海底の記憶
海沿いのとある町。 緑豊かな山と、恵み豊かな海に挟まれたこの町には、二つの信仰が存在しました。 一つは山の神。古くからこの町の人々に崇められ、信仰の対象とされてきた龍神を祀る神社。 一つは海の神。十数年前にこの町の海にやってきた、流れ者の神。乙姫を筆頭とする、海底の城、竜宮城でした。しかし、この町の生活には欠かせない多くの海の恵みをつかさどる神となりました。 二つの神は、多くの人々に感謝され、あがめられ、愛されていました。 「さっさと起きなさーーい!!!何時だと思ってるんですかー!?」 朝日が鋭角に城に射し込む時間。 とある竜宮城の城主の寝間の襖を、力一杯開け放ちながら叫ぶ海和尚が居た。 「う〜ん、あと、5年…」 「いいからさっさと起きる!!」 「あぁぁ、布団取らないで〜。」 容赦なく掛け布団を剥ぎ取られた城主の、悲壮感溢れる叫びを無視して、海和尚は部屋へ踏み込んで窓を開け放った。 「ほら!もう朝なんですからシャキッと起きてください!」 「ひどいよぉ碧(みどり)、なんでこんな意地悪するの?」 窓から射し込む光に目を覆いながら、城主は海和尚に批難の声をあげる。 「意地悪などではありません!美海(みなみ)様がいつまでもだらしがないのが悪いんですよ。」 そんな城主を無視して引き剥がした掛け布団を畳みながら、碧と呼ばれた海和尚は溜め息を吐く。 「いーじゃない。朝くらいゆっくりしましょうよ。」 「ゆっくりし過ぎです。いつもいつもぐーたらして、城の中に引き込もって旦那様とイチャイチャイチャコラして!こっちは独り身だっていうのに!」 「だったら早く男見つければいーじゃない。ほとんど毎晩宴開いてるんだから…」 「その運営だって美海様のお仕事でしょ!私だって遊びたいですよ!仕事してください!」 「あーあー、聞こえませーん」 すさまじい早さでまくし立てる碧に、美海は両耳を手で塞いでそっぽを向く。 「…?何あれ?」 そっぽを向いた視線の先、幻想的に揺れる日の光が、海の中にゆっくり沈んでくる何かを照らしていた。 「こらー!!ちゃんと聞いてください!旦那様が居るときは別人のように働くのに…」 「碧!あれ見て!」 「むむ!そんな古風な手に引っ掛かりませんよ!」 「いいから見て!人が沈んでる!」 そう叫んだ次の瞬間には、美海は驚くような早さで城の窓から飛び出していた。 それを見た碧も慌てて後を追う。 近づいてみると、それは少年だった。 水面へと弱々しく手を伸ばしている。海に落ちる前に怪我をしたのか、頭から出血しているようだった。 優しく少年の体を抱き抱えると、まるで魂が抜けるように口から大きく空気が抜けていった。 それを見て、美海は戦慄する。 もはや一刻の猶予も無い。 慌てて後方を振り返ると、碧がようやっと追い付いたところだった。 「碧!お願い!」 今にも泣き出しそうな顔の美海の気迫に、碧は状況を察して頷いた。 「はい。直ちに!」 |
||
|
||