the Creator

古びた木製の扉が開く

ギシギシと音を立て、客を出迎える

「いらっしゃい」と声を出したのは、恰幅のいい女店主

ここは武器屋

城下町の路地裏の、知る人ぞ知る名店だ

武器の手入れも行っていると聞き、テリアも訪れてみたのだが……


「あまり大きい設備は無いのですね」


立地の関係上か、品物は多くは置けず、工房に続く扉もまともに閉まらない位置にも置かれてしまっている


「悪いねぇ、修理や手入れは本業じゃあないからね。でも、ウチは品質で勝負してるから!見なよ、かつて有名な工匠が出がけたこの刃!」


妙なポーズでそれをアピールすると、店主は接客を始める

しかし、テリアが武器の手入れを依頼すると、少し機嫌を悪くしたのか、接客態度が変わってしまう


「ああ、アンタもそれかい……まぁいいけどさ。オイ、仕事だよ!とっとと来な!!」


ぶっきら棒に店の奥に向けて声を発する

誰か他に店員がいるのだろうか


「アタシは武器や防具は弄れなくてね、それで人を使っているんだよ。モタモタするんじゃないよ!客だって言ってんだよ!!」


更に声を荒げて呼び出す。あまりいい感じはしないがそこは店の事情だ

テリアも一言二言言いたい言葉を喉元に留め、その店員を待つ


「……」


店の奥から現れたのは、飾り気のない服を着た綺麗なショートの茶髪の少女だ

だが、その顔を見たとき、テリアはほんの少しだけ驚いた


「サイクロプス……」


そう、目の前に現れたのは大きな瞳の単眼の少女だった


「仕事だ。まったく、アンタみたいな化け物を使ってやってるこっちの身にもなれってんだ。早くしな」

「……ッ」


同種ではないとはいえ、テリアも魔物の娘だ

その発言にカチンと来るところがあった

しかし、余計な事を言って迷惑がかがるのは単眼の彼女に対してだろう

喋りたがりのテリアも、そんな一般常識くらいは持ち合わせているつもりだ

部外者が口を挟むことではない。またしても言いたいことが言えずグッと堪えると、単眼の少女に自らの槍を渡す


「悪いね、見苦しいもん見せちまってさ。アイツ、働き口がないだろうからウチで使ってやってんだけどさぁ」


その言葉を聞くと、彼女は顔を伏せたままそそくさと店の奥へと消えて行った

サイクロプスという種族はとても繊細だ

自らの顔に強くコンプレックスを持ち、他者とは違うその身体を好ましく思ってはいない

……と、よく言われているが、本当のところは定かではない

勿論、個体によって全く考え方は違うだろうが……


「まー愛想は悪いわ見た目がアレだわで、こっちも困っててねぇ。誰のおかげで飯が食えてるんだか」


見た目の事はともかくとして、愛想は本人の問題の為触れないことにしておく

作業をする人間と経営する人間が違うのは別段珍しいことではない

商人と鍛冶師ではまるで職種が違うのだ。知り合いで共同経営する事もあれば、外部から雇う事も多々ある

しかし、彼女達はそれとは少し様子が違うようだ


「お時間はどれほどかかりますか?」


場の空気の悪さからか、早く切り上げてしまおうとつい口が走る

女店主はムスリと顔を強張らせ、大きくため息をつき答える


「ああ、30分くらいじゃないかね。物によっては一時間、それでなくてもアイツの出来次第だよ」


どうも彼女の話になると機嫌を損ねるようだ

30分から一時間、こんな居心地の悪い所に居られるわけもなく、テリアは足早に店を去る

適当に買い物を済ませる頃には終わっているだろうと踏み、それまで時間を潰すことにした

あんな場所であの女店主となんて一緒に居られるワケが無い

詰まっていた息を一気に吐き出し、呼吸を整える

噂通りの店ならば、期待通りの手入れくらいはしてくれるだろうが、あの様子ではどうなることやら

ある種の期待と不安を胸に、大通りの人ごみの中へ身を投じて行った……



――――――
―――




結果は上々

いや、思っていた以上の成果を出した

手渡されたその槍は、テリア本人が手入れをするよりもずっといい仕上がりを見せていた

この店が何故隠れた名店と言われているのかを理解したのだろう

なるほど、と納得すると、テリアはこの槍を持ってきた彼女に声をかける


「噂が流れるだけの事はありますね。恐らく、私が出会った鍛冶師の中でも貴女は最高峰の腕を持っています」

「……」


リップサービスなどではない、心からの称賛

お世辞を嫌うテリアから出たその本心の声は、単眼の彼女の頬を染めさせた


「……そう言ってもらえるのは嬉しい」


気恥ずかしそうに視線を逸らし、静かな声を漏らした

こうしてみれば、サイクロプスも人間と大差ないものだ

その腕の良さを褒めるように、テリアは言葉を重ねる


「それに……この槍自体が少々特殊なものですので。現代の技術でメンテ出来る人がいるだなんて思ってもみなかったんですよ」


その手に握られた"黒槍"はこの時代のものではない

遥か昔に、人と悪魔が共に作り上げた、言わばオーパーツのようなものだ

そんな貴重なものをここまで仕上げる事が出来るのだ。相応の理解力を求められるのも必至なのだから


「……よく分からないけれど……その槍は、凄く綺麗な珍しい槍だから……私も……応えてあげたかった」


今度はこちらが頬を染める

この槍はテリアの半身のようなものだ。そこまで言われてしまえば悪い気もしない

機嫌がよくなったところで、テリアは一つおかしなことに気が付いた

そう、さっきの悪い空気がまったくしないのだ

不思議に思い、目の前の単眼の彼女に話を切り出した


「……おかみさん……部屋に戻ってる」

「ああ……」


原因はそれだ。今まさにサボっている元凶がこの場に居ないのならば雰囲気も良くはなるだろう

あの顔を思い出し、お互い心なしかどんよりとした空気に戻ってしまった


「あ、お代金は……」


思い出したかのように話題を切り出しその場を流すことにした

鍛冶師に店番をやらせるのはどうかと思うが、今は目の前に彼女しかいないのだから仕方がない

財布を取りだし構えると、少し割高な値段を請求された


「……ごめんなさい。おかみさんがその値段で取れって……」


申し訳なさそうに頭を下げられるが、寧ろ安い位だと返事を返し、快く代金を渡した

ここらの価格設定がどうなっているかは不明だが、彼女ほどの鍛冶師と出会えたのだ、投資の意味合いも兼ねたと思えば気落ちもしないだろう

取引が成立すると、また手入れを頼みに来ることを約束した


「……私でいいの?」

「いいえ、"貴女がいい"んですよ」


そう言い残し、テリアは気持ちよく店を後にした


……


残された単眼の彼女は、あの客の言葉にとても暖かいものを感じていた

自分を必要としてくれる人が現れたのだ、こんなに嬉しいことはない

手渡されたその代金の重みを確かめ、ささやかな笑みを浮かべる


「おいアンタ!何してんだい!」


けたたましい声にビクリと体を震わせ、彼女は後ろを振り向いた

不機嫌そうに現れたのはこの店の女店主

単眼の彼女の手元を確認すると、ふんだくるかのように売り上げを掠め取った


「アンタが触るんじゃないよ、ったく……物欲しそうな顔で金を見つめやがって。ほれ、これが今日のアンタの取り分だよ」

「……」

「不満そうな顔しやがって……今日は店仕舞いだ、とっとと後片付けして帰りな!!化け物!!」


辛辣な物言いに泣きたいその気持ちを抑えながら、単眼の彼女は後片付けを始める

手渡された給料はあまりにも軽すぎる

どうして機嫌を損ねているのかは分からないが、ともかくこの店主は底意地の悪い性格をしている

元々、この店自体がこの店主のいい加減な接客態度であまりいい評判が無かったのだが、偶然にも格安で鍛冶師が雇えるチャンスに巡り合えた

ここで再起しようと一か八かの賭けで、修理も承るようになった

そして、現在は噂が広まるほどには経営回復に成功した……のだが

そう、言ってしまえばこの店が有名になったのは、単眼の彼女のおかげである

しかし、あまりに有名になり過ぎてしまいそれが気に入らなかったのか、店主は彼女を目の敵にするようになった

自分から立案しておいて、尚且つ彼女でこの店が持っているようなものであるにもかかわらず、あんまりな待遇である

片付けを終え、ショーケースに飾られた美しい武器の数々を目の前に強く手を握りしめ、店を後にする

こんな状況にあっても彼女は一言も文句を言わずに、毎日黙々と仕事を続けている

何故彼女はこんな場所で働き続けるのか

何か考えがあっての事なのか、それとも……



――――――
―――




「せいッ!!はッ……グッ!?」

「間合いの取り方が下手です。もう少し考えて行動に移してください。次!!」


数日経ったのち、テリアは王都の軍施設に足を運んでいた

綺麗になった槍の性能を確かめたいために、現役の軍人たちを相手に組み手をしているところだ


「ぐぁ!!」

「そもそも動きが遅い。次!!」


こうして、数年に一度程度だがテリアは王国軍の訓練指導を行っている

過去の輝かしい経歴から国に報奨金を貰って生活しているのだ

たまに国の為に働かなければバチが当たるだろう

今日は黒槍の調子を見る為だけに来た為、完全に手前勝手な理由ではあるのだが……


「……そう若いのを虐めてやらんでくれ」

「あら、来ましたね大本命……」


次々と疲労で倒れ行く兵士達を見ていられなくなったのか、見物に来ていた一人の青髪の老人が止めに入った

彼の名は"エルク"、テリアの友人の一人である

長く蓄えた髭を撫でると、彼は辺りを見渡し苦言する


「軍の育成に協力してくれるのはありがたいのだが……これはちょいとやり過ぎだと思うが。そこのところ君はどう思う?」


当然の見解だろう

既に訓練と称した一方的な虐殺を始めて一時間、テリア自身は息切れする事も無く槍を振るい続け、訓練に参加していた兵士30人は既に気力と体力の両方を失っているのだから

此処にいるのが全員という訳ではないが、今後の仕事に差し支えが出てはたまったものではない


「彼らが私の訓練を志願したのですから、しごきを入れるのは当然です。しかし、確かに少し必至過ぎましたね。彼らが」

「君から一本取れればデートしてもいいという餌まで吊り下げておいてよく言う」


相手に本気を出させるにはこの方がいい

と、テリアの案だが、逆に勢いが空回りしてこの結果だ。これでは訓練にもならないだろう

分かり切っていた結末だが、テリアは楽しそうに槍を振りかざす

丁度、自分の目の前にそこらで寝そべって動かない兵士たちの百人分は働くであろう老人が目の前にいるのだ。ここで張り切らないでどこで力を出すのか


「そう言うと思って出てきたのだよ」


エルクは魔法使い特有のローブを脱ぎ捨てると、その年齢に似合わない肉体美を曝け出した


「いつ見ても惚れ惚れしますね。60代後半とは思えない身体で」

「一線を退いてから碌に実戦はしていないのだ。これでも随分と萎んでしまったわ」


元王国軍隊長、そして魔導勇士と謳われた生きる伝説の男

倒れた兵士から槍を拝借すると、テリアに向かい構え、そして時を待つ


「では、こちらが勝てばデートという事で……いいな?」

「色ボケ爺がよく言いますね」


ふざけたその会話は風の音と共に消えていく

暖かな風が草木を揺らす時、二人は一瞬にして間合いを詰めた

激しい金属音が鳴り響き、倒れていた兵士たちはハッと気が付くように二人の戦いに目をやった

目にもとまらぬ速さで剣戟が繰り出される

どちらの刃か見当もつかない斬撃が二人の周囲を切り刻んでゆく


「時にエルク」

「どうした?」


黒槍の柄を思い切り振り上げ、相手の顎へと一撃を入れる

しかし、テリアのその奇策は空振りに終わり、避けた動作から一回転を入れたエルクの薙ぎ払いが繰り出された


「城下町の路地裏の鍛冶師の噂、知っていますか?」

「ああ、よく知っているとも。私の武器も今丁度"彼女に"預けてあるからな」


まるで滑るかのようにエルクの槍が往なされると、今度はテリアが懐に飛び込み肘打ちを繰り出す

負けじとその痛みに耐え、即座に屈み自らの膝でテリアの足を挟むと、思い切り空に向かって蹴り上げた

無防備に宙を舞い回転させられるも、間髪入れずに槍が突き立てられる

しかし、その無茶な体勢から大きく黒槍を振り、エルクの槍をはじき返した

無事に着地を成功させ、即座に突っ込んでいく


「どうでしたか?」

「どうと言われてもな……不憫ではあったよ」


突進に備え、次の一撃を迎え撃つエルク

再び薙ぎ払われた槍はこのまま振り切れば直撃だろう

しかし彼考えとは裏腹に、目の前で大きく振りかざした槍を地面に突き立て、その反動で再び空へと飛び立つ

エルクの攻撃は空振りには終わらず、その場に残された黒槍に阻まれる

その衝撃により、目では追えても身体か着いてくることを許さず、止む無く槍を投げ捨てた

しかし、時すでに遅し

テリアは背後を振り返ったエルクの頬に軽く指を当て、生意気そうな笑顔で言い放った


「私とデートなんて百年早いですよ」

「やれやれだ。百年経てば、少しは私もいい男になれるだろうさ」


素直に負けを認めると、再びローブを着こみ話を続ける


「で、何だったか?」


戦闘中にも関わらず世間話をしていた二人に、辺りに居た兵士たちは呆気に取られていた

自分たちの未熟さをと二人の規格外の力を知ったのか、一人、また一人とその場から立ち去っていく

通常の訓練に戻る者、勤務に戻る者。理由は様々ながら、今二人のいる場には誰もいなくなった

それを確認すると、テリアは再び話を切り出した


「鍛冶師の話ですよ。サイクロプスの子、会っているんでしょう?」


兵士の手前、魔物娘の話題は出しづらかったため多少ボカして話を進めていたが、誰もいなくなったのならもうその必要も無い

単刀直入に申し出ると、エルクは困ったように髭を撫でた


「うむ……」


少しバツが悪そうに頷く

エルクは情報通だ。基本的に、城下町で起こる大小さまざまな揉め事を誰よりも熟知している

単眼の彼女の事も、彼の耳に入るくらいには有名なのだろう


「あまり気分のいい話ではないぞ?」

「そこまで言うのなら教えてもらえます?」


エルクの話では、彼女はどうも最近になって働き口を探しにこの城下町に来たらしい

サイクロプスという種族が人里に降りてくること自体が珍しいのだが、その理由は彼女にしか分からないだろう

この街に来てから、彼女はある家に寝泊まりをしているのだが、そこで病弱な老人の介護紛いの事をしているらしい

しかし、その病弱な老人というのがかつて世間騒がせた詐欺師だというのだ

純粋な彼女は善意で老人の世話をする為に働き口を探すが、その見た目から怖がって誰も受け入れてくれず

料金設定を安くして探して当たったのがあの武器屋だったのだが……


「君から話を切り出すくらいだ。彼女の待遇を知っていての事だろう」


テリアが頷くと、再びエルクは口を動かす

働きだした武器屋が繁盛し始めると、店主と彼女の間に亀裂が入り始める

誰も武器を買わずに彼女にだけ依頼が来るようになるのだ

これを面白くないと感じた店主の態度は日に日に悪くなっていったという

しかし、ここで単眼の彼女を切り離してしまえば、今度は自分が困ることになる

そう思った店主は、彼女を脅すようになったとの事だ


「なんて言われたのか分かりますか?」

「口伝えにきいた話だから正確ではないが……」


"お前みたいな嫁の貰い手も無いような化け物、自分の所以外じゃ雇ってもらえない。いくら腕が良くてもな"

ずっと彼女自身が気にしていた事を連ねて言葉にした最悪の一言

この言葉が心に突き刺さってしまったのだろう。それを真に受けてしまい、彼女は極力人との接触を断ちあの店で働き続ける羽目になってしまった

商売について右も左も分からない彼女が独立する事も難しいだろう。それを分かっているからこそ束縛しているのだ

その事実に明確に怒りを覚えたテリアは、静かに自らを抑え込む


「とはいえ、何度も言うが口伝えだ。決して正しい事とは……ま、言えんくもないか。それに、彼女が勤め始めてからあの店のよくない噂も立つくらいだ」


彼女が働き始めてから人気が出ると同時に、どうもあの武器屋は黒い噂が絶えなくなったという


「ま、調べてはいるが、同業者の妬みやそこら辺だろうな」


火の無い場所に煙は立たない

確証こそないが、彼女に対する仕打ち自体は多人数が見ている

あながち間違いという訳でもないだろう

しかし、綺麗に流されてしまった気にかかるワードがあったが、テリアはそこに注目した


「っと、サラッと初めの方に凄い事を言っていましたが。詐欺師……でしたか?」


気になるのも当然だろう

そんな犯罪に彼女が巻き込まれているのを知っているのなら、この国を護っている立場のエルクが動かないのはおかしい話だ


「いや、違うんだ。一度訪問したのだがな……」


詐欺は詐欺だと立証されない限り犯人を捕らえる事が出来ない

彼が家を訪ねたとき、単眼の彼女自身がその事を断固否定した為、詐欺師を捕まえる事は出来ないそうだ


「こちらも法の下で動いているのだ。強行手段を取れない事も無いが……彼女が被害を訴えない限り、一個人の小さな事件の為にそこまでは出来んよ」


犯罪に大きいも小さいもあるものか

そのエルクの発言にカチンと来たテリアは、鳩尾に鋭い一撃をお見舞いした

情けなくその場にうずくまるエルクは、少し悲しい目でテリアを見た


「そんな捨てられた子犬のような眼で私を見ないでください。貴方の役職も立場も十分理解しています、ただ友人からそんな言葉を聞きたくはなかっただけです」

「……この一撃は私の我が儘ですので、いずれ埋め合わせはさせてもらいます」


そう言うとテリアは、エルクの話に興味が失せたのか、足早にその場から立ち去った

そこに取り残された老人は"やってしまった"と自分の発言に後悔しながら、自らの公務に戻っていった



――――――
―――



無意味な接触は避けようとも思ってはいたが、興味を示したものにはトコトン首を突っ込みたがる

そんな性分だからこそ、余計な事に巻き込まれる

今この状況がまさにそれだ


数日経ったある日

テリアは再び単眼の彼女の下を訪れていた

また機嫌の悪くなる店主に目もくれず、彼女との談話を楽しんでいた

しかし、それがいけなかった

テリアのひょんな一言で、その場の空気が凍り付いてしまったのだ


「フフ、どうせなら私の所で働いてみます?カフェを経営しているのですが、望むのなら工房も付けます。今の貴女の生活よりももっと……」


"今の生活"

その言葉が発せられた瞬間、バンッと大きな音を立て机が揺れた

ショーケースにガラスはビリビリと振動し、中に飾られていた武器が擦れ合い小気味のいいメロディを奏でる

彼女が思い切り机を叩いたのだ

流石にこの行動には傍にいたテリアも店主も驚き絶句した

一体何が彼女の癪に障ってしまったのか分からぬまま、鋭い一つ目で睨み付けられる


「……ごめんなさい。もう帰って」


その一言だけを告げると、彼女は店の奥へ引っ込んでしまった

数秒間を置いた後、テリアと店主は顔を見合わせ何が起こったのかを頭の中で再確認した

その後、店主は顔を真っ赤にし怒りを顕にしたまま急いで彼女の後を追った

当然だろう、客に対してあのような態度を取ったのだ。例え気に入らない相手でも、店主からしてみればたまったものではない

訳が分からぬまま事だけが進み、テリアは少し落ち込みながら店を後にした

外に出ると、店の中から物凄い剣幕の怒号の声が聞こえたが、これ以上の介入は本当に迷惑になる

口が過ぎた事を反省しつつ、テリアはその場から立ち去った……



……



帰り道

適当に買い物を済ませて帰路に着くことにしたが、やはり先の事が気がかりになる

当然、詮索することはいくらなんでも相手に対して配慮が無い行動だが、そこは廻り合わせてしまうもの

偶然にも、テリアは話に聞いていた一軒の家の目の前に来てしまっていた

あの単眼の彼女が住んでいるという家だ

オンボロの平屋は、柱が軋み、壁は剥がれ煙突は崩れている

いかにも"何か"が出そうなその出で立ちは、見る者を身震いさせるだろう

城下町にまだこんな古屋があるのかと吐き捨てればそれまでだが、やはり気になるものは気になる

好奇心が勝ってしまった彼女は、つい……悪い事だと理解していても、窓の中を覗き見てしまった

詐欺師の顔を一目見てやろうと、余計な行動を起こして……


目の前に広がっていたのは、思った通り外装と何ら変わりはないくたびれた室内

掃除自体はされているのか、見た目の割には汚くはないが、やはり清潔感は見られない

その部屋には、ベッドに座る老人の姿があった

あの男が詐欺師なのだろうか、病弱という割には血色も良く、今はスープを飲んでいる

やはり彼女は騙されているのか?と考えを巡らせていく

飲んでいたスープの皿を近くの机に置くと老人は、壁に掛けられていた剣を眺め始めた

その眼はまるで、若かりし頃に戻ったかのような眼差しだった


(何か価値のあるものでしょうか?)


一しきり時間が経つと、老人はベッドに潜り込んだ

それが何なのかは分からないが、そこにいる老人こそが彼女を縛る人物であるというのは理解が出来た

だが、テリアはどうする事も出来ない。例え自分が動いたところで、彼女は喜びはしないと知っていたからだ

これも運命の廻り合わせと諦め、その場から離れようとした

……が、その廻り合わせは時として思いもよらぬ方向へ人を誘う事がある。それも連続でだ


「……」

「あ……あー……」


あまりにも運が無さ過ぎた

家の裏から出てきた瞬間、テリアは彼女と鉢合わせになってしまったのだ

勿論言うまでもないが、単眼の彼女は目に見えて怒っている


「……何をしているの?」


偶然通りかかった……では済まされないであろうこの状況で、図々しくもテリアはその言葉を言い放った


「……」

「まぁ、信じるかどうかは貴女次第ですけど……フフフ」


飄々と、そして堂々と振る舞う事であくまでも真意を悟らせまいとする。テリアの得意の手法

意味と理由のない虚栄を見た彼女は表情を変え、テリアの顔を見据える

真っ直ぐに大きな瞳はテリアを捉え、離そうとしない


「……信じる」

「それはどうも」


彼女が純粋なおかげか、割とあっさりと認めてくれたことに内心ホッとする

そのまま会釈をし、通り過ぎようと彼女の隣を横切る

しかし、その時彼女の口が静かに動いた


「……お願いだから……関わらないで」

「……私も、自分がどんな事を言われているか……噂くらい聞くから知ってる……でも」

「……私がこれでいいって……思ってるから……」


その言葉だけを告げ、彼女は家の中へと入っていった

これには流石にテリアも堪えたのか、明らかに踏み込み過ぎた自分の態度を酷く悔いた

彼女の才能に惚れ込み、浮足立っていた自分が恥ずかしい


「……仲良くなれると思ったんだけどな」


二人は同時に、まったく同じことを口にしながらその最低な日を終えた



――――――
―――




あれから数日経った

お互いの知り得る情報、価値観の違いから起きた言い争いの傷は、まだテリアの中でわだかまりとして残っていた

自分の軽率な行いで起きた事柄を悔いるのはどれくらいぶりだろうか

自らの経営する客のいないカフェで、一人コーヒーを啜りながら思いに耽っていた


「飲んどる場合ではないぞ」


コツンと頭を小突かれ、訪問客の存在に気が付く

よく知る青髪の老人だ


「エルクですか……何ですか、休業中の看板が見えなかったのですか?」


そう言うと、どこから取り出したのか机の上に"Closed"と書かれた看板を置いたではないか

今掲げられてはそんなもの、誰も知る由が無いだろう


「今私が決めたのですから。出てってくださいな」


横暴な発言とは裏腹に、ため息交じりのその声には覇気無い

らしくないと言い放ちエルクは反対側の席に座り込む

真剣なその面持ちに、テリアも態度を改め要件を聞く


「何かありました?」

「サイクロプスの彼女がいなくなった。3日前だ」


何故自分に報告をしなかったと、慌てて言い返すも、その発言は理に適っていないと気が付くとすぐに頬を膨らませ目を逸らす


「街で起こる事件事故を一々君に伝える必要もなかろうて。それに、被害届が出たのは今日の午前だ」


彼の話では、単眼の彼女と共に暮らしていた老人からの依頼だそうだ

遠出をするため、一日帰らない事は伝えられていたそうだ

彼女の働く武器屋でも休暇届けが出されていた

店主は嫌々だったそうだが、彼女の鬼気迫る様子に気圧されて承諾したとの事


「詐欺師が普通届け出なんて出しますか?」

「私も気になっている」


単眼の彼女と一緒に暮らしていた老人は、知っての通り詐欺師だ

そんな彼が何故彼女を探させようとするのか

まだ搾取し足りなかった?それとも情が湧いた?

一体二人はどういった関係なのか……

いずれにしても、彼らが語らなければ謎のままだ


「それで、どこへ向かったのですか?私も探します」

「ああ、そういうと思ってここへ来たのだ。街に行くたびに見えるだろう、一番高い例の山だよ」

「あそこか……厄介ですね」


城下町から馬車で数刻

一日はかからないものの、街からは結構な距離がある

ただの山ならば、テリアも変な顔はしないだろう

しかし、その山は凶暴なドラゴンが棲むことで有名な場所だ

地上に君臨する絶対的王者たる生命体である彼女達

自分の領地に無断で立ち入ったとなれば、その者はただでは済まないだろう

そんな場所に何をしに行ったのか……


「……すまん」

「はい?」


突然苦々しく謝りだしたエルクに

一体何の事かと尋ねる前に、彼の口からそれは語られた


「あの山の事について彼女に喋ったのは私だ」


……言葉を失った

聞く話によれば、彼女は武器を修理するためにある特殊鋼を探していたという

"鋼"というくらいなのだから人の手で作られるものだと思っていた彼女は、より武器と鍛冶師の集まる場所

つまり王国軍の詰所に情報を求めに来ていた

しかし、その特殊鋼についての情報を知るものはいなかった……その時までは


「ついな……あの娘が孫のように可愛くてな……本来機密の情報なのだが……その……」


この目の前にいる大馬鹿野郎が口を滑らせたというオチだ

あの山は火口付近の絶妙な温度のせいで、特殊な鉄鉱石が混ざり合う事があるのだ

その為、彼女の求めていた特殊鋼が自然に出来上がると言った現象が起こる

それを知った彼女はすぐにその特殊鋼を求め旅立って行った……というのが大まかな流れ


「善良な市民を危険地帯にご案内……フフ、やってくれたな糞ジジイ?」

「頼む、この通りだ、私の首でも何でもくれてやるからあの娘を助けに行ってやってくれ。この老体でドラゴンは流石に無理なのだ……」


まるで若いころなら大丈夫と言わんばかりのセリフだが、本当に大丈夫なところが腹立たしい

その汚い首はいらないが、あの娘を助けるのには同意する

テリアは目の前で縮んでしまっている老人に罵倒を投げかけると、普段は隠してあるその背の翼を広げ飛び出していった



――――――
―――




どれ程の時間が経っただろうか

水と食料は余分に持ってきた

3日ほどなら持つハズだ

しかし、もう手元には何も残っていない。3日経ったという事なのだろう

自分はここで死ぬのだろうか。身動きの出来ないこの暗い場所でただ死を待つばかりの時間がとても惜しい

家に残してきた彼の事、自分の為に機密事項をこっそり教えてくれたあの優しい老人の事

忌々しくも思う店主の顔も懐かしい

そして……面と向かって自分の腕を始めて褒めてくれたあの少女が、確執を超えて愛おしくも思える

そんな事を考えながら、単眼の彼女は立ち上がる


「……まだ死ねない」


残してきた物の大きさに、彼女は負けられないでいた


ここは火口付近の洞窟

彼女は足を滑らせ深くまで落ちてしまった

怪我の様子からしばらくは動かずにいたが、それももう限界だ

この蒸すような熱気は身体によくない

いくら頑丈な魔物と言えど、限度がある

失われた水分を少しずつ手持ちの僅かな水で補給しつつ、歩き出した

サイクロプスの眼は夜目も利く

真っ暗な道でも多少ならば融通が利く

しかし、歩けど歩けど広がる闇。心身共に疲労が嵩み、彼女自身が壊れてしまいそうになる

諦められない心、しかし身体が着いてこない

仮に、この先に進み続けたとしてもどうなる

出口のない迷宮を彷徨い続けるのか、それともまた穴に落ちるのか

最悪、ドラゴンの巣に顔を出してしまうのだろうか

いや、それならそれが一番いいだろう。最期にヒトの顔を見られるのだから


「……余計なことは考えるな」


自分に言い聞かせるしかないその状況は熾烈を極める

あと少し、あと少しと希望を持てば持つほど、心の中の絶望も広がっていく

熱い……

あとどれ程持つのだろうか

ああ……目が霞む、世界が回る

……ここまでか





「ここまで……よく頑張りましたね」


薄れゆく意識が唐突に覚醒する

こんな場所に誰かがいるはずもない、なのに


「こんなに衰弱して……お水、持ってきましたから飲んでください」


それなのに……


「……貴女は?」

「テリア・アンフォート。まだ名乗っていなかったですね」



……



光指す道を目指し、二人は歩いていた

導かれるままに進むと、澄み渡る空が単眼の彼女を出迎えた

洞窟の中とは比べ物にならない程の快適さに、彼女は太陽と風にこれほど感謝の心を覚えた事はないだろう

一息つくと、二人はその場で腰を下ろし休みを取る

何故ここへ来れたのか、どうして自分の居場所が分かったのか

聞きたい事は山ほどあったが、喋りだそうとしたその口に指を当て、テリアは微笑んだ


「どこぞの馬鹿に吹き込まれた事であっても、こんな危険な場所に足を踏み入れるなんて命知らずもいい所ですよ」

「……ごめんなさい」

「……よろしい!」


まるで先生と教え子にでもなったつもりで会話は続く

テリアはエルクから場所を聞いた後、まず王国の上層部に掛け合い特殊鋼が発生する地区を調べた

探索をその地区に搾り、飛び回りながら魔物が発する魔力を頼りに探していた

勿論、ドラゴンの住処は避けてはいたが


「……でも、どうして洞窟の中にいる事……わかったの?」

「火口付近って棲息出来る生物自体が少ないんですよ。だから、不自然にそこにあった今にも消えそうな魔力が見えたので、もしかしたらと思いまして」


テリアの考えは的中していた

というよりも、目ぼしい場所を手当たり次第調べていたので、見つけられたのはほとんど運が良かっただけであったが

結果的に早期発見出来たので全て良しとすることにしておこう……という風になっていた

当然彼女はその言葉に不安を覚えたであろうが


「……」

「そう変な目で見ないでくださいな」


ようは結果が出ればいいのだ

一息ついた後、怪我をした彼女を連れて飛ぶことは出来ない為、このまま下山する事にした

揉めたことなどとうに忘れたかのように、二人の距離は縮まっていた

人の好意を無下にするほど、彼女の心は狭くない

無口ならば無口なりに、彼女はその好意に対して態度で返す

帰ったら、このテリアと名乗った彼女に何か恩を返そう

単眼の彼女はそう心に誓った……

……いや、いつまでも"単眼の彼女"と表現するのはおかしい話だ


「私は名乗ったのです。お名前……聞いてもいいですよね?」

「……勿論」


彼女の口から語られた落ちたその名前




本名:シュナイディアシューンベルク・ナックニーディリアルン




……長い

……覚えにくい

……どこで区切ればいい

……そもそもなんだこの名前は



ポロリとそう零すと、シュナイディアシューンベルクは落ち込んだ

どうもこの娘はそんなにメンタルは強くないらしい



「……シュシュでいい」

「フフ、それではシュシュ……改めて」


これからもよろしくお願いします

そう言って握られた手は、二人の新たな友情としての印だった

……しかし、そんな二人の背後に近づく大きな影があった


「……あ、テリア」

「はい」

「……後ろ」

「はい?」


雄々しくも美しい、その翼を広げ

鋭き爪を輝かせ

そして見るも恐ろしきその眼で縄張りに足を踏み入れた敵を捕らえる


「他人の居城に無断で足を踏み入れるとは、恐れ入ったよ。命知らず共め」

「あー……」

「……あー」


その存在をすっかりと忘れていた

そう、ここはドラゴンの棲む山

地上の王者たる彼女を怒らせれば、その絶大な力にひれ伏す事になるだろう

ドラゴンに申し訳ない気持ちと、手負いのシュシュを守らなければいけない気持ちで一杯になるが

テリアの次の行動は決まっていた


「さて……あともう一息で下山ですし、張り切っちゃいましょうか。ま、王国軍の兵士達よりもずっといい戦いも出来るでしょうし」


悪戯な笑みを浮かべ、確かな闘志燃やす

最強のその爪と、何ら遜色のない輝きを放つ刃を取り出した


"黒槍 ガル・タルグ"


テリアの持つ一振りの槍だ


「……倒せるの?」

「やれますよ、だって……」


間髪入れず繰り出された竜の火弾

しかし、既に狙った場所にその姿は無い

ドラゴンはすかさず空を見上げると、そこには槍を掲げた少女がいた


「だって、貴女が手入れをしてくれたんですから!」



――――――
―――




「……」

「……大丈夫?」


物事は、何事にもスマートに解決するという事は出来ないらしい

それをテリアは今痛感している


「テリア、その……頭が……」


城下町に戻ると、すぐに見知った老人が彼女を出迎えた


「聞かないでください……まったく、あのトカゲ風情が……」


言ってしまえば油断

テリアはドラゴンに難なく勝利した

しかし、その後に事件が起きた

ドラゴンは最後っ屁にワザと岩場に向かって砲撃、そして崩落した岩が彼女の頭を直撃して大きなコブを作ったのだ

結局、その後ドラゴンは大笑いしながらその場から去り、勝者であるはずのテリアが地に膝をつくこととなったのだが、あえてそんな話までは他者にするまい


「ああ、まぁ察しは着くが……それよりも」


急に表情を変え、エルクはシュシュに詰め寄る

只ならぬ雰囲気を感じ取ったシュシュは途端に苦々しい表情となった


「危篤だそうだ、早く行ってあげなさい」

「ッ!!」


その言葉を聞いた途端、シュシュは今まで見たことも無いような速さで駆け出して行った

余程の事があったのだろう。もしくは、それを想定していたのか……

当然、テリアは何の事かも知らずにただ立ち尽くしているだけであった

しかし、"誰が危篤なのか"はハッキリと理解していた


「あの詐欺師ですか?」

「うむ……」


エルクも調べるのに時間を要したらしいその事実

あの詐欺師はシュシュの実の祖父だった


……


急いで家の扉を開ける

3日ぶり帰宅したその家は、いつもと変わりなくシュシュを優しく迎え入れた

家に帰ればいつも祖父が笑って「おかえり」と言ってくれる暖かな家庭

辛い仕事も、その一言があったからこそ彼女は頑張れた

祖父の待つ部屋に戻ると、そこには顔から精気を無くした老人が横たわっていた


「シュシュ……」

「お爺ちゃん!!」


伸ばされた手を必死につかむと、シュシュの大きな眼から大粒の涙が零れる

もう助からないと察したシュシュは必死に彼に縋りつき

最期に孫の顔を見られた老人は、笑顔を作った


……

かつて、まだ若かった頃の彼は、偶然街に来ていた魔物娘を騙してやろうと近づいた

それは、婿探しに来ていた一人のサイクロプスだった

自分は名高き剣士だと大ウソをつき彼女に近づき、散々彼女に武器を作らせ貢がせていたそうだ

その武器は市場を回り、やがて街のあらゆる場所で見かけるようになるが、サイクロプスの彼女がそれに気が付かない訳がなかった

それでも、彼女は一重に彼の為に剣を造り続けた

何本も、何十本も……彼の為だけに槌を打ち続けた

しかしある日、彼女が突然彼にこう言ってきたのだ


「……最高の一振りを、貴方の為に創りたい」


何かを決意したようなその真剣な眼に、思わず彼も同意してしまった

そして、ドラゴンの棲む山に特殊鋼があると聞き、彼女はそれを手に入れる為に旅立って行った

……だが、数日経っても彼女は帰ってこなかった

彼は死んでしまったか、あるいは見切りをつけられて体のいい別れ話をされた程度に思い、彼女を探しもしなかった

……心のどこかに穴が開いているという事にも気が付かず

数か月経ったある日、手紙と共に大きな箱が彼の家に届けられた

それは、共に過ごしたあのサイクロプスからのものだった


"貴方が私を騙していたことは知っています。貴方が私の創ったものを全て売り飛ばしていたのも知っています"

"それでも私は貴方を愛しています、今でもそれは変わりません"

"愛情の証として、夫婦の契りとして、貴方にその剣を送ります"

"私のお腹に宿った命の鎖はきっと、貴方に感謝する時が来るでしょう"

"私が傍に居れば貴方の迷惑になるばかりです。もう、貴方の前に姿を現す事は無いでしょう"

"さようなら、愛しき人"


彼は、彼女が身籠っていた事を始めて知り、そして後悔した

自分の馬鹿な行いに気づいていながらずっと付き合ってくれた彼女の優しさが、今になって刃のように心に突き刺さったのだ

何とも思っていなかったはずの化け物に、いつの間にか心奪われていたのは自分自身だった

それから彼は、一心に彼女の創ったものを取り戻すために手を尽くすことになる

ある時は脅し、ある時は騙し……どんな手段を使っても、彼女の創ったもの全てを集めると決めたのだ

詐欺師として知られるようになったのはこの頃だろうか……だが、因果応報。そんな彼にも報いは来る

彼自身も騙されたのだ。他の詐欺師に全ての武器を取られてしまった

この頃になると、既に年老いて物理的な手段も行えず、名が知れ渡り過ぎてしまい間接的な方法も取れなくなってしまった。つまりは泣き寝入りだ

過去の行いが自分の首を絞めて今に至る

年老いた自分を看取ってくれる家族も居らず、手元に残ったのはかつて愛した女性が残してくれた、ボロボロになってしまった一太刀の剣

……だが、このまま死にゆくだけの人生を送っていた彼に、光が差し込んだ


「……孫です、あなたの」


大きく美しい瞳、見覚えのある工具、そして特徴的な間を置く喋り方……

彼女の繋いだ命の鎖が、今自分の下へと帰って来たのだ


……


心優しき少女に看取られ、一人の男がこの世を去った

その最期の顔は、安らかで、朗らかで……まるで彼女の未来を祝福しているようだった


「……生きている内に……直してあげたかったな」


彼の腕の中で大切そうに握られていた剣を、彼女は静かに手に取った……

それは冷たく、重く……しかし、とても幸せと思い出が詰まっているものだった


国から派遣された医者が部屋から立ち去ると、シュシュは涙を拭い立ち上がった

そう、彼女の撒いた種が実り、そして回収する時が来たのだ


「大まかな話はあのクソジジイから聞きました」


いつの間にか部屋に侵入していた神出鬼没の少女、テリアが彼女に声をかける


「彼の旅立ちが良いものであるように祈ります……そして、貴女の未来がより良いものであるように願います。さ、行きましょうか」

「……うん!」



……



「ちょ、ちょっと!!アンタら何してるんだい!!」


慌てて店の商品を抱え込むと、店主は怒りを顕にする

そんな店主を押しのけ、兵士は次々と店の武器を押収していく


「やめろ!!アタシがどれだけ苦労して集めたと思ってんだい!!高いんだぞ!!」


喧しいその声をかき分け、彼女に三人の人影が迫る


「あら、始めて見たときよりも皺が増えてません?」

「そういう事は人間の女性にはご法度だぞテリア。魔物の君には分からんだろうが」

「……」


一旦は意気消沈していた店主も、見覚えのあるその顔を見ると、シュシュに迫り息を吹き返す


「アンタ!なんかしでかしたか!!何でアタシの店がこんな事になってるんだよもう!!ねぇ兵士さん達?コイツが全部悪いんだろう?さっさと連れてってくれよ!!」

「……」


酷い八つ当たりに流石のシュシュももう我慢する事も無くなったのか、ワザとらしく大きくため息をついた


「まだ別っとらんのかこのオバサンは」


ジジイが口を挟むも、店主のマシンガントークは止まることを知らない

この出来事の詳細はシュシュの祖父の因縁に繋がる

この店に置いてある商品のほとんどは、実は彼女の祖父から騙し取ったあの武器なのだ

それを独自に発見したシュシュは、店主に近づき武器を取り戻す算段を立てていた

とにかく人目の付くほどに有名にして、そして黒い噂を流す

終いには裏帳簿を盗み出しそれをリークしたり、果ては罪を無理矢理でっち上げ通報までしていた

……その見た目や性格からは考えられない程えげつない事をしているが、一心に祖父を思っての事だろう

大声を張り上げながらも兵に連行されてゆく彼女を三人は見守りながら、胸の中のイライラがスッと晴れていく気分を体感しているだろう


「しかしだ……」


エルクが言うには、押収した武器は盗品扱いではあるが、それは全て経緯が真っ黒なものだ

必ずしも全てがシュシュの下に返ってくることは無いだろうとの事だが、以外にも彼女はそれをあっさりと了承した


「……武器は、使われる為にある。あんないつ売れるか分からない人の手元にあるよりも、使ってくれる誰かの所に行ってくれた方が、武器もお婆ちゃんも喜ぶから」


控えめな可愛らしい笑顔でそう言いきった

テリアが思っている以上に、彼女はしっかりとした考えを持っているようだ


今日この日、こうしてサイクロプスの少女シュシュの大復讐劇は幕を閉じたのであった



――――――
―――




あれからもう何年かが経つ

テリアの店にはいつも顔を出す一人の少女の姿があった


「……」


目は一直線を描き、唇を突き出してストローを啜る可愛い生物だ


「相変わらずというか何というか……変わりませんね、貴女は」


マイペースというか何というか……そんな彼女にテリアは毎度癒されている


「……おかわり」

「はいはい……フフ」


まるで妹のように甘え、そして姉のように振る舞う

二人の関係は親友というよりも、とても仲睦まじい姉妹のようにも見える


「あ、私もおかわりだ」

「私も貰おうかな」

「おう、俺も何かくれよ」


次いで金髪の少女、青髪の老人、赤髪の青年……見知った顔の親友たちが、テリアに注文を入れる

面倒くさそうに注文に応えていくテリアの顔は、忙しくも穏やかであった


「……やっぱり手伝う」

「あら……フフ、お願いできますか?」


お互いに顔を合わせると、優しく微笑み返した


彼女の腰に常に掛けられている

彼女自身が修繕した、祖父と祖母の残した形見

二人を巡り合わせ、繋いだこの刃を

彼女はいつまでも大切に持ち続けた……


ここは"青空カフェテラス"

見渡す限りの大自然
生い茂る緑の草原
遠くに見えるは壮大な山々
果てしなく澄んだ青空の真下

正体を隠す少女のお店
今日はお客が来るか来ないか……



the Creator

fin

出た!!イノミュの謎シリーズだ!!

|▽ ̄)やっと本筋に戻れた青空カフェ。なお、続かない模様
他所に投下するための改行方法の為ここじゃちょっと見難かったかも
まぁ何はともあれ書けて良かったわ。過去作覚えてる人いないと思うけど
もし他の青空カフェが気になったらイノセントミュージアムで調べろ(命令系)

では、失礼しました

16/01/11 02:35 イノセントミュージアム

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