術は私は教えなかったぞ、教え子の成長に教師は呻いた。彼女から感じる魔力の量は倍程に増えているようで、こうして行為の最中にも幾つかの魔術が展開し、二人を中心とした空間を彼女の都合のいいように弄っているようだった。どれも高度な術で、こんな状況でなければ彼女の成長を喜んでやりたいところである。

 魔導院の生徒だったメレディアが卒業してここを去ったのはもう三年前になる。彼女は努力家だったが今一つそれが実力に結びつかない子で、魔術実技担当だった教師は彼女の指導にたびたび時間を割いたことを記憶している。しかしそれは別に彼女一人に思い入れがあったわけではなく、必要があれば他の生徒にも同じように指導を行なっており決して彼女一人が特別な扱いではなかった。むしろ真面目な教師の指導は生徒たちの間では厳しすぎるともっぱらの評判で、ビシバシと容赦のないしごきに耐え切れず泣き出す生徒も少なくなく、そんな指導を度々受け無くてはならないメレディアを教師自身思わず哀れに思ったこともある。

 しかし当時は大人しく口数の少なかった少女は、そんな事にもめげずに着実に力を身に付け才能を開花させていった。教師はそれが彼女が努力した成果だと捉えていたが、少なからず思い入れができていたのだろう。卒業の日、教師の元へ別れの挨拶をしに来た彼女へ「君は私の誇りだ」とそんな言葉を贈ったのだった。彼女との思い出はそのまま美しいものであって欲しかったと切に思う。自分はただそんな彼女のことを時折思い起こしては懐かしさに浸るだけで良かったのだ。

 自宅の中へ現れた魔物への攻撃を一瞬躊躇したのは、その魔物がメレディアだと気づいてしまったからだ。異形の角と翼と尾を持ち、サキュバス化したばかりらしい体には滑らかな体毛が生えていて、男を誘うために作り変えられた体をあますところなく魅惑的に象っていた。しかし、いつも自分を見るたびに不安げに揺れるその瞳を見た瞬間に思い出がフラッシュバックし、気づいた時にはこうして力を奪われて床に押し倒されていたのだった。

「せんせい」
「君は」
「え」
「君はどうしてここに現れたんだね」
「せんせいに会いに」
「しかし私は会いたくなかった」
「…」
「君の、そんな姿を見たくはなかった」

 ごめんなさい、呟きが聞こえた。メレディアの手が止まり、その顔は切なく悲しげなものへと変わる。

「せんせい、私の事嫌いになりましたか?」
「いいや、嫌いにはならない。ただ私は自分が不甲斐ないのだ。君はそんな風に変わってしまうべき人ではなかった。もっと、何か、君に出来る事はなかったのかと私は悔やんでいるのだ」
「そんな風に思わないでください、私はこうなって幸せなんです」
「幸せだと……?確かに君は私へ情を寄せていたのかもしれないが、それはただの憧れであるべきもので、このように歪められていいものでは決してないはずだ」
「そんな」
「そうだろうメレディア、君は今、魔物として私を辱めようとしている。それが君の本心だったと、私は認めたくない」
「でもこれが私の願いでした。先生が、気づかなかっだけです」

 メレディアはそっと彼の唇を塞いだ。優しいキスは初めだけで、もっと相手を求めるように唇をこじ開けるように舌を差し入れ、抵抗する体を胸を押し付けるようにして抑えこむ。クチュ、クチュと舌で咥内を犯しながら、もっと、と頭の奥で声がする。もっと欲しい。この焦がれる心の苦しみも愛されたいという欲望も、心に秘めた恋心は決して子供の憧れなんかではなくて。

 いつも最後まで自分を信じてくれたのは先生だった。要領が悪くて失敗ばかりする私は自分でも嫌気がするほど、何をしても上手くいかなくて。同級生からも見下されて、友だちだって上手く作れなかった。魔術を習う学校なのに簡単な術も満足にできない私は先生のことも最初は怖くて、叱られてばかりの私はきっと先生からも嫌われているんだなんて思い込んだりして。
 でも違った。先生は私が上達するとそれがどんな小さな事でも良くやったと褒めてくれた。たとえそれがもうとっくにできている筈の初級の技でも、メレディア良くやったな、そう言われただけで私は何でも出来るような気がした。他に拠り所のない私の心が先生への想いを募らせたのだとしても、その時はただ先生に認められたくて褒められたくて、ただそれだけだった。

 それが変わったのがあの卒業式の日。
 私は先生に何を伝えたらいいのかも解らないまま先生の元へ向かった。先生に会えるのも今日で最後なのだと思うと胸が苦しくて、泣いてしまいそうだった。先生はそんな私の様子を見て取ると私の肩を叩き「君は私の誇りだ」とそう告げて微笑んでくれた。その時に言葉を返せればよかったのだ。息が詰まって搾り出すように出た言葉は、はい、とただそれだけで。本当に伝えたい気持ちは心の奥底に飲み込まれてしまった。

 私がサキュバスへと変化した時、頭の中で繰り返されたのはその光景。脳が焼けるかと思うほど強い快楽に襲われながら、私は泣きじゃくりながらその日のことを後悔し続けた。うわ言のように繰り返した先生への想い。ああ、魔物になった今ならきっと言える。


「先生の事が、ずっと好きでした」

 唾液の糸をひく赤い舌を見せながら、メレディアは愛しい人の顔を撫でた。キスだけで呆然とした顔をする彼が、これからの行為でどんな反応をするのか楽しみだ。淫らにいやらしく、いつも実直な先生がそんな表情を浮かべるのを想像するだけで、下腹部に熱が走る。

「愛しています。せんせい」











 そしてそれが2日前の話である。
 教師は頭を抱えながら、記憶が消えればいいのにと念じていた。思い出すのはあの後の二回りも年下の少女に犯されながら喘いで許しを請うて最後には自分から求めるという快楽に溺れはしてもあれはないわという痴態の数々。完全に黒歴史である。

「先生、大丈夫ですか?どこかお加減でも」

 ベッドの上でメレディアは起き上がった。苦悩する恋人の顔を覗き込もうと腕を取り、おろおろと首を傾げる。濃密な夜を過ごしたおかげで正直そんな仕草が可愛く思えるほどに毒されてはいるが、こうして理性が戻ってくると男としてのプライドやら教職者としての意地やらに苛まされるのである。

「メレディア、とりあえず先生と呼ぶのは止めないか」
「は、」
「君はもう教え子ではなくて、私の恋人なのだし」
「は、はい」
「というか頑なに私の名前を呼ばないのは何故なんだ。まさか私の名前を知らないのか?」
「えええっ、違います。ちゃんと先生のお名前は知ってます」
「うむ、では言ってみなさい」
「あ、あぅ、でも」
「でも?」
「は、恥ずかしくて……」
「セックスは恥ずかしくないのにか」
「はい」

 ポポポッ、と顔を赤らめるサキュバスのうぶな発言に脱力感がこみ上げる。なんだそれは、とベッドに突っ伏しそのままごろりと寝転がる。

「せんせ」
「起きるまでに私の名を呼べるように練習し給え」
「はい、わ、わかりました」
「よろしい、私はしばらく休む」

 課題への返事にほくそ笑むと、教師はそのまま目を閉じまどろみの中へ意識を落とす。傍らのサキュバスは尾をくねらせながら幸せそうに微笑んだ。
13/01/08 08:13更新 / くろこま

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