第三章 中・勇者来たりて
ツェツィーリアが家政婦として雇われて数日。あのバフォメットの装備品のお蔭で、どこからどう見ても大分人よりも美人なただの色白の家政婦だ。
「あれからちょっと経ったけど、大分無理があると思うよ」
「ま、俺の事だから、何処からか拾って来たンだろ、で終わりだ。そうだと説明もしたしな」
「私も聞いた時、驚いたのですがね」
当然だ、まさか魔物の筆頭とも言えるリリムが教団が目と鼻の先にある塞国に潜伏するなんて真似、出来ようか、いや普通は出来ない。
「紅茶が入りましたわ」
「ああ、ありがとう、ツェツィさん」
「とは言え、これほど自然に偽装できているのですから、余程勘の良い人間でなければまず判らないでしょう」
しかし、そうなると役職に問題が出る訳で、得体のしれない存在をリチャードの下に置いておくことは出来ない。そこで、オズワルドが自分の身辺の世話をさせる、と言う名目で雇っている。という事にした。図らずもツェツィーリアの狙いの一つである、オズワルドを落す、と言う目標に大きく近づいたことになる。当の本人はまるで知らないが。
「ま、平素から素行の悪い俺なら、美人の家政婦が増えようが大して問題がねェ。色街にも知り合いは多いしな、そこから紛れ込んだッつう事にしておけって」
「そういう事ではないのですがね。ともあれツェツィさん、司教の身であった故に少々釘を刺しておきますが、手を出すのは構いませんが、荒淫であってはなりませんよ。彼は一応国の要ですからね」
「最近俺の扱いが酷くなった気がするな」
存在そのものを否定するかと思いきや、別にオズワルドに手を出すなとは言っていないし、そもそも性行為自体を戒めている訳でも無い。
「意外ね」
「まあ、異端の様な考え方ですからね。そう感じるのも無理もありません」
と言うか異端そのものだろ、というオズワルドのボヤキは無視した。
「少なくとも貴女がこの国をその魔力で無理矢理に魔界に変えるつもりが、無理矢理に貴女方の在り方を押し付けるのであれば別ですが、そうでないのなら私は何も言いませんよ」
「……変わっているわね、教団の司教ともなれば、問答無用で殲滅を呼びかけ、異端呼ばわりしそうなのに」
「まあ、私にも色々ありましてね」
色々あった、とはどういう事なのだろう。とリチャードが聞こうとすると、セルバンテスが聞かれるよりも先にその“色々”の部分を話し始めた。
「昔ですね。私はある村で神父をやっておりました。それはもう私に“毛”なんか生えていなくて、主神の――教団の教えを素直に信じていた時代ですよ」
「そんな時代あったのか」
「怒りますよオズワルド君。まあ、その頃に、慕っていた人が魔物になるのを見てしまってですね。彼女を受け入れられずに、逃げ出したんですよ――」
「――あれから死んだのか、生きているのかどうかも判らないし、勿論生きていると思いたいのですが、そうだとしても、私は教徒失格なのですよ」
「彼女の力になる事が出来たはずなのに、私はそれを放棄した。まあこの臆病者を笑ってやってください」
「……生きていると、良いわね」
そうですね。とセルバンテスは話を打ち切った。殆ど話のさわりの様なものであったが、それ以上は誰も聞かなかった。聞く必要も無かった。
「さて、こんな話はもういいでしょう。そろそろ勇者が兵を率いて来る頃でしょう。大丈夫でしょうが、気を付けて下さいね?」
セルバンテスだから許容するが、勇者とそれに付き従うヴァルキリーは違う。バフォメット謹製故に、恐らくは大丈夫だろうが、それでも注意をしておくことに越したことはない。
「ま、迎えに行くぞ」
―――――――――――
塞国中間地点にて、騎乗の勇者エマニュエルとヴァルキリー、リチャードとオズワルドが対面する。
「勇者を見るのは、初めてだけど、凄いプレッシャー……だ」
「いや、あれの成分の大半はヴァルキリー持ちだ」
不機嫌な顔をしながら、勇者の正体を分析する。
――まあ、良くない噂とは言ったが、正直な所嘘っぽいな。
――警戒する必要はあるが、特に問題はねェだろ。問題はヴァルキリーだな、コイツは相当強い。
――とは言え、コイツを覚醒させてやりゃ、恩も売れるが、さて、どうするかね。セルバンテスに投げるか。
オズワルドが不機嫌な顔をしている理由はただ一つ。エマニュエルが馬から降り無い事、それだけである。
「私が塞国王子リチャードだ。兄王子病床により、この塞国を預かる身である。その者に対し騎馬のまま対面するとは教団と雖も不遜が過ぎるだろう」
そう言われて慌ててエマニュエルが騎馬から降り、無礼を詫びる。
――単に世間知らずなだけか。
「失礼しました、まさか王子自ら出迎えてくれるとは思わず」
「まさか、教団の最高兵力を、私が迎えずに誰が迎えると言うのですか?」
ある意味では教団に対する皮肉と、塞国への自虐だ。
「遠路はるばるお疲れさまです。今日の所はゆっくりと心身ともに休め、明日から対魔物戦線を煮詰めましょう」
「魔物軍が何故かは知りませんが動揺しているのは判っています、この機を逃さずして、何時妥当するんですか!? 休息は殲滅してからでも出来ますよ!」
リチャードの計らいを蹴って、エマニュエルが早速戦おうと言い出すが、リチャードが制止する。
「お待ちください、確かに気持ちは判りますが、塞国は中央と違って高原にあり、大気が薄い為に、休戦前の兵士たちは魔物と戦う前からその環境に苦しめられていました。現在魔物軍の陣とほど近い位置に拠点の設営を行っていますので、そこを改めて拠点とするのがよろしいかと思われます」
――まあ、以前埋めたドラゴンの巣穴を再利用するだけだから大した労力は要らんがな。その気になりゃ明日にでも掘り返せる。
エマニュエルが後ろを振り返ると、確かに息の荒い騎士たちが多い。これを見てエマニュエルは貧弱だ、と思ったが、確かに彼の言う通り、無理をして騎士たちが倒れては意味がない。素直にこの提案を受ける事にした。
しかし、ふと横を見るとヴァルキリーが不安な顔をしていた。
「今僅かにですが、魔物の気配を感じました。塞国に入り込んでいる可能性があります。気を付けて下さい」
「なんだって」
それが事実ならば、彼らは魔物に与しているのではないか? と言う疑問が鎌首をもたげる。実際にそうなのだが、エマニュエルはいやいやと首を振って否定する。
「いや、単に潜んでいるだけかもしれないな、逃がすと不味いから、今は気付かなかった振りをしておこう」
「それが良いでしょう」
この口うるさいヴァルキリーの言う事は教団の使徒よりも確かだ。そして、アルフォンソの言った事をエマニュエルは思い出した。
――平たく言えば、信仰の違いですね。
ここは教団の勢力範囲内とも、範囲外とも言えない場所なのだ。ならば、上手く自分の手で教団の範囲に出来れば大手柄だ。
――やってやりますよ叔父さん。オレがこの国を教団の一員にして見せます!
エマニュエルの意気込みは高く、気合いを充填し直す。
――――――――――
「それで、どうなんですか?」
「何がですか?」
「恍けないで下さいよ。魔物軍の状況ですよ」
会議室でリチャードがエマニュエルと作戦を練る、その初めにエマニュエルが魔物の現況を尋ねる。前線を預かるものとしては当然の判断だ。
「追加兵力も含めるとヘルハウンドを主体とするグループが兵力3相当、主力リザードマン兵力6相当、デュラハン主体の兵力が3相当、合計12……大体歩兵にして6千相当だな。指揮官についての情報はまだだ。数としては少ねェがこの塞国を征服するなら兵力はこれくらいで良いだろう」
「もっと居ると思ってたんですが、その位の兵力で勇者に勝てると思っているなら目に物を見せてやりますよ!」
ここで追記しておくと、兵力5が、塞国の出せる兵力である。勿論だがこの数値にはオズワルドは含まれない。具体的な数値に関しては兵力1辺り歩兵500程、と考えると判りやすい。つまり、歩兵にして2千5百人程である。
――そりゃ15兵力相当の騎士団率いてくりゃそう思うわな。ンで、ヴァルキリーを入れて20、勇者で22か23位、かね。
騎馬兵ならば、一人当たり3〜5人分の歩兵の代替ともなれる。単純に数の話で考えた場合は、だが。
さらに言えば、竜の背は道が狭い為、過剰に戦力を投入しても十分な力を発揮できない。つまり、資源の無駄遣いとなる。
そして、兵力以上に重要なのが勇者などの一騎当千の戦力である。彼らは単独で兵力1に、強いものになれば兵力10以上にも当たる高い戦力である。
「うん、行けるぞ。この戦力相手なら正面から衝突しても勝てますね……厄介なドラゴンティース族も封殺されているから勝てますよ、この戦い!」
勝手に全戦力を出す、と決めているエマニュエルを、やはりリチャードが制止する。確かにオズワルドまで出れば勝てる、勝てるのだが、今勝って貰っては困るのである。
出すの出さないのと、押し問答を繰り返していると、息せき切ってワイアットが入って来た。
「大変です!」
「なんです? 魔物軍がもう来たんですか?」
「だったらまだマシだったんですよ。ドラゴンティースのアマリエが来たんですよ!」
「……ワイアット、減給な」
「はい?」
封殺している筈なのになんで来るんですか! と言う顔をするエマニュエルと、俺に聞くな、と言わんばかりのオズワルド、そして、
「もうなんでこんな時期に来るんだ! あとちょっと遅く来てくれよ!」
頭を抱えるリチャードの姿があった。
15/10/14 23:59更新 / Ta2
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