第三章 下・三つ巴
面倒な時に来てくれたよ、とリチャードは思った。とは言え彼女等はこの戦争とは無関係な蛮族。
こっちの事情何ざ知ったこっちゃないだろう。とはオズワルドの言だ。
案の定、エマニュエルが剣を抜き、ヴァルキリーも雷光を纏う。対するアマリエは槍を構え、ワイバーンもいつでもブレス・ウェポンを行使できるように、舐める様に焔を吐く。
「ここでやるンなら、どっちも出て行ってもらうぞ」
「……」
「……」
オズワルドの制止もそこそこに静かに双方で牽制が続き、その緊張が高まったのを見計らってか、アマリエが槍を引く。
「私の目的ハ、貴殿と戦ウ事ではなイ、大人しく槍を引こう」
「そうしてくれ、で、要件は何だ?」
「決まって居よウ。彼女等の件でアる」
そう言って、ワイバーンから降りるように指示されたのは、リチャードに対し激高したリザードマンその人であった。
ピリピリした空気を感じ取ってか、酷く警戒しているが、それも無理もない事である。
「リッチ、知り合いか?」
「知り合いも何も、思いっきり怒鳴られたばかりだよ」
成程、彼女がそうか、とオズワルドは納得した顔で頷いた。
「……ふむ。ここでは出来る話も出来ませんし、会議室に行きませんか?」
そんな空気を破ったのが、セルバンテスであった。一応司教であるため、それ程功績の無いエマニュエルよりは立場が上である。直属ではないとはいえ、教団内での目上の人間にそう言われては勇者一行も剣を収めるを得なかった。
「判った。でも変な真似をしたらすぐに戦いますからね!」
「承知してイる」
何はともあれ、対話する意志を見せた事は、三人にとって嬉しかった。闇雲に殲滅を掲げる馬鹿ではない、と。
――――――――――
「それで、ダ。彼女等の主張によればアーサー王子に急な攻撃を仕掛けられタ、となっているガ、どうなのダ?」
「反魔物領なんですから、当然でしょう」
エマニュエルの空気を読まない発言に、リザードマン――ベティがいきり立つがアマリエに抑えられる。
「この国の真意ではない、少なくとも私たちにそこまで兵を送る理由も、余力もないし、正面の魔物軍を相手にする以上、態々ちょっかいを掛けて敵を増やす理由なんてない」
「今の所、兵士たちに命じて遺体の回収を行っているが、距離もあるからここまで持ってくるのにはまだ時間が掛かる」
「……? アーサー王子は、国内に居ないのカ?」
「居ないな。先王没後直ぐに出奔だ、対内的には病床って事にしているが、その内公表はする」
今度はエマニュエルが驚き、その訳を聞いた。
「国の要となる柱が折れ、その備えの柱が逃げ出した、と民衆が知ったら混乱は大きくなったでしょう。それこそ魔物と戦うどころではありません。妥当な判断でしょう」
「酷い状況だ。これじゃ魔物と戦うどころじゃないじゃないですか――」
「――大体ですね、この周辺の魔物なんて皆十把一からげにやっつけられるようなもんで、正面の脅威を知りながら今人間同士で争いをしていたら、勝てる戦争も勝てませんよ」
その本人を前に大胆な発言だが、アマリエは微笑んでいた。その瞳は、その挑戦、何時でも受けて立とうじゃないか、幸い家の連中が好い男を探す時期になったのだからな、とでも言いたげであった。それにエマニュエルが気づいていたかは定かではないが、オズワルドは言った。
「それに関しては賛成だな、問題はよォ、アーサー王子の足取りが掴めねェって事だ」
「どういう事だ?」
「簡単に言えば、リザードマンの集落を通るルートなら恐らく顎にある要国を目指す。俺が奴ならそうする。だが問題はそこに繋がっている連絡道も、地竜の巣も通った形跡がねェっつう事だ、慈悲に目覚めた訳でもねェだろうが、気に掛かる」
ベティの質問に、オズワルドがツェツィからの情報と、そこから立てられた予測――確信に近いものはぼかして説明する。
「何で要国に行く必要があるんですか?」
エマニュエルの質問に、今度はヴァルキリーが答える。
「恐らくですが、自身の才覚の噂を知っている人間を当てにしたんでしょう。要国は塞国程優れた人材がいませんから、主義主張は兎も角、喉から手が出る程欲しがると思います」
「じゃあ良いじゃないですか。喧嘩するよりは他で居てくれた方が……」
「そうでもありませんね。恐らく、自身の能力を売りに、中枢に入り込むことを狙ったのでしょう。最終的な目標がどうあれ、彼の策謀能力を考えれば要国王を傀儡にすることなど造作もないでしょう。そうなれば長年圧迫が無かった平和ボケした要国の重臣では太刀打ちする事は出来ません」
要国は何方かと言えば平原の国として扱われている。この国を落しても、重厚な反魔物国家に覆われて教団にはあまり影響がない上に、彼らに袋叩きにされるだろう。それ以前に複数の勇者が送り込まれる事も考えなければならない。
「地味に酷いな……って、否定しないのかよ」
エマニュエルの感想も尤もだったが、ヴァルキリーはセルバンテスの説明を否定しなかった。
「でもおかしいですよね、普通塞国を相手に戦争をするんだったら、もっと良い所に陣取るはずですよね? なんでわざわざ要国なんか使うんです?」
「出汁としてアズライトドラゴンの秘宝を使いたいのだと、私は思う」
エマニュエルの尤もな疑問に、リチャードが答える。
「アズライトドラゴンが抱え込んでいる財宝は、それこそ塞国を数百年生き永らえさせることが出来る、って言われていて、その他にも唸るほどのマジックアイテムもあると私は聞いている。もし仮に、アーサー王子が要国を焚き付け、教団に“尤もらしい”大義名分を与えたのなら? 低地の要国からならば、教団側から直接来るよりはまだマシなルートだと思う」
「それと、私たちの集落を襲った事に、何の因果関係があるのだ?」
「考えても見ろ。国を追い出された上に、魔物と戦い、兵士は殺され――っと噂に名高い王子がボロボロの姿で言っていたら民衆は信用するぜ?」
苛立たしげなベティにその考えられる理由を説明する。
「確かに、その方が説得力はありますね。」
「だが、その是非を問われたら非だ。理由か? 決まり切ってンだろ。塞国がそうする理由も、リザードマン達がそうされる理由もねェからだよ」
オズワルドがアーサー王子のやり方を、明確に否定する。
「だが、お前も、是とするのなら、するのだろう?」
「当然だ、本当に必要ならやる。だが、ンなもん後日の事考えりゃやらない方が気分も良いに決まっているし、国を護る為なら非道な手段を採れるがな」
結局の所、オズワルドの思考はそこに終始する。塞国の平穏が一番で、他はどうでも良い。どうでも良いならば、
「関わらないのであれば精々好きに生きやがれってことだ」
と、なる。ここがアーサー王子との決定的な差異である。
「それで、オレ達はどうすれば良いんですか?」
「勇者エマニュエルには当面の予定通り、目前の魔物軍を相手にしてもらいます」
「ああ、任せて下さいよ」
「それで、オズワルドにはアーサー王子の捕縛任務に就いて貰う」
「当然だな、これは俺達の仕事だ、“邪魔”すンなよ」
とオズワルドが頷く。
「関わるなってむぐぅ」
「アマリエ達には……“僕”が被った損害を調べた上で、何某か賠償しよう」
抗議を封殺するとリチャードはちらり、とアマリエに視線を向けて、私財からの賠償を約束する。
「それで、ドラゴンティース族はここに来なかった、勇者たちも何も見なかった、で良いだろうか」
それはこの会談は書類に残さない、という事だ。そもそもそう言われるだろうと思ってたのか、セルバンテスは記録を取っていなかった。
「それでいいでしょう。オレだって後ろに怯えながら戦うよりは気兼ねなく全力で戦いたい。その上で戦うんならまあ良いんじゃないですか?」
これで良いか、とエマニュエルがヴァルキリーを見、ヴァルキリーが頷く。その様子にセルバンテスが感心して言った。
「……悪い噂を良く聞きましたが、どうしてこうして、模範的な勇者じゃないですか」
「何ですかそれ?」
おい、と制止するオズワルドを無視してセルバンテスが、エマニュエルに教団で聞いた噂を離すと、エマニュエルはその内容に激高して言った。
「――何ですかそれ!? そんな事、オレがするわけないじゃないですか! 叔父さんにも恩義は感じてますが……まさかと思いますが」
「恐らく、そうでしょう」
彼は自身が思っている程優秀な勇者ではない。良くて中の上。有体に言えば、平凡である。
「くそッ! だから、あの時……。いや、ここで証明すれば良いだけだ、オレは勇者だ、魔物をやっつけて、生きて帰ればそれで証明できる――」
「――なら、猶更、ここで立ち止まっている暇は無いわけですよ、何がしたいのか判らないアーサー王子も掴まえて、魔物もやっつけて、それで解決! で良いじゃないですか」
「思い切りましたねえ」
「だってそうじゃないですか、聞けばドラゴンティース族は難攻不落の集落に住んでいて、殲滅は難しいし、封殺はしたんなら、後は放置すれば良いだけです。それに、そっちで対策してくれるなら、別に任せてもいいんじゃないですか?」
「ハッ、言うじゃねェか」
「流石にそんなに馬鹿じゃありませんよ! 優先順位位つけられますよ」
「では、決まりだナ。忙しいはずノ我々はお暇しよウ」
アマリエが、ベティを伴って席を立ち、オズワルドがそれを送る。セルバンテスはエマニュエルとヴァルキリーを送り、残されたリチャードも、対魔物戦への方策を練り始める。
その途上、ベティがアマリエに尋ねる。
「私たちはどうすれば良いのだ? 大人しく待て、と言うのか?」
「そうではなイな。邪魔はするなとは言ったが、関わるナとは一言も言っていなイ。“たまたま”調査隊と鉢合わせル、事もあるかもしれなイな」
「なら」
「ふふ、仲間を集め、行くとイイ、そうだろう、オズワルド=ストライフ」
不信感が拭えたわけではない、だが、少なくとも、子供達や、夫を弔う事は出来よう。
「あーあ、なンでばらすかね手前は」
「意趣返し、ダ」
ふん、とため息を吐いて、オズワルドが答える。
「ま、精々頑張れよ」
「そうさせて貰おう。不信感が拭えたわけではないがな」
「そうかよ」
15/10/16 23:33更新 / Ta2
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