第二話
魔物の街ガルセアのとある酒場には、昼間から飲んだくれている狸がいた。
「ちくしょう、なんでどこにもいないのよ!」
二年である。借金もない清らかな両親を相手に、必死に少しずつ好感度を上げつつ二年だ。あの子の悲しみに曇る顔を見たくないから、強引に両親に借金を負わせて奪い取ることもできず、コツコツと積み上げて来たのだ。
行商をしているからいつも側にいられないこともあって、モヤモヤとした日々が続いていた。しかしいずれ手に入れたあとのことを考えれば今の状況は焦らしプレイに見えなくもなく、ここまで待ったのだから自分のものになった瞬間はどれほどの快楽が自分の身を焼き尽くすのだろうかと、未来に期待を膨らませていた矢先。
久しぶりに町にきたら、その子の家はなくなり空き地になっていたのだ。
一瞬頭が真っ白になった。
そうしてしばらくの間呆けていたが、冷静さを取り戻し、近隣住民に話を聞くと目眩がした。
あの家族は疫病にかかって、死んだとのこと。家は他への感染を恐れて焼き払ったようだ。
死んだ・・・・死んだ・・・・死んだ。
またしばらく放心してしまう。現実感が沸かない。
詳しく話を聞くと、疫病の疑いが強い一人息子は今から五日前くらいに町を追い出されたらしい。
その言葉を聞いて、希望が沸く。私にとってはまだ、最悪の事態には陥っていないようだった。
この町にはもう絶対来ねえと誓いつつ、ありとあらゆるツテを使って近隣の町や村を探した。部下には流行病に効く薬も持たせ、人間達の間で普及するギルドには高額の依頼を出し、私自身も町や村をかけずり回った。
考えられる最良の方法は全部とったが、それでも見つからなかった。
疫病の疑いもあって寄り合い馬車などの足も利用できず、まだ大人になりきってない身体では、それほど遠くにいけるはずもないのに。目撃情報だって、信憑性がないのがほとんど。
一ヶ月も探してなんの進展もないのだ。酒を浴びるほど飲みたくなるのは、私だけじゃないはず。
「・・・・リネンちゃん、どうしたの? 昼間っからそんなに飲むなんて」
「うるへー、エールじゃんじゃんもってこーい!」
「はいはいわかりました、・・・・といいたいところだけど、この店これから昼休みなのよ」
「なぬ? この店にそんなのなかったような」
「ちょうど一ヶ月くらい前からね」
「一ヶ月まえ〜?」
それは奇しくも私があの子を探し始めた時期と重なって。
「ミシルちゃんとこの喫茶店に可愛い子が入ってねえ、そこで奥様同士集まるのが最近のトレンドでー」
「ミシルさんっていうと、『エンドレス』ですか」
だっさい店名だから覚えていた。確か最初はミシルさんが店名をエンドレスラヴにしようとしていたから、閉店したらどうするんですか? ってからかった記憶がある。普段強気なミシルさんと言えど少なからずショックを覚えたらしく、急に弱気になって店名を変えた。それでも短くしただけなあたり何とも言えないが。
私も何回か行ったことはあるが、ほとんど閑古鳥だったはず。店名はださいし、食べ物も普通、そしてなにより店が暇な時に、頼んでもいないのにしてくる惚気話が致命的。店に入ったら店内に誰もいなくて、代わりに厨房から喘ぎ声が聴こえてきたなんて話もある。
そんなもん独り身の魔物娘にとってみれば、ウザいなんてものじゃない。殺意が芽生えるレベル。そりゃ閑古鳥も大忙しになるってもんだ。
「わかりました・・・・、もう行きますよ」
まだまだ飲んでいたいのが正直なところだが、同じく商売を営む者として店の邪魔をする気はない。
まあ少しはスッとして、落ち込んだ気分も上向きになった。・・・・たとえ、何年かかっても探し出してみせる。そう決意を固めつつ、カウンターに代金を置こうと懐に手を入れ、
「もう、ほんとうに可愛いのよー、レンくんって! ウチの娘もらってくれないかしら」
一瞬で酔いが醒めた。
「レンくんっ!?」
「お願い、レンくん! この紙に書いてあることを言いながらそれを渡して!」
「お願いします!」
「よろしく・・・・!」
「は、はい?」
いつもの店内で僕は常連さんに囲まれ、よくわからないのだけど拝まれてしまった。そうやって渡されたのは一枚の小さな紙切れで。
「お願いー!」
「一生のお願いですー!」
「ちらちらっ」
「えーと、わかりましたから、皆さん頭を上げてください。・・・・この紙に書かれていることでいいんですよね?」
受け取った紙に書かれていた文字に目を通す。あまり難しい言葉は使われていなかったので、これくらいなら僕でもかろうじて読みとれる。
「うん、うん! 中身をスプーンでかき混ぜながらね!」
「できるだけノリノリでお願いします!」
「情感を込めて・・・・」
「んーと、『当店自慢のミルクをふんだんに使ったカフェオレです。おいしくなーれ、レンレン!』・・・・言いましたけど、これに何の意味が」
「あざーっす!」
「レンくん自慢のミルク・・・・!」
「れるれるじゅるるるうるるるぅ」
ワームの常連さんがカップを持たずに、舌だけでかなりの量のカフェオレを飲み干してしまった。
「って、あーッ!! 何全部飲んでんだおい!」
「レンくんのミルクがああぁあああ!!!」
「げふ、ごちそうさまでした。今度はミルクだけちょうだい」
「表出ろ蛇蜥蜴! 今日という今日は許さん!」
「いま堕落神の審判を仰ぎますギルティです。死の腕に抱かれなさい」
「望むところ。今の私は負ける気がしない」
お金を置いて外に出てしまった常連さんの三人。いったいなんだったんだろうか。
うーん、まあいいか。ただ、舌は大丈夫なのかなあ。熱いカフェオレだったから、火傷してないといいけど。
とりあえず、戻ってきたときのことを考えて、ワームさんの席に氷水を置いておいた。
やらなければならないことは多いので、仕事に戻る。そうして仕事に忙殺されていると、僕を呼ぶ叫び声が外から聞こえた。
「レンくん!」
僕を呼んだその人の顔には見覚えがあって、
「あれ・・・・。リネン、さん?」
でも、僕が知っていた人は、ふさふさの耳や尻尾はついていなかった。人違いなのかな、と首を傾げていると、
「レ、レンくーんッ!!!」
その人は両手を広げながら助走をつけてジャンプし、僕に飛びかかってくる。
「何をやろうとしてるんだ貴様は」
寸前で、ライカさんにおぼんで叩き落とされた。
「オーナー、不審な女を拘束した。どうしたらいい」
「外に捨ててきて〜、って誰かと思ったらリネンちゃんじゃない」
「レンくん! レーンーくーん!!!! ちくしょう、はーなーせー!!!!」
「うわ! これは確かに不審者だわ」
「放して! 放しなさい!」
「あのねえリネンちゃん、貴女眼がヤバいわ。まるで意中の男性が一ヶ月、生死不明の行方不明。もう見つからないんじゃないかって弱気になりかけてたときに、予想もしないところでばったり出会ってしまった、そんな顔してる」
「そんな顔も何もその通りよ!」
説明中。
「あら、大変だったわね〜。それじゃあ、んー。店の中、さらに護衛つきならレン君と話してもいいわよ」
「はぁ!? 貴女に何の権限があってそんなこと・・・・」
「私、雇用主。あの子、労働者。お店、営業時間。おーけー?」
「くっ、真っ当すぎて何も言えない! 手を打とう」
どうやら、本当に行商のリネンさんだったらしい。お久しぶりです、元気でしたか? と挨拶を交し合ってすぐに、リネンさんはこちらに飛びつく素振りを見せたところを、ライカさんが首根っこ掴んでおさえていた。
ちっ、と短く舌打ちをしたあと、リネンさんは僕に疑問を聞いてきた。
「どうしてレンくんはこの街に来たの?」
「僕が住んでたあの町に住めなくなったからです」
「うん、でも普通は他の村や町を選ぶじゃない。それがなんでわざわざここに・・・・? 噂は覚えてたでしょ、北の魔物の街に行くとーってやつ」
魔物の街の言い伝え。いろいろな人から聞いたけれど、特にリネンさんが街の恐ろしさをこれでもかと、僕に熱心に教えてきたのだっけ。
とっくに知ってるよーと答えたのはもう二年前のことだっただろうか。
「・・・・そうですね。あの時、僕はもう死んでしまってもいいと思ってました。だから、絶対に行ってはいけないから、この街に来たんです」
ぽつり、ぽつりと話していくと、一瞬、リネンさんが悲しそうな顔をした。どうかしました? と聞くと、構わずに続けて、と返される。
それからはこの街に来てからのことを順に話して終わった。
「リネンさん、僕からも質問いいですか?」
「な、なにを聞きたいの?」
「なんでリネンさんは嘘を? 魔物のみなさんはとても優しかったですよ。リネンさんも魔物なんだからそれは知っていたんですよね」
「そんなの・・・・」
僕がそう聞くと、リネンさんは少し俯いたかと思うと、勢いよく顔を上げた。その表情は今まで見たことがないくらいに真剣で。
「そんなの決まってる! 私は、レンくんのことが――」
「なーに」
「言おうと」
「してるのか?」
いきなり脇で聞いていた常連さんの三人が、リネンさんに絡み始めた。手で口を塞いだり、肩に手を回したり、頬をツンツンしたりと、オモチャで遊ぶような扱いで。
「なにすんのよ三バカ!」
三人の絡みを強引に振り払ったリネンさんは、店内に響くほどの大声で怒鳴った。
「三バカ!?」
「私を他と一緒くたにしないでください!」
「そんなことより、ぬけがけは私以外許さん」
リネンさんに振り払われても構わずに、また絡み始めて、
「ちょっと! 私はまだレンくんに話が――」
「いいからいいから」
「はいはい、ちょっと黙っててくださいねー」
「外で鬼ごっこやろうぜ。鬼は私達な」
リネンさんは連れて行かれてしまった。
「えーと、どうしよう」
よくわからなかったけれど、それにリネンさんも魔物だったことに驚いたけど。
うん、やっぱり久しぶりにリネンさんに会えて嬉しかった。
ここまで生きてきて、いろいろあった。悲しい別れもあれば、当然新たな出会いもあって。
そして、もう会えないかもしれないと思った人と会えたことは、とても喜ばしいことだった。
「明日も、良い日になりますように」
誰にも聞こえないくらい小さくつぶやいて、僕は仕事に戻った。
「ちくしょう、なんでどこにもいないのよ!」
二年である。借金もない清らかな両親を相手に、必死に少しずつ好感度を上げつつ二年だ。あの子の悲しみに曇る顔を見たくないから、強引に両親に借金を負わせて奪い取ることもできず、コツコツと積み上げて来たのだ。
行商をしているからいつも側にいられないこともあって、モヤモヤとした日々が続いていた。しかしいずれ手に入れたあとのことを考えれば今の状況は焦らしプレイに見えなくもなく、ここまで待ったのだから自分のものになった瞬間はどれほどの快楽が自分の身を焼き尽くすのだろうかと、未来に期待を膨らませていた矢先。
久しぶりに町にきたら、その子の家はなくなり空き地になっていたのだ。
一瞬頭が真っ白になった。
そうしてしばらくの間呆けていたが、冷静さを取り戻し、近隣住民に話を聞くと目眩がした。
あの家族は疫病にかかって、死んだとのこと。家は他への感染を恐れて焼き払ったようだ。
死んだ・・・・死んだ・・・・死んだ。
またしばらく放心してしまう。現実感が沸かない。
詳しく話を聞くと、疫病の疑いが強い一人息子は今から五日前くらいに町を追い出されたらしい。
その言葉を聞いて、希望が沸く。私にとってはまだ、最悪の事態には陥っていないようだった。
この町にはもう絶対来ねえと誓いつつ、ありとあらゆるツテを使って近隣の町や村を探した。部下には流行病に効く薬も持たせ、人間達の間で普及するギルドには高額の依頼を出し、私自身も町や村をかけずり回った。
考えられる最良の方法は全部とったが、それでも見つからなかった。
疫病の疑いもあって寄り合い馬車などの足も利用できず、まだ大人になりきってない身体では、それほど遠くにいけるはずもないのに。目撃情報だって、信憑性がないのがほとんど。
一ヶ月も探してなんの進展もないのだ。酒を浴びるほど飲みたくなるのは、私だけじゃないはず。
「・・・・リネンちゃん、どうしたの? 昼間っからそんなに飲むなんて」
「うるへー、エールじゃんじゃんもってこーい!」
「はいはいわかりました、・・・・といいたいところだけど、この店これから昼休みなのよ」
「なぬ? この店にそんなのなかったような」
「ちょうど一ヶ月くらい前からね」
「一ヶ月まえ〜?」
それは奇しくも私があの子を探し始めた時期と重なって。
「ミシルちゃんとこの喫茶店に可愛い子が入ってねえ、そこで奥様同士集まるのが最近のトレンドでー」
「ミシルさんっていうと、『エンドレス』ですか」
だっさい店名だから覚えていた。確か最初はミシルさんが店名をエンドレスラヴにしようとしていたから、閉店したらどうするんですか? ってからかった記憶がある。普段強気なミシルさんと言えど少なからずショックを覚えたらしく、急に弱気になって店名を変えた。それでも短くしただけなあたり何とも言えないが。
私も何回か行ったことはあるが、ほとんど閑古鳥だったはず。店名はださいし、食べ物も普通、そしてなにより店が暇な時に、頼んでもいないのにしてくる惚気話が致命的。店に入ったら店内に誰もいなくて、代わりに厨房から喘ぎ声が聴こえてきたなんて話もある。
そんなもん独り身の魔物娘にとってみれば、ウザいなんてものじゃない。殺意が芽生えるレベル。そりゃ閑古鳥も大忙しになるってもんだ。
「わかりました・・・・、もう行きますよ」
まだまだ飲んでいたいのが正直なところだが、同じく商売を営む者として店の邪魔をする気はない。
まあ少しはスッとして、落ち込んだ気分も上向きになった。・・・・たとえ、何年かかっても探し出してみせる。そう決意を固めつつ、カウンターに代金を置こうと懐に手を入れ、
「もう、ほんとうに可愛いのよー、レンくんって! ウチの娘もらってくれないかしら」
一瞬で酔いが醒めた。
「レンくんっ!?」
「お願い、レンくん! この紙に書いてあることを言いながらそれを渡して!」
「お願いします!」
「よろしく・・・・!」
「は、はい?」
いつもの店内で僕は常連さんに囲まれ、よくわからないのだけど拝まれてしまった。そうやって渡されたのは一枚の小さな紙切れで。
「お願いー!」
「一生のお願いですー!」
「ちらちらっ」
「えーと、わかりましたから、皆さん頭を上げてください。・・・・この紙に書かれていることでいいんですよね?」
受け取った紙に書かれていた文字に目を通す。あまり難しい言葉は使われていなかったので、これくらいなら僕でもかろうじて読みとれる。
「うん、うん! 中身をスプーンでかき混ぜながらね!」
「できるだけノリノリでお願いします!」
「情感を込めて・・・・」
「んーと、『当店自慢のミルクをふんだんに使ったカフェオレです。おいしくなーれ、レンレン!』・・・・言いましたけど、これに何の意味が」
「あざーっす!」
「レンくん自慢のミルク・・・・!」
「れるれるじゅるるるうるるるぅ」
ワームの常連さんがカップを持たずに、舌だけでかなりの量のカフェオレを飲み干してしまった。
「って、あーッ!! 何全部飲んでんだおい!」
「レンくんのミルクがああぁあああ!!!」
「げふ、ごちそうさまでした。今度はミルクだけちょうだい」
「表出ろ蛇蜥蜴! 今日という今日は許さん!」
「いま堕落神の審判を仰ぎますギルティです。死の腕に抱かれなさい」
「望むところ。今の私は負ける気がしない」
お金を置いて外に出てしまった常連さんの三人。いったいなんだったんだろうか。
うーん、まあいいか。ただ、舌は大丈夫なのかなあ。熱いカフェオレだったから、火傷してないといいけど。
とりあえず、戻ってきたときのことを考えて、ワームさんの席に氷水を置いておいた。
やらなければならないことは多いので、仕事に戻る。そうして仕事に忙殺されていると、僕を呼ぶ叫び声が外から聞こえた。
「レンくん!」
僕を呼んだその人の顔には見覚えがあって、
「あれ・・・・。リネン、さん?」
でも、僕が知っていた人は、ふさふさの耳や尻尾はついていなかった。人違いなのかな、と首を傾げていると、
「レ、レンくーんッ!!!」
その人は両手を広げながら助走をつけてジャンプし、僕に飛びかかってくる。
「何をやろうとしてるんだ貴様は」
寸前で、ライカさんにおぼんで叩き落とされた。
「オーナー、不審な女を拘束した。どうしたらいい」
「外に捨ててきて〜、って誰かと思ったらリネンちゃんじゃない」
「レンくん! レーンーくーん!!!! ちくしょう、はーなーせー!!!!」
「うわ! これは確かに不審者だわ」
「放して! 放しなさい!」
「あのねえリネンちゃん、貴女眼がヤバいわ。まるで意中の男性が一ヶ月、生死不明の行方不明。もう見つからないんじゃないかって弱気になりかけてたときに、予想もしないところでばったり出会ってしまった、そんな顔してる」
「そんな顔も何もその通りよ!」
説明中。
「あら、大変だったわね〜。それじゃあ、んー。店の中、さらに護衛つきならレン君と話してもいいわよ」
「はぁ!? 貴女に何の権限があってそんなこと・・・・」
「私、雇用主。あの子、労働者。お店、営業時間。おーけー?」
「くっ、真っ当すぎて何も言えない! 手を打とう」
どうやら、本当に行商のリネンさんだったらしい。お久しぶりです、元気でしたか? と挨拶を交し合ってすぐに、リネンさんはこちらに飛びつく素振りを見せたところを、ライカさんが首根っこ掴んでおさえていた。
ちっ、と短く舌打ちをしたあと、リネンさんは僕に疑問を聞いてきた。
「どうしてレンくんはこの街に来たの?」
「僕が住んでたあの町に住めなくなったからです」
「うん、でも普通は他の村や町を選ぶじゃない。それがなんでわざわざここに・・・・? 噂は覚えてたでしょ、北の魔物の街に行くとーってやつ」
魔物の街の言い伝え。いろいろな人から聞いたけれど、特にリネンさんが街の恐ろしさをこれでもかと、僕に熱心に教えてきたのだっけ。
とっくに知ってるよーと答えたのはもう二年前のことだっただろうか。
「・・・・そうですね。あの時、僕はもう死んでしまってもいいと思ってました。だから、絶対に行ってはいけないから、この街に来たんです」
ぽつり、ぽつりと話していくと、一瞬、リネンさんが悲しそうな顔をした。どうかしました? と聞くと、構わずに続けて、と返される。
それからはこの街に来てからのことを順に話して終わった。
「リネンさん、僕からも質問いいですか?」
「な、なにを聞きたいの?」
「なんでリネンさんは嘘を? 魔物のみなさんはとても優しかったですよ。リネンさんも魔物なんだからそれは知っていたんですよね」
「そんなの・・・・」
僕がそう聞くと、リネンさんは少し俯いたかと思うと、勢いよく顔を上げた。その表情は今まで見たことがないくらいに真剣で。
「そんなの決まってる! 私は、レンくんのことが――」
「なーに」
「言おうと」
「してるのか?」
いきなり脇で聞いていた常連さんの三人が、リネンさんに絡み始めた。手で口を塞いだり、肩に手を回したり、頬をツンツンしたりと、オモチャで遊ぶような扱いで。
「なにすんのよ三バカ!」
三人の絡みを強引に振り払ったリネンさんは、店内に響くほどの大声で怒鳴った。
「三バカ!?」
「私を他と一緒くたにしないでください!」
「そんなことより、ぬけがけは私以外許さん」
リネンさんに振り払われても構わずに、また絡み始めて、
「ちょっと! 私はまだレンくんに話が――」
「いいからいいから」
「はいはい、ちょっと黙っててくださいねー」
「外で鬼ごっこやろうぜ。鬼は私達な」
リネンさんは連れて行かれてしまった。
「えーと、どうしよう」
よくわからなかったけれど、それにリネンさんも魔物だったことに驚いたけど。
うん、やっぱり久しぶりにリネンさんに会えて嬉しかった。
ここまで生きてきて、いろいろあった。悲しい別れもあれば、当然新たな出会いもあって。
そして、もう会えないかもしれないと思った人と会えたことは、とても喜ばしいことだった。
「明日も、良い日になりますように」
誰にも聞こえないくらい小さくつぶやいて、僕は仕事に戻った。
15/12/04 01:47更新 / 涼織
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