連載小説
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戦争とは何か?
利害の不一致、思想の相違によって起きる対立?
いや、そんな形骸だけを聞いているのではない。

戦争そのものの意義、その真意に興味があるのだ。

それを踏まえた上で改めて問おう。

「…戦争とは何か?」

「下らぬ事を考えるのは戦が終わってからにしろサウロ。」

白い軍服を纏った茶色がかった総髪の男は、戦場を眺めながら哲学に浸る聖職者を諌めた。

「いや、これは実に重要な課題ですよ。何せ我々は、神の代弁者を語りながら戦争に明け暮れる大罪人なのですから。」

「口を謹めサウロ。今の発言は教皇陛下のご意志に背くものだぞ。…少なくとも私以外の狂信者の前では口にするな。」

「ええ、分かっておりますとも。ですから貴方に語るのです。…真の罪人が誰であるかなどどうでも良い。私は、私が信じる神が望む世界を創るだけですよ。」

「…それは貴様の望みそのものではないのか?」

「…人は誰しも己の中に神を作り出す。自らの行いを正当化する為にね。
それは必ずしも統一されてはいない。人の数だけ神があるのです。
それは同時に、教団という組織の存在意義に疑問を投げ掛けるものだ。万人の中に神があるのなら唯一つの神を頂き統治する世界を作り出す事は不可能に近い、いや、不可能だ。」

「…何が言いたい。」

「つまり我々は一生分かり合うことはないのです。人と魔、人と他の存在ではもはやなく、人と人の間で既に分かり合う事が出来ないのです。」

サウロは歓喜の笑みを浮かべて両手を広げながら熱弁する。

「…」

ディルバードは暫し目を伏せた後、剣に手を掛け歩き出した。
眼下に広がる混戦状態の戦場を眺める。そして振り返る事なくサウロに声をかけた。

「…私も出る。あとは任せたぞサウロ。」

そう言ってディルバードは勢いよく床を蹴り、飛び降りていった。

「…あとはお任せください、ディルバード。」

サウロは薄ら笑いを浮かべながら、恭しく一礼した。









♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎









「…ふぅ、今日はこの辺にしとくか。」

バルスは額の汗を拭いふぅ、と息を吐いた。手には木剣が握られている。
彼の朝の日課はもっぱら剣の訓練と決まっていた。

身を守る為に兄から教わった剣術は初歩の初歩でしかなかったが、兄の死後独自に改良した我流剣術を用いて、毎日訓練だけは続けてきた。

「まあ、使う機会もあまり無いのだけど。」

訓練だけは続けているものの、実際戦ったのは2回ほど。それも小さな盗賊団の捕縛と近くの山に住み着いた、これまた小さな山賊団の討伐である。
というのも彼の住むこの村は、戦争ばかりしている地域からは遠く離れた戦争とは無縁ののどかな田舎の村だからだ。
首都からも遠く大した産物品もないため、いざ戦争になっても狙われる事はまず無い。

「…平和に越した事はないんだけどなぁ。いまいち刺激が足りないというか…。」

だが、彼のような若者にとっては少しばかり刺激の足りない日常だった。
朝早くから起きて畑仕事をしては、家に帰って眠るだけの毎日。なるほど若者にとってはなんとも味気のない日々である。

「…まあ、お隣のテスナさんから教わった畑仕事にもようやく慣れてきたところだ。今更ここを出て行く事もあるまい。」

味気ない日々であっても、今ここを出て行く気にはなれなかった。
というのもー

彼がこの村に移り住んできたのは数ヶ月前だった。
諸事情により職もなくやってきた彼は、越してきたばかりという事もあって相談できるツテもなく途方に暮れていた。
そんな時声をかけてくれたのは隣(と言っても数百mも離れているが)に住んでいるテスナという村娘だった。
彼女は幼い頃に両親を病で失ってから、1人で畑仕事をして稼いできた。
その知識を、「お隣だから」というだけで一から彼に教えてくれた。
昔から物覚えだけは良かった彼は、それを瞬時に覚え実践していた。そして、つい先日最初の収穫時期となった。

結果は上々だった。
テスナに言わせれば「初めてにしてはよく出来ている」らしい。しかし、彼にとっては、何個か病気でダメにしてしまったものがあった為にイマイチといったところだ。



「…もう少し、肥料の量を減らした方がいいかもな。テスナさんも、肥料に頼り過ぎるのは良くないと言っていたし。」

収穫を終えた畑を一瞥して彼は呟いた。

朝の訓練を終えた彼には、もう後は畑仕事しかやる事は残っていなかった。
他に職が無いのだから当然といえば当然である。

「…よし、気持ちを入れ替えて次の収穫に向けて頑張るか!」

ぱんぱん、と頬を叩いて気合を入れ直した彼は次に作物を育てる畑に向かった。




基本的に、同じ畑で続けて作物を育てるのは良くないとされている。それは、土を酷使してしまうからに他ならない。
しばらくの間放置しておく事で、本来いる微生物や虫達に戻ってきてもらいその働きによって土の栄養価を高めるのである。


「…さて、そろそろ始めるか。」

一通り、草むしりの終えた彼は、雑草の取り除かれた地面に勢いよくクワを振り下ろした。

バキッ!

「あ。」

途端に響く木の割れる音。
勢いよく振り下ろしたクワはポッキリとくの字に折れていた。
よく見ると木製の柄はかなり腐食していた。おそらくこの前の大雨の日に雨ざらしにしていた所為だろう。

「…あちゃー、こりゃもう使い物になんないな。…仕方ない、町に行って買ってくるか。」

彼の心はひどく憂鬱だった。
というのも、この村から一番近くの町までは徒歩で3時間もかかるのだ。憂鬱にならない筈がない。

「はぁ…」

ため息を吐いた彼は重い足取りで、町へと続く長い山道へと歩いて行った。









♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎








はぁ…はぁ…はぁ…!

もうどれだけ走ったか分からない。

ここがどこなのかなんて見当もつかない。

ただ、苦しいのと脚を襲う鈍い痛みだけが脳に直接伝わってくる。




「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

まだ、あどけなさの残る少女が必死に森を駆けている。
息は上がり、目は虚ろで今にも倒れてしまいそうに衰弱している。
しかし、彼女は決して立ち止まろうとせず、ただがむしゃらに駆けている。

「魔物はこの先だ!絶対に逃がすな!!」

それもそのはず、背後からは鋭い殺気を放つ複数の人影が迫っているのだ。彼らは手にした剣を握り締め、幼い少女に向けるとは到底思えない殺気の篭った眼光で前を駆ける少女を一点に見つめている。


こわい…こわい…!!このままじゃ追いつかれる!そしたら、わたし、殺されちゃう!!

「はぁ…!はぁ…!!はぁ…!!」

迫り来る死の恐怖に段々と息が上がっていく。心臓の脈動も激しくなっていく。

「はぁ…はっ…ぁう!!」

瞬間、足を縺れさせた少女はその場に倒れこむ。
ただでさえ長い距離を駆けてきた上に、恐怖から無意識に呼吸のリズムを乱してしまったのと、急激なペースアップに足がついて行けず転倒してしまったのだ。


「…っ!……っ!!」

少女が痛みに悶えているうちに追っ手達は瞬く間に対象を囲んでいた。その手には鋭い煌めきを放つ剣が握られていた。

「…」

殺気以外、何も感じられない鋭い眼光の全てが少女に向けられる。

(ひっ…!)

必死に起き上がろうともがくも、長い逃亡の中で疲弊しきった身体はもはや言う事を聞かず立ち上がる事はおろか、起き上がる事さえ不可能だった。

その間にも追っ手達は徐々に距離を詰めてくる。

(あぁ…動い…てよ…私の足…私の…身体…!)

「…」

…なんで?なんでそんな目で見るの?
私は貴方達に何もしてないし会った事もないのに。なんでそんなに憎しみに満ちた目で見るの?
…わかんない、よ。わたしはただみんなに幸せになってほしくて…それで…

…なのに、なんで…なんで…。


「…家族の仇だ、死ね。」

…?…私は、誰も殺して…ない…よ。

衰弱しきった少女を顧みる事なく男は剣を振り下ろす。

わたしは…





ギィィィン!!

刹那、両者の間で鋭い金属音が鳴り響く。…否、両者の間に割って入った者との間にだ。

(…あ…れ…?)

少女は朦朧とした目でその姿を見つめる。

旅人が纏うマントを風に揺らし、その間から見える程よく鍛えられた肉体を強張らせながら追っ手が振り下ろした剣を剣で受け止める茶髪の青年の後姿を。

(…あ、あなた…は?)

心の中でそう呟く。。
ボロボロの彼女を見て青年は、ニッと優しい笑みを浮かべてこう言った。

「…気にすんな、通りすがりの、村人A…だっ!!」

青年はふん、と剣を押し返す。予想外の乱入者と、青年の予想外の力に男は思わず後退りする。

青年は剣を一回転させ、鋒を男に向ける。

「どういう了見が知らんが、こんなにも弱りきった女の子を斬り殺そうだなんて…この俺が許さん!!」

怒気をはらんだ声で男達を一喝した青年の瞳は怒りに満ちていた。今にも斬りかからんばかりに。

しかし、それを受けてもなお男達は冷たく鋭い視線を少女に注いでいた。
間をおいて追っ手の1人が口を開いた。

「…家族の仇だ。」

「…なに?」

呟く様な声で言った男に、青年は聞き返す。しかし、男が呟くとそれにつられる様に次々に同じ様な事を口走り始めた。

「…そうだ、家族の仇だ。こいつは仇だ。家族の仇だ。」

「家族の仇…仇…こいつ、仇。」

「仇!仇!仇!!こいつ、仇ぃぃぃ!!!!」

な、なんだこいつら!?普通じゃない…!

尋常じゃない様子で、ひたすらに少女を仇と呼ぶ彼らの眼はもはや少女を捉えておらず、ぐるぐると左右でまったく違う方向を見回している。おまけに涎を垂らす者さえ出てきた。


普通ではない状況に青年は一瞬、油断していた。その隙をついて、追っ手の1人が少女に剣を向けながら駆けて行った。

「っしまった!!」

急いで駆け寄り、慌てて弾きかえす。
弾かれた男は、足がおぼつかない様子で踏みとどまれずに転倒してしまう。

「うぅ…ぅがぁぁァァぁ!!」

「ちぃ…!!」

すかさず、次の敵が斬りかかってくる。
しかし、その男も立ち塞がる青年ではなく背後の少女に直接向かってくる。

「くそっ!対象が俺でないだけに戦い…づらい!!」

愚痴を零す間にも男達は間髪入れずに向かってくる。焦点の定まらない目で無心に少女を狙ってくる。

「…っ!」

「がぁぁァぁァぁ!?」

休みなく襲い来る敵を弾きながら青年は一つの仮説を思いつく。

…やはり。
こいつら、何かの暗示に掛かっているようだな。それも高位の魔導を用いた。


「うがるる…るぁ…あ、ぁあァあアァぁァぁ!!!!」

考察する青年の背後、倒れていた男が不意に飛び起き、襲いかかってきた。

それに動じる事なく、剣の柄を男の腹に叩き込む。

「がっ!?」

「…天、奉る神の御心に沿って、彼の内に刻まれた呪縛を解き給え…”呪払い(つゆはらい)”」

柄をめり込ませたまま青年は短く唱えた。瞬間、閃光が走り男はその場に力無く倒れこんだ。

「…安心しろ、命までは取っていない。」

「うぐぅぅ…うがあァァぁァ!!」

倒れた仲間を気にすることなく、次の敵が襲いかかってきた。

「っ!…もう理性なんか吹き飛んでるみたいだな!」

男の剣を軽く躱し、すかさず柄を叩き込む。

「…呪払い(つゆはらい)」

パン!という音と共に、この男もその場に倒れこんだ。
その後も、次々に襲い来る男達をいなしながら解呪の呪文を唱え続け、遂には全ての追っ手を倒してしまった。





剣を一回転させ、鞘に納めた青年はふぅ、と溜め息を吐いた。
そして急いで少女のもとへ駆け寄り、抱き上げる。

「…幸い、目立った外傷は見当たらない。が、軽い脱水症状と栄養失調が見られる。おそらくは過度の疲労によるものだろうが…これならまだなんとかなる。」

病状の軽い分析の後、青年は急いで来た道を引き返した。





♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎





「…よし!これで大丈夫だな。」

バルスはふぅ、と一息吐く。

「…」

傍には、先程山道で助けた少女が横たわっている。
衰弱しつつも、致命的な程ではなかった為に先ずバルスは、応急処置として軽い治療魔法をかけ、水を与えた。これで、とりあえずは脱水症状と栄養失調はなんとかなる筈だ。その後のことは彼女が意識を取り戻してからゆっくりと行っていくとしよう。

「…しっかし、まさか魔物を助けるハメになるとはな。人生何が起こるか分からないもんだ。」

そう言って見つめるバルスの視線の先にあるのは静かな寝息を立てて眠る普通の少女…ではなかった。
というのも、彼女の両足は膝から下が鳥のそれと同じ鋭い鉤爪を持つものであり、肩から先、両腕のあるはずの部分には澄んだ青の翼が生えていたのだ。
しかし、普段は青空の如き両翼を広げ、自由に大空を駆けているだろうその翼は今は見るも無残に毟り取られていた。

「…傷痕から見て、おそらく数ヶ月前のものと思われるが…。」

そうすると彼女は、少なくとも数日、長くて数週間ほど不慣れな地上での逃走を強いられた事になる。

「…よく頑張ったな。」

あくまで自分の考察であるにも関わらず、バルスは自分のベッドに横たわる少女に少なからず同情の念を抱いていた。

「…」

安らかな顔で眠る少女の顔を見る。それはバルスが今まで見てきたどの女性より魅力的な顔立ちをしていた。

「ほんと、四肢以外は普通の可愛い女の子にしか見えないのにな…」

「…」

「…ちょっとぐらいなら触っても大丈夫だよな?」

見ているだけで動悸が止まらなくなるほどの美少女を暫くの間眺めていたバルスは、その肌に直接触れたい衝動に駆られた。
再度、少女が寝ているのを確認した後、バルスはそっと彼女の頬に手を伸ばす。

ふに…

(や、やわらけ〜〜〜!)

指先が触れただけでその肌は極上の感触をバルスに与えた。
張りと艶はもちろんの事、柔らかさにおいては格別の快楽をバルスに与えてくれた。

極上の柔らかさの虜になったバルスはふにふにと少女の頬をつまむ。

(おお…!これはなかなか。)

更なる快感を求めたバルスは、つまむだけでは飽き足らず、両頬をぐにぐにとこねくりまわし始めた。
餅のような肌は手を離すとぷるるん、と揺れ動いた。

「…つ…。」

しかし、流石に違和感を感じたのか少女は眉を潜ませながら体を動かし始める。

(まずい!目が覚める!!)

むくり…

「っ…っっ……。…?」

ゆっくりと起き上がった少女は、軽く伸びをした後大きな欠伸をこぼした。
そして、眼前で両手を広げたバルスと目が合う。

「…お、おはよう…ございます?」

とりあえずバルスは挨拶をしてみる。

「…」

「…」

両者の間に暫しの沈黙が訪れる。

「…(にこっ」

「…っ!?」

直後、鼓膜が破れんばかりの甲高い悲鳴が少女の口から発せられる。…はずだった。
だが…

「…!!…!…??」

少女の口から音が発せられる事はなかった。

少女は何かを伝えようとパクパクと口を動かすものの、一向に音が吐き出される様子は無い。

「君、もしかしてー」

バフッ!

「うご!?」

「っ!っ!!」

言葉で咎めることを諦めた彼女は、先ほどまで自分が寝ていたベッドにあった枕を武器として変質者…もといバルスに投げつけた。その後も絶え間なく部屋に置いてある物を手当たり次第投げつける。

「ま、待て!誤解だ!俺は、追われていたお前を助けたんだ!!」

「…!」

ぴたりと物を投げる羽が止まる。

「…なぁ、なんで追われてたんだ?まさか本当に人を殺したなんてこと…」

これ以上要らぬ誤解を招かぬよう、バルスは慎重な姿勢で尋ねる。
しかし、少女は俯いたまま何も答えようとしない。



…追われて…私。それに、けんが……けん、けん?剣。…剣!!



「…(カタカタ…)!!」

途端、両翼で身体を強く抱きしめ、カタカタと震え始める。

「お、おい。大丈夫かー」

突然震えだした少女を心配したバルスは、彼女の肩に触れようとして異常に気づく。

「…!」

彼女は震えながら、尿を垂れ流していた。それはバルスに大きな染みを作り、徐々に幅を広げていた。

「っ!!」

「っ!?」

バルスは咄嗟に少女を抱き締めていた。
魔物とはいえ、見るからにか弱い少女な彼女が大粒の汗を滝の様に流しながら、尿まで漏らしてしまう程の恐怖を感じていた。それを見て思わず彼は抱きしめてしまった。

「…大丈夫。」

「…!…っ…!!」

急な事に初めは困惑した様子の彼女だったが、やがて彼の背中に両翼を回しギュッと弱々しく抱き締める。そして、先ほどまでの汗より大粒の涙をぽろぽろと流しながら静かに泣き始めた。

それを見たバルスは更に強く少女を抱き締めた。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








「…じゃあ、君はその研究所から逃げ出してきたということなんだな?」

「…(コクコク)」

「…だが、逃げる際に奪われていた『声』を取り返し損ねて、逆に追っ手に追われる羽目になったんだな?」

「…(コクコク)!!」

あの後、なんとか少女を落ち着かせたバルスは改めて事の次第を説明し、誤解を解いた後、喋れない彼女に筆談で事情を聞く事にした。

…のはいいけど、なんだか俺、面倒な事に首を突っ込んじまったみたいだな。

ハァ、と溜め息を吐いて項垂れるバルスを見て少女は、いそいそと紙に筆を走らせる。書き終えた少女は、ツンツン、と翼でバルスの肩を突いた。

「ん?なんだ?」

「…っ!!っ!」

バッと文字の書かれた紙を掲げる。

『助けてくれてありがとう。』

「…!べ、別に礼なんかいらねぇよ…俺は人として当然のことをしたまでだ。」

「…♥」

少女は頬を朱に染めながら満面の笑みでバルスを見つめている。
そんな少女の顔を見るのがこっぱずかしくなったバルスはぷいっと顔を背ける。それでも少女は、背けた顔を追って太陽のような笑みで覗き込んでくる。その度にバルスは顔を背け…とそんなやり取りを暫く続けた後、バルスは思い出したように少女に尋ねた。

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はバルス、君は?」

「…!…っ…っ!」

少女はまたいそいそと筆を走らせ、書き終えた紙を掲げた。



『アリア』



「…!」

その瞬間、バルスの中を清風が駆け抜けた。戯れるような、心が洗われるような。とにかく清々しい感情が心の底から溢れてきた。

「…?」

「…」

「…っ!」

思わず、アリアの顔をジッと見つめていた。
初めは不思議そうに見つめていたアリアも、段々と頬を染めていき、遂には赤面してしまった。
それを見てハッと我に返ったバルスも、思わず赤面してしまう。

「…っ…!」

「…(もじもじ)」

またも、彼女の顔をまともに見れなくなってしまったバルスは堪らず窓の外に視線を移す。
外は、丘を照らしていた茜色の光が山の向こうに沈みきろうというところで、バルスの村には夜の帳が下りようとしていた。

「そ、そろそろ夕飯にするか!何が食べたい?」

沈黙を破るため咄嗟に言ったことだったのだがー

「…!!!!っ!っ!!っ!!」

アリアは目をキラキラさせ涎を垂らしながら、何かを興奮気味に伝えようとしてくる。

「いや、紙に書いてくれないと何を言いたいのかさっぱり分からん…」

「っ!!」

アリアはまたいそいそと筆を走らせ、ふんす、と期待に満ち満ちた顔で紙を見せる。

『ハンバーグ』

「は、ハンバーグ!?うちにそんな高価なもんは…」

ほぼ自給自足な上に、農業を始めたばかりのバルスには収入源など皆無に等しく、最低限の日用品を揃えるのに精一杯で、肉料理などここに来てから一度も食べていない。

「…(しゅん)」

それを聞いたアリアはひどく落胆した様子で肩を落とす。
とてつもなく残念そうに項垂れ、目の端に涙を浮かべているアリアを見て、心を締め付けられる思いになったバルスは今月の生活費が入った小銭袋を掴むと勢いよく立ち上がる。

「よし!ハンバーグだな!そんぐらい俺が買ってきてやる!!

「…!!(パァァ)」

拳を握りしめふん、と鼻を鳴らすバルスを見たアリアは途端にパァと笑顔になる。

「ちょっと待ってろ、今から街に行ってひき肉買ってくるから!」

「…!」『大丈夫?ここから街まではかなりあるけど…』

てっきり、村にひき肉があると思っていたアリアは心配した様子で尋ねる。
バルスは親指を立ててニッカリ微笑む。

「心配すんな、全速力で行けば1時間も掛からん!」

「…!(驚き)」

そんじゃ行ってくるわ、と言ってバルスは疾風の如き速さで駆けていった。


「…」

『…ステーキもお願い。』


15/06/19 21:17更新 / King Arthur
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