中編
朝靄がまだ深く町を包み込んでいる頃。
小高い丘の上に立つ石造りの古城、この地域一帯を治める領主の居城だ。
大した生産品もない田舎に相応しく、ここの領主はなんのキャリアも無い弱小貴族ユーリ家の現当主ハスラン・ユーリという男だった。
しかし、家柄は弱小ながらこの男の治世は評価こそ低かれど、善政と呼べるものであった。納税はこの国の中では最低額に位置するものでそれどころか街や村の為に殆どの税金を使ってしまうため収支はギリギリ黒字を保つ状況となっていた。
上記の理由により国からの信頼は皆無に等しくも、領民からの支持は絶大なものであった。
しかしー
「…ハスラン様、例の害鳥の件、進展のほどはありましたか?」
椅子に腰掛け本に読み耽っていた黒髪の聖職者はベランダに佇む長髪の男に声をかける。
男は聖職者より少し高めの身長で、振り返らずに「いや…」と極めて短く答える。
男の返答が気に入らなかったのか、聖職者は僅かに顔を顰め本を閉じつつ立ち上がる。
「いけませんねぇ…きっちり仕事はこなしてもらわねば、私もそれ相応の対応をせざるを得ませんぞ?」
聖職者は嘲笑うような口調で男を諭す。
「わかっている…私とて、全力で事に当たっているのだ。もう少し待ってくれ。」
「…私の洗脳も追加したのです。これ以上は望めませんよ?」
「だからわかっていると言っているだろう。…私とて、これ以上部下を狂わせたくない。」
聖職者はニヤリと微笑んだ後、男の肩をポンと叩いて耳元に顔を近づける。
「期待、していますよ?」
そう囁くと、紫の霧になって消えていった。
「…聖職者の皮を被った悪魔め。」
ギシリと男の歯が音を立てて軋む。
「…ハスラン様。」
そこに1人のメイドが心配そうに声をかけた。
「…案ずるな。いつだって私はこの町を一番に考えて行動している。それはこれからも変わらん。」
「いえ、町の事ではなく…ハスラン様ご自身のことを…」
不意に振り返ったハスランと呼ばれた男は優しく微笑みかけ、メイドの頭にポンと手を乗せると彼女の桃色の髪がフワッと揺れた。
「心配するな、俺は大丈夫。既にこの身はレクターの地に捧げたのだ。未練はあれど後悔は無い。」
ゆっくりとメイドの頭を摩る。それを気持ち良さそうに受けつつも、やはり心配そうな顔で上目遣いに主人の顔を見上げる。ピンクのショートカットから覗かせるのはまだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。
その可愛さに眼のやり場に困ったような仕草で視線を逸らしながら頭を撫で続ける。
「そんな顔をするな、上手くやるさ。…俺の民は誰も死なせはしない。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ま、魔物ですって!?」
「あ、いや!危険はありませんから安心してください。」
翌朝、これからの事を考えるため、とりあえずお隣さんのテスナさんに協力してもらおうと朝一番にアリアを伴って家を訪れていた。
普段から肝の座ったテスナさんだったから、てっきり驚かないだろうと思っていたのだが。
「危険って…まあ、それはそうとして。
…それにしたって貴方、彼女を匿っているのを教団に見つかったらただじゃ済まないわよ?」
予想に反して、彼女はアリアの保護に否定的だった。しかし、その意見にも一理ある。
もし、3人でいるところを見つかってしまっては彼女にも迷惑をかけてしまいかねない。
「す、すいません。テスナさんの迷惑も考えずに…そうですよね、こんなとこ誰かに見つかっちゃったらテスナさんにまで迷惑を…」
「そういうことをいってるんじゃないの!私は…貴方が心配なの!」
急に凄い剣幕で声を荒げる彼女に、俺とアリアはポカンと口を開けて驚いていた。
ハッと我に返ったテスナさんは、
「ご、ごめんなさい、急に怒鳴ったりして。…でも、私は本当に貴方が心配なの。」
「テスナさん…」
ただのお隣さんの俺をここまで心配してくれてるなんて。
だが、俺だってここで引き下がる気はない。アリアが魔王軍に合流できるまで保護すると決めたのだ。
「…わかりました。急に無理なお願いしちゃってすいませんでした。」
「バルスくん…」
「俺は、アリアが魔王軍に合流できるまでうちで預かります。」
「!バルスくん!?」
「テスナさん。余所者の俺をそこまで心配してくれてありがとうございます。…ですが、俺は彼女を助けた時からもう覚悟は決めてあるんです。
ですから、誰が何と言おうとアリアは俺が保護します。
テスラさんにも極力迷惑を掛けないようにするんで、それじゃ。」
バルスはアリアをヒョイっと抱え上げると脱兎のごとく走り去っていった。
「ちょ、バルスくん!!待ちなさーい!!
…もう、私は貴方が心配なんだって。…もし、貴方に何かあったら…わたし。」
「…っ!!…っ!」
「ん?どうかしたか?」
山道を駆けるバルスは、腕の中で何か言いたげにもがくアリアに声をかける。
対するアリアは顔を真っ赤にしながら、パクパクと口を開け閉めしていた。
「…!!(お、おおお姫様抱っこっ!!!!)」
「ん、そろそろ着くぞ。」
掘立小屋よりかは幾分かマシな形をした我が家に辿り着いたバルスはゆっくりとアリアを降ろす。
やっと解放されたアリアは、どこからか取り出した紙にいそいそと筆を走らせる。
『最高でした。』
「?なんのことだ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある親魔物国家の領主の居城。禍々しくも神々しい佇まいのその城の一室、1人のリザードマンが玉座の前で膝を折っている。
「…報告は以上です。なお、彼女の消息は研究所から十数キロ離れた村の近くで途絶えており、その近くで武装した兵士が数人倒れていました。」
彼女の仰ぎ見る先、玉座に腰掛けた妖艶な女性。
露出度の高いドレスを纏った卑猥な姿とは対象的に、清らかささえ感じてしまうほどの白を纏った長髪。妖しい光を秘めた紅い瞳の彼女は、リザードマンの報告に違和感を感じ思わず聞き返す。
「…倒れていた?」
「はい、我等が見つけた時には既に全員気絶していました。幸い命に別状はなく、若干の記憶の混乱はありましたが目立った外傷もなく、全員男だったために我が軍で保護いたしました。
…ただ、少し気になる報告がリッチからありまして…」
「…言って。」
答えを渋る配下に、玉座の女性は重い眼光で続きを急かす。
「は…それが、保護された彼等から微量ながら高位魔術の残滓が検出されたと。…さらに、それを解呪した後があったとも。」
「ふむ…気掛かりね。」
…高位の魔術の残滓。そしてそれを解呪したとされる何者か。
状況から考えて、彼等に掛けられていたという高位の魔術は洗脳の一種と考えていいでしょう。あそこの領主は善政を行うと聞く。その部下が狼藉を働くとも思えないし、魔術による洗脳でアリアを追わされていたというのが妥当でしょうね。
となると、アリアを助けた者が解呪を行ったことに…
「…その地域に名のある勇士は?」
「聞いたことがありません。」
「そう…」
…あの地域に実力者が流れ着くとは思えないし。…なら、無名の冒険者(ルーキー)が彼女を助けたとでもいうの?
妖艶な女帝は頬杖をついてうっすら微笑む。
「…久しぶりに楽しめそうね。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…招待状?」
キッチンで料理する傍ら、バルスは帰宅時に扉に張り付いていた羊皮紙を訝しげに眺めていた。
「『こんばんわバルス殿。私はこの地の領主ハスランだ。
先日は、私の部下が迷惑を掛けた。あれは彼らの独断だった故に予期できなかったのだ。その侘びといってはなんだが、明日、酒宴の席を用意する。是非来ていただきたい。 レクター領主ハスラン』」
…なんだこりゃ?
嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐いて欲しいものだ。これでは罠を張っているのがバレバレだ。
招待状に気付いたアリアがトテトテと近寄ってきて覗き込んでくる。
一通り読み終えた後、スラスラと筆を走らせた紙を見せてくる。
『これ、罠です。』
「ああ、分かってる。明らかに誘っているな。」
…だが、そうなるとどうにも腑に落ちない点が出てくる。罠を仕掛けてきたのが領主だという点だ。
彼は民にも慕われる善良な領主だ。その彼が部下を嗾けてアリアを追ってきたなんてのはどうにも考えられない。…いや、彼が善人を装っている可能性もあるが、それについてはなんとも言い難い。
というのも、彼を間近で見た事がある俺としては、彼が偽善者であるとはどうにも考えられないのだ。
根拠はない。しかし自信を持って言える。あれは偽善者なんかではない。心から民の幸福を願う善良な領主だ。
バルスが思考を巡らす横で、アリアはくいくいっと袖を引っ張り文字を書いた紙を突きつけてきた。
『そんなことより、早くご飯を作ってください。』
「…お前って案外食いしん坊なのな。」
アリアに急かされ、バルスは渋々料理の続きをする。
野菜を切り分け、スープを温める。スープは先日のうちに作っておいたものを温めるだけだ。
そのあと手際よく肉と野菜を炒めて、簡単な肉野菜炒めを作る。
「うし!出来たぞ、ホワイトスープと肉野菜炒め、それにうちで採れた野菜のサラダだ。」
出来上がった料理達をテーブルに並べる。
流石に料理人の様な豪勢な食事とまではいかないが、農民にしては豪華な料理たちだ。
「…っ。」
アリアも目を輝かせてジーと料理達を眺めている。口の端からは涎がはみ出ている。
「さあ、遠慮せずに食え…って、もう食いついてる!?」
バルスが勧めるよりも先にアリアは料理にガッついていた。
「ガツガツ…」
「…」
「ガツガツ…」
「お、おい。そんなにガッつくと喉に詰ま…」
『おかわり。』
「…」
…うん、わかった。
バルスは空になった皿に新たに料理達を乗せてテーブルに置く。
アリアは待ってましたと言わんばかりに料理を貪り食っている。
「…よく食うなぁ。何処にそんな胃袋が入ってんだ?」
…いや、まあこの食欲は当然といえば当然なんだがな。なにせ、元がかなりの栄養失調状態だったんだ、そりゃあ腹も減るさ。
「ガツガツ…」
自身の作った料理を美味しそうに食べるアリアを見ながら、バルスは自然と優しい笑みを溢していた。
「…まったく、美味そうに食いやがって。」
「ガツガツ…」
バルスはおもむろにアリアの下に歩いて行き、ポンと頭に手を乗せた。
「…どんどん食べて早く元気になってくれよな。お前とはもっと色々話したい事があるんだ。」
バルスはわしゃわしゃと頭を撫でながら微笑んだ。
「…!…。」
ボッと一瞬で顔を朱に染めたアリアは急いで紙に何か書き込みバルスに突きつける。
『食事中にやめてください。』
「おっと悪りぃ。…まあ、なんだ。ゆっくり味わって食ってくれよな。」
慌てて手を離したバルスは、そう言ってニカっと笑いかけた。
「…。」
それを見たアリアはプイッと料理の方に向き直り、顔を真っ赤に染めたまま、黙々と料理を食べていた。
「…食い終わった途端眠っちまった。」
…まあ無理もないか。アレからまだ1日しか経っていないのだ。まだ疲れが取れてないのだろう。
「…すぅ…すぅ…。」
「…ふぅ、まったく、無防備に寝やがって。…こう見るとまだまだお子様なんだな。」
未発達な身体を見て改めて彼女が、未だか弱い少女なのだと思い知った。
こんなか弱い身体で、彼女は何日間も必死に駆け続けた。疲労が溜まるのも無理はない。
「…俺が…守ってやらねぇとな。」
「…」
静かに寝息を立て眠る少女に、バルスはそっと布団を被せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある研究所の一室。青白い光にぼんやりと照らされた部屋に1人の魔術師がいた。
紫色のローブを纏い、聖職者の服を着たその男は右手に髑髏のシンボルの付いた杖を握っている。
その矛盾した格好もさる事ながら、彼の居る部屋もまた異質なものだった。
青白く部屋を照らしていたのは、部屋の至る所に配置された液体の満たされたガラスケースだった。
魔術師はカツカツと音をたてながら何らかの液体に満たされたガラスケースに向かって歩いていく。
辿り着いた彼はそっとケースに手を触れた。
「…あぁ、私の可愛い子らよ。今一度その歌声を私の手で狂気の叫びへと戻してやろう。」
狂気に歪んだ微笑を浮かべながら、男はケースを撫で続ける。
その中では、小さな桃色の光が絶えず痙攣していた。
「…お前の元の主は捕らえ損ねたが、まあ、宿主など幾らでもいる。そう悲観することもない。」
そう言った男は指をパチンと鳴らす。すると、背後に魔法陣が現れ一糸纏わぬ姿の少女が召喚された。
「あ…ぁあ…。」
ペタリと床に座り込んだまま怯える少女をよそに、男はケースに人差し指を当てて短く詠唱する。直後、ケースの前方が大きく開くも中の液体は一切漏れ出ずにたぷたぷと震えていた。
その中に手を突っ込み、光球を取り出す。
「ふむ…悪くない鮮度だな。貴重な水を使っただけのことはあるな。」
そう呟くと男は不意に少女の方に振り向いた。
「ひっ…!」
「そう怯えるな。お前はこれから歌姫となれるのだぞ?夢が叶うんだ、もっと喜ぶべきではないか?」
男は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら光球を少女の口にあてがう。
「むぐ!?んんっ!んーーー!!」
「ククク…」
この光球を受け入れた後の末路を知る少女は必死に抵抗する。しかし、男はグイグイと喉奥に光球を押し込んでいく。
「んぐっ!?」
奥まで押し込んだ男は手を抜き、半歩さがった。
「げほっげほっ!!…ハァ…ハァ…ぐっ!?ぐうぅ!うぅ、がぁぁぁぁ!!!?」
喉奥から手を抜かれ、暫し噎せていた彼女だったが、やがて喉を抑えながら悶え出した。
「…おや?」
床に転げてじたばたしながら苦しみ悶えていた彼女だったが、その喉元が急に激しく光り始める。
そしてー
「ごぷっ!?」
バチャチャ!
大量に吐血し、ビクビクと痙攣し始めた。
徐々に痙攣は治っていき、やがて完全に止まった。
その後、彼女は二度と動くことはなかった。
その様子を見ていた男はひどく落胆した表情で、大きな溜め息を吐いた。
「…また失敗か。やはり、魔王の魔力を強制的に変換しただけでは人の身に宿らせることはできぬか。…まあ、私ごときが魔王の魔力を御せるなどとは思っていないが。」
…それでも、歌声の効能を変えるくらいなら可能だと思ったんだがな。
「その歌声を聞いた者全てを死に誘う”殺戮の歌姫”。その誕生には未だ時間が掛かりそうだ。」
床に倒れたまま動かない少女の口から再び光球を取り出し、ケースに戻す。そして先と同じく短く唱える。すると穴はピタリと塞がり前と変わらず、光球を漂わせていた。
そして、最早眼中にも無くなった少女の横を通り過ぎて上へと続く階段に足を運ぶ。
1段目を踏み締めた辺りでふと、彼の脳裏に領主のことが浮かび足を止める。
「…あの男、よもや裏切るなどということはあるまいな。」
…今朝の様子を見た限りではどちらとも言い難い様子だったが。
「…念のため私も出向いたほうがいいな。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「準備は出来てるか?」
「…(コクリ。」
翌日、朝の内に街に出向き一通りの準備を整えたバルス達は意を決して領主の城に出向こうとしていた。
既に夜は更けり、漆黒の帳が降りてから幾ばくかの時が流れた。
レクターの街並みはそれぞれの建物に灯る光に照らされ幻想的な仕上がりになっていた。
街に人通りは殆ど無く、帯剣した青年と異形が並んであるのみだった。
「…」
「…」
無言で歩く2人の間には気まずい空気が漂っていた。アリアにいたっては顔を茹で蛸のようにしながら俯いたままだった。
事の発端は朝に起きた。
朝は早い方だと自負していたバルスはアリアによって起こされた。
未だ夜が明けて間もない頃、ゆさゆさと肩を揺さぶられる感覚によってバルスは目覚めた。
「うぅ…ん?おわっ!!アリア!お前早いな、まだ明け方だぞ!?」
『私はいつもこのぐらい。』
…鳥型の魔物は皆んな早起きなのだろうか?コカトリスとかは早そうだけど。
自慢の一つを取られたバルスは面白くないといった表情でボリボリと頭を掻きつつ、ヨロヨロと布団から抜け出した。
するとー
「っ!!!!」
突然、アリアが顔をボッと上気させた。目をまん丸にして、その視線はバルスの下半身の一点をまじまじと見つめていた。
「?どした?なんか変なもんでもー」
自分の下半身を見たバルスは瞬時に悟った。
…あぁ、これか。
パンツの股間部が大きく盛り上がっていたのだ。
更に彼が意識した事で、パンツにテントを張っていた突起物はビクンと震えてしまった。
「…っ!!」
まじまじと見ていたアリアは、それ独自が一個の生命体のような動きをしている様を見て更に顔を上気させた。
「おわっ!ちょ、いや、これにはちゃんと意味があって…っていうか治まれ!このっ!このっ!ーうおっ!?なんかさっきよりデカく…!!」
なんとか朝勃ちを抑えようとぐにぐに弄るバルスだったが、刺激を受けたそそり勃った肉の塔はより一層ビクビクと震え硬さを増していき、事態を悪化させていた。
「…!!…!」
暫くアワアワしながらバルスの奮闘を見つめていたアリアだったが、ふと我に返りいそいそと紙に文字を記していく。
『ハレンチです。』
「ご、誤解だ!これは朝勃ちと言って、一定期を越えた男は誰でもー」
ドドンパ!(ち◯ぽがパンツから飛び出る音)
「っ!!!?」
「のわっ!?」
ボン!
「え!?何の音!?」
バタン。
「…(きゅうぅ。」
「ア、アリアっ!!おい、大丈夫か!?…いや大丈夫なわけないか。俺の極太長大ち◯ぽを間近で見てしまったんだものな!無事でいられる筈がない!!」
…ぐにぐに。
「…。」
…あぁ、右肘に彼の逞しい肉棒が当たってる。鋒に触れただけで分かるこの硬さ、彼の生命力が溢れんばかりに詰まってるのね。
し、幸せ…。
…それからずっとこの状態が続いている。
要所要所の大事な部分ではちゃんと会話、というか筆談をしてくれるので問題がないといえばないのだが。
…いや、問題はあるな。
俺が非常に気まずいという点だ。
「…(チラッ。」
「…っ!(プイッ。」
…うん、顔合わせ辛いよね。
ーならば。
「そ、そういえばこの辺って焼き菓子が美味しいらしいよ〜。よかったら今度食べ行かないかい?」
「っ!!」
…お、反応した。…もう一押しか。
「マフィンとかワッフルも売ってるけど、ラスクが一番美味しいらしいよ!」
『ラスクは嫌いです。』
「あ、そうなんだ…。」
…くそっ!しくったか!?押しすぎたな。次はもう少し慎重にいこう。
「じゃ、じゃあさ!靴とか見にいこうよ!ここ、凄腕の靴職人がいるらしいんだ。なんでも妖精に手伝ってもらってるだとかなんとか言ってたけど、ちょっと信じ難いよね。」
『私、脚、鳥ですし、鉤爪ですし。』
「…ごめん。」
…何やってんだ俺!?見りゃわかんだろ俺!!あー、これデリケートな部分突ついちゃったよ、絶対嫌味だと思われたよ、もう終わりだよ。
「…はぁ。」
「…。」
…彼が溜め息を吐いている。私に聞こえないように小さく吐いてるつもりだろうけど、音に敏感な私にはバレバレなんだよね…。
「…。」
…それにしても、なんで溜め息なんて吐いたんだろう?…やっぱり今朝のことが原因なのかなぁ。
ふと、今朝の出来事を思い返す。
「…っ!!」
ボンッ!
「のわっ!?だ、大丈夫か!?なんか『ボンッ!』って聞こえたけど…!」
…い、いけない。思い出しただけで鼻血が…!
「…ってお前鼻血出てるじゃないか!急いで鼻栓を…こら!逃げるんじゃない!こっち来なさい、ちゃんと手当てしないと。」
「…っ!」
…だ、だめ!彼の前で鼻栓だなんて!!そんな恥ずかしいことできないわよ!
「…ふぅ、取り敢えずはこれで大丈夫だな。」
「…。」
…
…結局、栓されてしまった。しかも両方!苦しいわよ!
「…っ!…っっ!!」
「こらこら、取っちゃダメだって。ちゃんと止まるまで塞いどかなきゃ。」
…そ、そんな!私この姿でパーティーに出るの!?
『こんな姿じゃパーティーに出られない。』
「パーティー?…ああ、領主との宴のことか。心配するな、どうせすぐ戦闘になるんだから。」
…そういう問題じゃないっての!
『第一印象が。』
「大丈夫大丈夫、細かいことは気にすんな。俺がなんとか上手くやっとくから。」
…この人、まさか何の考えも無しに領主の城に乗り込もうとしてるんじゃ…
『城に着いてからの作戦は?』
「そんなのないぞ?ていうか、着いたら考える。」
…やっぱり。
『ちゃんと考えておいた方がいい。じゃないといざという時、対処に困ると思う。』
「そうか?俺としては、無策で取り敢えず敵陣に斬り込んで、作戦はその状況に応じて立てるのがベストだと思うんだが。」
『それでも、当面の目標として大まかな作戦は決めておくべきかと。』
「…」
ふぅ、と小さく息を吐いてバルスはアリアの頭に手を置いた。
「作戦ったって、何があるかは分からないんだし対策のとりようがないだろ?それは本当に着いてから考えた方がいい。それに…
あんまりこん詰めて考えるのは良くないと思うぞ?焦ったって良い案は思い浮かばないし、逆に良くないことばかり考えてしまう。
もう少し気楽に行こうぜ。…まあ、心配なのはわからんでもないが、奇襲とかその辺は俺がなんとかするからさ。」
わしわしと頭を撫でる。
それを鬱陶しげに翼で払い除けたアリアは顔を赤らめてプイッとそっぽ向いてしまった。
「…。」
…まったく、そういう台詞はもっと頼り甲斐のある奴が言う事だっての。
「この招待状を受け取った者なんだが、中に入れてくれないか?」
城に着いたバルス達は、東門にいた門番に招待状を見せて領主との御目通りを求めた。
招待状を見た門番は、複雑な顔で
「…領主様はそこの階段を上った先です。」とだけ告げて、バルス達から武器を預かり門を通した。
「…?」
どうにも、あの門番の態度が気になるが、取り敢えずは指示に従うほかあるまい。
外観通りの古い石造りの階段を一歩一歩上がっていく。アリアもそれに次いで登っていく。
螺旋状の階段を上り終えると、大きな部屋に出た。
その部屋は奥に広がっており、大きさの割に簡素な飾り付けしか施されていないどこか寂しい造りになっていた。
そして、その部屋の最奥、この宴の主催者が座っていた。
バルス達の姿を視認した領主は僅かに微笑んだ。
「ようこそ、バルス殿。」
「…ご招待ありがとうございます。」
「そう堅くならなくていいよ。取り敢えず席に座ってくれ。」
ハスランに促され「失礼します。」といってバルスはハスランに程近い席に腰掛ける。アリアもその隣に座った。
「さて…先ずは、一昨日のことを謝らねばならない。…本当にすまなかった。」
そう言ってハスランは頭を下げた。
「…!」
「っ!」
…これは…やはり領主は白なのか?
「…!!」
くいくい、とアリアが領主の袖を引っ張る。
ようやく頭を上げた領主にアリアは文字を記した紙を見せる。
『もう大丈夫ですから、気にしないでください。』
「き、きみは…!」
「…(ニコッ」
「アリア…!お前。」
…なんという慈愛。あんな下劣な真似をした私には勿体無い笑顔だ。
やはり私には彼女達魔物が邪悪な存在だとはどうしても思えない。できることならば彼女達と共生したかった。
しかしー
「…ありがとう。…だが、これから私がすることをどうか許さないでほしい。」
…私には、レクターの民を守るという使命があるのだ。
「?それはどういう…」
バルスの疑問に答えることなくハスランは右手をスッと挙げた。
その瞬間、バルス達が入ってきた入り口とハスランの背後の扉が開け放たれ、部屋に大勢の兵が駆け込んできた。それはあっという間にバルス達を取り囲む。
バルスは慌てて立ち上がるも、既に囲まれた状況では拳を構えるしかできなかった。
「アリア!俺の側から離れるな。」
「…(こくり。」
「…これもレクターの平和の為、仕方のないことだ。」
あとは手を振り下ろし攻撃開始の命を下すのみ。
ハスランはゆっくりと腕をおろし始める。
…本当にそれでいいのか?
「っ!!」
ピタリと下げかけた腕が動きを止める。
…こんなことをして、俺の守りたいものは本当に守れるのか?
否、おそらく奴らはどのみちこの地を支配下に置く気だろう。適当な理由をつけて私をレクターから追い出すに違いない。そして、教団が直接支配する土地になる。
「…そうなれば、ここは使い捨ての砦として搾取し尽くされるだろう。」
…だが、今、彼らを殺さねば明日にでも奴らは攻めてくるだろう。神の意思に背いた背教者の粛清と題された虐殺が行われるのは目に見えている!
なればこそ!ここで彼らを…!!
「おやめください、ハスラン様!!」
「!!お前、なぜここに!?」
そこに、1人のメイド駆け込んできた。予想外の乱入にハスランは戸惑いながらも、すぐに険しい顔つきでメイドを睨む。
「荷物をまとめて故郷に帰れと言ったはずだが?」
「できません!私が仕えるべきはハスラン様ただ1人です!」
「この状況が分からんのか!!あと少しでレクターは平穏を手に入れる。…あと少しで。」
「そんなことをしてもレクターの民は救えません!!…丘の上から見てしまったんです。教団の軍勢がこの地に進軍してくるのを。」
「な…に?」
メイドが発した衝撃の事実に、ハスランのみならずバルス達を囲んでいた兵たちも動揺を隠せない。遂には兵の1人が剣を下ろしハスランに向き直る。
「ハスラン様!この戦いは無意味です!今すぐ彼らを解放し教団を迎えうつ準備を!!」
「くっ…!だが、しかし…!!」
早急にバルスらを討ち、教団に献上するか、直ちに兵を集めて教団を迎え撃つか。
暫く悩んでいたハスランだったが、やがて覚悟を決めたのかスッと手を挙げて、
「剣を下ろせ!街中、城中の兵をありったけ集めろ!そして武器庫から持てるだけの武器を取り出してこい!」
「ハッ!!」
先ほどまでバルス達に剣を向けていた兵達は剣を納め、各々に部屋を駆け出ていった。
「…ハスラン様、あなた。」
「気にするな、これは俺が決断したことだ。全ての責は私が負う。」
そう微笑むハスランをバルスは複雑な気持ちで見つめていた。
「おやおや、そんな勝手は許しませんよ。…ハスラン殿。」
「!!」
突如、部屋に響き渡る不気味な声。それと同時に窓辺に発生した紫色の煙。やがてそれは渦を巻いて上昇する。回転がピークまで達すると共に煙はフッと消え去った。
その中から現れたのはー
「サウロ…!!」
「ええ…また会いましたね、ハスラン殿。」
ニコッと微笑んで見せる。しかし、ハスランは「最悪だ…。」と小さく呟き額に汗を浮かべていた。
「…っ!!!!」
そしてもう一人、その姿に怯える者がいた。
「!アリア!どうした!?」
サウロを見た途端、アリアは頭を抱えてうずくまってしまった。
バルスの声を聞いてサウロはふと視線を向ける。そしてその瞳にアリアを捉えた瞬間、その顔は狂気に歪んだ。
「ク…ククク…!!やっと見つけましたよ!!…まったく、手こずらせおって害鳥めが。」
やっとのことで探し物を見つけたサウロは狂気の笑みを浮かべたままツカツカとアリアの方へと歩み寄ってくる。
そこにバルスが割って入る。
「…なんの真似だ、小僧。」
「…貴様にアリアは渡さん。」
不粋な介入者に、不快な表情をしていたサウロだったが、次に述べたバルスの言葉に急に笑みを浮かべて笑い出した。
「クハハハ…!いや、すまない。あまりにもくだらない冗談だったもので、つい。…クク。」
「!…冗談かどうか確かめてみるか?」
「…驕るなよ小童。たかだか10人を退けたくらいで。」
笑みを無くし、狂気のみを残したサウロの周りに禍々しくどこまでも不快な魔力が渦を巻き始める。
「っ!こいつ、なんて魔力してやがる!!」
「クク…!どうだ小僧、お前ごときでは私に触れることすらできまい!」
狼狽えるバルスを見て、サウロは両腕を伸ばし誇らしげに言った。
しかし、バルスはニヤリと笑みを浮かべる。
「…いや、確かに禍々しいっちゃそうだが、量としては大したことないぜ、あんた。」
自らの力を誇示した直後に述べられた安い挑発にサウロは、ビキリ、と額に血管を浮き立たせて怒りを露わにしていた。
「っ!!…ほう、ならば…その身で…受けてみるがいー」
ドスッ!!
瞬間、サウロの背に刃が突き立てられる。それは腹まで貫通して鋒を大きくはみ出させていた。
「な…?ごふっ!…なにを…している。ハスランっ!!!!」
「…。」
ハスランはサウロを貫いたまま無言で立ち尽くしている。
その様を呆然と眺めていたバルス達にバッと向き直り、
「何をしている!さっさと逃げろ!!」
「!!…アリア!行くぞ!」
「…っ!!(コクン。」
ハスランの叫びにハッと我に返ったバルスはアリアの手を引き急いで部屋を後にする。
「あっ…が…あ…ぁ!」
「お前も早く行け!!」
依然刃を刺したまま、ハスランは今度はメイドに避難を促す。しかし、メイドの少女は激しく首を左右に振り命令に従わない。
「私は…この身を死ぬまでハスラン様に捧げると誓いました!…いえ、死んでからも貴方様と一緒に…!!」
「ならぬ!!
…お前は美しい、こんなところで死ぬには惜しいほどに。
…俺がもし1人の凡夫だったなら真っ先にお前に求婚しただろうな。」
「ハ、ハスラン様!!」
「…故郷に帰れ、そして幸せな家庭を築け。美人なお前なら引く手数多であろうな。
…大丈夫、俺の保証付きだ。」
そう言って、いつものように優しく微笑むハスランに少女は、眼にいっぱい涙を浮かべながらペタンと座り込んでしまった。
「ひくっ…ぐすっ!…そんな…そんなこと言われて、行けるわけ無いじゃないですかぁ!」
「お前…。」
「…ハスラン様が逝かれるというのであれば、私もお供致します。それが私のメイドとしての…いえ、1人の女性としての貴方様への愛の覚悟です!!」
涙で顔を濡らしながら、必死に想いを伝える少女にハスランは「…まったく。」と呟いてー
「…茶番は終わりか?」
「!!」
刹那、ハスランが剣を引く抜くよりも早くサウロの刃が彼の身体を斬り裂いた。
「!!ハスラン様ぁ!!!!」
飛び散る鮮血、右肩から袈裟懸けに斬り開かれた身体から赤い鮮血が噴き出す。血塗れの身体がゆっくりと床に落ちていく。
「これまで…か。」
ドチャ…まるで大きな水溜りに落ちたような音、否、大きな血溜まりに落ちたのだ。肩から腹までが裂けた身体に、服に、髪に真っ赤な血が染み渡っていく。
「ハスラン様!!」
慌てて駆け寄ったメイドが抱き上げる。ハスランは既に虫の息であった。
ヒューヒューと喉を鳴らして微かに息をしているのみで、取り入れた空気も、傷付いた肺の隙間から漏れ出している。
「…そう…いえば。お、前の…名前…まだ…聞いて、なかった…な。」
「!!…バイオレット、です…。」
目を伏せ、静かに泣きながら言うバイオレットに、ハスランはいつもの柔和な笑顔を浮かべた。
「ふふ…お前らしい…いい名だ…。」
ハスランは静かに息を吐き出した。そして、二度と息をすることはなかった。
ハスランの鼓動が止まったのを感じ取ったバイオレットは必死に呼びかけた。
もう一度、彼に微笑んでもらう為に。今度は、ちゃんと自分の名前を呼んでもらえるように。
「ハスラン様、ハスラン様!!ハスラン様ぁ!!」
「…。」
呼べども呼べどもハスランは静かに瞼を閉じたまま、安らかなまま微動だにしなかった。
それでやっと、彼の死を理解したバイオレットは再び目に涙を溢れさせながら大声で泣き始めた。泣き続けた。
最早、二度と愛を語らうこともできない最愛の人の前で。
その間に傷の手当てを行っていたサウロは、表面上は塞がった傷痕を撫でながら不満そうに呟いた。
「…くだらんことに時間を取らせおって。…まあいい、こうなれば私自らが出向くしかないからな。」
不意にあの紫色の煙を発生させ、それに包まれたと思った瞬間、サウロは跡形も無く消え去っていた。
「う…うぅ…ぐす…ひっく…!」
未だハスランの隣で泣き崩れるバイオレットに、カツカツと何者かの足音が迫ってくる。
しかし、傷心のバイオレットの耳に届くはずもなく足音の主は彼女の背後まで来て歩を止めた。
「…彼、まだ死んでないわよ。」
そう耳元で囁かれ、ようやく侵入者の存在に気付いたバイオレットは慌てて振り返る。
そこには、妖艶な雰囲気を醸し出す女性が1人。二本の角と黒く長い尻尾を生やした姿で立っていた。
「!!だ、誰ですか!?」
「ふふ…誰だっていいじゃない。そ・れ・よ・り・も、彼を助けるのが先決じゃなくて?」
「でも…この傷では…。」
「治せるわ。…ただしー」
怯えるバイオレットの顎に手を当てて、ゆっくりと顔を上げた。
「治すのは貴女よ。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハァ…ハァ…アリア!大丈夫か!?」
なんとか城を抜け出したバルス達は、山道へと入っていた。
城を出て30分、バルスの家まであと半分といったところに迫っていた。
『大丈夫。』
「とか言いつつ、相当息乱れてるみたいだけど?」
「…。」
「…遠慮すんな、ほら、乗れよ。」
歩を止め、しゃがんで背をアリア向ける。
「…!」
「ほら!早く!」
「…っ!」
ヒョイ!
「おお、お前やっぱ軽いな。まったく重み感じないぞ。」
「…っ!」
ペシペシ!
「いてっ!いてて、爪当たってるって!…軽いって言ってんのになんで怒るんだよ。」
「…(プイッ。」
「…ハァ、まあいいや。取り敢えずしっかりつかまっとけよ。…それっ!!」
「っ!?」
途端に疾風の如き速さで山道を駆け抜けるバルス。突然の加速にアリアは必死に掴まりながらも引きつった顔でなんとか目を見開いていた。
「どうだ、速いだろ?…お、もうすぐ村に着くぞ。」
木の枝を伝って猛スピードで森を駆け抜けるバルスの見据える先、数Kmのところに小さく木製の屋根が見えた。
「よし!ラストスパート、スピード上げていくぞ!!」
『ちょ、待ちなさい。』
「行くぜぇぇぇ!!」
ドカン、と乗っていた枝を蹴り砕いて一気に森を抜ける…筈だった。
「そんなに急いで、どこに行くのかな?」
「っ!!」
直後、目の前に現れた邪悪な聖職者に、バルスは咄嗟に後ろに飛び退いた。
ズザザ…と地面を滑り、やがて止まる。
バルスはキッとサウロを睨みつけて城で取り戻した剣を構える。
「おや、やる気だけは充分のようだ。」
「あと実力もな。」
「…まったく、生意気なガキだな。ソレを大人しく渡せば命だけは助けてやるというのに。」
「ソレ…だと?」
バルスの眉がピクリと反応する。
それを見たサウロはニヤリと笑みを浮かべて更に彼を挑発した。
「そうとも、ソレは道具だ。私の所有物だ。だから本来ならお前は盗人として処理するべきなんだがな。」
サウロの言葉に、バルスの中で遂に堪忍袋の緒が切れた。
「アリアは物じゃねぇぇぇ!!!!」
静まり返った森に怒号が響く。それはあたかも獣の咆哮かのような凄みを含んでいた。
しかし、それを受けてもなおサウロは外道のごとき笑みを浮かべたままだった。
「おぉ、怖い怖い。…だがな坊主、威勢だけでは私には勝てんぞ?」
「…殺す。」
剣を構えたバルスの全身に眩い光が漂い始める。自然と髪が揺らめきまるで風を起こしているかのようなに、身に付けた衣服が激しくたなびく。
バルスの変化を見ていたサウロは顎に手を当てて、興味深そうにその様子を眺めていた。
やがて笑みを浮かべて呟くー
「…ほう、それを出せるのか小僧。これは少々楽しめそうだ。」
それは心底楽しそうな微笑みであった。
小高い丘の上に立つ石造りの古城、この地域一帯を治める領主の居城だ。
大した生産品もない田舎に相応しく、ここの領主はなんのキャリアも無い弱小貴族ユーリ家の現当主ハスラン・ユーリという男だった。
しかし、家柄は弱小ながらこの男の治世は評価こそ低かれど、善政と呼べるものであった。納税はこの国の中では最低額に位置するものでそれどころか街や村の為に殆どの税金を使ってしまうため収支はギリギリ黒字を保つ状況となっていた。
上記の理由により国からの信頼は皆無に等しくも、領民からの支持は絶大なものであった。
しかしー
「…ハスラン様、例の害鳥の件、進展のほどはありましたか?」
椅子に腰掛け本に読み耽っていた黒髪の聖職者はベランダに佇む長髪の男に声をかける。
男は聖職者より少し高めの身長で、振り返らずに「いや…」と極めて短く答える。
男の返答が気に入らなかったのか、聖職者は僅かに顔を顰め本を閉じつつ立ち上がる。
「いけませんねぇ…きっちり仕事はこなしてもらわねば、私もそれ相応の対応をせざるを得ませんぞ?」
聖職者は嘲笑うような口調で男を諭す。
「わかっている…私とて、全力で事に当たっているのだ。もう少し待ってくれ。」
「…私の洗脳も追加したのです。これ以上は望めませんよ?」
「だからわかっていると言っているだろう。…私とて、これ以上部下を狂わせたくない。」
聖職者はニヤリと微笑んだ後、男の肩をポンと叩いて耳元に顔を近づける。
「期待、していますよ?」
そう囁くと、紫の霧になって消えていった。
「…聖職者の皮を被った悪魔め。」
ギシリと男の歯が音を立てて軋む。
「…ハスラン様。」
そこに1人のメイドが心配そうに声をかけた。
「…案ずるな。いつだって私はこの町を一番に考えて行動している。それはこれからも変わらん。」
「いえ、町の事ではなく…ハスラン様ご自身のことを…」
不意に振り返ったハスランと呼ばれた男は優しく微笑みかけ、メイドの頭にポンと手を乗せると彼女の桃色の髪がフワッと揺れた。
「心配するな、俺は大丈夫。既にこの身はレクターの地に捧げたのだ。未練はあれど後悔は無い。」
ゆっくりとメイドの頭を摩る。それを気持ち良さそうに受けつつも、やはり心配そうな顔で上目遣いに主人の顔を見上げる。ピンクのショートカットから覗かせるのはまだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。
その可愛さに眼のやり場に困ったような仕草で視線を逸らしながら頭を撫で続ける。
「そんな顔をするな、上手くやるさ。…俺の民は誰も死なせはしない。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ま、魔物ですって!?」
「あ、いや!危険はありませんから安心してください。」
翌朝、これからの事を考えるため、とりあえずお隣さんのテスナさんに協力してもらおうと朝一番にアリアを伴って家を訪れていた。
普段から肝の座ったテスナさんだったから、てっきり驚かないだろうと思っていたのだが。
「危険って…まあ、それはそうとして。
…それにしたって貴方、彼女を匿っているのを教団に見つかったらただじゃ済まないわよ?」
予想に反して、彼女はアリアの保護に否定的だった。しかし、その意見にも一理ある。
もし、3人でいるところを見つかってしまっては彼女にも迷惑をかけてしまいかねない。
「す、すいません。テスナさんの迷惑も考えずに…そうですよね、こんなとこ誰かに見つかっちゃったらテスナさんにまで迷惑を…」
「そういうことをいってるんじゃないの!私は…貴方が心配なの!」
急に凄い剣幕で声を荒げる彼女に、俺とアリアはポカンと口を開けて驚いていた。
ハッと我に返ったテスナさんは、
「ご、ごめんなさい、急に怒鳴ったりして。…でも、私は本当に貴方が心配なの。」
「テスナさん…」
ただのお隣さんの俺をここまで心配してくれてるなんて。
だが、俺だってここで引き下がる気はない。アリアが魔王軍に合流できるまで保護すると決めたのだ。
「…わかりました。急に無理なお願いしちゃってすいませんでした。」
「バルスくん…」
「俺は、アリアが魔王軍に合流できるまでうちで預かります。」
「!バルスくん!?」
「テスナさん。余所者の俺をそこまで心配してくれてありがとうございます。…ですが、俺は彼女を助けた時からもう覚悟は決めてあるんです。
ですから、誰が何と言おうとアリアは俺が保護します。
テスラさんにも極力迷惑を掛けないようにするんで、それじゃ。」
バルスはアリアをヒョイっと抱え上げると脱兎のごとく走り去っていった。
「ちょ、バルスくん!!待ちなさーい!!
…もう、私は貴方が心配なんだって。…もし、貴方に何かあったら…わたし。」
「…っ!!…っ!」
「ん?どうかしたか?」
山道を駆けるバルスは、腕の中で何か言いたげにもがくアリアに声をかける。
対するアリアは顔を真っ赤にしながら、パクパクと口を開け閉めしていた。
「…!!(お、おおお姫様抱っこっ!!!!)」
「ん、そろそろ着くぞ。」
掘立小屋よりかは幾分かマシな形をした我が家に辿り着いたバルスはゆっくりとアリアを降ろす。
やっと解放されたアリアは、どこからか取り出した紙にいそいそと筆を走らせる。
『最高でした。』
「?なんのことだ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある親魔物国家の領主の居城。禍々しくも神々しい佇まいのその城の一室、1人のリザードマンが玉座の前で膝を折っている。
「…報告は以上です。なお、彼女の消息は研究所から十数キロ離れた村の近くで途絶えており、その近くで武装した兵士が数人倒れていました。」
彼女の仰ぎ見る先、玉座に腰掛けた妖艶な女性。
露出度の高いドレスを纏った卑猥な姿とは対象的に、清らかささえ感じてしまうほどの白を纏った長髪。妖しい光を秘めた紅い瞳の彼女は、リザードマンの報告に違和感を感じ思わず聞き返す。
「…倒れていた?」
「はい、我等が見つけた時には既に全員気絶していました。幸い命に別状はなく、若干の記憶の混乱はありましたが目立った外傷もなく、全員男だったために我が軍で保護いたしました。
…ただ、少し気になる報告がリッチからありまして…」
「…言って。」
答えを渋る配下に、玉座の女性は重い眼光で続きを急かす。
「は…それが、保護された彼等から微量ながら高位魔術の残滓が検出されたと。…さらに、それを解呪した後があったとも。」
「ふむ…気掛かりね。」
…高位の魔術の残滓。そしてそれを解呪したとされる何者か。
状況から考えて、彼等に掛けられていたという高位の魔術は洗脳の一種と考えていいでしょう。あそこの領主は善政を行うと聞く。その部下が狼藉を働くとも思えないし、魔術による洗脳でアリアを追わされていたというのが妥当でしょうね。
となると、アリアを助けた者が解呪を行ったことに…
「…その地域に名のある勇士は?」
「聞いたことがありません。」
「そう…」
…あの地域に実力者が流れ着くとは思えないし。…なら、無名の冒険者(ルーキー)が彼女を助けたとでもいうの?
妖艶な女帝は頬杖をついてうっすら微笑む。
「…久しぶりに楽しめそうね。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…招待状?」
キッチンで料理する傍ら、バルスは帰宅時に扉に張り付いていた羊皮紙を訝しげに眺めていた。
「『こんばんわバルス殿。私はこの地の領主ハスランだ。
先日は、私の部下が迷惑を掛けた。あれは彼らの独断だった故に予期できなかったのだ。その侘びといってはなんだが、明日、酒宴の席を用意する。是非来ていただきたい。 レクター領主ハスラン』」
…なんだこりゃ?
嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐いて欲しいものだ。これでは罠を張っているのがバレバレだ。
招待状に気付いたアリアがトテトテと近寄ってきて覗き込んでくる。
一通り読み終えた後、スラスラと筆を走らせた紙を見せてくる。
『これ、罠です。』
「ああ、分かってる。明らかに誘っているな。」
…だが、そうなるとどうにも腑に落ちない点が出てくる。罠を仕掛けてきたのが領主だという点だ。
彼は民にも慕われる善良な領主だ。その彼が部下を嗾けてアリアを追ってきたなんてのはどうにも考えられない。…いや、彼が善人を装っている可能性もあるが、それについてはなんとも言い難い。
というのも、彼を間近で見た事がある俺としては、彼が偽善者であるとはどうにも考えられないのだ。
根拠はない。しかし自信を持って言える。あれは偽善者なんかではない。心から民の幸福を願う善良な領主だ。
バルスが思考を巡らす横で、アリアはくいくいっと袖を引っ張り文字を書いた紙を突きつけてきた。
『そんなことより、早くご飯を作ってください。』
「…お前って案外食いしん坊なのな。」
アリアに急かされ、バルスは渋々料理の続きをする。
野菜を切り分け、スープを温める。スープは先日のうちに作っておいたものを温めるだけだ。
そのあと手際よく肉と野菜を炒めて、簡単な肉野菜炒めを作る。
「うし!出来たぞ、ホワイトスープと肉野菜炒め、それにうちで採れた野菜のサラダだ。」
出来上がった料理達をテーブルに並べる。
流石に料理人の様な豪勢な食事とまではいかないが、農民にしては豪華な料理たちだ。
「…っ。」
アリアも目を輝かせてジーと料理達を眺めている。口の端からは涎がはみ出ている。
「さあ、遠慮せずに食え…って、もう食いついてる!?」
バルスが勧めるよりも先にアリアは料理にガッついていた。
「ガツガツ…」
「…」
「ガツガツ…」
「お、おい。そんなにガッつくと喉に詰ま…」
『おかわり。』
「…」
…うん、わかった。
バルスは空になった皿に新たに料理達を乗せてテーブルに置く。
アリアは待ってましたと言わんばかりに料理を貪り食っている。
「…よく食うなぁ。何処にそんな胃袋が入ってんだ?」
…いや、まあこの食欲は当然といえば当然なんだがな。なにせ、元がかなりの栄養失調状態だったんだ、そりゃあ腹も減るさ。
「ガツガツ…」
自身の作った料理を美味しそうに食べるアリアを見ながら、バルスは自然と優しい笑みを溢していた。
「…まったく、美味そうに食いやがって。」
「ガツガツ…」
バルスはおもむろにアリアの下に歩いて行き、ポンと頭に手を乗せた。
「…どんどん食べて早く元気になってくれよな。お前とはもっと色々話したい事があるんだ。」
バルスはわしゃわしゃと頭を撫でながら微笑んだ。
「…!…。」
ボッと一瞬で顔を朱に染めたアリアは急いで紙に何か書き込みバルスに突きつける。
『食事中にやめてください。』
「おっと悪りぃ。…まあ、なんだ。ゆっくり味わって食ってくれよな。」
慌てて手を離したバルスは、そう言ってニカっと笑いかけた。
「…。」
それを見たアリアはプイッと料理の方に向き直り、顔を真っ赤に染めたまま、黙々と料理を食べていた。
「…食い終わった途端眠っちまった。」
…まあ無理もないか。アレからまだ1日しか経っていないのだ。まだ疲れが取れてないのだろう。
「…すぅ…すぅ…。」
「…ふぅ、まったく、無防備に寝やがって。…こう見るとまだまだお子様なんだな。」
未発達な身体を見て改めて彼女が、未だか弱い少女なのだと思い知った。
こんなか弱い身体で、彼女は何日間も必死に駆け続けた。疲労が溜まるのも無理はない。
「…俺が…守ってやらねぇとな。」
「…」
静かに寝息を立て眠る少女に、バルスはそっと布団を被せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある研究所の一室。青白い光にぼんやりと照らされた部屋に1人の魔術師がいた。
紫色のローブを纏い、聖職者の服を着たその男は右手に髑髏のシンボルの付いた杖を握っている。
その矛盾した格好もさる事ながら、彼の居る部屋もまた異質なものだった。
青白く部屋を照らしていたのは、部屋の至る所に配置された液体の満たされたガラスケースだった。
魔術師はカツカツと音をたてながら何らかの液体に満たされたガラスケースに向かって歩いていく。
辿り着いた彼はそっとケースに手を触れた。
「…あぁ、私の可愛い子らよ。今一度その歌声を私の手で狂気の叫びへと戻してやろう。」
狂気に歪んだ微笑を浮かべながら、男はケースを撫で続ける。
その中では、小さな桃色の光が絶えず痙攣していた。
「…お前の元の主は捕らえ損ねたが、まあ、宿主など幾らでもいる。そう悲観することもない。」
そう言った男は指をパチンと鳴らす。すると、背後に魔法陣が現れ一糸纏わぬ姿の少女が召喚された。
「あ…ぁあ…。」
ペタリと床に座り込んだまま怯える少女をよそに、男はケースに人差し指を当てて短く詠唱する。直後、ケースの前方が大きく開くも中の液体は一切漏れ出ずにたぷたぷと震えていた。
その中に手を突っ込み、光球を取り出す。
「ふむ…悪くない鮮度だな。貴重な水を使っただけのことはあるな。」
そう呟くと男は不意に少女の方に振り向いた。
「ひっ…!」
「そう怯えるな。お前はこれから歌姫となれるのだぞ?夢が叶うんだ、もっと喜ぶべきではないか?」
男は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら光球を少女の口にあてがう。
「むぐ!?んんっ!んーーー!!」
「ククク…」
この光球を受け入れた後の末路を知る少女は必死に抵抗する。しかし、男はグイグイと喉奥に光球を押し込んでいく。
「んぐっ!?」
奥まで押し込んだ男は手を抜き、半歩さがった。
「げほっげほっ!!…ハァ…ハァ…ぐっ!?ぐうぅ!うぅ、がぁぁぁぁ!!!?」
喉奥から手を抜かれ、暫し噎せていた彼女だったが、やがて喉を抑えながら悶え出した。
「…おや?」
床に転げてじたばたしながら苦しみ悶えていた彼女だったが、その喉元が急に激しく光り始める。
そしてー
「ごぷっ!?」
バチャチャ!
大量に吐血し、ビクビクと痙攣し始めた。
徐々に痙攣は治っていき、やがて完全に止まった。
その後、彼女は二度と動くことはなかった。
その様子を見ていた男はひどく落胆した表情で、大きな溜め息を吐いた。
「…また失敗か。やはり、魔王の魔力を強制的に変換しただけでは人の身に宿らせることはできぬか。…まあ、私ごときが魔王の魔力を御せるなどとは思っていないが。」
…それでも、歌声の効能を変えるくらいなら可能だと思ったんだがな。
「その歌声を聞いた者全てを死に誘う”殺戮の歌姫”。その誕生には未だ時間が掛かりそうだ。」
床に倒れたまま動かない少女の口から再び光球を取り出し、ケースに戻す。そして先と同じく短く唱える。すると穴はピタリと塞がり前と変わらず、光球を漂わせていた。
そして、最早眼中にも無くなった少女の横を通り過ぎて上へと続く階段に足を運ぶ。
1段目を踏み締めた辺りでふと、彼の脳裏に領主のことが浮かび足を止める。
「…あの男、よもや裏切るなどということはあるまいな。」
…今朝の様子を見た限りではどちらとも言い難い様子だったが。
「…念のため私も出向いたほうがいいな。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「準備は出来てるか?」
「…(コクリ。」
翌日、朝の内に街に出向き一通りの準備を整えたバルス達は意を決して領主の城に出向こうとしていた。
既に夜は更けり、漆黒の帳が降りてから幾ばくかの時が流れた。
レクターの街並みはそれぞれの建物に灯る光に照らされ幻想的な仕上がりになっていた。
街に人通りは殆ど無く、帯剣した青年と異形が並んであるのみだった。
「…」
「…」
無言で歩く2人の間には気まずい空気が漂っていた。アリアにいたっては顔を茹で蛸のようにしながら俯いたままだった。
事の発端は朝に起きた。
朝は早い方だと自負していたバルスはアリアによって起こされた。
未だ夜が明けて間もない頃、ゆさゆさと肩を揺さぶられる感覚によってバルスは目覚めた。
「うぅ…ん?おわっ!!アリア!お前早いな、まだ明け方だぞ!?」
『私はいつもこのぐらい。』
…鳥型の魔物は皆んな早起きなのだろうか?コカトリスとかは早そうだけど。
自慢の一つを取られたバルスは面白くないといった表情でボリボリと頭を掻きつつ、ヨロヨロと布団から抜け出した。
するとー
「っ!!!!」
突然、アリアが顔をボッと上気させた。目をまん丸にして、その視線はバルスの下半身の一点をまじまじと見つめていた。
「?どした?なんか変なもんでもー」
自分の下半身を見たバルスは瞬時に悟った。
…あぁ、これか。
パンツの股間部が大きく盛り上がっていたのだ。
更に彼が意識した事で、パンツにテントを張っていた突起物はビクンと震えてしまった。
「…っ!!」
まじまじと見ていたアリアは、それ独自が一個の生命体のような動きをしている様を見て更に顔を上気させた。
「おわっ!ちょ、いや、これにはちゃんと意味があって…っていうか治まれ!このっ!このっ!ーうおっ!?なんかさっきよりデカく…!!」
なんとか朝勃ちを抑えようとぐにぐに弄るバルスだったが、刺激を受けたそそり勃った肉の塔はより一層ビクビクと震え硬さを増していき、事態を悪化させていた。
「…!!…!」
暫くアワアワしながらバルスの奮闘を見つめていたアリアだったが、ふと我に返りいそいそと紙に文字を記していく。
『ハレンチです。』
「ご、誤解だ!これは朝勃ちと言って、一定期を越えた男は誰でもー」
ドドンパ!(ち◯ぽがパンツから飛び出る音)
「っ!!!?」
「のわっ!?」
ボン!
「え!?何の音!?」
バタン。
「…(きゅうぅ。」
「ア、アリアっ!!おい、大丈夫か!?…いや大丈夫なわけないか。俺の極太長大ち◯ぽを間近で見てしまったんだものな!無事でいられる筈がない!!」
…ぐにぐに。
「…。」
…あぁ、右肘に彼の逞しい肉棒が当たってる。鋒に触れただけで分かるこの硬さ、彼の生命力が溢れんばかりに詰まってるのね。
し、幸せ…。
…それからずっとこの状態が続いている。
要所要所の大事な部分ではちゃんと会話、というか筆談をしてくれるので問題がないといえばないのだが。
…いや、問題はあるな。
俺が非常に気まずいという点だ。
「…(チラッ。」
「…っ!(プイッ。」
…うん、顔合わせ辛いよね。
ーならば。
「そ、そういえばこの辺って焼き菓子が美味しいらしいよ〜。よかったら今度食べ行かないかい?」
「っ!!」
…お、反応した。…もう一押しか。
「マフィンとかワッフルも売ってるけど、ラスクが一番美味しいらしいよ!」
『ラスクは嫌いです。』
「あ、そうなんだ…。」
…くそっ!しくったか!?押しすぎたな。次はもう少し慎重にいこう。
「じゃ、じゃあさ!靴とか見にいこうよ!ここ、凄腕の靴職人がいるらしいんだ。なんでも妖精に手伝ってもらってるだとかなんとか言ってたけど、ちょっと信じ難いよね。」
『私、脚、鳥ですし、鉤爪ですし。』
「…ごめん。」
…何やってんだ俺!?見りゃわかんだろ俺!!あー、これデリケートな部分突ついちゃったよ、絶対嫌味だと思われたよ、もう終わりだよ。
「…はぁ。」
「…。」
…彼が溜め息を吐いている。私に聞こえないように小さく吐いてるつもりだろうけど、音に敏感な私にはバレバレなんだよね…。
「…。」
…それにしても、なんで溜め息なんて吐いたんだろう?…やっぱり今朝のことが原因なのかなぁ。
ふと、今朝の出来事を思い返す。
「…っ!!」
ボンッ!
「のわっ!?だ、大丈夫か!?なんか『ボンッ!』って聞こえたけど…!」
…い、いけない。思い出しただけで鼻血が…!
「…ってお前鼻血出てるじゃないか!急いで鼻栓を…こら!逃げるんじゃない!こっち来なさい、ちゃんと手当てしないと。」
「…っ!」
…だ、だめ!彼の前で鼻栓だなんて!!そんな恥ずかしいことできないわよ!
「…ふぅ、取り敢えずはこれで大丈夫だな。」
「…。」
…
…結局、栓されてしまった。しかも両方!苦しいわよ!
「…っ!…っっ!!」
「こらこら、取っちゃダメだって。ちゃんと止まるまで塞いどかなきゃ。」
…そ、そんな!私この姿でパーティーに出るの!?
『こんな姿じゃパーティーに出られない。』
「パーティー?…ああ、領主との宴のことか。心配するな、どうせすぐ戦闘になるんだから。」
…そういう問題じゃないっての!
『第一印象が。』
「大丈夫大丈夫、細かいことは気にすんな。俺がなんとか上手くやっとくから。」
…この人、まさか何の考えも無しに領主の城に乗り込もうとしてるんじゃ…
『城に着いてからの作戦は?』
「そんなのないぞ?ていうか、着いたら考える。」
…やっぱり。
『ちゃんと考えておいた方がいい。じゃないといざという時、対処に困ると思う。』
「そうか?俺としては、無策で取り敢えず敵陣に斬り込んで、作戦はその状況に応じて立てるのがベストだと思うんだが。」
『それでも、当面の目標として大まかな作戦は決めておくべきかと。』
「…」
ふぅ、と小さく息を吐いてバルスはアリアの頭に手を置いた。
「作戦ったって、何があるかは分からないんだし対策のとりようがないだろ?それは本当に着いてから考えた方がいい。それに…
あんまりこん詰めて考えるのは良くないと思うぞ?焦ったって良い案は思い浮かばないし、逆に良くないことばかり考えてしまう。
もう少し気楽に行こうぜ。…まあ、心配なのはわからんでもないが、奇襲とかその辺は俺がなんとかするからさ。」
わしわしと頭を撫でる。
それを鬱陶しげに翼で払い除けたアリアは顔を赤らめてプイッとそっぽ向いてしまった。
「…。」
…まったく、そういう台詞はもっと頼り甲斐のある奴が言う事だっての。
「この招待状を受け取った者なんだが、中に入れてくれないか?」
城に着いたバルス達は、東門にいた門番に招待状を見せて領主との御目通りを求めた。
招待状を見た門番は、複雑な顔で
「…領主様はそこの階段を上った先です。」とだけ告げて、バルス達から武器を預かり門を通した。
「…?」
どうにも、あの門番の態度が気になるが、取り敢えずは指示に従うほかあるまい。
外観通りの古い石造りの階段を一歩一歩上がっていく。アリアもそれに次いで登っていく。
螺旋状の階段を上り終えると、大きな部屋に出た。
その部屋は奥に広がっており、大きさの割に簡素な飾り付けしか施されていないどこか寂しい造りになっていた。
そして、その部屋の最奥、この宴の主催者が座っていた。
バルス達の姿を視認した領主は僅かに微笑んだ。
「ようこそ、バルス殿。」
「…ご招待ありがとうございます。」
「そう堅くならなくていいよ。取り敢えず席に座ってくれ。」
ハスランに促され「失礼します。」といってバルスはハスランに程近い席に腰掛ける。アリアもその隣に座った。
「さて…先ずは、一昨日のことを謝らねばならない。…本当にすまなかった。」
そう言ってハスランは頭を下げた。
「…!」
「っ!」
…これは…やはり領主は白なのか?
「…!!」
くいくい、とアリアが領主の袖を引っ張る。
ようやく頭を上げた領主にアリアは文字を記した紙を見せる。
『もう大丈夫ですから、気にしないでください。』
「き、きみは…!」
「…(ニコッ」
「アリア…!お前。」
…なんという慈愛。あんな下劣な真似をした私には勿体無い笑顔だ。
やはり私には彼女達魔物が邪悪な存在だとはどうしても思えない。できることならば彼女達と共生したかった。
しかしー
「…ありがとう。…だが、これから私がすることをどうか許さないでほしい。」
…私には、レクターの民を守るという使命があるのだ。
「?それはどういう…」
バルスの疑問に答えることなくハスランは右手をスッと挙げた。
その瞬間、バルス達が入ってきた入り口とハスランの背後の扉が開け放たれ、部屋に大勢の兵が駆け込んできた。それはあっという間にバルス達を取り囲む。
バルスは慌てて立ち上がるも、既に囲まれた状況では拳を構えるしかできなかった。
「アリア!俺の側から離れるな。」
「…(こくり。」
「…これもレクターの平和の為、仕方のないことだ。」
あとは手を振り下ろし攻撃開始の命を下すのみ。
ハスランはゆっくりと腕をおろし始める。
…本当にそれでいいのか?
「っ!!」
ピタリと下げかけた腕が動きを止める。
…こんなことをして、俺の守りたいものは本当に守れるのか?
否、おそらく奴らはどのみちこの地を支配下に置く気だろう。適当な理由をつけて私をレクターから追い出すに違いない。そして、教団が直接支配する土地になる。
「…そうなれば、ここは使い捨ての砦として搾取し尽くされるだろう。」
…だが、今、彼らを殺さねば明日にでも奴らは攻めてくるだろう。神の意思に背いた背教者の粛清と題された虐殺が行われるのは目に見えている!
なればこそ!ここで彼らを…!!
「おやめください、ハスラン様!!」
「!!お前、なぜここに!?」
そこに、1人のメイド駆け込んできた。予想外の乱入にハスランは戸惑いながらも、すぐに険しい顔つきでメイドを睨む。
「荷物をまとめて故郷に帰れと言ったはずだが?」
「できません!私が仕えるべきはハスラン様ただ1人です!」
「この状況が分からんのか!!あと少しでレクターは平穏を手に入れる。…あと少しで。」
「そんなことをしてもレクターの民は救えません!!…丘の上から見てしまったんです。教団の軍勢がこの地に進軍してくるのを。」
「な…に?」
メイドが発した衝撃の事実に、ハスランのみならずバルス達を囲んでいた兵たちも動揺を隠せない。遂には兵の1人が剣を下ろしハスランに向き直る。
「ハスラン様!この戦いは無意味です!今すぐ彼らを解放し教団を迎えうつ準備を!!」
「くっ…!だが、しかし…!!」
早急にバルスらを討ち、教団に献上するか、直ちに兵を集めて教団を迎え撃つか。
暫く悩んでいたハスランだったが、やがて覚悟を決めたのかスッと手を挙げて、
「剣を下ろせ!街中、城中の兵をありったけ集めろ!そして武器庫から持てるだけの武器を取り出してこい!」
「ハッ!!」
先ほどまでバルス達に剣を向けていた兵達は剣を納め、各々に部屋を駆け出ていった。
「…ハスラン様、あなた。」
「気にするな、これは俺が決断したことだ。全ての責は私が負う。」
そう微笑むハスランをバルスは複雑な気持ちで見つめていた。
「おやおや、そんな勝手は許しませんよ。…ハスラン殿。」
「!!」
突如、部屋に響き渡る不気味な声。それと同時に窓辺に発生した紫色の煙。やがてそれは渦を巻いて上昇する。回転がピークまで達すると共に煙はフッと消え去った。
その中から現れたのはー
「サウロ…!!」
「ええ…また会いましたね、ハスラン殿。」
ニコッと微笑んで見せる。しかし、ハスランは「最悪だ…。」と小さく呟き額に汗を浮かべていた。
「…っ!!!!」
そしてもう一人、その姿に怯える者がいた。
「!アリア!どうした!?」
サウロを見た途端、アリアは頭を抱えてうずくまってしまった。
バルスの声を聞いてサウロはふと視線を向ける。そしてその瞳にアリアを捉えた瞬間、その顔は狂気に歪んだ。
「ク…ククク…!!やっと見つけましたよ!!…まったく、手こずらせおって害鳥めが。」
やっとのことで探し物を見つけたサウロは狂気の笑みを浮かべたままツカツカとアリアの方へと歩み寄ってくる。
そこにバルスが割って入る。
「…なんの真似だ、小僧。」
「…貴様にアリアは渡さん。」
不粋な介入者に、不快な表情をしていたサウロだったが、次に述べたバルスの言葉に急に笑みを浮かべて笑い出した。
「クハハハ…!いや、すまない。あまりにもくだらない冗談だったもので、つい。…クク。」
「!…冗談かどうか確かめてみるか?」
「…驕るなよ小童。たかだか10人を退けたくらいで。」
笑みを無くし、狂気のみを残したサウロの周りに禍々しくどこまでも不快な魔力が渦を巻き始める。
「っ!こいつ、なんて魔力してやがる!!」
「クク…!どうだ小僧、お前ごときでは私に触れることすらできまい!」
狼狽えるバルスを見て、サウロは両腕を伸ばし誇らしげに言った。
しかし、バルスはニヤリと笑みを浮かべる。
「…いや、確かに禍々しいっちゃそうだが、量としては大したことないぜ、あんた。」
自らの力を誇示した直後に述べられた安い挑発にサウロは、ビキリ、と額に血管を浮き立たせて怒りを露わにしていた。
「っ!!…ほう、ならば…その身で…受けてみるがいー」
ドスッ!!
瞬間、サウロの背に刃が突き立てられる。それは腹まで貫通して鋒を大きくはみ出させていた。
「な…?ごふっ!…なにを…している。ハスランっ!!!!」
「…。」
ハスランはサウロを貫いたまま無言で立ち尽くしている。
その様を呆然と眺めていたバルス達にバッと向き直り、
「何をしている!さっさと逃げろ!!」
「!!…アリア!行くぞ!」
「…っ!!(コクン。」
ハスランの叫びにハッと我に返ったバルスはアリアの手を引き急いで部屋を後にする。
「あっ…が…あ…ぁ!」
「お前も早く行け!!」
依然刃を刺したまま、ハスランは今度はメイドに避難を促す。しかし、メイドの少女は激しく首を左右に振り命令に従わない。
「私は…この身を死ぬまでハスラン様に捧げると誓いました!…いえ、死んでからも貴方様と一緒に…!!」
「ならぬ!!
…お前は美しい、こんなところで死ぬには惜しいほどに。
…俺がもし1人の凡夫だったなら真っ先にお前に求婚しただろうな。」
「ハ、ハスラン様!!」
「…故郷に帰れ、そして幸せな家庭を築け。美人なお前なら引く手数多であろうな。
…大丈夫、俺の保証付きだ。」
そう言って、いつものように優しく微笑むハスランに少女は、眼にいっぱい涙を浮かべながらペタンと座り込んでしまった。
「ひくっ…ぐすっ!…そんな…そんなこと言われて、行けるわけ無いじゃないですかぁ!」
「お前…。」
「…ハスラン様が逝かれるというのであれば、私もお供致します。それが私のメイドとしての…いえ、1人の女性としての貴方様への愛の覚悟です!!」
涙で顔を濡らしながら、必死に想いを伝える少女にハスランは「…まったく。」と呟いてー
「…茶番は終わりか?」
「!!」
刹那、ハスランが剣を引く抜くよりも早くサウロの刃が彼の身体を斬り裂いた。
「!!ハスラン様ぁ!!!!」
飛び散る鮮血、右肩から袈裟懸けに斬り開かれた身体から赤い鮮血が噴き出す。血塗れの身体がゆっくりと床に落ちていく。
「これまで…か。」
ドチャ…まるで大きな水溜りに落ちたような音、否、大きな血溜まりに落ちたのだ。肩から腹までが裂けた身体に、服に、髪に真っ赤な血が染み渡っていく。
「ハスラン様!!」
慌てて駆け寄ったメイドが抱き上げる。ハスランは既に虫の息であった。
ヒューヒューと喉を鳴らして微かに息をしているのみで、取り入れた空気も、傷付いた肺の隙間から漏れ出している。
「…そう…いえば。お、前の…名前…まだ…聞いて、なかった…な。」
「!!…バイオレット、です…。」
目を伏せ、静かに泣きながら言うバイオレットに、ハスランはいつもの柔和な笑顔を浮かべた。
「ふふ…お前らしい…いい名だ…。」
ハスランは静かに息を吐き出した。そして、二度と息をすることはなかった。
ハスランの鼓動が止まったのを感じ取ったバイオレットは必死に呼びかけた。
もう一度、彼に微笑んでもらう為に。今度は、ちゃんと自分の名前を呼んでもらえるように。
「ハスラン様、ハスラン様!!ハスラン様ぁ!!」
「…。」
呼べども呼べどもハスランは静かに瞼を閉じたまま、安らかなまま微動だにしなかった。
それでやっと、彼の死を理解したバイオレットは再び目に涙を溢れさせながら大声で泣き始めた。泣き続けた。
最早、二度と愛を語らうこともできない最愛の人の前で。
その間に傷の手当てを行っていたサウロは、表面上は塞がった傷痕を撫でながら不満そうに呟いた。
「…くだらんことに時間を取らせおって。…まあいい、こうなれば私自らが出向くしかないからな。」
不意にあの紫色の煙を発生させ、それに包まれたと思った瞬間、サウロは跡形も無く消え去っていた。
「う…うぅ…ぐす…ひっく…!」
未だハスランの隣で泣き崩れるバイオレットに、カツカツと何者かの足音が迫ってくる。
しかし、傷心のバイオレットの耳に届くはずもなく足音の主は彼女の背後まで来て歩を止めた。
「…彼、まだ死んでないわよ。」
そう耳元で囁かれ、ようやく侵入者の存在に気付いたバイオレットは慌てて振り返る。
そこには、妖艶な雰囲気を醸し出す女性が1人。二本の角と黒く長い尻尾を生やした姿で立っていた。
「!!だ、誰ですか!?」
「ふふ…誰だっていいじゃない。そ・れ・よ・り・も、彼を助けるのが先決じゃなくて?」
「でも…この傷では…。」
「治せるわ。…ただしー」
怯えるバイオレットの顎に手を当てて、ゆっくりと顔を上げた。
「治すのは貴女よ。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハァ…ハァ…アリア!大丈夫か!?」
なんとか城を抜け出したバルス達は、山道へと入っていた。
城を出て30分、バルスの家まであと半分といったところに迫っていた。
『大丈夫。』
「とか言いつつ、相当息乱れてるみたいだけど?」
「…。」
「…遠慮すんな、ほら、乗れよ。」
歩を止め、しゃがんで背をアリア向ける。
「…!」
「ほら!早く!」
「…っ!」
ヒョイ!
「おお、お前やっぱ軽いな。まったく重み感じないぞ。」
「…っ!」
ペシペシ!
「いてっ!いてて、爪当たってるって!…軽いって言ってんのになんで怒るんだよ。」
「…(プイッ。」
「…ハァ、まあいいや。取り敢えずしっかりつかまっとけよ。…それっ!!」
「っ!?」
途端に疾風の如き速さで山道を駆け抜けるバルス。突然の加速にアリアは必死に掴まりながらも引きつった顔でなんとか目を見開いていた。
「どうだ、速いだろ?…お、もうすぐ村に着くぞ。」
木の枝を伝って猛スピードで森を駆け抜けるバルスの見据える先、数Kmのところに小さく木製の屋根が見えた。
「よし!ラストスパート、スピード上げていくぞ!!」
『ちょ、待ちなさい。』
「行くぜぇぇぇ!!」
ドカン、と乗っていた枝を蹴り砕いて一気に森を抜ける…筈だった。
「そんなに急いで、どこに行くのかな?」
「っ!!」
直後、目の前に現れた邪悪な聖職者に、バルスは咄嗟に後ろに飛び退いた。
ズザザ…と地面を滑り、やがて止まる。
バルスはキッとサウロを睨みつけて城で取り戻した剣を構える。
「おや、やる気だけは充分のようだ。」
「あと実力もな。」
「…まったく、生意気なガキだな。ソレを大人しく渡せば命だけは助けてやるというのに。」
「ソレ…だと?」
バルスの眉がピクリと反応する。
それを見たサウロはニヤリと笑みを浮かべて更に彼を挑発した。
「そうとも、ソレは道具だ。私の所有物だ。だから本来ならお前は盗人として処理するべきなんだがな。」
サウロの言葉に、バルスの中で遂に堪忍袋の緒が切れた。
「アリアは物じゃねぇぇぇ!!!!」
静まり返った森に怒号が響く。それはあたかも獣の咆哮かのような凄みを含んでいた。
しかし、それを受けてもなおサウロは外道のごとき笑みを浮かべたままだった。
「おぉ、怖い怖い。…だがな坊主、威勢だけでは私には勝てんぞ?」
「…殺す。」
剣を構えたバルスの全身に眩い光が漂い始める。自然と髪が揺らめきまるで風を起こしているかのようなに、身に付けた衣服が激しくたなびく。
バルスの変化を見ていたサウロは顎に手を当てて、興味深そうにその様子を眺めていた。
やがて笑みを浮かべて呟くー
「…ほう、それを出せるのか小僧。これは少々楽しめそうだ。」
それは心底楽しそうな微笑みであった。
15/07/23 20:57更新 / King Arthur
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