病魔の訪問
僕はもうすぐ死ぬ。不治の病に殺されるんだ。
でも、これで寝たきりの生活とはおさらば出来る。そう思うと死ぬのが多少は怖くなくなる。
街の医者から不治の病だと聞かされた時は絶望的な気分だったが、今こうして死の直前まで来る頃には、不思議と絶望はなくなっていた。あるのは不思議な安心感だ。死というものがそれを感じさせるのか?
まあともかく、僕が死を待つ間に出来ることといったら、もっぱら脳内でしりとりをしたり、過去の思い出に浸るぐらいだ。
それにしても、僕が一体何をしたというのか。どうして僕がこんな目に。そう教会で主神に聞いたこともあったが、返事は無かった。僕は主神に裏切られたのだ。以来、僕は主神を信仰しなくなった。
それだけじゃない。本当の絶望は僕が不治の病だと分かった数日後に起きた。今まで仲が良かったご近所さんや行きつけの店の主人、いつもつるんでいた友達までもが、僕を迫害し出した。どうやらアイツらは自分達にも不治の病が移るのではないかと思ったらしい。
またしても裏切られたのだ。信じていたものに。
僕を蝕む不治の病は“衰弱の病”だ。その名の通り、身体が日に日に衰弱し、最後は心臓が止まる。現に僕の心臓は日に日に動きが弱まっている。
つい先月までは家の中を歩き回るぐらいは出来ていたのだが、今じゃ完全に寝たきりだ。まあどの道、僕が外に出れば、町の奴らに白い目で見られ、罵声を浴びせられ、避けられるんだ。関係ないか。
家の小さな窓を見ると暗かった。もう夜になったようだ。寝るとするか。出来れば、もう明日が来ないでほしい。
「うん?」
そう願いながら、目を閉じると、何故か玄関のドアが開いた。街の奴らが僕の家に来る訳がない。一体誰が?
やがて、玄関から人影が近づいてきた。いや、人間じゃない。
「この強烈な匂いはあなたね」
「あなたは......魔物?」
「えぇ、さすらいのペイルライダーってとこかしら」
この魔物は寝たきりの僕を見下ろしながら、そう名乗った。
ペイルライダー。確か病気が魔物になった存在だったか。噂には聞いたことがあったが、実際に見たとは初めてだ。
まさに病気という感じの全身紫の肌に、綺麗な緑青色の瞳。しかし、身体は巨乳巨尻。しかも、着ている黒い鎧はそれらの大事な所しか隠せていない。ほぼ裸同然だ。
「私の姿を見ても驚ろかないのね?」
「え?まあはい」
「それにしても、すごい匂いね」
「あのう、さっきから匂いって何が?」
この家には香水は置いていない。僕自身もまだ生きてるから腐臭はしない筈だ。
「決まってるわ。死の匂いよ」
「死の、匂い?」
「死が近い生物が発する匂いのことよ。私けっこう鼻が効くからか、この匂いを正確に嗅ぎ取れちゃうの」
「へぇ、それは面白いですね」
「そんで、あなたは特に強烈。あと生きて二日ってとこかしら?」
ペイルライダーが笑みを浮かべながら、余命宣告をして来た。やはり魔物。人間とは価値観が違うようだ。
それにしても二日かー。
「暇だなー」
「あら、死ぬのが怖くないの?」
「僕は不治の病に罹ってて、ずっと死ぬのを待ってるんです」
「そう、通りで死の匂いがこれだけ強烈になる訳ね」
ペイルライダーは納得したように言った。魔物は本当に死というものを軽く考えているように感じる。やはり、アンデッドとかいるからか?
「所であなた......」
「はい?」
「私と取引しないかしら?」
「取引?」
こんな死に体の僕と?一体どんな?
「応じてくれたら、あなたの不治の病を治してあげるわ」
「何だって?」
治す?不治の病を?いくら魔物であってもそんなことが出来るわけが......
「私たちペイルライダーはね、病気を取り込むことが出来るの」
「病気を、取り込む?」
「そう、あなたの不治の病を私が取り込んであげるわ」
「本当にそんなことが」
「ただし、これは取引。私の出す条件に応じてくれたらの話よ」
「条件?」
「私をあなたの伴侶にして」
「えっ?」
聞き間違いか?こんな僕を伴侶に?何がどういうことなんだ?意味が分からない。
そんな僕を他所にペイルライダーは相変わらず笑みを崩さない。
「そのままの意味よ。あなたの妻にしてほしいの」
「どうして、会ったばかりで死に体の僕なんかと?」
「さあ、どうしてかしら?私にも分からないわ」
この魔物、本当に何を考えてる?
だが、この魔物の取引に応じるかどうかの答えは決まっている。
「......取引には応じない」
「あら?あなたにとって良い話だと思うけど?」
「会ったばかりのお前を信用出来ない。というかお前は魔物だ。信用する方が危険だ」
「でも、そこを信用してくれれば、あなたは病気は治せるし、オマケに誰もが羨むこんな良い女を娶れるわよ?」
そう言うと魔物は自身の身体を惜しげもなく、僕に見せつけてきた。確かに良い女だとは思うが。
「それに、僕はもうこの世界に未練はない」
「どうして?」
「どうしてもだ、もう良いから帰れ」
僕はそう言って寝ようとした。
しかし、この魔物はまだ諦めてはいないようだ。しつこいなあ。
「人間って面白い生き物よねー、口では死を恐れてないと言いながら、いざ死を目前にすると、死にたくないと泣け叫んだり、必死に死から逃れようとする」
「何が言いたい?」
「けど、同じ人間でもあなたは違う。むしろ死を歓迎している。まるで生きてること自体を罪だと思ってるかように」
生きてること自体が罪か...... 僕を迫害してきた奴らはそう思ってるだろうな。
「生きることって罪じゃないわよ?」
「!」
「何があったか知らないけど、あなたはそんな当たり前のことさえ忘れてしまってたようね」
「......」
「良いわ、じゃあこの取引の内容をもう一つ追加してあげる」
「......なんだ?」
「私が伴侶になったからには、あなたに生きてて良かったと言わせるぐらいに幸せにしてあげる」
「!!」
「私は本気よ、あなたの死の匂いを頼りにここで出会えたのは運命だとも思ってるわ」
運命......か。
「僕はシック。お前は?」
「私はイルネスよ」
「それじゃあイルネス、お前の取引に応じる」
「気が変わってくれて嬉しいわ」
魔物、イルネスは笑みは余裕しゃくしゃくのものから、喜ぶ笑みになっていた。今の言葉に嘘はないのだろう。
イルネスを完全に信じた訳ではないが、彼女の言う運命って奴を一度だけ信じてみようと思った。
でも、これで寝たきりの生活とはおさらば出来る。そう思うと死ぬのが多少は怖くなくなる。
街の医者から不治の病だと聞かされた時は絶望的な気分だったが、今こうして死の直前まで来る頃には、不思議と絶望はなくなっていた。あるのは不思議な安心感だ。死というものがそれを感じさせるのか?
まあともかく、僕が死を待つ間に出来ることといったら、もっぱら脳内でしりとりをしたり、過去の思い出に浸るぐらいだ。
それにしても、僕が一体何をしたというのか。どうして僕がこんな目に。そう教会で主神に聞いたこともあったが、返事は無かった。僕は主神に裏切られたのだ。以来、僕は主神を信仰しなくなった。
それだけじゃない。本当の絶望は僕が不治の病だと分かった数日後に起きた。今まで仲が良かったご近所さんや行きつけの店の主人、いつもつるんでいた友達までもが、僕を迫害し出した。どうやらアイツらは自分達にも不治の病が移るのではないかと思ったらしい。
またしても裏切られたのだ。信じていたものに。
僕を蝕む不治の病は“衰弱の病”だ。その名の通り、身体が日に日に衰弱し、最後は心臓が止まる。現に僕の心臓は日に日に動きが弱まっている。
つい先月までは家の中を歩き回るぐらいは出来ていたのだが、今じゃ完全に寝たきりだ。まあどの道、僕が外に出れば、町の奴らに白い目で見られ、罵声を浴びせられ、避けられるんだ。関係ないか。
家の小さな窓を見ると暗かった。もう夜になったようだ。寝るとするか。出来れば、もう明日が来ないでほしい。
「うん?」
そう願いながら、目を閉じると、何故か玄関のドアが開いた。街の奴らが僕の家に来る訳がない。一体誰が?
やがて、玄関から人影が近づいてきた。いや、人間じゃない。
「この強烈な匂いはあなたね」
「あなたは......魔物?」
「えぇ、さすらいのペイルライダーってとこかしら」
この魔物は寝たきりの僕を見下ろしながら、そう名乗った。
ペイルライダー。確か病気が魔物になった存在だったか。噂には聞いたことがあったが、実際に見たとは初めてだ。
まさに病気という感じの全身紫の肌に、綺麗な緑青色の瞳。しかし、身体は巨乳巨尻。しかも、着ている黒い鎧はそれらの大事な所しか隠せていない。ほぼ裸同然だ。
「私の姿を見ても驚ろかないのね?」
「え?まあはい」
「それにしても、すごい匂いね」
「あのう、さっきから匂いって何が?」
この家には香水は置いていない。僕自身もまだ生きてるから腐臭はしない筈だ。
「決まってるわ。死の匂いよ」
「死の、匂い?」
「死が近い生物が発する匂いのことよ。私けっこう鼻が効くからか、この匂いを正確に嗅ぎ取れちゃうの」
「へぇ、それは面白いですね」
「そんで、あなたは特に強烈。あと生きて二日ってとこかしら?」
ペイルライダーが笑みを浮かべながら、余命宣告をして来た。やはり魔物。人間とは価値観が違うようだ。
それにしても二日かー。
「暇だなー」
「あら、死ぬのが怖くないの?」
「僕は不治の病に罹ってて、ずっと死ぬのを待ってるんです」
「そう、通りで死の匂いがこれだけ強烈になる訳ね」
ペイルライダーは納得したように言った。魔物は本当に死というものを軽く考えているように感じる。やはり、アンデッドとかいるからか?
「所であなた......」
「はい?」
「私と取引しないかしら?」
「取引?」
こんな死に体の僕と?一体どんな?
「応じてくれたら、あなたの不治の病を治してあげるわ」
「何だって?」
治す?不治の病を?いくら魔物であってもそんなことが出来るわけが......
「私たちペイルライダーはね、病気を取り込むことが出来るの」
「病気を、取り込む?」
「そう、あなたの不治の病を私が取り込んであげるわ」
「本当にそんなことが」
「ただし、これは取引。私の出す条件に応じてくれたらの話よ」
「条件?」
「私をあなたの伴侶にして」
「えっ?」
聞き間違いか?こんな僕を伴侶に?何がどういうことなんだ?意味が分からない。
そんな僕を他所にペイルライダーは相変わらず笑みを崩さない。
「そのままの意味よ。あなたの妻にしてほしいの」
「どうして、会ったばかりで死に体の僕なんかと?」
「さあ、どうしてかしら?私にも分からないわ」
この魔物、本当に何を考えてる?
だが、この魔物の取引に応じるかどうかの答えは決まっている。
「......取引には応じない」
「あら?あなたにとって良い話だと思うけど?」
「会ったばかりのお前を信用出来ない。というかお前は魔物だ。信用する方が危険だ」
「でも、そこを信用してくれれば、あなたは病気は治せるし、オマケに誰もが羨むこんな良い女を娶れるわよ?」
そう言うと魔物は自身の身体を惜しげもなく、僕に見せつけてきた。確かに良い女だとは思うが。
「それに、僕はもうこの世界に未練はない」
「どうして?」
「どうしてもだ、もう良いから帰れ」
僕はそう言って寝ようとした。
しかし、この魔物はまだ諦めてはいないようだ。しつこいなあ。
「人間って面白い生き物よねー、口では死を恐れてないと言いながら、いざ死を目前にすると、死にたくないと泣け叫んだり、必死に死から逃れようとする」
「何が言いたい?」
「けど、同じ人間でもあなたは違う。むしろ死を歓迎している。まるで生きてること自体を罪だと思ってるかように」
生きてること自体が罪か...... 僕を迫害してきた奴らはそう思ってるだろうな。
「生きることって罪じゃないわよ?」
「!」
「何があったか知らないけど、あなたはそんな当たり前のことさえ忘れてしまってたようね」
「......」
「良いわ、じゃあこの取引の内容をもう一つ追加してあげる」
「......なんだ?」
「私が伴侶になったからには、あなたに生きてて良かったと言わせるぐらいに幸せにしてあげる」
「!!」
「私は本気よ、あなたの死の匂いを頼りにここで出会えたのは運命だとも思ってるわ」
運命......か。
「僕はシック。お前は?」
「私はイルネスよ」
「それじゃあイルネス、お前の取引に応じる」
「気が変わってくれて嬉しいわ」
魔物、イルネスは笑みは余裕しゃくしゃくのものから、喜ぶ笑みになっていた。今の言葉に嘘はないのだろう。
イルネスを完全に信じた訳ではないが、彼女の言う運命って奴を一度だけ信じてみようと思った。
25/07/07 01:50更新 / 魔物娘愛好家
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