墓所の墓守のゴーストさん
この街のはずれにひっそりと存在する、林に囲まれた静かな墓地。
私はある目的のため、淡々とその場所に向かっていた。
ラタトスクとしてこの小さな田舎街の新聞社に勤め、人と魔物の日々についてのコラムを執筆する私にとって、相手の話を直に伺うのは、自分の知的好奇心を満たす大事な作業であると同時に、日々の糧であるからだ。
普段は主に、ハーピーの郵便局の業務だったり、人間と魔物の夫婦の甘い日常や、この街に新しくできたアラクネさんの洋服店の紹介といった、そんなどこにでもある光景を切り取り文字に起こしていたが、たまには社会派な記事も書きたいと思った私は、今回のインタビューの相手として、この街の墓所の墓守さんを、インタビューの相手として選んだのだった。
ちなみに、先日記事に取り上げたケーキ屋のお菓子は店主の妻であるホルスタウロスのミルクがふんだんに使われていて、食べると色々元気になってしまう。
私はそのことを書き忘れてしまったが、まあ、そんなの小さな問題だろう。嘘はついてない。ついうっかりミスをしてしまうことなんて、人間でも魔物でも同じことだ。
そんな些細な自分の企みがうまくいったことを思い出し、内心にやにやしながら、小さな歩幅を繰り返す。
これから聞くお話が、これからの私の頭を大きく悩ませる問題になろうなんて、この時の私は、ちっとも思っていなかった。
墓所に着き、その傍らに建つ家の扉をノックする。
中から出てきたのはゴーストのスージーさん。今日のインタビューのお相手である、墓守さんだ。
「いらっしゃいクララさん。こんなところにようこそ来てくれました」
「いえ、こちらこそ突然のインタビューに快く応じてくれてありがとうございます」
「あ、でもごめんなさい。夫は今日夜の見回りだから寝ちゃってて、私しかお話できないのだけど、それでも大丈夫?」
「全然構いませんよ!むしろそんなお忙しい中ごめんなさい」
「いえいえ。さあ、こんなところで立ち話もなんだし、上がって」
「はい、お邪魔します!」
そうして小屋の中に入った私は彼女に招かれるままテーブルにつき、用意してくれた紅茶を少し飲みながら、カバンから羊皮紙と羽ペンを取り出し、インタビューの準備をする。
「では早速ですが、インタビューを始めさせていただいても?」
「ええ、なんでも聞いてちょうだい」
「まず、日々の墓守としての業務内容ですが、普段はどういうことを?」
「えっと、主に墓所の清掃や、夜の見回りなんかを行ってるわね」
「お掃除はわかりますが、夜の見回りというのは具体的にはどういった?」
「野犬が夜に墓を荒らさないよう気を付けたり、あとは、アンデット族として魔物化した元人間が生まれ…、アンデットって生まれるでいいのかしら?」
「うーん、そこは大いに議論の余地がありますが、いまは生まれるでいいんじゃないかなあと思います」
アンデット族特有の表現の難しさにお互い笑いつつ、話は続いていく。
「とにかくね、そういった魔物が生まれたらお役所の方に報告して、まずはその夫や家族を探してもらったりしてるの」
「その間、みだりに人を襲わないよう、少し我慢してもらうことになるけどね」
「私たち魔物としては、今すぐ運命の人を探したい!愛し合いたい!って気持ちになるけれど、人にも人の都合ってものがあるから」
新魔物領としてもかなり穏やかな気風のこの街では、魔物も極力人の生活を尊重することを、私も十分に知っている。
…時折魅了の魔力だったり、裏路地から人除けの魔法が使われた痕跡を感じることなどはあるけど、おおむね穏やかなこの街は、特に強い体や魔力を持たない私にとって、夫探しという意味でも非常に過ごしやすいところだ。
「あとは、ご遺族の方へ墓所の案内をしたりとか、そんな感じかしら」
「なるほどなるほど」
彼女の言葉を一言も聞き漏らさぬよう、急いでペンを走らせる。
その中で私は、自分が聞きたかった『あること』について、彼女が話していないことを疑問に思った。
いきなりインタビューを行うのはそれこそ三流、いや、三流記者のすることですらない。
ある程度事前に相手のことを調べ、自分の聞きたいことをまとめてから行うのが、相手の時間を奪う側としての最低限の礼儀だと思っている。
だからこそ、どうして彼女がそのことを話さないのか、不思議でならなかった。
「申し訳ありません。つかぬ事をお聞きしますが、『魔力除け』についてお話されなかったのは、何か理由でも?」
「ああ、ちゃんとこちらのお仕事を調べてから来てくれたんですね。うーん、どうしましょう」
「お話しづらいことであれば、こちらも無理に聴くつもりはありませんので」
「話しづらいというか、あんまりこの話、楽しい話ではないから、うーん」
楽しい話ではない。
彼女はそう話していたが、いつもと違うコラムが書きたかった私にとって、むしろいい執筆材料だ。
できれば、ぜひ話してもらいたい。
「特に私は気にしませんよ!スージーさんが話していただけるのであれば、ぜひお聞きしたいです」
そう、この街の墓所では、希望者の最後の意思として、魔物化しないよう、あえて希望者の墓に時おり魔力除けのまじないを施している。
魔物として生まれ変われば、再び愛する人と会うことができたり、また暖かな日常に戻れるというのに。
体も強靭なものとなり、人間が罹る病気とはほぼ無縁、怪我も、人間と比べすぐ直るのだ。
人は死を恐れるが、今のこの世界では死はあくまで通過点の一つでしかない。
男性だって、やろうと思えばスケルトンになれる。
あえてその選択をする利点なんて、何一つない。
魔力除けを希望する人が居る理由が、いまいちわからない。
「そう。その前に質問させてほしいのだけど、クララさんは元々人間?」
「いえ、私は母が同じラタトスクで、旅の行商人であった父とこの街で会いまして、なので生まれた時からラタトスクです」
「そっか。この街で生まれたってことはまだお若いのね。…ねえ、クララさんはラタトスクとして、自分が気に入ってるところってある?」
「それはもうこのしっぽです!このふかふかのしっぽをクッションにお昼寝したときは、ああ、自分ラタトスクでよかったなあって思います」
「…それと同じことをね、人間も思っているの」
「えっ?」
「自分が生まれて、この世界に生きて、つらいこと、悲しいこと、いろんなことがあって、でも、それでも、日常のちょっとしたことに嬉しさを覚えて、そんな日々を大切にしているの」
「それで死ぬ前はね、自分が自分で、人間でよかったなあって、人として生まれてよかったなあって、そんなことを思い返すの」
「自分の死を悲しんで泣いてくれる、そんな人がそばにいてくれて、本当に幸せだったなあって思ってしまうの」
「そしてね、そんな愛する人たちを置いて行ってしまうことを悔やみながら、でも、身勝手に旅立ってしまうのよ」
「ごめんね、私はあなたたちを置き去りにしてしまうけど、またいつか向こうで会おうねって」
そう語る彼女の顔は悲しそうなのにどこか満足気で、それはゴーストの彼女だから語れる話だった。
でも、そんな悲しいことであれば、やっぱり、受け入れられないのが普通なんじゃないだろうか。
実際、彼女はこうしてアンデットとしてこの世に「生きて」いる。
「でもスージーさんは、ゴーストになったんですよね?」
「私は、えっと、こういう言い方もあれだけど、自然に沸いて出ただけで別に望んでゴーストになったわけじゃないから、ね」
「…だとしても、やっぱり、死んでしまうことって、悲しいことじゃないですか」
「ええそうね。友達から来たお手紙を読めなくなる。周りの人と話せなくなる。おいしいお菓子も食べられないし、お気に入りのお洋服だって着れなくなっちゃうの」
「気にもかけない当たり前が、ある日突然何もかも消え去る虚しさ」
「死ぬってね、そういう喪失感なの」
「できればそんなもの、愛する人に感じてほしくないわ」
頭がなんだか重い。さっきまで軽快に走っていたはずのペンは、ずっと止まったままだった。
「仰っていることがよくわかりません。そんなの、矛盾してるじゃないですか」
「ふふ、そうね、不思議よね。私もそう思うの」
「なんで死にしがみつくんだろうなって、何もなくて、悲しいだけなのに、なんでそれを欲しがるのか、私にもよくわからないわ」
「ただあえて言うのであれば、それが人間として生きてきた自分自身のプライドなのよ」
「私は懸命に生きたんだ、必死に生きてきたんだ、人間としてこの命を燃やしてきたんだって」
「だから、死んでからも私は人間なんだって、きっと、そんな気持ちなの」
そんなの、そんなの自分勝手すぎると思う。
勝手に納得されて、じゃあ残された側は何に納得すればいいのだろう。
「…でも、だってそんなの、わがままじゃないですか」
「ええ、そうね」
「周りに悲しい思いをさせて、自分は満足して、残される側の気持ちなんて、何にも考えてないじゃないですか」
「本当に、勝手よね」
「本当は生きることを望んでるのに、もっと生きていたいのに、生きられる道はあるのに、なんで、どうしてですか?」
「…その答えは本人にしかわからない。でももうその人は、決して口を開いてはくれない」
「だから私たちは、せめてその最後に願った思いを叶えるの」
「その人のお墓を、守り続けるの」
「でもそれって、きっと幸せに生きてこれた人だから思えることなんですよね?」
「だからあくまで、希望者だけなのよ」
「不幸の中死んだ人は、魔物化の可能性を残してあげるの」
「だからある意味このおまじないは、その人が幸せだった証明なのかもしれないわ」
「それは、そうかも、しれないですけど…」
「ふふ。ね、だから言ったでしょう、楽しい話じゃないって」
「…生きていてほしいと願う人がいる、死に続けたいと願う人がいる」
「そのどちらもがわかる私には、どちらが正しいかなんて言えないの」
「だからね、今を『生きる』魔物の貴女に、考えてほしい」
「人間の死への寄り添い方、をね」
家に着き、いざ執筆を始めようとした私の腕は重かった。
自慢のしっぽはしなだれ、見る影もない。
でも悲しいだけじゃなくて、何か使命感のようなものが燃えていた。
ラタトスクの私には、この思いを伝える武器がある。
正しい、正しくないの問題じゃない。
強靭で長命な私たち魔物が、見落としがちな視点に気づいてもらいたい。
この街でもっと人と魔物が幸せに暮らせるよう、あえて目を背けたい問題を見つめてほしい。
ならまずタイトルだ。
何か端的に、この思いを伝える…、
そうだ、スージーさんが最後に言っていたこれにしよう。
「人間の死への寄り添い方」と。
私はある目的のため、淡々とその場所に向かっていた。
ラタトスクとしてこの小さな田舎街の新聞社に勤め、人と魔物の日々についてのコラムを執筆する私にとって、相手の話を直に伺うのは、自分の知的好奇心を満たす大事な作業であると同時に、日々の糧であるからだ。
普段は主に、ハーピーの郵便局の業務だったり、人間と魔物の夫婦の甘い日常や、この街に新しくできたアラクネさんの洋服店の紹介といった、そんなどこにでもある光景を切り取り文字に起こしていたが、たまには社会派な記事も書きたいと思った私は、今回のインタビューの相手として、この街の墓所の墓守さんを、インタビューの相手として選んだのだった。
ちなみに、先日記事に取り上げたケーキ屋のお菓子は店主の妻であるホルスタウロスのミルクがふんだんに使われていて、食べると色々元気になってしまう。
私はそのことを書き忘れてしまったが、まあ、そんなの小さな問題だろう。嘘はついてない。ついうっかりミスをしてしまうことなんて、人間でも魔物でも同じことだ。
そんな些細な自分の企みがうまくいったことを思い出し、内心にやにやしながら、小さな歩幅を繰り返す。
これから聞くお話が、これからの私の頭を大きく悩ませる問題になろうなんて、この時の私は、ちっとも思っていなかった。
墓所に着き、その傍らに建つ家の扉をノックする。
中から出てきたのはゴーストのスージーさん。今日のインタビューのお相手である、墓守さんだ。
「いらっしゃいクララさん。こんなところにようこそ来てくれました」
「いえ、こちらこそ突然のインタビューに快く応じてくれてありがとうございます」
「あ、でもごめんなさい。夫は今日夜の見回りだから寝ちゃってて、私しかお話できないのだけど、それでも大丈夫?」
「全然構いませんよ!むしろそんなお忙しい中ごめんなさい」
「いえいえ。さあ、こんなところで立ち話もなんだし、上がって」
「はい、お邪魔します!」
そうして小屋の中に入った私は彼女に招かれるままテーブルにつき、用意してくれた紅茶を少し飲みながら、カバンから羊皮紙と羽ペンを取り出し、インタビューの準備をする。
「では早速ですが、インタビューを始めさせていただいても?」
「ええ、なんでも聞いてちょうだい」
「まず、日々の墓守としての業務内容ですが、普段はどういうことを?」
「えっと、主に墓所の清掃や、夜の見回りなんかを行ってるわね」
「お掃除はわかりますが、夜の見回りというのは具体的にはどういった?」
「野犬が夜に墓を荒らさないよう気を付けたり、あとは、アンデット族として魔物化した元人間が生まれ…、アンデットって生まれるでいいのかしら?」
「うーん、そこは大いに議論の余地がありますが、いまは生まれるでいいんじゃないかなあと思います」
アンデット族特有の表現の難しさにお互い笑いつつ、話は続いていく。
「とにかくね、そういった魔物が生まれたらお役所の方に報告して、まずはその夫や家族を探してもらったりしてるの」
「その間、みだりに人を襲わないよう、少し我慢してもらうことになるけどね」
「私たち魔物としては、今すぐ運命の人を探したい!愛し合いたい!って気持ちになるけれど、人にも人の都合ってものがあるから」
新魔物領としてもかなり穏やかな気風のこの街では、魔物も極力人の生活を尊重することを、私も十分に知っている。
…時折魅了の魔力だったり、裏路地から人除けの魔法が使われた痕跡を感じることなどはあるけど、おおむね穏やかなこの街は、特に強い体や魔力を持たない私にとって、夫探しという意味でも非常に過ごしやすいところだ。
「あとは、ご遺族の方へ墓所の案内をしたりとか、そんな感じかしら」
「なるほどなるほど」
彼女の言葉を一言も聞き漏らさぬよう、急いでペンを走らせる。
その中で私は、自分が聞きたかった『あること』について、彼女が話していないことを疑問に思った。
いきなりインタビューを行うのはそれこそ三流、いや、三流記者のすることですらない。
ある程度事前に相手のことを調べ、自分の聞きたいことをまとめてから行うのが、相手の時間を奪う側としての最低限の礼儀だと思っている。
だからこそ、どうして彼女がそのことを話さないのか、不思議でならなかった。
「申し訳ありません。つかぬ事をお聞きしますが、『魔力除け』についてお話されなかったのは、何か理由でも?」
「ああ、ちゃんとこちらのお仕事を調べてから来てくれたんですね。うーん、どうしましょう」
「お話しづらいことであれば、こちらも無理に聴くつもりはありませんので」
「話しづらいというか、あんまりこの話、楽しい話ではないから、うーん」
楽しい話ではない。
彼女はそう話していたが、いつもと違うコラムが書きたかった私にとって、むしろいい執筆材料だ。
できれば、ぜひ話してもらいたい。
「特に私は気にしませんよ!スージーさんが話していただけるのであれば、ぜひお聞きしたいです」
そう、この街の墓所では、希望者の最後の意思として、魔物化しないよう、あえて希望者の墓に時おり魔力除けのまじないを施している。
魔物として生まれ変われば、再び愛する人と会うことができたり、また暖かな日常に戻れるというのに。
体も強靭なものとなり、人間が罹る病気とはほぼ無縁、怪我も、人間と比べすぐ直るのだ。
人は死を恐れるが、今のこの世界では死はあくまで通過点の一つでしかない。
男性だって、やろうと思えばスケルトンになれる。
あえてその選択をする利点なんて、何一つない。
魔力除けを希望する人が居る理由が、いまいちわからない。
「そう。その前に質問させてほしいのだけど、クララさんは元々人間?」
「いえ、私は母が同じラタトスクで、旅の行商人であった父とこの街で会いまして、なので生まれた時からラタトスクです」
「そっか。この街で生まれたってことはまだお若いのね。…ねえ、クララさんはラタトスクとして、自分が気に入ってるところってある?」
「それはもうこのしっぽです!このふかふかのしっぽをクッションにお昼寝したときは、ああ、自分ラタトスクでよかったなあって思います」
「…それと同じことをね、人間も思っているの」
「えっ?」
「自分が生まれて、この世界に生きて、つらいこと、悲しいこと、いろんなことがあって、でも、それでも、日常のちょっとしたことに嬉しさを覚えて、そんな日々を大切にしているの」
「それで死ぬ前はね、自分が自分で、人間でよかったなあって、人として生まれてよかったなあって、そんなことを思い返すの」
「自分の死を悲しんで泣いてくれる、そんな人がそばにいてくれて、本当に幸せだったなあって思ってしまうの」
「そしてね、そんな愛する人たちを置いて行ってしまうことを悔やみながら、でも、身勝手に旅立ってしまうのよ」
「ごめんね、私はあなたたちを置き去りにしてしまうけど、またいつか向こうで会おうねって」
そう語る彼女の顔は悲しそうなのにどこか満足気で、それはゴーストの彼女だから語れる話だった。
でも、そんな悲しいことであれば、やっぱり、受け入れられないのが普通なんじゃないだろうか。
実際、彼女はこうしてアンデットとしてこの世に「生きて」いる。
「でもスージーさんは、ゴーストになったんですよね?」
「私は、えっと、こういう言い方もあれだけど、自然に沸いて出ただけで別に望んでゴーストになったわけじゃないから、ね」
「…だとしても、やっぱり、死んでしまうことって、悲しいことじゃないですか」
「ええそうね。友達から来たお手紙を読めなくなる。周りの人と話せなくなる。おいしいお菓子も食べられないし、お気に入りのお洋服だって着れなくなっちゃうの」
「気にもかけない当たり前が、ある日突然何もかも消え去る虚しさ」
「死ぬってね、そういう喪失感なの」
「できればそんなもの、愛する人に感じてほしくないわ」
頭がなんだか重い。さっきまで軽快に走っていたはずのペンは、ずっと止まったままだった。
「仰っていることがよくわかりません。そんなの、矛盾してるじゃないですか」
「ふふ、そうね、不思議よね。私もそう思うの」
「なんで死にしがみつくんだろうなって、何もなくて、悲しいだけなのに、なんでそれを欲しがるのか、私にもよくわからないわ」
「ただあえて言うのであれば、それが人間として生きてきた自分自身のプライドなのよ」
「私は懸命に生きたんだ、必死に生きてきたんだ、人間としてこの命を燃やしてきたんだって」
「だから、死んでからも私は人間なんだって、きっと、そんな気持ちなの」
そんなの、そんなの自分勝手すぎると思う。
勝手に納得されて、じゃあ残された側は何に納得すればいいのだろう。
「…でも、だってそんなの、わがままじゃないですか」
「ええ、そうね」
「周りに悲しい思いをさせて、自分は満足して、残される側の気持ちなんて、何にも考えてないじゃないですか」
「本当に、勝手よね」
「本当は生きることを望んでるのに、もっと生きていたいのに、生きられる道はあるのに、なんで、どうしてですか?」
「…その答えは本人にしかわからない。でももうその人は、決して口を開いてはくれない」
「だから私たちは、せめてその最後に願った思いを叶えるの」
「その人のお墓を、守り続けるの」
「でもそれって、きっと幸せに生きてこれた人だから思えることなんですよね?」
「だからあくまで、希望者だけなのよ」
「不幸の中死んだ人は、魔物化の可能性を残してあげるの」
「だからある意味このおまじないは、その人が幸せだった証明なのかもしれないわ」
「それは、そうかも、しれないですけど…」
「ふふ。ね、だから言ったでしょう、楽しい話じゃないって」
「…生きていてほしいと願う人がいる、死に続けたいと願う人がいる」
「そのどちらもがわかる私には、どちらが正しいかなんて言えないの」
「だからね、今を『生きる』魔物の貴女に、考えてほしい」
「人間の死への寄り添い方、をね」
家に着き、いざ執筆を始めようとした私の腕は重かった。
自慢のしっぽはしなだれ、見る影もない。
でも悲しいだけじゃなくて、何か使命感のようなものが燃えていた。
ラタトスクの私には、この思いを伝える武器がある。
正しい、正しくないの問題じゃない。
強靭で長命な私たち魔物が、見落としがちな視点に気づいてもらいたい。
この街でもっと人と魔物が幸せに暮らせるよう、あえて目を背けたい問題を見つめてほしい。
ならまずタイトルだ。
何か端的に、この思いを伝える…、
そうだ、スージーさんが最後に言っていたこれにしよう。
「人間の死への寄り添い方」と。
22/04/11 00:38更新 / ルーカ