第一章 ゴブリンとの出会い
「どうなさいました?」
「あぁ…!?なんだ、お姫様か…」
話しかけた果物露店の店主はいかにも不機嫌そう。厳つい腕で小柄な赤毛の少女を摘み上げたまま鋭い眼光を向ける。人だかりはたった一人の店主に気圧される。それまで楽しげだったのに押し黙ってしまう。使用人達は静かに、かつ出過ぎずいつでも護衛できる体勢となった。
やばい……余計な事に首を突っ込んでしまったみたい…
「…この小娘がリンゴを盗みやがったんだよ」
「ちげーよ!金は後で払うからさっ」
摘み上げられた少女はパタパタと手を振りまわす。短い手足は男に届かない。
………この子は……
「申し訳ございませんでした。代金は私が払います。その子は私の知り合いなの。以後しない様にきつく言い聞かせますわ」
「あぁ、そうかぃ」
深々と頭を下げ代金を払うと、店主は自分もやり過ぎたと詫びてきた。
そのままでは迷惑を掛けただけなので、自分もリンゴを数個買っていった。
周りの視線が痛かったが、赤毛の子を馬車に連れ込んだ。この子は人間ではない。身体から魔力が漏れている。厄介な事になりそうだ。
「さっきはありがと…ったく、あのおっさん、あれだけ果物あるなら少しくらい分けてくれても良いじゃんよぉ…」
リンゴを丸かじりしつつぼやく女の子。
「あなた、御家族は?」
「っいねーよ」
警戒する赤毛の少女。頬には汚れが目立つが、綺麗にすれば可愛い子。擦り切れだらけの身形から察するに彼女は嘘はついていない。
ここは反魔物レスカティエの威光が届く小国。もし身寄りのない魔物の子だとばれれば生きるのは困難だろう。何よりなぜ魔物が堂々と人間にまぎれているのか気になる。
「貴女に聞きたい事があるの。少しよろしいかしら?」
「…いいけど」
ボーイッシュな女の子にやんわり語りかける。少しでも警戒を解く為出来るだけ笑顔で。
拒絶されたらどうしようかと思ったけど、警戒しつつも許してくれた。
「サラ様……いくら王族でも市民を拉致するのは如何なものかと」
明らかに怪訝な顔で馬車を覗くのは執事長のアレックス。そうだ、使用人達にどう言い訳するか考えてなかった。これじゃ誘拐犯じゃないか。落ち着け、姉上ならこういう時どういって執事を言いくるめる?
「少しお話を聞くだけですよ。この子みたいな子がどんな暮らしをしているのか。民の暮らしに耳を傾けるのも姫の役目」
「ッッ!!流石はサラ様…!感服いたしました!馬車を!」
苦しい出まかせを大真面目に信じ、アレックスは感涙に打ち震えつつ家路についた。
この様子だと姉上が悪い人だったら国が滅んでたんじゃないかな…
使用人達に適当に言い訳して部屋から立ち退かせ、入って来ない様に言いつける。
「驚かせちゃってごめんなさいね」
「あ…うん別にいい」
辺りを見回す赤毛の少女。目をきらめかせ落ち着かない様子。見知らぬ者に王宮に連れ去られ、警戒半分嬉しさ半分らしい。
「まず、盗みはいけませんよ?あれはあの方達の大切な売り物なの。いいですね?」
「………はぁい」
「どうしてもお腹がすいたら、孤児院に行くといいわ。あそこなら食事と住む場所をくださいますから」
「…うん」
なるべく穏やかな口調で叱る。見ず知らずの人にいきなり連れて来られて叱られるのは気分が悪いだろうから。目線を同じ高さにして見つめて諭すと、存外素直に反省してくれた。
「後に行ってもいいかしら?」
「うん…ふあ…?」
警戒を解かせ、接近して魔力を調べる為にベッドの上に座らせ、後ろから軽く髪を梳かす。
露出の激しい民族衣装と血色のいい肌。乱れた髪と煤汚れ以外は健康体で、とても貧民街の子には見えない。そして身体に漂う魔力。
「女の子なんだから髪は可愛くね。勿体ないですよ」
乱れた赤毛を優しく梳かして整える。やはり魔力が漂って来る。ここまで近付けばこの魔力が「ゴブリン族」のものだと分る。
「あ、お姉さんっ、ちょっと恥ずかしい…ぜ…」
ボーイッシュな女の子だったが、髪を整えればいかにも女の子らしい。
「よし、出来た。ふふ、可愛い」
「え…本当?」
振りかえって目を輝かす小柄な女の子。心根は純朴そのもの。頬を撫でると更に嬉しそう。
「…貴女ゴブリンね。上手く人間の女の子に化けてるようだけど、もう少し注意深く動いた方がいいわ」
「……!お姉さんまさか…!?」
身構えるゴブリンの少女。魔物娘が正体を看破された時は、酷い目にあうか、男性に口説かれる時だけ。身の危険を感じるのも無理はない。
「落ち着きなさい?酷い事はしないから。お節介だけど、独りで居るあなたを見て心配になったの」
震える女の子を包み込み、さすってなだめる。子供の頃自分がされたかった事をイメージしながら、穏やかに笑って。ゴブリンは落ち着いてくれた。
「私の名前はサラ。貴女は?」
「サラ…っ!?それじゃあお姉さんが王家の至宝!?」
「ぁ…その呼び方は止めて頂戴。あまり好きではないの」
面と向かって王家の至宝と言われると恥かしくてどうにかなりそう。それにぼくは偽物。そういう意味でもあまり呼んでほしくない。
「えぇ〜いいじゃんかっこいいし!有名なんだぜ。魔法で一国を守る強くてきれいな王女様ってさ」
止めてぇ…!ぼくは男なのにっ!
魔物界隈にまで広まっているのか。恥かしすぎる……
屈しそうになる自分を押し殺し話題を変える。
「はい、このお話はお仕舞い。貴女の事が聞きたいわ」
「あたしはラウラってんだ。はぇ〜…サラってホント美人さんだなぁ…色白さんだし脚も長いし」
まるで精神攻撃されている気分。強引にでも何か聞きださないと、ここに魔物が入ってくるルートがあるなら早々に対処しないと国がまずい。不安の芽は摘みとっておきたい。
「ぁ、ありがとう……ラウラ、貴女はどうやってここへ?ここはレスカティエの勢力が強いの。魔族が近付いちゃ危ないのですよ?」
「今時どの国にも魔族は流れ込んでるぜ。あたしは旦那探しに南から来たんだ」
旦那!?こんな小さい子が!?早すぎるよ。
「ぁ、サラ今あたしの事子供だと思ったろ!これでも立派な大人だし!赤ちゃんだって産めるし!」
パタパタと手を振る仕草はどう見ても子どもそのもの。中身も相当可愛らしい子の様。
「女の子がそんなはしたない事言うんじゃありません。ゴブリンは大抵集団で行動する筈ですけど……ひとりで来たのね?」
「っ…………」
押し黙ってしまった。今までは元気だったのに急に俯く。
まずい、何か訳ありだ。またぼくは余計な事を…
「ごめんなさいっ。嫌だったら言わなくていいですから」
抱き寄せて撫で撫でする。撫でられるとむず痒そうな顔になるラウラ。根っからの甘えん坊さんなのかも。ちょっと心配になってくるな。こんな様子じゃ誰かに騙されてもすぐついていってしまいそう。現にぼくに連れ去られてるし。
「今日はわざわざごめんなさい。申し訳ないけれど、明日は安全な国外に退去してもらいます」
「ええ〜?」
「ごめんね?人間側の都合なのだけれど。でも今日はもう遅いから、泊っていきなさい?」
気付けば日は落ちかかっている。いくら魔族でも相手は女の子。敵国内に独りで放り出したら危ないに決まってる。幸か不幸か彼女はこんな近くでもぼくが男だと気付いていない。ぼくが椅子で寝れば何とかごまかせる。こちらの都合で強引に連れ込んだ訳だし、ベッドでゆっくり休んでもらう事にしよう。
「あ、あのさぁ〜、お風呂入りたいなぁ…なんて。駄目?」
「ふぇっ?え……あ、どうしてかしら」
「ちょっと今日汗かいちゃってさ〜。久しぶりのお風呂も…いいかなぁ…って」
「分りました。それでは案内しますからゆっくりしてきてね」
「何言ってんの?一緒にはいろ」
……この子何言ってるの?お風呂は一人で入るものでしょ!?
ましてぼくは男。女の子と一緒にお風呂なんて入れない。
「出会ったばかりの方に肌を晒すのは恥かしいわ」
「いいじゃん!女の子同士なんだし!」
ぼくは男なんですっ…!
「なぁーに?ひょっとしておっぱい無いの気にしてる?大丈夫だよ。あたしぺったんこだし」
「いえ…ぁの……ええぇ…?」
ラウラに強請られてあれよあれよという間に脱衣所へ。
使用人には決して入らないように命じた。ラウラには肌を見せるのが恥ずかしいと誤魔化して隠れて着替え、股の間にブツを挟んでバスタオルを巻いた。
浴場に二人きり。気が緩んだラウラは人間に化けるのをやめ角を生やしていた。
「サラ、ほんとに綺麗…隠すのなんてもったいないよ」
「だ、駄目。女の子がそんなはしたない事言うんじゃありません」
「えへへぇ♪ごめん。じゃあ洗いっこしよーぜ、サラ」
とんでもない事になってしまった。やけにこの子は無防備で無邪気。まるで姉だとでも思っている様にべたべた甘えてくる。
「自分で洗いなさい…………あぁ、もう、そんな顔しないで」
非常に分かりやすく肩を落とし悲しげな顔をしたので、妥協する。
「いらっしゃい。洗いっこは駄目だけど、私が洗ってあげる」
流石に無防備を晒す訳にはいかない。だがこちらが気を張れる状態なら、なんとか。
彼女の後ろに座って、背中を流す。
「ふぁ…!サラッくすぐったい」
「変な声出さないの」
こんな状況になってもばれないのが不思議でならない。むしろばれないのは男としてどうなのかな……ぐすん。いや、ばれたらばれたで一大事だし、ここは前向きに考えよう。
ラウラの身体は女の子だった。ボーイッシュだからと油断していたが、とても柔らかくて甘い感触。華奢な肩甲骨や背筋、まあるいお腹が可愛らしい。安心しきって無防備な背中を晒し現れている様を見ると、ぼくの中の男が覚醒してしまう。無防備で小さな女の子に欲情するなんて最低だよ!
欲望を理性と股で抑え込んで泡を流して。
「っっ……さ、終わり」
「え〜?髪も洗って欲しいな。さっき髪梳くの上手かったしぃ…」
上目遣いで甘えるような視線。とても可愛い。邪心がない分断れなくなってくる。下手な淫魔の誘惑魔法より強烈なんじゃないの…
「っっっ、ラウラは甘えん坊さんなのね」
丁寧に赤毛を洗いはじめた。指の腹を使って頭皮や髪の根元まで。相手は女の子だから。
「かゆい所はないかしら?」
「ふぁ…ぁっ、あ、凄く気持ちぃぃ…」
泡を立てすぎて目に入らない様に。丁寧に丁寧に。一頻り洗い終わると、ぬるめのお湯で流して湯船につからせ、その間に自分の身体を洗った。
「えへへ、サァーラ♪」
「あ、あんまりべたべたしちゃ駄目。恥かしいですから」
湯船で肩を寄せ甘えてくるラウラをそれらしく誤魔化す。こっちは男とばれないかの瀬戸際で、気が休まる暇がない。
「サラッて本当に美人さんだよな〜。胸は無いけど尻はでかいし、脚もほんと綺麗」
止めてぇっ。本気で悲しくなってくるからっ。どうせナヨナヨした身体だよぉっ!
「あんまり変な事言うと、先に上がりますからね」
「ちぇー、本当の事言っただけなのにぃ…」
風呂から上がれば、ラウラの髪を乾かし梳かして夕食を済ませてベッドで談笑。二人きりで部屋にいるので、ラウラはゴブリンの本来の姿のまま。
「いいなぁ…あたし、ちんまいしぺったんこだし。やっぱり男の人は大人っぽい人の方が好きだろーし」
「貴女には貴女の良さがあるわ。小さくて可愛らしいし、顔も女の子らしくて素敵。タンポポみたい。もっと自信を持って?」
「ほ、ほんとぉ!?やったぜ!」
話題をそらす為に褒めて撫で撫で。可愛いと思ったのは本当の事。きちんとした身なりで居れば、可憐で無邪気な少女。愛らしい女性好きな者や年下趣味の男から言い寄られるだろう。
離れて椅子で寝ようとすると隣のベッドから一言。
「一緒に寝ないの?」
「え、何を言ってるの?」
「だってさっ、サラの良い匂いがしてさっ。今晩だけ。な?ダメか?」
寂しいのかな。見た目も思考回路も可愛らしいし。断られるのを恐れているのか、何処か寂しげで切なげ。男とばれる危険性もあるけど、こんな顔されたら、断るのは酷だよ…
「仕方ない甘えん坊さん。これでいいかしら」
「ぁ……あったかい……サラの甘くて良い匂い」
包み込んで抱き締めて向かい合った上で背中をゆったりさする。ラウラぐらいの年頃だと、寂しい時は甘えたいのかも。ちょっとだけお姉さんで居てあげようかな。
「さぁ…おやすみなさい」
「おやすみ……おねえちゃ……」
結局一つのベッドで眠ってしまった。
「…!」
「おねえちゃ……むにゃむにゃ…」
朝。ゴブリンが凄まじい力で抱き締めてくる。お陰で先に起きた。
朝大きくなる生理現象も、無防備にはだけた寝巻も、先に起きればこちらの物。寝息を立てる少女をそっと退かして布団をかけ、身形を整える。
使用人に朝食を二人分頼み、昨日買ったリンゴをうさぎさん切りにしつつ待つ。
「おはよう…サラ」
「おはよう。さ、顔を洗ってきなさい?朝ご飯食べたら送っていきますから」
途端に悲しげな顔になるラウラ。
「え…サラと一緒にいたい。どうせ帰るとこないんだもん…」
「え、駄目、ちょっと…我儘言わないの」
抱き付いて駄々をこねはじめるゴブリンの少女。
「もう少しだけで良いから!一緒にいてえ」
「少し静かになさい。声が大きいわ……ね?」
「は、はぁい…ぐすっ…ひっく…」
ひどく懐かれてしまった。
「良い子だから。貴女の安全の為でもあるの。わかって?お願い」
「だめぇ…サラと一緒にいるぅ…」
胸にすがりつくラウラ。参ったな…
コンコンとノックが響く。
「サラ様、朝食でございます」
「ラウラ、角を隠して?……入ってください」
入るや否や執事長アレックスが目を丸くする。
一国の姫に泣き付いて駄々をこねる美少女がいた。
「助けてください……懐かれてしまいました。少しお話を聞いたらお帰しするつもりだったのですが」
「サラぁッぐすっ…」
泣きだす少女を執事長アレックスが宥める。まるで孫娘と祖父の様。泣きやむまで慰めた上で一喝。
「サラ様!一国の姫が小さな子一人幸せに出来ないで何とするのです。その子は身寄りがないのでしょう?ここで会ったのも何かの定め!ある程度教育して自立させましょう」
執事長の紳士精神に火がついてしまった。たしかにこの状況では自分の行っている事が間違いなのはわかる。いきなり少女を拉致して役目がすんだら即座に捨てるのは人間味が無い。よしんば使用人を言いくるめてラウラを追い出しても、王宮前で泣き叫ぶ少女に悪い噂が立つ。何より女の子を泣かせるのは男として最低だ。
「…っっわかりました。アレックスの言う通りです。もう少しだけ一緒にいましょうか?」
「ぐすっ!やったぁ!」
満面の笑みで抱き付いてくる少女に一抹の不安。
よく考えたらぼく自身の手で王宮に魔物娘を入れてしまった。これは一大事なんじゃないだろうか。
to be continued
「あぁ…!?なんだ、お姫様か…」
話しかけた果物露店の店主はいかにも不機嫌そう。厳つい腕で小柄な赤毛の少女を摘み上げたまま鋭い眼光を向ける。人だかりはたった一人の店主に気圧される。それまで楽しげだったのに押し黙ってしまう。使用人達は静かに、かつ出過ぎずいつでも護衛できる体勢となった。
やばい……余計な事に首を突っ込んでしまったみたい…
「…この小娘がリンゴを盗みやがったんだよ」
「ちげーよ!金は後で払うからさっ」
摘み上げられた少女はパタパタと手を振りまわす。短い手足は男に届かない。
………この子は……
「申し訳ございませんでした。代金は私が払います。その子は私の知り合いなの。以後しない様にきつく言い聞かせますわ」
「あぁ、そうかぃ」
深々と頭を下げ代金を払うと、店主は自分もやり過ぎたと詫びてきた。
そのままでは迷惑を掛けただけなので、自分もリンゴを数個買っていった。
周りの視線が痛かったが、赤毛の子を馬車に連れ込んだ。この子は人間ではない。身体から魔力が漏れている。厄介な事になりそうだ。
「さっきはありがと…ったく、あのおっさん、あれだけ果物あるなら少しくらい分けてくれても良いじゃんよぉ…」
リンゴを丸かじりしつつぼやく女の子。
「あなた、御家族は?」
「っいねーよ」
警戒する赤毛の少女。頬には汚れが目立つが、綺麗にすれば可愛い子。擦り切れだらけの身形から察するに彼女は嘘はついていない。
ここは反魔物レスカティエの威光が届く小国。もし身寄りのない魔物の子だとばれれば生きるのは困難だろう。何よりなぜ魔物が堂々と人間にまぎれているのか気になる。
「貴女に聞きたい事があるの。少しよろしいかしら?」
「…いいけど」
ボーイッシュな女の子にやんわり語りかける。少しでも警戒を解く為出来るだけ笑顔で。
拒絶されたらどうしようかと思ったけど、警戒しつつも許してくれた。
「サラ様……いくら王族でも市民を拉致するのは如何なものかと」
明らかに怪訝な顔で馬車を覗くのは執事長のアレックス。そうだ、使用人達にどう言い訳するか考えてなかった。これじゃ誘拐犯じゃないか。落ち着け、姉上ならこういう時どういって執事を言いくるめる?
「少しお話を聞くだけですよ。この子みたいな子がどんな暮らしをしているのか。民の暮らしに耳を傾けるのも姫の役目」
「ッッ!!流石はサラ様…!感服いたしました!馬車を!」
苦しい出まかせを大真面目に信じ、アレックスは感涙に打ち震えつつ家路についた。
この様子だと姉上が悪い人だったら国が滅んでたんじゃないかな…
使用人達に適当に言い訳して部屋から立ち退かせ、入って来ない様に言いつける。
「驚かせちゃってごめんなさいね」
「あ…うん別にいい」
辺りを見回す赤毛の少女。目をきらめかせ落ち着かない様子。見知らぬ者に王宮に連れ去られ、警戒半分嬉しさ半分らしい。
「まず、盗みはいけませんよ?あれはあの方達の大切な売り物なの。いいですね?」
「………はぁい」
「どうしてもお腹がすいたら、孤児院に行くといいわ。あそこなら食事と住む場所をくださいますから」
「…うん」
なるべく穏やかな口調で叱る。見ず知らずの人にいきなり連れて来られて叱られるのは気分が悪いだろうから。目線を同じ高さにして見つめて諭すと、存外素直に反省してくれた。
「後に行ってもいいかしら?」
「うん…ふあ…?」
警戒を解かせ、接近して魔力を調べる為にベッドの上に座らせ、後ろから軽く髪を梳かす。
露出の激しい民族衣装と血色のいい肌。乱れた髪と煤汚れ以外は健康体で、とても貧民街の子には見えない。そして身体に漂う魔力。
「女の子なんだから髪は可愛くね。勿体ないですよ」
乱れた赤毛を優しく梳かして整える。やはり魔力が漂って来る。ここまで近付けばこの魔力が「ゴブリン族」のものだと分る。
「あ、お姉さんっ、ちょっと恥ずかしい…ぜ…」
ボーイッシュな女の子だったが、髪を整えればいかにも女の子らしい。
「よし、出来た。ふふ、可愛い」
「え…本当?」
振りかえって目を輝かす小柄な女の子。心根は純朴そのもの。頬を撫でると更に嬉しそう。
「…貴女ゴブリンね。上手く人間の女の子に化けてるようだけど、もう少し注意深く動いた方がいいわ」
「……!お姉さんまさか…!?」
身構えるゴブリンの少女。魔物娘が正体を看破された時は、酷い目にあうか、男性に口説かれる時だけ。身の危険を感じるのも無理はない。
「落ち着きなさい?酷い事はしないから。お節介だけど、独りで居るあなたを見て心配になったの」
震える女の子を包み込み、さすってなだめる。子供の頃自分がされたかった事をイメージしながら、穏やかに笑って。ゴブリンは落ち着いてくれた。
「私の名前はサラ。貴女は?」
「サラ…っ!?それじゃあお姉さんが王家の至宝!?」
「ぁ…その呼び方は止めて頂戴。あまり好きではないの」
面と向かって王家の至宝と言われると恥かしくてどうにかなりそう。それにぼくは偽物。そういう意味でもあまり呼んでほしくない。
「えぇ〜いいじゃんかっこいいし!有名なんだぜ。魔法で一国を守る強くてきれいな王女様ってさ」
止めてぇ…!ぼくは男なのにっ!
魔物界隈にまで広まっているのか。恥かしすぎる……
屈しそうになる自分を押し殺し話題を変える。
「はい、このお話はお仕舞い。貴女の事が聞きたいわ」
「あたしはラウラってんだ。はぇ〜…サラってホント美人さんだなぁ…色白さんだし脚も長いし」
まるで精神攻撃されている気分。強引にでも何か聞きださないと、ここに魔物が入ってくるルートがあるなら早々に対処しないと国がまずい。不安の芽は摘みとっておきたい。
「ぁ、ありがとう……ラウラ、貴女はどうやってここへ?ここはレスカティエの勢力が強いの。魔族が近付いちゃ危ないのですよ?」
「今時どの国にも魔族は流れ込んでるぜ。あたしは旦那探しに南から来たんだ」
旦那!?こんな小さい子が!?早すぎるよ。
「ぁ、サラ今あたしの事子供だと思ったろ!これでも立派な大人だし!赤ちゃんだって産めるし!」
パタパタと手を振る仕草はどう見ても子どもそのもの。中身も相当可愛らしい子の様。
「女の子がそんなはしたない事言うんじゃありません。ゴブリンは大抵集団で行動する筈ですけど……ひとりで来たのね?」
「っ…………」
押し黙ってしまった。今までは元気だったのに急に俯く。
まずい、何か訳ありだ。またぼくは余計な事を…
「ごめんなさいっ。嫌だったら言わなくていいですから」
抱き寄せて撫で撫でする。撫でられるとむず痒そうな顔になるラウラ。根っからの甘えん坊さんなのかも。ちょっと心配になってくるな。こんな様子じゃ誰かに騙されてもすぐついていってしまいそう。現にぼくに連れ去られてるし。
「今日はわざわざごめんなさい。申し訳ないけれど、明日は安全な国外に退去してもらいます」
「ええ〜?」
「ごめんね?人間側の都合なのだけれど。でも今日はもう遅いから、泊っていきなさい?」
気付けば日は落ちかかっている。いくら魔族でも相手は女の子。敵国内に独りで放り出したら危ないに決まってる。幸か不幸か彼女はこんな近くでもぼくが男だと気付いていない。ぼくが椅子で寝れば何とかごまかせる。こちらの都合で強引に連れ込んだ訳だし、ベッドでゆっくり休んでもらう事にしよう。
「あ、あのさぁ〜、お風呂入りたいなぁ…なんて。駄目?」
「ふぇっ?え……あ、どうしてかしら」
「ちょっと今日汗かいちゃってさ〜。久しぶりのお風呂も…いいかなぁ…って」
「分りました。それでは案内しますからゆっくりしてきてね」
「何言ってんの?一緒にはいろ」
……この子何言ってるの?お風呂は一人で入るものでしょ!?
ましてぼくは男。女の子と一緒にお風呂なんて入れない。
「出会ったばかりの方に肌を晒すのは恥かしいわ」
「いいじゃん!女の子同士なんだし!」
ぼくは男なんですっ…!
「なぁーに?ひょっとしておっぱい無いの気にしてる?大丈夫だよ。あたしぺったんこだし」
「いえ…ぁの……ええぇ…?」
ラウラに強請られてあれよあれよという間に脱衣所へ。
使用人には決して入らないように命じた。ラウラには肌を見せるのが恥ずかしいと誤魔化して隠れて着替え、股の間にブツを挟んでバスタオルを巻いた。
浴場に二人きり。気が緩んだラウラは人間に化けるのをやめ角を生やしていた。
「サラ、ほんとに綺麗…隠すのなんてもったいないよ」
「だ、駄目。女の子がそんなはしたない事言うんじゃありません」
「えへへぇ♪ごめん。じゃあ洗いっこしよーぜ、サラ」
とんでもない事になってしまった。やけにこの子は無防備で無邪気。まるで姉だとでも思っている様にべたべた甘えてくる。
「自分で洗いなさい…………あぁ、もう、そんな顔しないで」
非常に分かりやすく肩を落とし悲しげな顔をしたので、妥協する。
「いらっしゃい。洗いっこは駄目だけど、私が洗ってあげる」
流石に無防備を晒す訳にはいかない。だがこちらが気を張れる状態なら、なんとか。
彼女の後ろに座って、背中を流す。
「ふぁ…!サラッくすぐったい」
「変な声出さないの」
こんな状況になってもばれないのが不思議でならない。むしろばれないのは男としてどうなのかな……ぐすん。いや、ばれたらばれたで一大事だし、ここは前向きに考えよう。
ラウラの身体は女の子だった。ボーイッシュだからと油断していたが、とても柔らかくて甘い感触。華奢な肩甲骨や背筋、まあるいお腹が可愛らしい。安心しきって無防備な背中を晒し現れている様を見ると、ぼくの中の男が覚醒してしまう。無防備で小さな女の子に欲情するなんて最低だよ!
欲望を理性と股で抑え込んで泡を流して。
「っっ……さ、終わり」
「え〜?髪も洗って欲しいな。さっき髪梳くの上手かったしぃ…」
上目遣いで甘えるような視線。とても可愛い。邪心がない分断れなくなってくる。下手な淫魔の誘惑魔法より強烈なんじゃないの…
「っっっ、ラウラは甘えん坊さんなのね」
丁寧に赤毛を洗いはじめた。指の腹を使って頭皮や髪の根元まで。相手は女の子だから。
「かゆい所はないかしら?」
「ふぁ…ぁっ、あ、凄く気持ちぃぃ…」
泡を立てすぎて目に入らない様に。丁寧に丁寧に。一頻り洗い終わると、ぬるめのお湯で流して湯船につからせ、その間に自分の身体を洗った。
「えへへ、サァーラ♪」
「あ、あんまりべたべたしちゃ駄目。恥かしいですから」
湯船で肩を寄せ甘えてくるラウラをそれらしく誤魔化す。こっちは男とばれないかの瀬戸際で、気が休まる暇がない。
「サラッて本当に美人さんだよな〜。胸は無いけど尻はでかいし、脚もほんと綺麗」
止めてぇっ。本気で悲しくなってくるからっ。どうせナヨナヨした身体だよぉっ!
「あんまり変な事言うと、先に上がりますからね」
「ちぇー、本当の事言っただけなのにぃ…」
風呂から上がれば、ラウラの髪を乾かし梳かして夕食を済ませてベッドで談笑。二人きりで部屋にいるので、ラウラはゴブリンの本来の姿のまま。
「いいなぁ…あたし、ちんまいしぺったんこだし。やっぱり男の人は大人っぽい人の方が好きだろーし」
「貴女には貴女の良さがあるわ。小さくて可愛らしいし、顔も女の子らしくて素敵。タンポポみたい。もっと自信を持って?」
「ほ、ほんとぉ!?やったぜ!」
話題をそらす為に褒めて撫で撫で。可愛いと思ったのは本当の事。きちんとした身なりで居れば、可憐で無邪気な少女。愛らしい女性好きな者や年下趣味の男から言い寄られるだろう。
離れて椅子で寝ようとすると隣のベッドから一言。
「一緒に寝ないの?」
「え、何を言ってるの?」
「だってさっ、サラの良い匂いがしてさっ。今晩だけ。な?ダメか?」
寂しいのかな。見た目も思考回路も可愛らしいし。断られるのを恐れているのか、何処か寂しげで切なげ。男とばれる危険性もあるけど、こんな顔されたら、断るのは酷だよ…
「仕方ない甘えん坊さん。これでいいかしら」
「ぁ……あったかい……サラの甘くて良い匂い」
包み込んで抱き締めて向かい合った上で背中をゆったりさする。ラウラぐらいの年頃だと、寂しい時は甘えたいのかも。ちょっとだけお姉さんで居てあげようかな。
「さぁ…おやすみなさい」
「おやすみ……おねえちゃ……」
結局一つのベッドで眠ってしまった。
「…!」
「おねえちゃ……むにゃむにゃ…」
朝。ゴブリンが凄まじい力で抱き締めてくる。お陰で先に起きた。
朝大きくなる生理現象も、無防備にはだけた寝巻も、先に起きればこちらの物。寝息を立てる少女をそっと退かして布団をかけ、身形を整える。
使用人に朝食を二人分頼み、昨日買ったリンゴをうさぎさん切りにしつつ待つ。
「おはよう…サラ」
「おはよう。さ、顔を洗ってきなさい?朝ご飯食べたら送っていきますから」
途端に悲しげな顔になるラウラ。
「え…サラと一緒にいたい。どうせ帰るとこないんだもん…」
「え、駄目、ちょっと…我儘言わないの」
抱き付いて駄々をこねはじめるゴブリンの少女。
「もう少しだけで良いから!一緒にいてえ」
「少し静かになさい。声が大きいわ……ね?」
「は、はぁい…ぐすっ…ひっく…」
ひどく懐かれてしまった。
「良い子だから。貴女の安全の為でもあるの。わかって?お願い」
「だめぇ…サラと一緒にいるぅ…」
胸にすがりつくラウラ。参ったな…
コンコンとノックが響く。
「サラ様、朝食でございます」
「ラウラ、角を隠して?……入ってください」
入るや否や執事長アレックスが目を丸くする。
一国の姫に泣き付いて駄々をこねる美少女がいた。
「助けてください……懐かれてしまいました。少しお話を聞いたらお帰しするつもりだったのですが」
「サラぁッぐすっ…」
泣きだす少女を執事長アレックスが宥める。まるで孫娘と祖父の様。泣きやむまで慰めた上で一喝。
「サラ様!一国の姫が小さな子一人幸せに出来ないで何とするのです。その子は身寄りがないのでしょう?ここで会ったのも何かの定め!ある程度教育して自立させましょう」
執事長の紳士精神に火がついてしまった。たしかにこの状況では自分の行っている事が間違いなのはわかる。いきなり少女を拉致して役目がすんだら即座に捨てるのは人間味が無い。よしんば使用人を言いくるめてラウラを追い出しても、王宮前で泣き叫ぶ少女に悪い噂が立つ。何より女の子を泣かせるのは男として最低だ。
「…っっわかりました。アレックスの言う通りです。もう少しだけ一緒にいましょうか?」
「ぐすっ!やったぁ!」
満面の笑みで抱き付いてくる少女に一抹の不安。
よく考えたらぼく自身の手で王宮に魔物娘を入れてしまった。これは一大事なんじゃないだろうか。
to be continued
16/12/06 13:27更新 / 女体整備士
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