プロローグ
開いた窓からは初秋の涼しい風が流れ込み、目を向ければ夜に輝く街の光が見える。
最近はようやく残暑も薄れ、訓練の時もだいぶましになってきた。暑さはともかく汗の匂いを夫が気にしていないか気がかりだったが、そろそろその悩みも解消されそうだ。
日々の疲れを吹き飛ばすのには夫との交わりが一番、そんな悩みがあっては存分に愛し合う事の邪魔になってしまう。ちなみに二番目はこうやって守るべき街を眺めながらお気に入りのお酒をゆっくり飲むことだ。
「ねえ〜、ちゃんとはなしきいてる〜?」
……こんな酔っぱらいがいると話は変わってくるが。
まったく。いつの間にやら机の上には空き瓶がいくつも転がっている。相手が持ち込んできたものだから文句は言わないが少しペースが早いのではないだろうか。
「ほんとに〜?」
「ああ。また失敗したのだろう?」
「しっぱいじゃない!きちんとカップルせいりつしたもん!」
「…元々相手の男を、なんだっけ…プ、プロデュースだったか?それをしたあとに結婚相手にする予定なのだろう?なんで結婚してないんだ?」
「…ほかにもあのこにほれちゃったこがいたの……。」
「別に問題ないだろう?お前はハーレムOKだったろう。」
「だって!!なぜかあいてが5にんになってたんだもん!はいるところがなくなっちゃたんだもん!」
「…前にもそんなことなかったか?」
この目の前のリリムと、魔王軍の一拠点の司令官とはいえ、ただのデュラハンである私がこうしてお酒を飲み交わす関係になったのはこの彼女の酒への弱さが切っ掛けだった。
別の街の拠点に勤めていた時、まだ一兵士であった私が酒場に困った人物がいると聞き、対応したのが出会いだった。
酒場に行ってみるとそこにいたのがベロべロに酔っ払った彼女だった。普通ならそんな客は店員が何とかするのが普通だが、相手が魔王の娘であるリリムとなると下手なことができずに困っていたのだ。
それ以来何故か彼女は私に懐いてしまい、司令官になって別の街に転勤してもこうして会いに来るのだ。なんだかんだ言いつつも、私もこうやって彼女の愚痴にたびたび付き合っているのだった。
「…うう。」
「ほら、そんなに落ち込むな。」
「…きもちわるい。」
「……はぁ、水を用意するから大人しくしてるんだぞ?」
「はぁい……おぇ…。」
こんな彼女の残念な点は酒への弱さに加え、もうひとつある。それは彼女の男運のなさだ
仮にもリリムなのだから相手が見つからないのならまだしも、相手がいるなら堕とすのなんて楽勝と思いがちだが彼女の場合は違う。私の知る限り連戦連敗だ。
そもそも彼女は相手をみつけると堕とすより先に相手に世話を焼いてしまう。(彼女いわくプロデュースと言うらしい。)
そうして相手をプロデュースして、堕とす段階になると決まってカップルがもう出来ていたり、ハーレムが出来上がっていたりするのだ。
普段は各地で魔物娘達の恋愛を応援しているらしいで職業病と行ってもいいかもしれない。 彼女自身も「相手が自分の力でどんどん魅力的になっていくのがイイ!」と言っているので満足かもしれないが、果たしてそれが連敗の原因だと知っているのだろうか。
そんなわけで彼女は未だに結婚式には恋人同士を結び合わせた仲人や恩人として出席して、自分は花嫁の座を射止めていないのだ。
そんな彼女の姿が愛らしいので、私もこうして世話を焼いているのかもしれない。
「ほら、水だ。……ん、それは…。」
「ありがと……うぅ…。」
水を用意して部屋へ戻ってくると彼女が目を向けていた一枚の報告書が目に入った。確か近隣の反魔物国家の街にいる者からの情報だったはずだ。
「…ねぇ、それ…。」
「あぁ、大丈夫だ。きちんと作戦は用意して…。」
…そうだ。もしかしたら彼女にぴったりかもしれない。伴侶が見つかる可能性もある。
「…?、どうしたの?」
「実はその作戦というのは……」
私が作戦の内容を話していくにつれ、澱んでいた彼女の赤い目が爛々と光を放っていくように見えた。
翌日、私と彼女は街から南西方面の森へと向かっていた。
大きな山々を背後に背負ったこの広大な森は、名義上は私の住んでいる地域の一部となっている。
……のだが、実際はこの森の代表者によってまとめられ、独立した領地になっている。
そもそも森の中は建物がポツポツとあるだけで、ほとんどが鬱蒼とした森になっている。そのため外部の者が管理するよりも住んでいるものが自治したほうが良いと判断されたのだった。
もし、私達のように地図を持っていなければ森の奥へと進む道を見つけられないだろうし、森の奥からうっすらと上がる煙も見逃してしまうだろう。
「ねぇ、確かこのまままっすぐだったけ?」
「あぁ。このまま真っ直ぐ進めば代表者のいる広場に着くはずだ。」
「目印は……あれだね!」
「え、あぁ…。そのようだな。」
彼女が指さした先を見ると確かに事前に聞いていた目印、『大きな木』があった。
目印としては不安だったが杞憂だったようだ。まだまだ遠くにあるというのにその異常な大きさが見て取れる。ざっと見ても周りの木の4〜5倍以上はある。その周りの木も立派な大木と言っていいにも関わらずにだ。
「どうする?ここから飛んでいくなら運んでいってあげるけど?」
「いや…。せっかくだから歩いていこう。」
「りょ〜かい。」
一応は自分が守るべきとなっている場所だ、自分の目で見ておかなくては。
……作戦の舞台となる場所だしな。
そのまま地図に書いてあった場所から道へ入る。地図によると広場のようなところに通じているようだ。
「へ〜え、意外と歩きやすいね。」
「あぁ。少ないとは言え訪れる者もいるのだろう。」
実際に森の中を歩いてみていくつかわかったことがあった。
まず、今歩いているような道と呼べるような所を通っていれば陽も差して明るいが、一度木々の中に入ってしまえば足元は好き勝手に草が生え、歩きにくく、薄暗い。
この森に住む者以外ならすぐに方向感覚を失い迷ってしまうだろう。
そして姿は見えはしないが、どうやら森の中ではかなりの数の魔物娘たちが暮らしているらしい。耳には木々のざわめきに乗せて、かすかに声が聞こえる。
大半の者は、自然の中でのんびりと暮らしているのだろう。
「静かで、手つかずの自然があって、いいところだね〜。」
「ああ…」
いい所だが、事前に聞いていた通り…。
「でも、すこ〜し足りないかな?」
「……!!」
やっぱり彼女は気づいた。この森の問題点に。
「わざわざ確認しながら歩いてるってことは、やっぱりあの作戦ってこれのためなんだ。」
……普段はアレでもやはりリリムということか。
「何か失礼なこと考えてるでしょ。」
「………そんなことはないさ。」
しばらく自然に癒されながら歩くと、目的の広場に着いた。
広場と言っても噴水があったり、露店が立ち並んでいるわけでもない。木の生えていない場所が円形に広がっているだけだ。
ただし、広さはかなりある。おそらく数百人、下手をしたら千人近くは入るのではないだろうか。
そして一番目を引くのは広場の奥、私達が立っている場所の正面にある巨大な木だ。
こうして近くで見るとその大きさがよくわかる。雲に届きそうなほど高く、たとえドラゴンが巻きつこうとしても半分にも届かないくらい太い。
「これは…。」
「すごいね〜。いろいろなところに行ってるけど、さすがにこんなのは見たことがないよ。」「それで、代表者はどこにいるんだ?」
「あの木の根元にいる人達かな?」
確かに、目を凝らすと木の根元に数人いる。近づいていくと何故か大樹の上を眺めているのがわかった。全員ジャイアントアントの様だが何をしているのだろうか。
話しかけようとした瞬間、上を眺めていた彼女たちがいきなり歓声を上げた。
何事かと思い上を見上げると、巨大な木の枝がゆっくりと下がってくるところだった。大枝をハーピーやハニービーが十数人がかりで降ろしているようだ。
「やっと降りて来た!」
「んっ?あれ、あんた達誰?」
「誰でもいいけどもう少し下がらないと危ないよ!」
「あ、ああ……わかった。」
言われて下がると、大枝は重々しい音を立てて地面に着地した。これ一本が普通の木ほどの大きさがある。
「あ〜〜、つかれた〜。」
「それじゃ今度はそっちの番だよ。」
「はいは〜い、ご苦労さん。あとは任せておいて!」
どうやら下から眺めていたジャイアントアント達はこれを運ぶために待っていたらしい。自慢の力持ちぶりを発揮して重そうな大枝を持ち上げ、あっという間に森の中へ運んでいってしまった。
残った者は物珍しそうにこちらを眺めている。
「それでこの人たちは?」
「街の人……だよね?」
「はい。本日はこちらの森の代表者に会うために参上しました。」
「だってさ。ナターリアさん。」
「!!!」
こちらに話しかけてきたハーピーの目線の先、私達のすぐ後ろにはいつの間にか誰かが現れていた。
ウェーブした栗色のロングヘア、健康的な色の肌に馴染んだ素朴な白のワンピース、木のサンダルと身につけているものは変哲もないが彼女も魔物娘だろう。感じる魔力もそうだし、魔物でなければ、いきなり背後に現れるなんてことはできない。
「ああ!!あなたが魔王軍の方ですか!本日はわざわざありがとうございます!」
「あ、ああ…、どうも…。」
「見かけによらずエネルギッシュね〜。」
確かに外見はおしとやかそうに見えるが、中身はそうでもないらしい。
「それじゃ、私たちは帰りますね。」
「はい!今日は手伝ってくれてありがとう!」
「あはは、こんなことぐらいだったらいつでも呼んでよ。」
「さようなら。ナターリアさん、長老。」
「……長老?」
彼女たちは『長老』と言っていたが、残ったのはナターリアさんだけだ。その長老はどこにいるのだろうか?
「ど〜も、長老さん。はじめまして。」
…悔しいことに同行者は解っているようだ。
「ええ、はじめまして。リリムは初めてお目にかかります。」
落ち着いた男性の声が答える。その返事がが聞こえたのは傍の大樹から………なるほど。
「なるほど、ナターリアさんはドリアードでしたか。ということはそちらはご主人ですか?」どうやら、森の代表者である『長老』というのはナターリアさんの夫であるこの大樹らしい。 たしかにこの外見や、声から感じる思慮深そうな雰囲気は長老と言われても違和感がない。
「はい!!自慢の夫です!」
「ナターリア、恥ずかしいよ。」
「だって本当のことなんですから!」
「仲がいいわね〜。」
「あっ、すいません!今お茶を用意しますね!」
そのまま何故か、私たちは長老の枝葉が作る木陰の中でお茶会となっていた。ティーセットやテーブルを木の中から出した時は驚いた。
あれこれ話し始めた女性陣二人は置いておいて、私は長老と作戦について話すことにした。
「…ええと、改めて申し上げますが今日は事前に手紙でお伝えしたことを相談するために参りました。」
「ええ、こちらは喜んでご協力させていただきます。」
「え……。」
まさか二つ返事で了承がもらえるとは思っていなかった。この作戦、森に無用なトラブルを引き起こすかもしれないというのに。
「噂の凄腕司令官なら安心して任せられます。」
「……私をご存知で?」
「ええ。ここにいても人の噂というのは聞こえてくるのです。」
本当に噂が伝わっているのもあるかもしれない。しかし、それだけではなく独自の情報網というのもあるのかもしれない。
その証拠に今、私の隣に本来はいないはずのリリムがいることに何ら疑問を投げかけてこない。私が彼女と親しいということを知っているのかもしれない。
……もしかしたら、この森に入った時点で私達の存在を知られていた、なんてこともありえなくはない。
「でも、それだけではないんでしょう?長老さん。」
「ええ。あなた達はもうお察しかもしれませんが…。」
そう。この森の問題点であり、私がこの森を作戦の場所に選んだ理由は…。
「……私は森に住む皆さんには長老なんて呼ばれて頼られていますが、ただ少し皆さんより長生きしているだけなんです。特別な力もありませんしね。だからあなた方の力をお借りしたいのです。」
……男性が少ないのだ。非常に。
今回の作戦の発端、それはこの森が背負った山のむこうの港町だった。その反魔物国家の街に兵士を乗せた船が到着したという報告があったのだ。
その後、その兵士が山を挟んだ私達の街を攻撃するためのものと判明した。そのままならただ兵士たちは捕獲されて終了、となっただろうがそんな時に偶然知ったのがこの森の現状だった。
街へやって来る兵士をここの森へ誘導して、出会いを増やそうと考えたのだ。
ただ…、最初に作戦を立てた時と違うのは……。
「へぇ〜。それじゃさっきのも…。」
「ええ。この森で新しく家を建てるときは、さっきのように夫の枝を提供させていただいているんです。すごいんですよ!!魔力がたっぷり詰まって頑丈ですから、絶対に壊れない家ができるんですよ!」
「へ〜え、それじゃ枝なんてすぐに無くなっちゃうんじゃない?」
「いいえ、ここ最近は新しい家が建つなんてないんですよ。さっきの枝だって木材として商人の方に売るためです。それに時々は余分な枝を減らさないと夫が息苦しいですしね。」
「……あれ余分な枝だったんだ。」
「そうやって取引で得たお金で、学校で使う本を買ったりしているんです!……でも、その学校も新しい夫婦ができないので通う子供も数人になってしまっているんです。」
「……なるほど。」
「さっき手伝ってくれたみんなも寂しい思いをしているんです…。旦那さんがいないこともそうなんですけど、それ以前にここに来る人もほとんどいないので出会いがないんです…。」
ナターリアさんが珍しく沈んだ声で話す。
「それで今回へ繋がるってことね。」
「はい!!ぜひとも森のみんなを幸せにしてあげたいんです!!」
「うふふ……まかせてよ〜。そうゆう事は大得意よ!森のみんなだけじゃなく兵士の皆さんも腰が抜けるくらい喜ばせてあげるんだから!」
「ホントですか!やったー!!」
「なんだか大変な事になりそうですね…。」
こんなに意気投合するとは……少し張り切りすぎじゃないのか…?
「ほら!早く行くよ!」
「ん?どこへ…。」
「決まってるじゃない!下見よ、下見。森のみんなにも挨拶しないとね!」
「分かったから少し落ち着け。」
興奮で目を輝かせながら、意気揚々と森の中へ進んでいってしまう。
気のせいだろうか。さっきから森のざわめきが大きくなっているように感じる。
まるでこれから起こることに色めき立っているかの様に……。
最近はようやく残暑も薄れ、訓練の時もだいぶましになってきた。暑さはともかく汗の匂いを夫が気にしていないか気がかりだったが、そろそろその悩みも解消されそうだ。
日々の疲れを吹き飛ばすのには夫との交わりが一番、そんな悩みがあっては存分に愛し合う事の邪魔になってしまう。ちなみに二番目はこうやって守るべき街を眺めながらお気に入りのお酒をゆっくり飲むことだ。
「ねえ〜、ちゃんとはなしきいてる〜?」
……こんな酔っぱらいがいると話は変わってくるが。
まったく。いつの間にやら机の上には空き瓶がいくつも転がっている。相手が持ち込んできたものだから文句は言わないが少しペースが早いのではないだろうか。
「ほんとに〜?」
「ああ。また失敗したのだろう?」
「しっぱいじゃない!きちんとカップルせいりつしたもん!」
「…元々相手の男を、なんだっけ…プ、プロデュースだったか?それをしたあとに結婚相手にする予定なのだろう?なんで結婚してないんだ?」
「…ほかにもあのこにほれちゃったこがいたの……。」
「別に問題ないだろう?お前はハーレムOKだったろう。」
「だって!!なぜかあいてが5にんになってたんだもん!はいるところがなくなっちゃたんだもん!」
「…前にもそんなことなかったか?」
この目の前のリリムと、魔王軍の一拠点の司令官とはいえ、ただのデュラハンである私がこうしてお酒を飲み交わす関係になったのはこの彼女の酒への弱さが切っ掛けだった。
別の街の拠点に勤めていた時、まだ一兵士であった私が酒場に困った人物がいると聞き、対応したのが出会いだった。
酒場に行ってみるとそこにいたのがベロべロに酔っ払った彼女だった。普通ならそんな客は店員が何とかするのが普通だが、相手が魔王の娘であるリリムとなると下手なことができずに困っていたのだ。
それ以来何故か彼女は私に懐いてしまい、司令官になって別の街に転勤してもこうして会いに来るのだ。なんだかんだ言いつつも、私もこうやって彼女の愚痴にたびたび付き合っているのだった。
「…うう。」
「ほら、そんなに落ち込むな。」
「…きもちわるい。」
「……はぁ、水を用意するから大人しくしてるんだぞ?」
「はぁい……おぇ…。」
こんな彼女の残念な点は酒への弱さに加え、もうひとつある。それは彼女の男運のなさだ
仮にもリリムなのだから相手が見つからないのならまだしも、相手がいるなら堕とすのなんて楽勝と思いがちだが彼女の場合は違う。私の知る限り連戦連敗だ。
そもそも彼女は相手をみつけると堕とすより先に相手に世話を焼いてしまう。(彼女いわくプロデュースと言うらしい。)
そうして相手をプロデュースして、堕とす段階になると決まってカップルがもう出来ていたり、ハーレムが出来上がっていたりするのだ。
普段は各地で魔物娘達の恋愛を応援しているらしいで職業病と行ってもいいかもしれない。 彼女自身も「相手が自分の力でどんどん魅力的になっていくのがイイ!」と言っているので満足かもしれないが、果たしてそれが連敗の原因だと知っているのだろうか。
そんなわけで彼女は未だに結婚式には恋人同士を結び合わせた仲人や恩人として出席して、自分は花嫁の座を射止めていないのだ。
そんな彼女の姿が愛らしいので、私もこうして世話を焼いているのかもしれない。
「ほら、水だ。……ん、それは…。」
「ありがと……うぅ…。」
水を用意して部屋へ戻ってくると彼女が目を向けていた一枚の報告書が目に入った。確か近隣の反魔物国家の街にいる者からの情報だったはずだ。
「…ねぇ、それ…。」
「あぁ、大丈夫だ。きちんと作戦は用意して…。」
…そうだ。もしかしたら彼女にぴったりかもしれない。伴侶が見つかる可能性もある。
「…?、どうしたの?」
「実はその作戦というのは……」
私が作戦の内容を話していくにつれ、澱んでいた彼女の赤い目が爛々と光を放っていくように見えた。
翌日、私と彼女は街から南西方面の森へと向かっていた。
大きな山々を背後に背負ったこの広大な森は、名義上は私の住んでいる地域の一部となっている。
……のだが、実際はこの森の代表者によってまとめられ、独立した領地になっている。
そもそも森の中は建物がポツポツとあるだけで、ほとんどが鬱蒼とした森になっている。そのため外部の者が管理するよりも住んでいるものが自治したほうが良いと判断されたのだった。
もし、私達のように地図を持っていなければ森の奥へと進む道を見つけられないだろうし、森の奥からうっすらと上がる煙も見逃してしまうだろう。
「ねぇ、確かこのまままっすぐだったけ?」
「あぁ。このまま真っ直ぐ進めば代表者のいる広場に着くはずだ。」
「目印は……あれだね!」
「え、あぁ…。そのようだな。」
彼女が指さした先を見ると確かに事前に聞いていた目印、『大きな木』があった。
目印としては不安だったが杞憂だったようだ。まだまだ遠くにあるというのにその異常な大きさが見て取れる。ざっと見ても周りの木の4〜5倍以上はある。その周りの木も立派な大木と言っていいにも関わらずにだ。
「どうする?ここから飛んでいくなら運んでいってあげるけど?」
「いや…。せっかくだから歩いていこう。」
「りょ〜かい。」
一応は自分が守るべきとなっている場所だ、自分の目で見ておかなくては。
……作戦の舞台となる場所だしな。
そのまま地図に書いてあった場所から道へ入る。地図によると広場のようなところに通じているようだ。
「へ〜え、意外と歩きやすいね。」
「あぁ。少ないとは言え訪れる者もいるのだろう。」
実際に森の中を歩いてみていくつかわかったことがあった。
まず、今歩いているような道と呼べるような所を通っていれば陽も差して明るいが、一度木々の中に入ってしまえば足元は好き勝手に草が生え、歩きにくく、薄暗い。
この森に住む者以外ならすぐに方向感覚を失い迷ってしまうだろう。
そして姿は見えはしないが、どうやら森の中ではかなりの数の魔物娘たちが暮らしているらしい。耳には木々のざわめきに乗せて、かすかに声が聞こえる。
大半の者は、自然の中でのんびりと暮らしているのだろう。
「静かで、手つかずの自然があって、いいところだね〜。」
「ああ…」
いい所だが、事前に聞いていた通り…。
「でも、すこ〜し足りないかな?」
「……!!」
やっぱり彼女は気づいた。この森の問題点に。
「わざわざ確認しながら歩いてるってことは、やっぱりあの作戦ってこれのためなんだ。」
……普段はアレでもやはりリリムということか。
「何か失礼なこと考えてるでしょ。」
「………そんなことはないさ。」
しばらく自然に癒されながら歩くと、目的の広場に着いた。
広場と言っても噴水があったり、露店が立ち並んでいるわけでもない。木の生えていない場所が円形に広がっているだけだ。
ただし、広さはかなりある。おそらく数百人、下手をしたら千人近くは入るのではないだろうか。
そして一番目を引くのは広場の奥、私達が立っている場所の正面にある巨大な木だ。
こうして近くで見るとその大きさがよくわかる。雲に届きそうなほど高く、たとえドラゴンが巻きつこうとしても半分にも届かないくらい太い。
「これは…。」
「すごいね〜。いろいろなところに行ってるけど、さすがにこんなのは見たことがないよ。」「それで、代表者はどこにいるんだ?」
「あの木の根元にいる人達かな?」
確かに、目を凝らすと木の根元に数人いる。近づいていくと何故か大樹の上を眺めているのがわかった。全員ジャイアントアントの様だが何をしているのだろうか。
話しかけようとした瞬間、上を眺めていた彼女たちがいきなり歓声を上げた。
何事かと思い上を見上げると、巨大な木の枝がゆっくりと下がってくるところだった。大枝をハーピーやハニービーが十数人がかりで降ろしているようだ。
「やっと降りて来た!」
「んっ?あれ、あんた達誰?」
「誰でもいいけどもう少し下がらないと危ないよ!」
「あ、ああ……わかった。」
言われて下がると、大枝は重々しい音を立てて地面に着地した。これ一本が普通の木ほどの大きさがある。
「あ〜〜、つかれた〜。」
「それじゃ今度はそっちの番だよ。」
「はいは〜い、ご苦労さん。あとは任せておいて!」
どうやら下から眺めていたジャイアントアント達はこれを運ぶために待っていたらしい。自慢の力持ちぶりを発揮して重そうな大枝を持ち上げ、あっという間に森の中へ運んでいってしまった。
残った者は物珍しそうにこちらを眺めている。
「それでこの人たちは?」
「街の人……だよね?」
「はい。本日はこちらの森の代表者に会うために参上しました。」
「だってさ。ナターリアさん。」
「!!!」
こちらに話しかけてきたハーピーの目線の先、私達のすぐ後ろにはいつの間にか誰かが現れていた。
ウェーブした栗色のロングヘア、健康的な色の肌に馴染んだ素朴な白のワンピース、木のサンダルと身につけているものは変哲もないが彼女も魔物娘だろう。感じる魔力もそうだし、魔物でなければ、いきなり背後に現れるなんてことはできない。
「ああ!!あなたが魔王軍の方ですか!本日はわざわざありがとうございます!」
「あ、ああ…、どうも…。」
「見かけによらずエネルギッシュね〜。」
確かに外見はおしとやかそうに見えるが、中身はそうでもないらしい。
「それじゃ、私たちは帰りますね。」
「はい!今日は手伝ってくれてありがとう!」
「あはは、こんなことぐらいだったらいつでも呼んでよ。」
「さようなら。ナターリアさん、長老。」
「……長老?」
彼女たちは『長老』と言っていたが、残ったのはナターリアさんだけだ。その長老はどこにいるのだろうか?
「ど〜も、長老さん。はじめまして。」
…悔しいことに同行者は解っているようだ。
「ええ、はじめまして。リリムは初めてお目にかかります。」
落ち着いた男性の声が答える。その返事がが聞こえたのは傍の大樹から………なるほど。
「なるほど、ナターリアさんはドリアードでしたか。ということはそちらはご主人ですか?」どうやら、森の代表者である『長老』というのはナターリアさんの夫であるこの大樹らしい。 たしかにこの外見や、声から感じる思慮深そうな雰囲気は長老と言われても違和感がない。
「はい!!自慢の夫です!」
「ナターリア、恥ずかしいよ。」
「だって本当のことなんですから!」
「仲がいいわね〜。」
「あっ、すいません!今お茶を用意しますね!」
そのまま何故か、私たちは長老の枝葉が作る木陰の中でお茶会となっていた。ティーセットやテーブルを木の中から出した時は驚いた。
あれこれ話し始めた女性陣二人は置いておいて、私は長老と作戦について話すことにした。
「…ええと、改めて申し上げますが今日は事前に手紙でお伝えしたことを相談するために参りました。」
「ええ、こちらは喜んでご協力させていただきます。」
「え……。」
まさか二つ返事で了承がもらえるとは思っていなかった。この作戦、森に無用なトラブルを引き起こすかもしれないというのに。
「噂の凄腕司令官なら安心して任せられます。」
「……私をご存知で?」
「ええ。ここにいても人の噂というのは聞こえてくるのです。」
本当に噂が伝わっているのもあるかもしれない。しかし、それだけではなく独自の情報網というのもあるのかもしれない。
その証拠に今、私の隣に本来はいないはずのリリムがいることに何ら疑問を投げかけてこない。私が彼女と親しいということを知っているのかもしれない。
……もしかしたら、この森に入った時点で私達の存在を知られていた、なんてこともありえなくはない。
「でも、それだけではないんでしょう?長老さん。」
「ええ。あなた達はもうお察しかもしれませんが…。」
そう。この森の問題点であり、私がこの森を作戦の場所に選んだ理由は…。
「……私は森に住む皆さんには長老なんて呼ばれて頼られていますが、ただ少し皆さんより長生きしているだけなんです。特別な力もありませんしね。だからあなた方の力をお借りしたいのです。」
……男性が少ないのだ。非常に。
今回の作戦の発端、それはこの森が背負った山のむこうの港町だった。その反魔物国家の街に兵士を乗せた船が到着したという報告があったのだ。
その後、その兵士が山を挟んだ私達の街を攻撃するためのものと判明した。そのままならただ兵士たちは捕獲されて終了、となっただろうがそんな時に偶然知ったのがこの森の現状だった。
街へやって来る兵士をここの森へ誘導して、出会いを増やそうと考えたのだ。
ただ…、最初に作戦を立てた時と違うのは……。
「へぇ〜。それじゃさっきのも…。」
「ええ。この森で新しく家を建てるときは、さっきのように夫の枝を提供させていただいているんです。すごいんですよ!!魔力がたっぷり詰まって頑丈ですから、絶対に壊れない家ができるんですよ!」
「へ〜え、それじゃ枝なんてすぐに無くなっちゃうんじゃない?」
「いいえ、ここ最近は新しい家が建つなんてないんですよ。さっきの枝だって木材として商人の方に売るためです。それに時々は余分な枝を減らさないと夫が息苦しいですしね。」
「……あれ余分な枝だったんだ。」
「そうやって取引で得たお金で、学校で使う本を買ったりしているんです!……でも、その学校も新しい夫婦ができないので通う子供も数人になってしまっているんです。」
「……なるほど。」
「さっき手伝ってくれたみんなも寂しい思いをしているんです…。旦那さんがいないこともそうなんですけど、それ以前にここに来る人もほとんどいないので出会いがないんです…。」
ナターリアさんが珍しく沈んだ声で話す。
「それで今回へ繋がるってことね。」
「はい!!ぜひとも森のみんなを幸せにしてあげたいんです!!」
「うふふ……まかせてよ〜。そうゆう事は大得意よ!森のみんなだけじゃなく兵士の皆さんも腰が抜けるくらい喜ばせてあげるんだから!」
「ホントですか!やったー!!」
「なんだか大変な事になりそうですね…。」
こんなに意気投合するとは……少し張り切りすぎじゃないのか…?
「ほら!早く行くよ!」
「ん?どこへ…。」
「決まってるじゃない!下見よ、下見。森のみんなにも挨拶しないとね!」
「分かったから少し落ち着け。」
興奮で目を輝かせながら、意気揚々と森の中へ進んでいってしまう。
気のせいだろうか。さっきから森のざわめきが大きくなっているように感じる。
まるでこれから起こることに色めき立っているかの様に……。
13/09/10 19:48更新 / てにはに
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