家隷
その建物に入った時に真っ先に浮かんだのは後悔だった。壁には薄く血の染みがついており、その空間を包む空気はどこか血なまぐさい。真っ当な人間ならばまず足を踏み入れないであろう場所にきてしまった、ということをその場の雰囲気と鉄鎖の音は雄弁に教えてくれた。
細く長い通路の脇には小さな小窓がついていて、牢の中の様子を逐一確認出来るようになっている。自分は元来、好奇心が強い性質だったと自覚しているが、それらの中を覗いてみる気には残念ながらなれなかった。その小窓の中からは薄くうめき声が聞こえてくるため、耳さえもふさいでしまいたい気分になった。
前を歩く男が自慢げに牢の中の“商品”を振り返る。
「どうだい、大したもんだろ」
「本当だよ、まったく」
鎖に繋がれた奴隷を見せびらかす友人に私は皮肉っぽく返した。それは正しく伝わったのだろう、彼はにやりと笑ってまた歩きはじめる。私は溜息をついてそれに続いた。
大したもの、というのは正しい評価だと自分でも思う。奴隷商という商売は禁止こそされてはいないが大っぴらにやる商売でもない。それがこの建物の大きさはなんだ。商品用の倉庫といってはいたが、自分が経営している商館と同じくらいのサイズはあるではないか。それ程の大きさの建物がまるまる裏稼業に繋がっているとは。
目の前を歩く旧友の背中をまじまじと見る。同じ商人を師と仰ぎ、見習いの頃から修行してきた。確かに、そのころから荒っぽい稼ぎ方をしていたやつだったし、博打じみた商売で儲けていたような奴だったが、一体いつの間にこれほどの金と力を手に入れたのだろうか。
「不思議そうな顔してんな?」
そんな疑問は見え透いていたのだろう。彼は歩きながらオールバックにした髪を撫でつけ、にやにやと笑いながら口を開いた。
「まあ、人道的に問題がある商売なのは間違いねえやな。人様の命を売りつけるってんだから教団に目をつけられてもおかしくは無い。ただ、こいつにはちょっとばかり手品のタネがある」
芝居がかった語り口でまどろっこしく話すのは昔からのこいつの悪い癖だ。それにげんなりとしながらも私は続きを促した。
「その教団のお目こぼしをもらってるんだよなあ」
「そんな馬鹿な」
「そこの牢、覗いてみな?」
見てのお楽しみ、とばかりに肩をすくめる旧友に促されて渋々と近くの小窓に近づき、覗き見る。
「おい、これは――」
思わず声が漏れる。それを見て友人はにぃ、と口角を釣り上げた。
狭い窓からは殺風景な牢の中の様子が良く見える。打ちっぱなしの壁には鉄輪が突き刺さっており、そこから延びる鎖は一人の女をつるし上げていた。
羽の生えた人ならざる女を。
「魔物じゃないか!」
「そーいうこった。人類の敵である魔物に人権はねえ。とっ捕まえて殺すしてふりここに連れ込んで、どこぞの色ボケ男に売りつける」
「そんなことして大丈夫なのか」
魔物がそんなに大人しい種ばかりであるとは到底思えない。その気になればあんな鉄の鎖など紙細工のように引きちぎって逃げだすこともできるのではないだろうか。
しかし、ちっちっと舌を鳴らしながら指を左右に振った。
「いんや、あの女どもも好きでやってんのさ」
「はあ?」
理解が出来ない。好んで奴隷に身を落とすような奴が一体どこにいるというのだ。
「あいつらも自分を買ってくれる男をどこかで待ち望んでいやがるのさ。自分が仕えるにふさわしい主人や、自分を屈服させてくれるような旦那をな」
俺たちには理解できねえ感性だろうが。と言い捨てて彼はまた歩き始めた。
私もそれについていこうとしたが、牢から目を離す瞬間中にいた魔物に視線を向けてしまった。
彼女はじっと私を見ていた。私と目が合うと、彼女はぞっとするほど美しい笑みを浮かべて私に会釈した。その一瞬の仕草に私は少しだけどぎまぎすると同時に恐ろしさを覚える。
服も身にまとっている、ただ微笑みかけられただけ。それなのに何故か異常なほどに艶めかしい。じっと彼女の瞳を見つめると、その奥に情欲の炎が滾っていることに私は気が付いた。
――男を待ち望んでいやがるのさ。先ほどの友人の言葉が蘇る。なるほど、つまりこれは彼女達にとっての新たな捕食行動なのだ。あえて奴隷に身を落とし、弱った姿を見せ屈服させようと男を誘い、精を喰らうための。
壁に繋がれた女に私は食虫植物を幻視した。
足早に牢の前から去り、友人の背中に追いつく。私の無様を見たのだろう、手でも繋ぐか? とからかってきたので私は思い切り向う脛を蹴ってやった。
「痛って、冗談だろうが。で、欲しいのはハウスキーパーだったか?」
「ああ。間違っても性奴隷なんていらないからな」
「まあ、お前は昔からそういうタイプだったからなあ」
念のために釘を刺しておくと、彼は肩をすくめた。
私も彼と同様に商売を営んでおり、小さいながらも商館を持っている。経営も軌道に乗りつつあり、順風満帆でこそあるものの、仕事を長く続けていれば書類が溜まる溜まる。そのくせ、仕事からは手が離せないものだから自宅を整理する暇などない。そんな時間があれば金を稼ぐ、それが商人なのだから。
「安心しろ、うってつけの奴が一人いるよ。まあ、ちょっと扱いに手を焼いていたんだが……」
「おい、不良在庫を押し付ける気じゃないだろうな」
格安で奴隷を譲る、といわれてここに来たとはいえ不良品を押し付けられたのではたまったものではない。私の抗弁を彼は手を振って黙らせた。
「不良在庫って訳じゃねえよ? 口も聞けるし体も丈夫。その上器量良しときた。ただなあ……」
「ただ?」
「性奴隷としての扱いはまず望んでいないってことと、後は……まあ見てのお楽しみだ」
そんな話をしているうちに件の女性が捉えられている牢にたどり着いたらしく、旧友はポケットから鍵束を取り出して鍵穴に差し込んだ。
ぎぃ、と耳障りな音をたてて扉がゆっくりと開かれる。饐えた臭いが牢からは漂ってくるものと思い身構えたが、不思議と甘い香りが漂ってくるばかりであった。
牢の中に繋がれていたのは質素なメイド服を纏った少女だった。獣のような耳とふわふわとした尻尾を垂らしてじっと目を瞑っている。牢が開かれたことを感じると、彼女はぴんと耳を立ててこちらに顔を向けた。
その顔立ちははっとするほど美しく、そしてその目つきは鋭かった。まるで野生動物のように半立ちになってあらん限りの警戒心をむき出しにしている。
「貴方が私を金で手籠めにしようという不埒者ですか?」
そして入った瞬間に罵倒を浴びせられた。
「まあ、こういう娘なんだ」
呆れたように友人は笑う他なく、そんな私たちを見て彼女は眉をひそめていた。
友人の話を聞く限りでは、他の客に売ろうにも反抗的な態度が災いして売るに売れないらしい。キキーモラという種族である彼女は温厚で献身的な特性を備えているはずだが、どういうわけか彼女はそんな素振りを微塵も見せる様子はないそうだ。
「そういうわけで同族の間でもはみ出し者だったらしくてな」
彼女は同族に売られたのだという。仲間に騙され、ここに売りつけられたのだそうだ。
「哀れな過去を聞いて優越感に浸るのはさぞや気持ちがいいのでしょうね」
重たい過去を聞かせられ、何も言えずにいると冷めた声をぶつけられた。
友人にしてみれば、身の上話で私の情を誘う買わせるための作戦だったのだろうが、彼女にしてみれば不愉快でしかないはずだ。
「すまなかったな」
「別に、貴方の謝罪は不要です。謝るならばそこの下衆のはずですが」
射貫くような眼差しで彼女は友人を見るが、友人は気にした様子もなく扉にもたれかかった。
「それで、どうするんだ。買うなら安くしておくが」
そう言って彼は値段を指で示してくる。正直、タダ同然の価格だった。
私は座っている彼女の目の前でしゃがみこんでキキーモラに視線を合わせる。私と目が合うと彼女は一瞬だけ怯んだように目を逸らし、すぐに視線を合わせた。
「仕事内容は主に自宅の清掃と書類整理、たまに食事なんかも作ってもらうことになりそうなんだが、大丈夫かい?」
「私を馬鹿にしているのですか?」
「そりゃあ頼もしい」
ぽんぽん、と頭を撫でると彼女は嫌そうに首を振って私の手を振り落とした。その気の強さが私にとっては好ましくも思える。少なくとも、貞操を狙われるよりかはずっと良い。
「一応聞いておくが逃げたりとかは」
「安心しろ、それなりに対策が取れるように首輪をつけてある」
居場所が分かるような魔法がかかっているのか、それとも逃げ出せないように呪いがかかっているのか。どちらかは分からないが、あちらも信用商売である以上、対策は万全なんだろう。彼女は忌まわしそうに首輪のついた首を軽くひねった。
「じゃあ、この娘を貰うよ」
「情けのつもりですか? 正直に申し上げて、不愉快です」
「まさか、そんなんじゃないさ」
友人が鎖を外しにかかると、刺すような眼で彼女は私を見た。
「純粋に働き手が欲しかっただけさ。性奴隷を買いに来たわけじゃないしね、その点君は十分だ」
キキーモラといえば家事を得意としている魔物だ。ハウスキーパーとしての素養は十分に違いないのだが、彼女は呆れたように溜息をついた。
「度し難い物好きですね、どう育てばそこまで頭の中身を捨てられるのですか?」
「心外な。金儲けの知識と人を見る目だけはあるよ。立てるかい?」
「手助けは不要です」
彼女は軽く自らのスカートを払い、淀みのない仕草で立ち上がる。長い間拘束されていたとは思えない動きだった。
「それでは早く職場に案内してくださいますか、ご主人?」
「ご主人?」
「金で女を買う外道に様、は不要では」
彼女は私を見て鼻で笑う。それを見て違いない、と旧友は私をからかったが、キキーモラはお前が言うなといわんばかりに彼を睨みつけた。おおこわ、とおどける彼に私は彼女の代金を渡した。彼は金貨の枚数をきちんと確かめてから、私に一本の鍵を手渡す。
「これは?」
「その子の首輪の鍵さ。手放したくなったら使えばいい、ほかにもまあ、使い道はあるだろうが」
「……? 分かった」
解雇する際には、ということだろう。他の使い道は分からなかったがとりあえず懐にしまっておく。
「じゃあ、喧嘩すんなよ?」
「私を子ども扱いしないでください、不愉快です」
牢から出る際に友人はキキーモラに囁いたが、うるさいと言わんばかりに尻尾で追い払われていた。そんな様子を苦笑いしながら私は見つめていた。
*
雇い入れた彼女の働きは素晴らしいものだった。書斎に山のように積まれていた書類はすべて整理されて戸棚に収めることが出来たし、掃除の行き届いていなかった居間や客間も常に手入れが施されるようになった。
毎朝食事も取らずに商館へと向かう日々は一変し、きちんと朝食を摂ってから仕事に出来るようになり、健康的な問題も解決したと言ってもいいだろう。
しかし、そんな彼女をしてもどうしようもないことがある。
口の悪さだけはどうしようもなかった。
「ご主人、不細工な寝顔を晒していないで早く起きてください」
毎朝起こしに来てくれるのはありがたいのだが、爽やかな朝のひと時からこの調子では少し一日の気分としては良くない。
「……おはよう」
「おはようございます、朝食は出来ていますので早く食べてください」
「……黙っていれば可愛いのになあ、君は」
眠い目をこすりながら漏れた言葉は紛れもなく本心だった。少しだけ目元を柔らかくして黙っているだけで絶世の美女になるに違いない。女中服の上からでは少し分かりにくいが、少し背が低めなだけでスタイルも悪くないのだ。
しかし、そんな私の言葉に彼女は心底不愉快だと言わんばかりに眉を潜めた。
「朝からセクハラとは最低ですねご主人、まさかとは思いますが部下にもそのような事はしていませんね?」
「してないよ」
「それは安心しました。ご主人が職を失ったとあって、仮にもキキーモラとしての名折れでございます」
そう思うのであれば、もう少し普通のキキーモラらしく振舞うべきだとおもうのだが、またひどい皮肉が帰ってくるので言わないでおくことにした。
「そのような下卑た行為は金で買った私のような女にだけ、しておくことをお勧めします」
「ところで今日は祝祭日じゃないか」
「それがどうかなさいましたか?」
世間では休日である。商館の仕事もほぼ休みとなっているはずで、私が出勤する必要がある案件は先日片づけたはずだ。
つまり、起きていてもやることが無い。
「今日くらい寝かせてくれないか」
「冗談は顔と人柄だけにしてください」
毛布をかぶりなおそうとすると、即座に彼女は引き剥がした。
「せっかく朝食を用意したのですから食べてくださいこのねぼすけ」
「あと三十分だ」
そう言って彼女の手から布団を奪い返してまた潜る。正直なところ、昼夜問わず金を稼ぐ商人にとって惰眠こそ大敵ではあるのだが今日くらいは一日のんびりしていたかった。
布団の中でダンゴムシのように丸くなる私を見て、彼女は溜息をつく。
「呆れたご主人です。従者を働くだけ働かせて自分は惰眠をむさぼるだけとは、人としていかがなのでしょう。金で築いた立場に胡坐をかく屑ですね」
徹底的に彼女の嫌味を無視する。眠いのは眠いのだから仕方がないのだ。ここまでやれば彼女も諦めるだろう、と思ったがやがて隣からごそごそと音が聞こえてきた。
「では私も休ませていただきます」
そう言うなり彼女は私の布団を跳ねのけて私の隣へと寝転がる。あろうことか同じ布団に私と同じようにくるまり、私の体に手を回してきた。
「おい」
「何のご不満が? ご主人が働かないのならば私も働く必要はありません」
「なら自分のベッドに行きなさい」
「ご主人がいつ起きるか分かりませんので」
ぬけぬけと彼女は言って私と同じように惰眠をむさぼりにかかる。それはそれで、私が寝れるのらばいいかと安堵して目を閉じたつかの間、私は今の状況がそんなものではないことに気が付いた。
普段から彼女の体からはどこかいい香りがするわけなのだが、同じ布団にくるまっているとそれを間近に感じる。後ろから抱きすくめられている形で私たちは寝ているのだが、普段なるべく意識しないようにしているキキーモラの体の柔らかさ、膨らみといったものを私は感じざるを得なかった。
すぅすぅ、と小さく耳元で寝息を立てられてしまうと、妙な気分になってしまう。普段は口うるさいハウスキーパーとしか捉えていないはずなのに、同じ布団にいるとどうしても彼女を女として意識してしまう。
気がつくと私のものは僅かに硬くなってしまっていた。そういえば最後に女を抱いたのはいつだっただろうか、と悲しい物思いに耽ってしまう。恋愛にうつつを抜かす時間もなく金を稼いできた代償といった所か。
彼女に悟られずにうつ伏せになり、勃起した愚息を隠そうとしたその時だった。
「うん? これは?」
彼女の指が私のモノに軽く引っかかった。不可解な感触に、思わず彼女はそれを握り返してしまい、ナニがどうなっているかを理解してしまったのだろう。顔は見えなかったが意地の悪い笑みが浮かんでいることが予想できた。
「これはこれは、ご主人」
「生理現象だ、すまない」
「まさかとは思いますが、奴隷を前に発情してしまったのでしょうか?」
慌てて取り繕うも、彼女の指はさらにきつく握りつぶさんほどに私の怒張に絡みついてくる。
「本当にご主人はどうしようもない方ですね。私に性奴隷としての役回りは期待していないと仰ったはずですが? 私でどのような妄想に至ったのか恐ろしくて聞きたくもありませんね」
「よせ」
股間の上に置かれた彼女の手を払いのけると、後ろから失笑が漏れた。
「驚きました、まさか女性と同衾するだけで発情するとは。猿なのですか?」
まるで鬼の首を取ったように彼女は私をからかい始めた。その声音に潜む冷たさに、私はどうしようもない羞恥と怒りを覚えた。
ここでの彼女への待遇は恥ずべきものではなかったはずだ。一度奴隷に身を落とした人間に対しては破格の待遇だったはず。彼女にここまで馬鹿にされるいわれはどこにもないはずだ。どうして私はここまで嫌われてしまっているのだろう。
ふつふつと怒りをため込む間にも彼女の口は止まらない。
「何も言い返せないのですか。では本当にご主人はどうしようもない変態なのですね。そんなド変態に買われてしまった私の身を嘆くばかりです」
「いい加減にしろよ」
「まさかとは思いますが、本当に私を手籠めにしようとしていますか? やはり金で女を自由にする外道で――」
「黙れと言っているだろうが!」
怒りをこらえるのも限界が迫って、気がつくと私はベットから跳ね起きて彼女を押し倒していた。仰向けになった彼女に馬乗りになって、彼女の薄く羽毛で覆われた手首を握りしめる。
彼女は真っすぐに私を見つめていた。その瞳には僅かな怒りと、押し殺したような恐怖がにじんでいる。ぎゅっと彼女が握りしめたシーツが皺になっていた。
これだけ怖がらせれば今後も度を越したからかい文句も言わなくなるだろう。そう思ったときだった。
「犯すのですか? そうしてご主人の安いプライドが守られるなら是非そうなさってください」
「お前――」
彼女は引かなかった。精一杯顔を上向けて私を挑発してくる。
その様に、私は不思議と下卑た欲望が頭をもたげてくるのを感じていた。この娘が生意気なことを言わないように屈服させたい。どんな声で啼くのか聞いてやりたい。彼女の手首から伝わる柔らかな感触も、呼吸に合わせて薄く上下する胸も、好きにしてやったら彼女はどんな顔をするだろう。私はそんな欲望に負けた。
「じゃあ、望みどおりにしてやろう」
「ひゃっ!?」
思い切り彼女の腰を持ちあげてスカートをめくり上げる。可愛らしい悲鳴を上げて彼女は咄嗟に抑えるが、隠し切れずに白く簡素な下着が私の目の前に露わになり、私はさらに人差し指でクロッチ沿いに彼女の秘所をなぞり上げた。しっとりとした感触が指先から帰ってくる。
「おい、もしかして濡れているのか?」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください、ご主人の涎か何かです、そうに決まっています」
あんまりな言い訳に苦笑いを浮かべながら、一気に下着をずり降ろす。すると、彼女のそこは糸を引きながら下着と離れ、毛も生えそろっていない綺麗な土手が露わになった。
「お前も犯されるのを期待していたんじゃないか」
「強姦犯特有の都合のいい解釈ですね」
口では強がるも、彼女のそこはもうすでに濡れそぼっていて手を添えるとにちゃり、と淫猥な音を奏でた。それと同時に彼女の体がぴくりと跳ねる。
しばらく私は彼女の秘所の感触に夢中になった。指を当てれば柔らかい感触を返し、まるで新雪を踏む子供のように私は指でそこを蹂躙した。そうしている間にも私は歯止めが聞かなくなり、彼女の呼吸も荒くなっていく。
「まさかとは思いますがっ、んっ、触っているだけで果てるなんてことはありませんね?」
「まさか」
この期に及んで口の減らない彼女に見せつけるように、私はズボンを脱ぎ自らの怒張を取り出した。もうそれは限界まで膨らみ切っていて、解放されるとぴんと天を向く。その様に、微かに彼女が息を呑んだように見えた。
彼女の秘貝に自分の剛直を宛がうと、彼女は微かに諦めたかのように息をついた。
「これで私も性奴隷になってしまうのですか、哀れなものです」
「うるさいなっ!」
「ひあっ♥」
減らず口を叩く彼女の最奥に一息に突きこんでやると、彼女は甘い声をあげて腰をびくんと震わせた。彼女の処女膜を突き破った感触があって、シーツにはじんわりと血が滲み始めているのに、彼女は苦痛に震える様子もない。
彼女の中はまるで燃えるように熱く、中のひだが一つ一つ私の怒張を撫で上げるように絡みつき、今まで抱いたどんな女のものよりも心地よかった。私はその感触に夢中になり、さらに腰の動きを早くした。
「やぁっ♥あぁっ♥」
「随分いい声で鳴くじゃないか、発情してたのはお前のほうじゃないのか?」
「そんっ、にゃぁあっ♥」
深く腰を抱えて彼女の一番奥を小刻みに突いてやると、彼女は可愛らしい声をあげながらよがった。それに気を良くして、私は普段彼女がそうするように、彼女を言葉でなぶり始める。彼女はいやいや、をするように首を左右に振ったが足は私の腰に絡みついて離そうとはしなかった。
腰を振りながら彼女のメイド服の前のボタンを外して、乱暴に下着をはぎ取ると形の良い乳房が露わになる。薄桃色の乳首は私の狼藉に反応して、ぴんと勃って固くしこっていた。
その乳房に手を這わせながら乳首を軽くつねってやると、彼女は軽く絶頂を迎えたように震えた。
「なんだ、イったのか?」
「ふざけないでください、怖気が走っただけで……やぁっ♥」
彼女の抗弁を黙らせるように腰を持ちあげて最奥に再びペニスを押し付けると、快楽の声をあげて彼女は振り下ろされまいと私にしがみついた。結局、私にすがるしかない、そんな状況がとても心地よくて私は何度も彼女を抱き上げて突き上げた。
「いまイったんだよな?」
「イってなど……ひゃんっ♥」
「正直に答えろ」
「馬鹿にゃっ……んんっ♥」
彼女が抗うたびに乳首を、クリトリスを、子宮口を責めて黙らせる。お前は自分のメスなのだと、体に教え込んでいく。その行為一つ一つに彼女は淫らに喘ぎ、シーツを固く握りしめて抗おうとしては快楽に流されて私にしがみつく。まるで悪魔のように私は抵抗の一つ一つを受けては彼女を責めて、よがる様を楽しんだ。
次第に私も彼女にも限界が来て、彼女にとっては幾度目かの、私にとっては初めての絶頂が訪れようとしていた。
「そろそろイくぞ、中に出す」
「やぁっ♥ そんにゃ♥ やぁっ♥」
自分勝手な宣言に、もはや彼女は抗弁すらもできずただ猫のように鳴きわめくだけだった。一方的にストロークの速度を上げ、ぱちゅぱちゅと淫らな音が部屋に響くにつれて彼女のあえぎ声も高く短くなっていく。
この女を本当に自分のものにする。私の中に渦巻く欲求はそれだけだった。自分の種を植え付け、自分のモノに。そのために私は悦楽の海の中で彼女に溺れていく。
「やっ♥ あっ♥ あぁあぁぁあっ♥」
これが最後とばかりに彼女の奥に突きこんだ瞬間、彼女の中が痙攣して肉ひだが一斉に私のモノを絞り上げたような錯覚を覚える。それに耐えきれず、私のモノも爆発したような快感と共に彼女の中に種を吐き出し、私と彼女はどろどろに融けあったように抱き合いながら互いに絶頂を迎えた。
視界が白く明滅している。どくどく、と脈打つ感覚はまるで魂ごと彼女に打ち込んでいるようで、その甘美な疲労感に私は身を任せて律動が続く限り彼女の中に精を解き放ち続けた。
やがて互いに限界に至り、二人は折り重なるようにベットに倒れ伏した。彼女は情事の熱が冷めやらないのか甘えるようにキスをせがんできて、私はそれにぼんやりとした意識の中で応える。ちうちう、と私の唇を吸う彼女のふわふわとした耳を撫でてやりながら、甘い口づけを私たちは交わしていた。
口づけを交わし終えて、だらしない顔で瞼を閉じる彼女に私はそっと耳打ちした。
「今度は失礼なことを言うようなら同じようにおしおきしてやるからな」
「ふぁい、ごしゅじん、さまぁ♥」
淫靡な笑みを浮かべる彼女は、普段のつんとした様子などどこにもない、私に従う一匹の雌だった。
*
情事の疲れから回復して、二人でベットの上に起き直った時私の胸は罪悪感に支配されていた。
明らかにどうかしていた。彼女の悪口はいつものことであったしあの状況は起きるのを拒んだ自分が悪い。それを激高して彼女を押し倒しあまつさえことに及ぶなど、彼女が私を糾弾したように強姦魔と言われてもおかしくない所業である。
ベッドの上で正座をする彼女の表情は先ほどから全く動かず、いつも通り冷たい目で私を見ている。情事の際の甘えた可愛らしい顔はどこへやら、その表情はピクリとも動かずにまっすぐに私を見据えていた。
何か弁解をするべきなのか、それともただ黙って彼女の罵倒を受け入れるべきなのか。迷っていると、やがて彼女の方から口を開いた。
「私にとって良かったことと、悪かったことが一つずつあります。どちらからお聞きになりますか?」
「……良い方からで頼む」
悪い事しか無かっただろうに、わざわざそう言うのは当てつけなのだろうか。それとも私から離れる口実が出来たことが良かったことなのだろうか。私は神妙な眼差しで続く言葉を待った。
「ご主人がようやく私に手を出してくださった、ということです」
「へ?」
「ここまで誘わないといけないとは、朴念仁にも程があります。よもや私に女として魅力が無いのかと心配する毎日でした」
「それって、どういう……」
「――っ、私をあの牢から解き放ってくださったあの時から、お慕い申し上げておりましたと、そう言っているのです」
流石にはっきりと口にするのは恥ずかしかったのか、彼女は頬を赤らめてぷいっとそっぽを向いてしまった。
詳しく聞けば、彼女の口から出る悪口の大半は照れ隠しやそれに近いもので半ば無意識的に出てしまうのだという。そんな悪癖のせいで今のような境遇に彼女は置かれていたそうだ。
「ご主人はそんな私にきちんと仕事を与え、優しくしてくださいましたので」
「つまり、今朝のアレは……」
「その、私なりに勇気を出したのです」
かなり勇気の出し方がズレていると思うのだが、口には出さないでおいた。おそらく、私の朝勃ちに触れてしまった瞬間から混乱してどうにかなってしまったのだろう。
「それで、悪い方は?」
「あんなに余裕がなくなってしまうくらいご主人が激しかった、ということです」
「あっちの方が可愛らしかったけど?」
「黙りなさい、この変態」
からかうと即座に憎まれ口が飛んできて、彼女ははっとした表情で口を押えた。本当に反射的なのだろう、せっかく素直になろうとしているのに、と彼女は歯噛みした。
しかし、そんな彼女の様子も可愛らしくてしょうがなくて、私は苦笑いを浮かべながら抱きしめた。人に慣れていない野良猫がそうするように彼女は身をすくめて、やがて私に身を任せた。
「あの牢に同族の手で入れられた時、彼女らを憎みましたがもしかすると彼女達なりに気を利かせた結果なのかもしれません」
「どうして?」
「私に合ったご主人を見つけるには最適の環境であったと、そう言うことです」
確かに彼女の性格を見て性奴隷として買うのはよほどの物好きでしかない。逆に言えば、彼女の性格に合う男が現れない限り彼女は他の男に何かされることもなく理想の主人を待つことが出来る環境ということでもある。
「なるほどな、よく考えたものだ」
「口が悪すぎて廃棄処分される、という可能性を考えなければですけれど」
「ということはギリギリだったんだな」
「ですから、ご主人に会えて本当に良かったです」
旧友があそこまで安くしたということは本当にギリギリだったのだろう。
「ところでさ」
お互いに服を着替えて、今までとは少し違う日常に戻る一歩手前。まだ恥ずかしそうにして私に背中を向けながら着替える彼女に私は声をかけた。
「もうご主人様、とは呼んでくれないのかな?」
「なっ――」
不意打ちだったのか、ぴょこん! と音が立ちそうなほどに耳と尻尾が跳ね上がり、彼女の体が硬直する。その拍子に乗せかけていたカチューシャがしゅるりと音を立てて床に落ちた。
情事の最後だけ、彼女は甘えた声で自分のことをご主人様、と呼んでくれた。あの時の彼女は可愛らしくてしょうがなかったし、できれば今までとは違う関係になれたという意味も含めてそう呼んでほしい。
そう考えて彼女の方をみると、私に背を向けたままぷるぷると震えていた。彼女なりに何かしら葛藤があるのだろう。もしかしたら情事の際の自分の様を思い出しているのかもしれない。
やがて彼女は震える声を絞り出した。
「ごっ、ご主人さっ……いえっ! あっ、あんな変態的な行為をしたがる人を様づけするわけにはいきませんので! このままご主人で貴方は十分です!」
そのままいそいそとカチューシャをつけなおして、衣服を整えて彼女は立ち上がる。
頑張ったがどうしても無理だったらしく、逃げるように部屋から出ようとする彼女の肩に私は手を伸ばして、彼女に巻き付く首輪を軽くつかんだ。
「じゃあ、また今度おしおきがひつようだな?」
口に出すのも恥ずかしい、歯の浮くような誘い文句。でも、彼女相手ならばそれが言える。彼女ほど恥ずかしがることはないのだから。隷属の証に僅かに力を込めると、自然と彼女を抱きすくめる形になる。彼女は自らの首輪を愛おしむように撫でながらこちらを振り向いた。
「はい……♥」
そう言って彼女は期待するように、尻尾を軽く二度振ったのだった。
細く長い通路の脇には小さな小窓がついていて、牢の中の様子を逐一確認出来るようになっている。自分は元来、好奇心が強い性質だったと自覚しているが、それらの中を覗いてみる気には残念ながらなれなかった。その小窓の中からは薄くうめき声が聞こえてくるため、耳さえもふさいでしまいたい気分になった。
前を歩く男が自慢げに牢の中の“商品”を振り返る。
「どうだい、大したもんだろ」
「本当だよ、まったく」
鎖に繋がれた奴隷を見せびらかす友人に私は皮肉っぽく返した。それは正しく伝わったのだろう、彼はにやりと笑ってまた歩きはじめる。私は溜息をついてそれに続いた。
大したもの、というのは正しい評価だと自分でも思う。奴隷商という商売は禁止こそされてはいないが大っぴらにやる商売でもない。それがこの建物の大きさはなんだ。商品用の倉庫といってはいたが、自分が経営している商館と同じくらいのサイズはあるではないか。それ程の大きさの建物がまるまる裏稼業に繋がっているとは。
目の前を歩く旧友の背中をまじまじと見る。同じ商人を師と仰ぎ、見習いの頃から修行してきた。確かに、そのころから荒っぽい稼ぎ方をしていたやつだったし、博打じみた商売で儲けていたような奴だったが、一体いつの間にこれほどの金と力を手に入れたのだろうか。
「不思議そうな顔してんな?」
そんな疑問は見え透いていたのだろう。彼は歩きながらオールバックにした髪を撫でつけ、にやにやと笑いながら口を開いた。
「まあ、人道的に問題がある商売なのは間違いねえやな。人様の命を売りつけるってんだから教団に目をつけられてもおかしくは無い。ただ、こいつにはちょっとばかり手品のタネがある」
芝居がかった語り口でまどろっこしく話すのは昔からのこいつの悪い癖だ。それにげんなりとしながらも私は続きを促した。
「その教団のお目こぼしをもらってるんだよなあ」
「そんな馬鹿な」
「そこの牢、覗いてみな?」
見てのお楽しみ、とばかりに肩をすくめる旧友に促されて渋々と近くの小窓に近づき、覗き見る。
「おい、これは――」
思わず声が漏れる。それを見て友人はにぃ、と口角を釣り上げた。
狭い窓からは殺風景な牢の中の様子が良く見える。打ちっぱなしの壁には鉄輪が突き刺さっており、そこから延びる鎖は一人の女をつるし上げていた。
羽の生えた人ならざる女を。
「魔物じゃないか!」
「そーいうこった。人類の敵である魔物に人権はねえ。とっ捕まえて殺すしてふりここに連れ込んで、どこぞの色ボケ男に売りつける」
「そんなことして大丈夫なのか」
魔物がそんなに大人しい種ばかりであるとは到底思えない。その気になればあんな鉄の鎖など紙細工のように引きちぎって逃げだすこともできるのではないだろうか。
しかし、ちっちっと舌を鳴らしながら指を左右に振った。
「いんや、あの女どもも好きでやってんのさ」
「はあ?」
理解が出来ない。好んで奴隷に身を落とすような奴が一体どこにいるというのだ。
「あいつらも自分を買ってくれる男をどこかで待ち望んでいやがるのさ。自分が仕えるにふさわしい主人や、自分を屈服させてくれるような旦那をな」
俺たちには理解できねえ感性だろうが。と言い捨てて彼はまた歩き始めた。
私もそれについていこうとしたが、牢から目を離す瞬間中にいた魔物に視線を向けてしまった。
彼女はじっと私を見ていた。私と目が合うと、彼女はぞっとするほど美しい笑みを浮かべて私に会釈した。その一瞬の仕草に私は少しだけどぎまぎすると同時に恐ろしさを覚える。
服も身にまとっている、ただ微笑みかけられただけ。それなのに何故か異常なほどに艶めかしい。じっと彼女の瞳を見つめると、その奥に情欲の炎が滾っていることに私は気が付いた。
――男を待ち望んでいやがるのさ。先ほどの友人の言葉が蘇る。なるほど、つまりこれは彼女達にとっての新たな捕食行動なのだ。あえて奴隷に身を落とし、弱った姿を見せ屈服させようと男を誘い、精を喰らうための。
壁に繋がれた女に私は食虫植物を幻視した。
足早に牢の前から去り、友人の背中に追いつく。私の無様を見たのだろう、手でも繋ぐか? とからかってきたので私は思い切り向う脛を蹴ってやった。
「痛って、冗談だろうが。で、欲しいのはハウスキーパーだったか?」
「ああ。間違っても性奴隷なんていらないからな」
「まあ、お前は昔からそういうタイプだったからなあ」
念のために釘を刺しておくと、彼は肩をすくめた。
私も彼と同様に商売を営んでおり、小さいながらも商館を持っている。経営も軌道に乗りつつあり、順風満帆でこそあるものの、仕事を長く続けていれば書類が溜まる溜まる。そのくせ、仕事からは手が離せないものだから自宅を整理する暇などない。そんな時間があれば金を稼ぐ、それが商人なのだから。
「安心しろ、うってつけの奴が一人いるよ。まあ、ちょっと扱いに手を焼いていたんだが……」
「おい、不良在庫を押し付ける気じゃないだろうな」
格安で奴隷を譲る、といわれてここに来たとはいえ不良品を押し付けられたのではたまったものではない。私の抗弁を彼は手を振って黙らせた。
「不良在庫って訳じゃねえよ? 口も聞けるし体も丈夫。その上器量良しときた。ただなあ……」
「ただ?」
「性奴隷としての扱いはまず望んでいないってことと、後は……まあ見てのお楽しみだ」
そんな話をしているうちに件の女性が捉えられている牢にたどり着いたらしく、旧友はポケットから鍵束を取り出して鍵穴に差し込んだ。
ぎぃ、と耳障りな音をたてて扉がゆっくりと開かれる。饐えた臭いが牢からは漂ってくるものと思い身構えたが、不思議と甘い香りが漂ってくるばかりであった。
牢の中に繋がれていたのは質素なメイド服を纏った少女だった。獣のような耳とふわふわとした尻尾を垂らしてじっと目を瞑っている。牢が開かれたことを感じると、彼女はぴんと耳を立ててこちらに顔を向けた。
その顔立ちははっとするほど美しく、そしてその目つきは鋭かった。まるで野生動物のように半立ちになってあらん限りの警戒心をむき出しにしている。
「貴方が私を金で手籠めにしようという不埒者ですか?」
そして入った瞬間に罵倒を浴びせられた。
「まあ、こういう娘なんだ」
呆れたように友人は笑う他なく、そんな私たちを見て彼女は眉をひそめていた。
友人の話を聞く限りでは、他の客に売ろうにも反抗的な態度が災いして売るに売れないらしい。キキーモラという種族である彼女は温厚で献身的な特性を備えているはずだが、どういうわけか彼女はそんな素振りを微塵も見せる様子はないそうだ。
「そういうわけで同族の間でもはみ出し者だったらしくてな」
彼女は同族に売られたのだという。仲間に騙され、ここに売りつけられたのだそうだ。
「哀れな過去を聞いて優越感に浸るのはさぞや気持ちがいいのでしょうね」
重たい過去を聞かせられ、何も言えずにいると冷めた声をぶつけられた。
友人にしてみれば、身の上話で私の情を誘う買わせるための作戦だったのだろうが、彼女にしてみれば不愉快でしかないはずだ。
「すまなかったな」
「別に、貴方の謝罪は不要です。謝るならばそこの下衆のはずですが」
射貫くような眼差しで彼女は友人を見るが、友人は気にした様子もなく扉にもたれかかった。
「それで、どうするんだ。買うなら安くしておくが」
そう言って彼は値段を指で示してくる。正直、タダ同然の価格だった。
私は座っている彼女の目の前でしゃがみこんでキキーモラに視線を合わせる。私と目が合うと彼女は一瞬だけ怯んだように目を逸らし、すぐに視線を合わせた。
「仕事内容は主に自宅の清掃と書類整理、たまに食事なんかも作ってもらうことになりそうなんだが、大丈夫かい?」
「私を馬鹿にしているのですか?」
「そりゃあ頼もしい」
ぽんぽん、と頭を撫でると彼女は嫌そうに首を振って私の手を振り落とした。その気の強さが私にとっては好ましくも思える。少なくとも、貞操を狙われるよりかはずっと良い。
「一応聞いておくが逃げたりとかは」
「安心しろ、それなりに対策が取れるように首輪をつけてある」
居場所が分かるような魔法がかかっているのか、それとも逃げ出せないように呪いがかかっているのか。どちらかは分からないが、あちらも信用商売である以上、対策は万全なんだろう。彼女は忌まわしそうに首輪のついた首を軽くひねった。
「じゃあ、この娘を貰うよ」
「情けのつもりですか? 正直に申し上げて、不愉快です」
「まさか、そんなんじゃないさ」
友人が鎖を外しにかかると、刺すような眼で彼女は私を見た。
「純粋に働き手が欲しかっただけさ。性奴隷を買いに来たわけじゃないしね、その点君は十分だ」
キキーモラといえば家事を得意としている魔物だ。ハウスキーパーとしての素養は十分に違いないのだが、彼女は呆れたように溜息をついた。
「度し難い物好きですね、どう育てばそこまで頭の中身を捨てられるのですか?」
「心外な。金儲けの知識と人を見る目だけはあるよ。立てるかい?」
「手助けは不要です」
彼女は軽く自らのスカートを払い、淀みのない仕草で立ち上がる。長い間拘束されていたとは思えない動きだった。
「それでは早く職場に案内してくださいますか、ご主人?」
「ご主人?」
「金で女を買う外道に様、は不要では」
彼女は私を見て鼻で笑う。それを見て違いない、と旧友は私をからかったが、キキーモラはお前が言うなといわんばかりに彼を睨みつけた。おおこわ、とおどける彼に私は彼女の代金を渡した。彼は金貨の枚数をきちんと確かめてから、私に一本の鍵を手渡す。
「これは?」
「その子の首輪の鍵さ。手放したくなったら使えばいい、ほかにもまあ、使い道はあるだろうが」
「……? 分かった」
解雇する際には、ということだろう。他の使い道は分からなかったがとりあえず懐にしまっておく。
「じゃあ、喧嘩すんなよ?」
「私を子ども扱いしないでください、不愉快です」
牢から出る際に友人はキキーモラに囁いたが、うるさいと言わんばかりに尻尾で追い払われていた。そんな様子を苦笑いしながら私は見つめていた。
*
雇い入れた彼女の働きは素晴らしいものだった。書斎に山のように積まれていた書類はすべて整理されて戸棚に収めることが出来たし、掃除の行き届いていなかった居間や客間も常に手入れが施されるようになった。
毎朝食事も取らずに商館へと向かう日々は一変し、きちんと朝食を摂ってから仕事に出来るようになり、健康的な問題も解決したと言ってもいいだろう。
しかし、そんな彼女をしてもどうしようもないことがある。
口の悪さだけはどうしようもなかった。
「ご主人、不細工な寝顔を晒していないで早く起きてください」
毎朝起こしに来てくれるのはありがたいのだが、爽やかな朝のひと時からこの調子では少し一日の気分としては良くない。
「……おはよう」
「おはようございます、朝食は出来ていますので早く食べてください」
「……黙っていれば可愛いのになあ、君は」
眠い目をこすりながら漏れた言葉は紛れもなく本心だった。少しだけ目元を柔らかくして黙っているだけで絶世の美女になるに違いない。女中服の上からでは少し分かりにくいが、少し背が低めなだけでスタイルも悪くないのだ。
しかし、そんな私の言葉に彼女は心底不愉快だと言わんばかりに眉を潜めた。
「朝からセクハラとは最低ですねご主人、まさかとは思いますが部下にもそのような事はしていませんね?」
「してないよ」
「それは安心しました。ご主人が職を失ったとあって、仮にもキキーモラとしての名折れでございます」
そう思うのであれば、もう少し普通のキキーモラらしく振舞うべきだとおもうのだが、またひどい皮肉が帰ってくるので言わないでおくことにした。
「そのような下卑た行為は金で買った私のような女にだけ、しておくことをお勧めします」
「ところで今日は祝祭日じゃないか」
「それがどうかなさいましたか?」
世間では休日である。商館の仕事もほぼ休みとなっているはずで、私が出勤する必要がある案件は先日片づけたはずだ。
つまり、起きていてもやることが無い。
「今日くらい寝かせてくれないか」
「冗談は顔と人柄だけにしてください」
毛布をかぶりなおそうとすると、即座に彼女は引き剥がした。
「せっかく朝食を用意したのですから食べてくださいこのねぼすけ」
「あと三十分だ」
そう言って彼女の手から布団を奪い返してまた潜る。正直なところ、昼夜問わず金を稼ぐ商人にとって惰眠こそ大敵ではあるのだが今日くらいは一日のんびりしていたかった。
布団の中でダンゴムシのように丸くなる私を見て、彼女は溜息をつく。
「呆れたご主人です。従者を働くだけ働かせて自分は惰眠をむさぼるだけとは、人としていかがなのでしょう。金で築いた立場に胡坐をかく屑ですね」
徹底的に彼女の嫌味を無視する。眠いのは眠いのだから仕方がないのだ。ここまでやれば彼女も諦めるだろう、と思ったがやがて隣からごそごそと音が聞こえてきた。
「では私も休ませていただきます」
そう言うなり彼女は私の布団を跳ねのけて私の隣へと寝転がる。あろうことか同じ布団に私と同じようにくるまり、私の体に手を回してきた。
「おい」
「何のご不満が? ご主人が働かないのならば私も働く必要はありません」
「なら自分のベッドに行きなさい」
「ご主人がいつ起きるか分かりませんので」
ぬけぬけと彼女は言って私と同じように惰眠をむさぼりにかかる。それはそれで、私が寝れるのらばいいかと安堵して目を閉じたつかの間、私は今の状況がそんなものではないことに気が付いた。
普段から彼女の体からはどこかいい香りがするわけなのだが、同じ布団にくるまっているとそれを間近に感じる。後ろから抱きすくめられている形で私たちは寝ているのだが、普段なるべく意識しないようにしているキキーモラの体の柔らかさ、膨らみといったものを私は感じざるを得なかった。
すぅすぅ、と小さく耳元で寝息を立てられてしまうと、妙な気分になってしまう。普段は口うるさいハウスキーパーとしか捉えていないはずなのに、同じ布団にいるとどうしても彼女を女として意識してしまう。
気がつくと私のものは僅かに硬くなってしまっていた。そういえば最後に女を抱いたのはいつだっただろうか、と悲しい物思いに耽ってしまう。恋愛にうつつを抜かす時間もなく金を稼いできた代償といった所か。
彼女に悟られずにうつ伏せになり、勃起した愚息を隠そうとしたその時だった。
「うん? これは?」
彼女の指が私のモノに軽く引っかかった。不可解な感触に、思わず彼女はそれを握り返してしまい、ナニがどうなっているかを理解してしまったのだろう。顔は見えなかったが意地の悪い笑みが浮かんでいることが予想できた。
「これはこれは、ご主人」
「生理現象だ、すまない」
「まさかとは思いますが、奴隷を前に発情してしまったのでしょうか?」
慌てて取り繕うも、彼女の指はさらにきつく握りつぶさんほどに私の怒張に絡みついてくる。
「本当にご主人はどうしようもない方ですね。私に性奴隷としての役回りは期待していないと仰ったはずですが? 私でどのような妄想に至ったのか恐ろしくて聞きたくもありませんね」
「よせ」
股間の上に置かれた彼女の手を払いのけると、後ろから失笑が漏れた。
「驚きました、まさか女性と同衾するだけで発情するとは。猿なのですか?」
まるで鬼の首を取ったように彼女は私をからかい始めた。その声音に潜む冷たさに、私はどうしようもない羞恥と怒りを覚えた。
ここでの彼女への待遇は恥ずべきものではなかったはずだ。一度奴隷に身を落とした人間に対しては破格の待遇だったはず。彼女にここまで馬鹿にされるいわれはどこにもないはずだ。どうして私はここまで嫌われてしまっているのだろう。
ふつふつと怒りをため込む間にも彼女の口は止まらない。
「何も言い返せないのですか。では本当にご主人はどうしようもない変態なのですね。そんなド変態に買われてしまった私の身を嘆くばかりです」
「いい加減にしろよ」
「まさかとは思いますが、本当に私を手籠めにしようとしていますか? やはり金で女を自由にする外道で――」
「黙れと言っているだろうが!」
怒りをこらえるのも限界が迫って、気がつくと私はベットから跳ね起きて彼女を押し倒していた。仰向けになった彼女に馬乗りになって、彼女の薄く羽毛で覆われた手首を握りしめる。
彼女は真っすぐに私を見つめていた。その瞳には僅かな怒りと、押し殺したような恐怖がにじんでいる。ぎゅっと彼女が握りしめたシーツが皺になっていた。
これだけ怖がらせれば今後も度を越したからかい文句も言わなくなるだろう。そう思ったときだった。
「犯すのですか? そうしてご主人の安いプライドが守られるなら是非そうなさってください」
「お前――」
彼女は引かなかった。精一杯顔を上向けて私を挑発してくる。
その様に、私は不思議と下卑た欲望が頭をもたげてくるのを感じていた。この娘が生意気なことを言わないように屈服させたい。どんな声で啼くのか聞いてやりたい。彼女の手首から伝わる柔らかな感触も、呼吸に合わせて薄く上下する胸も、好きにしてやったら彼女はどんな顔をするだろう。私はそんな欲望に負けた。
「じゃあ、望みどおりにしてやろう」
「ひゃっ!?」
思い切り彼女の腰を持ちあげてスカートをめくり上げる。可愛らしい悲鳴を上げて彼女は咄嗟に抑えるが、隠し切れずに白く簡素な下着が私の目の前に露わになり、私はさらに人差し指でクロッチ沿いに彼女の秘所をなぞり上げた。しっとりとした感触が指先から帰ってくる。
「おい、もしかして濡れているのか?」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください、ご主人の涎か何かです、そうに決まっています」
あんまりな言い訳に苦笑いを浮かべながら、一気に下着をずり降ろす。すると、彼女のそこは糸を引きながら下着と離れ、毛も生えそろっていない綺麗な土手が露わになった。
「お前も犯されるのを期待していたんじゃないか」
「強姦犯特有の都合のいい解釈ですね」
口では強がるも、彼女のそこはもうすでに濡れそぼっていて手を添えるとにちゃり、と淫猥な音を奏でた。それと同時に彼女の体がぴくりと跳ねる。
しばらく私は彼女の秘所の感触に夢中になった。指を当てれば柔らかい感触を返し、まるで新雪を踏む子供のように私は指でそこを蹂躙した。そうしている間にも私は歯止めが聞かなくなり、彼女の呼吸も荒くなっていく。
「まさかとは思いますがっ、んっ、触っているだけで果てるなんてことはありませんね?」
「まさか」
この期に及んで口の減らない彼女に見せつけるように、私はズボンを脱ぎ自らの怒張を取り出した。もうそれは限界まで膨らみ切っていて、解放されるとぴんと天を向く。その様に、微かに彼女が息を呑んだように見えた。
彼女の秘貝に自分の剛直を宛がうと、彼女は微かに諦めたかのように息をついた。
「これで私も性奴隷になってしまうのですか、哀れなものです」
「うるさいなっ!」
「ひあっ♥」
減らず口を叩く彼女の最奥に一息に突きこんでやると、彼女は甘い声をあげて腰をびくんと震わせた。彼女の処女膜を突き破った感触があって、シーツにはじんわりと血が滲み始めているのに、彼女は苦痛に震える様子もない。
彼女の中はまるで燃えるように熱く、中のひだが一つ一つ私の怒張を撫で上げるように絡みつき、今まで抱いたどんな女のものよりも心地よかった。私はその感触に夢中になり、さらに腰の動きを早くした。
「やぁっ♥あぁっ♥」
「随分いい声で鳴くじゃないか、発情してたのはお前のほうじゃないのか?」
「そんっ、にゃぁあっ♥」
深く腰を抱えて彼女の一番奥を小刻みに突いてやると、彼女は可愛らしい声をあげながらよがった。それに気を良くして、私は普段彼女がそうするように、彼女を言葉でなぶり始める。彼女はいやいや、をするように首を左右に振ったが足は私の腰に絡みついて離そうとはしなかった。
腰を振りながら彼女のメイド服の前のボタンを外して、乱暴に下着をはぎ取ると形の良い乳房が露わになる。薄桃色の乳首は私の狼藉に反応して、ぴんと勃って固くしこっていた。
その乳房に手を這わせながら乳首を軽くつねってやると、彼女は軽く絶頂を迎えたように震えた。
「なんだ、イったのか?」
「ふざけないでください、怖気が走っただけで……やぁっ♥」
彼女の抗弁を黙らせるように腰を持ちあげて最奥に再びペニスを押し付けると、快楽の声をあげて彼女は振り下ろされまいと私にしがみついた。結局、私にすがるしかない、そんな状況がとても心地よくて私は何度も彼女を抱き上げて突き上げた。
「いまイったんだよな?」
「イってなど……ひゃんっ♥」
「正直に答えろ」
「馬鹿にゃっ……んんっ♥」
彼女が抗うたびに乳首を、クリトリスを、子宮口を責めて黙らせる。お前は自分のメスなのだと、体に教え込んでいく。その行為一つ一つに彼女は淫らに喘ぎ、シーツを固く握りしめて抗おうとしては快楽に流されて私にしがみつく。まるで悪魔のように私は抵抗の一つ一つを受けては彼女を責めて、よがる様を楽しんだ。
次第に私も彼女にも限界が来て、彼女にとっては幾度目かの、私にとっては初めての絶頂が訪れようとしていた。
「そろそろイくぞ、中に出す」
「やぁっ♥ そんにゃ♥ やぁっ♥」
自分勝手な宣言に、もはや彼女は抗弁すらもできずただ猫のように鳴きわめくだけだった。一方的にストロークの速度を上げ、ぱちゅぱちゅと淫らな音が部屋に響くにつれて彼女のあえぎ声も高く短くなっていく。
この女を本当に自分のものにする。私の中に渦巻く欲求はそれだけだった。自分の種を植え付け、自分のモノに。そのために私は悦楽の海の中で彼女に溺れていく。
「やっ♥ あっ♥ あぁあぁぁあっ♥」
これが最後とばかりに彼女の奥に突きこんだ瞬間、彼女の中が痙攣して肉ひだが一斉に私のモノを絞り上げたような錯覚を覚える。それに耐えきれず、私のモノも爆発したような快感と共に彼女の中に種を吐き出し、私と彼女はどろどろに融けあったように抱き合いながら互いに絶頂を迎えた。
視界が白く明滅している。どくどく、と脈打つ感覚はまるで魂ごと彼女に打ち込んでいるようで、その甘美な疲労感に私は身を任せて律動が続く限り彼女の中に精を解き放ち続けた。
やがて互いに限界に至り、二人は折り重なるようにベットに倒れ伏した。彼女は情事の熱が冷めやらないのか甘えるようにキスをせがんできて、私はそれにぼんやりとした意識の中で応える。ちうちう、と私の唇を吸う彼女のふわふわとした耳を撫でてやりながら、甘い口づけを私たちは交わしていた。
口づけを交わし終えて、だらしない顔で瞼を閉じる彼女に私はそっと耳打ちした。
「今度は失礼なことを言うようなら同じようにおしおきしてやるからな」
「ふぁい、ごしゅじん、さまぁ♥」
淫靡な笑みを浮かべる彼女は、普段のつんとした様子などどこにもない、私に従う一匹の雌だった。
*
情事の疲れから回復して、二人でベットの上に起き直った時私の胸は罪悪感に支配されていた。
明らかにどうかしていた。彼女の悪口はいつものことであったしあの状況は起きるのを拒んだ自分が悪い。それを激高して彼女を押し倒しあまつさえことに及ぶなど、彼女が私を糾弾したように強姦魔と言われてもおかしくない所業である。
ベッドの上で正座をする彼女の表情は先ほどから全く動かず、いつも通り冷たい目で私を見ている。情事の際の甘えた可愛らしい顔はどこへやら、その表情はピクリとも動かずにまっすぐに私を見据えていた。
何か弁解をするべきなのか、それともただ黙って彼女の罵倒を受け入れるべきなのか。迷っていると、やがて彼女の方から口を開いた。
「私にとって良かったことと、悪かったことが一つずつあります。どちらからお聞きになりますか?」
「……良い方からで頼む」
悪い事しか無かっただろうに、わざわざそう言うのは当てつけなのだろうか。それとも私から離れる口実が出来たことが良かったことなのだろうか。私は神妙な眼差しで続く言葉を待った。
「ご主人がようやく私に手を出してくださった、ということです」
「へ?」
「ここまで誘わないといけないとは、朴念仁にも程があります。よもや私に女として魅力が無いのかと心配する毎日でした」
「それって、どういう……」
「――っ、私をあの牢から解き放ってくださったあの時から、お慕い申し上げておりましたと、そう言っているのです」
流石にはっきりと口にするのは恥ずかしかったのか、彼女は頬を赤らめてぷいっとそっぽを向いてしまった。
詳しく聞けば、彼女の口から出る悪口の大半は照れ隠しやそれに近いもので半ば無意識的に出てしまうのだという。そんな悪癖のせいで今のような境遇に彼女は置かれていたそうだ。
「ご主人はそんな私にきちんと仕事を与え、優しくしてくださいましたので」
「つまり、今朝のアレは……」
「その、私なりに勇気を出したのです」
かなり勇気の出し方がズレていると思うのだが、口には出さないでおいた。おそらく、私の朝勃ちに触れてしまった瞬間から混乱してどうにかなってしまったのだろう。
「それで、悪い方は?」
「あんなに余裕がなくなってしまうくらいご主人が激しかった、ということです」
「あっちの方が可愛らしかったけど?」
「黙りなさい、この変態」
からかうと即座に憎まれ口が飛んできて、彼女ははっとした表情で口を押えた。本当に反射的なのだろう、せっかく素直になろうとしているのに、と彼女は歯噛みした。
しかし、そんな彼女の様子も可愛らしくてしょうがなくて、私は苦笑いを浮かべながら抱きしめた。人に慣れていない野良猫がそうするように彼女は身をすくめて、やがて私に身を任せた。
「あの牢に同族の手で入れられた時、彼女らを憎みましたがもしかすると彼女達なりに気を利かせた結果なのかもしれません」
「どうして?」
「私に合ったご主人を見つけるには最適の環境であったと、そう言うことです」
確かに彼女の性格を見て性奴隷として買うのはよほどの物好きでしかない。逆に言えば、彼女の性格に合う男が現れない限り彼女は他の男に何かされることもなく理想の主人を待つことが出来る環境ということでもある。
「なるほどな、よく考えたものだ」
「口が悪すぎて廃棄処分される、という可能性を考えなければですけれど」
「ということはギリギリだったんだな」
「ですから、ご主人に会えて本当に良かったです」
旧友があそこまで安くしたということは本当にギリギリだったのだろう。
「ところでさ」
お互いに服を着替えて、今までとは少し違う日常に戻る一歩手前。まだ恥ずかしそうにして私に背中を向けながら着替える彼女に私は声をかけた。
「もうご主人様、とは呼んでくれないのかな?」
「なっ――」
不意打ちだったのか、ぴょこん! と音が立ちそうなほどに耳と尻尾が跳ね上がり、彼女の体が硬直する。その拍子に乗せかけていたカチューシャがしゅるりと音を立てて床に落ちた。
情事の最後だけ、彼女は甘えた声で自分のことをご主人様、と呼んでくれた。あの時の彼女は可愛らしくてしょうがなかったし、できれば今までとは違う関係になれたという意味も含めてそう呼んでほしい。
そう考えて彼女の方をみると、私に背を向けたままぷるぷると震えていた。彼女なりに何かしら葛藤があるのだろう。もしかしたら情事の際の自分の様を思い出しているのかもしれない。
やがて彼女は震える声を絞り出した。
「ごっ、ご主人さっ……いえっ! あっ、あんな変態的な行為をしたがる人を様づけするわけにはいきませんので! このままご主人で貴方は十分です!」
そのままいそいそとカチューシャをつけなおして、衣服を整えて彼女は立ち上がる。
頑張ったがどうしても無理だったらしく、逃げるように部屋から出ようとする彼女の肩に私は手を伸ばして、彼女に巻き付く首輪を軽くつかんだ。
「じゃあ、また今度おしおきがひつようだな?」
口に出すのも恥ずかしい、歯の浮くような誘い文句。でも、彼女相手ならばそれが言える。彼女ほど恥ずかしがることはないのだから。隷属の証に僅かに力を込めると、自然と彼女を抱きすくめる形になる。彼女は自らの首輪を愛おしむように撫でながらこちらを振り向いた。
「はい……♥」
そう言って彼女は期待するように、尻尾を軽く二度振ったのだった。
15/12/31 16:51更新 / ご隠居