連載小説
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決して出会いの場ではありません

 『農村猟奇的誘拐事件』
  ○月○日の夜、ガリシア地区南東の農村地帯。悲劇は村の収穫祭中に起こった。ビールの産地であるこのペルシュ村では、集会所にほとんどの村人が集まり、大いに賑わっていた。
時間は正確には分かっていないが、集会場以外の明かりが全て消える頃、その影はやってきた。村人によると、ふと気がつくと、会場の真ん中に人くらいの大きさの黒い何かがいたということだった。影は会場内を暴れまわり、窓を割って外に逃げ出し、夜の闇に消えたという。
その後の調査で、祭りに参加していたルーファス青年が行方不明になっていることがわかった。
村では、影は悪魔だったという噂もたっており、地元警察は、青年の捜索を続けるとともに、ほかにも似たような事件が発生していないか、調査を進めている。

………………

「……だって」

「いや!だって、じゃねーから!!」

俺は今しがた読んでいた新聞を丸め、目の前の少女に投げつける。少女はゆっくりと、しかし正確な動きで新聞を避け、目標を失った新聞はバサリと床に落ちた。

今しがた新聞に載っていたペルシュ村から離れた古い墓地、その真下にある古い地下室に、いま俺はいる。

……まあ、なんでそんなところに、なんて野暮なことを聞く奴はいないだろう。俺は昨日の夜、謎の黒い影に襲われ、ここに誘拐されてきたのだ。

俺は酒を飲んでいたせいか反応が遅れ、影の接近を許してしまったのだ。影は俺を包み込み、蛇のようにうねる不思議なロープで縛り上げた。
少しは腕には覚えがあるつもりだったが、全く抵抗できないまま連れてこられてしまった。

「…新聞見せて、と言ったのはあなた」

「そこじゃなくて!その犯人がなんでそんなにケロッとしているかってことだよ!」

新聞を拾い上げ、せっかく買ってきたのに。と、埃をはらい落としながら誘拐犯は言う。

「…私にはもう関係ないこと」

「あんたにはなくても、俺にはガッツリ関係しているんですがねえ…」

「…あんたじゃなくて、リウム」

リウム。それがこの誘拐犯である少女の名前だった。死体かと見間違うくらいの血の気のない青白い肌を除けば、顔立ち、背丈、どれをとっても俺より年下にしか見えん。こんな体でどうやって俺をここまで運んで来たんだ?

そして、この顔だ。正直、村の小娘どもとはまるで比べ物にならないほど整った顔つきをしてやがる。目に大きなクマが出来ているのがなんとも言えんが。

……可愛いとは思わん。思わんぞ。

その体は真っ黒なローブに覆われていて、顔と裸足の足くらいしかまともに見ることができない。その顔も、ぶかぶかのフードを目深にかぶっていて全く表情が見えない。元々無表情なのもあるだろうけどな。

「……それで?その誘拐犯さんは俺に何をさせるつもりなんだ?」

「……リウム」

「あんたが何を望んでんのかは知らねーけど、俺には両親もいねーし金もねーよ」

「………リウム」

「俺をさらってもあんたには何の得も…」

「…………リ、ウ、ム」

「……リウムには何の得もねーんだぞ?」

「……よし」

何がよし、だコノヤロー。
必要最低限しか喋らない無口キャラかと思いきや、意外に頑固でいらっしゃる。己の名前はそんなに大事か?

「…その心配はいらない」

ボロボロのソファにボスンと座り込み、リウムは言う。そしてその対面の椅子を指さし、俺を見つめる。
……座れと言いたいのか?

これ以上言い合うのも虚しいので俺はおとなしくその指示に従って椅子に腰を下ろす。全体にまんべんなく埃がまぶしてあるが、見た目よりもしっかりしていて座り心地も悪くない。
俺が聞く体勢を取ったのを見て、リウムは口を開いた。

「…私が必要なのはルーファスだから」

「いきなりな名前で呼ぶな」

「……じゃあルー」

「………」

もういいや、それで。それよりも聴き捨てならない事を聞いてしまった気がする。
……俺が、必要といったか?

「…私の実験を手伝ってくれる人間が必要だった」

「はい?」

………………

リウムというこの少女は遥か昔、人間として生活していた。しかし、あるときに未練を残したまま命を落としてしまい、その未練によって魔物と。リッチとなった彼女は、人間だった頃の研究を永遠にできる体になった。しかし、当時一緒に研究をしていた仲間たちは既に亡くなっていて、一人で研究を進めなくてはならなかった。もちろん、いくら魔物といっても一人だけですすめるなんていうのはほぼ不可能だ。結果、思うように実験ができずに死なない体を持て余してしまった。
どうしようもなくなった彼女が考えついたのが、いないなら連れてこよう、という至って単純な思考である。ほかには方法もなさそうなので、少女は一番近くにある俺の村から条件に合いそうな人間を連れてくることにした。

……これが、リウムが俺に話した事の全貌である
どういうことだ?金目的ではないだろうとは思っていたが、これは予想外だ。結構びっくり。

「すると…あれか?お前は……」

「……リウム」

「……リウムは助手が欲しいっつーことか?」

コクンとリウムはうなずく。
フードと前髪に隠れて見えていなかった二つの瞳が俺を捉える。
まだあって間もない俺にも嘘を言っているようには思えないほど、真剣な瞳だった。

「……お願い私の実験を手伝って」

「いいよ」

「……!?」

この部屋に入ってから一番の素早さでリウムは顔を上げ、俺を見つめる。俺の即答があまりにも予想外過ぎたのか、これまで全く動かなかったその顔には、驚きの表情が浮かんでいた。

「どうした?そんなに意外か?」

「………断られると思った」

「別にそこまで外道な性格はしてねーよ」

人手が欲しいというなら断る理由はない。犯罪に手を染めろというのなら話は別だけどな。

「……でも、私はルーを誘拐した」

リウムはまだよくわからない、というふうだ。必死にこの状況を理解しようとしている。

「でも殺そうとはしてないだろ?」

「……うん」

「なら、それでいいじゃん」

それに……こんなに可愛い少女に、あんなに真剣に頼まれて断るほど馬鹿ではない。
そんなこと絶対に口には出さないが。

「…手伝ってくれるのなら、それでいいか……うん」

どうやら無理矢理まとめたらしい。そこまで悩まれるのも、なんだか不名誉な気もする。

「……そっか、手伝ってくれるんだ…そっか……」

今度はフードの端をつまみながらぼそぼそとつぶやいている。さっきの驚いた顔といい今といい、全くの無感情ってわけだはないみたいだな。

「…ルー」

考え込んでいたリウムが急に手を伸ばしてくる。そして...

「…ん」

手を開いて、握手のポーズ。そのまま動かない。
……握ればいいんだろうが、なんというか、気恥ずかしい。
ガキの頃、村一番の美少女だった子に話しかけられたことを思い出す。

「……ん」

ずい、とさらに手をこっちに向けてくるリウム。こいつ結構押してくるタイプなんだな。

…どうする?しっかり期待にこたえてやるべきなんだろうが……
長年男まみれの生活だったせいかどうしても躊躇してしまう。自分でもびっくりするほど女への耐性がなかったんだな。初めて知ったよ。

「ほ、ほらよ」

羞恥心を圧し殺して、握り返す。
ピュアか?ピュアなのか?
気持ち悪いぞ?

「…うん、よろしく」

「よ、よろしく」

はじめと同じで、表情からはまるで感情が読み取れないものの、なんとなく満足してくれたように見える。
だから俺はその手を離…せない!!

「……(グッグッ)」

「……(ギュッ)」

試しに引っ張ってみてけど……無理。全く離せない。魔物になると身体能力も大きく変化するのか?

「なんだよ、まだあんのか?」

「…もうひとつ」

「……聞こうじゃねーか」

ここまで来るともうヤケだ!どうせ誰も見てねーんだ。女と手を繋いだところで恥ずかしくもなんともない!

「………ねえルー」

「はいはい、なんすか?」

「………ありがと」

そう言ったリウムの顔は、微笑んでいた。
ふわっ
そんな音が聞こえた気がするような、柔らかい微笑みだった。

「……………」

「……………?」

「……………ゴフッ」

「!?」

ちょっとまてなんだこの生き物……………めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!!

突然すぎる衝撃に頭がついていけずに一瞬停止しかける。体は既にフルバーストだがな!心臓なんてもう大忙しだよ!顔とムスコが血液を欲して真っ赤になってやがるぜ…

血が巡りすぎて一瞬吐血するかとさえ思うほどの出来事だった。
都会の方じゃギャップがどうのこうの言われてるらしいけど……………こういうことか!身をもって理解した!いいネ!!

「……ルー、大丈夫?」

口を押さえて横を向いた俺をリウムが覗き込んでくる。手はまだ繋いだまま。だから、顔が、近い!今度はホントに血を吐くぞ!

「ああ、大丈夫…だ」

だからそれ以上近づくな。死んでしまう。

「………ほんとに?」

「ああほんとだ……だからもう」

「…どれ」

ぴと

手をつないでいない方のリウムの細腕が動き、俺の額に触れ、ひんやりとした小さな手のひらで視界が隠れる。
もう、無理です。襲っちゃいそうです。俺の中の悪魔が叫ぶんです。イっちゃえよ、と!ヤっちまえよ、と!
……だが断る!!
俺はこの娘が困っているから助けたに過ぎん!
決して欲情したとかそういうアレで手を出すわけにはいかん!

最後の自制心が俺の体を動かし、空いている手で自分の顔を思いっきり殴りつける。

「ぐはぁっ」

「……!?」

ゴッ

嫌な音と振動が頭の中に広がった。
脳が揺れる感覚が次第に視界と思考を奪っていく。

「ルー!」

初めて聞くリウムの叫びを最後に、俺は気絶した。
13/08/23 19:30更新 / 山茶花永
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■作者メッセージ
エロ……ありませんでしたね。
次回からは入れていく予定です。

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