読切小説
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狂った世界で
男は物心付いた時から絵を描くことが好きだった。
子供の頃から何もかもが不器用で、役立たず。そんな男が唯一続けられたものが、絵を描くことだった。丁度その頃ジパングは空前絶後の漫画イラストブーム。世界中にジパング産のアニメや漫画が溢れ、高い評価を得ていた。男は当然将来絵を描くことを仕事にしようと芸大を受験し、学生時代も創作活動にいそしんだ。人付き合いが苦手で、何もかもがトロい自分にも、唯一誇れるものがある。そう思い込んでいた。

だが時代は残酷だった。
生成AIの誕生だ。
それは、男が20年近く積み上げてきた努力の一切を無意味にした。
男が何日もかけて悩み苦しんで捻り出す絵より遙かに高いクオリティの絵を簡単に出力する。プロンプトという文字の指示で、一瞬で、何百枚もだ。
男はのたうち回った。
“続けていれば、いつか俺にも”
そう思って慣れないバイトをしながら時間を見つけて続けていた絵を描くこと。膨大な油絵、キャバスなどの画材を殴り、踏みつけ、焼き払った。
デジタルドローイングで描かれた10年以上にも及ぶ膨大な作品データを破棄した。

ふざけるな。絵は俺のものだ。俺が唯一生きる道だった。
数多の先人達の血と汗と魂を勝手にコピーしてタッチだけ盗みやがって芸術家を何だと思ってるんだ。いっそ首でも吊るか。それか上級国民かAI開発者を可能な限り殺しに行こうか。だがそれすら面倒だ。
男は頭を抱えてうずくまった。








「あ〜……ん〜、先生。そろそろ何か食べた方がいいですぞ」
不意に男の後ろから声がした。随分と高い。
「誰だ」
「おぉぅ。これは申し遅れましたな。私はメラといいまする。以後お見知りおきを」
挨拶した娘に男は首を傾げる。ここは自分の家だ。いつ入った?泥棒ならわざわざ挨拶はしない。しかも男は貧乏人だ。
「先生、もう三日まともに食べておりませんな。私が何か作っても宜しいですかな?」
男はもう娘が何者か考えるのをやめた。唯一夢中になれるものがなくなったのだ。もうどうでもよかった。
「好きにしろ」
「むふー。まずは栄養ですな。腹を満たさねばヒトは生きていけませんぞ?」
正体不明の美少女は、何か台所で作り始めた。作りながらも男に話しかけてくる。
「ふんふんふ〜ん♪……先生、なぜせっかくの作品を全て棄ててしまったんですかな?」
「先生って何だ」
「私、先生の作品のファンなんですぞ」
男の世界に色が戻り始める。自分の絵にファンがいる。それが男に僅かに残った生きる希望を灯した。だがすぐに冷静になる。
「どーせ全てAIに置き換わる。描くってしんどいんだ。AIなら金がかからなくて、時間もいらない。気難しくて繊細な絵描きのご機嫌を取る必要もないなら、AIの方が優秀なのは分かってる」
理解はするが納得しがたい事実が男を苛む。
「確かに、最近は電車内広告やイベントポスターもAIが担っておりますな」
「……だろ?」
血がにじむ握りこぶし。あまりに残酷な事実だ。
「ですが、むぅ。私はAIイラストはあまり得意ではないんですな。上手いんですが美味くないといいますか」
娘は男に理解しがたい事を続けた。
「私は創作物のエネルギーを食べるリャナンシーという妖精でして。創作物に宿る思いが好きなんですな。ところがAIはですなぁ、あまりに膨大なカロリーといいますか、学習元になった無数の絵の魂がすごい勢いで流れ込んでくるんですな。それも、ノイズというか雑味というか、AIが出力した時の特有の雑味があるんですな。それがどうにも苦手でしてな」
「君は人間ではないのか」
「今更ですぞ。ただの美少女が独り暮らしの男性の密室にいきなり現れますかな〜?」
たしかにそうだ。男は変に納得してしまった。世界は広い。AIが絵を描けるなら、幽霊や妖精だっているだろう。
「美少女はツッコミどころですぞ……スベると恥ずかしいですな」
「いや、君は美少女の部類だと思うよ。俺、絵を描くから分かるよ。凄く綺麗だと思う」
「っんなッ!?いきなり口説かないでくれますかな……」
男は口説いたつもりなどなかった。心からの賞賛だった。
「ま、まぁ異性に興味があるのは元気が出てきた証拠ですぞ。待っていてくだされ。もうすぐ出来ますぞ」
言われて意識して初めて気付いた。ほんのりと出汁の風味のする鍋がこさえられている。
「レンジでチンするタイプのご飯をおかゆにしてみましたぞ。冷蔵庫にあった鮭フレークも使いました故、味も栄養面も多分大丈夫ではないかと」
「豪快に鮭フレーク使ったな。あれ高いんだぞ」
「使い切らず捨てるよりは良いでしょう。ささ、たくさんお食べください。あーんですぞあーん」
メラは男の口にスプーンを差し出す。男は半ば強引に食べさせられた。
「……うまい」
その後も、メラは男を甲斐甲斐しく世話をした。










「先生〜。絵を描いてくださいよ〜。私は先生の絵が見たいですぞ」
「ごめん。もう描けないんだ。辛くてさ」
食事や買い出しは全てメラがやっており、男は彼女に命を握られているに等しかった。
だが、彼女が対価に要求するのは絵。
「私は先生の絵の味が好きですぞ〜。一目惚れでしたな。荒削りな中に足掻きが感じられて、強炭酸グレープサイダーのような味でしたな」
「ならそれを自販機で買えばいい。俺はもう駄目だ。何もしたくない」
男にとって筆やペンタブを握るのも地獄に等しい。昔は苦しい中でも完成させた絵を眺めるのは達成感と喜びがあった。しかし、今はただ苦しい。何も描けないし賭けられない。ペンを握ればそれだけで胃から苦いものがこみ上げるのだ。ただ俯き、嘆いて、頭を抱える日々。
毎日が膿んでいた。フラフラとバイトに行き、虚ろな接客をして、帰ってきてはメラの作る食事で生かされている日々だ。
時代の流れだ。多くの職業が機械に代替された。イラストは昔は限られた者達の技能であった。しかしデジタルドローイングソフトが開発され、より多くの者がそこそこ描けるようになった。技術が多くの者に渡ると言うことは、最終的に陳腐化するということ。いずれこうなることはあらゆる分野で繰り返されてきた。
それなのにメラは男が描くことを強請る。
「そんなに俺が描いてほしいなら、君がモデルになってくれ」
「なぬッ!?」
「ヌードがいいな。それも扇情的なポーズのやつ」
冗談のつもりだった。だが諦めてくれるだろうという希望もあった。
「むむむ。ちょっと恥ずかしいですな。しかし、先生のためなら一肌脱ぎましょうぞ」
彼女は服を脱ごうと指をかけ出す。
「いい!やっぱいいから!無理なんだ。描けないから!」
「冗談ですぞ。……しかし」
「?」
「先生が元気だった頃の絵は爆乳女ばかりでした故、私めもそれを食べていたのでかなり立派に実ってしまいましたぞ。ふひひっ♪」
「〜〜〜!!確かにご立派ァ!だけども」
「いい感じに元気になって参りましたな?冗談を言えるのは良い兆候ですぞ」
メラは少し俯いてモジモジしていたが、男はそれに気付ける余裕がなかった。
男は少しずつ元気を取り戻していった。毎日賑やかに世話してくれる娘のおかげだ。自ら首を吊る事を考えるような頭ではなくなった。




「先生、私は先生の絵が好きですぞ?」
「もう絵を描くことに意味を感じないんだ。昔は続けていれば上手くなると思ってたけど、AIでいいからな」
「私は先生の絵でないと駄目なんですぞ」
「ありがとね。だけど機械で代替される時代遅れのことになんで人生を捧げないといけないんだよって思っちゃうからさ」
「先生の人生そのものだったはずですぞ。描くと言うことは。辛くても止められなかった。時間がかかっても続けたかった。辛くても楽しかった筈ですな。私は先生の描く姿が……」
「君に何がわかる?人生を賭けたものが突然無意味になるんだぞ?」
「興味のない人にとってはAIがあろうがなかろうが無意味だったはず。大切なのはあなたが楽しいと思う事では?さすれば見てくれる人もいる。この私のように」
「楽しくないんだよ。何もかも本当に。分かるんだ。絵を描くのは時代遅れで、続けるのは痛い行為だってな。明治維新の中ちょんまげ帯刀に拘る爺みたいなもんだよ。時代の流れには逆らえないッ!受け入れなきゃ反AIのレッテルを貼られるだけさ」
「そうですか……残念ですな」
不意に彼女の気配がなくなる。
男は慌てて振り返るが、そこには倒れた彼女がいた。
「どうした!?」
「たはは……もう限界ですなぁ……」
「なんでそんなにゲッソリしてるんだ」
「もう先生の絵を食べてませんなぁ……私も……終わりです」
「他の絵がうまい奴の所行けば良いだろ!?」
「言ったでしょう。先生の絵でないと駄目だって……」
目の前で今にも消えそうになっている恩人に、男は背筋を凍らせた。
「待ってろ今すぐ描く」
男は伏せるメラを椅子の背もたれに座らせ、彼女をモデルに描き始めた。
早く絵としてみせられる状態にしないと食べさせられない。
男は苦しんだ。筆を持ったのは久方ぶり。もはや意味のない行為だとやっていなかった。錆付いた腕。大まかにアタリをとるのすら苦戦する。
だがまず完成させないと彼女が飢え死にしてしまう。
とにかく描く。まず描く。不安や雑念はいらない。とにかく今持てる力全てをこの作品に注ぎ込むのだ。
描くのが辛い。でも、ああメラってとんでもない美人だったな。
クソ、美人描くのって難しいんだよ。俺の画力じゃ再現は難しいな。
男の中で様々な感情が爆発した。
苦しみ、辛み、普段使わない脳みそを使う感覚。だんだん楽しくもなってくるが、同時に力不足を痛感する。もっと上手くなりたい。もっと速く描きたい。
芸術は爆発だとはよくぞ言ったもの。












「完成した……」
「おぉう。意外に早く完成しましたな……」
メアは見せた絵を前に舌をぺろりと出した。
一瞬光が見えた気がしたが、彼女は弱っている。もっと描かねばならない。

















それから男は毎日少しでも筆を執った。
とにかく描く。彼女の命をつなぐため。
「むほほ。お陰様で大分元気になりましたな」
「よかった……」
「しかし、また大きくなってしまいましたぞ。先生のパッションがとてつもなく……」
メラは自分の体付きを気にした。しかし、その仕草はあまりにも扇情的だった。
思わず喉を鳴らす男。
「ふひひっ♪私にドキドキしてくれてますかな?先生も男ですなぁ」
「病み上がりに手荒な真似が出来るかよ」
「やさし〜ですなぁ♪」
「茶化すな。描くの大変なんだぞ」
「知っております。絵を描くのは辛い。でも、それでも私はあなたの絵が好きです。止めないでほしいですな。私のために」
「ああ。描くよ。君のために」
今後もAIは芸術分野を壊し続けるだろう。技術が後戻りすることはない。誰でもAIで出力する様になるだろう。人が絵を描くのが無意味になるのはほぼ確実だ。芸術だけではない。薬剤師、事務作業、翻訳、教育、会計士、弁護士、経済評論家……ひょっとすればあらゆる職業がAIに代替され、人類は退化し、機械に支配される家畜になるかもしれない。
だが少なくとも男にとっては、意味が出来た。好きだと言ってくれる人のために描くのだ。
たとえ金にならなくても、誰からも見てもらえなくても、自分の絵を好きと言ってくれた不思議な妖精のために、命を使い切ろう。
男はなけなしの金で花束を買い、自分を支えてくれた不思議な少女に渡した。
「絵のモデル、一生お願いできますか」
「な、なんと!?まるでプロポーズではござりませぬか」
「そうだよ。俺は君を描く以外生きる道が思いつかない」
「参りましたな……ちょっと重いですぞ……」
「駄目なのか?」
「まさか。真面目で不器用な先生らしいやり方です。これからもよろしくお願いいたしますぞ。ふひひっ♪」

26/01/03 09:56更新 / 女体整備士

■作者メッセージ
明けましておめでとうございます。女体整備士です。
本年もよろしくお願いいたします。

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