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第三章 上・その“瞳”に映るもの

 休戦明けから直ぐの事。思ったよりも両者に動きが無かったので、オズワルドもリチャードも暇を持て余していた。勿論間諜など、情報収集を欠かしてはいないが、それでも不気味に沈黙を保っている様は、二人を不安にさせた。いや、一つだけ間諜からもたらされた情報があった。

――魔物軍が酷く動揺しています。

「戦闘、始まってねェよな?」

「少なくとも勇者はまだ出ていない様だけど、別働隊が攻撃に成功したのかなあ」

「そう言う情報は入ってませんねえ」

 始まる前から士気が下がっている。よりにもよって魔王の身内で不幸があったか、とリチャードは邪推したが、調査を重ねるうちに、次のような情報が判った。

・何かが奪われた。

・この近辺に来ている。

・すごく危険な何か。

 しかし結局のところ、これだけでは何も判断できないので、結局動き様が無く、二人して気晴らしに遠出をする事にした。掻き毟られんばかりの胸騒ぎを覚えながら。

 そして、

「……どこだここ」

「さあ、僕に聞かないでくれるかな」

 塞国から出て数時間も経たない内に、地理を知り尽くしたはずの人間が、二人して道に迷った。

「馬にでも任せるか?」

「それで帰れるならね」

 その原因は、濃霧。それもただの濃霧ではない。

 高原と言う地帯故に朝方に霧が出る事は珍しくないのだが、それでも二人が出かけた時間帯、昼間にに霧が出るのは不可解であった。

「これは、不味いな……」

 考えられる可能性は間違いなく、何者かによる攻撃。しかし、何故?

「リッチ、俺の傍から離れンなよ」

「判ってる」

 二人が警戒を強め、その緊張が頂点まで高まったその瞬間。

「……やり口は気に食わねェが、招かれたみてェだな」

 視界が開けた時に見たものは何処か、館の前であった。それも、魔界と思しき地の。

「《迷い子濃霧》からの《遠隔転移》か? どっちにしろ高位の魔術師だ。恐らくバフォメットや、リリム等の高位魔物によるもンだな」

「落ち着いているね」

「俺が慌てたらお仕舞だろうがよォ……ここまで来た以上、面の一つでも拝んでいきますか」

 魔物軍の陣営から、遠く離れた塞国近隣に魔術を仕掛ける事の出来る程の高位の魔術師だ。敵の喉物に引っ張り出されたのならばやる事は一つ。

「寝言を抜かすならその首をもらい受け、そうでないなら折角だから聞いて帰る。だな――」
「――力技をする以上、どちらかしかねェ」

 そうだね、とリチャードは馬から降り、庭園へと足を踏み入れる。庭園に馬で入るのはマナー違反だろう。丁度おあつらえ向きに、馬を停められる様なこれ見よがしな木まである。


 ――――――――――


「まぁ、見て。最近噂の塞国の領主様と、その国の要ですわ」
「ええ、噂に違わぬ武人っぷり、見たら蕩けてしまいそう」

「出るもン出てねェ時点で、説得力はねェぜ」

「あらあら」
「まあまあ」

 魔界には珍しい植物があるんだね。入り口すぐそばで出迎えた双子のアルラウネ――リリラウネの歓声を、オズワルドは聞き流す。が、言った傍からリチャードが無警戒に近づいた。

 オズワルドは意外にも驚いた様な反応を見せなかったことが気に掛かったが、今はどうでもいい。

「君たちに聞きたいことがあるんだけど。良いかな」

「さあ、どうしましょう?」
「ふふふ、ものを頼む時は、お願いします。ですわ」

 三人寄れば姦しいとは言うが、魔物は二人でも姦しいらしい。それならば、とリチャードが頭を下げると、困ったように二人は言った。

「あらぁ、殿方がそんなに簡単に頭を下げてはだめよ?」
「そうよ。例えばこういう風に――」
「――止めなさい二人とも、困ってるじゃないか」

「冗談よぉ?」
「そうよぉ?」

「なら成人前の“純情な”男を混乱させるような真似はするなよ……」

 伴侶と思しき庭師が非難するが、二人は示し合わせたように恍けた。オズワルドはそれに呆れるばかりだ。

「すみません。妻が何か迷惑をかけた様で……」

「この程度じゃ迷惑にはならねェ。まァこんな美人から粉ァかけられんのは寧ろ男として冥利に尽きる。大事にしろよ――で、ここは何処だ」

 悪戯っぽくそのツルでリチャードの頭を撫でたりするリリラウネを尻目に、庭師に今の場所をオズワルドが尋ねる。

「ええ、塞国遠征軍総司令官の、ツェツィーリア様の、仮の屋敷です」

 思いもよらない人物の名前だったが、あまり驚かなかった。オズワルドは元よりそうだし、リチャードはもう驚きつくした様なものだったからである。

「仮の屋敷に、こんな庭園を造るなんて……凄いな」

「魔物を人間の常識で考えるのは止した方が良いなリッチ――おいおい、何人囲うつもりだ手前は」

 男の匂いを嗅ぎ取ったのか、アルラウネも現れてリチャード弄りに参加していた。情欲を宿しておらず、ただ悪戯っぽい光を宿している、という事は恐らく伴侶が居るのと、単純に来客が珍しいからなのだろう。

――ま、こういう機会はそうあるもんじゃねェ、精々経験積んでおけよ。

 その内リチャードを絡めとると、三人はツルで胴上げの体勢を整えられ、軽々と放り投げられては、ハンモック状のツルで優しく受け止められる。

 領主に対する扱いと言えばあんまりな行いに、庭師は驚き、リチャードは助けを求めるが、オズワルドはにやにやと笑っているだけだ。

「わ、ちょ、オズ助けて!?」

「アルラウネに揶揄われるなんざたまにあるかどうかの良い経験だ。暫く遊んでもらいな」

「そ、そんなぁ!」

 そう言う間にも三人は次から次へとリチャードをおもちゃにする方策を練り、あっちが考えればこっちが放り投げ、こっちが考えればそっちがミノムシにするように遊ばれている。

「ま、そろそろリッチが吐きそうだから離してやってくれよ」

 流石にリチャードが可愛そうになったので離すように頼む。

「うふふふ、仕方ないわぁ」
「名残惜しいけど、また遊んで――」
「「あ・げ・る」」
「まったねー!」

 そう言うと、するり、とリチャードを解放する。目を見る限り本気で冗談で言っているのだろうが、心が休まらないだろう。伴侶もこっちも。

 覚えてろよオズとかなんとか聞こえたが、オズワルドは聞かなかった。

「ま、賑やかな伴侶だな」

「それはもう」

 オズワルドに世辞を言われ、心底喜んでいる辺り、彼は至って純情な人間なのだろう。オズワルドとしても、こういう人間には幸せになってもらいたいものだ。と思う。

「で、屋敷までは如何行きゃァ良いんだ?」

 とは言え、招いた以上は持て成さなければならないもので、さらにはここでオズワルド達はちんたらしている時間はない。

「ええっと、渡された指示書には、その内迎えが来る、と言う話ですが……」

「……あれか?」

 オズワルドが屋根の上を指すと、そこにデュラハンが一人居た。

「ええ、そうです……何するつもりなんでしょうか」

「デュラハンがやる事と言ったら武器を交える。だろ」

 オズワルドが攻撃に備えて身構えるが、意外にも、静かに歩み寄って来た。

「貴公がオズワルド=ストライフと、リチャード塞国王か」

「俺がオズワルドな、コイツがリチャード」

「君は一国の主に対して敬意に欠けると思うのだけど」

 リチャードがオズワルドを咎めるが、オズワルドが意に介した様子はない。その態度を見てクスリ、と笑うと、腰の剣に手をやって言った。

「では、折角の機会。一度、希おうか」

「庭園が瓦礫の山になるだけだから止めとけって、流石にこうまで手の入った庭園でやる事じゃねェだろ」

 ふむ、確かにそうであるな。と腰から、

「止めとけっての」

 剣を抜こうとして、その手が止まった。

「伊達にドラゴンから教導を受けてねェ」

「ふふふ、参った。これは適い様も無い。無礼であったな、では行こうか」

「……ひやひやするから止めて欲しい」

「ま、武人の性だな。一合でも良いからその武を試したい。と言う事だな」

 リチャードの言う事は尤もであったが、オズワルドは好印象を与えておいた方が良いと判断した。本気で止めようと思っていたのなら、腰に手をやる前から止めていただろう。それこそデュラハンに背を向けているか、先手を打ってその首を撥ねている(デュラハンの首を撥ねる事の意義は問わない)。

「とは言え流石は魔界最高の武人だな。気を抜いたら容易く斬り捨てられそうだ」

「はは、謙遜を」

 それからもオズワルドと二人で幾つか魔界で流行っている武術や、戦術などの会話で盛り上がっていると、バフォメットが呆れた様に待っていた。

「迎えに行きたいと言うから行かせたと言うのに、何時まで遊んでるつもりだったのじゃ?」

「うむ、武人と聞いて腕が疼いたからな! 一戦交えて来た!」

 馬鹿じゃ。二人とも筋金入りの馬鹿じゃ。とさらに呆れてバフォメットが、二人に声を掛ける。

「さ、そなたに会って欲しいお方が司令官がこの先で待っておる――お前は下がってよいぞ。ここから先はわらわが案内するからの」

「はっ」

 デュラハンがバフォメットの命令を受けて、素直に持ち場に戻る。

 屋敷を通り、そして裏まで抜けると、そこは魔界に似つかわしくない、澄んだ空気の小さな庭があった。魔界中の花が咲き乱れ、その華を競う表の庭園とは違い、裏庭は静謐さを強く前面に押し出している。

 そこには、一際、等と言う言葉で表せない程の美を湛えたサキュバス種の魔物、リリムが居た。図鑑で知られている様な煽情的な衣装では無く、やはり庭の景観を崩さない、上品な物。

「……」

「初めまして、塞国遠征軍総司令官、ツェツィーリアです」

「オズワルドだ」

「塞国王リチャードです」

 王子では無く、王としてこの場に出る。何時までも王子ではいられないのだから。だからこそ、ここでオズワルドは黙った。

「まず、急なお誘い有難う御座います。しかし、我が国は土地は痩せ、民は貧しく、誘って頂いたところで、お返しできるようなものはこれと言ってありませんが」

 まずは一つ。リチャードが駒を進める。

「ええ、まず私たちから謝らなければならないわ」

「何を? 戦争を仕掛けた事ですか?」

 それはナンセンスだ。と言い掛けたところでオズワルドに制止される。何故、と聞こうとするとツェツィーリアが落とした視線を、上げ、その赤い瞳を向ける。

「戦争をしていられる状況でなくなったことを、よ」

 この戦争で死んだ数は少ない、だが一人も死ななかった訳ではない。オズワルドが何故、と聞いた。

「待て。戦争を続行できなくなったから一国の領主を拉致する? 意味が判らんぞ」

 一応、魔物軍が動揺している事を知っている事は表には出さない。あくまでも急な話で困惑している様を装う。

「まあ、急くでない。事の起こりは休戦明けの前の事じゃ」


 ――――――――――


「開戦直前に、別な戦場で勇者を擁していた国家が、圧力に耐えかねて降伏したのじゃ。しかし、勇者は降伏を拒み続けた。自らに強力な呪詛を掛け、徹底的にわらわ達の干渉を拒んだのじゃ。まあそれでも一年になろう頃には態度も軟化し、城を歩き回るようになったんじゃ……思えば、最初から呪詛を無理にでも抜いておけば良かった思う」

 毛むくじゃらな手でよくティーカップを掴めるものだ、と感心しながらも、リチャードは真剣には話を聞く。

「これから口説き落とせば落とせる、と言うところで、当の勇者は宝物庫を破り、中に在った“あるもの”を奪って逃走。予め示し合わせておいた場所で、《大転送》で逃げる算段じゃった様じゃが、すんでの所でわらわ達の陣の近くに行先を変更し、マーキングする事に成功したのじゃ。これが休戦直後じゃ。同僚が嘆いておったのう」

「ちょっと待て、魔王城の宝物庫を破った、と言う風に聞こえたが」

 魔王城の宝物庫を破った、と聞いて青ざめるオズワルドに、バフォメットが肯定する。

「聞こえるも何もその通りじゃ、あやつはどうやって手に入れたか、万物の鍵を持っておった、アレの前には如何なる鍵も無意味じゃ。ともかく荒らしまわられておったから、何が失せたかは直ぐには判らんかったんじゃ」

「戦争を即座に、条件を押し付けられようとも止めると言い出したくなるような物が、盗まれたのか」

「そうじゃ。じゃが、マーキングをしたのは良かったんじゃが、竜の背に逃げ込んだところまでは確認したんじゃが、本当に入り口付近でマーキングの反応が途絶えたんじゃ。強力な呪詛を操る勇者じゃったから、解除したのかと思えば、装でも無かった様なのじゃが」

「死んだ。のか」

「竜の背は崖も多いからの、足の付かなそうなルートを通ろうとした結果、足を滑らして、命を落としたのじゃろう」

 馬鹿な奴だ。とオズワルドは嘆くように言った。しかし、魔物達が戦争を止める、とまで言い出すほどの物品はなんなのだろう。とリチャードは気に掛かった。

「旧魔王の魔力の欠片じゃ。ドラゴンは当然知っておるの?」

 バフォメットに問われたが、リチャードは生憎そう言った知識は疎い。だが、ドラゴンならば答えられる。リチャードがドラゴンの知識を答えると年相応そうな笑顔を見せて応える。

「まあ、普通に考えるのであればそれで正解なのじゃが、ではなぜあ奴らは旧魔王時代の姿を取れるんじゃ?」

「……旧魔王の力が色濃く残っているから?」

 そうじゃ。とバフォメットは余り嬉しくなさそうな表情を向ける。

「簡単に言えばの、あ奴らは本当の意味で現魔王様の支配下にあるとは言えんのじゃ、勿論あの姿は彼らの誇りじゃから、奪うつもりは毛頭ないのじゃが」

「要は、自尊心を保たせるって訳か」

「一概にはそうは言えんがの、で、話は戻る。アレは厳重に保管しておったが、早い所探し出さねば魔界はおろか、教団も危うい。塞国は言うまでもないのじゃ」

「――だからこそ、お願いします。私たちに力を貸してください」

「ああ、確かに話は解った。だけど、僕たちが協力する理由にはならない。まず、それを僕が……」
「リッチ、止めろ。それだけは絶対に止めろ」

「何故だ?」

「考えて見ろ、旧魔王の力を直に浴びた魔物はどうなる? 若いドラゴンでさえあの頃の俺はさんざん手こずったし、アズライトドラゴンも下手したら人間を食い荒らす存在になりかねん。そもそもドラゴンは、変身前ですら人間を軽く蹴散らすんだ。変身、と言う軛がなくなりゃどうなる? そして、喰い散らかしていた頃のドラゴンに逆戻りだ。塞国はどうなる?」

「わ、判っているさ」

 ぞっとしない。今は大人しくしているが、確執のあったドラゴンたちがそれこそ徒党を組んで襲ってくる。オズワルドは負けはしないだろうが、塞国は間違いなく火の海になる。

「ま、判断は手前に任せる」

 そして、リチャードが手に入れた所で扱えはしないだろう。ならば、

「……戦争で人が死なない、何てことは無いだろうし、戦う以上どう足掻いても犠牲は出るんだろうし、僕はそれに報いる必要もあるんだろう。だけど、僕は、それで平和を買えるならば、僕はそれを受ける。塞国は貧しい、だから僕は、その提案に乗ろうと思う」

「……ふう。で、どこらへんでそいつは死んだんだ?」

 オズワルドはリチャードの判断に安心して、先を続けさせた。

「竜の背の入り口、丁度……この辺りでしょう」

 話疲れたのか、紅茶を啜るバフォメットに代わって、ツェツィーリアが代わりに、地図を虚空から呼び出して指示する。流石に精細な地図ではないが、普段使いならば十分に使えるだろう。

 だが、二人はその地点を見て、色を失った。

「……ここは」

「最、悪だ……」

 その地点こそ、アーサー王子が襲撃したリザードマンの集落にほど近い地点、塞国側がまだ調査を進めている地点であった。そして彼らからはそう言った報告は上がっていない。

「まさか」

 二人の顔色を見て、ツェツィーリアも、バフォメットも何を言わんとしているか理解した様だ。

「二人には悪いけど、これ、回収されている可能性が高いよ」

「確定だ、とは言わねえが時期的にアーサー派の誰かが見つけた可能性は高い。本格的に戦争してられねェ。っつてもだ」

「僕たちだけで戦争を止めるのは無理だ」

 当然だ、塞国はあくまでも前線基地なのだ。最終的な判断は教団が下す。塞国がどうわめこうが止まりはしないだろう。

「ま、どうにかするしかねェな。で、総司令官殿は如何するつもりだ?」

「ええ、私は一旦貴方達塞国と合流しようか、と考えております。仮に発見できた場合、再封印するために、です」

「魅了に関しては気にする必要は無いぞ、わらわが対策も練っておるし、まだ来ておらん事になっているからの。一人くらい参謀が増えても問題ないじゃろう。魔物側では意思統一済みじゃよ」

 そうだろうな、とオズワルドが言った。

「兎も角、表向きは戦争をしている態度は崩さねェ、裏では捜索に向けて協力する、固まった時点で開示、で良いな?」

「構わぬ。いずれ誰もが知らなければならんのじゃ」

「それとだけど、手としてドラゴンティース族と、そこに身を寄せているリザードマン達を使うのはどうだろう。復讐の是非はどうこう言わないけど、モチベーションにはなる筈だ」

 あの時叫んだリザードマンの顔を思い出す。きっと彼女等には恨まれただろう。だが、悲嘆にくれたまま生きるよりも、動力が憎悪であっても、生きる活力を持ってほしい。

「リザードマン達か、山岳を移動するなら適任だな。聞くかどうかは判らねェが、やる価値はあるな」

「うむ、こっちから始めておいて、厚かましい事じゃが、本当に迷惑ばかりかける」

「そんなこと、何時もの事だ。兄さんが僕やオズの胃に損害を与えてくるのも、教団が無理難題を押し付けるのも、目の前で魔物軍が一向に帰る気配が無いのも。でも、それが、塞国だ。図太くやってやるさ」

「……ところで、余り動揺しておらんかったみたいじゃが、おおよそ知っておった様じゃな。中々優秀な間諜を持っておるみたいじゃの」

「オヤジが生きている間はそれ程必要が無かったからな。動きが本格的になった以上、遠出はさせないといけねェからな。まあこれで魔物側に注意を払う必要は少なくなったな」

「判らんぞ? 気が付いたらぱくり、と行っておるかもしれんぞ」

 肉球の付いた手で、がぶり、と噛み付くようなしぐさをするが、鼻で笑って言った。

「やる気があるならとっくにしてンだろ。俺達だけをあの距離から拉致できンだからよ」

「いや、あれ実はすぐ近くまで寄ってやったんじゃが。流石にわらわも遠くにいる人間を転送するのは無理じゃて」

 間諜のあの網を潜り抜けての行動を聞いて。二人は呆れた。大した参謀だ、と。彼女曰く、

――捕まったとしても、纏めて持ち帰れば良いだけじゃからの。

 との事だが、随分大胆な事だ。

「まあ、ともあれ頼むのじゃ、出来る限りは支援するが、何処に転送すれば良いかのう」

「ここに転送しな。ここなら教団には判らねェ」

 オズワルドが指さしたのは、塞国近くの一点。

「ご老体が若い頃に使っていた巣穴だ。俺が近づくンなら誰も気にしねェ、支援や転送の地点はここにするのがいい、流石に軍勢を転送すンなよ?」

「わらわとてアズライトドラゴンの不興は買いたくないからの。では決まりじゃな。では帰そうぞ、転送座標は先ほどの地点で良いな」

 こうして、魔物側との、不本意だが好意的な接触は終わった。後は、時間との勝負だ。
15/10/13 23:16更新 / Ta2
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■作者メッセージ
 予想外の事態で、戦争を続けられなくなった魔物側ですが、じゃあ止めますと言っても教団が納得しないので、表向きは続けます。表向きは、
 塞国は表では教団に良い顔をしながら裏では魔物達と協力しながら遺失物の捜索を開始します。
 教団だけ置いてきぼりですが、人間代表である勇者は置いてきぼりにしないつもりです。

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