読切小説
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私の問題
「よくここまで来たわね」
 迷宮の最下層、主の部屋。玉座に座る私の前に、金色に輝く鎧に身を纏った一人の勇者が姿を見せた。
「貴女がこの迷宮の主ですか?」
 勇者の問い掛けに私は立ち上がりながら答えた。
「その通りよ。我が名はルルナ。偉大なるメドゥーサにして最強の魔導師」
「ッ!貴女が、あの『黒神の蛇神』と言われた」
「さて、貴男の目的は何かしら?私を倒して名声を手に入れたいの?」
 勇者は首を横に振ると背負っていた大剣を抜き放ち私に答える。
「僕が此処に来たのは、この迷宮の主に挑戦するためです。僕との勝負を受けてくれますか?」
「その勝負、受けましょう」
 答えとともに私は魔力を解放する。火球、氷槍、雷球。それらが次々と私の周りに現れる。そして髪の蛇が威嚇を始める。
 対して勇者は大剣を体の正面で構える。
「一応伝えておきます。石化封じの指輪をしていますので安心して下さい」
「解ったわ。それでは、始めましょう」
 尻尾を一度持ち上げ、床に打ち付ける。
 部屋中に響き渡る音が勝負開始の合図となった。

 撃ち出した魔法が勇者に襲い掛かる。次々と迫る魔法に向けて勇者は大剣を振るう。剣圧から生み出された真空の刃が迫る魔法を切り裂く中、勇者が走り出す。驚異的な速さで迫る勇者。私も床を滑るようにその場から右に移動しながら、片腕を振る。右腕を振り生み出した数十個の火球。その全てを勇者に向けて撃ち出し、勇者を睨みつける。勇者も身体を右側に傾け追跡すると見せ掛けるとその場に急停止を試みる。左足を床に打ち込む様に踏み込み、勢いそのままに身体を回転させる。真空の刃が火球を切り裂く。さらに視線で生まれた背後から迫る氷槍を大剣で切り落とす。回転を終えた勇者は床に埋まり込んだ左足を引き抜き、私に顔を向ける。
「さすがですね」
「貴男もね」
 お互いに笑顔を見せ合い、構え合う。
 私の周りに生まれる無数の雷球が不規則な動きで勇者に向かう。
 勇者は居合切りの様に構えるとそのまま走り出す。
 雷球が床に撃ち当たり、爆音と閃光が辺りを覆う。それを物ともせず勇者は駆け抜ける。駆け抜ける勇者に対して私は両手を上に揚げる。頭上に現れる巨大な火球。踏み込んだ勇者の大剣が横に振られ、私の投げつけた巨大火球とぶつかる。閃光、爆音、熱風。それらが辺り一面に荒れ狂う。
 部屋中を荒れ狂ったそれらが治まったとき、私と勇者はすでに距離をとり合い見つめ合っていた。
 私は両手を広げ、勇者は大剣を正面に構え。
 そのまま構え続けて。睨み合い続けて。見つめ合い続けて。
 やがて二人に笑顔が浮かび上がる。
「さすがこの私に挑戦するだけのことは在るわね」
「いえ、まだまだ僕は未熟者です」
 高めていた魔力を治めていく私に合わせて、勇者も大剣を背中にしまう。
「・・・すみません。実は貴方にお願いが有ります」
「何かしら?」
 顔を赤くして話す勇者に私は、期待を高まらせる。私が予想し、期待していた言葉。もしかしてと思い耳を傾ける。
 そして勇者は言葉にして私に告げた。
「貴女のことを好きになりました。どうか僕と結婚して下さい」
 予想していた言葉に私は笑顔に成りかけ、あわてて気を引き締めると横を向き声を低くする。
「どうしてそうなるのかしら?」
 私の質問に勇者は言葉を選びながら答える。
「闘っているうちに気づいてしまったんです。貴女の美しさに。そしてその美しさに魅かれる僕自身に」
 背負っていた大剣を鞘ごと床に置くと勇者は片膝をつき頭を下げて宣言した。
「どうか私を貴女だけの騎士とすることをお許しください」
 頭を下げ続ける勇者を見て、私は内心の嬉しさを隠しながら答えた。
「そこまで言うのなら仕方がないわね。貴男の望みどおりにしてあげるわ。感謝しなさい」
「あ、ありがとうございます」
 勇者は万感の思いで答えると私の手に口づけをして夫になることを誓った。


「・・・て、なるはずだったのに」
 私が話した将来予想図に妖狐とオークは顔を見合わせそして二人して笑い出した。
 
 街にあるカフェ。お昼に差し掛かった時間のため入店している客は少ない。だから私は此処に来ていた。店の奥にあるテーブルに向かうとケーキセットを注文した。そして注文の品が来るのを待つのだが。その間、出てくるのはため息ばかり。テーブルの上にケーキセットが来てもそのままだ。そしたら向こうの席でお茶をしていた二人がやってきた。妖狐のお姉さんはリリンとオークのお姉さんはピッキーと自己紹介してきた。私も自己紹介した。
 ピッキーお姉さんが心配な顔をして私に質問してきた。
「どうしたの?」
「困っているのならお姉さんに話して御覧なさい」
 リリンお姉さんの真剣な表情に私はため息の理由を話した。
「実は冒険者の彼が私のことを見てくれなくて・・」
「そっか。冒険者の彼が・・・」
「酷いわね。こんなかわいい子が頑張っているのに」
 私の言葉を聞くと二人とも腕を組んで頷いた。
「ところでルルナちゃん。貴女、どんな風に告白されたかったの?」
 そこででたリリンお姉さんの質問に私は意気揚々と話し始めたのだが・・・

「酷い!笑うこと無いじゃないですか!」
 私の抗議の声に漸く二人は笑うのを止めたが、ピッキーお姉さんは肩を震わせリリンお姉さんは目尻に涙を浮かべている。
「ご、ごめんね。もの凄く乙女過ぎて」
「今どき純情過ぎるわよ」
「な、何よ!私の勝手でしょ!いい加減にしないと石にす・・」
「ルルナちゃん、ショートケーキとチーズケーキどっちがいい?」
「ショートケーキ!」
 リリンお姉さんに聞かれた私は打てば響く様に答えた。そうしてピッキーお姉さんがウエイトレスさんに三人分注文して待つ間、私は笑顔でいた。鼻歌を歌い尻尾をピコピコ振る。やがてテーブルにショートケーキが来ると、フォークを手にして声を出した。
「いただきまーす」
「・・・ねえ、ルルナちゃん。よかったら、このイチゴあげようか?」
「え、本当?」
「よし。それじゃ、私のもあげちゃうわね」
「わー。ありがとう、リリンお姉ちゃん!」
 イチゴが三個乗ったショートケーキに私は上機嫌だ。髪の蛇たちも嬉しそうに鳴いていた。
 
 リリンとピッキーはそれを見て思った。
((何、このおかしな生き物は))

 ショートケーキを食べ終えた私は紅茶を飲んでいた。リリンお姉さんとピッキーお姉さんが何かヒソヒソと内緒話をしている。何を話しているのか気になったけど、私が訊ねると笑いながら話してくれた。
「今ね、ルルナちゃんのために相談しているの」
「そうそう、私たちに任せて。ルルナちゃんは紅茶でも飲んで待っててちょうだい」
「うん。私、待ってるね」
 だから、わたしは鼻歌を歌いながら待っていた。
 
 そんなルルナを見てリリンとピッキーは再び話し始めた。
「それで、どう思います?」
「うーーん」
 リリンが腕を組んで考え込む。
「ルルナちゃんのお相手、デルク君だったわよね」
「はい。たしか『亀蛙』と言うあだ名で」
「一応聞いたことがあるわ。あんまりよく知らないんだけど」
「では『下戸の蛙』では?」
「ああ、それなら知ってるわ。顔はそこそこなんだけど飲めないんでパスしてたんだわ」
 リリンは苦笑いした。酒好きの彼女ならではといったところだ。
「アンタは知っているの?」
「はい。私もギルドに登録していますから」
「でもアンタ、そのデルク君に口説かれたって言わなかったわよね?」
 リリンの言葉にピッキーは頷いた。
 ピッキーはギルド内で一番の巨乳を持っていた。歩くたびにブルンブルンと揺れるそれはスイカの一言で表せるほどだ。実際、ギルド内での彼女のあだ名は『スイカ』だ。ちなみに既婚者で夫も同じギルドに所属していた。
「ルルナちゃんの話だと巨乳好きらしいけど」
「初対面の人は必ず私のことを口説くんですけどね」
 胸を張って自慢するピッキーにリリンは、ふむと頷いた。
 そんな時ルルナが声を掛けてきたので、ピッキーはチーズケーキを頼んであげた。
「チーズケーキ♪チーズケーキ♪」
 口ずさむルルナを見て二人は頷いた。
「確認してみましょう」
「それがいいわね」

 運ばれて来たチーズケーキに私が食べようと手を出したとき。
「ルルナちゃん、ちょっといいかしら」
「?、何ですか?」
 聞かれた私はピッキーお姉さんに顔を向ける。
「ルルナちゃんのお母さんもメドゥーサなの?」
「?、もちろんそうですよ」
「ちなみにツンデレって知ってるわね」
「もちろんですよ!私、メドゥーサなんですから」
 出された質問に私は少し怒りながら答えた。それから目の前を見て私は首を傾げた。チーズケーキがお皿の上から消えていたからだ。
「私のチーズケーキは?」
「チーズケーキ?」
「何のこと?」
 私の質問に二人は聞き返してきた。
「だ、だって!私の前に・・・」
「何を言ってるの、ルルナちゃん」
「まだ、来てないわよ」
「え、そうなの?」
「そうよ。まだ来てないわ」
「勘違いしちゃって」
「そ、そうなのかな」
 私は首を捻って目を瞑り考てえみた。
「違うよ!やっぱり来ているは・・・・あれ?」
 私は目をパチクリさせた。チーズケーキがお皿の上にあったからだ。
「どうしたのルルナちゃん」
「え、だって・・・あれ?」
「ルルナちゃんが目を瞑っている間に来たのよ」
「そうなんだ・・・・じゃあ、いただきまーす」
 声を上げて私は食べ始めた。
 

 ケーキを食べ終えたルルナにピッキーが質問を始める。
「ルルナちゃん、今から聞きたいことがあるから正直に答えてね」
「うん、いいよ」
「・・・デルク君と出会ってから、ルルナちゃんはどんなアプローチをしてきたの?」
「まずね、街道で待ち伏せをしてみたわ」
「それで」
「襲い掛かってくるジャイアントアントの群れを二人で退治して褒められたんだよ」
「次は何をしたの」
「川に架かっている橋の上で待ち受けようとしたの」
「いい考えね」
「そしたら橋が流されていたんで、近くを通り掛かった人たちと一緒になって橋を新しく掛け直したんだよ。デルクったらね、私の頭を撫でてくれたんだ」
「それから」
「道の真ん中に落とし穴を作ろうとしたの」
「・・・それで」
「穴から出られなくなっちゃって、デルクに助けてもらったの」
「・・・・他には」
「お料理を作って差し入れしたの」
「成るほど、それで」
「すっごく美味しいって褒めてくれたんだよ。周りの人たちも美味しいって言ってくれたんだ」
「アルラウネの蜜とかギルタブリの毒とか・・・」
「だめだよ!そんなの入れたら。大切なのは愛情なんだから」
「・・・・・他には」
「デルクの泊まる宿屋に・・・」
「忍び込んだの?!」
「一緒に泊まったんだ」」
「も、もちろんベットに」
「うん私がベットで、デルクがソファーで」
「ど、どうして」
「女の子がベットで寝るのが当然だって言って私に譲ってくれたの」
「・・・・・次は」
「川で釣りをしていたから」
「背後から近づいて・・・」
「釣りを教えてもらったの」
「・・・・・・次は」
「依頼でラミアの抜け殻を探していたから」
「・・・抜け殻を渡したのね」
「うん、ちょうど脱皮の時期だったし」
「もちろん・・・」
「タダだよ。困ったときはお互い様だよね」
「・・・・・・・・」
「そういえばデルクって足がもの凄く速いんだ。あっと言う間に姿が見えなくなるんだよ」
「・・・周りに森とか家とか」
「うん、あるよ」
「・・・・・・・・」
「あとね胸が大きくなるようにホルスタウルスのミルクを飲んだり、マッサージもしているんだよ」
「・・・・・・・・」
「あとね・・・あれ?」
 返事が聴こえなくなったので、私は前を見た。ピッキーお姉さんとリリンお姉さんは固まっていた。
「ど、どうしちゃったの?」
 あわてて私は助けを呼ぼうとして周りに目を向けて、驚いた。カフェのマスターやウエイトレスさん、それに入店していたお客さんたち。全員が固まっていたからだ。
「もしかして私、知らない間に石化の能力がパワーアップし・・・」
「ま、待ちなさい。違うから」
 声とともに手を握られた。リリンお姉さんが私の手を握っていた。
「でも周りの・・・・」
「大丈夫よ。石化なら治療しない限り動けないはずでしょ」
「あ、そうだよね」
 リリンお姉さんの言葉に私は、漸く落ち着いた。
 程なくしてピッキーお姉さんも動き出した。
「ちょっと驚き過ぎたわね」
「私、何か驚くようなこと言いました?」
 私の質問にピッキーお姉さんは慌てた。
「あ、それはね、えーと・・・」
「ルルナちゃんがね、もの凄い頑張っているのを聞いたからよ」
「そっかー」
 リリンお姉さんの言葉に私は頷いた。
 それから私はお姉さんたちに訊ねた。
「どうしたらデルクを私のものにできますか?」

 
 ルルナの質問にリリンとピッキーは顔を見合わせた。
 予想された質問だった。女の子がため息をつくのは恋煩いが当たり前だ。ならば人生の先輩として、私たち魔族の繁栄のため、この迷える子羊に救いの手を差し伸べなければならない。何より恋バナほど面白いものはない。そう思うと行動は素早い。直ぐに声を掛け、一緒の席に座ることが出来た。後は話を聞いて適当にアドバイスをするだけ。それで新たなカップルが誕生する筈が。
 このルルナという娘は素直過ぎる。余にも純粋過ぎる。ラミア種特有のツンデレが全然ない。魔物娘としての本能すら見せてない。
「ど、どうしますかリリンさん?」
「あ、アンタ同じギルドの仲間なんでしょう。責任取って如何にかしなさいよ」
「如何にかしなさいと言われても・・・」
「とりあえずデルクを此処に呼びなさいよ」
「無理です。デルクさんはギルドの仕事で、今此の街にはいません」
 ピッキーの答えにリリンは頭を抱えた。
 
 
 私はじっと待っていた。リリンお姉さんが何か良いアイデアを見つけてくれる。そう思ったから待ち続けた。私が待ち続けてどれ位たっただろう。私だけでなくこのカフェにいる人たち全員がリリンお姉さんの言葉を期待していた。そうして静まり返っていた店内で、私は突然立ち上がった。ガタンと椅子を倒した音が店内に響き渡る中、私はある方向を見つめていた。
「来た!」
 呟いた私は一目散に外に飛び出した。


 突然立ち上がったルルナに店内の全ての視線が集まる。だがそんな視線を物ともせずルルナは外に飛び出す。その様子に只ならぬ気配を感じたリリンとピッキーは後を追うように飛び出す。さらにカフェにいた人たち全員がそれに続いて飛び出す。そして外に出た人たちは驚きの光景を目にした。

 
 カフェの店先はこの街の広場に面している。その広場の一角で驚きの光景が展開されていた。
 先ほど店を飛び出したルルナが一人の男性と話をしている。店内でのやり取りは全員聞いていたので、彼が件の冒険者デルクだということは容易に判別できた。デルクと話していたルルナが突然叫びだす。そのまま喚いているルルナにデルクは何か話し袋を渡す。それを受け取ったルルナはその場でクルクルと踊り出す。その姿を見ていたデルクはルルナに何か話しかける。踊りを停めたルルナは手を振りながら見送る。デルクが近くの屋台に入り込んで暫く後。ルルナが叫び声を上げて蛇体を滑らせながら勢いよく走り出す。広場中を走り回り、噴水の上に飛び乗ると辺りを見回し、樹登りまでして探し回る。そうしてルルナが探し回っている間、デルクは屋台の端で横顔を晒しながらラーメンを食べていた。
 やがてラーメンを食べ終えたデルクが屋台から姿を現す。それから辺りを走り回っているルルナに声を掛けると、何か話しだす。するとルルナがその場で飛び跳ねだす。そんなルルナを見たデルクは大きく頷く。
 と、そのまま広場を横切りルルナが此方へやってくる。その顔には満面の笑みが現れている。
「すみません。急に飛び出したりして」
「・・・ううん、別にいいわよ」
 少し上擦った声でリリンが答える。
「ねえルルナちゃん、何かいいことあったの?」
「はい。デルクが自分の泊まっている宿屋に私を招待してくれたんです」
 ピッキーに向けてルルナは笑顔を向ける。
 その笑顔に顔を引き攣らせながら、それでも確認のためピッキーはルルナにその質問をする。
「そ、それで宿屋の部屋だけど・・・」
「はい、デルクってば優しいんですよ。私のためにもう一部屋用意してくれたんです」
「そ、そう。よかったわね・・・」
「はい。それじゃ私もう行きますね」
「ええ、仲よくね」
 引き攣った笑顔のピッキーとリリンにルルナはお辞儀をすると、デルクのもとに一目散に走る。そしてデルクの隣りまで行くと腕を組んで宿屋に向かって行った。


「・・・ねえ、ピッキーさん」
「・・・何でしょうか、リリンさん」
「何か見えましたか?」
「何が見えたんでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「疲れてるんですね、きっと」
「そうですよ。疲れてるんですよ」
「だからあんな幻覚が見えたんですよ」
「そうです、そうです。ただの幻覚です」
「では、もう寝ることにしましょう」
「ぐっすり眠れば疲れもとれますよ」
 どちらからともなく結論を出すと互いの家に帰ることにした。
 ピッキーとリリンの結論に促される様にして、一部始終を一緒に見ていた人たちも家に帰ることにした。
 燦々と輝く太陽がその光景を見つめていた。
 
 
11/11/07 08:36更新 / 名無しの旅人

■作者メッセージ
大切なことだからもう一度言います。
こんな魔物娘がいてもいいじゃないですか!

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