連載小説
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前途多難な沖縄初日
 俺は今、沖縄にいる。と言っても旅行ではなく仕事だ。つい一週間前までは東京で本社勤めだったんだが、上司の命令で沖縄支社に異動になった。

 まあ、正直なところ、死ぬまでに行ってみたかった場所だし、左遷とは思っていない。むしろ楽しみにしていたまである。現に仲の良かった同僚からは羨ましがられたしな。

 しかし、那覇空港のお土産売り場は凄いなー!アロハシャツそっくりのかりゆしウェアにシーサー!ちんすこうにサーターアンダギー!沖縄といえばの物や食べ物が全部揃ってる!

 俺は事前に沖縄の名物とかを調べ上げている。何せ今日からここで生活するんだ。

 なんて事を考えていると、もうすぐ沖縄支社の人が迎えにくる時間になっていた。

 俺は東京で買って来たお土産が入った紙袋を左手に持ち、生活用品が入った黒のキャリーケースを右手で引っ張り、空港の外へ移動した。


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 待ち合わせ場所にはまだ迎えの人は来てなかった。

 しかし、暑い!真夏の沖縄は人を焼き殺せるんじゃないか?とにかく日向にいたらヤバい!しかも、今の俺の格好は本社勤めの癖でスーツだ!熱中症待ったなしだ!

 俺は小走りで空港の日陰に避難した。それでも暑いが......


ーーーーーーーー


 約束の時間から1時間経った。まだ来ない。もしかして約束を日を間違えたか?いいや、そんな筈がない。

 暑い中待っていると、俺の前に大型バイクが停まった。えっ!?もしかして暴走族か!?こんな暑い中でスーツ着てるから目をつけられたか!?

 混乱し慌てる俺を他所に、水色の花柄かりゆしウェアにフルフェイスの運転手がバイクから降りて走って来た。体型的におそらく女性だ。ヤバい!カツアゲか!?

 ってあれ?よく見ると......手足に毛がびっしり!?ということは人間じゃない?魔物娘か?

 身構えていると、フルフェイスの女性から予想だにしない言葉が飛び出した。

「すみませーん!、遅れましたー!」
「えっ?」

 フルフェイスから気が抜けそうなぐらい緩く、甘ったるい声が聞こえてきた。すると同時に、女性はフルフェイスを取り、素顔を見せた。

「ハァ......フルフェイス暑い......」

 すごく綺麗な人だ。腰まで伸びた黒のロングヘアにクリッとした瞳につい目が入ってしまう。しかし、よく見ると頭に動物の耳があった。ピクピクと動いている。

 そして、顔や肌は沖縄の太陽に焼かれたのか褐色肌であり、俺より少し小さいぐらいの身体は、中々の大きさのモノを持っていた。かりゆしウェアからでも分かる。

 彼女はフルフェイスを左腕で挟むように持ちながら、右手で汗だくの綺麗な褐色の顔を仰いでいた。

「あのう......」
「はい?」
「あなたが迎えの方でしょうか?」
「ああ、はいそうです!すみません、遅れちゃってー」
「い、いえ......」

 彼女は先程まで顔を仰いでいた右手を後頭部に回しながら、俺に緩く謝罪した。なんだか怒る気が起きない。不思議と許してしまう。

「あ、私あぬって言いますー」
「伊藤です。伊藤正志と申します」
「正志さん、よろしくお願いしますー」
「えっ?あ、ああ、お願いします」

 初対面でいきなり下の名前!?沖縄の人ってみんなこんな感じなのか?

 いや、それより気になることはあるけど、初対面で聞いちゃって良いのか?

「私、アヌビスですー」
「えっ!?」
「この人は何の種族だろー?って思ったでしょー?」
「何で分かったんですか!?」
「何となくですー」

 勘が良すぎないか!?流石に顔に出てたか!?でもまあ、個人的な疑問を晴らせたし、あぬさんも怒ったりはなさそうだしいいか。

「じゃあ、行きましょうかー」
「あ、あのう......」
「はい?」
「バイクにキャリーケース乗りませんよ?」
「えっ?ああ!!」

 いや、飛行機に乗って来る人はキャリーケースとか持ってるでしょ!? 何でバイクで来ちゃうのこの人!?

「どうしよう......」

 あぬさんが頭を抱える。いやマジでどうすんの!?

「......歩いて行きますー?」
「めちゃくちゃ遠いですよね、ここから会社!?」

 俺が聞いた会社の場所は空港からかなり距離がある。歩いて行ける訳がない!熱中症で死んでしまう!

 気が抜ける緩い声でとんでもない提案をする、あぬさんに俺の頭が痛くなってきた。

「でも、良い運動になると思いますよー、東京の人は体力ないんでしょー?」
「どこの情報ですか、それ......」
「私のイメージですー」

 あぬさんの間違った東京のイメージに俺は若干呆れながら、どうするか考えた。初対面だが、この人は当てにならない。もう分かる。

「他の方に車で迎えに来てもらうのは?」
「それは無理ですー」
「えっ、どうしてですか?」
「他のみんなは自分で仕事で手が空いてないんでー」
「そんな......」

 だったら、こういう時に頼るものは一つしかない。俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。

「じゃあもうタクシーで行きます」
「おお、その手がありましたねー!」
「とりあえずタクシーアプリで呼んじゃいますね」
「あ、でもそれだと、私のバイクが置いてけぼりに」
「あなたはバイクで行けばいいでしょ!」

 こういう人なのか?もしくは俺を揶揄ってるのか?まあ、アヌビスといえば、仕事は優秀、それでいて生真面目な種族だと聞くし、おそらく後者かな?でも、迎えにバイクで来たのはどういう......?

 この人に新たな疑問が生まれた。


ーーーーーーーー


 しばらく待っていると呼んだタクシーが俺の前にやって来た。

「お待たせ致しました。ご乗車ありがとうございます」

 温厚そうな顔つきのお爺さん運転手が後部座席に乗り込もうとする俺の顔を見てしっかりと挨拶をする。すごく気持ちが良い。東京の無愛想なタクシー運転手とは大違いだ。

「そちらのキャリーケースはトランクにお入れしますか?」
「ああ、お願いします」
「かしこまりました」

 運転手さんはシートベルトを外し、タクシーを降りた。そしてそのまま、慣れた様子で後ろのトランクを開けた。

「それでは、お荷物お預かり致します」

 俺はキャリーケースを運転手さんに渡すと、これまた慣れた様子でトランクに入れた。

 そして、運転手さんは運転席に戻り、シートベルトを締めた。

 運転手さんはまた顔を俺に向け、タクシー運転手が一日に100回は聞くであろう質問をした。

「どちらまで?」
「ええっと......、あぬさん、道案内お願いします!」
「了解ですー」

 あぬさんは気の抜けそうな声で返事をすると、乗って来たバイクに跨り、フルフェイスのヘルメットを被った。

「あのバイクについてってください」
「かしこまりました」

 運転席さんが俺の言う事を承ると同時にあぬさんがバイクのエンジンを掛ける。すると、けたたましいエンジン音が鳴り響いた。タクシーの中からでも聞こえる。あぬさんは結構なバイカーなのかな?

 そして、あぬさんは目的地に向かってバイクを発進させ、同時に俺の乗るタクシーも追うように発車した。

 ......めっちゃ、メーター上がるだろうなぁ......

 そういえば、会社まで結構距離があったな。現金足りるかると良いが。電子マネーもいけるならその心配はないが。


ーーーーーーーーー


 タクシーに乗って30分程が経ったところで、前をバイクで走るあぬさんが、バイクを歩道に寄せ、そのままバイクを降りる。フルフェイスを被った状態でタクシーに乗る俺に手を振っている。

 おそらく目的地に着いたんだろう。すると、運転手さんも気が付いたのか、「ここですね」と一言だけ言うと、タクシーを路肩に停めた。

「ではすみません、代金が2500円になります」
「ああ、はい」

 俺はポケットから財布を取り出し、足りるかどうかの不安を抱えて現金を確認した。まさか、タクシーで2000円以上いくとは......

 そして、財布の中には十分な現金で入っていた。良かった。これでとりあえず現金で支払える。

「じゃあこれで」

 俺は財布からきっちり2500円を出した。千円札2枚に500円玉を一つ。

「はい、ちょうどですね」

 運転手さんは俺からお金を受け取ると、メーターのボタンをポチポチ押した。東京にいる時からタクシーは使っていたが、未だにどんな操作をしているかは理解できない。まあ、特段理解しようともしていないが。

「レシートになります」
「どうも」
「今、お荷物をお取り出し致します」
「はい」

 運転手さんはシートベルトを外し、タクシーを降りる。そして、タクシーの後ろ側に移動し、慣れた様子でトランクを開ける。そして、俺のキャリーケースを取り出した。

「お荷物になります」
「ありがとうございます」
「それでは、ご乗車ありがとうございました」

 俺がキャリーケースを受け取ると、運転手さんは俺に会釈をした後、再びタクシーに乗り込み発車した。どんどん遠ざかっていく。

 まあ、とりあえずどうにかなったな。タクシー代の2500円はあぬさんの不手際だが、この程度のことで怒ったりするほど、俺は狭量のつもりはない。

 ただし、会社にはしっかり経費として落としてもらう!そのためのレシートも財布に入れておく!これ大事!

「正志さーん!」

 あぬさんが小走りで俺の前にやって来た。気の抜けるような声と下の名前で呼ばれてるのも相まって、少し胸が高鳴る。可愛い。

「あぬさん、案内ありがとうございます」
「いえいえー」

 俺のお礼の言葉に頭をかきながら、嬉しそうなニコニコする。可愛い。

「ってあれ?ここは......?」

 あぬさんに案内された場所は会社ではなく、アパートだった。それもボロアパートというわけではなく 外見はとても綺麗で、耐震もしっかりしてそうだし、一人暮らしするぐらいなら快適そう。そんなイメージのアパートだった。見た感じ3階建てのようだ。

「うちの社宅アパートですー」
「えっ、ここが!?」

 あぬさんがまたしても気が抜ける声で衝撃の事実を言い放つ。

 そうだ、沖縄支社は社宅制度があるって上司に聞いて、住む家を探す手間が省けると思って、俺はその制度を利用することにしたんだった......

 なぜ今まで忘れてたんだ? 働き過ぎで疲れてんのかな?

 というか、俺はさっきまでそのまま会社に行くと思ってたぞ!?キャリーケースを持ってたことも忘れて!

 いよいよ本気でヤバいかも......俺

「......そんなに驚くことですかー?」
「いやー、会社の社宅ってあまり綺麗なイメージがなくて......」
「そうですかー?まあ、とりあえず正志さんの部屋に案内しますんで、行きましょー♪」

 あぬさんは何故か少し上機嫌な様子でこの衝撃の社宅の入り口に入って行く。俺の後をついていく。

「エレベーターもあるんですか」
「はい、これも驚いたんですかー?」

 エレベーターのボタンを押しながら、俺を見るあぬさんの視線が呆れているように見える。俺がおかしいのか?

 でも本当に助かる!アパートってエレベーターがないイメージだったから本当に助かる!仕事終わりに階段は辛いし。


ーーーーーーーー


 あぬさんとエレベーターで3階に上がると、角部屋に案内された。

「ここが正志さんのお部屋でーす」
「角部屋ですか!」

 なんか良いな!部屋に挟まれてない感じがなんか良いな!不動産知識とか何も興味ないけど。

「ええっと、今、部屋の鍵を......あれ?」
「あぬさん?」
「どこに入れたっけー?」

 あぬさんが肉球のついた両手でズボンのポケットを探る。前の両ポケットを探り、次に後ろの両ポケットを探る。

 なんだか、すごく面倒なことが起きる予感がする。

「んー、確かに持って来たはずなんだけどー?」
「あぬさん、まさか......」
「どっかに落としたかもー!」
「ええっ!?」
「ごめんなさいー!」

 あぬさんがあからさまに申し訳なさそうな顔をする。そんな顔されたら、流石に怒れない。......分かってやってる?

「どうしよー......」
「というか、なんであぬさんが俺の部屋の鍵を?」
「正志さんを迎えに行ったら一緒に渡すよう部長から頼まれてたんですー......」

 部屋が開かないんじゃ荷物も置けない。でもこう言うときこそ冷静に対処して。

「とりあえず管理人さんに合鍵をもらいに」
「ああ、今日は管理人来てないですー」
「えっ!?いないんですか!?」
「はい」

 マジか...... だったら望み薄だけど

「この辺りにホテルは?」
「ないですー」
「ですよね......」

 本当にどうしよう......このままだとお気に入り初日に野宿だ。でも星空は綺麗そうだ。

「あ!」
「お!何か思いつきました?」
「正志さんの部屋の鍵、もしかしたら私の部屋にあるかも?」
「ああ、持ってくるのを忘れたってことですか」
「はい、ちょっと探してみますー、外は暑いんで正志さんもひとまずうちに来てくださーい」
「ありがとうございます」
「因みに私の部屋は隣のここですー」

 あぬさんはご近所さんだったのか。なんだか嬉しい。

 女性の部屋に初対面の男が踏み込むのはよろしくないが、ここはお言葉に甘えよう。これ以上、外にいると暑さで溶けてしまう。

 沖縄の日差しに当てられ、俺とあぬさんはすっかり汗だくだ。

 そんなあぬさんは肉球の付いた手で顔を仰ぎながら、自分の部屋をドアを開けた。

 というか、鍵掛けてないの!?東京だったら空き巣に入られてる!

 迎えにバイクで来るといい、俺の部屋の鍵を無くすといい、もしかしてこの人......アヌビスなのに、結構ズボラ?

 つづく......
25/07/08 04:00更新 / 魔物娘愛好家
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■作者メッセージ
頑張って完結させます!多分、笑
まあ、マイペースに更新していきます!笑
良ければ感想を書いてください!🙇

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