読切小説
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恋は盲目?
  
 山道に歩く中肉中背の男が一人。残暑が収まり爽やかな風を肌に感じながら山道の先にあるある祠を目指している。

 彼は絵描きだ。静かな山の中でひっそりと生きている。ずいぶんと前は弟と一緒に住んでいたが、何年も前に突然いなくなってしまった。原因については彼は検討がついているのだが、どこに行ったのかは分からないままだ。
 
 祠の掃除は彼が何年も続けている習慣だ。今回は一向に進まない筆に嫌気がさして散歩も兼ねた本日二回目の参拝である。朝の早い時間に済ませてしまう行事だが今回は日が高い。気分転換には丁度いい秋の乾いた風が歩調を軽快で早いものへと変える。

 祠に着くと彼は朝と同じように手を合わせ、頭を下げる。視線を上げると彼は森の中の何かと視線が合う。

禍々しい鬼の面に蜘蛛の胴体。大きさは熊ほどある怪物がこちらを伺っている。これは妖怪であろうと彼は思う。しかし、最近の妖怪はどいつもこいつも綺麗な女の容姿をしているのだが、この妖怪は懐かしくも昔の書物に描いてあるような文字通り牛鬼。蜘蛛の体に金剛力士像の顔を大きくしてとってつけただけの容姿をしている。

 先に述べたように彼の職業は絵描きである。この祠に祀られている神様は牛鬼であるのでよくよく描いていた。また、この祠の牛鬼の伝説はよく人助けをしたと評判であるので山の麓にある村でもよく売れた。今となっては安定した仕事がある彼も駆け出しの頃は弟とともにこの祠の牛鬼には世話になっていた。彼が毎日この祠に参るのはその頃の感謝を忘れぬためであった。

 さて、こちらを見ている牛鬼であるが、こんな妖怪らしい妖怪は彼は弟がいなくなってしまってからはとんと見ることはなかったのだが、目の前にいるのはその禍々しくも神々しい牛鬼である。この祠に祀られている神であろうか?
ならばいいものを見たと思い彼は深々と牛鬼に頭を下げ帰ったのだ。

 その日から彼が祠を参るたびにいつもその場所で牛鬼はこちらをじっと見ている。とくに変わったこともないので毎回深々と頭を下げ家に帰るのが日課になっていた。

 そんな日課が習慣となっていたある日、そろそろ冬に差し掛かろうという日和である。冬支度のために頼まれていた絵を売り、その金を食料に変え家に帰った。その日は朝早くから麓の村の地主の家に出かけていたので珍しくも祠に参拝していなかった。彼は明日は今日の分も祠を綺麗にしていい酒が手に入ったのでそれを供えようと思いながら火を消し眠ろうとしていた。

 ふと裏口から小さな物音が聞こえた。彼は暗闇の中で床に手をついて起き上がろうとする。

  ひゃぁ……

 彼は床ではなくなにか生暖かく柔らかいものに触れると線の細い声が暗闇から聞こえた。彼は寒気を感じてそちらに目を向けると赤い瞳と目があう。思わずに目が合ってしまったのでお互い時が止まったかのように動かない。彼は吸い込まれるようにその赤い瞳を見つめていた。しかし、暗闇に目が慣れぼんやりと赤い瞳の本体が見えようかというぐらいにその赤い瞳は猫が逃げるように慌てて外へと出て行ってしまった。

 その日から彼はあの赤い瞳が気になって仕方がなかった。絵描きである彼は和紙にその姿を想像し何枚も描き起こした。

 あれは座敷わらしであろうか?

 それとも貧乏神であろうか?

 雪女は時期違いであろうかな?
 
 河童は河が近くにはないから、違うかな?

そんなことを想像しながら紙に姿を起こすのが彼は楽しくて仕方がなくなっていた。 

 そんなある日、ふと彼は何日も祠に参拝をしていないことに気が付いた。雪が降ってしまえばしばらくは外に出ることもままならないであろう。そう思った彼は年末の大掃除をするべく掃除用具と供えものとして少しいい酒を持って出かける。
 何日も掃除をしていなかったので祠は荒れてしまっているだろうと彼は思っていたのだがずいぶんと綺麗な状態であった。不思議に思いながらも備えものをすると珍しく烏天狗の集団に木の上から野次られる。

「女を泣かす悪い絵描きだ!」

「たらしめ!」

「くろんぼに謝れ!」

 この山の烏天狗は大体は麓の地主の嫁なので散歩程度にしか山に来ない。それに彼女らの旦那は彼の顧客なので顔見知りではあるのだが、このように野次られる覚えはまったく彼にはない。しかし、ずいぶんと彼女らは怒っているようだ。

 「ご婦人方、いつもお世話になっています。申し訳ないがまったく心あたりがないのですが、誰かと勘違いされているのでは?」
彼は首を斜めに向け少し声を張り彼女たちに問いかける。

「気づいていないのか……」

「鈍感!」

「あんなかわいい娘を泣かせるなんてひどい奴だ!」
彼が話すと彼女らは呆れと怒りの声を漏らす。

「いや……、そもそもここ何週間か女と話したことなんてないのですが?」

「え?」
彼女たちはお互い目を合わせると内緒話を始めた。様子を見守るしかない彼は肌寒い陽気にそろそろ帰りたいなと思っていると一人の烏天狗が枝から降りてくる。

「あなた、何も知らないのね。だったら今からこの先の泉に行ってみなさい。私たちの言いたいことがわかると思うわ。」

「はぁ、そろそろ帰ろうかと……」

「いいから行きなさい!!でないとあなたの絵をもう買わないわよ!」

「それは困りますね……」

納得がいかない彼ではあったものの、収入がなくなると困る。とぼとぼと冷ややかな風に吹かれながら泉へと向かう。

「うー、なんでぇ…っで…」

泉から掠れた泣き声が聞こえる。烏天狗から言われたことはこれと関係があるのだろうかとうっすらと彼は考える。

女?

彼が泉を覗きくとざりざりと嵐のようなものが佇んでいる。泣き声は女のものだが姿形が判然としない。

これはなんだ?

妖怪の類いであろうか?

彼は考えるがまったく見当がつかない。ふと脳裏過ぎるのは何ヵ月前に出くわした牛鬼だ。するとどうだろう泉に佇む黒い嵐が固まり形を成し牛鬼の姿になった。

「うー、また姿が変わった……こんなんじゃどうやってアプローチしていいかわからないよ……」

およそ荒々しく神々しい姿とは対象にか細く刷りきれた
声で泣く姿は見ていて痛々しい。

「そこの……」

彼は隠れていたが、見ていられなくなり声をかける。

「ふぇっ!?」

固まった。という表現がぴったり当てはまる。彼と目が合う。
彼はその目を見た。吸い込まれそうな赤い瞳を恋い焦がれていた赤い瞳を。

すると牛鬼の姿はまた、黒い嵐に変わり小さく形を成していく。

華奢な体。身に纏った黒い西洋式の服。更に黒く水に濡らしたように光る黒髪。その全てを呑み込むように光る赤い瞳。

この山では見ることない洗練された色彩とそれとはアンバランスなあどけない用紙に彼は目が離せなくなった。

「えっなんで?姿が?それよりなんであなたがここにいるの?」

その赤い瞳は動揺を隠せない。

「はじめまして、二回目になるのかな?」

「……ごめんなさい、勝手に家にあがって……」

「いや、いいんだ。僕はずっと気になっていたんだあの赤い瞳の正体を。」

「それって……」

「今の姿が君の本当の姿でいいんだね?」

「はい……みすぼらしいですよね、地味で何一つ特徴なわかなくて……」

「そんなことない!綺麗だ……とても。だから君の絵を描かせてくれないか?」

「そんな……でも絵なんて」

「嫌かな?」

「嫌なんかじゃなくて!そう、それならわたしのお願いも聞いてくれますか?」

「あぁなんでも」

「わたしを……わたしを!そばに置いてください!」

「それは構わないけどうちは狭いよ?」

「そんなんじゃなくて!とにかくお願いします。」

「?構わないよ。」

彼はまだ知らないのだ。この娘とずっと一緒なんだということを。


14/09/15 00:11更新 / 包み紙

■作者メッセージ
ドッペルゲンガーのつもりです。やはり文章って難しいですね。自分の想像したものを伝えるのって。

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