やったーー!!
朝の光が窓越しに入り込んでくる。その光を受けて郁太は目を開けた。上半身を布団の上で起こすと、両手を上に伸ばす。それから立ち上がると部屋の障子を開けて廊下に出る。見上げた空は、綺麗に晴れ渡り何処までも青く広がっている。
「うん、今日もいい天気だ」
(それに何か良いことが起きそうな気がする)
青い空を見上げながら、郁太はそんなことを思った。そうして寝間着から着物に着替えると両親の待つ居間へ向かう。廊下を歩きだして暫くすると郁太は立ち止まり辺りを見回す。何か視線を感じたのだが・・・
(気のせいかな?)
そう思うと郁太は首を傾げながら歩いっていった。
それから少しして庭木の中から何かが飛び出すと床下に潜り込んだ。
両親と朝飯をとり終えると何か手伝うことがあるか訊ねる郁太に父親は「いや、今日は特にないな」と笑いながら答える。
「それでは今日は休日にさせてもらいます」
「ああ、そうしなさい。いつも頑張っているのだから、ゆっくり休んで来るといい」
父親の言葉に郁太は頷くと立ち上がる。
そこへ母親が声を掛ける。
「今日はどちらへ出かけるのですか?」
「とりあえず、街中を歩くつもりです」
「そう、気を付けるのですよ」
その言葉に郁太は解りましたと頷くと居間を出ていった。
「郁太もだいぶ立派になってきたな」
差し出されたお茶を飲みながら話す父親に母親も頷く。
「本当ですね」
「あの時はどうなるかと思ったが」
「よく無事に帰ってきてくれまして」
(チャンスね)
店先から外へ出た郁太は、右に向かって歩き出した。通りをゆっくり歩きながら、店先に並べられている品を見て回る。気になるものがあれば手に取り店番に訊ねながら確認する。値切りをして感を養う。そんなことをしながら街中を歩くのが郁太の休みの過ごし方のひとつだ。
郁太が松屋の息子とはいえ相手も商人。さらに手加減しないでくれとの父親の言葉。そのため何度も惨敗をしてきた。他の店より倍の値段で買ったり、余分なものまで押し付けられたり、値切ったものが偽物だったり。そうして押入れの中に貯まっていった品々。郁太はその全てを捨てずに取っておいてある。商人修行の成果であり、自分への戒めのためだ。それに捨てるのも忍びない。そのかいもあり最近では、真面な成果も出せるようになったてきた。
この前張子の虎を十五文で買い父親に見せたところ、張り具合に色の付け方や大きさを子細に確認し、「まずまずだな」との言葉をもらった。その虎は今父親の部屋に飾られている。
(早く褒めてもらいたいものだな)
そう思いながら郁太は通りを歩いていく。
屋根の上を白い塊が歩いていった。
昼になり蕎麦を食べるために郁太は店に入ろうとした。その時、立ち止まった郁太は辺りを見回す。それから屋根を見ると店に入っていった。
(気づかれたかな)
店に入り少しすると、顔なじみの店主が「いらっしゃい」と声を掛けてくるがその顔には困惑の表情を浮かべている。
「どうしたんです、何かあったんですか?」
「うん、誰かが後を付けてるみたいなんだ」
「な、なんですって!もしかして、また」
「いや、大丈夫だよ」
蒼い顔をする店主に郁太は好物の月見蕎麦を注文しながら答える。
「僕の知り合いだから」
「知り合いですか?」
「うん。それでさ、少し頼みがあるんだけど」
「頼みですか?」
郁太の頼みごとに店主は、首を傾げながらも頷いた。
塀の下から覗き見ながら待っている。
(まだかな)
店を出た郁太は通りを東に歩いてゆく。途中、出会う人たちに笑顔で挨拶をしながら歩いてゆく。だんだん、人通りが少なくなり、樹が多くなり始める。そうしてさらに歩き続けると、ようやく目的地に辿り着く。郁太の目的の場所。神社の境内。郁太は境内の中心辺りに立つと辺りを見回す。周りに誰もいないことを確認すると、その場に立ち止り目を瞑る。
(よし)
郁太は待ち続けた。全身から力を抜き、意識を集中し・・・
「!!!」
何かが通り抜けた。風は吹いていない、けれど強烈な何かが。一瞬にして全身を突き抜ける何か。それを受けて郁太は
(くっ!)
両足を踏ん張り、倒れそうな体に力を込め。そうして郁太は立ち続けた。長いようでいて短い時間が過ぎ・・・
「ちゃんと立ってられたね」
聞こえてきた声に郁太は全身から力を抜きながら答える。
「約束したからね」
目を開いた先に一人の少女が立っていた。猫の耳を生やし、二本の尻尾を揺らしながら。
「この姿では、初めましてかな?」
ネコマタの少女、沙羅が微笑みながら挨拶した。
郁太は呆然として沙羅を見つめていた。ネコマタという妖怪である以上人に化けるのは知っていたが。
毛並と同じ白い浴衣に似た着物。すらりとした手足。日の光のあたり方に依って金にも銀にも見える白い髪の毛は短くしているが整っている。そして愛らしく整っている顔つき。とくに光を受けて輝く瞳は、水晶の様にキラキラとしている。
「えっと、どうしたの?」
「・・・綺麗だ」
沙羅の問いかけに郁太はポツリと呟く。それからあわてて上を見上げて声を出す。
「あの、その、そ、空がですね」
「樹のせいで空は見えないけど」
「あ!そ、そうですね」
「え、ええ・・・」
二人とも顔を赤くして俯く。それから暫くして
「「あの!!」」
同時に顔を上げ、同時に声を掛け、目を合わせる。
見つめ合い続けて
「「・・・・・・ぷっ」」
同時に吹き出し、同時に笑い出した。
「「アハハハ!アハハハハハハハ!!」」
どれ位笑い続けていただろうか。ようやく笑い終えるとお互いに前を向き
「改めて、初めまして沙羅さん」
「初めまして郁太さん」
と、改めて挨拶をする。
「何か変だよね。今までも会っていたのに」
「ええ、そうよね。あ、それと私のことは呼び捨てで構わないわ。私も貴方のこと郁太って呼びたいし」
「うん、良いよ。あ、そうだ!これ、あの時助けてもらったお礼」
そう話しながら懐から蕎麦屋で貰い受けた鰹節を四本取り出すと沙羅に手渡す。
「ごめん、本当はもっとちゃんとしたものを用意したかったけど」
「ううん!いいわよ、これで。あの三人も喜ぶから」
(それに郁太、すごい頑張っているの見ていたから)
その言葉に郁太は少しほっとする。
「それにしても随分時間掛かっちゃったな」
「そうかしら?私はそう思わないけど」
「でも四年も掛かったんだよ」
「四年でここまで出来るなんて凄いじゃない」
「そ、そうかな?」
照れる郁太に沙羅は頷き
「むしろ私はもう少し掛かると思ったけど」
「沙羅に早く会いたかったからね」
笑いながら答える郁太に沙羅は顔を赤くしてしまう。
(でも早く会いたいということは・・・)
雲母たちの話を思い出した沙羅は、顔を上げると郁太に訊ねる。
「ねえ、どうしてそんなに急いでいたの?」
「それは沙羅に」
「本当にそうなの?」
郁太の声を遮って沙羅は声を出す。その様子に郁太は思わず驚く。
「どうしたの、沙羅」
「あ!」
沙羅の顔を見つめて郁太は問い質す。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「そ、それは・・・」
「僕、沙羅との約束を守って頑張ったんだよ」
「うん」
「ねえ、どうして?」
重ねて訊ねる郁太に沙羅はゆっくりと声を出す。
「だって郁太、お見合いするって」
「え?」
「お見合いするんでしょ」
「お見合い?」
「それで結婚するんでしょ」
「結婚?」
突然の話に郁太は驚いてしまう。
「だから、急いでいたのでしょう!」
「ちょっと待って!」
尚も言い募ろうとする沙羅を何とか宥めて聞き返す。
「誰からそんな話を聞いてきたの?」
「・・私の友達の美音が聞いてきたの。郁太がお見合いするって」
「・・・」
「郁太優しいから・・・お見合いしたら結婚しちゃうんでしょ」
「・・・」
「だからその前に」
「沙羅!」
郁太の大声に沙羅は驚く。思わず見つめる沙羅に郁太は諭すように語りかける。
「沙羅、落ち着いてよく聞いてね」
「え、ええ」
それから郁太は沙羅に向けて
「それ、なんのこと?」
「・・・へ?」
「お見合いの話なんてまだ一度も来てないけど」
「・・・え、えーー!!」
目を丸くする沙羅に郁太は言い聞かせるように話す。
「本当だよ。寝耳に水の話だよ」
「そ、それじゃ・・・」
「・・・多分、騙されたんだね」
話を聞いた沙羅はその場に座り込んでしまう。
「う、嘘なんだ・・・」
「そうだよ。だいたいお見合いの話が来ても・・・」
「・・・」
「沙羅、どうしたの?」
「・・・」
「さ、沙羅?」
心配した郁太が沙羅に手を伸ばそうとしたとき、沙羅が急に立ち上がり叫ぶ。
「よくも騙したわねーーー!!!」
「ま、待って沙羅!」
間一髪で郁太は走り出そうとした沙羅を引き留める。
「放して、郁太!」
「沙羅、落ち着いて!冷静になって!」
「だって、皆して!!」
「だから、待って!落ち着いて僕の話を聞いて」
「だってだって」
尚も暴れる沙羅をしっかりと抱きしめると郁太は沙羅に口づけをする。
「?!?!」
突然の口づけに沙羅は驚き固まってしまう。そうして大人しくなった沙羅を郁太は優しく抱きしめる。
「ンッ、ンッ?!」
「んー」
長いか短いかも判らず意識する暇も無く。沙羅が気付いたとき郁太の顔は沙羅のもとから離れていた。そして沙羅から少し離れる。
(い、今のって・・・もしかして・・・)
唇に思わず手を当てる沙羅を見つめながら、郁太は
「沙羅。あの時話したとおり僕のお嫁さんになって」
「・・・え?」
思わず沙羅は聞き返してしまう。
「聞こえなかった?」
「え、えっと」
まだ呆然としている沙羅に郁太は優しい笑みを向けるときっぱりと宣言する。
「沙羅さん。貴方のことが好きです。僕と結婚して下さい」
「−−−!」
耳に入ってきた言葉に沙羅は息をのむ。次に目の前を見つめる。
目の前にいる郁太は消えない。ということは・・・
(ゆ、夢じゃ無い)
それでも信じられないのか、恐る恐る沙羅は訊ねる。
「い、今言ったのって・・・」
「僕ですよ」
「今言ったこと」
「本当ですよ」
「じ、じゃあ本当に」
「まだ信じられない?」
あわてて沙羅は首を横に振る。
その様子に郁太は頷くと顔を赤くしながら沙羅に訊ねる。
「それで、その、・・・返事は?」
「あ!」
郁太の質問に沙羅は郁太を見つめる。郁太も沙羅を見つめる。見つめ合い続けて暫くのち沙羅は返事とともに郁太に飛びつく。
「私も郁太が好き!大好き!!郁太のお嫁さんにして下さい」
「もちろん」
それから二人は再び口づけを交わした。
神社の境内に続く階段に二人は腰を掛けていた。つい先ほどのことを思うたびに沙羅の顔には笑みが浮かぶ。郁太の隣に座り郁太の手を握る。そのたびに沙羅は「えへへ」と笑い声を上げる。それを見る郁太にも笑顔が浮かんでいる。そんなとき沙羅はふと疑問に思ったことを口に出した。
「そういえば郁太、どうして私のこと解かったの?」
「何がだい」
「あのとき私、正体を」
「ああ、そのことだね」
郁太は頷くと話し始める。
「あの日ね、僕が道場にお酒を届けたんだけど。あのお酒、道場の分だけしかなくてね。でも先生じゃないし。あの道場で先生以外お酒を飲む人は居ないんだ。だとすると」
「私みたいな妖怪しかいない」
沙羅の言葉に郁太は頷く。
「それで沙羅のことよく見ていたら、普通の猫にしてはちょっと可笑しなところがあるのが解かってね」
その言葉に沙羅は「色々気を付けていたんだけどな」と呟く。と、
「でも、よく私をお嫁さんにするなんていえたわね。人に化けた姿、見せてないはずだけど」
顔を赤くしながら聞く沙羅に郁太は笑顔で答える。
「解かるよ。猫の姿でも沙羅は綺麗だもの。他のヤツらに捕られないか心配だったんだよ」
「やだ」と沙羅は顔を赤くして俯く。そんな沙羅を抱きしめると郁太は声を出す。
「さあ、次の問題だ」
「次の問題?」
首を傾げる沙羅に郁太は笑いながら答えた。
「師匠に沙羅を下さいと言わないといけないし、家の両親にも紹介しないといけないからね」
その言葉に沙羅は笑顔で頷いた。
「うん、今日もいい天気だ」
(それに何か良いことが起きそうな気がする)
青い空を見上げながら、郁太はそんなことを思った。そうして寝間着から着物に着替えると両親の待つ居間へ向かう。廊下を歩きだして暫くすると郁太は立ち止まり辺りを見回す。何か視線を感じたのだが・・・
(気のせいかな?)
そう思うと郁太は首を傾げながら歩いっていった。
それから少しして庭木の中から何かが飛び出すと床下に潜り込んだ。
両親と朝飯をとり終えると何か手伝うことがあるか訊ねる郁太に父親は「いや、今日は特にないな」と笑いながら答える。
「それでは今日は休日にさせてもらいます」
「ああ、そうしなさい。いつも頑張っているのだから、ゆっくり休んで来るといい」
父親の言葉に郁太は頷くと立ち上がる。
そこへ母親が声を掛ける。
「今日はどちらへ出かけるのですか?」
「とりあえず、街中を歩くつもりです」
「そう、気を付けるのですよ」
その言葉に郁太は解りましたと頷くと居間を出ていった。
「郁太もだいぶ立派になってきたな」
差し出されたお茶を飲みながら話す父親に母親も頷く。
「本当ですね」
「あの時はどうなるかと思ったが」
「よく無事に帰ってきてくれまして」
(チャンスね)
店先から外へ出た郁太は、右に向かって歩き出した。通りをゆっくり歩きながら、店先に並べられている品を見て回る。気になるものがあれば手に取り店番に訊ねながら確認する。値切りをして感を養う。そんなことをしながら街中を歩くのが郁太の休みの過ごし方のひとつだ。
郁太が松屋の息子とはいえ相手も商人。さらに手加減しないでくれとの父親の言葉。そのため何度も惨敗をしてきた。他の店より倍の値段で買ったり、余分なものまで押し付けられたり、値切ったものが偽物だったり。そうして押入れの中に貯まっていった品々。郁太はその全てを捨てずに取っておいてある。商人修行の成果であり、自分への戒めのためだ。それに捨てるのも忍びない。そのかいもあり最近では、真面な成果も出せるようになったてきた。
この前張子の虎を十五文で買い父親に見せたところ、張り具合に色の付け方や大きさを子細に確認し、「まずまずだな」との言葉をもらった。その虎は今父親の部屋に飾られている。
(早く褒めてもらいたいものだな)
そう思いながら郁太は通りを歩いていく。
屋根の上を白い塊が歩いていった。
昼になり蕎麦を食べるために郁太は店に入ろうとした。その時、立ち止まった郁太は辺りを見回す。それから屋根を見ると店に入っていった。
(気づかれたかな)
店に入り少しすると、顔なじみの店主が「いらっしゃい」と声を掛けてくるがその顔には困惑の表情を浮かべている。
「どうしたんです、何かあったんですか?」
「うん、誰かが後を付けてるみたいなんだ」
「な、なんですって!もしかして、また」
「いや、大丈夫だよ」
蒼い顔をする店主に郁太は好物の月見蕎麦を注文しながら答える。
「僕の知り合いだから」
「知り合いですか?」
「うん。それでさ、少し頼みがあるんだけど」
「頼みですか?」
郁太の頼みごとに店主は、首を傾げながらも頷いた。
塀の下から覗き見ながら待っている。
(まだかな)
店を出た郁太は通りを東に歩いてゆく。途中、出会う人たちに笑顔で挨拶をしながら歩いてゆく。だんだん、人通りが少なくなり、樹が多くなり始める。そうしてさらに歩き続けると、ようやく目的地に辿り着く。郁太の目的の場所。神社の境内。郁太は境内の中心辺りに立つと辺りを見回す。周りに誰もいないことを確認すると、その場に立ち止り目を瞑る。
(よし)
郁太は待ち続けた。全身から力を抜き、意識を集中し・・・
「!!!」
何かが通り抜けた。風は吹いていない、けれど強烈な何かが。一瞬にして全身を突き抜ける何か。それを受けて郁太は
(くっ!)
両足を踏ん張り、倒れそうな体に力を込め。そうして郁太は立ち続けた。長いようでいて短い時間が過ぎ・・・
「ちゃんと立ってられたね」
聞こえてきた声に郁太は全身から力を抜きながら答える。
「約束したからね」
目を開いた先に一人の少女が立っていた。猫の耳を生やし、二本の尻尾を揺らしながら。
「この姿では、初めましてかな?」
ネコマタの少女、沙羅が微笑みながら挨拶した。
郁太は呆然として沙羅を見つめていた。ネコマタという妖怪である以上人に化けるのは知っていたが。
毛並と同じ白い浴衣に似た着物。すらりとした手足。日の光のあたり方に依って金にも銀にも見える白い髪の毛は短くしているが整っている。そして愛らしく整っている顔つき。とくに光を受けて輝く瞳は、水晶の様にキラキラとしている。
「えっと、どうしたの?」
「・・・綺麗だ」
沙羅の問いかけに郁太はポツリと呟く。それからあわてて上を見上げて声を出す。
「あの、その、そ、空がですね」
「樹のせいで空は見えないけど」
「あ!そ、そうですね」
「え、ええ・・・」
二人とも顔を赤くして俯く。それから暫くして
「「あの!!」」
同時に顔を上げ、同時に声を掛け、目を合わせる。
見つめ合い続けて
「「・・・・・・ぷっ」」
同時に吹き出し、同時に笑い出した。
「「アハハハ!アハハハハハハハ!!」」
どれ位笑い続けていただろうか。ようやく笑い終えるとお互いに前を向き
「改めて、初めまして沙羅さん」
「初めまして郁太さん」
と、改めて挨拶をする。
「何か変だよね。今までも会っていたのに」
「ええ、そうよね。あ、それと私のことは呼び捨てで構わないわ。私も貴方のこと郁太って呼びたいし」
「うん、良いよ。あ、そうだ!これ、あの時助けてもらったお礼」
そう話しながら懐から蕎麦屋で貰い受けた鰹節を四本取り出すと沙羅に手渡す。
「ごめん、本当はもっとちゃんとしたものを用意したかったけど」
「ううん!いいわよ、これで。あの三人も喜ぶから」
(それに郁太、すごい頑張っているの見ていたから)
その言葉に郁太は少しほっとする。
「それにしても随分時間掛かっちゃったな」
「そうかしら?私はそう思わないけど」
「でも四年も掛かったんだよ」
「四年でここまで出来るなんて凄いじゃない」
「そ、そうかな?」
照れる郁太に沙羅は頷き
「むしろ私はもう少し掛かると思ったけど」
「沙羅に早く会いたかったからね」
笑いながら答える郁太に沙羅は顔を赤くしてしまう。
(でも早く会いたいということは・・・)
雲母たちの話を思い出した沙羅は、顔を上げると郁太に訊ねる。
「ねえ、どうしてそんなに急いでいたの?」
「それは沙羅に」
「本当にそうなの?」
郁太の声を遮って沙羅は声を出す。その様子に郁太は思わず驚く。
「どうしたの、沙羅」
「あ!」
沙羅の顔を見つめて郁太は問い質す。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「そ、それは・・・」
「僕、沙羅との約束を守って頑張ったんだよ」
「うん」
「ねえ、どうして?」
重ねて訊ねる郁太に沙羅はゆっくりと声を出す。
「だって郁太、お見合いするって」
「え?」
「お見合いするんでしょ」
「お見合い?」
「それで結婚するんでしょ」
「結婚?」
突然の話に郁太は驚いてしまう。
「だから、急いでいたのでしょう!」
「ちょっと待って!」
尚も言い募ろうとする沙羅を何とか宥めて聞き返す。
「誰からそんな話を聞いてきたの?」
「・・私の友達の美音が聞いてきたの。郁太がお見合いするって」
「・・・」
「郁太優しいから・・・お見合いしたら結婚しちゃうんでしょ」
「・・・」
「だからその前に」
「沙羅!」
郁太の大声に沙羅は驚く。思わず見つめる沙羅に郁太は諭すように語りかける。
「沙羅、落ち着いてよく聞いてね」
「え、ええ」
それから郁太は沙羅に向けて
「それ、なんのこと?」
「・・・へ?」
「お見合いの話なんてまだ一度も来てないけど」
「・・・え、えーー!!」
目を丸くする沙羅に郁太は言い聞かせるように話す。
「本当だよ。寝耳に水の話だよ」
「そ、それじゃ・・・」
「・・・多分、騙されたんだね」
話を聞いた沙羅はその場に座り込んでしまう。
「う、嘘なんだ・・・」
「そうだよ。だいたいお見合いの話が来ても・・・」
「・・・」
「沙羅、どうしたの?」
「・・・」
「さ、沙羅?」
心配した郁太が沙羅に手を伸ばそうとしたとき、沙羅が急に立ち上がり叫ぶ。
「よくも騙したわねーーー!!!」
「ま、待って沙羅!」
間一髪で郁太は走り出そうとした沙羅を引き留める。
「放して、郁太!」
「沙羅、落ち着いて!冷静になって!」
「だって、皆して!!」
「だから、待って!落ち着いて僕の話を聞いて」
「だってだって」
尚も暴れる沙羅をしっかりと抱きしめると郁太は沙羅に口づけをする。
「?!?!」
突然の口づけに沙羅は驚き固まってしまう。そうして大人しくなった沙羅を郁太は優しく抱きしめる。
「ンッ、ンッ?!」
「んー」
長いか短いかも判らず意識する暇も無く。沙羅が気付いたとき郁太の顔は沙羅のもとから離れていた。そして沙羅から少し離れる。
(い、今のって・・・もしかして・・・)
唇に思わず手を当てる沙羅を見つめながら、郁太は
「沙羅。あの時話したとおり僕のお嫁さんになって」
「・・・え?」
思わず沙羅は聞き返してしまう。
「聞こえなかった?」
「え、えっと」
まだ呆然としている沙羅に郁太は優しい笑みを向けるときっぱりと宣言する。
「沙羅さん。貴方のことが好きです。僕と結婚して下さい」
「−−−!」
耳に入ってきた言葉に沙羅は息をのむ。次に目の前を見つめる。
目の前にいる郁太は消えない。ということは・・・
(ゆ、夢じゃ無い)
それでも信じられないのか、恐る恐る沙羅は訊ねる。
「い、今言ったのって・・・」
「僕ですよ」
「今言ったこと」
「本当ですよ」
「じ、じゃあ本当に」
「まだ信じられない?」
あわてて沙羅は首を横に振る。
その様子に郁太は頷くと顔を赤くしながら沙羅に訊ねる。
「それで、その、・・・返事は?」
「あ!」
郁太の質問に沙羅は郁太を見つめる。郁太も沙羅を見つめる。見つめ合い続けて暫くのち沙羅は返事とともに郁太に飛びつく。
「私も郁太が好き!大好き!!郁太のお嫁さんにして下さい」
「もちろん」
それから二人は再び口づけを交わした。
神社の境内に続く階段に二人は腰を掛けていた。つい先ほどのことを思うたびに沙羅の顔には笑みが浮かぶ。郁太の隣に座り郁太の手を握る。そのたびに沙羅は「えへへ」と笑い声を上げる。それを見る郁太にも笑顔が浮かんでいる。そんなとき沙羅はふと疑問に思ったことを口に出した。
「そういえば郁太、どうして私のこと解かったの?」
「何がだい」
「あのとき私、正体を」
「ああ、そのことだね」
郁太は頷くと話し始める。
「あの日ね、僕が道場にお酒を届けたんだけど。あのお酒、道場の分だけしかなくてね。でも先生じゃないし。あの道場で先生以外お酒を飲む人は居ないんだ。だとすると」
「私みたいな妖怪しかいない」
沙羅の言葉に郁太は頷く。
「それで沙羅のことよく見ていたら、普通の猫にしてはちょっと可笑しなところがあるのが解かってね」
その言葉に沙羅は「色々気を付けていたんだけどな」と呟く。と、
「でも、よく私をお嫁さんにするなんていえたわね。人に化けた姿、見せてないはずだけど」
顔を赤くしながら聞く沙羅に郁太は笑顔で答える。
「解かるよ。猫の姿でも沙羅は綺麗だもの。他のヤツらに捕られないか心配だったんだよ」
「やだ」と沙羅は顔を赤くして俯く。そんな沙羅を抱きしめると郁太は声を出す。
「さあ、次の問題だ」
「次の問題?」
首を傾げる沙羅に郁太は笑いながら答えた。
「師匠に沙羅を下さいと言わないといけないし、家の両親にも紹介しないといけないからね」
その言葉に沙羅は笑顔で頷いた。
11/10/27 21:47更新 / 名無しの旅人