黒めく黄昏
「
」
僕の感じている自然の共感を崩さないためか、少し控えめに諭すような声が上から聞こえてきた。体は根を張ったように動くことを拒んだので首だけを彼女の方に向ける。なるほど、足音の理由も納得できた。
腰を下ろしていた僕は、振り向いただけでは彼女の足しか見えなかったが理解するにはそれだけで事足りた。何故ならそれは馬の足だったからだ。首をもっと上へ擡げる。
穏やかな牧場を狙う不届きな輩はいつの時代も男女問わず存在する。だが広い土地を地主一人では守りきれないので、守人として適当に強い魔物を何人か置いておくという。その中でもポピュラーなケンタウロスは何処の牧場でも比較的多く見られる。だがここにケンタウロスなんていただろうか、初めて会った。
それにしても随分暑そうな格好をするんだな、もっと身軽なものだと思ってたのに。
「あなたはどうしてここにいるのですか」
と彼女は尋ねた
「えらく哲学的な質問ですね・・・それともこの牧場内にいる理由ですか?」
僕は聞き返した。
この牧場の守人であれば、初対面の人物がいるならまず当然の問答だ。僕が賊であればすぐにでも斬り捨てられるように身構えているのだろうから。
だがどうしてかそんな雰囲気は微塵も感じなかった。獣人の持つギラギラした闘争心というか緊張感が、彼女にはごっそり欠けていたのだ。初めて会う人間に心を許している・・・という感じでもない。それどころか、
驚いているようにも見えた。
「?・・・あなた、ここで何をしているんですか」
「?・・・気分転換ですけど。ワーシープの毛を刈ってたら眠くなってしまって」
「気分・・・転換??」
・・・・・・会話が成り立っていない気がする。
僕の答えはそんなにも問いにそぐわなかっただろうか。
「あなたには気分があるんですか」
「・・・そりゃあ、ありますが」
一体なんなのだろう。
まるで僕が、問いに答えることが出来ない人形だと思っていたかのような反応だ。
彼女が守人じゃないとしても、話が全く見えない・・・。
「え?・・・・・・え・・・?」
彼女も彼女で相当困惑しているようだった。もしかしたら僕以上にわけが分からなくなっているのかもしれない。こういう場合、おそらく困惑の原因であろう僕から発言すると十中八九ややこしさが増すので今は黙っていることしかできない。困った。絡まった糸を早く解きたいようなムズムズをいくら感じようとも、待つことしかできないこの時間は相当長く感じるんだなあ・・・。
少し経って
彼女が額を押さえていた手を除け息を吸った後に目を開ける。
「あの、確認してもよろしいでしょうか」
きた
「はい、いいですよ」
僕は待っていましたと言わんばかりに二つ返事で次の質問を待った。すぐに糸も解け、このモヤモヤも解消できるだろうと思っていた。
だけど
「あなたは・・・何故生きているのですか?」
最初に聞かれたような質問
哲学を語り集めるための質問
だが決定的に違うのは
明確な疑問形
僕が生きている事への疑問形
彼女が問うているのは
“何故僕が死んでいないのか”
だった
今度は僕が困惑する番だった。
額に手を当てて考える番だった。
なるほどここに更に質問が来ればややこしくなる、という推測は当たっていたな。彼女が矢継ぎ早に次を投げかけて来ないのはとてもありがたかった。
さて、なんと言った?
彼女はなんと言っていた?
数間前に耳にしたおぼろげな声を思い出す。
どうしてここにいるか、何をしているか、気分があるか、
それに加えて何故生きているのかときたものだ
前二つは守人としては当然の質問だ、篭っていた感情はともかくとしてもだ。がその後の質問は関連が無くなっている。いきなり容態を伺ってくるなんて考えられなくもないが・・・有り得ないな。
最後の質問を聞いた後だからこそ思い返してみれば、どれも僕が生きていることを頭から否定した質問だった気がする。何故彼女は僕が生きていないと思っていた・・・?
いや、3つ目の質問には他と違うところがあったな・・・あなた”には” こう言っていたような。
ということは何か他の対象と比べているのだろうか。他と同じく僕が死んでいておかしくないような何か・・・
ああ、成程
ここは、 死者の街 だからか。
この街に住む者であれば常識以前の大前提だったから、そのことを失念していた。
僕も彼女をここの住人であると決め付けてしまっていたわけだ。
なるほどなるほど、ようやく糸が解れてきたな。
では彼女は、僕に会うまで死者としか会っておらず、だから僕も死者だと思った。ということはこの街にも来たばかりで、ましてやここの守人などではなかったということか。
ようやく頭の整理が付き、息を吸って目を開けた
「驚かれたですか?ここで見える住人たちは殆どが死者ですから。まるであの世に迷い込んでしまったような感覚だったしょう」
「え・・・あ・・・・・・はい」
「でも大丈夫ですよ。ちゃんと僕みたいに生きた人間も居ますから。みんな暗いところが好きなもので、普段は家から出ないだけなんです」
「そ、そうなんですか・・・ふうん」
おや、なんだか歯切れが悪い
僕の導き出した解答はどこか間違っていただろうか。
ふむそういえばこの解答も聞かずに決め付けているな、いけないいけない
「失礼ですが、この街には来られたばかりですよね?」
「あ、はい。その通りです」
「そうですか、ではよろしければ後でご案内しますよ?この街は初見では色々不便でしょうから」
「・・・いえ・・・その」
おや、やはり歯切れが悪い
「まだ何か気になることでも?」
「ん・・・あの・・・・・・いえ、ありがとうございます。じゃあお願いします」
気が済んだのか、頭が追いついていないのか、彼女はそれ以上尋ねてくることはなかった。僕も彼女の思考を邪魔しないように、必要なこと以外は話しかけなかった。
「では、僕はまだ仕事が残っているので。夕方頃には終ると思いますので、この辺りで待っていてください」
「はい。聞きたいことがまだたくさんあったので、まとめておきますね」
彼女は興味津々な笑顔を見せて、手を振ってくれた。
さっきまでの眠気はどこへやら、僕は再びワーシープもとい睡魔と奮闘すべく、築山を降りたのだった。
夕方
この街は上からの光りが差さないだけで、夕日というのは割りとしっかり見ることができたりする。残念ながら朝日は樹のある東から上るので拝めたことはない。
仮眠をとりつつワーシープの毛を目標量まで採取し終わった僕は、おじさんに改めて礼を言った後、小屋で荷物をまとめ帰る準備をしていた。
「さっきそこでケンタウロスに会ってね、この後街を案内しながら帰ろうと思うんだけど、いいかな」
「 ふわ わたしは いいです よ 」
僕はやっと起きたルアに、先程のことを話していた。
結局作業中二人は寝たままで、僕は一人で毛を刈ることになった。これに関しては魔力の影響を比較的受けづらい人間がやるべきなのかもしれない。
あれ
「そういえば、エリーは?」
「
さ
あ
ど
う
し
た
ん
で
し ょ
う
ね
さ あ ど う し た ん で し ょ う ね
」
ゾクリとした
なんだ
なんだ今の感じは
思わず振り返ってルアを確認してしまう。
そこにはやはり いつものようにふわふわ笑うルアがいるだけだった
「ふわ 」
僕は自分の体を抱きしめていた。寒さを感じるには少し遅い時期なんじゃないだろうか・・・この間冬物の着物を仕舞ったばかりだというのに。
意味も無く急いで、小屋を出てエリーを探した。
外はもう黄昏の赤一色に染まっていた
なんだかとてもエリーの小さな手が恋しかった。
早くエリーと手を繋いでこの場を離れたかった。
ルアが怖かったわけじゃない。
嫌な予感がしたのだ。
「エリー!!・・・・・・エリー!!!」
おじさんがびっくりするんじゃないかと言うほど大きな声でエリーを呼んだ。
すると僕が先程まで居た築山の上に、エリーの小さな影が見えた。
その姿を見るとなんだか安心してしまって、力が抜けてしまって
気づけば、ちょっと歩くのに苦労しそうなくらい足が震えていた。
「エリー、帰るよ、早くこっちにおいで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、今行く」
エリーの小さな呟き声が風に乗って聞こえて来た。
僕は更に安心して、どっとなだれこむ疲労感に体を預けた。
エリーが降りてくるまで少しの間寝よう。
きっとすぐエリーが起こしてくれる。
そしたら二人を連れて家に帰るんだ。
いつもみたいに・・・帰るんだ。
そして僕はゆっくり目を閉じた。
こちらに歩んでくる、夕日に照らされたエリーを見ながら・・・。
だから気が付かなかった
夕焼けがあまりにも赤かったから
エリーの手から滴る赤に 気付かなかった
」
僕の感じている自然の共感を崩さないためか、少し控えめに諭すような声が上から聞こえてきた。体は根を張ったように動くことを拒んだので首だけを彼女の方に向ける。なるほど、足音の理由も納得できた。
腰を下ろしていた僕は、振り向いただけでは彼女の足しか見えなかったが理解するにはそれだけで事足りた。何故ならそれは馬の足だったからだ。首をもっと上へ擡げる。
穏やかな牧場を狙う不届きな輩はいつの時代も男女問わず存在する。だが広い土地を地主一人では守りきれないので、守人として適当に強い魔物を何人か置いておくという。その中でもポピュラーなケンタウロスは何処の牧場でも比較的多く見られる。だがここにケンタウロスなんていただろうか、初めて会った。
それにしても随分暑そうな格好をするんだな、もっと身軽なものだと思ってたのに。
「あなたはどうしてここにいるのですか」
と彼女は尋ねた
「えらく哲学的な質問ですね・・・それともこの牧場内にいる理由ですか?」
僕は聞き返した。
この牧場の守人であれば、初対面の人物がいるならまず当然の問答だ。僕が賊であればすぐにでも斬り捨てられるように身構えているのだろうから。
だがどうしてかそんな雰囲気は微塵も感じなかった。獣人の持つギラギラした闘争心というか緊張感が、彼女にはごっそり欠けていたのだ。初めて会う人間に心を許している・・・という感じでもない。それどころか、
驚いているようにも見えた。
「?・・・あなた、ここで何をしているんですか」
「?・・・気分転換ですけど。ワーシープの毛を刈ってたら眠くなってしまって」
「気分・・・転換??」
・・・・・・会話が成り立っていない気がする。
僕の答えはそんなにも問いにそぐわなかっただろうか。
「あなたには気分があるんですか」
「・・・そりゃあ、ありますが」
一体なんなのだろう。
まるで僕が、問いに答えることが出来ない人形だと思っていたかのような反応だ。
彼女が守人じゃないとしても、話が全く見えない・・・。
「え?・・・・・・え・・・?」
彼女も彼女で相当困惑しているようだった。もしかしたら僕以上にわけが分からなくなっているのかもしれない。こういう場合、おそらく困惑の原因であろう僕から発言すると十中八九ややこしさが増すので今は黙っていることしかできない。困った。絡まった糸を早く解きたいようなムズムズをいくら感じようとも、待つことしかできないこの時間は相当長く感じるんだなあ・・・。
少し経って
彼女が額を押さえていた手を除け息を吸った後に目を開ける。
「あの、確認してもよろしいでしょうか」
きた
「はい、いいですよ」
僕は待っていましたと言わんばかりに二つ返事で次の質問を待った。すぐに糸も解け、このモヤモヤも解消できるだろうと思っていた。
だけど
「あなたは・・・何故生きているのですか?」
最初に聞かれたような質問
哲学を語り集めるための質問
だが決定的に違うのは
明確な疑問形
僕が生きている事への疑問形
彼女が問うているのは
“何故僕が死んでいないのか”
だった
今度は僕が困惑する番だった。
額に手を当てて考える番だった。
なるほどここに更に質問が来ればややこしくなる、という推測は当たっていたな。彼女が矢継ぎ早に次を投げかけて来ないのはとてもありがたかった。
さて、なんと言った?
彼女はなんと言っていた?
数間前に耳にしたおぼろげな声を思い出す。
どうしてここにいるか、何をしているか、気分があるか、
それに加えて何故生きているのかときたものだ
前二つは守人としては当然の質問だ、篭っていた感情はともかくとしてもだ。がその後の質問は関連が無くなっている。いきなり容態を伺ってくるなんて考えられなくもないが・・・有り得ないな。
最後の質問を聞いた後だからこそ思い返してみれば、どれも僕が生きていることを頭から否定した質問だった気がする。何故彼女は僕が生きていないと思っていた・・・?
いや、3つ目の質問には他と違うところがあったな・・・あなた”には” こう言っていたような。
ということは何か他の対象と比べているのだろうか。他と同じく僕が死んでいておかしくないような何か・・・
ああ、成程
ここは、 死者の街 だからか。
この街に住む者であれば常識以前の大前提だったから、そのことを失念していた。
僕も彼女をここの住人であると決め付けてしまっていたわけだ。
なるほどなるほど、ようやく糸が解れてきたな。
では彼女は、僕に会うまで死者としか会っておらず、だから僕も死者だと思った。ということはこの街にも来たばかりで、ましてやここの守人などではなかったということか。
ようやく頭の整理が付き、息を吸って目を開けた
「驚かれたですか?ここで見える住人たちは殆どが死者ですから。まるであの世に迷い込んでしまったような感覚だったしょう」
「え・・・あ・・・・・・はい」
「でも大丈夫ですよ。ちゃんと僕みたいに生きた人間も居ますから。みんな暗いところが好きなもので、普段は家から出ないだけなんです」
「そ、そうなんですか・・・ふうん」
おや、なんだか歯切れが悪い
僕の導き出した解答はどこか間違っていただろうか。
ふむそういえばこの解答も聞かずに決め付けているな、いけないいけない
「失礼ですが、この街には来られたばかりですよね?」
「あ、はい。その通りです」
「そうですか、ではよろしければ後でご案内しますよ?この街は初見では色々不便でしょうから」
「・・・いえ・・・その」
おや、やはり歯切れが悪い
「まだ何か気になることでも?」
「ん・・・あの・・・・・・いえ、ありがとうございます。じゃあお願いします」
気が済んだのか、頭が追いついていないのか、彼女はそれ以上尋ねてくることはなかった。僕も彼女の思考を邪魔しないように、必要なこと以外は話しかけなかった。
「では、僕はまだ仕事が残っているので。夕方頃には終ると思いますので、この辺りで待っていてください」
「はい。聞きたいことがまだたくさんあったので、まとめておきますね」
彼女は興味津々な笑顔を見せて、手を振ってくれた。
さっきまでの眠気はどこへやら、僕は再びワーシープもとい睡魔と奮闘すべく、築山を降りたのだった。
夕方
この街は上からの光りが差さないだけで、夕日というのは割りとしっかり見ることができたりする。残念ながら朝日は樹のある東から上るので拝めたことはない。
仮眠をとりつつワーシープの毛を目標量まで採取し終わった僕は、おじさんに改めて礼を言った後、小屋で荷物をまとめ帰る準備をしていた。
「さっきそこでケンタウロスに会ってね、この後街を案内しながら帰ろうと思うんだけど、いいかな」
「 ふわ わたしは いいです よ 」
僕はやっと起きたルアに、先程のことを話していた。
結局作業中二人は寝たままで、僕は一人で毛を刈ることになった。これに関しては魔力の影響を比較的受けづらい人間がやるべきなのかもしれない。
あれ
「そういえば、エリーは?」
「
さ
あ
ど
う
し
た
ん
で
し ょ
う
ね
さ あ ど う し た ん で し ょ う ね
」
ゾクリとした
なんだ
なんだ今の感じは
思わず振り返ってルアを確認してしまう。
そこにはやはり いつものようにふわふわ笑うルアがいるだけだった
「ふわ 」
僕は自分の体を抱きしめていた。寒さを感じるには少し遅い時期なんじゃないだろうか・・・この間冬物の着物を仕舞ったばかりだというのに。
意味も無く急いで、小屋を出てエリーを探した。
外はもう黄昏の赤一色に染まっていた
なんだかとてもエリーの小さな手が恋しかった。
早くエリーと手を繋いでこの場を離れたかった。
ルアが怖かったわけじゃない。
嫌な予感がしたのだ。
「エリー!!・・・・・・エリー!!!」
おじさんがびっくりするんじゃないかと言うほど大きな声でエリーを呼んだ。
すると僕が先程まで居た築山の上に、エリーの小さな影が見えた。
その姿を見るとなんだか安心してしまって、力が抜けてしまって
気づけば、ちょっと歩くのに苦労しそうなくらい足が震えていた。
「エリー、帰るよ、早くこっちにおいで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、今行く」
エリーの小さな呟き声が風に乗って聞こえて来た。
僕は更に安心して、どっとなだれこむ疲労感に体を預けた。
エリーが降りてくるまで少しの間寝よう。
きっとすぐエリーが起こしてくれる。
そしたら二人を連れて家に帰るんだ。
いつもみたいに・・・帰るんだ。
そして僕はゆっくり目を閉じた。
こちらに歩んでくる、夕日に照らされたエリーを見ながら・・・。
だから気が付かなかった
夕焼けがあまりにも赤かったから
エリーの手から滴る赤に 気付かなかった
11/01/26 01:04更新 / 沙汰いく
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