第三章 外・例え憎まれようとも
「これは……どういう事なんすかね?」
所変わってある地竜の巣にて、一人の兵士、ハンスとサラマンダー“岩砕”の娘であるジニーが、一人の男を覗き込んでいる。それを見つけたと言うワームもどうしたら良いのか、と言う顔をしており、完全に困惑している。
「アタシに聞くんじゃないよ」
ぼうぼうに髭が生え、髪も伸び放題と、大凡ここで生きていられる様な状態ではない。ワームに連れて行こうと許可を取ろうとすると、彼女は何となく厭な顔をして、穴を掘って何処かへと消えてしまった。
「おい、あんた、何があったんすか?」
そう兵士が聞くと、その男は、虚ろな目のまま、うわ言を繰り返し呟いた。
声が小さく、正気でない為か、それは酷く聞き取りがたいものであったが、要約するとこの様なものであった。
――アーサー王子が化け物になった。
二人は顔を見合わせた。一体何が起きているのかと。兎も角ここに置いておくわけにはいかない、と引き摺って巣を出ようとすると、拘束をすり抜けようと暴れ出した。
「い、いいやだだ、影が、かげがあ」
「落ち着け、落ち着いて言ってみろ」
だが、男はサラマンダーを乱暴に突き倒すと巣穴から走りだし、そこで、待ち構えていた何者かに弾き飛ばされた。
「何をする!?」
それは、一見すると熊の様であったが、この近辺に熊は生息していない。ならば、
「気を付けるっすよ!」
「アンタこそな!」
――――――――――
「……で、その男は気絶し、回収、その怪物も協力して何とか撃退できた、という事ですね」
「そういう事っす。一応その後も思いつく地竜の巣も回ったんすが、何処も通った後が無かったんすよ。どうやって要国に行ったんすかね」
リザードマンの集落跡で、ワイアットが、帰って来た兵士から報告を受ける。他のリザードマン達は、置いて行くしかなかった夫や、子供を棺に納め、別れを告げる。
「しかし、怪物ですか」
「あれは、魔物じゃなかったね、何て言うか、呑み込まれそうな感じがした」
同行していたジニー曰く、あれは魔物ではない、という事だが、そうだとするのであれば、一体何者なのか。
「そう言えば、あの男、影がどうのこうの、って言ってたんすがなんなんすか? 影って」
「私に聞かないで下さいよ。オズワルド様は、アーサー王子が通ったと思われる地点を重点的に探れって言ってましたがね。兎も角、しらみつぶしに探して行く他ありません」
「……で、どうしてリザードマンがあっしらと一緒に捜索しているんすかね」
至極今更な質問だ、とワイアットは思った。とは言え判るまでは何度でも説明しろ、と言うのがオズワルドの基本方針なので、ワイアットもそこに従う事にした。
「簡単に言えば、たまたま現地の民衆の協力を得た」
「ざっくりしすぎやしないすかね?」
「建前上は勝手に来て、勝手に首突っ込んでいるだすからね」
ああもうそれでいいっすよ、とハンスも説明を受ける事を放棄した。兎も角協力してくれる事は判ったらしい。
「しかし、良くあんだけ言われて、協力する気になったっすね」
「本気で言ってるんだったら、アタシはアンタを殴らなきゃいけない」
「何の事っすか?」
恍けるなよ、とジニーは言い、ハンスもまた、何のことか判らない、と言う態度を崩さない、この態度はどの兵士も同じだが。これ以上押し問答をする時間は無いので、ワイアットは押し入った。
「これ以上押し問答をしたければ、戦争が終わってからにして下さいね。柩は奥に安置しますか?」
「あー。奥に保管してくれ。アーサーに壊されたとは言え、昔からの住処だったんだ。アンタ達が塞国に抱いているのと同じぐらいの思い入れはあるよ」
「じゃあそうしましょう。では私たちは先に行きますので、どうぞごゆっくり」
「待ちなよ、アタシ等も行くよ」
当然、と言わんばかりについて来たジニーに、ハンスがツッコミを入れる。
「いやいや、なんで来るんすか」
「……考えたくないんだよ、少し前まで、朝起きたら子供たちが小枝持って騒いでて、誰がこの集落で一番の強者か、夜眠るときは将来どんな旦那と番うのか、何もかもが単純だった……母さんも、流行り病で父さんが死んだときは暫く起き上がれないくらいに、堪えてたよ。アタシは偶々遠出してたから、直接被害は受けなかったけど」
「……」
「考える時間よりも、手を動かしていて、感情にケリを付けられるほどの時間が、欲しいんだよ。誰かさんが言ってたじゃないか、敵として出てくれって」
「言いましたねそんな事」
確かに言ってたっすね、とハンスが肯定する。
「だからさ……」
「その先を言ったら、俺達こそアンタを殴るっす」
お調子者の筈のハンスが珍しく声を荒げて制止する。
「何故だ」
「言う必要がないっすから。ほら、手伝うんなら行っすよ」
ワイアットが、ジニーの背中を軽く突いて歩かせる。何をする、と抗議したが、ハンスの言う通りだ、と特に気にも留めなかった。
――目の前で、メソメソされる位だったら、憎まれてでも、歩いて貰った方がマシっす。
――それが、表立って助けられないなら……言ってて最低っすね。
――――――――――
それから三日ほど経って、漸くアーサーが消失した地点を探し当てると、既にそこは地獄と呼んで差支えない惨状であった。
そこに“生き物”は居ない。鉱石と融合し、各部位が肥大化した異形の獣がまばらに獲物を求めているだけだ。
その有様は、どれもが影の様に、昏かった。
「全く、何が起きているんですかね」
「俺が聞きたいくらいっすよ」
「各員4人以上を1組として行動し、常に相手よりも多くで当たれ。敵は未知であり、一切の油断をせぬ事、完全に止めを刺し切るまでは攻撃の手を止めるな」
「了解!」
兵士たちに気づいた怪物たちが襲い掛かるが、早々に散開したこともあって狙いがばらける。その様相に、ワイアットが疑問を抱く。
「妙ですね。獣に見える割に、完全に独立しているように見えますね」
「判るのか?」
「野良犬だって群れます。なのにあの怪物たちは、一見では群れているように見えて、それぞれの獲物に単独で当たっている――」
「――彼らは強いんでしょうね、ですが……サシなら兎も角、リンチなら負けませんよ」
その言葉の宣言通りに、ハンスを主体とする一隊が、一瞬の隙を突いて盾で抑え込み、手の空いたハンスが暴れる怪物の首に剣を立て、確認した兵士も即座に急所と思われる部位に剣を次々に突き立てる。
「速いな」
「そう言う貴方達こそ」
リザードマン達が、その身体能力を活かして怪物の的を絞らせず、何かを確かめるように丁寧に斬りつけ、弱らせたところで一挙に止めを刺す。
それぞれのグループが時間の差はあれ、特に怪我も無く仕留める。
「止めを刺したら離れろ、何があるか判らない」
兵士たちも心得たもので、言われる前から距離を取って盾を構える者が殆どで、油断なく見張っている。そして、
――ぐしゃり。
と怪物たちは熟れすぎた果実の様に、爆ぜて、大地に熔けた。
「……」
「……確かに、倒したはずなのに、凄く、厭な感じだ――」
「――ごっそりと抉られた様に、重いよ」
黒い、血液とも言い難い何かを見下ろしながら、ジニーは言った。
「別な意味で、厭な気分ですよ」
15/10/16 23:35更新 / Ta2
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