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第四章 上・悪い夢を見た

 オズワルドと、セルバンテスは持ち込まれた布きれを見て、顔を見合わせた。

「これが、俺達が倒した怪物のなれの果てっす」

「血じゃねェな。固着した魔力か?」

「その様ですね。問題はこれが、何が由来なのか私たちでは調査できないことですが」

 下がっていいぞ、とオズワルドに言われてハンスが退出する。気配が遠のいたことを確認したのか、ツェツィーリアが姿を現す。

「ん……凄い魔力ね、何が凄いかって言われるとあれですけれど」

「強力じゃねェのは判っていンだよ。問題はなァ」

「今なお霧散していない、事ですね」

 魔力は通常、魔術や呪文、精などと言った形で放出されるが、時間経過で効果が喪われるなどすると霧散し、大気中に利用可能な魔力として残る。魔法陣に代表される筆記式の魔術は、利用する際に大気中や、行使者から収集し、発動する。

 これの何が異常か、と言えば、遭遇時から逆算しても、三日以上は経つにも関わらず霧散しない、という事にあった。

「逆に考えると、まだ効力を保っている、とも言えますが、何とも言えませんね」

 オズワルドもセルバンテスも魔術を使用できるが、専門家ではない。セルバンテスは一応魔物のの使用する魔術にも理解があるが、オズワルドの方はと言えば、

「オズワルド君は大地の魔術が得意でしたね。それも破壊に特化した型の」

「直感で出来る構造物破壊、地形変動ならお手の物だが、こう言った理論系は苦手だ」

「結局この国には、解析できるような人は居ないのね」

 結局お手上げでしかなく、打つ手も無く布きれを暫く眺めていたが、ツェツィが何を思ったか、ペロリ、と指先ですくって舐める。

「あ、おい馬鹿何やってンだ!」

「ん……、これ、構造的には私たちが使うような魔力と同じですわ……」

 はァ? と疑問符を浮かべるオズワルドを他所に、ツェツィが分析する。

「以前の所持者であった勇者に、魔物の知識があって、それを吸収した魔力の欠片をさらにアーサー王子が吸収した、そこで野生動物を端末に変えるという事を思いついたのだと考えられますわ」

「つまり?」

「私たちが普段やっている様な事を、旧魔王の力で再現し出来るか、と言う実験ですわ」

「じゃあなんだ、その魔力の欠片が自ら情報収集したって事か?」

「アーティファクトや、魔力を帯びた物品の中には、魔物化するものもあると聞きましたが、それもそう言った類のものなんでしょうね」

 そう言う物なのか、と釈然としないオズワルドを他所に、セルバンテスがツェツィに掛け合う。

「バフォメットに、件の彼の“治療”をお願いできないでしょうか。時間を掛ければ出来なくはありませんが、今は時間が惜しいもので」

「ええ、勿論ですわ。手配しましょう」


 ―――――――――――


「これはまた、酷いのう」

 セルバンテスが呪文と薬で眠らせ、こっそり魔物軍の祭壇に運びこんだは良いが、バフォメットは見るなり、呆れて言った。

「精神に作用する魔術や呪文も無いわけではないが……うわっ!?」

 バフォメットが近寄ると男の影から、黒い獣が飛び出し、彼女に襲い掛かる。だが割って入ったオズワルドに殴り飛ばされ、

「打ち砕け――《衝角》ッ!」

 天井にまで床が跳ねあがり、叩き潰される。

「危なかったのう、感謝するぞ、じゃが破壊は避けてくれると嬉しいんじゃが……」

「影がどうのこうの、ってのはこの事かよ」

「聞くのじゃ!」

 言葉の意味に納得している間にも、瞬く間に影が現れる。

「うぬぬ、こうなったら無理にでも吐かせるしかあるまい。達人を呼ぶのじゃ」

 そこに居たサキュバスに声を掛け、達人とやらを呼びに行かせ、自身は獣に向き合う。

「恐らく、某かがあれの中で転送機具になっている筈じゃ、話しでは、異常に怯えていたところからナイトメアの様な、精神に巣食う類に違いないのじゃ。彼からそれを取り除かん限り、幾らでも出てくるのじゃ」

「……そう、かよッ!」

 最初はこそ驚きはしたものの、幸い黒い獣は大した強さでは無く、あっさりと殲滅された。だが、その傍から湧きだしてくるために切が無い。

「連れてきました!」

「でかしたぞ」

 潰した数が30にも達しようかと言う頃に、漸く連れて来たのは、大方の予想通り、ナイトメアの少女であった。

「さて、これからオズワルドには夢の中に行ってもらおうと思ってな」

「出来るのか?」

 夢の中に潜る、と言う奇妙な提案に、疑問を呈する。

「一応そう言った報告はあるし“せらぴー”等と言う医療で実績もあるから、出来なくはないぞ、当然じゃが、夢の中で死亡したら死ぬからの、そこだけは気を付けるのじゃ」

「死ななきゃ良いだけか、簡単だな」

「簡単って、そんなことないです……」

「少なくとも、化け物が原因の時点で、ソイツをぶちのめせば良いだけだ、その上で細かい事は専門家に任せる。俺が手出ししても碌な事にはならねェからな。専門の事はな」

 ナイトメアの抗議に、専門部分は任せる、と言い、準備を待つ。

「で、持ち込めるものの限度などは?」

「身一つじゃ……何も持たんで行くつもりかの?」

「不要だ。そもそも俺ァ魔術師だ」

 意外過ぎる申告に、誰もが驚く。

「……わらわを含めた大陸中の魔術師に謝った方が良かろう。どう見ても武人にしか見えんしの」

「ンなもんクソ喰らえだ、大地の魔術師が山越えるだけで息切れする様な貧弱でどうすンだよ。俺ァ武人でもあるが、魔術師なンだよ。もっと言えば、この体こそ発動器具だしな」

 納得は出来んがそれもそうじゃの、とバフォメットが訂正し、ナイトメアに声を掛ける。

「出来ました……いつでも、行けます……」

「それじゃ、行ってくると良いぞ」

 オズワルドの手を取り、もう片方の手を男の額に乗せると、静かに目を閉じ、囁く。オズワルドの意識もそれに従い、静かに暗闇に落ちて行った。


 ――――――――――


 目が覚めると、そこは竜の背、恐らく塞国の近辺であった。

「気分はどうですか……?」

「厭なもんだな、異物感を拭いきれない――」
「――で、何で手前が此処に居る」

「サキュバスの一員だから、に決まっていますわ」

「姫様、私の仕事……取らないで……」

 何故かツェツィが居た。

「ま、数はそれなりに居た方が良いわな」

「そう、ですね……」

 帰す事は諦めて、塞国から、先ずはリザードマンの巣窟を目指すべく移動する。しかし、行けば行くほどにその地形はオズワルドの記憶にある物と異なり、歪になっている。

 そして、

「早速来たな……《崩し大河》」
「あっ……」

 早速現れた怪物を即座に雪崩で粉砕する。

「下手に触ると……あれ? 変だな……何も変わらないの……?」

 専門家であるナイトメアが、夢世界の崩壊を危惧したが、何も起こらなかった為か、疑問符を浮かべている。

「どういう事?」

「夢の中で、下手に暴れたりすると、壊れちゃうの……だから、避けた方がいいんだけど……どうして?」

 首をかしげているナイトメアとは裏腹に、オズワルドは呑気に言った。

「何にせよ、暴れても壊れない、っつうのはありがてェな」

「暴れないでくださいよぅ……」

 その後も何度か襲撃を受けたものの、逐一オズワルドが一蹴して行く為に、おどろおどろしい気配とは裏腹に終始呑気な空気で奥まで進んで行き、リザードマンの巣窟にまでたどり着く。

「ここが終点か、他に道も無いみてェだしな……ってどうした」

「……何でもありませんわ」

「そォかよ」

 様子が妙だ、とは思いつつも、リザードマンの巣窟に足を踏み入れる。オズワルドは襲撃を警戒したが、意外にも、がらんとした巣窟には何の気配もない。2つを除いては。

「来ないでくれ、俺が、俺が悪かった。許して、許して」

 怯える男と、何かを思わせる、オズワルドとほぼ同等の体格、魔物で言えばサラマンダーほどの人型。

「許してもクソも、手前が話さない限りはどうもこうも出来ねェんだがよ。で、そちらさんはよォ、何がしたいンだ?」

「……」

「さいですね、話す気もねェみたいだな。悪いがソイツを連れ帰らねェと話が続かないンでな、連れ帰らせてもらうぜ――」
「――ツェツィ、雑魚と護衛は任せた」

「ええ、任されたわ」

 人型が剣を振るうと同時に、現れるは同じく、一回り程小柄な人型。

――成程、記憶を読み取ってその姿を取っている訳か。つう事は、

 異様に伸びる鋭利な尻尾を回避し、足を払う。体勢を崩したところを狙って、頭部と思しき部位に拳を叩き込む。

「悪いがそれは通った道だ、負けやしねェ」

 オズワルドが雑魚をすり抜けて頭目に向かう。本来ならば協力して当たるところなのだが、大地の魔術師の隣に立って戦う等命知らずにも程がある。それを理解している故に、ツェツィは快く送り出した。

 そもそも、お互いに広範囲に効果をもたらす魔術を主戦力として習得している為に、密集して戦う事自体がその戦力を狭めると言っても過言ではない。無理難題を押し付けられたように見えるツェツィも、流石は魔王直系の魔物――リリムである。

「《ブレイズ・キャノン》――!」
「――《アイス・エイジ》!」

 火炎の砲弾で第一陣を吹き飛ばし、一息の間に吹雪を齎して崩れた陣形に止めを刺す。飛び散った飛沫を元に沸いて出た第二陣も、

「《カオス・ボルト》!」

 熱と冷、相殺を繰り返す魔弾のお互いを喰らい尽くす為の燃料と化して悉く蒸発する。

「《崩し大河》――ッ! ちっ、逃げるなッ!」

 崩し大河――雪崩を回避するため、オズワルドの記憶を読んだのか、翼を生やして上空へと逃げるが、

「甘ェよ阿呆――」
「――《赤く落つる星々》ッ!」

 降り注ぐ流星の下敷きに遭い、撃墜される。

「“悪いが通った道だ”と俺は言ったぞ……まだ湧くンか」

「――オズワルドォォ……」

「悪いが、恨み言を聞いている暇はねェ。表で会った時に聞く――《業焔弾》」

 恐らくアーサーの意志が強く反映されているのだろう、その影を業焔弾、溶岩弾を射出する呪文により、消し飛ばされる。

「あわわわ、暴れすぎです……」

「アーサーが作ってンだったら、ここから壊し始めるだろうな、おら歩け、手前には聞きてェ事が山ほどあンだよ。何のために高位呪文バカスカ撃ったと思ってやがる」

「厭だ、行きたくな――がふっ」

 思いっきり蹴り飛ばされて、男は呻く。

「ああ、そんなに乱暴に、しないで」

 オズワルドは弱気なナイトメアの制止を敢えて無視して、胸ぐらを掴み上げる。

「良いか? 俺はナァ、手前等がな、もう少しはマシな判断してくれると思ってたんだよ、せめて戦争が終わるまでは手ェ貸してくれると思ってたンだよ――」
「――で、アーサー王子は、喪が明ける前から何してくれてンだ? しかも手前は言うに事欠いて行きたくないだ? 塞国兵士の掟はなンだ?」

「じょ、上官の命令は、ぜ、絶対」
「ああそうだ、それはこの国だけじゃねェ。ごく一般的なもンだ。で、手前は俺と、ここに居ねェアーサー、どっちが優先だ?」
「オ、オズワルド」
「……様だ」
「は?」
「上官には様を付けろ。様を、だ。手前に“どっちか”選ばせてやらぁ」
「は、はいいいい!?」
「良し行くぞ」

「あの、彼は……」

「あくまで俺への恐怖が上回ったから立ったに過ぎねェ。本格的な治療はそっちに任せる」

 あの影の気配は、オズワルドに対する恐れがアーサー王子から受けた恐怖が上回ったのか、一片の気配も感じ取れなかった。しかし、安心はしていられない。

「夢が、壊れます……!」

 景色が崩れ、何もかもが黒く塗りつぶされていく。

「止めは確実に貴方のせいね」

「俺が脅したくらいで壊れる様な軟な設計が悪い」

「もう、知りません!」

 へろへろと歩くような速さの男に焦れてオズワルドが肩に背負い、最後に走る。ツェツィはその姿を見て思った。

――嫉妬するわ。

「お二人とも、こっちです!」

 進入した地点に、穴を開けてナイトメアが叫び、ツェツィ、オズワルドと男、最後にナイトメアがそれを潜ると、そこは男の自室。

「なんだ? 帰って来たんじゃねェのか」

「私たちナイトメアが居る以上、目を覚ます事は、普通は出来ません……でも」

 がたがたと別な理由で震え上がる男を見て、本来大人しいナイトメアが怒って言った。

「最初に言ったことを翻さないでください!」

 結局、どれ程時間が経とうとも怪物は新たに現れなかったために、あの怪物は取り除けたと判断したものの、二人してへそを曲げたナイトメアの機嫌を取る羽目になり、オズワルドが何もしなかったよりも恐らく時間が掛かったのは言うまでもない。
15/10/18 23:38更新 / Ta2
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