読切小説
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銀の世界へ
吹きすさぶ吹雪、凍て付いた空気。
果てしなく広がる白銀の世界に一つの影があった。
その影は酷く淡く、そして酷く弱々しい。
そう、まるで己すら見失ってしまった、とでも言うように
その影はさ迷い続けていた。



私の手の中で白い欠片がふわりふわりと舞い踊る。
母はまるで手足のように吹雪を操っていたけれど、
未熟な私にはこれが精一杯だった。
そんな母も今はもういない。

「ずっと私に甘えさせていてはいけない。」

「このままでは本当に大切な人を見つけられなくなってしまう。」

私がまだ幼い頃にこんな事を言って出て行ってしまった。
あの時はその言葉の意味は分からなかった。
今もまだ分からないし、分かりたくもない。
ただ思うのは・・・

「寂しいよ。どうして誰もいないの・・・?」

思わず、口をついて気持ちが現れる。
その時だった。
ドサッと言う物音。
慌てて扉を開けるとそこには一つの影。
体をしっかりと覆っている銀色のローブから黒い髪が見えている。
まるで私の声に答えたかのように少年が目の前に倒れていた。

「だ、大丈夫ですか!?」

咄嗟に声をかけても少年は微かに体を動かすだけだった。
多分、このままだと彼は死んでしまう。
深く考えずとも、その事が頭に浮かんだ。
急いで彼を家に引き込み、布団に寝かせる。
ずっと一人でいるのは、もう嫌だった。
誰かに側にいて欲しい。
誰かと寄り添って、語り合いたい。
そして何より、誰かと愛し合いたい。
そんな願いが私の中を駆け巡る。
その思いを伝えたくて、でもどうしていいか分からなくて。
私は祈るように彼の手を握り締めた。



眼前に広がる果てしない大地。
無数の裂け目と何の味気も無い土の色。
ひたすらに無味乾燥な荒野に、僕は立っていた。
そのまま暫し僕は首を傾げる。
そして、ふと浮かぶのは一つの疑問。
僕はどうして、ここにいるのだろうか。
・・・分からない。
そこからだった。
無数の疑問が堰を切ったように湧き出してきた。
僕は誰なのか。
ここはどこなのか。
僕はこれから、どうなるのか。
何もかもが、分からなかった。
そもそも、「分からない」と言う事すら分からなかった。
それだけではない。
自分がどうやってものを考えているのか。
さらには考えるとは何なのか。
そして何とは何なのか。
無限の思考のループが、僕を蝕んでいく。
何?なに?ナニ?ナに?
そう問う内に僕はある疑問にぶつかる。

この降り注ぐ白いものは一体何なのだろう。

触れると何かを奪われて、でもそれよりも大切な何かを得ている気がする。
そう、今ならこの無数の疑問にも答えを見つけられる気がする。
例えば、この白いものは「雪」だ。
いつの間にか下を向いていた視線をぐいっと前に向ける。
すると、そこには一つの影があった。
それは一人の少女。
腰まで伸びた美しい黒髪に雪のように白い肌。
まじまじと見つめずとも一目で綺麗だと思える。
そんな少女が目の前にいた。
しかし、僕の目を奪ったのはそれではなかった。
彼女の瞳に水滴が浮かんでいた。
それは間違いなく、涙。
彼女は僕の目の前で泣いていた。
悩む間もなく駆け寄る。
すると何か重いものに寄りかかられたように感じた。
眼前の少女が抱きついてきていた。
慌てて振り払おうとした。
けれども、彼女の目を見てやめた。
その目はとても寂しそうで、「行かないで」と。
そう言われた気がした。
言われるがまま、僕はずっと彼女を抱き締めていた。



冷たいものが触れているのを感じて、僕は目が覚めた。
ふと傍らに目をやると、僕の手を包む二つの手。
もう少し視線を上げると豊かな双丘・・・ってそうじゃない。
そう自分に突っ込みを入れつつ彼女を見上げる。
そして僕は二つの意味で息を呑む。
夢で見た少女がそこにいた。
僕の手を握り締めたまま眠ってしまったのだろうか。
うつらうつらと頭を揺らす姿が愛らしい。
やがて頭が据わり、瞼が開く。
美しい瞳に見据えられ、時間が止まる。
見つめ合う時間が一瞬のようにも、はたまた永遠のようにも思える。
そんな時間はある当然と言えば当然の一言に打ち破られた。

「大丈夫ですか?」

透き通るような声にそう問われ、思わず反応が遅れる。

「・・・あ、ああ。」

彼女の心配そうな表情を見て、慌てて起き上がってそう答える。

「良かった・・・」

ぱあっと彼女の表情が明るくなる。

「!?」

そしてそのまま、彼女が抱き付いてきた。
動転して思いっきり振り払ってしまう。

「きゃっ」

その声と共に畳にぶつかる彼女。

「こ、ごめん。」

直ぐに抱き起こして声をかける。
あの夢の時はどうか分からなかった。
けれどもこれは間違いなく僕の過失だ。

「あ・・・」

抱き起こされた少女は暫し戸惑い、目を白黒させていた。

「暖かい・・・」

やがて少女はそう呟いて僕に身を預けた。
今度はこちらが目を白黒させる番だった。
腕の中の少女は心地良さそうに寄りかかっている。
どう声をかけて良いか分からない。
礼を述べるべきか、はたまた自分の状況を問うべきか。
悩み抜いた末に、僕はあらぬ一言を発していた。

「君の名前は氷織・・・だよね?」

「「え?」」

互いに目を白黒させる。
自分でもどうしてこんな言葉が出たのか分からなかった。

「私を・・・知っているのですか?」

否。夢を除けば彼女とは初対面のはずだった。

「いや、知らない・・・はず。」

「ではどうして私の名前を・・・?」

そう。僕が彼女の名前を知っている訳なんてないはずだ。

「・・・分からない。」

「「・・・」」

その答えと共に暫しの沈黙が訪れる。

「ええと、それでは、あなたの名前は何と言うのですか?」

そして、沈黙は再び彼女に破られる。

「・・・分からない。」

しかし、僕はその問いへの答えを持っていなかった。

「え?」

当然といえば、当然の反応。

「ごめん。自分が誰だか分からないんだ。」

でも、僕にはこう返すしか術が無かった。

「それでは、あなたはどこから来たのですか?」

そして再びの問い。

「ごめん。それも分からない。」

されど、返せる答えは一つ。

「少なくとも、この山の外から来ているのですよね?」

そう、ここは雪山。
そして僕はここに本来いないはずの存在。

「・・・多分。」

けれど、外がどこなのかは分からなかった。
記憶を辿っても見つかるのは雪山ばかり。
そもそも記憶の中の殆どには、僕がいなかった。
代わりにいるのは、一人の少女。
紛れも無い目の前の少女。
彼女の記憶が僕の中にあった。
そして浮かぶのは一つの疑問。

「君は僕の事を知らないの?」

・・・彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
その目は間違いなく、「分からない」と語っていた。

「そう・・・か。」

聞きたい事はまだまだ有った。
でも多分、その答えは見つからないだろう。
少なくとも、僕の記憶が正しいならば。
いや、厳密には僕の中の彼女の記憶が正しいならば。
ただ、一つだけ分かった事が有った。
僕は恐らく、この山の外の人間だ。
そして僕は誰かと言う問い、それに対する答えもきっとこの山の外にある。
それならば、する事は決まっている。

「助けてくれてどうもありがとう。」

そう礼を言いつつ腕の中の彼女を座らせ、すっくと立ち上がる。
これ以上、彼女に迷惑をかけるわけには行かない。

「それ「行ってしまわれるのですか?」

悲しそうな声に、思わず足が止まる。
夢の中の彼女と記憶の中の彼女、そして今の彼女が重なって見えた。
彼女はいつも、泣いていた。
寂しいと、悲しいと、泣き続けていた。
背を向けたまま、僕は考え込む。
涙を流す彼女を捨て置く事など、僕には出来なかった。
しかし、ここにいても僕が誰だか分かるはずも無い。
でも、ここを出るならば、彼女を置いていく事になる。
そう悩んで、一つの答えに行き着く。
それはこの二つの問題を同時に解決してくれる答え。
だけどどうして悩まないと思いつかなかったのかと
問いたくなるほど単純な答え。
僕は振り向き、涙を浮かべる少女に手を差し伸べる。

「僕と一緒に来てくれないかな。」

彼女の沈んだ顔が、再び明るくなる。
僕を再び、冷気が包む。

「はい!」



僕らは目の前の銀の世界へ駆け出していく。
片や失った己を探すために、片や見つけた大切な人を見失わないために。
吹雪はもう、止んでいた。
10/05/31 07:32更新 / リズニック

■作者メッセージ
初めまして。
リズニックと申します。
この度、ようやく作品の執筆を終えまして初投稿へと至る事になりました。
まだまだ未熟なため、駄文、乱文となってしまっているかと思いますが
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今後も少しずつ欠点を改善しつつ投稿して行こうと思いますのでよろしくお願いします。

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