連載小説
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第三話
「遠いよー! 聞いてた話とちがーう!」
 ガルセアへと向かう道の途上で、ある魔物娘がへこたれていた。
 小さな顔には丸く大きな金色の瞳と形の整った柳眉、果実のように色づきぷっくりとした唇、肩口あたりまで伸びた滑らかな蒼紫の髪、などなど、どこからどう見ても可愛らしい美少女であった。
・・・・あったのだが、そんな可愛らしさが台無しになるくらいに、瞳は虚空を見つめてやつれ、唇はへの字に曲がった不満顔。加えて頭のてっぺんにあるデカいアホ毛が、しんなりと折れ曲がり、くよくよしていた。
「お腹ペコペコで、死にそうだよー・・・・。雑草おいしそ・・・・ん? んん!?」
 少女が何かを見つけたと同時に。生えているアホ毛も気分に合わせた様に、ぴたーんと直立する。
「もしかして、あれかな? やった! もうすぐだー!」
 住んでいた街を発ってから早四日。ようやく、その瞳に街を捉えることが出来た。期待を隠し切れずに、背中の翼がパタパタと動く。
 目に見えていても、実際の距離はかなり遠かったりすることを、この魔物娘はまだ気づいてはいなかった。



「ライカさん、ここで一旦別れましょう。二人で分担した方が早いでしょうし」
「はぁ? 私はお前の護衛でもあるんだが・・・・」
「すぐに帰るので、大丈夫ですよ」
「そうか、・・・・うーん。まぁ次行くとこは既婚のシンディさんのとこだから連れ込まれる心配はないか。ただし、何かあったら大声で叫ぶんだぞ。あと、路地裏とか危ない場所には行くなよ」
「はい、わかりました」

 今度、魔物の街ガルセアで冬のお祭りがある。
 僕にとってこの街では初めてとなるお祭りは、何かを祀るためのお祭りではなく、これからくる寒い冬を頑張っていきましょうという意味の、お祭りそのものが目的なのだそうな。
元いたところでは秋の豊穣祭くらいしかやらなかったので、マスターにお祭りの詳細を聞いてみると、どうやら勝手がかなり違うようだ。いろんなところから人が来て、街の広場に屋台が立ち並び、歌に踊りにと朝から晩までイベントが続くのだとか。
 そして僕が働かせてもらってる『エンドレス』でも、お祭りで出張屋台を出すことに決まった。
 そんなお祭りの準備もあって、僕とライカさんは朝早くからマスター達に頼まれてあちこちを奔走していたのだった。

・・・・
・・・・・・
「・・・・はい、ではそういうことで。当日はよろしくお願いします」
「あら、いいのよ。そうだレン君、お菓子でも食べていかない?」
「ごめんなさい、これから委員会の方に報告しなければいけないので」
「そう、残念ね。それじゃ、また今度」
「はい、ありがとうございます! それでは」
 ぺこりと頭を下げて退出する。これで仕事は大体終わったかな。『エンドレス』に戻ろう。
 

 最近、外はめっきり肌寒くなった。肩掛けの鞄から愛用のマフラーを取り出して首に巻く。
 冷たくなる手に息を吐き出して温めながら街を歩き始めたようとしたとき、街の入り口に変な物が横たわってることに気づいた。
「あれなんだろ・・・・、って!」
 あれは物じゃなくて人だ! 誰かが倒れてる!
「大丈夫ですか!?」
 急いで駆けつけた僕は、倒れている人の頬を軽く叩いた。
「うぅ・・・・」
 よかった、意識があるみたいだ! はやく、お医者様に見てもらわないと。
「待っててください! 今すぐにお医者様を呼んでくるので」
 そう言い残してまた駆け出そうとしたのだが、倒れている人に僕は腕を掴まれてしまった。
「あの・・・・、なんですか?」
「ぉ、・・・・おなか、すいたの」
 そんなかぼそい言葉をかき消すように、ぐぎゅるるるるる!!!! というすごい音が辺りに鳴り響いた。
 

「うまっ! うまっ!」
 人気のない街外れの小さな公園のベンチに僕達は座っていた。
 隣には僕の作ったサンドイッチを頬張る女の子。頭から出ている角や背中から生えている翼をみるに魔物さんなのだろう。
 ただ僕が何よりも気になるのが頭のてっぺんにある髪の毛で、それはサンドイッチを噛みしめる度に喜びを表すようにビュンビュン動いている。
 触角かなにかなのだろうか?
「もっとないー?」
 いつの間にかサンドイッチを食べ終えていた魔物さんは、空のバスケットを涙目で見つめていた。これからお祭りの委員会のみんなに配ろうと思って多めに持ってきたのに全部平らげるなんて、よほどお腹が減ってたんだなあ・・・・。
「ごめんなさい、これしか持ってきてないです・・・・」
「ちぇー、そっかー。でもありがとね!」といって空のバスケットが差し出されたので受け取る。
「あの、それよりも本当に大丈夫ですか? 倒れてたわけですし、いちおうお医者様に見てもらった方が」
「んー、大丈夫大丈夫。こう見えて私結構頑丈だからさ」
 ベンチに背を押し付けて仰け反り、お腹をポンポンと叩く魔物さん。
「私はインプのシイっていうの。よろしくね」
「僕はレンっていいます」
「そっか、レンね。この街にはたまたま迷ってきてねー、私、実は迷宮都市イシュルってところからやってきたんだ。知ってる?」
「迷宮都市イシュルって・・・・、『世界蛇のダンジョン』がある、あの有名な?」
「そうそう」
「え、本当ですか! すごい!」

 ダンジョンと言えば、勇者の話の次くらいに子供に人気がある冒険譚の筆頭だ。かくいう僕も、以前いた町でたまにくる吟遊詩人の話を熱心に聞いていたクチであった。

それからしばらく僕は、シイさんの話を聞いていた。
「ダンジョンには想像と現実のギャップに悩まされたよ。さらには仲間の裏切りや別れ。そしてまた新たな仲間達との邂逅。かなわない強敵。思えば色々あったけど、あの大変な日々があったから、今の私がいると思ってる(キリッ)」
「す、すごいです!」
「でしょー! フッ、そこに夢があるから頑張れるってこと!」
 話をするシイさんの瞳はキラキラ輝いていた。

「あー、私ばっかり話してたね。レンは夢とか何かないの?」
 そうシイさんに訊ねられた僕は、どう返答するか困ってしまった。
 僕だってダンジョンには少なからず憧れというものはあるけど、夢というほどではない。腕っ節もないから、冒険者、まして勇者なんて論外もいいところだし。
 
「僕は、今まで生きていくのに精一杯で、夢もあんまり・・・・」
 両親が死んでからは特にそう。そんなこと考える暇もなかったのだ。

「えー、あるでしょ、一つくらい。ほらほら、思い出してー」
 シイさんに急かされて、僕は頭を捻りながら、かろうじて一つだけ思い出すことができた。

「そう、ですね。そういえば、空を飛んでみたい・・・・とか子供の頃に思ってたかなぁ」
 子供の頃に、よく両親にねだっていた。風を受けて飛ぶ鳥が気持ちよさそうで、羨ましかったんだ。
言ってしまってから、言わなければよかったと後悔した。こんな子供っぽい、しかも実現するわけない馬鹿みたいな夢なんて話してしまった。

でも、シイさんは、そんなこと大したことないというように、いたって普通の表情で、

「なんだ、そんなこと? いいよ、私が叶えてあげるー。かなりお世話になっちゃったしね」
 そういって、シイさんが背中から抱きついてくる。その柔らかい感触に、一瞬ドキリとしてしまった。

「シイさん、何を!?」
「いいからいいから。よっと」
 シイさんは僕を抱えると、ふわりと浮き上がる。
「えっ、えっ!?」
「もっともっといくよー」
 そのまま、上へ、上へと上がっていった。


「うわー! すごいすごい!」
 今いた街があんなに小さく。本当に飛んでるんだ!

 シイさんに抱えられた僕は、眼下に広がる光景にいつになく気分が高揚してしまっていた。
 近くの大きな山が小さく見える。あっちの遠くに見える水色は、話に聞いたことのある海だろうか。目を凝らせば、前に自分が住んでいた町も見えた。
 上を見れば空が近い。雲も手で掴めそうな錯覚に陥るほどに。

 その全てが、ただただ綺麗で。
 僕は生まれて初めて、この世界は美しかったんだと思った。

「楽しんでるとこ悪いけど、そろそろ限界・・・・」
 いつまでもこの景色を見ていたいと思っていた矢先、シイさんが後ろから辛そうな声で話しかけてくる。
「そうなんですか?」
 この時間が終わるのは、少し残念だけど仕方ない。我侭を言うわけにもいかない。
「・・・・あれ、というかもしかして落ちてないですかこれ」
「うん、そのとおり」
 一気に顔の血が引いた。先ほどとは一転して、気持ちの悪い浮遊感が僕を包む。
「ええーーーーーー!!?」
「だいじょぶだいじょぶ、・・・・たぶん」
 その言葉には自信というものがまったく込められてなかったので、僕は一瞬死も覚悟したのだけれど、
 シイさんが最後の力を振り絞って落下速度を緩めてくれたので、なんとか二人とも怪我はなかった。

「いやー、危なかった」
「僕は生きた心地しなかったです・・・・」
 ・・・・でも、それ以上にすっごく楽しくて、ワクワクした。こんなにはしゃいだのはいつ以来だったろう。

「どうだった? 空なんて案外近かったでしょ」
 ニンマリとシイさんが笑みを浮かべる。
「・・・・はい!」
 僕は元気に言葉を返し、それから二人して笑いあったのだった。



「きゃっ!」
「す、すみません!」
「あらあら、大丈夫? ごめんなさいね、今タオル持ってくるから。レン君は床の掃除お願い」
「ほ、本当にすみませんでした!」

 穏やかな昼下がり。喫茶店『エンドレス』の小さめのテーブル席には行部狸のリネンが座っていた。滅多にしないミスをしてしまったレンを見やるその顔には、ふてくされたような不満の表情が浮かんでいる。

「レンくんのぶっかけいただきましたーーーー! どやーーー!」
「ずるいです! 私にもかけてください!」
「水とはいわずなんでもいいからかけて」

「はいはいうるさいわ、そこの三バカ少し黙れ」
 表情と心が連動するように、つい、近くのテーブルの魔物娘達に罵声を浴びせてしまった。いつものリネンと比べれば、かなり感情の沸点が高くなってしまっていたのだ。

「なに狸。羨ましいん? ねえねえ羨ましいん?」
「狸さん羨ましいんですねー?」
「狸も羨ましいなら羨ましいって言えば」

「てめえらジパング特産の醤油ぶっかけてやろうか?」

 喧嘩越しで応酬しあうが、店内の誰も気にした様子はない。彼女達でさえも挨拶と同じようなものであるので、他のみんなからすれば、まーた始まった、という程度のことだ。

「それにしても、最近のレン君は心ここにあらずって感じだねえ」
「もしかして、それは恋なのでは!」
「当然相手は・・・」
「「「私!」」」

「・・・・はっ、気楽でいいわね」
 どこか厭世的な溜息をつきながら、リネンは美味くもないコーヒーを啜る。リネンをよく知っている者であれば、そこに焦りの感情が浮かんでいることに気づいたかもしれない。

 と、そこで新たな客の来店を知らせるベルが鳴る。リネンはその来客を視線に捉えると、あからさまに顔を顰めた。

「やっほー、お腹空いたから来たよー」
「あ、シイさん! いらっしゃいませ!」

 今まで誰にも向けられたことのない、誰もが見惚れる笑顔で、レンはシイを迎えていた。その様子を見ると、リネンは心臓を無造作に掴まれたような感覚に陥ってしまう。

 隣にいた魔物娘達がレンのいつもとは違う空気を感じて、たまらず情報を得ようとリネンに話しかけてくる。

「・・・・ちょ、ちょっと狸! あのインプ何よ?」
「これはとても危険な、よくないオーラが出てますよ!」
「やばい(白眼)」

「・・・・最近この街に来た流れ者よ」
 金貸しでもあるリネンは、このガルセアにおいてある程度の情報を得られる立場にある。あのインプを泊めている宿屋の魔物娘からはすでに話を聞いていた。

「それでレンくんとはどんな関係なのよ!」
「答えろください!」
「埋めれば、アイツ埋めればだいじょうぶ・・・・」

「私もレン君に直接聞いたのよ、そしたら」

 リネンが口を尖らせる。

「顔を赤らめながら『とても面白い人ですよ』だって」
 
「・・・・おかしい、私の方が面白いはず」
「いやいや私の方が」
「解せぬ・・・・」

 そこでリネンは首を傾げる魔物娘達の相手をやめて、こちらに背を向けて座っているインプの後頭部を憎々しげに睨むのだった。




 シイさんがこの街に来て一週間ほど経った。シイさんはこの街に来てから『エンドレス』で気が向いたときに食事に来てくれていた。
 今日は祭りの準備が大詰めなこともあり、朝から準備に掛かりきり。僕がお店に出てたお昼にも来ていないようだったので、今日はまだ会えていない。
 何でだろうか、それが残念に思えてしまうのは。
 本当に気になって仕方なくて、仕事にも影響を及ぼしてしまっている。

「あーもう。考え事しながら仕事してるから最近ミスが多いんだ。・・・・もっとちゃんとやらないと!」
 思考を外に追い出して、頼まれている倉庫整理の仕事を黙々とこなしていく。元より頼まれていた仕事量は大して多くなく、集中してやればすぐに終わるものだった。

「これで、終わりっと・・・・。あ、そういえば聞いておこうと思ってたことがあったんだった」
 お祭りとなると他の町や村からも人が来るという。当然今のままでは人手が足りなくなることは想像に難くないわけで。
「マスター、倉庫整理終わりました」
「おー、お疲れ」
 厨房で仕込みをしていたマスターの背中に声をかけると、マスターは手を止めてこちらに振り向いた。
「いま、忙しいですか?」
「んー、もうそろそろ休憩しようと思ってたところだから大丈夫」
「良かった。あの、屋台の件で聞きたいことがあったのですが、こっちのお店はどうするんでしょうか?」
「ああ、言ってなかったっけ? 祭り中の本店は臨時休業だよ。レンくんはこの街で初めての祭りだし、屋台で売り子だけやるのもつまんないだろ。交代交代で考えてる。俺もあいつと祭りを周るつもりだし」
「そうですか・・・・」
「レンくんは、誰かと一緒に祭りにいかないのか? ほら、あのインプの子とか」
「シ、シイさんとですか? その、シイさんは友達がいっぱいいるでしょうし、無理だと思います」
「いや、あの子結構ぼっちだと思うけど・・・・」
「えっ?」
「えっ?」

「・・・・まぁそれはいいとして。なぁ、レンくん。俺がレンくんくらいの頃なんか、なんも考えてなかったぜ? 間違いなく俺はクソガキだったからな。だから別に、祭りのときくらい店のことなんて考えなくていいんだ」
「いえ、僕はそんな・・・・」
「大人のお節介ってやつかもしれんが聞いてくれ。俺はあいつに出会ってから、自分でも驚くぐらい変わったな。って自覚がある。人はさ、大切な誰かに出会うことで何かしら変わっていくんだと思うんだよ。最近、俺はレンくんは変わったと思うんだが、どうだ?」

「僕が、変わった・・・・?」

 マスターの言葉を反芻すると、すぐに僕は脳裏にあの人がよぎってしまって、

「おっ、誰か想像したな」

 図星を指されて、どきっと心臓が脈を打つ。

「もう答えは出てるみたいだな。行ってこい、レンくん!」
「・・・・はい!」
 マスターに背中を押された僕は、勢い良く走り出した。

「レンくんいなくなったら、うちの売り上げまた落ちるなあ・・・・」



 ああ、気づいてしまった。
 僕は、シイさんのことが好きになってしまっていたんだ。
 キラキラとした瞳でダンジョンを語るその姿が、何にでも前向きで明るい性格が、僕に笑いかけるその笑顔が。

 僕はシイさんと、今度のお祭りはもちろんのこと。
 今日も、明日も、ずっと一緒にいたい!

「あ、あの。シイさんいますか!」
 息を切らしながら、シイさんの泊まっている宿屋へ着く。
 宿屋の魔物さんは、困った顔で僕に告げた。

「レンくん。・・・・その、彼女はもう朝に帰っちゃって。これ、レンくんにって」

 差し出された紙には、『サンドイッチおいしかった、今までありがと!』とちょっと読みにくい文字が書かれていた。

 僕は宿屋の魔物さんにお礼を言って、外へ出た。もらった紙は、服のポケットにしまった。

「あーあ・・・・」

 言いたかったことがあった。まだまだ一緒にいたかった。
 もちろん、仕方ないことだってわかってる。
 でも、だけど。

 ・・・・彼女はもういないから、どうしようもないけれど。

「レ、レンくん!? どうしたの?」
「な、なんでも、なんでもないです」

 道を歩いてると、みんな心配してくれたのか声をかけてくる。

「レンくんが泣いてる・・・・」
「あのインプ許さん・・・・」

 ――せめて、お別れくらいは、言いたかったなあ。
19/03/24 05:09更新 / 涼織
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■作者メッセージ
 ポッと出のインプに主人公とられるのどんな気持ち? ねえどんな気持ち?

 フラグへし折りインプ!

 あ、ちなみに一話の雑文で美少年書きたいとか言ったの半分嘘です。一番はこの話が書きたかった。
 あ、あと次話が最後ですん。

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