第二章 下・あの夜を越えて
「良くゾ参られたタ」
その一言と共に、ワイバーンの背からアマゾネス、ドラゴンティース族がサラマンダーを始めとする、リザードマンの群れの前に降り立つ。
「私がドラゴンティースが“頸”のアマリエでアる。遠路より訪ねて来られたことヲ喜ばしく思ウ」
「“岩砕”のエレンシアだ、受け入れ、感謝する」
アマリエの指示を待つ事無く、降り立ったドラゴンティース達は荷物をワイバーンに持たせ、自らもその背に乗り、一人、一人とリザードマン達を集落へと運んでいく、次第にその数は減って行き、最後にはアマリエとエレンシアが残っていた。
「良い戦士たちだ……貴女と出会えて嬉しい」
一際大きな、最早ドラゴンと見紛うほどの体躯をしたワイバーンがアマリエとエレンシアを乗せて悠々と飛び立つ。
「しかし、何故此処にまデ?」
「塞国の兵士の、襲撃を受けてな……酷いものだったよ。我々には見向きもせず、夫や、子供達を優先して狙って行った、卑怯者どもに、我々は手も足も出なかった。私も見ての通りこの様だ」
「……彼の“頸”たるオズワルドが、この様な事をするとは思えヌ。我等ハ彼の者と上手くやって生きてイた。偽物では無いのカ?」
「間違いなく、アレは塞国の兵士だ。仮の住まいとしようとしたところでも、塞国の兵に追われた、血も涙もない連中さ」
自虐するように、エレンシアが呟く。
「我等の知ル、彼の者とハ、違う様ダ。話は集落で聞こウ、今日はゆるりト、休むが良イ」
そうさせて貰おう、エレンシアの言葉と共に、夕焼けを目指してワイバーンがその羽音を大地に響かせて飛んで行く。その姿が小さくなり、集落へと消えていくまで、物陰から塞国の兵士がじっと見つめていた。
――――――――――
悲嘆にくれる彼女等の事を思ってか、祭りでは無く、頸――族長の屋敷で静かに持て成していた。普段は賑やかなドラゴンティース達も、気配を読み取って神妙にしている。
「ふむ……それハ、塞国の王子が一人、アーサーであろウ。彼の者は我等を敵視していタ。この位の背丈で、細剣ヲ持っていたのではなイか?」
アマリエが槍を床に刺し、その尻を指さす。
「そうだ。その男だ。私たちは彼らを旅人として受け入れ……」
「不意打ちに遭っタ。といウ訳か」
塞国の人間らしからぬ行い、と聞いてドラゴンティース、それにその夫達がどよめくが、アマリエは動じない。
「……ふム、エレンシア殿の言モ、一理あル、しかシ、どうにも信じがたイ。故ニ、後日回復ヲ待って捜索隊ヲ出そウ」
悠長、とも取れるアマリエの態度に、血気盛んなリザードマンが立ち上がるが、それをアマリエはたしなめる。
「ベティ殿、と言ったナ。我等とテ、信じ難いのダ。古くからノ付き合イである彼らが斯様な事ヲ行ったのカ。どウか、我等にそれヲ確かめる時間ヲ呉レ」
ずい、と頭を深く下げ、そのまま微動だにしないアマリエに、ベティも座らざるを得なかった。
「しかシ、この様ナ堅苦しイ話は宴には似合わヌ。今日は、存分に呑ミ、喰らイ、その傷ヲ癒す力としテ欲しイ。我等は、以前には不幸にも親交が無かったガ、これより遠き将来、我等の祖たる竜がその身を潰えるまで、貴女達の味方であろウ事を誓わン」
夫の話をして泣く者、復讐戦に意志を燃やす者、絡み酒をされた挙句、膝枕される者、その宴には様々な者が居たが、一様に夫の居る筈であった席が、不格好に空いていた。
――――――――――
「やァ。ベティ殿、如何為されタ?」
アマリエが夜風に当たっていると、ベティが静かにその背後に現れる。鷹揚に――異国から渡って来たと言う商人から“買った”とっくりを掲げて声を掛ける。
「……あの者達を信頼している様だな」
あの者達、とは恐らく塞国の人間の事だろう。確かに魔物の常として、人間には並々ならぬ好意を抱くが、それでもその言葉には警戒心が滲む。
「古くからノ、付き合いデあるからナ。かつてハ伴侶とするべク戦った事もあったガ――あれは出来なんダ。だガ、無為では無かっタ。彼らは我等を拒むことはなク、常に変わらぬ態度で居てくれタ。蛮族と呼びはするガ、ありのままでアることを許容すると」
酔いが回っているのか、アマリエは何時になく饒舌であった。ベティを座らせると、二つ椀を並べて、注ぐ。
「だからコそ、気に掛かるンだ。あの男は、我等に在り方に口を挟まなかっタ。確かニ伴侶が欲しくなった時に浚ってくル、様な事はし難くはなっタ、が。関係は悪くはならなかっタ。寧ろ我等の生活は豊かになった」
ぐい、と煽り、さらにアマリエは続ける。
「アレは、我が伴侶とするにハ、どちらかが棄てなければならぬ。アレこそ我が伴侶にするに相応しい男。然れどモ、私もあの男の生き方を棄てさせることを善しとはせヌ、そしてあの男モ、我が一族を棄てさせることヲ、善しとは、せぬよ」
酒のせいだろうか、気が付けば惚気の様な言葉をアマリエから聞かされていたが、それは魔物が夫に愛を囁くのとは、また違う様な気がした。そもそも、アレとは誰だろうか、とベティが考えていると空いた傍から目ざとく注がれる。
恋をしている口振りとは違う。夫婦でもないと言うのに、さながら長い間連れ添っていたような、落ち着いた関係の様に見えた。そして、ベティと年齢もさほど変わらないだろうに、酷く大人びて見えた。
「ふふふ、酔いが、回りすぎタ、か。どうにも、考えガ纏まらヌよ」
「お願いがあります――」
「亡骸を引き取る時、私も連れて行って欲しい」
「良かろウ。ただ、エレンシア殿に、断りを入れておくのダぞ」
羨ましいものだ、とベティは思った。私にはもう愛を語らう夫はいないと言うのに。そう思っていると、アマリエが静かに呟いた。
「それハそうト、ベティ殿の夫は、どの様な方であったカ。私だけに語らせルのは些か不公平、ダ」
ああ、この人は、心から気に掛けてくれているのだ。きっと酔いなんて嘘なのだろう。だから私も、これは酔いのせいだ、と言い聞かせて、ベティは話し始めた。
「そうだな、あれは、今日の様な夜だった――」
「良い夜ダ、な――」
15/10/12 22:49更新 / Ta2
戻る
次へ