天上天下の珍味より
むかしむかし、あるところ『ひとつの神様』ありにけり。
曰く『人以外の全ての獣は全て人の家畜なり』と仰せにけり。
すなわちその身にけもののしるしを持つもの全て家畜なり。
鳥の羽、牛の角、蛇の鱗、すなわち化生の娘は家畜であり悪魔なり。
それを害する事は功徳なることである。
化生の娘ら大いに嘆く。
傷つけ食らう邪悪な振る舞いなどはなく、彼女ら全て一人の男(お)の子を愛することのみ望み。
愛するものと引き裂かれ、時には死別も強いられる、苦難の時代であったとな。
夢の死んだその時代、はるけき東の噂話。
そこは暑くて寒くて葉っぱが赤くて桃色可憐な花が咲く、華やぐ水の国なりと。
『ひとつの神様』司祭様、東の海のはるけき彼方、華やぐ水の国に行く。
東の国の民草は、ようこそおいでくださいました、食事を与えて家築き、雛鳥見やる親鳥のように甲斐甲斐しく振舞った。
『この地にひとつの神様の、おわす神殿作りたし』
東の国の王子様、それに頷き神殿作る。
ところがどっこい『ひとつの神様』司祭様、当ては大変大はずれ。
東の国に、神様おわす。その数なんと八百万(やおよろず)。
『ひとつの神様』司祭は怒る。
『この世におわすかみさまは、ひとつの神様ただ一つ。他の神のやしろを壊し、わが神殿の柱とせよ』と。
東の国の王子様、それにはっきりお断り。
怒り狂った司祭様、王子様をお縄にかけて『王子の命惜しければ、今すぐやしろを灰にせよ』
やさしい国の民草達、きっと自ら槌を取り、やしろを壊すに違いない。
しかし王子はお縄を抜けて、孤剣一つで獅子奮迅。
優しいだけであるものか、孤軍奮闘勇者の如し。
怒り狂った司祭どの、命一つで逃げ帰り、無様きわまる生き恥よ。
今宵も酒場でけしからぬぞと、ぐだぐだぐだぐだくだを巻く。
東の国の民草達は、やさしいやさしい人ばかり。
会ってみたいな王子様。
行こうか行こうか東の国へ。
『ひとつの神様』いるところ、我らに寝床はありやせぬ。
震えて怯えて生きるより。
東の国へ、行きたいな。
東の国で、逝きたいな。
東の国のその噂、飛ぶ鳥めいて伝わって。
集まったのは化生の娘ら、その愛する男(お)の子含め、十が百へと百が千へと。
船を用立て東の海へ。
愛する人とその国で、怯えず震えず暮らしたい。
愛する人をその国で見つけ、怯えず震えず暮らしたい。
東の国の王子様、『ひとつの神様』仕返し恐れ、今日も海原睨みつけ。
ある日見えたよやってきた。
風雷凌いで海を越え、西の船がやってきた。
よろしいならば戦争だ。
いよいよ仕返しに来たか、王子の言葉に従って、誰もが弓もて戦支度。
戦のほら貝鳴り響き、東の国のますらお達は、待っていたぞと微笑んだ。
されどもその船何もせず、何かがこちらへ飛び立った。
鳥妖の娘空を飛ぶ。鍵爪の先に白旗掲げ、痩せ細った羽広げ、こっちへ来るぞふらふらと。
ますらお大いにいぶかしむ。
あれは何ぞや娘か鳥か。化生の娘を始めて見、誰も彼もがいぶかしむ。
東の国の王子様、まず危険には俺が行く。一歩進んで前に行く。
西の彼方の鳥妖は、恥ずかしくてたまりゃせぬ。
つややかあざやかきらびやか、極彩色のその羽は、いまやくすんで見る影もなし。
あばらの浮いたその体、苦難の渡航を物語る。
凛々しく綺麗な王子を前に、しばし我が身を省みる。
みすぼらしや、我が姿。みすぼらしや、我が翼。ああ、恥ずかしや、今すぐいずこへ飛び去りたい。
苦難の旅路で喉は枯れ、美しかったその声も、今や醜くひび割れて。
されど喉が枯れようと、ひび割れた声で訴える。
「東の国の王子様、西の娘にございます。
石もて追われ、家を焼かれる暮らしに耐えかね、縋る思いで流れてきました。
どうかお救いくださいまし」
それは東の国の異国の言葉。
鳥妖の娘使者として、よく物事忘れがち、足りない頭一杯に、山ほど言葉を詰め込んで、一言たりとも間違えず。
見目妖しき娘であった。鳥の翼に鍵爪は、間違うことなき異形なり。
されども王子は鳥妖の、娘のその眼の意味を知る。
嗚呼むかし見たことがある。
父(てて)なし母(かか)なしおうちなし。いくさで全て失った、みなしごの瞳なり。
さてさて、あやしき。
されど、不憫。
王子は我が手が汚れることも厭わずに、垢塗れの娘に対し、いとおしげに掻き抱く。
「よう此処まで飛んでまいった、後は全て任せたまえよ」
王子は一声答えると、自ら小船で乗り出した。
化生の娘ら震えながら、望みをかけて訴えた。
ここが東の国なるか。
我らの約束の地なのか。
王子胸張り答えて曰(いわ)く。
「ここがうぬらの約束の地か、それは我には分からぬ事ぞ。
なれど此処こそ約束の地と、いつか必ず言わせてみせる。
天命そなたら導いた。これより先の事柄は、人が人事を尽くす番なり」
食いなせ食いなせ山ほど食いなせ。
可愛い(めごい)娘ら不憫な事じゃと頭撫で。
ほれ綺麗な尻尾や角にはこれが合う、異形に合わせて服(べべ)仕立て。
きらきらした鱗じゃのうと、鱗に合わせた色に服染め。
変わっていると言われてしまい、怯えて震える化生の娘。でも美しいと続けられ。
泣かせてしもうた驚く男に、違う、違うと言おうとしても、感極まって胸詰まり、ただ首振るしか出来ずじまい。
わしらはいい、いい、飯は良い。わしらの分も食いなっせ。
飯食い水飲み早めに眠れ。そうすりゃ大抵なんとかなる。
追い立てる馬蹄の音も。弓矢が狙うあの音も。海の彼方においてきた。
化生の娘ら驚いた。優しくされて驚いた。
ありゃこりゃいかんと娘ら泣いた。
何を食っても塩味じゃ、涙の滲む、塩味じゃ。
今や誰もが疑わぬ。約束の地は此処ぞ。
奇跡も不思議もありはせぬ。
人々汗水流して築く、これぞ本物の楽園ぞ。
そうして少し後のこと。
再び海に船見えた。大きな帆を上げ兵を乗せ、『ひとつの神様』仕返しに。
化生の娘ら悪しきもの。
そっ首刎ねて引き渡せ。
中指立てて王子は笑う。
お前を殺してその首を、お望み通りにしてやろう。
あわれな娘ら追い詰めて、よくも苛めて泣かせたな。
懐に入れた窮鳥を、なんで今更見殺せる。
ますらお達は王子に従い、あわれな娘ら守るため、海の上を赤くする。
先陣を切るは王子様。
戦陣で斬るは王子様。
前に立つ奴ぁ斬り殺す。
後ろにいる奴ぁ後で殺す。
この戦場から逃げた奴ぁ、首を洗って待っていろ。
『ひとつの神様』しもべたち、命からがら逃げ出した。
娘ら守るその背中。鳥妖の娘ときめいた。
ずっと前からときめいていた、今日も新たにときめいた。
化生の娘ら落ち着いた。
たどり着けぬと思っていたが、一人も欠けずにたどり着く。
寝床はぬくいしご飯は沢山。
ここは優しい人ばかり。
一月経って、二月経って。
化生の娘ら、疲れがようやく抜け切って。
……されど新たな悩み沸く。
飯を食いなせ服着なせ、此処は飢えと寒さに無縁の地。
あったかぬくもり優しい地。
けれども一人寝が辛い。
天上天下の珍味より、愛しい人とのくちづけが良い。
怯える夜は消え去った。されど一人が辛いのだ。
今は我慢じゃ辛抱じゃ。化生の娘ら今日も耐え。
ようやく行き着く約束の地。ようやく出合った愛しい人ら。
愛しの男(お)の子の精が欲しい。それこそ何より馳走なり。
化生の性は変えられやせぬ。もし嫌われたなら、どうしよう。
離れたくない去りたくない。
だけれど、もしもあの人に、精が欲しいと訴えて。愛していないと去られたら、もはやこの世に未練なし。
今は我慢じゃ辛抱じゃ。嫌われたくない今日も耐え。
鳥妖の娘盗み見る。木陰の傍から王子見る。
東の国の王子様、貴方のたまごを生みたいな。
つややかあざやかきらびやか、極彩色の我が羽よ。
美しき我が翼、美しき我が声よ。
けれど言葉が出てこない。
愛していますと出てこない。
一人寂しく枕を濡らす。
東の国の王子様、鳥妖の娘気にかける。
いまだ晴れぬは娘の憂い、何か手落ちがあったのか。
文を飛ばして人をやり、手落ちはないかと聞き回る。
東の国に隠れ住む、化生の娘を探してまわり、何が足らぬと聞いてゆく。
稲荷、土蜘蛛、雪女。鬼にあかなめ、大百足。
東の国の化生の娘ら、みんなそろって言葉を合わせ、王子の問いに答えて曰く。
『天上天下の珍味より、愛しい人とのくちづけが良い』
東の国の王子様、そう言うことかと膝を打つ。
憂いの顔の鳥妖の娘、愛しい人がいるのだと、馬駆り野行き、昼夜駆け。
東の国の王子様、大勢集めて宴を開く。
大声張り上げて曰く。
「好いた男がおるならば、夫婦になっても構わぬぞ」
王子の一声広がって、化生の娘ら音を聞く。
ぶちんぶちんと千切れる音は、理性の糸が、切れる音。
化生の娘ら声をあげ、あの人欲しいの内なる声に、抗わぬまま従った。
王子の一声後押しになり、しんぼうならぬと言い出した。
いくさじゃいくさじゃおおいくさじゃ。
夜のいくさのはじまりじゃ。
東の国のますらおは、乱心したかとおどろいた。
されど如何なるもののふも、裸女の群れには勝てやせぬ。
乳房を肌蹴て微塵も隠さぬ、その艶姿に大いにひるむ。
はよう急いで胸隠さぬか、乳首が見えておるではないか。
東の国のますらおは、おなごに優しい人ばかり。
男(お)の子の視線は恥ずかしかろうと、目を閉じ俯き背を向けて。その隙突かれて押し倒されて。
刃を落とし、鼻血吹き。自前の槍をしごかれて。
男(お)の子にまたがる化生の娘ら、腰振り乳揺れややこが欲しいと甘えだす。あなたが欲しいと締め付ける。
勇猛果敢のもののふも、化生の娘らきらっておらず、溜まらず腰振る精を出す。そのままの意味で精を出す。
東の国の王子様、
「なにがどうしてこうなった」
唖然とするも、後祭り。
良かれと思った一言で、今や宴は初夜の国。右も左もまぐわいだらけ、いたたまれぬぞと背を向ける。
ふと上より物音を聞き、はっと星空見上げれば、ばっさばっさと羽の音。
鋭い鍵爪ひらめいて、王子様を引っ掛ける。
東の国の王子様、鳥妖の娘見上げたり。
「好いた男はおらぬのか」
「あなたのたまごを生みたいです」
東の国の王子様、にぶちん鈍感唐変木。
されどはっきり言葉にされて、大いにうろたえ困り果て。
俺で良いのか尋ねると、貴方が良いのと答えられ。
ばっさばっさと空を飛ぶ。
下で広がる初夜の国、見下ろしながら空を飛ぶ。
西の国からやってきた、船の天辺見張り台。
鳥妖の娘の性なのか、高いところに連れ去って、これで邪魔者入りませぬぞ、嬉しげ楽しげ微笑んで。
いくさじゃいくさじゃおおいくさじゃ。
夜のいくさのはじまりじゃ。
東の国の王子様、ほんとに良いのか戸惑うも、鳥妖の娘答えて曰く。
「天上天下の珍味より、愛しい人とのくちづけが良い」
いくさじゃいくさじゃおおいくさじゃ。
夜のいくさのはじまりじゃ。
東の国の王子様、鳥妖の娘を嫁に取る。
おめでとうとの祝いの声に、鳥妖の娘微笑んだ。
珠のような子供を抱え、王子様に微笑んだ。
「東の国の王子様、貴方の腕の中こそが、わたしの約束の地なり」
こうして東の国の王子様、西の国の鳥娘、幸せ一杯末長く、微笑みながら暮らしたそうな。
めでたし。めでたし。
曰く『人以外の全ての獣は全て人の家畜なり』と仰せにけり。
すなわちその身にけもののしるしを持つもの全て家畜なり。
鳥の羽、牛の角、蛇の鱗、すなわち化生の娘は家畜であり悪魔なり。
それを害する事は功徳なることである。
化生の娘ら大いに嘆く。
傷つけ食らう邪悪な振る舞いなどはなく、彼女ら全て一人の男(お)の子を愛することのみ望み。
愛するものと引き裂かれ、時には死別も強いられる、苦難の時代であったとな。
夢の死んだその時代、はるけき東の噂話。
そこは暑くて寒くて葉っぱが赤くて桃色可憐な花が咲く、華やぐ水の国なりと。
『ひとつの神様』司祭様、東の海のはるけき彼方、華やぐ水の国に行く。
東の国の民草は、ようこそおいでくださいました、食事を与えて家築き、雛鳥見やる親鳥のように甲斐甲斐しく振舞った。
『この地にひとつの神様の、おわす神殿作りたし』
東の国の王子様、それに頷き神殿作る。
ところがどっこい『ひとつの神様』司祭様、当ては大変大はずれ。
東の国に、神様おわす。その数なんと八百万(やおよろず)。
『ひとつの神様』司祭は怒る。
『この世におわすかみさまは、ひとつの神様ただ一つ。他の神のやしろを壊し、わが神殿の柱とせよ』と。
東の国の王子様、それにはっきりお断り。
怒り狂った司祭様、王子様をお縄にかけて『王子の命惜しければ、今すぐやしろを灰にせよ』
やさしい国の民草達、きっと自ら槌を取り、やしろを壊すに違いない。
しかし王子はお縄を抜けて、孤剣一つで獅子奮迅。
優しいだけであるものか、孤軍奮闘勇者の如し。
怒り狂った司祭どの、命一つで逃げ帰り、無様きわまる生き恥よ。
今宵も酒場でけしからぬぞと、ぐだぐだぐだぐだくだを巻く。
東の国の民草達は、やさしいやさしい人ばかり。
会ってみたいな王子様。
行こうか行こうか東の国へ。
『ひとつの神様』いるところ、我らに寝床はありやせぬ。
震えて怯えて生きるより。
東の国へ、行きたいな。
東の国で、逝きたいな。
東の国のその噂、飛ぶ鳥めいて伝わって。
集まったのは化生の娘ら、その愛する男(お)の子含め、十が百へと百が千へと。
船を用立て東の海へ。
愛する人とその国で、怯えず震えず暮らしたい。
愛する人をその国で見つけ、怯えず震えず暮らしたい。
東の国の王子様、『ひとつの神様』仕返し恐れ、今日も海原睨みつけ。
ある日見えたよやってきた。
風雷凌いで海を越え、西の船がやってきた。
よろしいならば戦争だ。
いよいよ仕返しに来たか、王子の言葉に従って、誰もが弓もて戦支度。
戦のほら貝鳴り響き、東の国のますらお達は、待っていたぞと微笑んだ。
されどもその船何もせず、何かがこちらへ飛び立った。
鳥妖の娘空を飛ぶ。鍵爪の先に白旗掲げ、痩せ細った羽広げ、こっちへ来るぞふらふらと。
ますらお大いにいぶかしむ。
あれは何ぞや娘か鳥か。化生の娘を始めて見、誰も彼もがいぶかしむ。
東の国の王子様、まず危険には俺が行く。一歩進んで前に行く。
西の彼方の鳥妖は、恥ずかしくてたまりゃせぬ。
つややかあざやかきらびやか、極彩色のその羽は、いまやくすんで見る影もなし。
あばらの浮いたその体、苦難の渡航を物語る。
凛々しく綺麗な王子を前に、しばし我が身を省みる。
みすぼらしや、我が姿。みすぼらしや、我が翼。ああ、恥ずかしや、今すぐいずこへ飛び去りたい。
苦難の旅路で喉は枯れ、美しかったその声も、今や醜くひび割れて。
されど喉が枯れようと、ひび割れた声で訴える。
「東の国の王子様、西の娘にございます。
石もて追われ、家を焼かれる暮らしに耐えかね、縋る思いで流れてきました。
どうかお救いくださいまし」
それは東の国の異国の言葉。
鳥妖の娘使者として、よく物事忘れがち、足りない頭一杯に、山ほど言葉を詰め込んで、一言たりとも間違えず。
見目妖しき娘であった。鳥の翼に鍵爪は、間違うことなき異形なり。
されども王子は鳥妖の、娘のその眼の意味を知る。
嗚呼むかし見たことがある。
父(てて)なし母(かか)なしおうちなし。いくさで全て失った、みなしごの瞳なり。
さてさて、あやしき。
されど、不憫。
王子は我が手が汚れることも厭わずに、垢塗れの娘に対し、いとおしげに掻き抱く。
「よう此処まで飛んでまいった、後は全て任せたまえよ」
王子は一声答えると、自ら小船で乗り出した。
化生の娘ら震えながら、望みをかけて訴えた。
ここが東の国なるか。
我らの約束の地なのか。
王子胸張り答えて曰(いわ)く。
「ここがうぬらの約束の地か、それは我には分からぬ事ぞ。
なれど此処こそ約束の地と、いつか必ず言わせてみせる。
天命そなたら導いた。これより先の事柄は、人が人事を尽くす番なり」
食いなせ食いなせ山ほど食いなせ。
可愛い(めごい)娘ら不憫な事じゃと頭撫で。
ほれ綺麗な尻尾や角にはこれが合う、異形に合わせて服(べべ)仕立て。
きらきらした鱗じゃのうと、鱗に合わせた色に服染め。
変わっていると言われてしまい、怯えて震える化生の娘。でも美しいと続けられ。
泣かせてしもうた驚く男に、違う、違うと言おうとしても、感極まって胸詰まり、ただ首振るしか出来ずじまい。
わしらはいい、いい、飯は良い。わしらの分も食いなっせ。
飯食い水飲み早めに眠れ。そうすりゃ大抵なんとかなる。
追い立てる馬蹄の音も。弓矢が狙うあの音も。海の彼方においてきた。
化生の娘ら驚いた。優しくされて驚いた。
ありゃこりゃいかんと娘ら泣いた。
何を食っても塩味じゃ、涙の滲む、塩味じゃ。
今や誰もが疑わぬ。約束の地は此処ぞ。
奇跡も不思議もありはせぬ。
人々汗水流して築く、これぞ本物の楽園ぞ。
そうして少し後のこと。
再び海に船見えた。大きな帆を上げ兵を乗せ、『ひとつの神様』仕返しに。
化生の娘ら悪しきもの。
そっ首刎ねて引き渡せ。
中指立てて王子は笑う。
お前を殺してその首を、お望み通りにしてやろう。
あわれな娘ら追い詰めて、よくも苛めて泣かせたな。
懐に入れた窮鳥を、なんで今更見殺せる。
ますらお達は王子に従い、あわれな娘ら守るため、海の上を赤くする。
先陣を切るは王子様。
戦陣で斬るは王子様。
前に立つ奴ぁ斬り殺す。
後ろにいる奴ぁ後で殺す。
この戦場から逃げた奴ぁ、首を洗って待っていろ。
『ひとつの神様』しもべたち、命からがら逃げ出した。
娘ら守るその背中。鳥妖の娘ときめいた。
ずっと前からときめいていた、今日も新たにときめいた。
化生の娘ら落ち着いた。
たどり着けぬと思っていたが、一人も欠けずにたどり着く。
寝床はぬくいしご飯は沢山。
ここは優しい人ばかり。
一月経って、二月経って。
化生の娘ら、疲れがようやく抜け切って。
……されど新たな悩み沸く。
飯を食いなせ服着なせ、此処は飢えと寒さに無縁の地。
あったかぬくもり優しい地。
けれども一人寝が辛い。
天上天下の珍味より、愛しい人とのくちづけが良い。
怯える夜は消え去った。されど一人が辛いのだ。
今は我慢じゃ辛抱じゃ。化生の娘ら今日も耐え。
ようやく行き着く約束の地。ようやく出合った愛しい人ら。
愛しの男(お)の子の精が欲しい。それこそ何より馳走なり。
化生の性は変えられやせぬ。もし嫌われたなら、どうしよう。
離れたくない去りたくない。
だけれど、もしもあの人に、精が欲しいと訴えて。愛していないと去られたら、もはやこの世に未練なし。
今は我慢じゃ辛抱じゃ。嫌われたくない今日も耐え。
鳥妖の娘盗み見る。木陰の傍から王子見る。
東の国の王子様、貴方のたまごを生みたいな。
つややかあざやかきらびやか、極彩色の我が羽よ。
美しき我が翼、美しき我が声よ。
けれど言葉が出てこない。
愛していますと出てこない。
一人寂しく枕を濡らす。
東の国の王子様、鳥妖の娘気にかける。
いまだ晴れぬは娘の憂い、何か手落ちがあったのか。
文を飛ばして人をやり、手落ちはないかと聞き回る。
東の国に隠れ住む、化生の娘を探してまわり、何が足らぬと聞いてゆく。
稲荷、土蜘蛛、雪女。鬼にあかなめ、大百足。
東の国の化生の娘ら、みんなそろって言葉を合わせ、王子の問いに答えて曰く。
『天上天下の珍味より、愛しい人とのくちづけが良い』
東の国の王子様、そう言うことかと膝を打つ。
憂いの顔の鳥妖の娘、愛しい人がいるのだと、馬駆り野行き、昼夜駆け。
東の国の王子様、大勢集めて宴を開く。
大声張り上げて曰く。
「好いた男がおるならば、夫婦になっても構わぬぞ」
王子の一声広がって、化生の娘ら音を聞く。
ぶちんぶちんと千切れる音は、理性の糸が、切れる音。
化生の娘ら声をあげ、あの人欲しいの内なる声に、抗わぬまま従った。
王子の一声後押しになり、しんぼうならぬと言い出した。
いくさじゃいくさじゃおおいくさじゃ。
夜のいくさのはじまりじゃ。
東の国のますらおは、乱心したかとおどろいた。
されど如何なるもののふも、裸女の群れには勝てやせぬ。
乳房を肌蹴て微塵も隠さぬ、その艶姿に大いにひるむ。
はよう急いで胸隠さぬか、乳首が見えておるではないか。
東の国のますらおは、おなごに優しい人ばかり。
男(お)の子の視線は恥ずかしかろうと、目を閉じ俯き背を向けて。その隙突かれて押し倒されて。
刃を落とし、鼻血吹き。自前の槍をしごかれて。
男(お)の子にまたがる化生の娘ら、腰振り乳揺れややこが欲しいと甘えだす。あなたが欲しいと締め付ける。
勇猛果敢のもののふも、化生の娘らきらっておらず、溜まらず腰振る精を出す。そのままの意味で精を出す。
東の国の王子様、
「なにがどうしてこうなった」
唖然とするも、後祭り。
良かれと思った一言で、今や宴は初夜の国。右も左もまぐわいだらけ、いたたまれぬぞと背を向ける。
ふと上より物音を聞き、はっと星空見上げれば、ばっさばっさと羽の音。
鋭い鍵爪ひらめいて、王子様を引っ掛ける。
東の国の王子様、鳥妖の娘見上げたり。
「好いた男はおらぬのか」
「あなたのたまごを生みたいです」
東の国の王子様、にぶちん鈍感唐変木。
されどはっきり言葉にされて、大いにうろたえ困り果て。
俺で良いのか尋ねると、貴方が良いのと答えられ。
ばっさばっさと空を飛ぶ。
下で広がる初夜の国、見下ろしながら空を飛ぶ。
西の国からやってきた、船の天辺見張り台。
鳥妖の娘の性なのか、高いところに連れ去って、これで邪魔者入りませぬぞ、嬉しげ楽しげ微笑んで。
いくさじゃいくさじゃおおいくさじゃ。
夜のいくさのはじまりじゃ。
東の国の王子様、ほんとに良いのか戸惑うも、鳥妖の娘答えて曰く。
「天上天下の珍味より、愛しい人とのくちづけが良い」
いくさじゃいくさじゃおおいくさじゃ。
夜のいくさのはじまりじゃ。
東の国の王子様、鳥妖の娘を嫁に取る。
おめでとうとの祝いの声に、鳥妖の娘微笑んだ。
珠のような子供を抱え、王子様に微笑んだ。
「東の国の王子様、貴方の腕の中こそが、わたしの約束の地なり」
こうして東の国の王子様、西の国の鳥娘、幸せ一杯末長く、微笑みながら暮らしたそうな。
めでたし。めでたし。
15/11/23 15:32更新 / オッパイダイスキ