山中の旋律
世界の人々の多くは市壁の外を歩いたことは無い。
その理由は簡単で、町の外には危険が満ちているからだ。野党、魔物、災害。あらゆる危険から身を守ってくれるのは自分の力だけであり、そんな危険を冒して彼らは町を飛び出すようなことは無い。
言ってしまえば、彼らの生活は市壁の中で完結している。
しかし、それでも人々はつながりというものを求める。よその町ではどうなっているのか知りたい。知らない世界の話を聞きたい。知らないものを知りたい。
そして、それらを知ることが出来るのは旅人の特権だ。
そして、特権というものは実に金になる。
俺は馬車を引きながら、ほくほくとした顔で金貨の詰まった袋を弄んでいた。
今日の商談相手は山岳地帯のとある村長だ。峻険な山に囲まれたこの村をわざわざ訪れる人間は少なく、物資の入りも少ないためここでの商売は非常に金になる。
薬草に、衣服や装飾品。あちこちではもはや流行遅れの商品もここでは流行の最先端に早変わりだ。割高で売りつけても感謝こそされ、ぼったくりだと責められることは無い。商売ついでに、旅の途中で起こった出来事や他の町の出来事を語ってやれば、そんなことすら飯の種になる。
しかし、こんなぼろい商売は他の商人も簡単に気がつくはず。それでもこの村に商売敵が現れないのは、ここまでの道中が危険に満ちているからだ。特に魔物の出現率は高い。
それでも俺がこの村に来るのは俺が命知らずだから……というわけではない。
「行商人殿。今回も来ていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ良い取引をさせていただきました」
村の入口で門番をしていた女性が村を発とうとする俺に向けて声をかけてきた。女性にしては、少し筋肉質でどこか剣呑な印象を受ける。もしかしたら魔物とのハーフなのかもしれなかった。
すかさず、帽子を脱いで彼女に顔を向けて一礼する。そして、自慢の営業スマイルを浮かべるが、それを向けられた女性は顔を引きつらせるばかりだった。
そう、俺が魔物を気にせずにここへ出入りできる理由。それは俺の容姿のあまりの醜さにある。
教団の教えには魔物は人を食う邪悪な存在である、とされているがそんなものを馬鹿正直に信じているのは平野部にある教団都市の住民であり、行商人や傭兵のような旅暮らしの人間の間では彼らが生殖のために人を襲うことは、公然の秘密であった。
それならば、繁殖の相手に見た目が良いオスを選ぶのは当然のことだ。はっきりとした確証こそないが、こうして旅をしてきて一度も襲われたことが無いのはつまり、そういうことだろう。
「道中お気をつけて」
「ええ。貴方にも神の祝福がありますように」
決まり切った社交辞令を交わして馬に軽く鞭を入れて歩かせる。俺が去っていくのに、少しだけ門番が表情を和らげるのを目の端で捉えて、少しだけ溜息をついた。
（まあ、金だけあればそれでいいんだが）
女など、欲しければ金で買えばいい。奴隷でも商売女でもそれなりに金を出せば買えないものは無いのだ。値段がついていて金で買えないのは金だけだ、というのは商人の間では定番のジョークである。
それでも女を買わないのは、純粋に旅の邪魔になるからである。体力の無い女はパンや水、にんにくとわずかな干し肉だけでこの山道を踏破することはできない。そして、それが出来ないようならば金は稼げない。
「それこそ魔物でもいいかもしれんな」
一人で嘯いて、俺は肩を揺らした。一人旅になれてしまうとこうして独り言を不意に発してしまう。行商人の職業病の一つといった所だろうか。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。不意に何かが太陽を遮った。それと同時に大きな羽音がして、かすかな風が馬車の幌を揺らす。
「そこの旦那、馬車の旦那、ちょっといいです？」
「ああ？」
始めは大きな鳥か何かだろうと気にも留めなかったが、どうやらその影は自分に声をかけているらしい。ずっと自分の上空を旋回していたようだ。声をかけられてようやく立ち上がり、幌をずらして空を見上げる。
「すいません、ちょっとご一緒してもいいですかぁ？」
「ええ、どうぞ」
何がご一緒しようが、どうでもいいと声をかけると、それじゃあ失礼。と軽い声と共にふわりと一人の女性が舞い降りてきた。
それは黄金の羽を持つ美しい女性だった。煽情的な服装では隠し切れないほど肉付きの良い体と、美しい顔。魔物だとすぐに分かった。それほどまでに彼女の美しさは人間離れしている。
何より特徴的なのはその体から立ち上る香りだ。甘ったるいようでいて、しかし嫌味な香りではない。ほのかな爽やかさを感じさせるそれは俺の鼻孔を伝って直接俺の脳を揺さぶるような力を持っていた。
「どうも、私めは旅から旅への渡り鳥。道中、素敵な御仁を見つけたものですから、せっかくの御縁ということで、よろしければ旅の道連れにいかがでしょう」
ふわり、と羽を振るわせて自分のことを渡り鳥、と形容するあたりは何とも洒落が効いている。彼女はちらっとこちらに向けてウィンクして抱えていた楽器を見せた。
芝居がかった口調に口の上手さは旅に生きる人間の特徴だ。それならば、こちらもそれ相応の流儀で応えねばなるまい。
「それは望外の喜びですね。こんなボロ馬車で良ければいつでも貴方の止まり木に。貴方のおかげで絢爛華美たる王宮の馬車にも劣らぬ彩りとなりましょう」
「あはは、素敵な応えですねえ」
吟遊詩人の売り込み、といった所だろうか。それならば断わることもあるまい。快く御者台に置いた荷物を荷台に放り込んで彼女が座れるように場所をあける。小さく彼女は礼を言ってから隣に座った。
先ほどよりも香りが強く感じられるようになる。妙な気を起こさないように、努めて平常心を保って彼女に声をかけた。
「吟遊の旅ですかな？」
「いえ、本業は薬師です。勿論吟遊もお手の物なんですけどねー」
鈴の鳴るような声で笑いながら彼女は軽く琴に手をかける。即興なのだろう、軽やかなメロディーが人気のない荒野を跳ねまわった。
ほう、とその音色に感嘆の声をあげていると今度は彼女の方から声をかけてくる。
「そういう旦那は商人さん、ですか」
「流石、よく見てらっしゃる」
彼女の視線の動きからどこをみて判断したのかを理解する。
「上質の鉱石ですよ、この山のものは質が違う」
「あはは、申し訳ないです。盗み見するつもりはなかったんですけど」
「いえ、隠すようなものでもないですから」
照れたように彼女は笑って、ふわりと自分の体を自身の羽で包み込む。それが楽な姿勢らしく、そのまま御者台の上で足をぶらぶらとさせていた。
そのまま何ごともない時間が続く。手持無沙汰なものだから何か声をかけようかと思ったが、生憎女性に話すような話題は無い。
仕方なく、本業の話をすることになった。つまるところ、金になる話だ。
「薬師、と仰いましたが何を扱ってらっしゃるので？」
「おぉ、商売熱心ですねー。そういう真面目なところも素敵ですよー」
そんなことを言いながら、彼女は懐から小瓶を取り出した。
「それは？」
「私の商売道具です。香水を基本的に売っているんですけど、こういう使い方もできるんですねー」
言うが早いか、彼女はぱっと御者台から飛び立って、小瓶の中身を馬車に向けて振りかけた。瞬く間に、鼻を抜けるような柑橘類の香りが辺りに充満する。
「……これは？」
「この辺りに生息する魔物が嫌う香りですよ、これで道中安全ですね？」
礼を言うと、数日お世話になりますからー、とにこにこ笑って彼女は手を振った。そして再び楽器をかき鳴らしはじめる。
「まあ、本当は楽器を弾きたいからなんですけどねー？」
変なの寄ってきちゃったら旦那は困りますものね？ とウィンクして彼女は演奏を始める。
退屈しない馬車旅が始まった。
＊
彼女との旅は控えめに言って素晴らしいものだった。音と笑顔に包まれた馬車旅は、長く険しい山道を進んでいるということを感じさせないほどに楽しいものだった。
琴をかき鳴らしながら、彼女は自分たちの種族のことを語ってくれた。
ガンダルヴァと呼ばれる彼女達は愛の女神「エロス」を信奉する種族で、一部の地域では神獣と扱われているという。苦笑いを浮かべつつ、彼女は足をぶらぶらさせた。
「堅苦しいのが嫌だから、飛び出してきちゃったんですけどねー」
えへへ、とまるで年頃の少女のように彼女は笑った。
どうも旅暮らしというものが性に合っていたようで故郷のことを愛しいとすら思っていないらしい。今では薬、特に香水を売りつつ楽器を弾きつつ、自由気ままな吟遊の旅の途中だそうだ。
それからは、お互いの旅の途中にあった出来事を語り合った。
行商の途中に盗賊団に襲われかけたこと、始めて行った町で両替商に詐欺にあいかけたこと。それらのすべての話を彼女は興味深そうに聞いてくれた。
もしかしたら、彼女は聞き上手なのかもしれない。俺の語り口にタイミング良く相槌を打ってくれるし、羽を揺らして笑い、口に手を当てて大げさに驚く。彼女の鮮やかな反応に、いつしか時間も忘れて話し続けていた。
「もうすぐ日が落ちますね、今日はここまでにしておきましょう」
稜線に斜陽が差しかかっているのを目を細めて見る。あと数刻も経たないうちに真っ暗になってしまうだろう。俺の提案に彼女も頷いた。
夜に山道を下るのはあまりにもリスクが高すぎる。どこかで道から外れてしまう危険性もあるが、それ以上に倒木や石に乗り上げて馬車の車軸が壊れてしまっては身動きが取れなくなってしまうことも考えられるのだ。そうなった場合、積み荷を諦めるだけでなく、生きて街にたどり着くことさえ諦めなくてはならなくなるかもしれない。
手早く野営の準備を始める。一方、彼女はといえばずっと一人旅だったから大規模な野営のしたことが無かったのだろう、手持無沙汰といった様子で俺が準備を進めていくのを眺めていた。
保存食を取り出しながら今後のことを考える。やはり男女だから、同じ場所で眠るのは控えるべきだろうか。御者台と、荷台で何とか二人眠れる。しかし、彼女の荷物を見る限り寝具のようなものを持ち合わせているようには思えない。予備の毛布を出してやるべきか、それともあの羽は毛布並の防寒性を備えているのだろうか。
そんなことを考えると、ガンダルヴァの柔らかな羽が自分の体を包んだ。
「あの、ちょっといいですかね……」
「はい？」
僅かに遅れて、彼女に抱きすくめられていることに気がつく。始めに浮かんだ感想は、毛布を出してやる必要はない、ということだった。
「私の種族について、話して無いことがあってですね？ その、ご飯の話なんですが」
耳元で囁かれて、ぞくりと肌が粟立つのを感じる。耳元の彼女の息が荒く、熱っぽい吐息が甘い香りとなって鼻孔をくすぐった。
一瞬風が渦巻くのを感じて、すぐに押し倒される。彼女が俺を抱いて、荷台まで飛んだのだと気が付いた。
ガンダルヴァは押し倒した俺の胸元に顔を寄せる。まるで恋人にそうするように、軽く口づけてそのまま顔を押し付けた。
「臭いがですね、好きなんですよぉ。私たちって。私は特に男の人の汗とかそういう臭いなんです」
趣味が悪いって思うかもしれませんけど、と彼女は少し恥ずかしそうに言って、今度は首筋に舌を這わせた。ねっとりとした感触が首筋から伝わる。
顔を上げる彼女の頬は上気していて、赤く染まっている。そこには微かな恥じらいと、隠し切れぬ欲情の色が混じっていた。
「旦那が悪いんですからね、こんな素敵な臭いさせちゃってるからぁ……♥」
まるで親犬が子にそうするように、全身を舐め回される。抵抗しようともがこうとしたが、体が思うように動かない。頭がぼうっとして、ただ体を舐められているだけなのに、得も言われぬ快感が脳を痺れさせる。
ふと甘い香りが鼻につく。彼女の香りだった。それの香りが妙に心を穏やかにさせる癖に、心臓が早鐘を打って止まらない。あっという間に俺の逸物は硬くしていた。ズボンの上からそれをさすって彼女は愛おしそうに囁く。
「もうこんなにさせちゃったんですねえ……この中からどんな臭いがするか想像しただけでもうイっちゃいそうですよぉ♥」
俺のズボンに手をかけながら彼女は俺に口づけする。無理やりに舌が歯の間を割って入って、俺の舌を蹂躙する。舌がのたくって歯の裏までなめ回し、隅々まで味わい尽くされた頃には俺の愚息が夜気に晒されていた。
指で優しくしごかれ、亀頭を撫でまわされる。俺は童貞の小僧のように怒張を張り詰めさせ、既に先端からは我慢汁を垂れ流していた。
ねっちゃねっちゃと音を立てて彼女が俺のものの先端をなぶる。
「えへへ、手がねっとねとになっちゃってますよ。もしかして期待してたんですかぁ♥」
嗜虐心を刺激されたのか、耳をしゃぶりながら彼女は淫らな音を聞かせる。ねちねちと、わざとらしく音を響かせながらさらに激しく俺の亀頭を撫でさすり、彼女の手が上下するたびに俺は跳ね上がりそうになる腰を必死で押さえつけていた。
「いいんですよぉ、一杯出しても♥ おちんちんのえっちな臭い、私の手にマーキングしてほしいです♥」
「ぐっ！？」
彼女は人差し指を立てて、尿道をさすり始める。優しく、時に激しく。カリ首を撫でさすりながら尿道をほじられ、我慢するもむなしく俺は直ぐに彼女の手の中で精を解き放ってしまった。
びゅくびゅく、と脈打ちながら彼女の柔らかな手に白濁をぶちまけていく。彼女はそれを一滴もこぼさないようにすべて手で受けて、ぷるぷるとしたゼリー状のそれをねっちねっちと、手の中でこねくり回した。
ひとしきりいじり終えて、彼女はべたべたになった自分の手を自分の鼻に近づけて大きく息を吸う。
「あはぁ、本当にえっちな臭いがします♥ 旦那のおちんぽ汁、こんなに出ちゃいましたね♥」
そのまま、彼女はもう一方の手を自分の秘所に宛がった。自分の手の中の俺の精をなめ回し、自分の唇に塗り付けながら、容赦なくもう片方の指で自らの中を掻き混ぜていく。
「おいしいですよ、旦那♥ 私のおまんこもこんなになっちゃってますもん♥」
俺の精液と彼女の愛液が、彼女の両手で淫らな音を立て続ける。まるで琴を弾くように、鮮やかに指は躍り淫らな旋律を奏でていき、その音色に俺の逸物は再び立ち上がり始めていた。
それを見て、彼女はこちらを煽るように指でＶサインを作り出し、秘裂を俺に見せつけた。
「旦那ぁ、最後までしちゃいましょうよ♥ 旦那のおちんぽもしたいって言ってますからぁ♥」
広げた蜜壺は喘ぐように、ぱくぱくと小刻みにうねっていてその度に、甘い香りが強く薫って俺の理性を奪っていく。まるで花のようだと思った。俺は、彼女という甘い蜜に魅せられた虫でしかなかった。
「旦那の香り、もっと嗅ぎたいです♥」
伸し掛かるように彼女に剛直を宛がい、一息につきいれる。十分に濡れていた彼女は苦も無く俺にものを受け入れた。彼女は嬌声をあげて俺に抱き着き、喜々として俺の香りを堪能し始める。
誘って来たのはそっちだ、といわんばかりに激しく腰を打ち付ける。ぱちゅぱちゅ、とねっとりとした水音が響く。彼女は一突きするたびに、愛らしい声をあげながら俺の腰に足をさらに絡みつけてきた。
「もう、えっちすぎますよぉ旦那ぁ♥ えっちなにおいで、わたしっ、おかしくなっちゃうぅ♥」
「お前がっ、いうんじゃないっ」
息も切れ切れになりながらお互いを狂おしく求めあう。ねっとりと絡みつく彼女の膣内は、もうどこからが自分でどこからか彼女が分からないほどに俺の怒張を深く咥えこんでいた。
ふわり、と暖かな感触を背中に感じる。見ると、彼女が羽を俺の背に回してぎゅっと抱き着いていた。もう二度と離さない、といわんばかりに深く繋がりあった体を密着させて、俺の胸板に顔をうずめている。
「もうっ、らめっ、イっひゃう、イきますぅ♥」
「俺っ、もっ」
二人の結合部はどろどろに溶けあって、腰を打ち付けるたびに甘い飛沫を跳ね上げている。限界が近いことを悟って彼女が微かに俺の背中に爪を立てて、その痛みすら心地よく、俺は耐えきれずに彼女の最奥で精を解き放った。
「あっ、あっあぁぁあっ♥」
びくり、びくりと自分の体が痙攣するほどの快楽に包まれて、震えと同時に白濁を解き放っている。俺の精液が彼女の子宮を叩くたびに彼女は蕩けた顔で俺の舌を吸った。
「えへへ、旦那のおちんぽみるくあったかぁい♥」
淫らな笑みを浮かべながら彼女が抱き着いていた腕をほどいた。汗と精液と、彼女の香りでむっとした臭いが鼻につき、そのせいで萎れかけた怒張がぴくりと動き、絶頂冷めやらぬ彼女の膣内を刺激する。
逸物を引き抜くと、どろりと激しい抽送で泡立った精液が流れてくる。彼女は引き抜かれた俺のものに鼻を近づけ、甘えるように鼻を鳴らしてから口を開けて頬張った。
「私の臭いと旦那の臭い、一緒になってすっごい素敵です♥」
ちゅるちゅるっ、と音を立てて尿道に残った精液を吸い取ってから、彼女ははにかんだような笑みを浮かべた。
＊
交わりを終えて、俺は彼女の羽にくるまって情事の余韻を覚ましていた。彼女の方はといえば、交わった後も飽き足らないのかところどころ俺の体に顔を寄せては甘えるように臭いを嗅いでいる。
聞くところによると、性行だけでなく単純に香りだけで腹は満たせるそうだが食欲を満たすのと同時に俺の臭いでむらむらと来てしまったらしく、我慢しきれずに襲ってしまったそうだ。
「しかし、よく私を襲う気になりましたね、こんな醜い男を」
「む、外見の醜悪はあまり魔物にとっては関係ないんですよ？ 良いオスかどうかが重要なんです」
その点、旦那は百点満点ですよぅ、と彼女は身を寄せてくる。しかし、途中でぴくりと動きを止めて不安そうにこちらを見た。
「その、怒ってます？ やっぱりいきなり襲ったのは良くなかったなって……」
「いえ、別に。魔物とはいえ、素敵な女性に相手してもらえただけで満足ですよ」
「むー」
本心からの言葉だったが、彼女はお気に召さなかったのか不機嫌そうな顔をして指で俺の胸板を突いた。鉤爪のような形をした手なので地味に痛い。
「なんですか」
「その言葉遣いやめましょうよ、旦那。あんなに好きって言ったのにそうやって他人行儀で話されると、ちょっと辛いです」
「あぁ……」
情事の最中では商人としての仮面をかぶることもなく、むき出しの俺を彼女にぶつけていた。勿論取り繕う余裕なんてどこになかったのだが。
「悪かったよ、これからは普通に話す」
頬を膨らませながら胸板を突き続ける彼女の手から逃れようと、身をよじる。それをくすぐったそうに彼女は笑って、また不意に甘い香りが鼻をついた。
嬉しそうにじゃれつくたびにその香りは強くなって、自分の心が本当に安らいでいくのを感じる。もうこの香りを知ってしまったからには、この娘からは逃れられないんだろうな、とぼんやりと思った。
「あ、そうだ」
「どうした？」
「旦那だけじゃなく、私も言葉遣いを改めないといけないですね」
何か思い立ったように、彼女は俺の体の上に乗って真正面から自分を見て、心底嬉しそうに笑った。
「これからは“旦那”じゃなくって、“旦那様”って呼ばなくちゃ。ですよね？」
本当にこの娘からはもう逃れられないと、そう思ったのだった。
その理由は簡単で、町の外には危険が満ちているからだ。野党、魔物、災害。あらゆる危険から身を守ってくれるのは自分の力だけであり、そんな危険を冒して彼らは町を飛び出すようなことは無い。
言ってしまえば、彼らの生活は市壁の中で完結している。
しかし、それでも人々はつながりというものを求める。よその町ではどうなっているのか知りたい。知らない世界の話を聞きたい。知らないものを知りたい。
そして、それらを知ることが出来るのは旅人の特権だ。
そして、特権というものは実に金になる。
俺は馬車を引きながら、ほくほくとした顔で金貨の詰まった袋を弄んでいた。
今日の商談相手は山岳地帯のとある村長だ。峻険な山に囲まれたこの村をわざわざ訪れる人間は少なく、物資の入りも少ないためここでの商売は非常に金になる。
薬草に、衣服や装飾品。あちこちではもはや流行遅れの商品もここでは流行の最先端に早変わりだ。割高で売りつけても感謝こそされ、ぼったくりだと責められることは無い。商売ついでに、旅の途中で起こった出来事や他の町の出来事を語ってやれば、そんなことすら飯の種になる。
しかし、こんなぼろい商売は他の商人も簡単に気がつくはず。それでもこの村に商売敵が現れないのは、ここまでの道中が危険に満ちているからだ。特に魔物の出現率は高い。
それでも俺がこの村に来るのは俺が命知らずだから……というわけではない。
「行商人殿。今回も来ていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ良い取引をさせていただきました」
村の入口で門番をしていた女性が村を発とうとする俺に向けて声をかけてきた。女性にしては、少し筋肉質でどこか剣呑な印象を受ける。もしかしたら魔物とのハーフなのかもしれなかった。
すかさず、帽子を脱いで彼女に顔を向けて一礼する。そして、自慢の営業スマイルを浮かべるが、それを向けられた女性は顔を引きつらせるばかりだった。
そう、俺が魔物を気にせずにここへ出入りできる理由。それは俺の容姿のあまりの醜さにある。
教団の教えには魔物は人を食う邪悪な存在である、とされているがそんなものを馬鹿正直に信じているのは平野部にある教団都市の住民であり、行商人や傭兵のような旅暮らしの人間の間では彼らが生殖のために人を襲うことは、公然の秘密であった。
それならば、繁殖の相手に見た目が良いオスを選ぶのは当然のことだ。はっきりとした確証こそないが、こうして旅をしてきて一度も襲われたことが無いのはつまり、そういうことだろう。
「道中お気をつけて」
「ええ。貴方にも神の祝福がありますように」
決まり切った社交辞令を交わして馬に軽く鞭を入れて歩かせる。俺が去っていくのに、少しだけ門番が表情を和らげるのを目の端で捉えて、少しだけ溜息をついた。
（まあ、金だけあればそれでいいんだが）
女など、欲しければ金で買えばいい。奴隷でも商売女でもそれなりに金を出せば買えないものは無いのだ。値段がついていて金で買えないのは金だけだ、というのは商人の間では定番のジョークである。
それでも女を買わないのは、純粋に旅の邪魔になるからである。体力の無い女はパンや水、にんにくとわずかな干し肉だけでこの山道を踏破することはできない。そして、それが出来ないようならば金は稼げない。
「それこそ魔物でもいいかもしれんな」
一人で嘯いて、俺は肩を揺らした。一人旅になれてしまうとこうして独り言を不意に発してしまう。行商人の職業病の一つといった所だろうか。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。不意に何かが太陽を遮った。それと同時に大きな羽音がして、かすかな風が馬車の幌を揺らす。
「そこの旦那、馬車の旦那、ちょっといいです？」
「ああ？」
始めは大きな鳥か何かだろうと気にも留めなかったが、どうやらその影は自分に声をかけているらしい。ずっと自分の上空を旋回していたようだ。声をかけられてようやく立ち上がり、幌をずらして空を見上げる。
「すいません、ちょっとご一緒してもいいですかぁ？」
「ええ、どうぞ」
何がご一緒しようが、どうでもいいと声をかけると、それじゃあ失礼。と軽い声と共にふわりと一人の女性が舞い降りてきた。
それは黄金の羽を持つ美しい女性だった。煽情的な服装では隠し切れないほど肉付きの良い体と、美しい顔。魔物だとすぐに分かった。それほどまでに彼女の美しさは人間離れしている。
何より特徴的なのはその体から立ち上る香りだ。甘ったるいようでいて、しかし嫌味な香りではない。ほのかな爽やかさを感じさせるそれは俺の鼻孔を伝って直接俺の脳を揺さぶるような力を持っていた。
「どうも、私めは旅から旅への渡り鳥。道中、素敵な御仁を見つけたものですから、せっかくの御縁ということで、よろしければ旅の道連れにいかがでしょう」
ふわり、と羽を振るわせて自分のことを渡り鳥、と形容するあたりは何とも洒落が効いている。彼女はちらっとこちらに向けてウィンクして抱えていた楽器を見せた。
芝居がかった口調に口の上手さは旅に生きる人間の特徴だ。それならば、こちらもそれ相応の流儀で応えねばなるまい。
「それは望外の喜びですね。こんなボロ馬車で良ければいつでも貴方の止まり木に。貴方のおかげで絢爛華美たる王宮の馬車にも劣らぬ彩りとなりましょう」
「あはは、素敵な応えですねえ」
吟遊詩人の売り込み、といった所だろうか。それならば断わることもあるまい。快く御者台に置いた荷物を荷台に放り込んで彼女が座れるように場所をあける。小さく彼女は礼を言ってから隣に座った。
先ほどよりも香りが強く感じられるようになる。妙な気を起こさないように、努めて平常心を保って彼女に声をかけた。
「吟遊の旅ですかな？」
「いえ、本業は薬師です。勿論吟遊もお手の物なんですけどねー」
鈴の鳴るような声で笑いながら彼女は軽く琴に手をかける。即興なのだろう、軽やかなメロディーが人気のない荒野を跳ねまわった。
ほう、とその音色に感嘆の声をあげていると今度は彼女の方から声をかけてくる。
「そういう旦那は商人さん、ですか」
「流石、よく見てらっしゃる」
彼女の視線の動きからどこをみて判断したのかを理解する。
「上質の鉱石ですよ、この山のものは質が違う」
「あはは、申し訳ないです。盗み見するつもりはなかったんですけど」
「いえ、隠すようなものでもないですから」
照れたように彼女は笑って、ふわりと自分の体を自身の羽で包み込む。それが楽な姿勢らしく、そのまま御者台の上で足をぶらぶらとさせていた。
そのまま何ごともない時間が続く。手持無沙汰なものだから何か声をかけようかと思ったが、生憎女性に話すような話題は無い。
仕方なく、本業の話をすることになった。つまるところ、金になる話だ。
「薬師、と仰いましたが何を扱ってらっしゃるので？」
「おぉ、商売熱心ですねー。そういう真面目なところも素敵ですよー」
そんなことを言いながら、彼女は懐から小瓶を取り出した。
「それは？」
「私の商売道具です。香水を基本的に売っているんですけど、こういう使い方もできるんですねー」
言うが早いか、彼女はぱっと御者台から飛び立って、小瓶の中身を馬車に向けて振りかけた。瞬く間に、鼻を抜けるような柑橘類の香りが辺りに充満する。
「……これは？」
「この辺りに生息する魔物が嫌う香りですよ、これで道中安全ですね？」
礼を言うと、数日お世話になりますからー、とにこにこ笑って彼女は手を振った。そして再び楽器をかき鳴らしはじめる。
「まあ、本当は楽器を弾きたいからなんですけどねー？」
変なの寄ってきちゃったら旦那は困りますものね？ とウィンクして彼女は演奏を始める。
退屈しない馬車旅が始まった。
＊
彼女との旅は控えめに言って素晴らしいものだった。音と笑顔に包まれた馬車旅は、長く険しい山道を進んでいるということを感じさせないほどに楽しいものだった。
琴をかき鳴らしながら、彼女は自分たちの種族のことを語ってくれた。
ガンダルヴァと呼ばれる彼女達は愛の女神「エロス」を信奉する種族で、一部の地域では神獣と扱われているという。苦笑いを浮かべつつ、彼女は足をぶらぶらさせた。
「堅苦しいのが嫌だから、飛び出してきちゃったんですけどねー」
えへへ、とまるで年頃の少女のように彼女は笑った。
どうも旅暮らしというものが性に合っていたようで故郷のことを愛しいとすら思っていないらしい。今では薬、特に香水を売りつつ楽器を弾きつつ、自由気ままな吟遊の旅の途中だそうだ。
それからは、お互いの旅の途中にあった出来事を語り合った。
行商の途中に盗賊団に襲われかけたこと、始めて行った町で両替商に詐欺にあいかけたこと。それらのすべての話を彼女は興味深そうに聞いてくれた。
もしかしたら、彼女は聞き上手なのかもしれない。俺の語り口にタイミング良く相槌を打ってくれるし、羽を揺らして笑い、口に手を当てて大げさに驚く。彼女の鮮やかな反応に、いつしか時間も忘れて話し続けていた。
「もうすぐ日が落ちますね、今日はここまでにしておきましょう」
稜線に斜陽が差しかかっているのを目を細めて見る。あと数刻も経たないうちに真っ暗になってしまうだろう。俺の提案に彼女も頷いた。
夜に山道を下るのはあまりにもリスクが高すぎる。どこかで道から外れてしまう危険性もあるが、それ以上に倒木や石に乗り上げて馬車の車軸が壊れてしまっては身動きが取れなくなってしまうことも考えられるのだ。そうなった場合、積み荷を諦めるだけでなく、生きて街にたどり着くことさえ諦めなくてはならなくなるかもしれない。
手早く野営の準備を始める。一方、彼女はといえばずっと一人旅だったから大規模な野営のしたことが無かったのだろう、手持無沙汰といった様子で俺が準備を進めていくのを眺めていた。
保存食を取り出しながら今後のことを考える。やはり男女だから、同じ場所で眠るのは控えるべきだろうか。御者台と、荷台で何とか二人眠れる。しかし、彼女の荷物を見る限り寝具のようなものを持ち合わせているようには思えない。予備の毛布を出してやるべきか、それともあの羽は毛布並の防寒性を備えているのだろうか。
そんなことを考えると、ガンダルヴァの柔らかな羽が自分の体を包んだ。
「あの、ちょっといいですかね……」
「はい？」
僅かに遅れて、彼女に抱きすくめられていることに気がつく。始めに浮かんだ感想は、毛布を出してやる必要はない、ということだった。
「私の種族について、話して無いことがあってですね？ その、ご飯の話なんですが」
耳元で囁かれて、ぞくりと肌が粟立つのを感じる。耳元の彼女の息が荒く、熱っぽい吐息が甘い香りとなって鼻孔をくすぐった。
一瞬風が渦巻くのを感じて、すぐに押し倒される。彼女が俺を抱いて、荷台まで飛んだのだと気が付いた。
ガンダルヴァは押し倒した俺の胸元に顔を寄せる。まるで恋人にそうするように、軽く口づけてそのまま顔を押し付けた。
「臭いがですね、好きなんですよぉ。私たちって。私は特に男の人の汗とかそういう臭いなんです」
趣味が悪いって思うかもしれませんけど、と彼女は少し恥ずかしそうに言って、今度は首筋に舌を這わせた。ねっとりとした感触が首筋から伝わる。
顔を上げる彼女の頬は上気していて、赤く染まっている。そこには微かな恥じらいと、隠し切れぬ欲情の色が混じっていた。
「旦那が悪いんですからね、こんな素敵な臭いさせちゃってるからぁ……♥」
まるで親犬が子にそうするように、全身を舐め回される。抵抗しようともがこうとしたが、体が思うように動かない。頭がぼうっとして、ただ体を舐められているだけなのに、得も言われぬ快感が脳を痺れさせる。
ふと甘い香りが鼻につく。彼女の香りだった。それの香りが妙に心を穏やかにさせる癖に、心臓が早鐘を打って止まらない。あっという間に俺の逸物は硬くしていた。ズボンの上からそれをさすって彼女は愛おしそうに囁く。
「もうこんなにさせちゃったんですねえ……この中からどんな臭いがするか想像しただけでもうイっちゃいそうですよぉ♥」
俺のズボンに手をかけながら彼女は俺に口づけする。無理やりに舌が歯の間を割って入って、俺の舌を蹂躙する。舌がのたくって歯の裏までなめ回し、隅々まで味わい尽くされた頃には俺の愚息が夜気に晒されていた。
指で優しくしごかれ、亀頭を撫でまわされる。俺は童貞の小僧のように怒張を張り詰めさせ、既に先端からは我慢汁を垂れ流していた。
ねっちゃねっちゃと音を立てて彼女が俺のものの先端をなぶる。
「えへへ、手がねっとねとになっちゃってますよ。もしかして期待してたんですかぁ♥」
嗜虐心を刺激されたのか、耳をしゃぶりながら彼女は淫らな音を聞かせる。ねちねちと、わざとらしく音を響かせながらさらに激しく俺の亀頭を撫でさすり、彼女の手が上下するたびに俺は跳ね上がりそうになる腰を必死で押さえつけていた。
「いいんですよぉ、一杯出しても♥ おちんちんのえっちな臭い、私の手にマーキングしてほしいです♥」
「ぐっ！？」
彼女は人差し指を立てて、尿道をさすり始める。優しく、時に激しく。カリ首を撫でさすりながら尿道をほじられ、我慢するもむなしく俺は直ぐに彼女の手の中で精を解き放ってしまった。
びゅくびゅく、と脈打ちながら彼女の柔らかな手に白濁をぶちまけていく。彼女はそれを一滴もこぼさないようにすべて手で受けて、ぷるぷるとしたゼリー状のそれをねっちねっちと、手の中でこねくり回した。
ひとしきりいじり終えて、彼女はべたべたになった自分の手を自分の鼻に近づけて大きく息を吸う。
「あはぁ、本当にえっちな臭いがします♥ 旦那のおちんぽ汁、こんなに出ちゃいましたね♥」
そのまま、彼女はもう一方の手を自分の秘所に宛がった。自分の手の中の俺の精をなめ回し、自分の唇に塗り付けながら、容赦なくもう片方の指で自らの中を掻き混ぜていく。
「おいしいですよ、旦那♥ 私のおまんこもこんなになっちゃってますもん♥」
俺の精液と彼女の愛液が、彼女の両手で淫らな音を立て続ける。まるで琴を弾くように、鮮やかに指は躍り淫らな旋律を奏でていき、その音色に俺の逸物は再び立ち上がり始めていた。
それを見て、彼女はこちらを煽るように指でＶサインを作り出し、秘裂を俺に見せつけた。
「旦那ぁ、最後までしちゃいましょうよ♥ 旦那のおちんぽもしたいって言ってますからぁ♥」
広げた蜜壺は喘ぐように、ぱくぱくと小刻みにうねっていてその度に、甘い香りが強く薫って俺の理性を奪っていく。まるで花のようだと思った。俺は、彼女という甘い蜜に魅せられた虫でしかなかった。
「旦那の香り、もっと嗅ぎたいです♥」
伸し掛かるように彼女に剛直を宛がい、一息につきいれる。十分に濡れていた彼女は苦も無く俺にものを受け入れた。彼女は嬌声をあげて俺に抱き着き、喜々として俺の香りを堪能し始める。
誘って来たのはそっちだ、といわんばかりに激しく腰を打ち付ける。ぱちゅぱちゅ、とねっとりとした水音が響く。彼女は一突きするたびに、愛らしい声をあげながら俺の腰に足をさらに絡みつけてきた。
「もう、えっちすぎますよぉ旦那ぁ♥ えっちなにおいで、わたしっ、おかしくなっちゃうぅ♥」
「お前がっ、いうんじゃないっ」
息も切れ切れになりながらお互いを狂おしく求めあう。ねっとりと絡みつく彼女の膣内は、もうどこからが自分でどこからか彼女が分からないほどに俺の怒張を深く咥えこんでいた。
ふわり、と暖かな感触を背中に感じる。見ると、彼女が羽を俺の背に回してぎゅっと抱き着いていた。もう二度と離さない、といわんばかりに深く繋がりあった体を密着させて、俺の胸板に顔をうずめている。
「もうっ、らめっ、イっひゃう、イきますぅ♥」
「俺っ、もっ」
二人の結合部はどろどろに溶けあって、腰を打ち付けるたびに甘い飛沫を跳ね上げている。限界が近いことを悟って彼女が微かに俺の背中に爪を立てて、その痛みすら心地よく、俺は耐えきれずに彼女の最奥で精を解き放った。
「あっ、あっあぁぁあっ♥」
びくり、びくりと自分の体が痙攣するほどの快楽に包まれて、震えと同時に白濁を解き放っている。俺の精液が彼女の子宮を叩くたびに彼女は蕩けた顔で俺の舌を吸った。
「えへへ、旦那のおちんぽみるくあったかぁい♥」
淫らな笑みを浮かべながら彼女が抱き着いていた腕をほどいた。汗と精液と、彼女の香りでむっとした臭いが鼻につき、そのせいで萎れかけた怒張がぴくりと動き、絶頂冷めやらぬ彼女の膣内を刺激する。
逸物を引き抜くと、どろりと激しい抽送で泡立った精液が流れてくる。彼女は引き抜かれた俺のものに鼻を近づけ、甘えるように鼻を鳴らしてから口を開けて頬張った。
「私の臭いと旦那の臭い、一緒になってすっごい素敵です♥」
ちゅるちゅるっ、と音を立てて尿道に残った精液を吸い取ってから、彼女ははにかんだような笑みを浮かべた。
＊
交わりを終えて、俺は彼女の羽にくるまって情事の余韻を覚ましていた。彼女の方はといえば、交わった後も飽き足らないのかところどころ俺の体に顔を寄せては甘えるように臭いを嗅いでいる。
聞くところによると、性行だけでなく単純に香りだけで腹は満たせるそうだが食欲を満たすのと同時に俺の臭いでむらむらと来てしまったらしく、我慢しきれずに襲ってしまったそうだ。
「しかし、よく私を襲う気になりましたね、こんな醜い男を」
「む、外見の醜悪はあまり魔物にとっては関係ないんですよ？ 良いオスかどうかが重要なんです」
その点、旦那は百点満点ですよぅ、と彼女は身を寄せてくる。しかし、途中でぴくりと動きを止めて不安そうにこちらを見た。
「その、怒ってます？ やっぱりいきなり襲ったのは良くなかったなって……」
「いえ、別に。魔物とはいえ、素敵な女性に相手してもらえただけで満足ですよ」
「むー」
本心からの言葉だったが、彼女はお気に召さなかったのか不機嫌そうな顔をして指で俺の胸板を突いた。鉤爪のような形をした手なので地味に痛い。
「なんですか」
「その言葉遣いやめましょうよ、旦那。あんなに好きって言ったのにそうやって他人行儀で話されると、ちょっと辛いです」
「あぁ……」
情事の最中では商人としての仮面をかぶることもなく、むき出しの俺を彼女にぶつけていた。勿論取り繕う余裕なんてどこになかったのだが。
「悪かったよ、これからは普通に話す」
頬を膨らませながら胸板を突き続ける彼女の手から逃れようと、身をよじる。それをくすぐったそうに彼女は笑って、また不意に甘い香りが鼻をついた。
嬉しそうにじゃれつくたびにその香りは強くなって、自分の心が本当に安らいでいくのを感じる。もうこの香りを知ってしまったからには、この娘からは逃れられないんだろうな、とぼんやりと思った。
「あ、そうだ」
「どうした？」
「旦那だけじゃなく、私も言葉遣いを改めないといけないですね」
何か思い立ったように、彼女は俺の体の上に乗って真正面から自分を見て、心底嬉しそうに笑った。
「これからは“旦那”じゃなくって、“旦那様”って呼ばなくちゃ。ですよね？」
本当にこの娘からはもう逃れられないと、そう思ったのだった。
15/12/21 03:06更新 / ご隠居