連載小説
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番外編 ありえたかもしれない未来
 ふと気がつくと、僕は必死に逃げていた。
 広いダンジョンをひた走る。僕を追ってきている何かに捕まらないように、少しでも速く先を急いだ。
 けれど、逃げても、・・・・逃げても。ダンジョンの出口がやけに遠くて、いつまでたっても辿り着くことができない。時折身体を掠める糸は、どこまでも僕を追い続ける。
 やがて背中に糸が張り付き、僕は一歩も動けなくなった。くすくす、という笑い声が背後から徐々に近づいてくる。
 おそるおそる振り向くと、異形の怪物が大口を開けて僕に迫っていて――

「あぁあああッーーー!!!」

 身体にかかっていた毛布をはね飛ばして、僕はベッドから起きあがっていた。冷や汗が頬を伝い、寝間着の服に滴り落ちていく。身体がぶるぶると震え、歯が上手く噛み合わずにカチカチと音を立てた。

「ぁ・・・・、っ・・・・はぁ。夢、か・・・・」

 度々見る悪夢。それは僕が初めて命の危険を感じた、ダンジョン一階層での逃亡戦。
 ・・・・今でも鮮明に思い出すことが出来る。余裕をもって避けたはずの糸が背中に張り付き、何か一つでも事を間違えれば絶体絶命の窮地に陥ってしまったことを。

 あのとき、僕は背中に張り付いた糸を焼こうとはせずに、大事な外套を諦めて脱ぎ捨て、ダンジョンからの脱出を最優先した。
 その選択が正しかったかは今もわからない。もしかしたら外套を諦める必要はなかったのかもしれない。

 ただ、僕の直感はいつだって正しかった。今までのダンジョン探索、ダンジョンの異変や、帰還ルート選び、逃げの攻防まで、全てにおいて。
 だからこそ僕は、躊躇いを切り捨てて大事な外套を脱ぎ、何故か服にまで張り付くそれを、中の服をナイフで破くことによって捨て、命辛々ダンジョンから脱出したのだ。

 後に探索者ギルドは、一階層に『ユニークモンスター』が出現したと発表した。『ユニークモンスター』とは階層に出てくる通常モンスターの強さを遙かに上回る存在であり、探索者には死神と称され恐れられている。
 一階層で出ることはないと言われている『ユニークモンスター』だけに、探索者の間では動揺が広がった。それほどまでに大きな事件だった。

 幸いなのが、『ユニークモンスター』は一定期間でいなくなるらしい。また、万が一に備えて討伐隊を募るのだという。探索者ギルドとしても、新人が通る道をそのままにしておけないのだろう。
 それからほどなくして『ユニークモンスター』の討伐完了の旨が発表され、徐々にではあるけど一階層はまた以前のような活気を取り戻した。

 けれど僕は、・・・・以前と変わりない、というわけにはいかなくて。

 あれから三ヶ月が経った今も、たまにこうしてあの日の夢を見る。夢なのに妙にリアルで、あのとき感じた恐怖がそのまま僕を襲ってくるのだ。

「はぁ、身体中汗べったりだよ・・・・」

 どれだけ恐がりなんだ僕は。所詮、夢は夢でしかないってのに。
 ・・・・ともあれ、このままではいられない。
 宿の人に身体を拭くための布と水桶を借り受けるために、僕は寝間着のまま部屋を後にした。


 ・・・・
 ・・・・・・・・
「もう、寝ているのに隙なさすぎ。今日もほんのちょっとしかペロペロできなかった・・・・。いや、隙ありすぎだとさすがに我慢がきかなくなるから逆にいいのかしら」
「あの、ミーネさん。彼の寝床に忍び込むのそろそろやめてもらえませんか?」
「・・・・別に毎晩じゃないからいいでしょう?」
「いや、他のみんなからもズルいって苦情がきてて!」
「あ゛? 他のみんなって誰よ?」
「わ、私じゃないですよ! いやー、ほんと誰なんでしょうねー。あははは・・・・」
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・
 


「・・・・よし、準備終わり!」
 手早くダンジョンに潜る準備を済ませたあと、壁に掛けていた外套を羽織って僕は宿を出た。

 多くの人が暮らす迷宮都市イシュル。『世界蛇のダンジョン』を中心に築かれた都市は、冬の季節でも往来に人が絶えることはなく、暮らしている人も様々だ。

 たとえば、農家の次男以下。
 冬は農作業もすることがない。元から邪魔扱いされやすい彼らがイシュルに出稼ぎにきて、何割かはそのまま定住するのだとか。ただ農家に限らず、稼ぎが少なくなりやすい季節だけ本業を停止して、イシュルに出稼ぎに来る人もいるらしい。

 たとえば、流民。
 主に、住んでいる領の税が高すぎて逃げてきた人々などだろうか。イシュルの税は年一回の人頭税のみで、値段も安い上に借金がきく。ちなみに商売人はまた別の税が課せられるらしいが、僕には詳しくはわからない。

 たとえば、スラムの住人。
 探索者ギルドの人間がイシュルにほど近い国や町村を周り、物乞いや孤児などを馬車に乗せて連れ帰る。多額の金を積んでいるのか、どこの誰も文句は言わない。・・・・普段は人身売買にうるさい主神教団でさえも同じだ。

 イシュルはそうしてどんな人でも受け入れる。だというのに、犯罪が少なくて活気があるという、とても不思議な都市だ。

 そういうところが、僕にとって居心地が良かったりする。

 

 今日、迷宮都市を歩く人々は、いずれも足早に移動していた。無駄な立ち話をしている人は見ない。
 おそらく原因は、外がとても寒いからか。時折雪が視界をちらつかせ、通行人の頭や肩にふんわりと降り立ち、さっと溶けてなくなる。この寒さを乗り越えれば、そろそろ春がやってくる頃だろうか。

 ――外套がなければ、僕も辛かっただろうな。

 背中の外套を少し撫でる。サラサラとした心地よい肌触りが手に伝わった。



 あの忌まわしき事件の次の日、僕は外套がなくなったことをミーネさんに謝りにいった。どんな反応をされるのか考えると怖かったが、言わないわけにもいかなかった。
 しかし色々考えた予想と反して、悲しまれたり怒られたりといったことはまったくなく、むしろ今までに見たことがないほど上機嫌。
 加えて何故か新しい外套まで用意されていたので、僕は意味が分からなくて困惑しっぱなしだった。

 とりあえず、僕には受け取る資格なんてありません、って断ったのだけど、ミーネさんは外套を着けようとする手を止めなかった。代わりに耳元で、「これはギルドの極秘情報なんだけどね・・・・」と前置きをして、

「『ユニークモンスター』に狙われた探索者って、ほぼ100%の確率で帰ってこれないのよ?」

 さらに続けて出てくる言葉は、『ユニークモンスター』から逃げきれた僕はとても有望な期待株、いずれ大きく名を上げる、などといった僕に対する賞賛の数々。

 そして、この外套はそんな僕に相応しい装備なのだと、

「フェイ君はすごい。もっと自信持っていいんだよ」

 にっこり笑って、ミーネさんはそう言うのだ。

 ・・・・その笑顔が眩しくて、僕は思わず目を逸らしてしまった。
 だって、あのとき感じた恐怖を思い出せば、降って沸いた自信なんて忽ち消えてしまうのだから。

 

 そうして『ユニークモンスター』との遭遇から一ヶ月が経ってもなお、僕はダンジョンに入ることが出来なかった。

 何回ダンジョンの入り口前に行っても、直前で膝が笑って立ちすくんでしまう。探索者ギルドが一階層『ユニークモンスター』の討伐完了の旨を、掲示板に張り出したというのに、だ。
 元々少ない稼ぎで食いつないでいた僕の貯蓄は目に見えて減り、そろそろ底をついてしまう。このまま街を去った方が良いのではないか、という選択肢が脳裏に浮かんだのも、一度や二度ではなかった。

 

 そんなときに、僕がいつもお世話になっている一流探索者のケイトさんが僕の宿に訪ねてきた。

「いや、俺としてはもうちょい冷却期間あってもいいんじゃないかと言ったんだけどな。強引すぎるだろあの人・・・・。っとまぁ愚痴は置いといて、だ。メシ食いに行こうぜ」

 お金が心許ないことを伝えると、「俺の稼ぎ的に、お前に何百回奢ろうと問題ない!」と言って、腕を捕まれ強引に連れ出された。

 

 来たのは場末の酒場だった。ここで出される手羽先が無性に食いたくなる時があると、ケイトさんは言いながらテーブル席に座る。遅れて僕も向かいの席に座った。

 しばらくは、ケイトさんが自身の近況を話していく。七十層に手こずっているとか、パーティーメンバーがダンジョンで派手にこけて骨折し、無駄に回復アイテム使ったとか、ポーション屋の娘が超可愛いとか、いろいろなことを。

 そうしてケイトさんは一通り話し終えると、僕のジョッキにお酒を継ぎ足しながら話を促してきた。
「で、だ。なんかあんだろ、フェイ。言ってみろよ」

 普段ならもごつく口が苦もなく開けたのは、お酒の力があったからかもしれない。

「・・・・一階層にユニークモンスターが出た話は知っていますか?」
 ぽそり、ぽそりと考えていることを声に出していく。
「ああ。一階層にユニークモンスターが出た、なんて聞いたこともない話、すぐに噂で流れてくるさ。ってことは、やっぱり?」
「はい、僕はそのユニークモンスターに襲われました。・・・・なんとか逃げ切ることは出来たんですが、ただそれは運も味方してくれた部分があったからで。次にまた会ったら、もう一回逃げきれる保証はなくて」

 あのとき初めて感じた死への恐怖は、激流の如く僕の心を飲み込んでいた。

「・・・・怖いんです」
 つまり、そういうことだ。こんな僕が、探索者としてこの先やっていけるのかが不安で仕方ない。

 僕は臆病なんだ。

 

 僕のみっともない告白を聞いたケイトさんは、右手を自身の額に置いて目を閉じた。
 ケイトさんはミーネさんと同じで、僕に期待を寄せてくれている数少ない人だ。だからきっと、幻滅させてしまったのだろうと思った。

「フェイ。俺がお前にソロで潜るよう言ってから、どれくらい経った?」
 でもケイトさんが言ったのは、僕を見限る言葉でも叱責する言葉でもなく、ただの質問だった。

「なぁ、フェイ。いつだ?」
「え、あ、はい」
 ケイトさんとの会話は身になることが多かったので、大まかなことは記憶している。
 確か、何回かこうして一緒に食事をして、仲間が出来ないんですが何か良い方法ありますかと聞いたら、「お前スカウトだろ? 一階層くらいソロでいけ」と言われたんだっけ・・・・。

「えっと、・・・・今から、一年くらい前ですかね」
「・・・・気付くのがおせーよ!」
 はぁ、とケイトさんはため息を一つ。
「あのなぁ、怖いのなんて当たり前だろうが。ダンジョンってのはそういうところなんだ。自分の命をチップに、欲しいモンを手に入れる。怖いのはみんな、お前と同じさ」
「・・・・」
「いいか、俺がお前にソロを勧めた理由は二つある」

 そう言ってケイトさんは指を二本立てた。

「一つ、・・・・まあこれはスカウト職につく友人の受け売りなんだがな。以前、その友人に優秀なスカウトの理想像を聞いたことがあるんだよ。そいつの話によると、スカウトってのは常に大局的な視野を持つことが大事なんだと。だから俺は、一人で何でもこなすソロの経験が、スカウトのお前にとって後々生きてくると思った」

「そしてもう一つは、モンスターの怖さを知っておくこと。こっちは俺の持論なんだが、怖さを知らないやつってのは脆い。いざ怖さを知ったときに、周りにとんでもない迷惑をかけるんだ。これは実践でしか手に入らないモンだから、なるべく安全な一階層で経験しておいたほうがいいと思ってな。っとまぁ以上が、俺がお前に一階層ソロを勧めた理由だ。・・・・一ヶ月で泣きついてくると思ったんだけどな」

 ケイトさんは片手に持ったお酒を一気に呷った。
「ぷはー! ということで、フェイ。俺の課した目標達成おめでとう。お前はもう立派な探索者だよ。もういっちょ、かんぱーい!」
「か、かんぱい、です」
「なんだよ、腑に落ちないって顔だな。世間的に一流探索者の俺のお墨付きだぞ」

 それは、すごく嬉しい。でも、でも!

 当時の僕、というかさっきまでの僕は、ケイトさんの話を冗談だと思っていた。彼にソロでやれと言われたから、ソロでやっていたわけではなかったのだ。もちろん、その理由はただ一つ。

「あの、ケイトさん。すごい重要なことがあってですね。実は僕、ソロを好きでやっていたわけではなくて、仲間が!」
 出来なかったんです・・・・と言葉を続けようとしたところに。

「そうだ、フェイ。言い忘れてたが、今日はお前に提案があってな。もうそろそろ来るはずなんだが・・・・。お、噂をすれば、ってやつだな」

 三人組が、酒場へと入ってきて・・・・。
 



 ――考えごとをしているうちに、もう目的地はすぐそこだった。
 僕のパーティーメンバーは、全員揃っているようだ。僕は小走りで駆け寄っていく。

「遅かったな、フェイ君」
「寒い。待ちくたびれたぜ」
「ごめんなさい!」
「フェイ君、気にしないでください。待ち合わせ時間は過ぎてませんし、私達もたった今来たばかりですから。・・・・二人とも、フェイ君を困らせて楽しむのは悪趣味ですよ」

 僕を迎えてくれたのは、主神教団の紋章が入った武器や防具を身につけている人達。いま迷宮都市において異例のスピードでダンジョンを攻略していると話題の教団パーティーだ。

 輝く全身鎧に身を包み、巨大な盾を背負ったパラディンのシルバさん、尖り帽子と長いコートが特徴的なソーサラーのジンさん、教団の礼服に身を包んでいるプリーストのコルトさん。
 シルバさんはみんなを守る盾役、ジンさんは強力な攻撃魔法を操る火力担当で、コルトさんは回復や補助魔法を使うサポートを主にしている。

 この三人は主神教団勢力に属していて、いずれも実力は一級品。イシュルの要請を受けた教団が派遣した、教団のエリート兼鼻つまみ者なんだと、酒の席でジンさんがこぼしていた。

 『仔兎』と蔑まれていた僕がこのパーティーに入れてもらえたのは、いつも僕がお世話になっている一流探索者のケイトさんに紹介してもらったのがキッカケだ。ちょうど優秀なスカウトを探していたらしいのだが、何故か僕に白羽の矢が立ってしまった。

 今まで一階層に潜っていた僕には荷が重すぎる、すぐにパーティーを解消されるだろう・・・・などと初めに考えていたのが、今では六十階層の攻略中なのだから人生何が起きるのかわからない。この前まで底辺も底辺だった僕が、一気に一流探索者へと上り詰めてしまったのだ。

 その結果、今の僕には『仔兎』に加えて『腰巾着』というあだ名がついてしまっていたりする。
 パーティーのみんなからはそんなことはないと言われるけれど、実力不足は自覚しているからかあまり悔しくは感じない。むしろ僕はその謗りを、甘んじて受けねばならないとさえ思う。

「さて、と。じゃあ皆揃ったことだし。ダンジョンに行こうか」

 パーティーリーダーのシルバさんが移動を促して、都市中心にそびえ立つ探索者ギルドへと向かった。

 

 現在、僕たちのパーティーは六十階層を進行中。強いモンスターが増えたので戦闘時間も比例して延び、五十階層以前までと比べると、攻略スピードはガクッと落ちるようになった。あとは一からマップ作成している手間も入る。

 『世界蛇のダンジョン』の地図は、一階層から三十階層までなら探索者ギルドでお金を払えば手に入る。しかし逆に、それ以降の階層の地図は売られておらず手に入れにくい。
 その理由として、深層に近づくだけデータが不足しがちというのが一つ。だけど何より、探索者ギルドが地図の売り買いを取り締まり独占していることが大きいだろう。

 地図が手に入らないことに対して探索者の間でどれだけ不満の声が上がろうと、探索者ギルドは頑なに地図売買の許可を出さなかった。地図があっても実力がなければいつか足下を掬われるから、といういささか疑問の残る回答を、ギルドは地図を売り出さない理由として告知している。

 たださすがに、個人間でのひっそりとした地図の受け渡しまでは取り締まれないようだ。シルバさん達も、以前ダンジョンに派遣され帰ってきた人達から、何十枚もの地図を描き写させてもらったらしい。

 

 さて、パーティーに引っ張られる形で、三流探索者から一流探索者となってしまい、色々と馬鹿にされている僕だけれど、ダンジョンで役に立っていないわけではない。
 そもそもスカウト職は、パーティーに一人は必須と言われるくらいに重要な役割を持つからだ。
 
 みんなのいる位置から離れて先頭に立ち、敵襲及び罠の警戒、解除を行う。その際に地形を大まかに覚えておく。

 スカウト職にとって斥候は、その名の通り基本中の基本であり、一番に技量が問われるところだ。パーティーが突然モンスターに襲撃されること、罠にかかってしまうことは、スカウトの失態と言っていい。
 
「罠解除終了、と」
 道に設置されていた罠を手早く撤去し、先へと進んだ。これまで何も問題なく順調に進んでいる。

 一般的に深層と呼ばれる階層を攻略していて拍子抜けだったのは、罠に関しては一階層も六十階層もさほど変わらないということ。罠の種類が増えて、ちょっと面倒になったかな、と感じるくらいだ。
 罠の効力も凶悪さが増してるらしいけれど、そもそも今まで罠に嵌まったことも解除ミスをしたこともないから実感はない。

「・・・・そろそろみんなと合流するか。地図も描かないといけないし」 

 斥候中に何かあって僕一人で対処出来ない場合、先行している僕は引き返し、後ろにいるみんなと合流して協議する。何もない場合でも、区切りの良いところで合流して休憩することになっている。そしてちょうど今は、後者の頃合いだった。

 

 本来、シルバさん達が描き写してきた地図があったため、僕の仕事に地図を描くことは含まれていなかった。

 しかし、シルバさん達が描き写してきた地図はお世辞にも良質の物とは言えず、酷い物になると何一つ合ってないものもあった。そのことを問いただすと「酒飲みながら描いてたからなー」と言われ、僕はしばらく開いた口が塞がらなかったのを覚えてる。てきとーすぎるというか、ダンジョンを馬鹿にしてる域であった。

 結局その事実が発覚してからは、描き写してきた地図は信用出来ないため全部捨ててもらい、僕が一から作成している。階層を攻略してしまうとすぐにいらなくなってしまうが、シルバさん達の遠征終了後、いずれ来る教団の方々の役には立つので、それを思うと手は抜けない。
 
 さすがに地図を描きながらモンスターの警戒までするのは難しいので、みんなで合流して休憩をとった時にマップ制作を行っている。


 そして、僕はパーティーで決めた約束通りみんなと合流しようとして、――やっぱりやめた。

「・・・・ん〜、もうちょっと進んでおこうかな」
 なんとなく、いま合流をすると二度手間になる気がした。そして、僕の『なんとなく』は当たる。

 直感に従って進んでいると、大部屋に差し掛かった。やっぱり進んで正解だったみたいだ。僕は一端足を止めて、後ろのみんなが来るのを待つ。

 六十階層は、いくつもの部屋が通路によって繋がれているタイプの階層だ。
 一階層などの通路が延々と続く迷路タイプに次いで多く、それぞれの部屋にはモンスターや罠、宝箱などが存在する確率が高い。

 僕らのパーティーは安全優先で、部屋の前では全員が合流する決まりになっていた。

 ・・・・たぶん、罠部屋かな?

 待っている間は暇なので、大雑把に観察する。外からの魔力探知なので正確なことまではわからないが、そう大きくは外さない。


 後ろのみんなと合流すると、先んじて僕が部屋へと入った。
 ――予想通り罠部屋か。モンスターもなし、っと。

「皆さん、気をつけてください。この部屋には罠が多いので、僕がいいと言うまでは、その場を動かないでください」
 遅れて入ってきたみんなに、振り返って注意を促した。
 
「了解だ」
「へー、ぜんっぜんわからん。まあフェイ。頼んだ」
「君はいつもそればっかりですね」
「適材適所ってやつだ」

 みんながワイワイと話すのを背に、罠の解除へと取りかかる。罠の数が多いので、あれを使うことに決めた。

 あの一階層での窮地の経験を経て、僕が以前と変わったものが一つ出来た。
 それが、僕オリジナルのユニークスキル『具現化する自身の未来』。自分自身を魔力で具現化して、自由自在に操ることが出来る。
 分身は実体を持つので罠の解除やスキルを使わせることも可能だ。ユニークスキル使用に魔力は多く使うが、使った魔力は分身に触れればまた取り込むことが出来る。

 利点は数多くあり、その中でも一番大きいのは、どんなに危険な場所でも保険に使えるということ。今までは避けていたハイリスクハイリターンの選択肢が選べるようになり、ダンジョンで得られるお宝もよりよい物になった。
 逆に欠点は、分身は傷を受ければ大きさに比例してその場所から徐々に魔力が漏れだしていずれ消えてしまうことと、消えてしまえば使った魔力は自身に還元されずに霧散すること、そして何より、自分が行動している状態だと、具現化した自分を動かすのにとても集中力がいることか。

 僕は分身を使って、ダンジョンの部屋の罠を解除していく。危険そうな罠は分身、比較的安全そうな罠を自分が担当する。
 解除失敗はなし。僕は分身に触れて取り込み、魔力を元に戻した。罠の数に比べて、意外と短時間で終わったので魔力消費は少ない。

「終わりました」

「・・・・相変わらずユニークスキルすげえなあ。偵察、身代わり、攪乱性能と汎用性が高すぎる」
「これを知れば周りの対応がガラッと変わるでしょうね。まあ教えませんが」
「そもそも、フェイ君はユニークスキルがなくても充分な実力だろう」

 と、みんなは誉めてくれるが、厳しい意見も聞いておきたいのが本音だったりする。
 僕の見落としが、パーティーの危機に繋がるわけだから。

「じゃあ良い頃合いだし、この部屋で大休憩をとろう。僕が警戒、ジンとコルトは食事の準備、フェイ君は地図の作成を頼む」
 シルバさんが指示を出して、各々がそれに従い作業を行った。

 

 大休憩を終え、探索を再開する。

 六十階層を攻略し始めてから、一昨日、昨日と合わせて計三日。ここまでかなりのハイペースだ。攻略に限界を感じたらその階層に留まって実力を上げるのがセオリーだが、パーティーの皆にはまだ余裕がある。

「あれ、もう部屋か」

 罠部屋を抜けてから、さほど経たない内にまた部屋があった。この感じはモンスター、それも強い魔力を持っていそう。
 イシュルのダンジョンは五階層毎に強力な魔物が存在する。ボスと称されるそれに挑むには、相応の実力が必要だ。たぶん、僕の予想が外れなければ、ここがそのボスがいる場所だろう。
 

「あっれ、次の部屋つくの早いなー」
「今度は何部屋でしょうね」
「フェイ君の予想は?」

「・・・・おそらく、この先はボス部屋ですね。一際強い魔力を感じます。ただ――」

 僕は口を噤んだ。

「どうした?」
「――いえ、なんでもありません」

 ここは六十階層。一流探索者でも油断をすれば、容易に命を落とす場所だ。そのボスモンスターも相当な実力を持っているはずなのに。
 なんで僕は、緊張や恐怖を感じないのだろう。

 

 ・・・・
 ・・・・・・
「ジンさん!」
 僕は風の魔法が込められたスクロールを鞄から取り出して使用し、敵の攻撃を反らす。
 その間に体勢を整えたジンさんが戦線に復帰し、
「サンキュー、フェイ。助かったぜ! っとぉ!」
 お礼を言いつつ強烈な攻撃魔法をお見舞いする。ボスモンスターは魔法を無効化するが、同時に行われたシルバさんの鋭い剣戟を躱すことは出来なかった。
 シルバさんの一撃をまともに受けたボスモンスターは、光の粒子となって消えていく。

 六十階層のボス戦は危なげなく終わった。

「うぉっしゃあ! 六十階層攻略だな!」
「ジン、また考えなしに魔法をぶっ放して! 最初に反射された時は全滅するかと思いましたよ!」
「堅いこというのはやめろよー、勝ったんだからいいだろ」

 パーティーのみんなは六十階層の攻略を喜び、口々に話す。

「フェイくん、君はすごくいい。今夜一発どうだい?」
「やめろバカ! フェイになにさす気だ!」
「ははっ、なんだジン。嫉妬は見苦しいぞ」
「んなわけねえだろ、死ねホモ野郎!」
「失敬な! 僕は性別とか気にしないよ。ただ僕の股間を疼かせる女に一度も会ったことがないだけさ!」
「それを世間一般ではホモっていうんだよ!」
「二人とも、聖職者にあるまじき発言は控えてください。私まで誤解されます」

 自称常識人のコルトさんが、ヒートアップした二人を抑える。この三人の中ではプリーストのコルトさんが、暴走しがちな二人のストッパー役であった。
 そんなコルトさんは二人の相手は大変だと、いつも酒の席で愚痴をこぼす。以前、酔いも回って饒舌になると、皆がここにきた事情もついでに話してくれた。

 曰く、シルバさんは男娼と遊んでいたのを密告された、ジンさんは偉い上司に楯突いた。ついに自分が尻拭いできないレベルまでなって、生存率が低いと有名なイシュル遠征(左遷)と相成ったのだとか。

 そうして嘆くコルトさんに、二人の理由はわかりましたが、コルトさんはどうして来たのですか? と僕が聞くと、
「・・・・ははっ、秘密です」
 と一瞬真顔になって薄く笑うだけだった。正直コルトさんが一番よくわからない人である。

「しかし、あと一人前衛が欲しいな。さすがにここまでくると僕一人では厳しくなってきた」
「確かに。今日のボスモンスターはフェイ君がいなかったら少々危なかったと思います」
「つっても、俺らの前衛になれそうなのは都市に十数人・・・・。ほとんどがパーティー組んでる上に教団を毛嫌いしてるからな。承諾しそうなのはケイトくらいか」
「ケイト君はもう少し押せばなんとかなりそうだ」
「ま、あいつとあいつのパーティーは実力つりあってないからな。ケイト以外は格が二、三個下だ」
「足を引っ張るのもプライドが傷つきますからね。案外円満解散出来るのでは? あと、フェイ君を使えば楽に勧誘出来そうですしね」
「おお、やはり! ケイト君もそっちの趣味が!」
「お前と一緒にすんな! 弟分を放っておけないって意味だろーが!」
「大丈夫だ、フェイ君のユニークスキルがあれば穴の取り合いで喧嘩することはない」
「何の話だよ!?」

 シルバさん達の興奮はまだまだ下がらないようで、大きな声で話し合って盛り上がっている。
 一方、僕はその輪に入ることが出来ずに、冷えた頭で別のことを考えていた。

「ユニークスキルか・・・・」
 ユニークスキルが発現する人は稀で、その多くは死地に追いやられた状態で奇跡的に生還した者だとか。以前の僕なら発現することなんてないと思っていただけに、発現したのは素直に嬉しい。
 これのおかげで、先ほどのボスも余裕を持って倒せたのだし。

 けど――
「こんなものじゃなかった」
 先ほど戦った六十階層のボスモンスターであるリッチ。確かに強かったのだが、一階層で遭遇したあのモンスターの方がずっと強かったと感じてしまう。

 ・・・・なんでだろう。
 
 六十階層のボスと一対一ではなかったから? パーティーのみんなが強い人達だから? 僕の腕が上がったから? 理由は色々考えられるけど、どれもしっくりこない。

 だって、今の戦いならユニークスキルがなくてもどうにでもなった。僕の直感は一度だって警鐘を鳴らすことはなかった。
 あれくらいなら、三ヶ月前の僕でも余裕を持って逃げられたなと、冷静に考えてしまうのだ。


「そもそも、あのモンスターは討伐されたんだよな・・・・」
 そういえば、僕があれだけ強いと感じたモンスターを討伐した人の情報を聞いたことがない。おそらくは無名の人だろう。
 ということは、やっぱり僕の勘違いなのだろうか。・・・・まぁ、そうなんだろうなぁ。

 ・・・・うーん。今までと比べてあまりに上手くいきすぎていて、気づかぬ内に気が緩んでいるのだろうか。

「おーい、フェイくんどうした? 転移石を起動させるから早くおいで」
「あ、はい。すいません、今行きます!」
 ダンジョンから都市に帰ろうとする三人にあわてて駆け寄る。考えるのは後にしよう。



 ダンジョンから出て、探索者ギルドで戦利品を換金、その場で分配してから外へと出た。以前とは違ってずっしりと重くなった小袋。しかもその中身のほとんどが金貨や銀貨なのだから恐ろしい。

 いつの間にか外には雪が降り積もり、迷宮都市を彩っていた。道行く人々の肩にもうっすらと雪が積もり、多くが寒さに身を震わせている。
 探索を終えたのが早い段階だったので、日は雲に隠れているがまだ落ちていない。
「うお、さみぃ! さっさとメシ食いに行こうぜ!」
「今日はあっさりしたものが食べたいですね」
「となると、あそこにしようか?」
 パーティーのみんなが雑談している中で、僕は一人立ち止まって声をかけた。

「皆さん、先に行っててもらえますか? ちょっと、寄りたいところがあるんです」

 

 みんなと別れて、目的の場所を目指す。
 ギルドから歩いて数分の道のりを、早歩きで進んでいった。

 弾む心を表すように、背中の外套はゆらゆら揺れる。今は寒さだって気にならない。
 懐に入れている重くなった小袋を、服の上から撫でり撫でり。イシュルに来たばかりのときは買えなかった品の数々が、今では手に届くようになった。

「会ったら何を話そうかな・・・・」
 だからというわけではないけど、以前の自分と比べればいくらかあの人に胸を張って会えるようになったと思う。今なら物語の端役くらいにはなれるだろう。

 ――結局、僕が探索者を諦めきれなかったのは、あの人に会えなくなることが嫌だったからだ。

 納得のいかないままに終わりたくはなかった。
 自分から想いを手放すことだけは、したくなかったんだ。

 

 空から降る雪が、柔らかい軌道を描いて僕の頬をそっと撫でる。僕は店の前に立つと、少しのあいだ身なりを整えてから扉を開いた。

「いらっしゃい、フェイくん」

 僕を出迎えてくれた憧れの人は、いつもと変わらない優しい微笑みを向けてくれる。

 いつか僕が、この人につりあえるくらいになれたなら。

 ――この想いを伝えるんだ!

 了
19/03/24 06:36更新 / 涼織
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■作者メッセージ
 この『ありえたかもしれない未来』は蛇足であり、あくまでIFであることをご了承ください。魔物娘が全然出てこないので、新着には意図して入れていません。さらには無駄厨二設定全開でお届けします。
 と思ったら新着に表示されてて、あわてて非公開にしたり。非公開のまま保存してても、最初に公開した日で判断されちゃうんですね。新年から焦った……。

 今回は魔物娘分の大幅不足と気持ちバッドエンド分が足りないので、もう一話IFを書こうと思っています。今回のお話途中のような、そうでないようなところからの派生エンドで、魔物娘側メイン予定。変わらずこっそり更新です。

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