最高の妻はアマゾネス
会社を辞めたい
ニートになってしまいたい
自由になりたい。
僕は毎日、こんなことを想いながら出社し、働き、そして今現在、帰宅中だ。働くことが楽しいなんて言う人の気持ちは理解できないし、仕事の出来る人は羨ましい。
会社は僕にとって可のなく不可もなく。パワハラされてる訳でもないし、かといって特別評価されてる訳でもない。この状態を「安定」や「安泰」と呼ぶ人もいるだろうが、僕は「生殺し」と思っている。辞める理由もないが、続ける意味も感じない。苦痛だ。
本当は今すぐにでも会社を辞めたい。毎朝スーツで出社なんかせず、Tシャツと半ズボンでのんびりと過ごしたい。夜はコンビニに行って、安い酒を5、6本買って、録画したバラエティ番組を観ながら、楽しく晩酌したい。
そんな叶いそうもない願望を頭に浮かべてる内に、我が家に着いた。我が家と言っても立派な一軒家という訳ではなく、賃貸のマンションの一室だが。
ーーーーーーーーーー
僕は疲れた身体で家に入った。そして、そのままリビングの扉を開けた。
「ただいま」
「おかえり、お勤めご苦労様」
僕は結婚している。キッチンから美味しそうな匂いを漂わせながら、鍋を煮込んでいる妻はアマゾネスだ。妻はいつも軽装で過ごしているから羨ましい。
妻は思わず目を奪われる程の綺麗な顔をしている。惹き込まれるような紫の瞳に、Mっ気のある男性なら見られただけで心臓が高鳴るであろう吊り目。総じて美しく、そして気高い顔立ちをしていた。
妻の美しい所は顔だけではない。アマゾネス特有の褐色肌に、溢れんばかりの大きな胸。結婚初夜に言っていたが、Hカップあるそうだ。薄いTシャツでは妻の胸は隠しきれない。
性格は出会った当初から変わらない。「良妻賢母」という言葉がよく似合う。子供っぽい性格の僕をずっと支えてくれている。
結婚して3年が経ったが、僕なんかには勿体ないと未だに思う。
そして、そんな綺麗過ぎる妻が作っている物は匂いですぐに分かった。嗅いだ瞬間にワクワクしてきた。
「今日はカレーか!」
「ああ、ちょうど今出来たとこだ、着替えてこい」
「おお!」
「ワイシャツと靴下はカゴに入れて置いてくれ」
「分かってる」
カレーは僕の大好物だ。逸る気持ちを抑え、夫婦の寝室で、スーツを上着からワイシャツ、次にネクタイ、最後にズボンを脱ぎ、ワイシャツ以外をハンガーに掛ける。そして、妻が布団の上に出して置いてくれた愛用の部屋着に着替えた。
そして、風呂場で靴下を脱ぎ、雑に持ってきたワイシャツを靴下と一緒にカゴに入れた。
そのまま、リビングに戻ってくると、テレビの前のテーブルには食欲を唆る真っ白なライスの上に、これまた食欲を唆る匂いを醸し出すカレーが掛けられていた。カレーの中にはジャガイモやニンジンがゴロゴロと入っていた。
日本の最高の発明にして、僕の大好物「カレーライス」だ!それも妻が作ってくれた!
「うおぉ、美味そう!いただきま......」
「待て!」
「え!?」
食欲のままにこの最高の料理を味合うとしたら、突然、妻から待ったが掛かった。妻の言葉には反射的に従ってしまう。そんな自分が犬のようだと情けなくなることもあるが、それも仕方がないのかもしれない。
あんな美人の言う事なら、どんな男だって寧ろ聞きたいぐらいだろう。
「ご飯は「いただきます」から一緒に食べる!忘れたのか!」
「ああ、ゴメン!美味しそうだったから、早く食べたくて......」
そう言う妻の言葉は少しだけキツいものだが、顔は仄かに赤み掛かっていた。控えめに言って可愛すぎる。
ちなみに、夫婦揃って「いただきます」をするのが我が家のルールだ。ついさっきまで忘れていたが。
「じゃあ、改めて...」
「「いただきます!」」
言い終わると同時に僕はカレーライスを口に入れた。
「美味い!」
この最初の一口があまりに美味すぎた。僕はカレーライスを無我夢中で口に入れた。やっぱり妻のカレーが一番美味い。
「おいおい、もう少し落ち着いて食べろ」
「モゴモゴモゴモゴ!(だってめちゃめちゃ美味いからさ!)」
「口に入れたまま喋るな!」
妻からのお叱りを受け、僕は取り敢えず口の中を空にし、その後は冷静にカレーを食べた。妻と同じように。
「全く......お前は何でそう子供っぽいんだ」
「ゴメン......」
「謝るな、私はお前のそういうところ、可愛いと思っている」
「え?」
「フフッ、どうした、顔が赤いぞ?」
妻が小悪魔のような笑みを浮かべ、からかうように言う。妻には勝てたことがない。僕を叱ることもあれば、急に褒めることもある。僕にとって妻はドキドキする相手だった。
ーーーーーーー
「「ごちそうさまでした!」」
世界一美味いカレーを食べ終わり、妻と声を合わせて、「ごちそうさま」をした。これも我が家のルールだ。
妻が空になった二つの皿をキッチンのシンクに置き、カレー塗れの皿を水に浸けた。こうすることで皿をより綺麗に洗えるらしい。
妻は皿を水に浸け終わると、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、一本を僕の前に置き、もう一本を開けながらテーブル越しに僕の前に座った。
そして、僕と妻はコップにビールを注いだ。僕はビールがカレーの次に好きだ。酔って嫌なこと忘れられるし。
ーーーーーーー
夫婦共にほろ酔いぐらいになった時、不意に妻から珍しい質問をされた。
「仕事の方はどうだ?」
「え?まあ、そこそこ?」
「そうか」
「どうしたんだ、突然?」
妻からこんな質問をされるのは初めてだったので、少し曖昧な返答をしてしまった。
僕が質問の意味を聞くと、妻は意を決したように僕の顔を見た。
「...お前、無理してるな」
「!?」
「その顔、図星のようだな」
完全に図星を突かれた。というか顔に出てしまった。確かに僕は無理をして会社に行っている。でも。それは妻のためだ。妻にだけはバレる訳にはいかなかった。
「......私のため......なんだよな?」
「ああ、君のためだよ」
妻の種族であるアマゾネスは本来、男女観が人間や他の種族とは真逆だ。女性が働きに行き、男性が家庭を守る。それがアマゾネスの価値観だ。
実際、僕の同僚だった奴も幼馴染だったというアマゾネスと結婚すると、すぐに退職して専業主夫になった。最近じゃ子供も産まれたらしい。「会社に行かなくて良い」という部分だけ羨ましく感じた。家事に育児は大変だろうけど。
だけど、妻は変わっていた。夫をを守るのではなく、夫に守られたいというアマゾネスの価値観とは真逆の願いを持っていた。言うなれば異端のアマゾネスだった。
しかも、物心付いた頃には、こんな考えを持っていたらしく、生まれ育った集落でも変わり者扱いだったそうで、18歳になると同時に集落を出て、人間たちが暮らす都会に出てきたそうだ。
その後、コンビニでアルバイトしていた所を、仕事帰りの僕と出会い、妻のその場の猛アプローチで半ば強引に交際をスタートさせ、気付けば結婚していた。
最初の出会いこそ、戸惑いの連続だったが、今では僕の大切な人だ。妻の願いを叶えてあげたかった。だから、行きたくもない会社に毎日出社した。専業主婦をしている妻の姿は生き生きしていた。そんな妻の笑顔を守りたかった。
自分自身の願いを無視してでも。どうせ良くない願いだし。
「すまなかった!」
「え!?いや、どうして!?」
突然妻が申し訳なさそうに頭を下げた。僕は突然の妻の行動にあたふたしてしまう。
「私の願いのために無理をさせてしまったことを謝りたい」
「いやいや!僕は別に——」
「今の会社は苦痛なんだろ?」
「え!?」
またしても図星だ。妻はどこまで僕を見透かすのだろう。
「ずっと前から気付いていた」
「ええっ!?」
「寝言で言っていたからな、「会社辞めたい」とか「自由になりたい」とか」
「嘘だろ......僕、そんな寝言を!?」
妻のために心の奥底に封印していたつもりだったが、寝言でとっくのバレていたとは...... なんか情けない。
「......パワハラか?」
「いや......」
「じゃあ、今の仕事が合ってないのか?」
「そうでもない......」
「じゃあなんだ?」
妻からの尋問のような質問に僕は上手く答えられない。というか言える訳がない。
だが、言わなきゃどうしようもない状況だ。あぁ、嫌だなぁ......
「働きなくて......」
「えっ?」
「働くのが嫌で!」
持てる勇気を振り絞った。妻からの視線、反応、とにかく怖い。僕の本心を聞いた妻は少し考え込むと、また僕の顔を見つめて言った。
「どうしてだ?」
「えっ?」
「どうして働くのが嫌なんだ?」
「それは......」
「怒らないから言ってみろ」
嘘だ、きっと怒るに決まってる。いくら良妻賢母な妻でも失望するに決まってる。それでも、ここで嘘を吐いたり、誤魔化すという選択肢は湧いてこなかった。
「毎日早起きして、着たくもないスーツを着て、虚無感と戦いながら仕事して、ヘトヘトになって帰る。僕にはこの生活が辛いんだ」
「お前......」
「分かってる......あまりにめちゃくちゃなことを言ってるってことは」
実際、僕が嫌だと思っていることを殆どの人達はそれでも耐えて働いている。
妻はまたしても少し考え込み、すぐに僕の顔を見た。あぁ、怒られるだろうな。或いは失望するか。
「なるほど、話は分かった」
「......っ!」
やはり怖い。妻が次に何を言うかが。僕は自然と心も体も身構える。
「なら、とっとと退職しろ」
「えっ?」
「仕事するのが嫌なんだろ?ならもう辞めてしまえ」
妻の言葉に耳を疑った。「仕事を辞めていい」と確かに言ったのだ。
「いや、でも!?」
「お前は私の願いを叶えてくれた。男に守ってもらいたいという願いを。だが、もう十分だ」
妻は今とんでもないことを言っているが、真剣そのものだった。
「今度は私がお前の願いを叶えてやる」
「いや......でもやっぱり良いよ!これまで通りで!」
「ダメだ!」
「!!」
妻はやはり本気らしい。それでも僕が会社を辞めたら、お金はどうする?妻が働きに出るのか?
「私だけが願いを叶えて、お前は我慢し続けるのか?そんなの私は許さないぞ!」
「それでも!生活費とかどうするんだよ!?」
「そんなの私がどうにかする!」
「どうにかって!?」
我が妻よ、本気で言ってるのか?どうしてそんなに自信満々なんだ!?
そんな姿を見せられたら、本当にどうにかなりそうな気がしてくる。僕は本当に会社を辞めて良いのか?もう嫌なことをしなくて良いのか?
「いいか?私はお前は心から愛している!どんな理由であれ、愛する夫が苦しむ姿を放ってはおけない!」
「!!」
「ここまで言えば、分かってくれるな?」
あぁ、そうだった。妻は出会った時からこういう人だった。常に僕をことを支えてくれて、妻が「なんとかする」と言うと、本当になんとかしてくれた。
「分かった、じゃあ明日辞めるって言いに行くよ」
「そうか!金のことは心配するな!必ずどうにかする!」
「ああ!信じるよ!」
僕はこの時思った。この人と結婚して本当に良かった!あの時コンビニでこの人に出会えて本当に良かった!
ーーーーーー
翌日、僕は退職届を提出した。同僚や上司にはかなり驚かれたが、最後の出勤日にはお別れ会を開いてくれた。仕事は苦痛だったが、人間関係には恵まれたと心から思う。
その後は、思い切りやりたいことをやった。夫婦旅行の下見を兼ねて、一人旅行に行ったり、新しい趣味に挑戦したりした。もちろんスーツではなく、半袖短パンという軽装だ。
妻はというと、まさかの投資で成功。今では投資家として、会社員時代の僕の何倍も稼いでいる。またしても、どうにかしてしまった。
あぁ、神様。僕は今、幸せです......妻と出会わせてくれてありがとう。
そして、我が妻よ。こんな僕と結婚してくれてありがとう。愛してる。
「愛してる」は面と向かって言わないとな
ニートになってしまいたい
自由になりたい。
僕は毎日、こんなことを想いながら出社し、働き、そして今現在、帰宅中だ。働くことが楽しいなんて言う人の気持ちは理解できないし、仕事の出来る人は羨ましい。
会社は僕にとって可のなく不可もなく。パワハラされてる訳でもないし、かといって特別評価されてる訳でもない。この状態を「安定」や「安泰」と呼ぶ人もいるだろうが、僕は「生殺し」と思っている。辞める理由もないが、続ける意味も感じない。苦痛だ。
本当は今すぐにでも会社を辞めたい。毎朝スーツで出社なんかせず、Tシャツと半ズボンでのんびりと過ごしたい。夜はコンビニに行って、安い酒を5、6本買って、録画したバラエティ番組を観ながら、楽しく晩酌したい。
そんな叶いそうもない願望を頭に浮かべてる内に、我が家に着いた。我が家と言っても立派な一軒家という訳ではなく、賃貸のマンションの一室だが。
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僕は疲れた身体で家に入った。そして、そのままリビングの扉を開けた。
「ただいま」
「おかえり、お勤めご苦労様」
僕は結婚している。キッチンから美味しそうな匂いを漂わせながら、鍋を煮込んでいる妻はアマゾネスだ。妻はいつも軽装で過ごしているから羨ましい。
妻は思わず目を奪われる程の綺麗な顔をしている。惹き込まれるような紫の瞳に、Mっ気のある男性なら見られただけで心臓が高鳴るであろう吊り目。総じて美しく、そして気高い顔立ちをしていた。
妻の美しい所は顔だけではない。アマゾネス特有の褐色肌に、溢れんばかりの大きな胸。結婚初夜に言っていたが、Hカップあるそうだ。薄いTシャツでは妻の胸は隠しきれない。
性格は出会った当初から変わらない。「良妻賢母」という言葉がよく似合う。子供っぽい性格の僕をずっと支えてくれている。
結婚して3年が経ったが、僕なんかには勿体ないと未だに思う。
そして、そんな綺麗過ぎる妻が作っている物は匂いですぐに分かった。嗅いだ瞬間にワクワクしてきた。
「今日はカレーか!」
「ああ、ちょうど今出来たとこだ、着替えてこい」
「おお!」
「ワイシャツと靴下はカゴに入れて置いてくれ」
「分かってる」
カレーは僕の大好物だ。逸る気持ちを抑え、夫婦の寝室で、スーツを上着からワイシャツ、次にネクタイ、最後にズボンを脱ぎ、ワイシャツ以外をハンガーに掛ける。そして、妻が布団の上に出して置いてくれた愛用の部屋着に着替えた。
そして、風呂場で靴下を脱ぎ、雑に持ってきたワイシャツを靴下と一緒にカゴに入れた。
そのまま、リビングに戻ってくると、テレビの前のテーブルには食欲を唆る真っ白なライスの上に、これまた食欲を唆る匂いを醸し出すカレーが掛けられていた。カレーの中にはジャガイモやニンジンがゴロゴロと入っていた。
日本の最高の発明にして、僕の大好物「カレーライス」だ!それも妻が作ってくれた!
「うおぉ、美味そう!いただきま......」
「待て!」
「え!?」
食欲のままにこの最高の料理を味合うとしたら、突然、妻から待ったが掛かった。妻の言葉には反射的に従ってしまう。そんな自分が犬のようだと情けなくなることもあるが、それも仕方がないのかもしれない。
あんな美人の言う事なら、どんな男だって寧ろ聞きたいぐらいだろう。
「ご飯は「いただきます」から一緒に食べる!忘れたのか!」
「ああ、ゴメン!美味しそうだったから、早く食べたくて......」
そう言う妻の言葉は少しだけキツいものだが、顔は仄かに赤み掛かっていた。控えめに言って可愛すぎる。
ちなみに、夫婦揃って「いただきます」をするのが我が家のルールだ。ついさっきまで忘れていたが。
「じゃあ、改めて...」
「「いただきます!」」
言い終わると同時に僕はカレーライスを口に入れた。
「美味い!」
この最初の一口があまりに美味すぎた。僕はカレーライスを無我夢中で口に入れた。やっぱり妻のカレーが一番美味い。
「おいおい、もう少し落ち着いて食べろ」
「モゴモゴモゴモゴ!(だってめちゃめちゃ美味いからさ!)」
「口に入れたまま喋るな!」
妻からのお叱りを受け、僕は取り敢えず口の中を空にし、その後は冷静にカレーを食べた。妻と同じように。
「全く......お前は何でそう子供っぽいんだ」
「ゴメン......」
「謝るな、私はお前のそういうところ、可愛いと思っている」
「え?」
「フフッ、どうした、顔が赤いぞ?」
妻が小悪魔のような笑みを浮かべ、からかうように言う。妻には勝てたことがない。僕を叱ることもあれば、急に褒めることもある。僕にとって妻はドキドキする相手だった。
ーーーーーーー
「「ごちそうさまでした!」」
世界一美味いカレーを食べ終わり、妻と声を合わせて、「ごちそうさま」をした。これも我が家のルールだ。
妻が空になった二つの皿をキッチンのシンクに置き、カレー塗れの皿を水に浸けた。こうすることで皿をより綺麗に洗えるらしい。
妻は皿を水に浸け終わると、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、一本を僕の前に置き、もう一本を開けながらテーブル越しに僕の前に座った。
そして、僕と妻はコップにビールを注いだ。僕はビールがカレーの次に好きだ。酔って嫌なこと忘れられるし。
ーーーーーーー
夫婦共にほろ酔いぐらいになった時、不意に妻から珍しい質問をされた。
「仕事の方はどうだ?」
「え?まあ、そこそこ?」
「そうか」
「どうしたんだ、突然?」
妻からこんな質問をされるのは初めてだったので、少し曖昧な返答をしてしまった。
僕が質問の意味を聞くと、妻は意を決したように僕の顔を見た。
「...お前、無理してるな」
「!?」
「その顔、図星のようだな」
完全に図星を突かれた。というか顔に出てしまった。確かに僕は無理をして会社に行っている。でも。それは妻のためだ。妻にだけはバレる訳にはいかなかった。
「......私のため......なんだよな?」
「ああ、君のためだよ」
妻の種族であるアマゾネスは本来、男女観が人間や他の種族とは真逆だ。女性が働きに行き、男性が家庭を守る。それがアマゾネスの価値観だ。
実際、僕の同僚だった奴も幼馴染だったというアマゾネスと結婚すると、すぐに退職して専業主夫になった。最近じゃ子供も産まれたらしい。「会社に行かなくて良い」という部分だけ羨ましく感じた。家事に育児は大変だろうけど。
だけど、妻は変わっていた。夫をを守るのではなく、夫に守られたいというアマゾネスの価値観とは真逆の願いを持っていた。言うなれば異端のアマゾネスだった。
しかも、物心付いた頃には、こんな考えを持っていたらしく、生まれ育った集落でも変わり者扱いだったそうで、18歳になると同時に集落を出て、人間たちが暮らす都会に出てきたそうだ。
その後、コンビニでアルバイトしていた所を、仕事帰りの僕と出会い、妻のその場の猛アプローチで半ば強引に交際をスタートさせ、気付けば結婚していた。
最初の出会いこそ、戸惑いの連続だったが、今では僕の大切な人だ。妻の願いを叶えてあげたかった。だから、行きたくもない会社に毎日出社した。専業主婦をしている妻の姿は生き生きしていた。そんな妻の笑顔を守りたかった。
自分自身の願いを無視してでも。どうせ良くない願いだし。
「すまなかった!」
「え!?いや、どうして!?」
突然妻が申し訳なさそうに頭を下げた。僕は突然の妻の行動にあたふたしてしまう。
「私の願いのために無理をさせてしまったことを謝りたい」
「いやいや!僕は別に——」
「今の会社は苦痛なんだろ?」
「え!?」
またしても図星だ。妻はどこまで僕を見透かすのだろう。
「ずっと前から気付いていた」
「ええっ!?」
「寝言で言っていたからな、「会社辞めたい」とか「自由になりたい」とか」
「嘘だろ......僕、そんな寝言を!?」
妻のために心の奥底に封印していたつもりだったが、寝言でとっくのバレていたとは...... なんか情けない。
「......パワハラか?」
「いや......」
「じゃあ、今の仕事が合ってないのか?」
「そうでもない......」
「じゃあなんだ?」
妻からの尋問のような質問に僕は上手く答えられない。というか言える訳がない。
だが、言わなきゃどうしようもない状況だ。あぁ、嫌だなぁ......
「働きなくて......」
「えっ?」
「働くのが嫌で!」
持てる勇気を振り絞った。妻からの視線、反応、とにかく怖い。僕の本心を聞いた妻は少し考え込むと、また僕の顔を見つめて言った。
「どうしてだ?」
「えっ?」
「どうして働くのが嫌なんだ?」
「それは......」
「怒らないから言ってみろ」
嘘だ、きっと怒るに決まってる。いくら良妻賢母な妻でも失望するに決まってる。それでも、ここで嘘を吐いたり、誤魔化すという選択肢は湧いてこなかった。
「毎日早起きして、着たくもないスーツを着て、虚無感と戦いながら仕事して、ヘトヘトになって帰る。僕にはこの生活が辛いんだ」
「お前......」
「分かってる......あまりにめちゃくちゃなことを言ってるってことは」
実際、僕が嫌だと思っていることを殆どの人達はそれでも耐えて働いている。
妻はまたしても少し考え込み、すぐに僕の顔を見た。あぁ、怒られるだろうな。或いは失望するか。
「なるほど、話は分かった」
「......っ!」
やはり怖い。妻が次に何を言うかが。僕は自然と心も体も身構える。
「なら、とっとと退職しろ」
「えっ?」
「仕事するのが嫌なんだろ?ならもう辞めてしまえ」
妻の言葉に耳を疑った。「仕事を辞めていい」と確かに言ったのだ。
「いや、でも!?」
「お前は私の願いを叶えてくれた。男に守ってもらいたいという願いを。だが、もう十分だ」
妻は今とんでもないことを言っているが、真剣そのものだった。
「今度は私がお前の願いを叶えてやる」
「いや......でもやっぱり良いよ!これまで通りで!」
「ダメだ!」
「!!」
妻はやはり本気らしい。それでも僕が会社を辞めたら、お金はどうする?妻が働きに出るのか?
「私だけが願いを叶えて、お前は我慢し続けるのか?そんなの私は許さないぞ!」
「それでも!生活費とかどうするんだよ!?」
「そんなの私がどうにかする!」
「どうにかって!?」
我が妻よ、本気で言ってるのか?どうしてそんなに自信満々なんだ!?
そんな姿を見せられたら、本当にどうにかなりそうな気がしてくる。僕は本当に会社を辞めて良いのか?もう嫌なことをしなくて良いのか?
「いいか?私はお前は心から愛している!どんな理由であれ、愛する夫が苦しむ姿を放ってはおけない!」
「!!」
「ここまで言えば、分かってくれるな?」
あぁ、そうだった。妻は出会った時からこういう人だった。常に僕をことを支えてくれて、妻が「なんとかする」と言うと、本当になんとかしてくれた。
「分かった、じゃあ明日辞めるって言いに行くよ」
「そうか!金のことは心配するな!必ずどうにかする!」
「ああ!信じるよ!」
僕はこの時思った。この人と結婚して本当に良かった!あの時コンビニでこの人に出会えて本当に良かった!
ーーーーーー
翌日、僕は退職届を提出した。同僚や上司にはかなり驚かれたが、最後の出勤日にはお別れ会を開いてくれた。仕事は苦痛だったが、人間関係には恵まれたと心から思う。
その後は、思い切りやりたいことをやった。夫婦旅行の下見を兼ねて、一人旅行に行ったり、新しい趣味に挑戦したりした。もちろんスーツではなく、半袖短パンという軽装だ。
妻はというと、まさかの投資で成功。今では投資家として、会社員時代の僕の何倍も稼いでいる。またしても、どうにかしてしまった。
あぁ、神様。僕は今、幸せです......妻と出会わせてくれてありがとう。
そして、我が妻よ。こんな僕と結婚してくれてありがとう。愛してる。
「愛してる」は面と向かって言わないとな
25/06/25 05:53更新 / 魔物娘愛好家