読切小説
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夢堕ち
 テオの足音と泣き声が走り去っていく。
 背中を見送ることもできたが、趣味が悪い気がするのでやめた。
 あばら屋の窓から、月光が差し込む。おどろおどろしかった赤い月光が、なぜか心地よい。

 ざまあみろ。ざまあみろ。
 どこかにいたかもしれないテオのお嫁さんになる人に、あたしは心の中だけで悪態をついた。
 ざまあみろ、どこかの誰かさん。
 テオがあなたのものになった運命がどこかにあったとしても、それはあたしが全部壊してやった。
 あたしはテオの人生を奪ってやった。
 テオから幸福も平穏も何もかも奪って、あたしだけのために生きて死ぬ機械にしてやった。
 あたしの泣き顔だけを胸の奥に抱えて生きるものに。
 二度と報われることのない、復讐よりも意味のない人生にした。

「……ぁ……は……」

 笑い飛ばしてやろうと口を開いたが、もう声が出ない。
 喉の奥から出てくるのは、掠れた息だけ。
 息をするたびに、胸の奥に尖った塊ができていくようだった。
 もう三日は持つまいとテオには言ったが、思ったより早くこの世とお別れできそうだ。
 思い返すまでもなく、あたしにとってテオは生きる理由だったのだ。
 それを自分から手放してしまった。生きているほうが、不思議だろう。

 身じろぎどころか、指も動かせない。
 月光に照らされていたはずの天井が暗くかすれていく。屋根越しでも見えていたはずの星を、もう数えることができない。
 顔のあたりに何かが流れていく。涙が熱くも冷たくもないのは、感覚が消えてしまったせいだろうか、それとも涙がただの水気になったからだろうか。

 ごめんなさい。テオ、ごめんなさい。
 あたしはあなたと一緒に生きていたかった。
 本当は、あなたの隣で笑っていたかった。
 あなたと一緒に泣いていたかった。
 あなたを助けてあげたかったし、あなたに助けて欲しかった。
 でもそれは、全部無理になった。

 だったらせめて、テオをあたしで縛ってしまいたかった。
 あたしのために、テオを死なせてしまっても、かまわないと思った。
 テオが最後に見た女の笑顔が、あたしであってほしかった。
 テオが最後にキスをした女は、あたしでなければ嫌だった。

「……気持ちはわからなくもないけど、お姉さんちょっとどうかと思うな」

 声が聞こえた。遠い国の楽器のように、今まで自分が確信していたものとはまるで違うところからやってきた、美しいもの。
 姿が見えた。まるで崖の上に咲く花。命の危険を投げ打ってでも、自分のものにしようと思わせるような。
 白い羽根を生やして、銀にも見える白い髪を腰までまっすぐ垂らして。
 熾火のように静かで穏やかに、赤い眼を光らせる。そういう淫魔が、そこにいた。
 まだ眼が動くことに驚いた。誰だ、と思えたのかどうか、自分でもよくわからない。
 淫魔が笑った。間に合った、と安心している顔だった。もう怖くないよ、となだめる、母親の笑顔だった。

「誰だと言われると……そうね。あなたの最後の願いを踏みにじりに来た女よ」

 そして、あなたの最初の願いをかなえに来た女。

 手にした大鎌を振り上げながら、淫魔は確かにそう言った。
 かすかに残っていた、五感が途切れて消えた。

***

 地面から心地よい振動が伝わってくる。
 健やかに緩い蹄の音は、ふたりきりの旅路を楽しもうとする悪戯心の表れだ。

「ヘイゼル……」

 自分が見捨てて逃げた相棒の名を呟いて、テオは眼を覚ました。

「あ、起きた?」

 ヘイゼルが振り返り、自分の馬体にまたがるテオを見下ろしてきた。
 少し癖のある青黒い髪はを短めに切りそろえられ、ほがらかな愛嬌がにじみ出る顔には満面の笑みが浮かんでいた。
 心配するような、呆れるような声色には、全く陰りがない。

 胸の奥から悲しみと後悔と、それよりもずっと大きな安心といとおしさがこみ上げて。
 目の前に見えたヘイゼルの背中に、テオは思い切り抱きついた。

「ヘイゼルっ!」
「わ、ちょ、まって、待って!」

 ヘイゼルが慌てて道行きを止めた。
 バランスを崩さなかったのは長年のつきあい故だろうか。

「もう……どうしたの、いきなり」
「よかった……ヘイゼルが生きてた……夢でよかった……本当に、よかった……」

 背中に顔を埋めて、幼児のように泣きじゃくる。
 泣けることが嬉しくて、後から後から涙があふれてきた。

「テオ……するの?」

 何をだろう、と思って我に返る。
 てのひらに心地よい重みと柔らかさがあった。
 まるで自分の手にあつらえたように、布越しでも吸い付いてくるようなそれを、確かに知っているはずだった。知っていなければおかしかった。
 だが、なぜか新鮮な喜びが胸の奥と、股ぐらに疼く。

「……うん。しよう、ヘイゼル」

 街道を少し外れて、森の中。そこに入っていく夫婦を追求してはならない。 それが街道と荒野の不文律だった。
 紫とも桃色ともつかない柔らかな草むらに、ヘイゼルが座り込む。
 テオは後ろに回り込んで、お尻の曲面に指を這わせた。
 胸の柔らかさとはまた違う、肌の奥にある筋肉の手応え。
 どこか背徳感に通じる快感に、テオの背筋は震えた。

「ひゃっ……なーに?そんなに触りたかったの?」

 ヘイゼルの面白がるような声すら甘く、聞くたびに欲求が剥き出しにされていく。
 目の前にある女を、無茶苦茶に蹂躙してやりたいというオスの獣性。最愛の人を快楽で満たしたいという恋慕。
 違うようでいて、実は同じところから発した二つの感情が、テオの中で混ざり合う。

「触りたかった……ヘイゼルに思いっきり触りたかった……いやらしいこと、たくさん、たくさん……!」

 自分でも熱に浮かされているのがわかった。
 一言ひとこと、欲求を口に出すたびに涙がこぼれる。
 それがどういうことなのか考えもしないまま、自分のものだと主張したくて、長い体毛をかき分けて尻肉に唇で跡をつけていく。

「きゃ、ひゃ、はふん♪あん♪テオ、反則っ♪
 それダメっ♪見えちゃうからっ♪あたしがテオの種付け雌だって、後ろから見えちゃうからっ♪」
「嫌?やめる?」

 答えが返ってくる前に、尾を横によけて性器を見えるようにする。
 むせかえるような甘く濃い匂いに、脳天がしびれる。
 だがここで止まってはならない。
 それはヘイゼルの伴侶としてふさわしくない行いだからだ。

 白く濁った愛液を舌ですすり、入り口を指で柔らかくこね回す。
 ヘイゼルの喘ぎ声が悲鳴じみてきた。

「やめないでっ♪教えてあげてっ♪
 あたしがテオのものだって、みんなにわかるようにしてあげてっ♪
 ぁあァでもだめ、駄目だよう♪
 テオ、お願い♪お願いだから、もう入れて、あたしの中、ぐちゃぐちゃに……」

 もう耐えられなかった。
 焦らして遊ぶ余裕など、実のところ最初からテオにはなかった。
 股間の合わせを震える指で外して、いまにもはち切れそうな肉槍を押し込む。

「「……っ!?」」

 声が周りに響かなかったのは、声にならなかったというだけのこと。
 射精の欲求よりも、ヘイゼルの内側でうごめく快感のほうが大きかった。

 両手でお尻を押さえつけて、何度も何度もねじ込んでいく。
 締め付けるというよりは吸い付いてくる。
 引き抜こうとすれば絡みつき、動かないでいれば内側の肉も動かない。
 結果さらなる快楽を求めて無理矢理引き抜き、さらに強く押し込む。
 子宮の入り口にあたるたびに射精を始め、 自分自身の精液を仇のようにかきだしては、また新しく子種を注ぎ込む。

「ああ、どくどく、どくどく子種来てる……テオが、あたしを孕ませたいって言ってるよぅ……♪」
「うん、孕ませる!子供産んで貰う!
 それから、家族で幸せに、幸せに……!」

 そうできたらいいね、と。
 今にも消えていきそうなヘイゼルの声が聞こえて。
 テオは、その意味を悟ってしまって。

 目が、覚めた。

***

 寒気に震えて、テオの心身は夢から追い出された。
 山中だから、というわけではない。
 気候それ自体は、魔界に入ってからむしろ快適になっていた。
 だが相棒のぬくもりを欠いていては、たとえ楽園であっても寒さに震えただろう。
 悲しみにのたうち回ることもなくなり、涙もとうに枯れ果てたけれど。
 この喪失だけは死ぬまでついて回るのだな、と漠然と思っている。
 何かいい夢を見ていた気がする分だけ、それが夢だとわかってしまった分の落差は大きいものだ。
 身支度を整えて、天幕を片付ける。
 勝つにせよ負けるにせよ、もう寝泊まりの算段をする必要は無い。

 空全体が眩しく輝く光景にも、それを受けて妖しく息づく紫の草木にも。
 そして、この光景が夜だということにも、慣れてしまった。
 どのみち、二度見ることもないのだろうが。
 だが、一つだけ不思議でならないことがある。
 魔物たちは、星を見ないのだろうか。
 夜道を旅する間、星を眺めては略式の占いを始め、それを嬉々として語っていたヘイゼルの姿は、思い出すまでもなく脳裏に焼き付いている。
 だから多分、この場にヘイゼルがいたとしても退屈がっているだろう。そう結論づけて、またざわめき始めた心をむりやり落ち着かせる。

 山道を歩いて、さらに上へ。
 山の中腹に、かつてお気に入りだった場所がある。
 地面に生える紫色の草が、ちょうど毛足の長い絨毯さながらに足音を消してくれた。

 崖の上に出ると、涼やかな風がテオの全身をなぶる。

 眼下に見える街こそは、かつての人類の最前線。
 千の勇者に隊伍を組ませる英雄の国。
 誇りとともに語られ、そして恥とともに忘れ去られた希望の街。
 その名を、レスカティエといった。

 テオとヘイゼルがこの地方ではそこそこ珍しい黒髪と黒い目の持ち主であるのは、レスカティエ北方を住処としていた騎馬民族を祖先に持つからだ。
 レスカティエがその勢力を拡大する際、何度かの小競り合いを経て恭順した彼らは、貴重な騎馬戦力として、そして優れた射手として魔物たちとの戦いの最前線に立った。 
 おおむね、その戦いは主にケンタウロス族との古い友誼を思い出す結果に終
わることになったが。
 ともあれレスカティエの軍門に降ったことは、彼ら騎馬の民に大きなふたつの変化をもたらした。
 すなわち定住化と、勇者の加護を授けられる者の劇的な増加である。

 テオとヘイゼルもまた、主神の加護を受けて勇者と呼ばれる存在となった。
 テオは弓兵の才を、ヘイゼルは千里眼と心眼を併せ持つ目を、それぞれ生まれながらにして備えていた。
 レスカティエにおいて最も優れた弓矢の腕を持つものは誰か。
 そう問われれば、たいがいの兵士と将軍はプリメーラ・コンチェルトの名をあげただろう。
 だが矢いくさにおいて、どの勇者を自陣に引き入れたいか。そう問われれば、その答えはテオとヘイゼルに変わるだろう。
 一里先からでも敵の兜に当てられるテオの強弓は、矢に込められた莫大な魔力と合わさって、一撃で五十の軍勢を吹き飛ばし、城壁に大穴を開ける。
 ヘイゼルの千里眼はその軍勢の動きを見据え、怒濤の勢いで進撃する騎馬隊の行き先をめがけて打ち込むことすら、夢物語ではなかった。
 かつてレスカティエの上空に迫った二十体のワイバーンを退けたことは、彼らの最大の殊勲であり、魔王四女デルエラによる侵攻の際、彼らが国境の外にいたことは、レスカティエ聖騎士団がその夜経験した不幸の中でも、極めつけのものだったろう。

……実のところ、テオもヘイゼルも教団と執政府を疎ましく思う勇者のひとりであった。
 ともすれば働く気が失せかねない重税を民に課し、司祭や貴族は七代かかって使い切れるかどうかというほどの財貨を積み上げる。
 逢瀬を重ねる兵士達は言いがかりとしか言えない理由で別れさせられながら、それを命じたものは平然と何人もの美姫や美少年を囲っていた。
 レスカティエの失陥を耳にして、草原に戻ろうと結論づけたのも、無理からぬことだったろう。
 だが悲しいかな、教団の目は彼らが思っているよりもずっと鋭く、その手はずっと長かった。
 レスカティエの奪還作戦への参加を命じる教団の使者が、三十人ほどの手勢を引き連れてテオとヘイゼルの宿へとやってきたのは、まさに草原へ戻ろうとしたその日の朝だった。

 もちろん彼らの技量をもってすれば、勇者を持たぬ軍勢を打ち払うことなど容易い。弓兵が剣の間合いに踏み込まれれば弱い、というのはあくまで、同じ勇者同士での戦いの話だ。
 だがテオもヘイゼルも、その道を選ばなかった。使者についてきた軍勢が誰も彼もふたりに希望を抱いていたからだ。

 当然のように、彼らの行軍は難航を極めた。
 結束こそが人類最大の武器であるとするならば、まさに魔物はその結束を揺るがすことを最大の得手とする。
 魔力は空気にも水にも容易く溶け込み、甘露と伴侶を兵達に与えては、この世でもっとも幸福な敗北者に仕立て上げていく。
 五日目の朝を待たずに、人の群は軍勢ではなくなっていった。
 それは織物がほどけて糸になる様に似ていた。

 ヘイゼルが病に伏せるようになったのは、ふたり旅となってからちょうど十日後のことであった。
 最初のうちは女兵士たちや後を追いかけてきた女商人たちのように、魔物の魔力に当てられて酔ったのかとも思った。
 伏せる時間が長くなり、三日経てばろくに食べ物も喉を通らなくなっていく。これは魔力酔いの症状ではない。
 ただでさえ華奢だった手足はさらに衰え、骨が透けて見えるのも時間の問題と思われた。

 引き返そうと告げたテオに、ヘイゼルは笑って首を振った。
 「ここまで来たんだから、意地を通そう」
 ヘイゼルは、こう続けた。
 ならばせめて、お前の死を見届けさせてくれと、テオは言った。
 それもまた、ヘイゼルは否と答えた。

「もう、笑ってられるのもこれが最後だと思う……苦しんで、テオの顔も見られなくなるのは、嫌だ。
 それにね、テオ。あたしはね。テオには、あたしの笑顔を最後に見てほしいんだ」

 必死の力を振り絞って、ヘイゼルは起き上がり、かさかさに乾いた唇を、テオの震える唇に押し当てた。

「最後が……色気のないキスで、ごめんね……愛してるよ、テオ」

 テオは泣かなかった。ただ、寂しそうに笑って、背を向けて走り去った。

***

 そしてテオはレスカティエを見下ろしている。 
 ヘイゼルのような千里眼は望むべくもないけれど、街並みやそれを覆う気配のようなものを読み取るには十分な距離だ。

 裏路地から響いてきていた怒号と世界を呪う言葉は、ただただ愛するものを快楽へと誘う甘い声になっている。
 囚人たちが監督に石を投げる機会をうかがいながら続けていた外壁の修理は、むしろ率先してジャイアントアントの群れに取って代わられていた。
 まず雲上人や勇者たちに配分されていた嗜好品は、子供達が小遣いを貯め込んで買うちょっとした贅沢になっている。
 昔は黄金と大理石で出来た檻か、さもなくば棺にしか見えなかった古巣が。今ではひとつの巨大な家のようだった。
 そうなればいいな、と夢想してきた、守るべき街の姿。

「ふー……」

 テオは長く息を吐いた。
 体内の魔力を束ねて、ねじるイメージを作っていく。
 胸と下腹部で練り上げたふたつの流れを、右腕に送る。
 ちょっとした短剣ほどもある重い矢を、軽々と弓につがえ、練り上げた魔力を、ゆっく注ぎ込む。物質に魔力を馴染ませるためだ。
 ばちばちと、矢から火花が散る。鼻につく独特の匂い。

 テオはひたすら、歌うように心の中を明確にしていく。
(申し訳ない、安息を得た方々)
 そこには恨みも怒りもない。ただ、どうしようもない悲しみと、それを押し流して余りある決意があった。
(これはただの八つ当たりです。
 何も得られないにせよ、僕の相棒……いいえ。僕の恋人がそうしてくれと頼んだのです。だからそうします)

 矢が震え出す。まだ足りない。焼けた鉄のように熱くなる。もう少し。
 視界から色が消えていく。
 腕と矢に蓄えられる魔力の限界に合わせて、矢を放とうとして。
 テオが思いもしなかったことが起きた。
 全ての色が消えたテオの視界の一番奥、レスカティエの王城が赤く瞬く。
 次の瞬間、という言い方は正確ではない。
 一瞬すらもかからない、実感の追いつかない時間。
 滝を浴びるような圧倒的な重さと共に、テオの意識は吹き飛ばされた。

***

 くちゅくちゅと粘ついた水音。
 最も敏感で、最も隠さねばならない場所をさらけ出しているという、解放感の混ざった奇妙な切なさ。
 粘膜同士の触れあう、甘い快楽。
 それらが重なり合って、テオの目覚ましになった。

「また寝てた?」

 お世辞にも大きいとはいえない陰茎をねぶりあげながら、上目遣いのヘイゼルは呆れるとも面白がるともとれるような、曖昧な笑いを見せた。
 尻尾が嬉しげに揺れていて、口調ほどには咎める空気はない。
 テオが腰掛けているのは、夫との秘め事において、ケンタウロスたちが全身を余すことなく夫への愛撫のために用いることができるように、足の長さを変えられる特製のベッド。
 バネの効かせかたといい、クッションの柔らかさといい、レスカティエで勇者として遇されていた時ですら味わったことのないような高級品である。

 ペニスを吸い上げられた。体の中から何かを根こそぎ引き抜かれるような、いっそ痛みに近いような圧倒的な快楽。

「ちゅぱ……こーら。
 せっかくあたしがお口で愛してあげてるんだから。
 他のことなんて考えちゃ駄目」
「あ、うん。ごめんなさい」
「素直でよろしい♪」

 口元から涎と先走りの混じった液体を垂らして、ヘイゼルは心底嬉しそうに楽しそうに笑った。
 その笑みが、我慢の限界だった。
 何も触れていない。見られてすらいない。
 愛しさが快楽に直結するのだということを、テオは理解した。
 堰を切った川のようだな、と思った。
 弓兵として勇者としての卓越した視力は、己の分身ががあさましく精を吐き出す様を、どこか人ごとのように眺めてしまう。

「あ」

 ヘイゼルはどこか気の抜けたような声をあげ、おそらくは口で飲み込もうとしたほとばしりを、そのまま全身に浴びた。
 青黒い体毛に凝縮された白が降り注いで、何とも際立っている。
 人によっては征服感や嗜虐の欲を刺激されるその様を、テオは署名のようだと思った。

 この先、目の前の女だけに欲望を向けるのだという、誓いの文言。

「ヘイゼル、大丈夫……」

 言い終わる前に、唇に暖かく潤ったなにかが触れた。
 意識が、ゆっくりと沈んでいく。

***

 眠りの淵から、体と心がゆっくりと起き上がってきた。
 光が集まりすぎても黒くなることはあるのだな、とぼんやりした頭でそれだけを考える。視界にかかった霞が、ゆっくり晴れていった。
 全身に走っているのは痛み苦しみというより痒み痺れ。下手なダメージよりも動きを阻害する厄介者。
 赤い空には雲もないのに稲妻が走り、一点に収束してどす黒く輝く塊になっていく。そこに明確な敵意を感じ取って、膝立ちになって弓を放つ。

 無理矢理に魔力を注ぎ込んだ矢は、かろうじて黒い塊を吹き飛ばす。革袋が弾けるような音とともに、風圧がテオを襲う。
 テオの全身に走る痒みとしびれが、一層強くなった。それ故に息をつく間もなかったことが、彼を救った。

 視界の隅を走り抜ける何かが見えた。確かに森の中からこちらに向かって飛んでくる矢の影。
 射手の姿は見ず。音もない。
 森の中に溶け込んで、森そのものが悪意を持つかのように必殺の矢を次から次へと飛ばしてくる。
 速度を一切落とすことなく、蝶かと見まごうばかりに自由自在に飛び回るその矢の主を、テオは知っている。

「プリメーラ……!」

 純粋な弓の技量において唯一テオが負けを認めたハーフエルフの少女。
 叶わぬ想いを抱くが故に、そもそも思い人などいないのだと自らに嘘をついた悲しい娘。

 彼女が撃ってきた矢の数は四つ。
 今のテオが立て続けに撃てる矢の数は三本。
 テオが全てを打ち落とせたとしても、残り一本が命を確実に奪うだろう。

 ならば、どうするべきか。考え方を変えざるを得ない。
 テオが弓につがえた矢の数は、ただ一本。
 今まで体内に積み上げてきた流れを自ら打ち壊すように、全身の力を一気に込め、さらに抜く。喉元からせり上がってくる苦い血の味。
 テオの矢が、足下へ走る。テオの狙いは矢でも空でもプリメーラでも、レスカティエでもなかった。
 城壁も鋼鉄の門にも大穴を穿つ勇者の矢が、柔らかな魔界の土を射手ごと吹き飛ばす。

 魔力の爆発が矢を蹴散らし、恐るべき速度で飛び散った石と土くれ、ちぎれた草木がテオの服を裂き、肌に赤い模様をつけていく。
 骨が折れ体に穴が開くことも覚悟の上だったが、不幸中の幸いとはこのことか。
 とはいえ。

「……無理か!」

 吐き捨てる言葉にすら血が混じる。テオはあまりに傷を負いすぎていて、力を溜めた一撃など放てるはずもなかった。
 何よりも、敵に所在を悟られてしまっては。
 逃げ方以外にどんな選択の余地があるというのだろう。
 混乱しすぎていっそ晴れた頭の中で、退路が何種類も閃いては消える。
 立ち上がろうとして、足が地面を踏んでくれないのに気がついた。いや、確かに踏んでいる。だがそれを頭が感じるのに、若干の間があるのだ。
 前に行こうとすれば転び、右に視線を向ければ左足から力が抜ける。肩が震えている。息が荒くなって口から涎がこぼれる。
 目の前にちらつく、鮮烈にすぎる光の群れ。ひゅうひゅうと、息と一緒に命が漏れ出していく。

 そういえば、とテオは唐突に思った。
 自分はヘイゼルの告白に、何と答えたのだろう。

 かすかな蹄の音が、背後から聞こえてくる。
 静かな風が、首に当たって、全身から力が抜けていく。
 柔らかな毛布にくるまれるような、場違いな安息がテオを包み込んだ。
 また、視界が暗くなる。

***

 寝ぼけ眼で発したテオの問いかけに、ヘイゼルは面喰らったようだった。 
 安物の蜜蝋が、やけに明るく部屋を照らしている。

「何、いきなり」

 夢だな、と思った。
 レスカティエに行く途中、病に伏せっていたヘイゼルが、普通に笑っていたのだから。
 それに、ヘイゼルの手足が二本ずつしか無いというのも、何か理由のわからない不自然さを感じる。

「……僕、何て言ったかな。ヘイゼルに」
「何が?」
「いや、だから、ええと……愛してるって、言ってくれたよね?」
「言ったわね」

 それで?と目線だけで続きを促す。
 その目に嬲られているようで、テオは股間に痛みを感じ、その痛みの原因に恥じ入る。

「それで、僕、何て答えたかな、って」

 少しの間、、ヘイゼルは考え込んでいたようだった。
 そしてわざとらしく腕を組み、首をひねってあちらこちらに視線をさまよわせた。

「どうだったかなー……」

 少し不機嫌な声に、ヘイゼルの意図が、腑に落ちた。
 たぶん自分は、返事もしてなかったか、さもなければいい加減なことしか言わなかったのだろう。
 恥と謝罪が頬の中まで上がってくるが、それを退けて意を決する。

「ヘイゼル。僕は君を愛しています。どうか、結婚してください」

 息を呑む音が聞こえた。笑いと一緒に、ヘイゼルの目から涙がこぼれた。

「よくできました」

 そこから先の、記憶がない。

***

 強いて言うなら、真夜中に眼が覚めたときの感覚に似ていた。
 太陽が上ってきて、奇妙な薄暗さが街を覆いはじめた。
 明け暮れ、とでも言うべきなのだろうか。
 しかして寝床につくにはいささか明るすぎる。
 さて僕はいつどうやって眠るべきか、と思って仰向けになった体を横に向けるテオを支配していたのは、違和感と、懐かしさだった。
 安息と緊張をぎりぎりの線で調和させたベッド。
 なるべく質素に整えられた調度。
 騎馬の民が子々孫々受け継いできた祈り布。

 レスカティエ王城の外縁部に位置する、かつての自分の部屋だった。

「あれ……?」

 テオは今までの記憶を辿り始める。何かがおかしい。何かを、自分は間違えている。
 そのことに思い至った途端、寝台が急に柔らかくなる。沼に引きずり込まれるように、意識が眠りの淵へと落ちていく。
 拳を握り、爪を手のひらに突き立てる。頬の肉を、思い切り噛みしめる。
 ヘイゼルを思い出す。どうしようもない偶然に、世界そのもの悪意に殺されたとしか思えない相棒のことを思い出す。
 己の無力を思い出す。恋人の最後の求愛にろくに答えられず、泣いて逃げ去った人でなしの自分を。
 最後の願いさえ叶えられなかった、どうしようもない自分を思い出す。
 はらわたを石臼ですり潰してなお魂から消えぬ痛みが、かろうじて魔界の安らぎを中和してくれた。

 蹄の音が聞こえてくる。怯えと期待が入り交じった、初めての逢瀬に今から赴くような。そんな足音が。

 テオは目を閉じる。
 今までの眠気が何者かの意図によるものであるのなら、寝たふりをすればその誰かを欺けるのではないかと考えての行動だった。
 幸い、眠りに落ちるようなことは無く、時折乱れる足音が近づいてくるのを聞き取ることができた。
 足音の主は手慣れた様子で扉を開け、ことさらに足音を殺すようにして近づいてきた。怯えている癖に、そこには一切の迷いがない。
 テオにはこの足音に思い当たることがあった。隠れるようでそこにいる。ここにいるようで、どこにでもいる。奇妙な存在感。
 足音の主が、軽く息を吐いた。
 それだけで、テオには足音の正体がわかった。わかってしまった。

(まさか……)

 胸が痛む。冷や汗をが背中に浮き出る。
 全身が強張って震え出す。最初に思いつくべき可能性。
 ありえないと、あってはならないと目を閉じ耳を塞いでいた可能性。

「テオ……」

 足音に混じって、ぼそぼそと、テオの名を呼ぶ声が聞こえてくる。
 届いてくる音に、涙の粒が混じっていた。
 息を呑む気配。手にした得物、おそらくは長物を振り上げる為の予備動作。
 音もなく振り下ろされたそれは、しかしどこにも刺さることはなかった。薄目を開けて確認したい衝動と、テオは戦わざるをえない。

「……起きて、るんでしょ?」

 ヘイゼルが聞いてきた。それは確信であり、確認であった。

 目を開けると、果たしてそこにいたのはケンタウロスの姿であった。
 だがケンタウロス族に特有の強い目つきや強張った表情、あるいは天性の戦士として狩人として鍛え上げられた肉体はない。
 大鎌を携えてはいるが、取り落とさないのがやっとという塩梅だ。
 馬体の毛足は長く、幽霊の類のようにローブをまといフードで顔を隠した輪郭はどこかおぼろげで、逆に何もかもを見透かされそうで不安が起こる。
 閉じようとしているのか開こうとしているのかよくわからない半眼をあしらっているのが、印象的だった。
 祖先の伝承が伝える夜毎の美女、その名をナイトメアという。
 人を夢の国へと連れ去る、静かなる人馬。
 だが、それより何より、テオにとってもっとも衝撃的だったのが。

「ヘイゼル、だよね?」
「……うん」

 ヘイゼルは怯えて飛びすさった後、頷いた。
 四本足の馬体で、どうやったら動けるのか聞きたいほどの、見事なバックステップ。
 まるで見られることそれ自体を恥じらうように、声をかけられるということ事態に備えていなかったかのような、反射的な動き。
 どちらかと言えば強気なほうで、もし男女の間に壁があるなら飄々と乗り越えてきたヘイゼルとはあまりに違う。
 しかし、これはヘイゼルだ。
 テオの魂にもっとも深く刻み込まれた何かが、それを伝えてくれる。

「……体、大丈夫だった?」
「うん。大丈夫……ちょっと、色々、怖いとき、あるけど……」

 目線もろくに合わせてくれない。
 というよりも、目が伸びた前髪に隠れてよく見えない。
 それを、寂しいと思った。髪に触れると、髪質に違いはなかった。
 恐怖とも怯えとも言い切れない何かで、ヘイゼルの体が震える。

「……僕も、怖い?」
「ちょっと、怖い……」
「何で?」
「許してくれないと……思ったから」
「何が」

 息を詰まらせて、泣きじゃくり始める。
 子供が悪事を暴き立てられる直前に観念して告白する。そういう様だった。

「だって……あたし、テオにひどいこと言ったから……テオの事なんか考えなくて、わがまま言って、テオに怪我、させちゃって……」
「ヘイゼル……」

 テオはこの時、何も考えていなかった。
 衝動ともいえない静かな流れのようなものが、全身を操っていた。
 ベッドから立ち上がって、ヘイゼルの体を抱き寄せて。
 恋人の頬と唇に、己の唇を触れさせる。

「テオ……」
「ヘイゼル。大好き。愛してる。結婚してほしい。
 抱きたい、犯したい。
 中も外も僕の精液塗れにして、子供を種付けして……」

 ヘイゼルの顔がワインよりも赤くなり、陸に上がった魚じみて口を何度も開閉する。
 首をかしげて、テオは自らの失言を悟った。
 今自分は、何を言ってしまったのか?

「……っと、えっと、大丈夫!大丈夫だから!
 悪いのはテオじゃないから!あたしだから!
 あたしが夢で、テオを好き放題にしてたから。
 それで、ええと、えーと…………テオが、いやらしいことばっかり考えるようになっただけだから!」

 二の句を継げないテオの手を取り、ローブの裾を跳ね上げて、前足の間へと導いた。
 今まで震えていたのと同一人物とは思えない、電光石火の早業である。

 そこは熱くて潤っていた。はしたないとか恥ずかしいとか、まして他と比べてどうか、ということはテオにとっては些事であった。
 いや、果たして些事としてですら考えられていたものかどうか。
 テオが思ったことは、その場所は確かに命の始まるところで、恋の極まるところなのだという、その事実の確認だけだったのだから。

「あたしも、テオが好き……」

 ぐちゅりぐちゅり。欲にまみれて自省など考えもしないような音がする。
 手を動かしていたのかと、テオは自分の体を確認する。
 たしかに動いていた、だがそれよりもずっと大きく、ヘイゼルが腰を動かしていた。
 夢の中とはまるで違う余裕のなさだった。まるで自分の快楽を探るような、はじめての自慰じみた動き。

「ほら……もう触ってるだけでこんな風にして……っ」

 声には快楽よりもむしろ羞恥の色が濃かった。
 自分一人でよがっている罪悪感が滲んでいる。
 そんな顔を相棒に、恋人にさせるわけにはいかないと、思った。

 唇を唇で塞ぎ、舌をねじ込む。自分で驚くほど有無を言わさぬ動き。
 絡みつく舌に合わせて、膣内の肉が妖しくうごめく。
 触れられてもいない陰茎はすでに限界間近まで強張り、先走りで脚衣は使い物にならないほどだ。

「ちゅ……んふ……」

 唾液が糸を引いていた。指も似たようなものだった。テオにとって予想外なことが、またひとつ増えた。
 肉ですらない、まして歯や骨や爪が食い込んでいるわけでもない部分同士を引き離すのに、これほどの意志が必要だとは思わなかった。
 視線が下を向くのを止められない。布に隠れて見えない部分を、見たいと思った。

「ヘイゼル……その……ローブ、脱いでもらって、いい?」
「……テオが、脱がせてくれるなら……いいよ」

 ごくり。生唾を聞こえる音は、間違いなくヘイゼルにも聞こえているはずだ。
 テオがヘイゼルの服を脱がせるのは、これが初めてのことではない。
 怪我の手当や病気となれば、服にナイフを入れることもよくある話だった。
 だが、今回は違う。明確に色欲と恋情で、相棒の肌を見るのではなく。
 恋人の、己のつがいの肌を目に焼き付け、弄り回そうというのだ。
 手が震えるのは、ある意味当然であるといえよう。

「うわ……」

 赤くてらてらと光る、生々しさ。
 単に甘さばかりとも言い切れない雌の匂い。ある意味において、命をあさましく貪る場所。
 テオはそこを、何よりも綺麗だと思った。
 神像に触れる信徒のように、蹄の先から脚を少しずつ、毛並みから筋肉の付き方から血管骨格にいたるまで、手の内に収めようとする。
 そのたびにヘイゼルの体は小刻みに震え、指を噛んだ口から甘えた声が漏れ出る。

「ん、ふっ……テオ……きもち、いい、気持ちいいよぅ……」

 指に、体液が触れた。
 話にしか聞いたことはない愛液なるものだな、とぼんやり考える。
 自分の先走りに似ているな、とも。
 そう考えてなお、テオは自分の指先を口元に運び、ごく自然に舐めしゃぶる。
 そうしなければならない、とは考えなかった。
 そうしなくてもいいという考え方が、そもそも湧いてこなかった。

「……美味しい」

 別に甘い味がするわけでもなかった。ただ、何か癖のような。
 強いて言えば水を飲んだときに近いような。
 欠くべからざるものが、満ちていく最も単純な至福が体内を巡る。

「ぁ……う、嘘……」
「ヘイゼルだって、僕の、その……精液、舐めたよね?」
「あれは、夢だから……だめだってば……!」
「やだ」

 そうなると、直に味わわずにはいられないのが人情というものだった。
 体毛についた粘液を舐め取りながら、内股を辿って、そこに触れる。

「ひぅ……!」

 拒んでいたのが嘘のように、テオの後頭部にヘイゼルが触れ、両手で押さえつける。
 影響はより劇的だった。まるで体内の水分すべてがヘイゼルの愛液にすり替わったようだと、テオは思った。
 自分をさらに取り戻そうと、遠慮無く啜る。
 舌をねじ込んでは、肉のうねり……迎え入れられながら、これではないと拒むような動きを、楽しむ。
 腰から下が溶けていく。それがテオの実感だった。
 おそらく、ヘイゼルの懇願がなければ、その感覚が全身を覆うまで続けていただろう。

「ぁ……あの、テオ……もう、あたし……あたし……限界、だから……お願い……」
「うん」

 そこで焦らしたりさらに容赦なく快楽を与えようとするほどテオは無慈悲ではなく、もちろん手慣れているわけでもなかった。
 ただ正面から手を柔らかく握り、唇を軽く合わせた。

「……ごめん、ヘイゼル。ちょっと、優しくできる自信がない」
「いいよ、テオ。優しくしないで……」

 返事に迷った。
 だから、いきり立った部分を軽くこすり合わせ、何も言わずに突き刺した。
 抵抗が苦もなく破られる、急所を射貫いたときに近い感触。

「あ」

 何もかもに耐えきれず、精液が溢れでた。
 夢の中よりもさらに強く、魂ごとヘイゼルに焼き付けてしまいそうな。
 一体何をどうやったら小さな袋の中にこれだけのものをしまい込めるのか。そういう人体の神秘を垣間見るほどの、大量で濃厚な射精。

「……っあ、か、ふ……うう、ぅ……テオに、テオに射精されてる……テオが、あたしの子宮は自分のだって言ってるよ……」
「テオだって、僕の精液、全部自分のだって言ってるじゃないか……そんなに、そんなに、僕で孕みたい?」

 泣きじゃくり、舌を絡ませながらお互いがお互いに支配されることを喜んでいた。
 引き抜くたびに、押し込むたびに絶頂し、精液を注ぎ込み、子宮を膨らませる。
 もはや二人は二人ではなかった。
 ひとつに繋がることが正しいかたちの、生き物だった。

「あっ……はぅ……ふっ……好き、大好き、テオ。
 愛してる……もっと、もっと犯して、全部テオにして……っ!」
「ヘイゼル、ヘイゼル、ヘイゼルヘイゼルっ……!
 大好きだよもっと犯したいよ愛してるよ、結婚したら、毎日、毎晩、こうやってっ……」

 しかし悲しいかな、魔界とはいえ愛の交歓が永遠に続くわけではない。
 射精にして二十と七回目、ヘイゼルの絶頂はその四倍以上。
 それだけの回数を重ねた後、引く力を誤ってヘイゼルの全身に精液を振りまいて。

テオは意識を手放した。

***

 テオとヘイゼルは並んで星空を見ていた。
 足下には絨毯のように長く柔らかな、緑の草むら。

「……ええと、これは夢なんだよね?」
「「うん。夢」」

 人馬の姿をしたヘイゼルと、人の姿をしたヘイゼルが左右から同時に答えた。テオの両手は、彼女たちの膣口を指で弄くり回すのに忙しい。
 今より少しだけ大人になったヘイゼルは、テオに後ろから抱きついて頭を胸で挟み、子供のころのヘイゼルは露出させた性器をくちゅくちゅと触れあわせている。
 快楽に喘ぎながら、テオは不思議で仕方ないことを尋ねた。

「……で、僕の夢はヘイゼルが操れるんだよね?」
「「「「うん」」」」

 正確には二人の夢を繋げてるんだけど、と。テオが知る年齢相応の人馬の姿をしたヘイゼルが、いまだに弱々しい声で言った。

「何でこんなに増やしてるの?」

 全員が首をかしげて、代表して人の姿をした年齢相応のヘイゼルが答える。

「そりゃせっかくテオのお嫁さんになれたんだから。
 人生全部お嫁さんにしてもらわないと損じゃない?」
「……なる、ほど……?」

「……ええ、と。だめ、だった?わたし、しあわせ、だけど……」

 犯し犯される輪の中に入りそびれた、幼い人馬のヘイゼルが言う。
 どこか怯えながらも、目は欲情に潤み、前足と後ろ足を器用にすり合わせている。バランスを崩して倒れないか心配になるほどだ。

「うん。僕も幸せだよ。ずっと一緒にいよう、ヘイゼル」
「夢の中でも、ずっとだね!」

 全てのヘイゼルが、テオが愛して止まない笑顔で答えた。
13/05/25 14:59更新 / 青井

■作者メッセージ
ご無沙汰しておりました。青井です。
楽しんでいただければ幸いです。感想などいただければ、嬉しく思います。

バトルは鬼門と悟りました。

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