コッペリアの人形師

――――――
―――




「悪霊退治……ねぇ」


城下町の裏通り

この人通りの少ない場所に、知る人ぞ知る店がある

"カフェ・トランシルバニア"

そこで働く一人の少女"テリア"

少しだけ……ほんの少しだけ不思議な力を持つ彼女の下へ、奇妙な客が訪れた


「お願いします!調べていただけるだけでも結構なので……」


深々と頭を下げる男

まだ青年になり切れていない、幼さを残す出で立ちだ

テリアはそんな彼に頭を上げてくれと男に言う


「悪霊退治と言われてもピンと来ませんが……ここが何のお店か分かっていないのですか?」


困ったように問いかける

当然、さっきも言った通りここはカフェだ

悪霊退治なんて以ての外、餅は餅屋に任せるべきだ。などと言っても……


「貴女に頼めば魔物のいざこざは解決してくれると……風の便りで聞いたものですから」

「ああ……」


週一でしか空いていないハズのお店に、一見の客はあまり来ない

来るのは大方、物珍しさに来る極々少数の人間か、彼女と親しい者達か……

この男は間違いなく、後者の者から何かを聞いたのだろう。であれば、そんな話はまず始まらない

交友関係は広い方ではない、噂を流した人物は探そうと思えばすぐに見つかるだろう

しかし、今はそういう状況でもない

まずは目の前の……


「お願いします……!」

「……ハァ、分かりました。男がそう易々と頭を下げないでくださいな」


男の話を聞かなければならなくなった

正直乗り気ではなかったが、ここまでされては仕方がないだろう

何より、彼女は今とある理由で非常に寝不足だ

まともな睡眠時間を取ることも出来ず、気分は最高に最低という訳の分からない事になっている

そんな状態で話を聞くなどと、お人好し……という程でもないが

男の尋常ではない態度に"普通ではない"事を読み取った。まずは話を聞いて確かめてみよう


それは彼女にとって大好物なのだから


……


「どうぞ、コーヒーでも飲んで落ち着いてください」

「……お金を持ってきていないのですけど」


人に物を頼もうとしているのに菓子折り一つ持ってこないとは何事か

機嫌の悪さから出る言いたい言葉をグッと堪え、それでも構わずとその濁った水を差し出した

聞いた話が面白ければ投資という事にしておこう

そうでなければとっとと追い出そう


「それで、私に話したい事は?」


反対側の席へ座り、男の返答を待つ

言いづらいことなのだろうか、その静寂に耐え切れず口を開く


「言いづらい事ですか?」

「……」


優しく問いただしても答えはない

ああ、ひょっとしたら淫魔絡みの話だろうか

確信すると、少し退屈になる

この年頃の男の悩みの一つだ、何か性的な事で話を持ち掛けられるのも珍しいことではない

解決方法を求めてくるか?それとも、淫夢を魅せる夢魔を退治しろとの依頼か?その手の話は聞き飽きた

だが、彼女の思っている事とはまた違ったアプローチを男は見せてきた


「これ……なんですけど」

「あら……」


彼は自分のカバンを漁りだし、机の上になにやら人形のようなものを置いた

飾るにしては大きく、そして艶やかだ

……そう、男が遊ぶあの人形だ


「ダッチワイフとは……女性の私に見せてくるとは、何かの罰ゲームですか?」

「ち、違います!!調べてほしいのはコレの事です!!」


無理にこちらに押し付けられても、触りたくも無いのだけれど……

そんな感情も知らずか、パッと手を離され受け取らざるを得なくなる

何を思ってこんなものを持ってきたやら、男はそんなテリアの表情を見て慌てて言葉を付け足していく


「い、一応言っておきますけど!参考として買ってきただけですよ!ただ、その……変なところは無いかと……」


……変なところ、か

この男が何を言いたいのかは理解した

そう、心当たりはある


「リビングドールと言う魔物は……ま、こんなものを持って私の所に来るのですから、知っていますよね?」


言葉なく頷くと、男はそのまま俯いた

―――リビングドール

人形が意志を持ち、淫魔と化す事で生まれる

粗末に扱われたり捨てられたりした事で他人の愛に飢えるようになった人形の末路

一度生を受ければ、彼女達は精を貪る魔物へと豹変する


だがこの人形はどうだ

上を見ても下を見ても

まして見たくも無いスカートの中身を見ても新品そのものだ

知り得る限りの情報に当てはまらない。こんなものが魔物であるハズも無い

何故こんな話を持ち掛けた……と、思わず呟いてしまう


「す、すみません……」


謝るくらいなら来ないでほしいものだが……

先の尋常ではない態度を思い出し、そこに何か理由があるのではないかと尋ねる


「……実は」


その後、彼は恥ずかしさから言葉を濁しながら長々と説明をする

もっとスマートに事を運べはしないものか、テリアは適当に聞き流しながら頭の中で整理する


この人形は特注品で、ある人形師が作った極上の品であるそうな

触った感触はまるで生きている少女そのもの。それどころか虚しい一人遊びでも好感触だと

それだけならば良かった、それだけならば……


「……アレですか、"生きている"と?」

「はい……」


何を言い出すかと思えば、妄想に憑りつかれたか

聞くところによると、仲間内で紹介してもらったこの人形だが、夜な夜な本当に人形と"愛し合っている"と言い始める者達が出始めたとか

妄言などではない"それ"は、他者からも目に見えて分かるほどだという


目の下に隈が出来、まるで精気が吸われたかのように無気力となり、そしてやせ細る

まるで、淫魔に襲われたかのように……


「……信じろと?」


若干の怒りと軽蔑を込めて、冷たい目で男を見る

慌てて男は取り繕おうとするが、そんな話をされてもいい気分にはならないだろう

妄想だと一言いてしまえばそれまでだ。夢見がちな青少年が多少魔物の知識を齧って悦に浸る

ああなれば気持ちいいだろう、こうなればどれほどの快楽を味わえるだろう

実にくだらない、ああ下らない

だが……


「死者も……出ているそうです。死ぬ前日、いえ、もっと前から……"普通じゃなかった"って」

「ヘぇ……」


その一言でテリアの表情は変わる


「下らない、と吐き捨てるのは容易いですが……一応調べてみるだけ調べますか」


渋々と引き受けながらも、彼女はどこか嬉しそうにしている

テリアは退屈と不変を嫌う

目の前に放り出された厄介そうな、その"普通じゃない"事に、彼女は心躍らされていた



――――――
―――




町へ出れば聞こえてくる。数多に飛び交う噂の中


"呪いの人形"


調べてみれば見る程興味が湧く

ただの人形とは思えぬほど美しく、そして何とも愛らしい

まるで、本当に生きているようだった


心奪われるのも無理はない、これほどまでに精巧に、それも男を魅了する作りをしているのだ

さぞかし有名な人形師が作ったのだろう

その魂無きヒトガタの事を調べるうちに、一つの店に行きついた


「"コッペリア"……」


城下町の外れ。人通りの無い裏道

テリアの喫茶店とは正反対の方角に構えられた小さな人形店

繁盛こそはしていないものの、客足はあるようだ

店から出てきた、何体か人形を購入したであろう袋を手にした小柄な女性とすれ違い、それを確認する

派手に着飾らない質素なその建物のショーケースには、可愛らしい人形たちが肩を並べてこちらを見ている

おいでおいでと、まるで自分たちを手に取る主が現れるのを期待するかのように

そんな物言わぬ人形を気にせず、テリアは店の扉を開けた



手入れはあまりされていないのだろう。戸は軋み、木と木が擦れ音を立てる

店内は僅かに照明が照らすが仄暗く、独特の臭いが充満している

棚には所狭しと並べられた人形と、その部品

小ぢんまりとしたその店の奥には、工房と……いくつもの作りかけの人形が見える


「ん……いらっしゃい、初めての人だね。何かお探しかな?」


不意に声を掛けてきたのは金髪の若い男性。清潔感溢れる爽やかな青年だ

エプロンと手袋を着用し"いかにも"、といった感じの風貌をしている

作業の途中だったのだろう、手に持たれていた何かの部品を机の上に置いた


「腕のいい人形師がいると聞きましたので立ち寄ってみました。貴方が……」

「フフ、ここにいる人形師は僕しかいないけれど……それほど有名になった覚えは無いよ。腕がいいなんて、誰がそんな事を言ったのやら」


世事を言ったつもりはない。店に並べられたものを見て本心から出た言葉だ

少しだけ面白がるようにその事を伝えると、人形師は照れを隠せなかったのかバツが悪そうに顔を逸らし頭を一掻きした


「参ったね、美人さんにそう言われると、僕も自信がついちゃうね」

「まぁ!美人だなんてお上手ですね!」


いくつになっても貰えば嬉しい言葉だ

お互いに挨拶は済ませた。後は話を持ち込むだけ

人形についての話ならば間違いなく話は弾むだろう


「今の売れ筋を教えていただけます?」


人形師は例えで一つの人形を指さした

今の人気は60センチサイズのドールだそうな

よく着せられている服は東洋の服……着物が流行になっている

それに合う外装もオプションとしてよく注文されるらしい

展示されているまさにサンプルがそれだ

犬耳と尻尾、どこか気品を感じさせ、されど幼さを残す花柄をあしらった水色の着物を着た愛らしい人形

背負いものは、小物が入った大きなリュック

どうやら着物の商人をイメージした物らしい

どこかで見た事があるような……


「あの人形がなにか?」

「……い、いえ。あの人形の衣装が綺麗だなぁと……あ、そういえば」


そのまま、テリアはそれとなく、話の流れで"ある人形"についての話を持ち出した

すると人形師は、何か思い当たる節があるかのように黙り込んだ


「……リビングドール、か」


少し強引だったろうか

しかし、こういった話題を避けはすれど、話してこなかったという事もあるまい

そのまま話題を押し通し続ける


「聞いたことくらいはあるでしょう?こういったお店なら、もしかしたら……フフ、取り扱っているのではないかと思ったのですが」


馬鹿を言ってはいけない!

そう返事が返ってくることを期待していた

……のだが


「アハハ、人形とおしゃべりが出来るのも悪くはないかな」

「あら」


どこ吹く風か、まるでどこか遠くの国の出来事なのではないだろうかという風に笑い飛ばされてしまった

勿論、人形師としては魔物を店で扱っているなどと不名誉な事を言われたくはないだろう

少し探りを入れるつもりで挑発したものの、怒り出す事もせず冗談で済ませる辺り、人形師の方が一枚上手だった

そう、だからこそ逆に怪しい

テリアの勘は、この人形師に何かを感じていた


「いや、笑ってしまって申し訳ない。どうしてそんなものをお探しに?」


当然とばかりに聞き返してくる

今、若者の間で噂程度にはなっているであろう"呪いの人形"

それを知ってか知らずか、一点の曇りも無い瞳でテリアを見つめる


「てっきり知っていると思ったのですが。こういう仕事柄、その話題には敏感にならなくて?」


それはそうだ……と、また笑う


「でもね、残念だけど僕は関係ないよ、お嬢さん」


知っていてとぼけたような態度を取るのだ、不審がられても仕方がないだろう

人形師は自分が何かを知っているのだと思われていた事に対する弁明を済ませる

聞けば、そういった……男を悦ばせる"改造された人形"は、ここでは取り扱ってはいないらしい

もし自分の人形がそんな事に使われているのだとしたら、それはもう自らの手から離れた知らないモノ

そう言い、少し寂しげな表情を浮かべた人形師は、また作りかけの人形を手に取り作業を再開した


「やはりお辛いですか?自分の手がけた作品が他者に弄ばれるのは」

「いいや、そんなことはないさ。それぞれの主人の下で、彼女達は主人の好みの色に染まるんだ。それが人形本来の姿だからね」


その時、店の奥を隠すような動作をした人形師の動きをテリアは見逃さなかった


「力になれなくて申し訳ないね、お嬢さん」

「いいえ、こちらこそお客でもないのに申し訳ないです。ありがとうございました」


また来ます

聴こえるか聴こえないか、微かな声でそうつぶやくと、テリアは店を去っていった




軋む音のする扉が閉まるのを確認すると、人形師はその手にある作りかけの人形を再び机の上に置く

先ほど気にした店の奥に足を運び、"あるもの"の目の前で彼は身を屈めた

愛でるように、そして慈しむように撫で、そっと抱き上げる


「……」


人形師に言葉は無い

そこにあるのは、虚構の瞳だけ



――――――
―――




飛び散る汗

乱暴に腰を振るも、まだ足りないとその勢いを強めていく

その欲望を受け止める少女は、壊れてしまいそうなほどか細く、そして小さい

抑えられないと、衣服を剥ぎ取り乳房を噛む

チクリと痛みが走るも、少女は優しい笑顔で、変わる事の無い表情でそれを見つめる

終わらぬ夜の狂乱

少女に覆いかぶさる男はこれでもかと猛るものを叩きつける

小さな体を抱え上げ、頭を掴むと、貪欲にその唇に吸い付いた

たっぷりと含ませた唾液を流し込み、強く抱きしめ、少女の身動きを一切許すことはない

小刻みに揺れていた身体が更に勢いを増してゆく


果てるか、果てるか

ああ、それが人の営みだ

人が命を繋ぐ瞬間だ

なんと美しい事か、何と神秘的なことか!


達したものから吐き出された暖かな液体は、暖かく柔らかな膣内へ吸い込まれていく


小さな小さな少女はピクリとも動かない

跳ねあがった心拍数も徐々に落ち着きを取り戻し、男は冷静になっていく

そそくさと片付け始めるその姿は、どこか恥ずかしさを含んでいる

やってしまった。そう呟くと、こびり付いた自分の子種を拭う

"物言わぬ少女"を見つめ、溜息をつき、自分の愚かな行為に後悔する

今後の事を考え、男が物思いに耽っていると、突然に視界を遮られる

柔らかく、そして暖かなものが男の目を覆う

突然の事で気が動転し、立ち上がろうとするも身体が思うように動かない

男を襲った急激な脱力感、浮遊感と共に意識を保てなくなる


そのままベッドから落ち、倒れ込む

同時に、目を覆っていたものはスルリと離れて行った

そして、目の前には信じられない光景が待っていた


「……」


あどけない、屈託のない笑みの少女に見守られながら、裸の男の意識は途絶えた



――――――
―――




「はい、コーヒーお待たせいたしました」

「ん、悪いな」

「ええ、悪いと思うのならばそれ飲んでさっさと仕事に戻れ色ボケジジイ」


決して虚ろう事の無い宝石のように輝く満面の笑みで、本心からテリアは汚い言葉を言い放った


人形の話を持ち掛けられたあの日から一週間が経過していた

その後は進展も無く、情報が入るのを待つだけ

この城下町で起きる事件を全て把握する人物から話を聞く、ただそれだけの事ではあるのだが

目の前で淹れたてのコーヒーを飲んでいる老人を邪険に扱いながら、テリアはまた静かに時が流れるのを待つ


「せっかく色々と調べている最中だというのに、君はいつもそっけないのだな」

「貴方に関しては……の話ですが」


そう、この老人こそがその情報を持ち込む人物なのだが

テリアに気のある彼は、年甲斐もなく彼女に良い恰好を見せようと奮闘してくれる

そこは上手く利用させてもらっているのだが、付き合い方も大概にしておかなければ、疎ましく思えてくることもある


「頼んでおいた情報も持たずに、毎日無意味に私の店に来るんですから。そりゃこうもなりますよ」

「ふむ、もっともだな。だが分かってくれ、こちらも忙しい身で疲れているんだ、コーヒーを飲むくらいいいだろう」


分かっているのなら用も無いのに来ないでほしいものだ


「ただの客として扱ってくれて構わんよ。私は君を見ているだけでも楽しいのだから」


歳を取るとこうも気味の悪いことが何の恥ずかしげもなく言えるようになるのか。人間というものは怖い

最も、それは彼個人の人格によるところが大きいのだろうが……


「ぶち殺しますよ?」

「……」


突然発せられた言葉に押し黙る老人

麗しい笑顔から放たれる殺気は紛れもなく本物だ

本当に殺しこそしないだろうが、彼女を怒らせたら確実に辺りの地形が変わる。怪我で済むかどうか分からない

目の前にいるこの老人は、彼女が唯一虐待をしてもいいと判断している存在だ。これほど理不尽な事があっていいのだろうか


「あー、ここのところ……まぁ理由は分からないが、ずっと君の機嫌が悪いようだが……」

「ええ、悪いですよ。で、そろそろ話を戻しますが」


仕切り直しと言わんばかりに無理矢理矯正をする

これ以上この老人の戯れに付き合う必要も無いだろう

一転して表情を変え、二人は真面目な口調で語りだす


「"呪いの人形"だったか、何とも嘆かわしいことだ。我らの住むこの町でそんなものが存在するとは」


友好種を除けば人間にとって魔物は敵対すべき存在だ

ましてや町中にそんなものが蔓延しているとなれば、強い拒否反応を示す人も出てくる

この老人、"エルク・バランド"はこの国の兵を束ねる長であり、この国最強の魔法戦士でもある

老いて一戦を退いたものの、この町の治安維持の為に現役さながらの活躍をしている

そんな彼からしてみれば、今回の話はとても無視できるものではないのだ


「公表こそしていないものの、恐らくそれに関するであろう事件が起きてな。今日は一応その報告だ」


ならば先に言ってほしいものだ

魔物被害は人間同士のいざこざと違い、基本的には公表されない裏の情報という扱いになる

それは人と人との争いとはまた違い、猟奇的であり、背徳的でもある

人の倫理から外れた"それ"は、あまりにショッキングなために、あえて伏せられる事が多い

このような情報は、本当ならば他者に話していい事ではない。まして話した事が漏れたのならば、彼の立場上不祥事どころの騒ぎではない

そこはテリアとエルクの古い付き合いからなる信頼関係だ。お互いに口を紡ぐことを知っているからこそ語り合えるのだろう


「また死んだよ。じつに3人目、また傍に人形が落ちておったわ」


その場の状況、死体の状態

そして、そこまでに至ったであろう仮説

想像するだけで全てがとても魅力的で興味深い話だ

テリアの口元は緩み、目が輝きだす


「人の死ほど面白い話はない、といったところか?」

「そこまで堕ちたつもりはありませんよ。私はその出来事自体を楽しんでいるのですから」


人間観察ほど楽しいものはない

テリアは人間観察が好きだ

人が辿る生き様が大好きなのだ

人が生まれてから死ぬまで、何を成しどうやって散り行くのか

そこに辿り着くまでに何があったのか

彼女はそんなものを見つめる為だけに、こんな話に首を突っ込んだのだから


「だからこそ……」

「ん?」


続きがあるのか、と老人は再び耳を傾ける


「私の中では人の死は許されません、決して。それが明確な殺意を孕んでいるのならば尚更。それは一つの物語の終わり、その人がこれからも歩んでいけたハズの物語が強制的に幕を閉じた。それはそれでその人の"終わり"だったのでしょう。しかし!これから先出会えたであろう事柄全てを否定されるのはあんまりです、こんな悲壮な事があってたまるものですか!」

「……やれやれだ、君のそういうところはついていけんよ」


そうだ、彼女はそういう奴だったな

やけに饒舌になる彼女にほとほと呆れたように、はたまた諦めたかのように溜息をつく老人

"傍観者"たる彼女の探求心は常人ではついていけそうにない


「フフ、それで?もっと話してくださいな」

「ふん、まぁいいだろう……」


彼女の好奇心は貪欲に情報を貪っていった



数日前、一人の若者が変死体で見つかった

ベッドの上で裸で寝かされていた

部屋は荒らされた形跡が無く、物取りの犯行ではないことは明白だ


「当たり前でしょう、今まで何の話をしていたつもりですか」

「最後まで話をさせてくれないか」


続きを待ちきれない機嫌の悪い彼女を落ち着かせ、また話を続ける


部屋には他に誰かが侵入した痕跡もなかった

しかし、その死体には明確な意思が示されていた


「意思……?」

「先ほど、ベッドの上で"寝かされていた"と言ったろう」


男の死体は、ロープで手も足も首も……

色がドス黒く変色してしまう程にきつく縛られ、ベッドに磔の状態にされていた

口には詰め物を入れ込まれ、そして局部は激しい性行為に耐える事が出来ずに……


「勃起したまま折れていた……痛いな」

「あー……痛いでしょうね」


そんな猟奇的な場面を見たのだ、男ならば気が気でないだろう


「言うまでも魔物の仕業だ、辺りに体液がこびり付いておったよ。死ぬ前までは余程お盛んだったのだろうな」


必要の無いそんな分かり切った情報をワザワザ付け加えるからセクハラジジイと呼ばれるのを彼は分かっているのだろうか

そんな事を思いながらも、テリアは一つ気になった事を口にした


「それで、その猟奇的な事件に私の持ち出した話はどう絡んでくるのでしょう?」

「なに、簡単なことだ」


待ってましたと言わんばかりにその質問に答える


「その男の死体の傍らに、寄り添っていたのだよ」


ゆっくりと開かれた口から、予想通りの答えが告げられた

そして、その出所も……



――――――
―――




「おや……この間のお嬢さんだね?いらっしゃい」

「ええ、お邪魔します」


薄暗い店内。古びた扉を開け、また大きな袋を抱えた女性とすれ違い、テリアは数日ぶりに人形店に訪れた

今回もまた客としてではない、あることを確かめに来たのだ


「お人形、見せてもらってもいいですか?」

「構わないよ、ケースに入っていないものなら手にとっても大丈夫さ」


その言葉を聞いて、一つ。以前目についた着物商人の人形を抱え上げた

意外と重量のある"それ"を見つめ彼女は瞳を覗き込んだ


「まるで生きているみたい」

「人の形をしたものというのは魂が入りやすいという話はよく聞くね。だからこそ、あんな噂も……」

「貴方はそれを……どうお思いですか」

「……」


連ねた言葉を聞いて押し黙った人形師は、テリアから人形を抱き返すと、また棚に置き直した


「あら、手に取っていいのではなかったのですか?」

「悪いね、兵達に散々事情聴取をさせられていて。その話題を振るような人に僕の作品は触ってほしくはないな」


改造されていたとはいえ、彼の作った人形が変死体の横に置いてあったのだ。問いただされない訳もない

少し気が発っていたのだろう、テリアは申し訳なさそうに"そんなつもりは無かった、自分は何も知らない"と白々しい嘘をつき人形師に頭を下げた


「……いや、僕の方も大人気なかったね。兵士達くらいしか知らないそんな情報を君が知っている訳がないのに」


そんなワケが合ってしまうのがこのテリアという人物なのだが

しばしの沈黙の後、人形師は再び作業に戻った

居心地の悪くなってしまったこの場所に居座る物好きな者はそうはいないだろう

帰れとも言えない人形師の立場を利用し、テリアは再び店内を物色し始める

この女は反省もしていないのか、と

そう思われても仕方がないだろう。人形師の目は酷く冷めきっている


「そういえば……」


そんな事もお構いなしに、まさか今この空気で話すことでも無いだろうという話題を振る


「コッペリアってどういう意味ですか?私、あまりそういった事に関しては明るくないもので」


そんな事かと、呆れたように聞き入れる

返答を待つ少女を放置するわけにもいかず、人形師は根負けして口を開いた


「この名前は、此処とはまた違う世界にあると言われる作品から取られているんだ」


コッペリア、あるいは琺瑯質の目をもつ乙女

からくり人形の少女"コッペリア"と、コッペリアを作った博士"コッペリウス"が主人公たちを引っ掻き回す喜劇だ


「僕はこの作品が大好きでね。それで、主役ではないけれど、題名にもなっている人形の少女"コッペリア"から名前を貰ったんだ」


少年のように目を輝かせて語る人形師は、先ほどのいざこざが無かったかのように機嫌がよくなる

人形への愛情から来るものなのだろう

さしずめ、ここに在る人形たちがコッペリアなら彼はコッペリウスといったところか


「……まぁ、彼女と彼の最期は碌なものではないけれど」


主人公たちが結婚式を挙げるフィナーレ

演出によって変わる、コッペリアとコッペリウスの運命

一つは、人間になったコッペリアと結婚式を祝うコッペリウス

また一つは、祝宴をよそにバラバラに壊れたコッペリアを呆然と眺め立ち尽くすコッペリウスだ


「人形は人形なんだなって実感させられているようで……悲しいな。喜劇のはずなのに」

「……」


間を置くと、人形師はまた作業に戻る

彼の手元の人形は、虚しく音を立てる

カタカタカタカタ

揺さぶる度に、その魂無き器が悲鳴をあげる


もう今日は何も聞き出せないだろう

そう悟ったテリアは、一言挨拶を済ませると、扉に手をかけ店を後にしようとした……

しかし、その時ある違和感に気が付いた

ジッと見つめられている、それも一つではない、複数だ


ハッと振り返っても、辺りにあるのは人形だけ

人形が視線を放っているのならまた話は別だが……


しかし、一つだけ確かに感じるものがある


「失礼ですが、お店の奥に……お子様か誰かがいらしているのですか?」


その発言に、人形師は首を傾げた

この店に人間はいないのだ。誰かがいるのかと聞かれても、自分以外の誰がいるのか、と


「……そうですね。失礼しました、ではまた……」


不思議な感覚に包まれたテリアは、そそくさとその場から立ち去った

普段から例外を除いて誰かに見つめられる事に慣れていない事から、それは明確な不快感へと変わっていた




彼女が立ち去ったのを確認すると、人形師は手に抱えられた人形を放り投げ、店の奥へと足を運ぶ

そこには、数々のジャンクとなった人形の山。そして、その頂きに座る一つの人形


「……」


人形師に言葉は無い

確かに、ここには人形師しかいない

されど、魂無き異形の者は多数に存在する

ヒトガタは狙いを定めた

何も男ばかりを狙う訳ではない

彼女はただ、遊んでほしいだけなのだ

ただ、自分を見てほしいだけなのだ

今宵ヒトガタは動き出す

静かな夜に動き出す……


――――――
―――




真夜中

日付も変わり、人々が眠りにつくころ、テリアは本を読んでいた

人間観察も好きだが、それと同じくらいに読書が好きだ

一つの物語を綴る事が、どれほど大変なのか彼女はよく知っている

数多の世界を"傍観"してきた彼女にとって、それはまさに天地創造の混沌から終焉の調和まで

余すことなく全てが彼女の庭なのだ。だからこそ、彼女は全ての物語を見届ける義務があるのだ

……だが、今手に取っている本は決して"読み物"ではない


「痛ッ……」


よく友人たちにこう言われる

「テリアは、店でボーっとしているか本を読んでいるかしかしていないよね」

……まったく反論が出来なかった

客があまり入らないカフェ。する事といえば、自ら作ったコーヒーを片手に読書という最大の暇つぶし

特に何もない一日を平和に過ごしていくことは、彼女の好きな"普通ではない"からほど遠い生活となっている

言われるまで気が付かなかった自分が恥ずかしい

「たまには変化を体験しよう」という事で始めた"新しい趣味"

その教本を片手に、テリアは慣れない手つきで忙しなく手を動かしているのだ

……完成したら友人たちに見せてやると啖呵を切ってしまった手前、あまり酷い物を作る訳にはいかない

そういう訳で、ここ最近躍起になって技術を習得しようとしているのだ

故に、機嫌も悪くなるし寝不足にもなる


しかし、生きている以上は活動時間というものがある

尽きぬ貪欲な探求心も、睡眠欲には流石に勝てない

キリのいいところで中断をすると、頭元の明かりを消し布団に潜り込む

ああ、明日は何をしようか。どうせカフェには客はあまり来ないのだ

知り合いや友人たちは皆物語の世界へ出払っている。悲しいことに、今暇なのは自分だけ

望んで首を突っ込んだこととはいえ、趣味とはまた別に解決までに時間を要するのなら少し退屈を感じてしまう

グランドフィナーレへ向かうための準備期間と割り切り、まだこの物語を楽しんでいられると考えれば少しは気が楽になるだろう

混濁していく意識の中、微睡んでいく自分が分かる


ゆっくりと、眠りに誘い

優しく、暖かく身体を抱かれ

頬を撫で、胸へ手を滑らせ

そして、秘所へと到達し……



その一瞬、テリアは眠気を振り払い、飛び跳ねる

いつの間にか手に握られていた巨大な槍をベッドに向けて突き刺した

ヒトの寝込みを襲うとは、随分と命知らずの者がいる

暗闇の中、小さな音を立てて辺りを走り回る影の存在を確認する


「まったく……久々に気持ちよく眠る事が出来ると思っていたのに」


怒りを含んだその言葉と共に、明確な殺意を放つ

その威圧を無視するように、縦横無尽に小さな影は跳ね回る

一応、テリアは体裁を保つために


一応


一応!


その影にコンタクトを取ってみる


「貴方が何者か答えたのならば一突きで殺して上げましょう、姿を見せたのならば半殺しで済ませてあげましょう。自らの口で一言"ごめんなさい"と言う事が出来たのならば、今回の事は水に流して上げましょう」


部屋を滅茶苦茶にされ、あまつさえ自分に妙な事をしようとしていたのだ。これでも随分と寛大な処置だ

例えどれも守れなかったとしても、すぐさま正体を暴いてゲンコツ一発で済ませてやろうという甘いことも考えている

しかし、小さな影は止まることなく。むしろその激しさを増していく

黄色い声で笑い、そして人を小馬鹿にしたようにこちらに視線を浴びせ続ける

反省の色はまるで見られない

矯正の余地はない

慈悲も無い


何かが切れる音がした


ああダメだ

この小さな影はもうお終いだ


完全に


「……」


この物語の主を


「……いい加減に」


怒らせてしまったのだから


「―――――――――!!」


この数日間で溜めこんだものを一気に吐き出す

その美しい見た目から想像もつかないような汚い罵声と共に、槍についた機銃から放たれた魔力のシャワーで、部屋に多くの風穴が開いていく

見るも無残に飛び散る彼女の部屋

あまりの眠さに完全に我を忘れてしまっている


……


翌朝、彼女が激しく後悔をしたのは言うまでもあるまい



必ずしも目に見える事全てが真実とは限らない

物言わぬ物的証拠がそれを物語っている

既に事切れてしまった"それ"が、夜中に動いていと誰が思うのだろうか

自分がまんまと大暴れしてしまった部屋を片付けながら、バラバラに砕けた"美しかった"人形を手に取り、テリアは何を思うのか


「……」


否、容易に想像できよう


「……覚えてろよ」


それはあまりにも間が悪すぎた

これからの事を考えると、人形には同情をせざるを得ない


やられた分はやり返す

今の彼女はとても執念深い

つまりはそういう事だ



――――――
―――




薄暗い店内

独特の臭いが充満するこの場所に、テリアは立っていた

今までとは違う、今回は確かな確証を得てここへ来ているのだ


「……確かに、僕の作った人形だね」


見間違えるはずもないだろう。これほどのものを創り上げる人形師は一人しか知らないのだから

冷たい目で次々と人形の残骸を袋から放り出すと、彼女はその視線よりも冷たい口調を投げかける


「さて、言いたいことは山ほどありますが……言い訳でも聞いておきましょうか?」


まったく目が笑っていない笑顔を披露する

その態度が意味する事を悟り、人形師は重苦しく口を開いた


「酷いな、僕の作品、こんなにしちゃって」


求めていたものと違う言葉が発せられたと同時に、彼女は目の前にあった人形の頭を潰す

突然の事に、怒りを孕んだ眼差しで人形師は睨み付けた


「あら、ごめんあそばせ。手が滑ってしまいました」


人形師は何も言わない

ただのジャンクとなった人形の欠片を拾い集め、店の奥へと運んでいく


「……人間らしい動作などしなくてもいいんですよ、"コッペリア"?……いいえ、人形を作る側、"コッペリウス"と呼んだ方が正しいでしょうか」


ピタリと、とてもお行儀よく、とても綺麗な姿勢で人形師は動きを止める


「まさか、コッペリアがコッペリウスだなんて……フフ、誰がこんな面白い物語を創造したのやら」


テリアのその言葉に反応し、人形師の動きは活発になる

左右の腕はあらぬ方向へグネグネと周り、首は木材が削れる音を立てながら何回も何回も回り続ける

上半身と下半身がチグハグな動きを繰り返す奇怪なダンスを一しきり踊り終えると、人形師"だったもの"は事切れた様に倒れ込んだ

何故彼が人とは思えぬような動きが出来るのか。そんなもの、答えるまでも無い


「気付いていたんだ」


人形師が守っていた店の奥

その中から現れたのは、この店に置かれているどの人形よりも美しく、そして愛らしい……人形だった


「はじめまして……で、いいでしょうか?コッペリウスさん」

「どうも、知りたがり屋の悪魔さん。姿を直接見せるのは、貴女が初めてだよ?」


そう言うと、人形はその綺麗な指先から無数の魔力の糸を繰り出す

一つ一つが店の人形を捉えると、まるで命が芽吹いたかのように動き出したではないか


「なるほど、遠隔操作はお手の物と」


自慢げな表情で人形は人形を操り、踊らせる

劇団を名乗ってもいいだろう。彼女達は用意されたこの大舞台で、一人一人が役割を持ち、そして演じきっている


「お互い、今までの事は水に流しましょう。さぁ、私の話し相手になってください」


今更刃を引っ込めろと言うのか

敵意が無いのは理解した。しかし、どうこの怒りのやり場を向けたものか

そんな彼女の思いを気にすることも無く、人形は語りだす


「むかーしむかし、あるところに、一つの人形がありました」

「……」


操作された人形たちが役を演じ、コッペリウスを代弁していく……



昔、女の子にとても大切にされていた一体の人形があった

来る日も来る日も、人形は女の子といつも一緒だった

ご飯もお風呂も眠る時も

ずっと一緒だった

幸せだった

この時、この瞬間が、夢のようなこの時間が永遠に続くのかと思った

しかし、現実はそうではない

女の子は大人になり、人形を構ってくれなくなった

人形は寂しかった

誰も自分を見てくれない、誰も自分を構ってくれない

物置の奥深くに仕舞われた人形は、もう誰かの手に渡ることは無かった



長い年月が経ったある日、人形は自分の意志で動くことが出来る事を悟った

そう、リビングドールと化していたのだ

人間のように振る舞い、食事をすることも出来る、水浴びも出来る

秘所に手を当て、濡らし……人には言えない恥ずかしいことだって一人で出来た

自由の身になった人形は、この事を自らの持ち主である女の子に伝えようとした

自分を構ってくれなくなった事はもういい

また、女の子と遊びたい……ただそれだけだった

しかし、時の流れは人形が思っていたほど甘くは無かった


家には誰もいない。既にこの場所は廃墟となっていた

孤独だった。幸せだった頃の記憶が強く残っていた人形は、淫魔としての本能が欠落していた

男を誘い、精を吸い取ることも恥ずかしさから躊躇し、魔物故に気味悪がられ皆逃げていく

同じ魔物でも、種族の壁は厚い。誰も相手をしてくれない、誰も自分に優しくしてはくれない


一人で生きていくしかなかった。孤独に耐えて、静かに暮らすしかなかった

人形は、ただただ寂しさを誤魔化す為に人形を作った

知識を付け、自らと同じヒトガタを作り続けた

その技術は、見た目だけなら人間と遜色のないものを創り上げるまでに磨き上げられていた


やがて、人形の中でいつしか意識は変わっていた

人と永遠に添い遂げられる人形なんて存在しない

だからこそ、"長い長い時を、愛され続ける人形を創ろう"。人形は答えを導き出した

長い時間を掛け、自らが創りあげたヒトガタに人間としての役割を与え、店を構えるまでに至った

彼女の創りし子供たちが、自分が成し得なかった誰かを愛し、愛され続けるという事を見守る為に……


それが、たった一人のリビングドールが辿った物語である



「とても……とても面白いお話、ありがとうございました」


恍惚とした表情で人形を見つめるテリア

ああ、これだ!待ち続けた甲斐があった!部屋を丸々犠牲にした甲斐があった!!

その先には物語があったのだ!テリアが追い求める美しい生き様があったのだ!

惜しむらくはその対象が魔物だったという事か。魔物が"普通"ではないことなど、そんなものは知っている。一つや二つくらいの大冒険があるのは当然だろう

だが、今はそれは気にすることも無いだろう。それだけテリアは鬱憤が溜まっていたのだ、妥協する事も視野に入れておくべきだろう


「しかし……感心は出来ませんね」


残念、と付け加えて、声のトーンを落とし、先ほどとは明確に態度を変える


「ごめんなさい、あそこまで部屋を荒らすつもりは無かったの。同じ魔物同士だったから……初めて対等に接してくれた魔物だったから、嬉しくなってしまって」


今更隠すつもりもないが、テリアは人間ではなく魔物だ

便宜上、サキュバスを名乗ってはいるが、それが本当の事かどうかは彼女しか知らない

しかし、テリアが言いたかったことはその事ではない。部屋を荒らされたことは既に頭の中から消えていたのだ。では何を……


「感心できないのは他人を殺めた事ですよ」


そう、忘れてはいけない。この物語の発端だ

死者が出ているからこそ首を突っ込んだ。正直な話、死んだ人物の物語を途切れさせた事に怒りを顕にするのであって、既に死を迎えた人間に何か思うところがあるのかと言われれば別にそうでもない

現に、彼女が求めていたような物語は目の前で完結してしまっている。以降の事は知った事ではないのだが、流石に死者に対して多少の罪悪感でもあったのか、これでは寝覚めも悪い


「あの……私、人なんて殺してないですよ?」

「…………はい?」


全く予想をしていなかった返答に困惑する


言い分はこうだ

確かに、創った人形を介して少しだけ……頻繁ではないものの、ほんの少しだけ遊ぶという事はあった

しかし、誰かの命を取る程の事はしてはいないし、そうするメリットも何もない

それこそ人の命を奪って快楽を覚えるような性格ではない限りは


「えっと……では何故……」


頭の整理がまったく追いつかない

どれだけ考えても手繰り寄せた糸が何一つ繋がらなくなってしまった

もしやと

いや、考えたくもないが、もしかしたらこの人形の物語と殺人の物語に大きな繋がりは……


「ん、ここが噂の人形店か……ふむ、見知った顔と可愛らしい魔物がいるな」


悲しいことに、店に訪れた老人……エルクによってその全ての謎が解き明かされるのであった


状況を理解したのか、一言テリアに謝罪し、エルクは事件の一部始終を語りだした




この殺人事件、引き起こしたのは魔物では無くただの人間だったのだ

犯人はまだ年端のいかぬ少女

この店で大量に人形を買い込み、その人形を"男が愉しめるように"改造を施し世に出回らせていた

そこで、羽振りのいい男を引っかけ自分を買わせた

そして……結果がこれである


「……物取りではなかったのではないのですか?」

「ああ、払うものを払っての行為だから物取りではないな。殺害動機は"白熱し過ぎた"だそうだ」


そういえば、この店に訪れたときに毎度毎度人形を大量に買い込んでいた女性とすれ違っていたが……


「知っているかね?本物の人形師さん?」

「はい、そのお客さんなら常連さんで……」


……

……呆れた


「は?」


老人と人形は呆気に取られたように口を揃えて声を出した

テリアは息を大きく吸い込み、胸いっぱいに言葉を詰め込み、そして一気に決壊させる


「呆れて物も言えません!なんですかこの何の脈絡も無く、何の起伏も無く終わる物語は!貴方は突然現れてデウス・エクス・マキナでも気取っているのですか?唐突な答え合わせは時として大きな失敗を産みます!今のように、全てが知り得ない場所で動き解決していたなどと、シナリオ構成で言えば落第点もいい所ですよ!明確なヒントも与えられる事も無く、ただただ長いミスリードを引っ張り続け、挙句に私の動きと関連が無かった!?これは悲劇ですよ!いいえ、悲劇を通り越した喜劇です!ああコッペリアが喜劇でした!そう表現する事すら世の喜劇に失礼極まりありません!駄を連ねて楽しいですか!?もし他の世界の人間がこの物語を覗き込んでいたら恥ずかしいとは思わないのですか!?」


「……」


気が狂ったかのように延々と続くその話は、止まる気配を見せずに、テリアが飽きるまで数時間吐き出され続けたのであった……



――――――
―――




青い空、白い雲

見渡す限りの大草原

その中央に建つ一つのお店


"青空カフェテラス"


トランシルバニアは週に一度、城下町の路地裏にのみ開かれる店

それ以外の日には、どこにあるかも分からない不思議な空間で、この青空カフェが開いている


鼻歌を歌い、上機嫌でテリアは趣味に没頭する

この出来ならば友人に笑われる事も無いだろう

そう思いながら、ようやく一つ、完成させた


「入るぞ」

「……来た」


店に現れたのは翼を折られた天使の少女と眼帯を付けた単眼の少女

テリアの唯一無二の友人たちだ

待ってましたと、約束通りに完成させたものを二人に自慢して回る

そんな彼女の嬉しそうな表情に、友人たちも自然と顔が綻んでしまう


「しかし……だな、ククッ」

「……ぷーくすくす」

「……何か言いたげですね?」


二人の反応はどこかおかしい


「お前の手に持ってるもの……クフッ、一体何なんだよ」


首を傾げ、分からないの?と言わんばかりに天使を見つめる

分かるハズも無い。彼女の手に握られているのは……


「何って、ウサギちゃんですよ?」


堪えられなかった

その何とも形容しがたい白い綿の塊……のような物体をウサギと言われれば誰だって笑う

テリアの顔はわざとらしく膨れ上がり、そっぽを向いて厨房まで引き下がってしまった


「て、テリア!?」


ヒトが新たな趣味を開拓するために頑張って作った裁縫をそう笑われてしまえば顔も合わせたくなくなる


「……ゴメン」

「ふーん!もういいですよ。私には始めからお裁縫なんて無理だったんです。悪かったですね、不器用で。これでもいくつか作った中では一番"マシ"だったんですから」


言われてみれば、裁縫箱の横に並べられた何か分からないモノよりはウサギに見えない事も無い……かもしれない

そんな彼女の手から天使は無理矢理ウサギちゃんを取り上げる

何をするのかと思いきや、店の窓辺に飾られた"あるもの"の隣にそれを置いた


「コレに合わせたんだろう?」

「……おぉー」


それは、あの一件でお詫びとして貰い受けた3つの大きな人形

着物を着た犬耳の商人、目つきの鋭い剣士、そして幸薄そうな猫

二つは人形店に置いてあったものを、猫は特別に作ってもらったものだ

そこに、テリアの手作りのウサギちゃんを加えれば……


「……テリアが好きな物語の登場人物」


顔を真っ赤にしてテリアは黙り込んでしまった

どうやら図星だったようだ



何も変わらない日常の中で、彼女が見出した趣味は、元々の趣味と延長線上で繋がっていた


「ま、今回は……自分に重畳といった所ですね」


気恥ずかしさを誤魔化す為に、再び友人たちから顔を逸らした



物語は幾重にも折り重なり交わる

その中でまた一期一会の出会いもあるだろう

コッペリアの人形師の創りしヒトガタと猫と……自信作を見つめ

テリアは思いに耽る

明日はどんな物語が待っているのか

ああ、出来ればやっぱり普通ではない事を体験したい


そう願いながら、また明日への期待を胸いっぱいに募らせていくのであった


―fin―


|▽ ̄)ヒャッハー!久々の青空カフェだー!

このSSの自作BGM(実は全然SSと関係ない)とかブログに貼り付けてあるんで興味のある物好きなヒトはイノセントミュージアムで検索してやってください(露骨な宣伝)
結構路線変更と手直ししてるからどこか酷い綻びがあるかも……

もしお付き合いしていただいた方がいましたら、どうもありがとうございました
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33