アンハッピー?
「こーんばーんは、ジェネルー。大好きだよ!」
ジェネルーの館を訪れていつものように開口一番そう言うと、ジェネルーはやはりいつものように深いため息をついてこちらを振り返った。肩まで真っ直ぐ伸びた髪がその拍子にふわりと舞う。
「こんばんはクラージュ。本当に、君はばかだなぁ」
きりっとした眼は知性という気品を感じさせるが、今は細く絞られ呆れをあらわしていた。いつも通りのやり取りで、いつも通りジェネルーに軽くあしらわれると思っていたのだが今回は様子が違った。
「そうだな期日までに私のいうものを揃えられたら、とっておきのプレゼントを君に贈ろう」
そんなジェネルーの言葉に舞い上がってしまう僕を誰も責めはしないだろう。
「これが揃えて欲しいモノのメモだ」
「ええっと、なになに
―――――――――――――――――――――――――――――――――
期日までに揃えて欲しいもの
ホルスタウロスミルク、アルラウネの蜜、とろけの野菜、
ぬれおなごのゼリー、堕落の果実、アラクネのリボン
一ヶ月以内
―――――――――――――――――――――――――――――――――
か。ホルスタウロスミルクとアルラウネの蜜それからアラクネのリボンはわかるとして、ぬれおなごのゼリーはスライムゼリーの一種? とろけの野菜と堕落の果実ってのは何?」
メモを読んでそのまま思ったことをこぼすと、必要であれば自分で調べること、とジェネルーは付け加えた。
それからしばらく、言われたものをさがす日々が続いた。どれもこれも手に入れるのは簡単とは言えないものばかりで、何よりすぐ魔物に襲われそうになるのにはまいった。ホルスタウロスミルクはすんなり手に入れることができたが、アルラウネの蜜の時はハニービーに見つかりお持ち帰りされるところだったし、ぬれおなごのゼリーは危うく夫認定されるところだった。そんなこんなで1つを除いて手に入れることが出来のたが、どうしても入手できないものがあった。
「万魔殿とかどこにあるんだよ」
僕は1人酒場で愚痴る。最後の堕落の果実がどうしても手に入らないのだ。売ってる店は少なからずあるのだが、アラクネのリボンととろけの野菜を買うのに手持ちを使った僕には手の届かない金額だった。
「ねぇ貴方? 最近万魔殿を探してるっていう男の人は」
声の方を向くと、シスターとは思えないほど色っぽい女性が佇んでいた。
「そうだけど、貴女は?」
「万魔殿への行き方を知っている者、とでもいえば十分かしら?」
酒が入っているからだろうか、ただ話をしているだけだというのにとても扇情的に感じる。
「私を抱いてくれたら、連れてってあげてもいいわよ?」
結局いつもの輩かと思いつつもその女性から目が離せなかった。なぜだか今すぐ目の前の女性を押し倒してしまいたい。
「そうだな。それで堕落の果実を手に入れることができるなら……」
僕の言葉に初めて女性が表情を変える。
「なぜ堕落の果実が欲しいの?」
それは素朴な疑問だったようだ。
「これを揃えてくるようにって言われてるんだ」
女性から目を離さず、メモを見せる。
「ん〜」
女性は人差し指を口に当てながらメモに目を通す。
「この一ヶ月以内っていうのはいつから?」
やがて目を通し終えると女性はそう聞いてきた・
「ええっと、2週、いや3週間前だったかな」
「なぁんだ、そういうことか」
僕の返答を聞くと合点が言ったように頷いて、つまらなそうに脱力する。それと同時にさっきまで感じていた艶めかしさもいくらか和らいだ。
「えっと貴方名前は?」
「クラージュだけど」
「そう、一日だけ待っていてクラージュ。果実を持ってきてあげる」
「え、まだ何もしてないけど?」
「野暮なこと言わないでよ。さっさと揃えてその彼女の下へ行きなさい」
「あれ、このメモが女の人からだって言ったっけ?」
僕の言葉に女性は信じられないものを見るように目を見開いた。
「本気で言ってるの?」
そして呆れたようにこぼすため息は何処かジェネルーのため息と似ていた。
ともかくそんなこんなでなんとか言われたものを期日中に揃えることが叶い、ジェネルーの元へと急いだ。
「本当に期日中に揃えたのだな」
そう言って驚きを見せるジェネルーの顔にはほんの少し嬉しさも含まれていた。
「期日の一ヶ月にはまだ少しあるな。じゃあそれまではゆっくり休むといい。時期がきたらもう一度来てくれ。それじゃ」
ニッコリと微笑み有無を言わさぬままジェネルーは僕を締め出した。
「ち、ちょっとジェネルー!?」
「ゆっくり旅の疲れを癒せ。期日になるまでこなくていい」
ドア越しに告げられ途方にくれる。しばらく待ってみたが入れてくれる様子はないので、仕方なくジェネルーの館を後にした。
そして悶々としたまま数日が経過した。まだ日も落ちきっていないというのに、僕はもう辛抱できずに再びジェネルーの館を訪れた。コンコンとおっかなびっくりドアをノックする。するとドアがひとりでに開いた。いつもはなぜだか明るい館内が今は暗い。闇に吸い込まれるように館内に足を踏み入れると、ボッとロウソクに火が灯り廊下をほんのり照らす。いつもと違う雰囲気に緊張し、招かれるままに歩を進めると見覚えのある扉の前にたどり着いた。コンコンと再びノックをする。微かに扉の向こうに人の気配を感じる。
「どうぞ」
ノックの後、間をおいてから返事がした。ゆっくりと扉を開く。何度か入れてもらったことがあるジェネルーの部屋。その中央の小さな、二人用程度の机に座り、ジェネルーは組んだ手の上に顎を乗せてこちらを伺っていた。
「こっちに来て、座ったら?」
ジェネルーと向かい合わせの場所に1つ椅子が置いてある。促されるまま正面に座ると満足そうにジェネルーは微笑んだ。なんだか今日のジェネルーは様子がおかしい。いつもは女を感じさせる事を嫌うのに、妙に艶かしい。
「旅は、大変だったろう?」
思いがけない労いの言葉。
「旅の話、聞かせてくれないか?」
それをきっかけに、あれらを揃える旅がいかに大変だったかをジェネルーに話して聴かせた。一通り聴き終えるとやはりといった表情でジェネルーは苦笑した。
「本当に、君はばかだなぁ」
口癖のように言われるその言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。
「あんな曖昧な見返りでは普通、無理だと諦めるか途中で私の真意に気づいて頑張るかの二つだと思うんだが、私に言われたからという理由だけであれらを集めたのだから、本当にばかだよ君は」
ばかと言ったときジェネルーは愛おしそうに目を細めた。
「君、なんのためにあれらを集めるのか考えてみたかい?」
「え、いや……」
「私がなんに使うのかは?」
「……」
「ふふ……ばか」
今度はすこし悪戯っぽく言う。心臓は既にジェネルーに聞こえているんじゃないかというくらい早打ち、頭はクラクラしていた。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れると、ジェネルーは少しだけ逡巡したあと小さな包を取り出した。
「君のことだから、今日が何の日かも忘れてるんだろう」
小さな包を大事に持ちながら、すっと差し出してくる。
「ハッピーバレンタイン」
その言葉が止めだった。眼はジェネルーから離せず、頭の中はジェネルーのことでいっぱいでたまらなく愛しい。夢ならどうか醒めないでと思ってしまうくらい目の前の出来事が信じられなかった。
「開けていいかい?」
「ええ」
気恥かしそうに答えるジェネルー。包を開けるとミルク色で球体が1つ入っていた。ふとジェネルーの組んでいる手を盗み見ると、ところどころ怪我をしているように見える。
「これ、食べていいかな?」
「それ以外にどうするのだ」
気恥かしさをごまかすようにジェネルーはわざとらしく呆れたため息をついた。
「それじゃ、いただきます」
まるごと口の中に入れる。口の中で転がすとミルクと蜜の甘味が広がる。ゆっくりと歯を立てていくと柔らかい感触があって口の中の球が二つに割れた。中からゼリーの甘味と果実の甘味が染み出してくる。やがてすべての甘味が混ざり合い、まさに筆舌に尽くしがたい程の甘美な味わいが口の中いっぱいに広がった。最後に口の中から少しずつ消えていく余韻が記憶に残った美味しさを引き立てる。
「美味しい」
その言葉にすべての思いが込められた。もう少し食べたかったと感じることさえも美味しかったという思いを強める。
「頑張って集めた甲斐があった。とっておきのプレゼントありがとう」
「んー喜んでもらえて嬉しいが、ちょっと気が早いんじゃないか?」
僕の言葉に照れながらもジェネルーは悪戯っぽく笑う。
「今のはおまけ。あれっぽっちが私のとっておきだなんて思って欲しくない。まぁ当初はもうちょっと数があるはずだったのだけど」
ジェネルーは手を隠すように膝の上に持っていった。そして背筋を伸ばして姿勢を正す。
「揃えて貰った中に、まだ使っていないものが、あったろう?」
歯切れ悪くジェネルーは落ち着かない様子だ。
「その、ね。君にはとっておきとして、その、私を、プ、プレゼントしたいな、と……」
最後まで言えず、顔を真っ赤にしてジェネルーは俯く。ジェネルーの胸元にはアラクネのリボンが結ばれていた。あれがプレゼントの意味を表しているのだろうか。
「や、やっぱりなんでもない! 忘れてくれ!」
自分の言葉を反芻してしまったのか、恥ずかしさのあまりジェネルーは勢いよく席を立つとそのままベッドに飛び込んだ。枕に顔を埋め小さく震えている。
「ど、どうしたんだよジェネルー。らしくないというか、いや、嬉しいけどさ……」
「……やっぱりらしくないか?」
ベッドの上で体を起こし上目遣いで聞いてくるジェネルー。恥ずかしさが抜けないのか枕を抱えたまま顔は半分うずめたままだが、それがまたらしくないくらい可愛いのは黙っておこう。
「いつも、素直に思ったことを言える君が羨ましかった。だから、私なりに気持ちを伝えようとしてみたんだが」
そう言って自分の手のひらを見つめた。
「せっかく素材を揃えてくれたのにできたのはたったの1つ。素直になるために気分を昂らせようと真水を塗る勇気もない」
うまくいかないな、と不器用に笑う。僕は黙ってジェネルーの傍まで近づいた。
「大好きだよ、ジェネルー」
「クラージュ……」
「それで、このプレゼントは貰っていいの?」
そう言ってジェネルーの頬に触れるとジェネルーがびくりと跳ねる。柔らかい肌からは温もりが伝わる。
「そ、それは忘れろと――――――いや、貰ってくれ。ううん、君にもらって欲しい」
ジェネルーは素直な気持ちを告げた。
「忘れなくていいの?」
意地悪く言うと、ジェネルーはゆっくりと首を振った。
「君が頑張ってくれたのだ。急には無理でも少しくらい素直になるよ。気持ちを抑える必要もなくなったのだから」
「それってどういう――」
最後までしゃべる前に口を塞がれた。お菓子とは違う甘い香りが鼻をくすぐり、暖かさが唇を包む。キスされたのだと気づいた時にはジェネルーは僕の首に腕を回していた。そのまま、引き寄せるようにジェネルーはベッドに倒れこむ。その拍子に二人の唇が離れ、唾液が糸を引いて途切れた。言葉はなかった。ゆっくりと、プレゼントを開けるようにリボンを解き、ジェネルーの服を脱がす。まだ恥ずかしさが残っていたがジェネルーは抵抗しなかった。やがてすべて脱がし終えると、もう一度キスを交わした。今度は長く、そしてより深く口づけを交わす。そのままお互いの舌が絡み合い口づけというには乱暴なものへと変わる。
「んぢゅ、んぅ……ぷはぁ、はぁ、はぁ、クラージュ……もう、我慢できそうに、ない」
その言葉でついにジェネルーと繋がった。ジェネルーの膣はすんなりと僕のモノを受け入れると離さないようにきつく締め上げてくる。少し動かしただけで下腹部から強い快感が伝わってきた。
「んあああ」
それはジェネルーも同じようで、嬌声が溢れる。
「もっと、動いても、ああああ」
話の途中で強く突き上げた。
「ずっと、ずっと、こうしたかった」
そう言ってジェネルーは強く抱きしめてくる。突き上げるたびに素直に気持ちを吐露してくれるのが嬉しくて、動きはますます乱暴になる。
「クラージュ、クラージュぅ」
それでもジェネルーは全てを受け止めた。僕の名前をつぶやきながら、しがみつく腕には一層力がこもる。
「クラージュ、もう」
やがて訪れる絶頂の兆しを互いに感じ、絶頂に向けて激しく体を重ねる。
「ダメ、もう、イッ――――」
ジェネルーの膣が一際強く僕のモノを締め付け、同時に僕も限界を迎えた。
「はぁ、はぁ、熱いの……感じる」
惚けたようにつぶやくジェネルーに覆いかぶさるように倒れ込む。気持ちのいい倦怠感とジェネルーの匂いに包まれながら、僕はそのまま眠りに落ちた。
目を覚ますと見慣れぬ天井が飛び込んできた。視線を感じて横を向くと、すぐ近くにジェネルーの顔があった。
「やっと目が覚めた?」
柔らかいその笑顔に思わず見惚れる。
「えっと、今何時?」
「もうすぐ夜明けだ」
僕がここに来たのは日が落ちる前だ。
「ごめん随分寝ちゃったみたいだ」
「なぜ謝る?」
「だって、せっかく来たのにあんなことしかせずに……」
同時に昨夜のできことが思い出される。本当にジェネルーを抱いたのだろうか。夢ではないのだろうか。
「ジェネルー、その……」
「ん? どうした?」
「昨日のこと夢じゃないよね?」
僕の言葉に、もう見慣れてしまったリアクションをとってジェネルーは言った。
「本当に、君はばかだなぁ。一度しか言わないからな?」
そう言うとジェネルーは顔を近づける。
「大好きだぞ、クラージュ」
一瞬だけ温かいものが頬に触れた。ふと左手に違和感があって持ち上げてみると、小指にリボンが結ばれている。その端を目で追うとジェネルーの小指に継っていた。
「ハッピー、バレンタイン」
ジェネルーの館を訪れていつものように開口一番そう言うと、ジェネルーはやはりいつものように深いため息をついてこちらを振り返った。肩まで真っ直ぐ伸びた髪がその拍子にふわりと舞う。
「こんばんはクラージュ。本当に、君はばかだなぁ」
きりっとした眼は知性という気品を感じさせるが、今は細く絞られ呆れをあらわしていた。いつも通りのやり取りで、いつも通りジェネルーに軽くあしらわれると思っていたのだが今回は様子が違った。
「そうだな期日までに私のいうものを揃えられたら、とっておきのプレゼントを君に贈ろう」
そんなジェネルーの言葉に舞い上がってしまう僕を誰も責めはしないだろう。
「これが揃えて欲しいモノのメモだ」
「ええっと、なになに
―――――――――――――――――――――――――――――――――
期日までに揃えて欲しいもの
ホルスタウロスミルク、アルラウネの蜜、とろけの野菜、
ぬれおなごのゼリー、堕落の果実、アラクネのリボン
一ヶ月以内
―――――――――――――――――――――――――――――――――
か。ホルスタウロスミルクとアルラウネの蜜それからアラクネのリボンはわかるとして、ぬれおなごのゼリーはスライムゼリーの一種? とろけの野菜と堕落の果実ってのは何?」
メモを読んでそのまま思ったことをこぼすと、必要であれば自分で調べること、とジェネルーは付け加えた。
それからしばらく、言われたものをさがす日々が続いた。どれもこれも手に入れるのは簡単とは言えないものばかりで、何よりすぐ魔物に襲われそうになるのにはまいった。ホルスタウロスミルクはすんなり手に入れることができたが、アルラウネの蜜の時はハニービーに見つかりお持ち帰りされるところだったし、ぬれおなごのゼリーは危うく夫認定されるところだった。そんなこんなで1つを除いて手に入れることが出来のたが、どうしても入手できないものがあった。
「万魔殿とかどこにあるんだよ」
僕は1人酒場で愚痴る。最後の堕落の果実がどうしても手に入らないのだ。売ってる店は少なからずあるのだが、アラクネのリボンととろけの野菜を買うのに手持ちを使った僕には手の届かない金額だった。
「ねぇ貴方? 最近万魔殿を探してるっていう男の人は」
声の方を向くと、シスターとは思えないほど色っぽい女性が佇んでいた。
「そうだけど、貴女は?」
「万魔殿への行き方を知っている者、とでもいえば十分かしら?」
酒が入っているからだろうか、ただ話をしているだけだというのにとても扇情的に感じる。
「私を抱いてくれたら、連れてってあげてもいいわよ?」
結局いつもの輩かと思いつつもその女性から目が離せなかった。なぜだか今すぐ目の前の女性を押し倒してしまいたい。
「そうだな。それで堕落の果実を手に入れることができるなら……」
僕の言葉に初めて女性が表情を変える。
「なぜ堕落の果実が欲しいの?」
それは素朴な疑問だったようだ。
「これを揃えてくるようにって言われてるんだ」
女性から目を離さず、メモを見せる。
「ん〜」
女性は人差し指を口に当てながらメモに目を通す。
「この一ヶ月以内っていうのはいつから?」
やがて目を通し終えると女性はそう聞いてきた・
「ええっと、2週、いや3週間前だったかな」
「なぁんだ、そういうことか」
僕の返答を聞くと合点が言ったように頷いて、つまらなそうに脱力する。それと同時にさっきまで感じていた艶めかしさもいくらか和らいだ。
「えっと貴方名前は?」
「クラージュだけど」
「そう、一日だけ待っていてクラージュ。果実を持ってきてあげる」
「え、まだ何もしてないけど?」
「野暮なこと言わないでよ。さっさと揃えてその彼女の下へ行きなさい」
「あれ、このメモが女の人からだって言ったっけ?」
僕の言葉に女性は信じられないものを見るように目を見開いた。
「本気で言ってるの?」
そして呆れたようにこぼすため息は何処かジェネルーのため息と似ていた。
ともかくそんなこんなでなんとか言われたものを期日中に揃えることが叶い、ジェネルーの元へと急いだ。
「本当に期日中に揃えたのだな」
そう言って驚きを見せるジェネルーの顔にはほんの少し嬉しさも含まれていた。
「期日の一ヶ月にはまだ少しあるな。じゃあそれまではゆっくり休むといい。時期がきたらもう一度来てくれ。それじゃ」
ニッコリと微笑み有無を言わさぬままジェネルーは僕を締め出した。
「ち、ちょっとジェネルー!?」
「ゆっくり旅の疲れを癒せ。期日になるまでこなくていい」
ドア越しに告げられ途方にくれる。しばらく待ってみたが入れてくれる様子はないので、仕方なくジェネルーの館を後にした。
そして悶々としたまま数日が経過した。まだ日も落ちきっていないというのに、僕はもう辛抱できずに再びジェネルーの館を訪れた。コンコンとおっかなびっくりドアをノックする。するとドアがひとりでに開いた。いつもはなぜだか明るい館内が今は暗い。闇に吸い込まれるように館内に足を踏み入れると、ボッとロウソクに火が灯り廊下をほんのり照らす。いつもと違う雰囲気に緊張し、招かれるままに歩を進めると見覚えのある扉の前にたどり着いた。コンコンと再びノックをする。微かに扉の向こうに人の気配を感じる。
「どうぞ」
ノックの後、間をおいてから返事がした。ゆっくりと扉を開く。何度か入れてもらったことがあるジェネルーの部屋。その中央の小さな、二人用程度の机に座り、ジェネルーは組んだ手の上に顎を乗せてこちらを伺っていた。
「こっちに来て、座ったら?」
ジェネルーと向かい合わせの場所に1つ椅子が置いてある。促されるまま正面に座ると満足そうにジェネルーは微笑んだ。なんだか今日のジェネルーは様子がおかしい。いつもは女を感じさせる事を嫌うのに、妙に艶かしい。
「旅は、大変だったろう?」
思いがけない労いの言葉。
「旅の話、聞かせてくれないか?」
それをきっかけに、あれらを揃える旅がいかに大変だったかをジェネルーに話して聴かせた。一通り聴き終えるとやはりといった表情でジェネルーは苦笑した。
「本当に、君はばかだなぁ」
口癖のように言われるその言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。
「あんな曖昧な見返りでは普通、無理だと諦めるか途中で私の真意に気づいて頑張るかの二つだと思うんだが、私に言われたからという理由だけであれらを集めたのだから、本当にばかだよ君は」
ばかと言ったときジェネルーは愛おしそうに目を細めた。
「君、なんのためにあれらを集めるのか考えてみたかい?」
「え、いや……」
「私がなんに使うのかは?」
「……」
「ふふ……ばか」
今度はすこし悪戯っぽく言う。心臓は既にジェネルーに聞こえているんじゃないかというくらい早打ち、頭はクラクラしていた。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れると、ジェネルーは少しだけ逡巡したあと小さな包を取り出した。
「君のことだから、今日が何の日かも忘れてるんだろう」
小さな包を大事に持ちながら、すっと差し出してくる。
「ハッピーバレンタイン」
その言葉が止めだった。眼はジェネルーから離せず、頭の中はジェネルーのことでいっぱいでたまらなく愛しい。夢ならどうか醒めないでと思ってしまうくらい目の前の出来事が信じられなかった。
「開けていいかい?」
「ええ」
気恥かしそうに答えるジェネルー。包を開けるとミルク色で球体が1つ入っていた。ふとジェネルーの組んでいる手を盗み見ると、ところどころ怪我をしているように見える。
「これ、食べていいかな?」
「それ以外にどうするのだ」
気恥かしさをごまかすようにジェネルーはわざとらしく呆れたため息をついた。
「それじゃ、いただきます」
まるごと口の中に入れる。口の中で転がすとミルクと蜜の甘味が広がる。ゆっくりと歯を立てていくと柔らかい感触があって口の中の球が二つに割れた。中からゼリーの甘味と果実の甘味が染み出してくる。やがてすべての甘味が混ざり合い、まさに筆舌に尽くしがたい程の甘美な味わいが口の中いっぱいに広がった。最後に口の中から少しずつ消えていく余韻が記憶に残った美味しさを引き立てる。
「美味しい」
その言葉にすべての思いが込められた。もう少し食べたかったと感じることさえも美味しかったという思いを強める。
「頑張って集めた甲斐があった。とっておきのプレゼントありがとう」
「んー喜んでもらえて嬉しいが、ちょっと気が早いんじゃないか?」
僕の言葉に照れながらもジェネルーは悪戯っぽく笑う。
「今のはおまけ。あれっぽっちが私のとっておきだなんて思って欲しくない。まぁ当初はもうちょっと数があるはずだったのだけど」
ジェネルーは手を隠すように膝の上に持っていった。そして背筋を伸ばして姿勢を正す。
「揃えて貰った中に、まだ使っていないものが、あったろう?」
歯切れ悪くジェネルーは落ち着かない様子だ。
「その、ね。君にはとっておきとして、その、私を、プ、プレゼントしたいな、と……」
最後まで言えず、顔を真っ赤にしてジェネルーは俯く。ジェネルーの胸元にはアラクネのリボンが結ばれていた。あれがプレゼントの意味を表しているのだろうか。
「や、やっぱりなんでもない! 忘れてくれ!」
自分の言葉を反芻してしまったのか、恥ずかしさのあまりジェネルーは勢いよく席を立つとそのままベッドに飛び込んだ。枕に顔を埋め小さく震えている。
「ど、どうしたんだよジェネルー。らしくないというか、いや、嬉しいけどさ……」
「……やっぱりらしくないか?」
ベッドの上で体を起こし上目遣いで聞いてくるジェネルー。恥ずかしさが抜けないのか枕を抱えたまま顔は半分うずめたままだが、それがまたらしくないくらい可愛いのは黙っておこう。
「いつも、素直に思ったことを言える君が羨ましかった。だから、私なりに気持ちを伝えようとしてみたんだが」
そう言って自分の手のひらを見つめた。
「せっかく素材を揃えてくれたのにできたのはたったの1つ。素直になるために気分を昂らせようと真水を塗る勇気もない」
うまくいかないな、と不器用に笑う。僕は黙ってジェネルーの傍まで近づいた。
「大好きだよ、ジェネルー」
「クラージュ……」
「それで、このプレゼントは貰っていいの?」
そう言ってジェネルーの頬に触れるとジェネルーがびくりと跳ねる。柔らかい肌からは温もりが伝わる。
「そ、それは忘れろと――――――いや、貰ってくれ。ううん、君にもらって欲しい」
ジェネルーは素直な気持ちを告げた。
「忘れなくていいの?」
意地悪く言うと、ジェネルーはゆっくりと首を振った。
「君が頑張ってくれたのだ。急には無理でも少しくらい素直になるよ。気持ちを抑える必要もなくなったのだから」
「それってどういう――」
最後までしゃべる前に口を塞がれた。お菓子とは違う甘い香りが鼻をくすぐり、暖かさが唇を包む。キスされたのだと気づいた時にはジェネルーは僕の首に腕を回していた。そのまま、引き寄せるようにジェネルーはベッドに倒れこむ。その拍子に二人の唇が離れ、唾液が糸を引いて途切れた。言葉はなかった。ゆっくりと、プレゼントを開けるようにリボンを解き、ジェネルーの服を脱がす。まだ恥ずかしさが残っていたがジェネルーは抵抗しなかった。やがてすべて脱がし終えると、もう一度キスを交わした。今度は長く、そしてより深く口づけを交わす。そのままお互いの舌が絡み合い口づけというには乱暴なものへと変わる。
「んぢゅ、んぅ……ぷはぁ、はぁ、はぁ、クラージュ……もう、我慢できそうに、ない」
その言葉でついにジェネルーと繋がった。ジェネルーの膣はすんなりと僕のモノを受け入れると離さないようにきつく締め上げてくる。少し動かしただけで下腹部から強い快感が伝わってきた。
「んあああ」
それはジェネルーも同じようで、嬌声が溢れる。
「もっと、動いても、ああああ」
話の途中で強く突き上げた。
「ずっと、ずっと、こうしたかった」
そう言ってジェネルーは強く抱きしめてくる。突き上げるたびに素直に気持ちを吐露してくれるのが嬉しくて、動きはますます乱暴になる。
「クラージュ、クラージュぅ」
それでもジェネルーは全てを受け止めた。僕の名前をつぶやきながら、しがみつく腕には一層力がこもる。
「クラージュ、もう」
やがて訪れる絶頂の兆しを互いに感じ、絶頂に向けて激しく体を重ねる。
「ダメ、もう、イッ――――」
ジェネルーの膣が一際強く僕のモノを締め付け、同時に僕も限界を迎えた。
「はぁ、はぁ、熱いの……感じる」
惚けたようにつぶやくジェネルーに覆いかぶさるように倒れ込む。気持ちのいい倦怠感とジェネルーの匂いに包まれながら、僕はそのまま眠りに落ちた。
目を覚ますと見慣れぬ天井が飛び込んできた。視線を感じて横を向くと、すぐ近くにジェネルーの顔があった。
「やっと目が覚めた?」
柔らかいその笑顔に思わず見惚れる。
「えっと、今何時?」
「もうすぐ夜明けだ」
僕がここに来たのは日が落ちる前だ。
「ごめん随分寝ちゃったみたいだ」
「なぜ謝る?」
「だって、せっかく来たのにあんなことしかせずに……」
同時に昨夜のできことが思い出される。本当にジェネルーを抱いたのだろうか。夢ではないのだろうか。
「ジェネルー、その……」
「ん? どうした?」
「昨日のこと夢じゃないよね?」
僕の言葉に、もう見慣れてしまったリアクションをとってジェネルーは言った。
「本当に、君はばかだなぁ。一度しか言わないからな?」
そう言うとジェネルーは顔を近づける。
「大好きだぞ、クラージュ」
一瞬だけ温かいものが頬に触れた。ふと左手に違和感があって持ち上げてみると、小指にリボンが結ばれている。その端を目で追うとジェネルーの小指に継っていた。
「ハッピー、バレンタイン」
13/02/16 00:02更新 / ash