青空カフェと竜の唄
「あ……いらっしゃいませー」
扉を開けた先
居眠りをした黒髪の少女が起き上がり出迎える
透き通る声に導かれながら、瓜二つの姿をした二人の少女をテラスのテーブルへと案内する
「随分とシックな感じじゃのう」
「素敵な場所ですね、竜神さま」
見渡す限りの大草原
空は雲一つなく澄み渡り、遥か遠くに見える山々は大地との美しい調和の境界線を作り出す
「それはそれは、ありがとうございます」
ここはカフェ、青空カフェテラス
サキュバスを偽る黒髪の少女、テリアが切り盛りをする店
そこに現れた二人の女性
一人はまるで年寄りかのように話す"竜神さま"と呼ばれた少女
もう一人は少し髪が長い少女
同じ服装に同じ顔
まるで双子のようだ
「ん?一応言ってはおくが、ワシらは双子ではないぞ?」
見つめられた視線を感じとり、一人が口を開いた
「分かっていますよ、ただ……フフ、あまりにも可愛らしかったもので」
「まぁ、お上手ですね」
お世辞
とまではいかないものの、適当な返事に喜びの感情を当てられてテリアは少し困惑する
「お主はこちらをからかったつもりだろうが、こっちの娘は少し天然じゃ。変に弄ると真面目に返されるぞ?」
「ええ、覚えておきましょう」
天然と言われワザとらしく頬を膨らませて怒る髪の長い少女を尻目に話は続く
「とりあえずこちらに腰をおかけください。ところで、今日はどうしてこちらに?」
「何、たまたま良さげな店を見かけただけじゃ。他意は無い」
ポスンと音でも出すかのように、少女たちは用意された飛び乗るように椅子に座る
小柄な彼女たちには少し大きすぎたようだ
「あら失礼しました、他の席をご用意しましょうか?」
「他も同じじゃろうに、このままで構わん。この場所がいい」
「かしこまりました。それではコーヒーをお持ちいたします」
注文の前にまずはコーヒーを出す、それがこのカフェのルールだ
スカートを手に取り、大げさに一礼をして見せる
しかし、そんなパフォーマンスに興味は無いのか、二人は二人の世界で話を始める
バツが悪そうに、テリアは困った顔をしながら店の中へ引っ込んでいった
「……ちょっと可哀想じゃなかったですか?」
「ああいうのは相手をするだけ疲れるだけじゃ。それよりワシはお主と話しておる方がいい」
気持ちのいい風が吹くこの場所で
二人の少女は互いに見つめ合いながら、時々照れたような仕草をしながら話に花を咲かせる
昔を思い出し、二人で色々な場所を見て回った話
これから先二人が向かう場所への期待を胸にした話
微笑ましい少女たちの語らいという唄は、まるで終わることを知らないように続く
ほんの少しの時間が経った頃
忘れていた存在が音もなく近づいていた
「お待たせいたしました、当店の無料のコーヒーとなっております」
わざわざ話を止める必要もないだろうと
テリアはコーヒーだけを差し出しすぐに引っ込むつもりでいた
いたのだが……
「どうですか?あなたも私たちと語らってみませんか?」
きっかけを作ったのは髪の長い少女
意外な問いを投げかけられてまたしても自分を困らせてくるこの少女
一体何を考えているのやら
「いえいえ、お客様同士で盛り上がっているのに私が入るのは無粋かと」
「そんな事はありませんよ、さっきもあなたから色々と話してきていたんですから。きっとお話したかったんですよね?」
確信を突いているようでそうでもないようで
基本的に、この店に客が来ること自体稀だ
テリアはいつも暇を持て余している
よく泊りに来る友人はいるが……客はまた別の存在
こうたまに来る客には珍しくて声をかけずにはいられないのだろう
心のどこかで思っていたことを読み取られたように感じた彼女は観念する
「中々手ごわいですね、あなた」
「?」
誘ってきた少女は分かっていないようだが
「ええ、参加させてもらえるのなら是非。私も暇ですので」
「客を目の前にして暇とは……見上げた根性しておるのう」
「神経図太くなければやっていけないので。数は多くはありませんが、変わったお客さんばかり来ますし」
開いている椅子に腰を掛け、テリアは二人を交互に見る
同じ顔でも少しずつ違っているものだ
髪の長い少女の瞳の色は宝石のような青色、竜神と呼ばれる少女は透き通るような緑色
目つきも違い、片や優しい表情ならば片や釣り目になった性格の悪そうな……
「悪かったのう」
「何も言っていませんが」
表情に出ていたのか、すかさず顔を背けてやり過ごす
何故悟られた、とらしくもない今の自分に呆れる
「どうも数年お店を留守にしていたおかげで本調子ではないですね」
「なんのこっちゃ」
渡されたコーヒーを啜りながら香りと味を楽しむ二人
暖かいその飲み物はたちまち彼女たちを優しく包む
悪くは無い
そんな感想を残してカップを置いた
「それで、じゃ。今度は何を語らおうか」
「店員さんの事とかどうですか?」
そう言うと、彼女たちはこちらを見つめる
やっぱりそう来たか、しかしこれ以上自分が弄られるのは癪だ
「私は謎が多い事がアイデンティティですので。質問する側に回りたいのですが」
言い返す言葉は決まっていた
そう、本来なら客人である彼女たちに質問を投げかけるのはこの店の主人である自分
ペースを乱されたがそこは譲れない
指を立て、くるくると顔の前で回す
もっともたる理由でその事を主張し、無理にでも納得させる
そうすれば
「押し通すか、まったく……」
「いいじゃないですか竜神さま、私たちの事を誰かに話すのもたまには」
この場所には喋りたがりしかいない
聞き手にさえ回ってしまえば後は勝手に話してくれる
ポットに入れたコーヒーを自分のカップに継ぎ足しながら、何を話そうかと迷う二人を眺めていた
「……おいちょっとマテ、なにポットでコーヒー持ってきておるのじゃ」
「自分で持ってきた覚えは無いのですが……まぁこれは私が飲む用です。欲しいのならお分けいたしますが」
「ホントに店員さんですかあなた……」
………………
………
…
「決まりましたか?何を話すか」
しばらくした後、言葉を飛ばす
あれやこれやと盛り上がる中、ようやく一つの答えを固めたようだ
「そうじゃのう。ワシらが見た綺麗な景色について話そうかのう」
「景色ですか。この場所に敵うものがあるのですか?」
「こことは比べるベクトルが違いますけど……そうですね、とても美しい場所です」
遠い空を虚ろな目で眺める少女たち
それは遥か彼方の場所にある
儚くも美しいその夢の中
ガラスの海と呼ばれる場所に
「ガラスの海?随分と痛そうな場所ですね、突き刺さったりしないんですか?」
「比喩じゃ、ガラスのように光が反射するもの……そのくらい分かれ」
魂が還る場所
魂が眠る場所
誰にも犯されない聖域
そう表現されるガラスの海とやらは、二人にとってはとても美しいものだという
「"死して向かう場所"ですか……ですがそれも変な話ですね」
「まぁ……言いたいことはわかるが」
本来ならば魂は天へ還り、生まれ変わりを待ち眠る
決してそのような場所へ向かうものではない
彼女たちの言うその場所は、まるで輪廻転生を無視したものである
「……私たちもよく分からないんですけどね」
「うむ、あったものはあったのだ。ワシらがどうこう言うものではなかろうに」
何故その景色を知っているか
二人には分からない
遠い夢の記憶に刻まれた場所
ガラスの海
それは彼女たちにとっての還るべき美しき世界なのだという
「これは二人だけの夢」
「二人だけの世界」
一口、手に取ったカップからテリアはコーヒーを啜る
彼女たちの言う世界は一体なんなのか
そして彼女たち自身が何者なのか……
色々と疑問は浮かぶものの、沈黙を保ったまま話を聞く
「ワシらは遠い昔の存在じゃ」
「かつて竜と少女がいた物語」
「竜は少女を愛し」
「少女は竜を愛した」
「竜は深き檻に囚われていた」
「少女はその竜の助けとなった」
竜の物語……
テリアはかつて自分が旅した"こことは違う世界"を思い出す
そこにあった一つのおとぎ話
「優しい声は竜の唄……」
「おお!知っておるのか!ワシらがモデルのそのおとぎ話を!」
途端に表情が明るくなる竜神と呼ばれた少女
その横で同じような顔で喜ぶ髪の長い少女
「まぁ……割と有名な話だそうですから」
とはいえ、旅先で吟遊詩人が唄っていた程度にしか覚えはないが……
しかし、引っかかることが一つ
「似ているからふと思い出しただけですが、あの物語は勇者と竜の姫の物語でしたよね?あなた達は関係ないのでは……」
そうだ、決して目の前の少女たちのような百合百合しい物語ではない
一国の王子である勇者が魔王の手に落ちた竜の姫を助け出すという物語
境遇こそ同じといえど、そのモデルが彼女たちとは思えない
「時代とともに、おとぎ話というものは脚色されていくものじゃ」
「竜神さま、優しい声は初めから勇者とお姫様の物語でしたが」
すかさず突っ込みをいれられる
このチグハグな二人は漫才でもするように次々と過去を語っていく
「あの頃はよかったのう……」
「"あの頃はよかった"とか言う人に限って今を楽しもうとしてないんですよねぇ。竜神さまはお婆ちゃんですから仕方ないですけど」
「うるさい!お主だってこやつからしてみれば過去の人間ではないか!」
「私は竜神さまと違って順応してますもん!」
会話は途切れない
発展していく言葉の中で話は移り変わってゆく
こう姦しいのは嫌いではない
また一口、コーヒーを啜っていく
「そうじゃ!いいことを教えてやろう!」
「はい?」
突然テリアに話を振られる
見ている分には楽しいが、はしゃがれている時に絡まれるのは厄介だ
しかし話に参加した手前、無下にはできない
「ワシはのう、こう見えても結婚しているのじゃ!」
そういうと、竜神と呼ばれた少女はネックレスを取り出し見せつける
そこには彼女の指にはサイズが合わないであろう指輪が掛けられていた
「確かその指輪は……」
テリアはその指輪を知っていた
だが今はそのことを言うのも無粋だ
彼女の言葉に耳を傾けなおした
「ワシの夫は馬鹿でのう。人の指のサイズも測らずに指輪なぞ買ってきおって」
「あはは……彼だってよかれと思ってやったんだし」
「……わかっておるよ。だからわざわざこういった形で作り直してもらったのじゃ」
とても愛おしそうに指輪を握る
今まで見たどの表情とも違う
恋をする少女の顔だ
だが、それと同時に悲しみが伺えた
まるで、決して叶わぬ
悲恋かのような
「……」
「何か、思うところでも?」
「大ありじゃ」
後悔か、それとも未練か
複雑な念を抱く竜神と呼ばれた少女をそっと髪の長い少女が抱きしめる
「大丈夫、私がいるから」
「……うむ」
彼女たちの関係は分からない
怪しいものかもしれないし、実はそうでもないかもしれない
しかしこれだけはわかる
友人や親兄弟という間柄でもない
言葉は無くとも理解し合う
まるで
「一心同体、あなた達はその表現が一番しっくりくるかもしれませんね」
「えへへ……照れますねぇ」
なぜ照れるか
横から竜神と呼ばれた少女に突かれながらも、その屈託のない笑顔は隠そうとしない
やはり彼女は中々に手ごわい
やがて
果てしない時の中
永遠かとも思われるその中で
いつか終わりが訪れる
「あ……」
「ぬ?もうそんな時間か?」
ずっと気にかかっていたのか
少し前からそわそわし始めていた二人
そして……
「あまり、長居が出来ないのも辛いのう」
「仕方ないよ。私たちは"ここには居ないから"」
ふいに
少女たちはこちらを見つめた
何かを告げたそうに
何かと伝えたそうに
「どうなさいましたか?」
応えずにはいられない
何故ならそれは夢の終わり
二人は向き合い、愛おしそうに両手を繋ぐ
額を付けあい、お互いの存在を確かめるように
「これは夢」
「二人が見ている夢の中」
「夢が見せたその世界は」
「決して穢れることは無い」
「……あなた達は」
「気にしないで」
「還る時が来ただけだから」
「また逢える」
「誰かが望めばまた」
目を瞑る
そして思い出す
そうだ、これは夢の中
二人の少女に見せられた
とても短い夢の中
――――――
―――
―
その日、初めての客がきた
「うっす、空いてるか?」
「ん……あら、あなたですか。お一人ですか?とりあえずお好きな席へどうぞ」
「何だ?寝てたのか」
呆れた表情で現れたのは大柄な男
人間に見えるが彼は竜
死して竜となった者
世界に一人だけの竜人
「ん?誰か来ていたのか?」
どうしてそう思う?
そんな意味のない問いかけに律儀に彼は答える
「飲みかけのコーヒーカップが置いてありゃあなぁ」
当然だ
誰もいない席にそんなものが置いてあれば誰だってそう思う
しかしそれは誰のものでもない
「私の飲みかけですよ。どうやらここで少し居眠りをしていたようで」
「アンタが居眠りとはねぇ、そんなこともあるんだな」
「私、こう見えても隙だらけなんですよ?」
露骨に自分が少女だということをアピールして見せる
こういうときに言っておかないと誰からも女性扱いされないのでしっかりと伝えなければ
「馬鹿いえ、アンタみたいな化け物に隙があるわけないだろう」
大変失礼なことを言い返されるのは毎度の事
彼以外にも言われるのでもう気にしないことにしているが……
「それにしても珍しいですね。一人で来るなんて」
彼は基本的に一人でこの店には来ない
大抵は他者と……人間だったり勇者だったり女神だったり
大きなロボットだったり小さなロボットだったりと
色々な人と来るのだが
「何かな……急に来たくなったんだよ」
「訳もなく?」
「いや……」
否定する
遥か遠い空を見上げ
愛おしい誰かを見るように
彼は一言だけ告げる
「優しい声が聴こえたから」
彼にとっては数千年前の出来事
最後に呼ばれたのはいつだろうか
竜はその唄声で仲間を呼ぶことがあるという
それが例え夢の中でも
彼には彼女の声が聴こえたのかも知れない
最愛の存在である彼女の声が
「……また電波な事を」
「うるせぇな!さっさとコーヒー持って来い!」
「はいはい、しばらく待ってなさいな」
夢の中の出来事は覚えていない
けれど
テリアの中ではなく、彼の心に
夢を通して、何かが伝わったのかもしれない
それは春を待つまだ肌寒い日の出来事
暖かい日差しの中で、テリアが夢を見た話
たったそれだけの物語
fin
扉を開けた先
居眠りをした黒髪の少女が起き上がり出迎える
透き通る声に導かれながら、瓜二つの姿をした二人の少女をテラスのテーブルへと案内する
「随分とシックな感じじゃのう」
「素敵な場所ですね、竜神さま」
見渡す限りの大草原
空は雲一つなく澄み渡り、遥か遠くに見える山々は大地との美しい調和の境界線を作り出す
「それはそれは、ありがとうございます」
ここはカフェ、青空カフェテラス
サキュバスを偽る黒髪の少女、テリアが切り盛りをする店
そこに現れた二人の女性
一人はまるで年寄りかのように話す"竜神さま"と呼ばれた少女
もう一人は少し髪が長い少女
同じ服装に同じ顔
まるで双子のようだ
「ん?一応言ってはおくが、ワシらは双子ではないぞ?」
見つめられた視線を感じとり、一人が口を開いた
「分かっていますよ、ただ……フフ、あまりにも可愛らしかったもので」
「まぁ、お上手ですね」
お世辞
とまではいかないものの、適当な返事に喜びの感情を当てられてテリアは少し困惑する
「お主はこちらをからかったつもりだろうが、こっちの娘は少し天然じゃ。変に弄ると真面目に返されるぞ?」
「ええ、覚えておきましょう」
天然と言われワザとらしく頬を膨らませて怒る髪の長い少女を尻目に話は続く
「とりあえずこちらに腰をおかけください。ところで、今日はどうしてこちらに?」
「何、たまたま良さげな店を見かけただけじゃ。他意は無い」
ポスンと音でも出すかのように、少女たちは用意された飛び乗るように椅子に座る
小柄な彼女たちには少し大きすぎたようだ
「あら失礼しました、他の席をご用意しましょうか?」
「他も同じじゃろうに、このままで構わん。この場所がいい」
「かしこまりました。それではコーヒーをお持ちいたします」
注文の前にまずはコーヒーを出す、それがこのカフェのルールだ
スカートを手に取り、大げさに一礼をして見せる
しかし、そんなパフォーマンスに興味は無いのか、二人は二人の世界で話を始める
バツが悪そうに、テリアは困った顔をしながら店の中へ引っ込んでいった
「……ちょっと可哀想じゃなかったですか?」
「ああいうのは相手をするだけ疲れるだけじゃ。それよりワシはお主と話しておる方がいい」
気持ちのいい風が吹くこの場所で
二人の少女は互いに見つめ合いながら、時々照れたような仕草をしながら話に花を咲かせる
昔を思い出し、二人で色々な場所を見て回った話
これから先二人が向かう場所への期待を胸にした話
微笑ましい少女たちの語らいという唄は、まるで終わることを知らないように続く
ほんの少しの時間が経った頃
忘れていた存在が音もなく近づいていた
「お待たせいたしました、当店の無料のコーヒーとなっております」
わざわざ話を止める必要もないだろうと
テリアはコーヒーだけを差し出しすぐに引っ込むつもりでいた
いたのだが……
「どうですか?あなたも私たちと語らってみませんか?」
きっかけを作ったのは髪の長い少女
意外な問いを投げかけられてまたしても自分を困らせてくるこの少女
一体何を考えているのやら
「いえいえ、お客様同士で盛り上がっているのに私が入るのは無粋かと」
「そんな事はありませんよ、さっきもあなたから色々と話してきていたんですから。きっとお話したかったんですよね?」
確信を突いているようでそうでもないようで
基本的に、この店に客が来ること自体稀だ
テリアはいつも暇を持て余している
よく泊りに来る友人はいるが……客はまた別の存在
こうたまに来る客には珍しくて声をかけずにはいられないのだろう
心のどこかで思っていたことを読み取られたように感じた彼女は観念する
「中々手ごわいですね、あなた」
「?」
誘ってきた少女は分かっていないようだが
「ええ、参加させてもらえるのなら是非。私も暇ですので」
「客を目の前にして暇とは……見上げた根性しておるのう」
「神経図太くなければやっていけないので。数は多くはありませんが、変わったお客さんばかり来ますし」
開いている椅子に腰を掛け、テリアは二人を交互に見る
同じ顔でも少しずつ違っているものだ
髪の長い少女の瞳の色は宝石のような青色、竜神と呼ばれる少女は透き通るような緑色
目つきも違い、片や優しい表情ならば片や釣り目になった性格の悪そうな……
「悪かったのう」
「何も言っていませんが」
表情に出ていたのか、すかさず顔を背けてやり過ごす
何故悟られた、とらしくもない今の自分に呆れる
「どうも数年お店を留守にしていたおかげで本調子ではないですね」
「なんのこっちゃ」
渡されたコーヒーを啜りながら香りと味を楽しむ二人
暖かいその飲み物はたちまち彼女たちを優しく包む
悪くは無い
そんな感想を残してカップを置いた
「それで、じゃ。今度は何を語らおうか」
「店員さんの事とかどうですか?」
そう言うと、彼女たちはこちらを見つめる
やっぱりそう来たか、しかしこれ以上自分が弄られるのは癪だ
「私は謎が多い事がアイデンティティですので。質問する側に回りたいのですが」
言い返す言葉は決まっていた
そう、本来なら客人である彼女たちに質問を投げかけるのはこの店の主人である自分
ペースを乱されたがそこは譲れない
指を立て、くるくると顔の前で回す
もっともたる理由でその事を主張し、無理にでも納得させる
そうすれば
「押し通すか、まったく……」
「いいじゃないですか竜神さま、私たちの事を誰かに話すのもたまには」
この場所には喋りたがりしかいない
聞き手にさえ回ってしまえば後は勝手に話してくれる
ポットに入れたコーヒーを自分のカップに継ぎ足しながら、何を話そうかと迷う二人を眺めていた
「……おいちょっとマテ、なにポットでコーヒー持ってきておるのじゃ」
「自分で持ってきた覚えは無いのですが……まぁこれは私が飲む用です。欲しいのならお分けいたしますが」
「ホントに店員さんですかあなた……」
………………
………
…
「決まりましたか?何を話すか」
しばらくした後、言葉を飛ばす
あれやこれやと盛り上がる中、ようやく一つの答えを固めたようだ
「そうじゃのう。ワシらが見た綺麗な景色について話そうかのう」
「景色ですか。この場所に敵うものがあるのですか?」
「こことは比べるベクトルが違いますけど……そうですね、とても美しい場所です」
遠い空を虚ろな目で眺める少女たち
それは遥か彼方の場所にある
儚くも美しいその夢の中
ガラスの海と呼ばれる場所に
「ガラスの海?随分と痛そうな場所ですね、突き刺さったりしないんですか?」
「比喩じゃ、ガラスのように光が反射するもの……そのくらい分かれ」
魂が還る場所
魂が眠る場所
誰にも犯されない聖域
そう表現されるガラスの海とやらは、二人にとってはとても美しいものだという
「"死して向かう場所"ですか……ですがそれも変な話ですね」
「まぁ……言いたいことはわかるが」
本来ならば魂は天へ還り、生まれ変わりを待ち眠る
決してそのような場所へ向かうものではない
彼女たちの言うその場所は、まるで輪廻転生を無視したものである
「……私たちもよく分からないんですけどね」
「うむ、あったものはあったのだ。ワシらがどうこう言うものではなかろうに」
何故その景色を知っているか
二人には分からない
遠い夢の記憶に刻まれた場所
ガラスの海
それは彼女たちにとっての還るべき美しき世界なのだという
「これは二人だけの夢」
「二人だけの世界」
一口、手に取ったカップからテリアはコーヒーを啜る
彼女たちの言う世界は一体なんなのか
そして彼女たち自身が何者なのか……
色々と疑問は浮かぶものの、沈黙を保ったまま話を聞く
「ワシらは遠い昔の存在じゃ」
「かつて竜と少女がいた物語」
「竜は少女を愛し」
「少女は竜を愛した」
「竜は深き檻に囚われていた」
「少女はその竜の助けとなった」
竜の物語……
テリアはかつて自分が旅した"こことは違う世界"を思い出す
そこにあった一つのおとぎ話
「優しい声は竜の唄……」
「おお!知っておるのか!ワシらがモデルのそのおとぎ話を!」
途端に表情が明るくなる竜神と呼ばれた少女
その横で同じような顔で喜ぶ髪の長い少女
「まぁ……割と有名な話だそうですから」
とはいえ、旅先で吟遊詩人が唄っていた程度にしか覚えはないが……
しかし、引っかかることが一つ
「似ているからふと思い出しただけですが、あの物語は勇者と竜の姫の物語でしたよね?あなた達は関係ないのでは……」
そうだ、決して目の前の少女たちのような百合百合しい物語ではない
一国の王子である勇者が魔王の手に落ちた竜の姫を助け出すという物語
境遇こそ同じといえど、そのモデルが彼女たちとは思えない
「時代とともに、おとぎ話というものは脚色されていくものじゃ」
「竜神さま、優しい声は初めから勇者とお姫様の物語でしたが」
すかさず突っ込みをいれられる
このチグハグな二人は漫才でもするように次々と過去を語っていく
「あの頃はよかったのう……」
「"あの頃はよかった"とか言う人に限って今を楽しもうとしてないんですよねぇ。竜神さまはお婆ちゃんですから仕方ないですけど」
「うるさい!お主だってこやつからしてみれば過去の人間ではないか!」
「私は竜神さまと違って順応してますもん!」
会話は途切れない
発展していく言葉の中で話は移り変わってゆく
こう姦しいのは嫌いではない
また一口、コーヒーを啜っていく
「そうじゃ!いいことを教えてやろう!」
「はい?」
突然テリアに話を振られる
見ている分には楽しいが、はしゃがれている時に絡まれるのは厄介だ
しかし話に参加した手前、無下にはできない
「ワシはのう、こう見えても結婚しているのじゃ!」
そういうと、竜神と呼ばれた少女はネックレスを取り出し見せつける
そこには彼女の指にはサイズが合わないであろう指輪が掛けられていた
「確かその指輪は……」
テリアはその指輪を知っていた
だが今はそのことを言うのも無粋だ
彼女の言葉に耳を傾けなおした
「ワシの夫は馬鹿でのう。人の指のサイズも測らずに指輪なぞ買ってきおって」
「あはは……彼だってよかれと思ってやったんだし」
「……わかっておるよ。だからわざわざこういった形で作り直してもらったのじゃ」
とても愛おしそうに指輪を握る
今まで見たどの表情とも違う
恋をする少女の顔だ
だが、それと同時に悲しみが伺えた
まるで、決して叶わぬ
悲恋かのような
「……」
「何か、思うところでも?」
「大ありじゃ」
後悔か、それとも未練か
複雑な念を抱く竜神と呼ばれた少女をそっと髪の長い少女が抱きしめる
「大丈夫、私がいるから」
「……うむ」
彼女たちの関係は分からない
怪しいものかもしれないし、実はそうでもないかもしれない
しかしこれだけはわかる
友人や親兄弟という間柄でもない
言葉は無くとも理解し合う
まるで
「一心同体、あなた達はその表現が一番しっくりくるかもしれませんね」
「えへへ……照れますねぇ」
なぜ照れるか
横から竜神と呼ばれた少女に突かれながらも、その屈託のない笑顔は隠そうとしない
やはり彼女は中々に手ごわい
やがて
果てしない時の中
永遠かとも思われるその中で
いつか終わりが訪れる
「あ……」
「ぬ?もうそんな時間か?」
ずっと気にかかっていたのか
少し前からそわそわし始めていた二人
そして……
「あまり、長居が出来ないのも辛いのう」
「仕方ないよ。私たちは"ここには居ないから"」
ふいに
少女たちはこちらを見つめた
何かを告げたそうに
何かと伝えたそうに
「どうなさいましたか?」
応えずにはいられない
何故ならそれは夢の終わり
二人は向き合い、愛おしそうに両手を繋ぐ
額を付けあい、お互いの存在を確かめるように
「これは夢」
「二人が見ている夢の中」
「夢が見せたその世界は」
「決して穢れることは無い」
「……あなた達は」
「気にしないで」
「還る時が来ただけだから」
「また逢える」
「誰かが望めばまた」
目を瞑る
そして思い出す
そうだ、これは夢の中
二人の少女に見せられた
とても短い夢の中
――――――
―――
―
その日、初めての客がきた
「うっす、空いてるか?」
「ん……あら、あなたですか。お一人ですか?とりあえずお好きな席へどうぞ」
「何だ?寝てたのか」
呆れた表情で現れたのは大柄な男
人間に見えるが彼は竜
死して竜となった者
世界に一人だけの竜人
「ん?誰か来ていたのか?」
どうしてそう思う?
そんな意味のない問いかけに律儀に彼は答える
「飲みかけのコーヒーカップが置いてありゃあなぁ」
当然だ
誰もいない席にそんなものが置いてあれば誰だってそう思う
しかしそれは誰のものでもない
「私の飲みかけですよ。どうやらここで少し居眠りをしていたようで」
「アンタが居眠りとはねぇ、そんなこともあるんだな」
「私、こう見えても隙だらけなんですよ?」
露骨に自分が少女だということをアピールして見せる
こういうときに言っておかないと誰からも女性扱いされないのでしっかりと伝えなければ
「馬鹿いえ、アンタみたいな化け物に隙があるわけないだろう」
大変失礼なことを言い返されるのは毎度の事
彼以外にも言われるのでもう気にしないことにしているが……
「それにしても珍しいですね。一人で来るなんて」
彼は基本的に一人でこの店には来ない
大抵は他者と……人間だったり勇者だったり女神だったり
大きなロボットだったり小さなロボットだったりと
色々な人と来るのだが
「何かな……急に来たくなったんだよ」
「訳もなく?」
「いや……」
否定する
遥か遠い空を見上げ
愛おしい誰かを見るように
彼は一言だけ告げる
「優しい声が聴こえたから」
彼にとっては数千年前の出来事
最後に呼ばれたのはいつだろうか
竜はその唄声で仲間を呼ぶことがあるという
それが例え夢の中でも
彼には彼女の声が聴こえたのかも知れない
最愛の存在である彼女の声が
「……また電波な事を」
「うるせぇな!さっさとコーヒー持って来い!」
「はいはい、しばらく待ってなさいな」
夢の中の出来事は覚えていない
けれど
テリアの中ではなく、彼の心に
夢を通して、何かが伝わったのかもしれない
それは春を待つまだ肌寒い日の出来事
暖かい日差しの中で、テリアが夢を見た話
たったそれだけの物語
fin
14/02/08 03:27更新 / イノセントミュージアム