第一話
この町から出ていけ、と誰かが言った。
優しかった隣の家のおじさんも、お母さんと仲が良かった近所のおばさんも、口には出さないけれど同じ事を思っているのは見て取れる。誰も彼もが厄介者を見る目を僕に向けていた。
別に誰が悪いというわけでもない。しいていうなら、僕の運が悪かっただけ。
困っていたら誰かが助けてくれる、なんて幻想は、とっくの昔に壊れていた。祈る神様も、もういない。
行く宛なんてどこにもないけれど、なけなしの荷物を持って産まれ育った町を出る。少なくともここには、自分の居場所はもうないから。
町の外で立ち尽くして、やけにぼんやりとした頭でこれからどこへ行こうかを考えていると、
『レン、いい? 絶対に――』
ふと、昔から言い聞かされていた話が頭によぎった。
絶対に行ってはいけない街の話。
お父さんからもお母さんからも、町の人からも教会の神父様からも行商のお姉さんからも、耳に胼胝ができるほど聞かされた話だ。
なんで、と僕が聞くと、揃ってみんなは食われてしまうからと言う。
魔物の街、ガルセア。早く寝ないと北にある魔物の街から魔物がやってきて頭から食べられてしまうぞ、と小さい子供の頃はよくそうやって脅かされたものだ。
「・・・・うん」
なぜだか僕は、その街に行ってみようと思った。
決して、期待といった甘い感情を抱いたわけではない。酷く分の悪い賭けだということは自覚してる。
そもそも魔物の街に辿り着けるかもわからないし、辿り着いたとしても話すら聞いてもらえずに殺されることだってあるだろう。到底、割に合うとは思えない。
それでも僕は、北へ進路をとった。
このときの僕は、別に死んでも構わなかったから。
外から聞こえる鳥の囀りで目を覚ました。窓から柔らかい朝日が射し込み、部屋全体を照らしている。この様子だと、昨日に続き今日も天気は良さそうだ。
来たばかりの頃は慣れなかった柔らかいベッドから体を起こし、小さく欠伸を一つ。そうしてしばらくの間ボーッとしていると、頭も徐々に鮮明になってくる。僕は毛布を除けてベッドから出ると、洗面台へと向かった。
洗面台に備えられている立派な鏡に、見慣れた自分の上半身が映る。高くない身長、栗色の髪に大きな瞳、あとはほっそりとした体つき。およそ精悍や屈強などといった男らしさとは無縁の容姿に、思わずため息が出てしまう。
――せめて、もう少し身長が高くならないかなぁ。
ともあれ、鏡と睨めっこしていても背が伸びるわけではない。手早く身形を整えて、一階へと降りた。
産まれ育った町を出てから一ヶ月は経つだろうか。道中なんやかんやあったが、僕は魔物の街ガルセアへと来ることが出来て、さらには新たな居場所も得ることが出来た。
ガルセアの中央地区に、『エンドレス』という喫茶店がある。二階が居住部分、一階が喫茶店となっているそこに、僕は従業員として住み込みで働かせてもらえることになったのだ。
従業員用の準備室でお店の制服に着替えたあと、厨房を覗いてみるとそこではマスターが朝の仕込みを行っているところだった。
「おはようございます、マスター」
「お、レンくん。おはよう。朝食は用意してあるから」
挨拶を返してくれた男性は、この喫茶店のマスターであり、行き場のない僕を拾ってくれた恩人だ。
なにやらマスターと呼ばれることにこだわりがあるらしく、マスター呼び以外認めないからと、ここで働きはじめの時に聞かされた。
マスターは一人しかいない厨房担当でもあって、店が開けば基本的に表に出てくることはないけれど、いつもとても忙しそうだ。お昼の込み合う時間帯には、へとへとになっている姿をよく見る。
「食べ終わったら店内の軽い掃除の後、表の看板を開店中にしておいてもらえる? こっちは準備出来たから」
「はい、わかりました」
頷いて、さっそく朝食を取り始める。時間をかけないよう急いで食べ終えてから、言われたとおりに作業を開始した。
本格的ではない軽い掃除は目に付く汚れはないかをチェックするのがメインで、そこまで時間はかからない。
「んー。これでよし、と」
手早く済ませたあとに指差し確認。どうやら問題はなさそうなので、看板を変えに店の表へと出た。
そろそろ冬が近づいてるにも関わらず、今日はそんなに寒い感じはない。むしろぽかぽかとした陽射しのおかげで、体が暖かくなってくる気がする。
「レンくん、お早う」
「あ、メアリさん。おはようございます」
声をかけてくれたのは、このお店にいつも朝早くから来てくれるバイコーンのお客様だ。艶やかで美しい黒髪がとても綺麗で、以前に骨董品店で見た高級な陶芸品のように洗練された気品に満ちている。馬の巨躯を覆う体毛も髪の毛と同様でとても格好がいい。
「もう、入ってもいいのかしら?」
「はい、どうぞ」
店内はゆったりした空間になっていて、ある程度大きいお客様でもくつろげるよう配慮されている。
メアリさんはいつもと同じテーブルへと行き、鞄から本を取り出して開いた。
「今日は、・・・・日替わりケーキセットをお願い」
「はい、承りました。お飲物はいつものハーブティーでよろしいですか?」
「うん、よろしくね。・・・・あと、レンくん。オープンの看板、忘れてると思うわよ?」
メアリさんは、ふふっ、と軽く笑って店の外を指さした。
「あ・・・・、す、すみません。ありがとうございます!」
僕はメアリさんに礼を言った後、あわてて店の外へと出て、軒先に立て掛けられている『CLOSE』の看板をひっくり返して『OPEN』に直した。
「いらっしゃいませ! お一人様でしょうか? あちらのカウンター席へどうぞ」
『エンドレス』はマスターとその奥さんであるサキュバスのオーナーの二人が開いたお店だ。
お客さんの入りはかなり多く、特にお昼時は盛況で毎日のように待ちの列まで発生する。
そんなお店も、僕が来る前までは二人だけで回していたというのだから驚きだ。ただ、以前はあまり人が入ってなくて、今とは状況が全然違うんだとか。
現状を考えるとどうにも信じられなくて、その話を聞いたときは思わず首を傾げてしまったなぁ。
「レンくーん、注文お願いー」
「あ、はい。ただいま伺います!」
僕を呼んだのはお昼になるといつも来てくれる常連さんだった。陽気な感じのサキュバスさん、丁寧な言葉を喋るダークエンジェルさん、言葉数が少ないワームさん。仲良しなのか、いつも揃ってお店に来てくれる。
僕が前に住んでいた町は反魔物領だったので、見たこともない魔物の姿に最初の内は驚いていた。今思えば失礼な態度をとってしまっていたかもしれない。
それでも毎日のように目にしていれば、喫茶店の仕事と併せて慣れてくる。今では接客は当然として、目と目を合わせて世間話も出来るくらいには成長した。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「なんで今日もメニューにレンくんが入ってないの!」
「どういうことなんですレンくん!?」
「説明して」
・・・・。
・・・・・・え、メニューに僕?
「えーっと、説明も何も、僕は食べられないですよ?」
・・・・あれ、でも魔物って。やっぱり、人も食べちゃうのだろうか。こう頭からバリバリといっちゃうんだろうか。えええ。
「ぼ、僕は食べても美味しくないですよ! えと、その、あんまりお肉もついてないし!」
「・・・・ああ、可愛えのう。レンきゅんマジ天使」
「ダークエンジェルもエンジェルになるレベルです・・・・。私の心が洗われていきます・・・・」
「持って帰る」
「はいはい、お客さん。そこまでにしてよ。持ち帰りはなしね」
対応に少し困っていると、サキュバスのオーナーが間に入ってくれた。
オーナーはマスターの奥さんであり、このお店では主にウエイトレスをこなしている。僕がオーナーを『オーナー』と呼ぶのは、「夫がマスターなら、私はオーナーって呼んでね!」と言われたからだった。
オーナー呼びの通り、この店を出すに当たって大部分のお金を出したのだという。そこの辺りが、いまいちマスターがオーナーに対して頭が上がらない原因なのかもしれない。
「ちぇー」
「仕方ないですね」
「・・・・むー」
どうやら、やっと注文に移れそうだ。
・・
・・・・
「・・・・・・以上でよろしいですね? 少々お待ちください」
注文を取った後、内容とお礼を伝えるためにオーナーのもとへと向かう。
「レンくん、どうしたの?」
「オーナー、さっきはありがとうございます」
「ああ。いいって、いいって」
オーナーは何かを払うように手をパタパタと振り、笑いかけてくれる。
「レンくんもああいう手合いには強く言っていいんだからね! 迷惑でしょ?」
「そう、ですか? でも、僕なら大丈夫です。それに・・・・」
強く言う、なんてする必要ない。さっきのは冗談に決まっているし、そんなことで目くじらを立てていたら、店の売り上げに影響してしまうだろう。それじゃお世話になっているマスターやオーナーに対して恩を仇で返すようなものだ。
「みなさん、気さくで良い方ばかりですし。こんな余所者の僕を暖かく受け入れてくれてると思うと、とても嬉しくて」
前の町で聞いていた魔物の噂と、実際の魔物はまったく違っている。
・・・・僕からすれば、前の町の住人の方がよっぽど魔物だ。
「うんうん、レンくんは良い子だなあ! この子が生まれてれば、お婿さんにきてもらったんだけどなー」
そういってオーナーは膨らんだお腹をさすった。そもそも僕がここで働くキッカケになったのは、オーナーが身重なので人員を募集していたからだった。
それなのにオーナーは変わらず元気に働いている。働いて大丈夫なのかと以前マスターに聞いたのだけど、「何回言っても聞いてくれない」と愚痴をこぼしていた。オーナーにも聞いたところ、「人間と魔物娘は常識が違うから大丈夫」と言われてしまった。
どちらが正しいのかはよくわからないけれど、マスター同様、少し不安に思ってしまうのは僕が人間だからなのだろうか。
「あ、そうそう。先にあがっていいよ。それを伝えようと思ってたんだ」
「え、でも・・・・」
『エンドレス』は営業時間を朝から昼、夕方から夜と分けている。昼と夕方の空いた時間は従業員の休憩時間となっていて、僕が休憩を取るのはおかしくないけど、お客さんはまだまだいっぱいいる。
これを僕なしで回すのは難しい気が・・・・。
「あー大丈夫大丈夫、もう注文を終えて、雑談してる連中ばっかりだから。遠慮しなくていいんだよ」
「・・・・わかりました、でも厳しかったら呼んでください。すぐに行きますから」
「うん、ありがとうね」
僕はオーナーに小さく礼をして、控え室に向かった。
「はいはいレンくんは休憩入りましたー」
その一言に店内からは不満の声が上げられていく。
「えー、そんなぁ・・・・」
「それじゃ解散しますか」
「夜も来るからー」
会計をして、もう用はなしと帰る客達。あれだけ盛況だった店内は、すぐに閑散となってしまった。
「・・・・もう慣れたからなんも言わんけどな」
はあ、という小さなため息が店内を支配した。
フロアにいたオーナーが、五分ほどで休憩室に来て椅子に座った。
「あの、大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。ヨユーヨユー」
そういって口笛を吹き始めた。さすがはオーナーだ。さっきまでのお客さんの人数を考えると、僕一人じゃ難しいというのに。
というか本当に僕は役立っているのかなあ・・・・?
もくもくと賄いを口に運びながら、後ろ向きなことを考えてしまった。
オーナーが口笛をやめてからすぐ、あ、そういえば、と自身の手をパンと叩き、
「レンくん。明日からここに新しい子が来るから」
なにやら唐突な話をする。
「新しい子、ですか」
「うん、護衛や裏方中心のウェイトレス。私やレンくんだけじゃ回らなくなってきたし、前から必要だと思ってたのよ。・・・・まさか人を雇ったら逆に忙しくなるとはねえ」
確かにお昼時の忙しい時間帯だとお客さんをお待たせしてしまっている。このままではいけないと思っていたけど、僕一人ではどうにもならないところではあった。
「新しい人が入るのは賛成ですけど、護衛ってなんですか?」
「ああ、このままじゃレンくんの貞操が危ないからさ・・・・。まだレンくんは15歳になってないでしょ?」
・・・・ていそう? と聞きなれない言葉に首を傾げつつ、
「はい。あと一年とちょっとで15歳ですけど」
「この街って、建前として結婚は15歳からなのよ。恋愛は自由だけども、せめてレンくんが15歳になるまでは保護しないとねー」
「保護?」
「そう、保護。一人でおつかいにでも出したら最後、人気のない路地裏で色んな液にまみれてズタボロになったレンくんがいてもおかしくないし・・・・」
「えぇえええっ!」
こ、怖い。治安が良い街だと思ってたのに、まさかそんな暗部があるなんて・・・・。
「あはは、まあ冗談じゃないから気をつけるように!」
「は、はい・・・・」
冗談じゃないんだ・・・・。
「護衛ってのが既婚のマンティスでね、旦那さんとラブラブだから気にしなくていいわ」
「はい」
「それよりいい、レンくん。何度も言ってるけど、結婚してない魔物は餓えた獣より恐ろしいわ。ぜーーーったいに二人っきりになっちゃだめよ」
オーナーの凄い剣幕に、なんだかよくわからなかったけど頷くしかなかった。
本日の営業は終了。客はすべて帰り、がらんどうとなった店内にそっとため息をついたのはこの喫茶店の店主だ。
元々客の少なかった喫茶店が賑わうようになったのは、一人の少年のおかげだった。くだんの少年には倉庫整理を頼んであるので、店内にいるのは店主と妻のみである。
「はあ・・・・、これどうにかならないもんか。全部レンくんのおかげってのが」
「泣いちゃだめよ。ただちょっと他のライバル店よりご飯が美味しくないだけじゃない。特にユシラさんのとことの差が絶望的」
「妻にまでイジられる・・・・」
「おーよしよし。それにしても、前は暇だからこうして店の中でいろいろしてたよね。・・・・しちゃう?」
「いや、お前。子供だってもう少しで産まれてくるし」
「だーかーらー、私達はそういうの大丈夫なの!」
そんな感じで抱き合いイチャイチャしている夫婦は、来客に気づかなかった。
「ゴホン! 失礼する」
桃色空気を払うように、わざとらしい咳が店内に木霊した。
「お客さん? あー、今は営業終了してて」
「いや、違う。私はギルドから派遣されてきたリザードマンのライカという。この度、護衛が必要ということで・・・・」
そうして夫婦はしばらく話を聞いていたが、それは知己のマンティスに頼んでいたはずの話であった。
「あー、待って」
「なんだろう」
「その仕事、ルニスに頼んでたと思うんだけど・・・・」
「・・・・ルニス先輩は、産前休暇で」
「え、おめでた?」
「ああ、胎教に専念したいとのことで、私に仕事が回ってきたというか」
「・・・・はあ、あの子は。一度くらい顔見せなさいってのまったく。まあでも、後任を見つけてきたってだけでも進歩っちゃ進歩かしら。昔のあの子なら全てを忘れてイチャついてるだろうし・・・・」
そうごちた妻は、目の前の魔物娘に状況を説明を始めた。
・・・・
・・・・・・
「ウェイトレスって・・・・、その、護衛という話じゃ」
「そう、護衛も欲しいんだけど、働き手も足りないのよ。上手く伝わってなかったのかしらね。申し訳ないけど、出来ないなら新たに依頼をしなおさせてもらえる?」
魔物の街ガルセアの職業ギルド職員はあまり仕事熱心ではなかったりする。魔物娘が人間以外のことにいい加減なのは今に始まった話ではないので、こういった問題は何度も発生していた。依頼の為直しも慣れたものだ。
しかしライカは職につくチャンスを逃す気はなかった。喉から手が出るほど欲しいとある物のために金を稼がなければいけなかったのだ。
「いや、大丈夫だ。やらせてもらえないだろうか」
「いいの?」
「ウエイトレスに関しては素人だが、出来る限りの努力はさせてもらう」
「・・・・あー、でも。ライカちゃんはまだ旦那いないわよね」
「そうだが」
「護衛対象ってのが未婚の若い男の子でね・・・・、手を出してほしくないのよ。護衛に襲われる、みたいな本末転倒は困るってわけで」
「その点は問題ない。私を打ち負かすほどの剣の使い手ならば話は別だが」
「・・・・うーん、頼むわよ?」
「任せてくれ!」
元気良く挨拶をするライカを見つつ、
「不安ねえ・・・・」
「不安だ・・・・」
店主とその妻は小声でぼやいた。
翌日の朝礼のこと。先日教えられていた通り、ウエイトレス兼護衛の新人さんがやってきた。
「リザードマンのライカだ。お前の護衛と・・・・ウエイトレスを兼任するからよろしく頼む」
「ライカさんですか、僕はレンって言います。これからよろしくお願いします」
ぺこり、と礼をする。
来るのはマンティスだと聞いていたのだけれど、その特徴の鎌はない。
代わりにその身は所々大きな鱗に覆われており、大きな尻尾が目立っていた。
「別にライカでいい。この店ではお前が先輩なのだからな」
「あ、でも。たぶん歳は僕が下なので、呼び捨てにすると変な感じが・・・・」
「ほう・・・・、そんなに私が年増に見えるか?」
「そ、そんなつもりじゃ! 大人っぽくて綺麗だなって思って」
「き、綺麗って! もういい、自己紹介は終わりだ。外の掃除に出てくる!」
「はい。あっ・・・・」
行ってしまった。顔を赤くして怒ってるみたいだった。うう、こんなんでやっていけるだろうか・・・・。
「不安ねえ・・・・」
「不安だ・・・・」
オーナーやマスターもため息をついて、微妙な空気のまま朝礼は終わった。
今日も『エンドレス』はお客様がいっぱいで忙しかった。
「レンくん、注文をお願い!」
「はい、ただいま!」
「レンくん、こっちもお願い」
「はい! すみませんライカさん。手が空きそうにないのであちらのテーブルをお願いします」
「注文をとればいいんだな? まぁ、まかせておけ」
初日のライカさんに、いきなりお客様を任せてしまうのは不安であったが仕方ない。いつもの常連さん達のテーブルへとライカさんは向かった。
「お、ライカだ。何やってんの?」
「ああ、リーナ達か。見てわからないのか。仕事だ」
「ええー! ここウエイトレス雇ったの!?」
「そんな! そうと知ってたら立候補したのに、悔しいです・・・・!」
「ふぁっく・・・・!」
「いいから、注文を言え」
「は? いや、私達アンタ呼んだわけじゃないから。レンくんまだー?」
「レンくんはどこですか?」
「レンくんをくれ」
「あっちで注文取っている姿を視界に入れてるくせに、知らんぷりするのか貴様等は。ていうか少しはこっちを向け」
注文の合間にちらりとライカさんの様子を伺うと、どうやら僕の心配は杞憂でお客さんと上手く馴染んでいるようだ。
緊張している様子もないし、ライカさんはすごいなあ。僕も頑張らないと。
それから幾日かが経った。
ライカさんの仕事については問題などなく、人手が増えたおかげもあって、お店も順調そのもの。
ただ、なぜかはわからないけど、僕はライカさんに避けられていた。
話をしようと思っても、すぐに切り上げられる。目も合わせてくれない。
うーん、気付かぬ内に何か失礼なことをしてしまったのだろうか。
もしそうなら謝りたいのだけど、話が続かないから確かめようがない。
ただ、このままじゃいけないことはわかる。同じ職場の仲間であるし、お店の雰囲気も悪くなってしまうかもしれないのだ。
両頬を軽く叩いて気合を入れる。うん、仲良くなるなら早いほうがいい。
積極的に僕から歩み寄ろう!
「ライカちゃん、そろそろ休憩入っていいわよ」
「了解だ。店内にいる友人達と食べても構わないか?」
「好きにして、気にしないから」
「ありがとう」
ライカさんは休憩をいつも友達がいる席で取っている。友達というのは常連のサキュバスさん達のことで、僕とも顔馴染みの人達だ。
今日こそはなんとしてでもコミュニケーションをとろうと決心した僕は、厨房のマスターにあるお願いをしにいった。
山場は過ぎていたので、軽く休憩を取っているマスターが出迎えてくれる。
「おっ、レンくん、どうしたの?」
「・・・・マスター、そのう、厨房使わせてもらっていいですか?」
「なんで?」
「その、僕、ライカさんと上手く会話が出来てなくて。せっかく同じ仕事場なのにこのままというのも」
「つまり・・・・、仲良くなるきっかけが欲しいと?」
「はい」
「ああ、これが本物の天使か・・・・パチモンとはわけが違うな。いいよいいよ、ただ俺の側でやってね。危ないの結構多いから」
「はい、ありがとうございます!」
少しでも、仲良くなれるといいなあ。
「ふん、あんななよなよしている頼りなさそうな者のどこが良いのだ」
「なに言ってんのよ、そこもいいんじゃない」
「ほんと脳筋はわかってないですね」
「穴という穴をペロペロしたあと後ろの穴に色々と突っ込んでひいひい言わせて許しを乞わせつつ流れた涙を一舐めしながらよしよししてあげてちゅっちゅしつつ合体したい。性的な意味で」
「ってアンタなに言ってんのー!? そんな性癖カミングアウトいらんわ! しかも最後の言わなくてもわかるわ!」
「ていうか私のレンくんを想像の中でも汚さないでください! あの子は天使なんですよ!」
「いや天使はお前だろう」
休憩に入ったライカさんは、いつも通り常連のお客さん達と一緒に食事を取っていた。ううん、割り込むのは悪いだろうか。いまさら臆病風に吹かれてしまう。・・・・でも、せっかく作ったんだし。ちょっとくらいならいいよね?
「・・・・あのー、こんにちわ」
「って、天使キターーーー!!」
「やばっ、・・・・今の話聞かれてないですよね」
「多分・・・・」
「すみません、お邪魔でしたか?」
「いやいや、レンくんがお邪魔なわけないよ。むしろ私以外のやつらが邪魔だよ」
「それはそうと、どうしたのですか? いや、私としてはいつ来てくれてもウェルカムですけど」
「下の方もウェルカム。性的な意味で」
「さっきからうるせえなこのワーム」
「えっと。渡すものがあっただけなので、すぐに仕事に戻ります。・・・・その、ライカさん」
僕の方を見ずに食事をとっているライカさんに声をかける。名指しをしたせいか、さすがに無視されることはなかった。
「なんだ、仕事に出ろと言うのか? まだ休憩時間だろう」
「いやそうじゃなくて。あの、これ僕が作ったんですけど・・・・」
僕は、お皿に盛りつけたサンドイッチを差し出す。
「サンドイッチ・・・・?」
「マスターが作ったサンドイッチじゃないから、あんまりおいしくないかもしれないですけど、よかったら食べてみてください」
「レンくーん、ちょっときてー!」
「はい、ただいま! ・・・・それじゃ、失礼します」
・・・・
・・・・・・
「レンくんの、手作りサンドイッチ、だと・・・・!?」
「あー、でもよかった! ライカさんはレンくんに興味ないから、私たちにくれますよね! 代わりにこのテーブルにある料理なら全部食べて良いですよ!」
「ちょうど三個ある・・・・!」
「・・・・・・わ、私がもらったものだ、礼儀的に私が食べないわけにはいかないだろう!」
「あ、ちょっと!」
「逃げないでください!」
「YO☆KO☆SE!」
・・・・
・・・・・・
お客様で混雑したお昼時も無事に終わって、僕は休憩室で昼食をとっていた。マスターが作ってくれた賄い料理を口に運びながら、さきほどのことを思い返す。
話のとっかかりを作るためにしたことだけど、迷惑だっただろうか。事前にライカさんの好みはオーナーから聞いていたし、不味いということはないだろうけど。
「レン」
悶々としていると、後ろから声を掛けられた。
思えばライカさんから声を掛けてくれたのは、これが初めてかもしれない。
「あ、ライカさん。どうかしましたか?」
「さ、先ほどの件でな」
「お口に合いましたか?」
「・・・・そ、その、う、美味かったぞ?」
「そうですか、よかったです」
「・・・・無事食べられたのは一個だったがな」
最悪、食べてもらえないことも考えていたので、素直にほっとした。
「作ったのは久しぶりだったので、少し安心しました」
「ほう、久しぶりとは思えない形の良さだったが」
「よく、お母さんの手伝いをしてましたから簡単なことはできますよ。といってもサンドイッチなら誰にでもできますから自慢にならないんですけどね・・・・」
「ま、まあそうだな・・・・(私がやるとなぜか形が崩れるのだが?)」
「何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもない!」
ライカさんの機嫌も良さそうだ。今なら避けられてる原因を聞けるかもしれない。
「あの、ライカさん。教えてください」
「な、何をだ」
「僕のことを避けるのは、僕が何か悪いことをしてしまったからでしょうか」
僕がそういうと、ライカさんは拍子抜けしたような顔をする。
「・・・・なんだ、そのことか」
「あの、僕に悪いところがあるなら、言ってくれれば直すよう努力します。ですから――」
僕の言葉を遮って、ライカさんが慌てて声を出した。
「まてまて、別にお前が悪いといったわけではないだろう。その、素っ気ない態度を取ってたのは、・・・・私はあんまり、男と喋ったことがなくてな」
「・・・・そうなんですか?」
「何を隠そう、男でまともに話したことがあるのは父だけだ」
それからライカさんは自分の生い立ちをしばらく話してくれた。辺境で生まれ育って、男はおろか人間ともまともに接したことがないらしく、僕にどういった対応をすればわからなかったという。
「っと、すまんな。私の家族の話なんてどうでもよかったか」
「いえ、話が聞けて楽しかったですよ。いい、お父さんだったんですね・・・・」
楽しそうに話すライカさんを見て、僕も自分のお父さんやお母さんのことを思い出した。
僕のお父さんも、休日は色んなところに連れてってくれたり、お母さんも、優しくて怪我をしたときはいつも心配してくれて、夕飯は僕が好きなもの作ってくれて。
本当に、大好きだった。
「そういえば、レンの親御さんは、いまどうしてるんだ?」
「・・・・もういません。死んで、しまったので」
思い出すのは、町で流行った疫病だ。僕のお父さんやお母さんだけでなく、多くの人が亡くなった。つきっきりで看病したところで、二人とも一向に良くなる気配は見せず、最初にお母さんが死んで、その後を追うようにお父さんもすぐ亡くなった。
ただ、僕に両親の死を悼む余裕なんてなかった。
人の視線。敵意を含んだ視線があちこちから僕に向けられた。疫病の疑いが僕には強くあったから。
向けられる敵意が怖くてたまらなくて、身が竦んで。その視線から逃げるように、僕は生まれ育った町を出た。
「・・・・すまない、悪いことを聞いたな」
「いえ、いいんです」
なんでもないことのように、僕は言う。
「今が充実してますし、お世話になった方々に恩を返そうともしなかったら、お父さんとお母さんは怒ると思います」
「・・・・レンは、その歳で立派なんだな」
「そんなことありません」
ライカさんは何かいいたそうに、視線をキョロキョロと動かしていた。少し話しづらい空気になってしまった。
突然、マスターの焦った声が店内の方から聞こえてきた。
「ライカちゃん! 頼みたいことがあるんだけどー!」
「あー、その!・・・・今はちょっと!」
「ライカちゃーん!! はやくきてー! ヘルプ!」
「ああもう、わかった! 今行く! ・・・・レン、すまないが」
「あ、はい。大丈夫です。僕に構わず早く行ってあげてください」
「悪いな・・・・」
どこか尾を引きずるようにして、ライカさんは控え室を出て行った。
「・・・・はぁ、よかった」
ほっとしたこともあって、溜息を一つ。
別に嫌われているわけではなかったみたいだ。僕の勘違いに終わってよかった。
「ほんとに、よかった・・・・」
声に出して言ってみるとやっぱり安心する。
話をしている間に、冷めてしまった賄い料理を口に運ぶ。少ない量だったので、一息に食べ終えた。
今の僕はとても幸せだ。気の良い人達に囲まれて、毎日がとても楽しい。疑う余地もないくらいに。
だけど、ふいに頭に浮かんでしまうんだ。
・・・・この幸せな時は、いつ終わってしまうのだろうかと。
優しかった隣の家のおじさんも、お母さんと仲が良かった近所のおばさんも、口には出さないけれど同じ事を思っているのは見て取れる。誰も彼もが厄介者を見る目を僕に向けていた。
別に誰が悪いというわけでもない。しいていうなら、僕の運が悪かっただけ。
困っていたら誰かが助けてくれる、なんて幻想は、とっくの昔に壊れていた。祈る神様も、もういない。
行く宛なんてどこにもないけれど、なけなしの荷物を持って産まれ育った町を出る。少なくともここには、自分の居場所はもうないから。
町の外で立ち尽くして、やけにぼんやりとした頭でこれからどこへ行こうかを考えていると、
『レン、いい? 絶対に――』
ふと、昔から言い聞かされていた話が頭によぎった。
絶対に行ってはいけない街の話。
お父さんからもお母さんからも、町の人からも教会の神父様からも行商のお姉さんからも、耳に胼胝ができるほど聞かされた話だ。
なんで、と僕が聞くと、揃ってみんなは食われてしまうからと言う。
魔物の街、ガルセア。早く寝ないと北にある魔物の街から魔物がやってきて頭から食べられてしまうぞ、と小さい子供の頃はよくそうやって脅かされたものだ。
「・・・・うん」
なぜだか僕は、その街に行ってみようと思った。
決して、期待といった甘い感情を抱いたわけではない。酷く分の悪い賭けだということは自覚してる。
そもそも魔物の街に辿り着けるかもわからないし、辿り着いたとしても話すら聞いてもらえずに殺されることだってあるだろう。到底、割に合うとは思えない。
それでも僕は、北へ進路をとった。
このときの僕は、別に死んでも構わなかったから。
外から聞こえる鳥の囀りで目を覚ました。窓から柔らかい朝日が射し込み、部屋全体を照らしている。この様子だと、昨日に続き今日も天気は良さそうだ。
来たばかりの頃は慣れなかった柔らかいベッドから体を起こし、小さく欠伸を一つ。そうしてしばらくの間ボーッとしていると、頭も徐々に鮮明になってくる。僕は毛布を除けてベッドから出ると、洗面台へと向かった。
洗面台に備えられている立派な鏡に、見慣れた自分の上半身が映る。高くない身長、栗色の髪に大きな瞳、あとはほっそりとした体つき。およそ精悍や屈強などといった男らしさとは無縁の容姿に、思わずため息が出てしまう。
――せめて、もう少し身長が高くならないかなぁ。
ともあれ、鏡と睨めっこしていても背が伸びるわけではない。手早く身形を整えて、一階へと降りた。
産まれ育った町を出てから一ヶ月は経つだろうか。道中なんやかんやあったが、僕は魔物の街ガルセアへと来ることが出来て、さらには新たな居場所も得ることが出来た。
ガルセアの中央地区に、『エンドレス』という喫茶店がある。二階が居住部分、一階が喫茶店となっているそこに、僕は従業員として住み込みで働かせてもらえることになったのだ。
従業員用の準備室でお店の制服に着替えたあと、厨房を覗いてみるとそこではマスターが朝の仕込みを行っているところだった。
「おはようございます、マスター」
「お、レンくん。おはよう。朝食は用意してあるから」
挨拶を返してくれた男性は、この喫茶店のマスターであり、行き場のない僕を拾ってくれた恩人だ。
なにやらマスターと呼ばれることにこだわりがあるらしく、マスター呼び以外認めないからと、ここで働きはじめの時に聞かされた。
マスターは一人しかいない厨房担当でもあって、店が開けば基本的に表に出てくることはないけれど、いつもとても忙しそうだ。お昼の込み合う時間帯には、へとへとになっている姿をよく見る。
「食べ終わったら店内の軽い掃除の後、表の看板を開店中にしておいてもらえる? こっちは準備出来たから」
「はい、わかりました」
頷いて、さっそく朝食を取り始める。時間をかけないよう急いで食べ終えてから、言われたとおりに作業を開始した。
本格的ではない軽い掃除は目に付く汚れはないかをチェックするのがメインで、そこまで時間はかからない。
「んー。これでよし、と」
手早く済ませたあとに指差し確認。どうやら問題はなさそうなので、看板を変えに店の表へと出た。
そろそろ冬が近づいてるにも関わらず、今日はそんなに寒い感じはない。むしろぽかぽかとした陽射しのおかげで、体が暖かくなってくる気がする。
「レンくん、お早う」
「あ、メアリさん。おはようございます」
声をかけてくれたのは、このお店にいつも朝早くから来てくれるバイコーンのお客様だ。艶やかで美しい黒髪がとても綺麗で、以前に骨董品店で見た高級な陶芸品のように洗練された気品に満ちている。馬の巨躯を覆う体毛も髪の毛と同様でとても格好がいい。
「もう、入ってもいいのかしら?」
「はい、どうぞ」
店内はゆったりした空間になっていて、ある程度大きいお客様でもくつろげるよう配慮されている。
メアリさんはいつもと同じテーブルへと行き、鞄から本を取り出して開いた。
「今日は、・・・・日替わりケーキセットをお願い」
「はい、承りました。お飲物はいつものハーブティーでよろしいですか?」
「うん、よろしくね。・・・・あと、レンくん。オープンの看板、忘れてると思うわよ?」
メアリさんは、ふふっ、と軽く笑って店の外を指さした。
「あ・・・・、す、すみません。ありがとうございます!」
僕はメアリさんに礼を言った後、あわてて店の外へと出て、軒先に立て掛けられている『CLOSE』の看板をひっくり返して『OPEN』に直した。
「いらっしゃいませ! お一人様でしょうか? あちらのカウンター席へどうぞ」
『エンドレス』はマスターとその奥さんであるサキュバスのオーナーの二人が開いたお店だ。
お客さんの入りはかなり多く、特にお昼時は盛況で毎日のように待ちの列まで発生する。
そんなお店も、僕が来る前までは二人だけで回していたというのだから驚きだ。ただ、以前はあまり人が入ってなくて、今とは状況が全然違うんだとか。
現状を考えるとどうにも信じられなくて、その話を聞いたときは思わず首を傾げてしまったなぁ。
「レンくーん、注文お願いー」
「あ、はい。ただいま伺います!」
僕を呼んだのはお昼になるといつも来てくれる常連さんだった。陽気な感じのサキュバスさん、丁寧な言葉を喋るダークエンジェルさん、言葉数が少ないワームさん。仲良しなのか、いつも揃ってお店に来てくれる。
僕が前に住んでいた町は反魔物領だったので、見たこともない魔物の姿に最初の内は驚いていた。今思えば失礼な態度をとってしまっていたかもしれない。
それでも毎日のように目にしていれば、喫茶店の仕事と併せて慣れてくる。今では接客は当然として、目と目を合わせて世間話も出来るくらいには成長した。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「なんで今日もメニューにレンくんが入ってないの!」
「どういうことなんですレンくん!?」
「説明して」
・・・・。
・・・・・・え、メニューに僕?
「えーっと、説明も何も、僕は食べられないですよ?」
・・・・あれ、でも魔物って。やっぱり、人も食べちゃうのだろうか。こう頭からバリバリといっちゃうんだろうか。えええ。
「ぼ、僕は食べても美味しくないですよ! えと、その、あんまりお肉もついてないし!」
「・・・・ああ、可愛えのう。レンきゅんマジ天使」
「ダークエンジェルもエンジェルになるレベルです・・・・。私の心が洗われていきます・・・・」
「持って帰る」
「はいはい、お客さん。そこまでにしてよ。持ち帰りはなしね」
対応に少し困っていると、サキュバスのオーナーが間に入ってくれた。
オーナーはマスターの奥さんであり、このお店では主にウエイトレスをこなしている。僕がオーナーを『オーナー』と呼ぶのは、「夫がマスターなら、私はオーナーって呼んでね!」と言われたからだった。
オーナー呼びの通り、この店を出すに当たって大部分のお金を出したのだという。そこの辺りが、いまいちマスターがオーナーに対して頭が上がらない原因なのかもしれない。
「ちぇー」
「仕方ないですね」
「・・・・むー」
どうやら、やっと注文に移れそうだ。
・・
・・・・
「・・・・・・以上でよろしいですね? 少々お待ちください」
注文を取った後、内容とお礼を伝えるためにオーナーのもとへと向かう。
「レンくん、どうしたの?」
「オーナー、さっきはありがとうございます」
「ああ。いいって、いいって」
オーナーは何かを払うように手をパタパタと振り、笑いかけてくれる。
「レンくんもああいう手合いには強く言っていいんだからね! 迷惑でしょ?」
「そう、ですか? でも、僕なら大丈夫です。それに・・・・」
強く言う、なんてする必要ない。さっきのは冗談に決まっているし、そんなことで目くじらを立てていたら、店の売り上げに影響してしまうだろう。それじゃお世話になっているマスターやオーナーに対して恩を仇で返すようなものだ。
「みなさん、気さくで良い方ばかりですし。こんな余所者の僕を暖かく受け入れてくれてると思うと、とても嬉しくて」
前の町で聞いていた魔物の噂と、実際の魔物はまったく違っている。
・・・・僕からすれば、前の町の住人の方がよっぽど魔物だ。
「うんうん、レンくんは良い子だなあ! この子が生まれてれば、お婿さんにきてもらったんだけどなー」
そういってオーナーは膨らんだお腹をさすった。そもそも僕がここで働くキッカケになったのは、オーナーが身重なので人員を募集していたからだった。
それなのにオーナーは変わらず元気に働いている。働いて大丈夫なのかと以前マスターに聞いたのだけど、「何回言っても聞いてくれない」と愚痴をこぼしていた。オーナーにも聞いたところ、「人間と魔物娘は常識が違うから大丈夫」と言われてしまった。
どちらが正しいのかはよくわからないけれど、マスター同様、少し不安に思ってしまうのは僕が人間だからなのだろうか。
「あ、そうそう。先にあがっていいよ。それを伝えようと思ってたんだ」
「え、でも・・・・」
『エンドレス』は営業時間を朝から昼、夕方から夜と分けている。昼と夕方の空いた時間は従業員の休憩時間となっていて、僕が休憩を取るのはおかしくないけど、お客さんはまだまだいっぱいいる。
これを僕なしで回すのは難しい気が・・・・。
「あー大丈夫大丈夫、もう注文を終えて、雑談してる連中ばっかりだから。遠慮しなくていいんだよ」
「・・・・わかりました、でも厳しかったら呼んでください。すぐに行きますから」
「うん、ありがとうね」
僕はオーナーに小さく礼をして、控え室に向かった。
「はいはいレンくんは休憩入りましたー」
その一言に店内からは不満の声が上げられていく。
「えー、そんなぁ・・・・」
「それじゃ解散しますか」
「夜も来るからー」
会計をして、もう用はなしと帰る客達。あれだけ盛況だった店内は、すぐに閑散となってしまった。
「・・・・もう慣れたからなんも言わんけどな」
はあ、という小さなため息が店内を支配した。
フロアにいたオーナーが、五分ほどで休憩室に来て椅子に座った。
「あの、大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。ヨユーヨユー」
そういって口笛を吹き始めた。さすがはオーナーだ。さっきまでのお客さんの人数を考えると、僕一人じゃ難しいというのに。
というか本当に僕は役立っているのかなあ・・・・?
もくもくと賄いを口に運びながら、後ろ向きなことを考えてしまった。
オーナーが口笛をやめてからすぐ、あ、そういえば、と自身の手をパンと叩き、
「レンくん。明日からここに新しい子が来るから」
なにやら唐突な話をする。
「新しい子、ですか」
「うん、護衛や裏方中心のウェイトレス。私やレンくんだけじゃ回らなくなってきたし、前から必要だと思ってたのよ。・・・・まさか人を雇ったら逆に忙しくなるとはねえ」
確かにお昼時の忙しい時間帯だとお客さんをお待たせしてしまっている。このままではいけないと思っていたけど、僕一人ではどうにもならないところではあった。
「新しい人が入るのは賛成ですけど、護衛ってなんですか?」
「ああ、このままじゃレンくんの貞操が危ないからさ・・・・。まだレンくんは15歳になってないでしょ?」
・・・・ていそう? と聞きなれない言葉に首を傾げつつ、
「はい。あと一年とちょっとで15歳ですけど」
「この街って、建前として結婚は15歳からなのよ。恋愛は自由だけども、せめてレンくんが15歳になるまでは保護しないとねー」
「保護?」
「そう、保護。一人でおつかいにでも出したら最後、人気のない路地裏で色んな液にまみれてズタボロになったレンくんがいてもおかしくないし・・・・」
「えぇえええっ!」
こ、怖い。治安が良い街だと思ってたのに、まさかそんな暗部があるなんて・・・・。
「あはは、まあ冗談じゃないから気をつけるように!」
「は、はい・・・・」
冗談じゃないんだ・・・・。
「護衛ってのが既婚のマンティスでね、旦那さんとラブラブだから気にしなくていいわ」
「はい」
「それよりいい、レンくん。何度も言ってるけど、結婚してない魔物は餓えた獣より恐ろしいわ。ぜーーーったいに二人っきりになっちゃだめよ」
オーナーの凄い剣幕に、なんだかよくわからなかったけど頷くしかなかった。
本日の営業は終了。客はすべて帰り、がらんどうとなった店内にそっとため息をついたのはこの喫茶店の店主だ。
元々客の少なかった喫茶店が賑わうようになったのは、一人の少年のおかげだった。くだんの少年には倉庫整理を頼んであるので、店内にいるのは店主と妻のみである。
「はあ・・・・、これどうにかならないもんか。全部レンくんのおかげってのが」
「泣いちゃだめよ。ただちょっと他のライバル店よりご飯が美味しくないだけじゃない。特にユシラさんのとことの差が絶望的」
「妻にまでイジられる・・・・」
「おーよしよし。それにしても、前は暇だからこうして店の中でいろいろしてたよね。・・・・しちゃう?」
「いや、お前。子供だってもう少しで産まれてくるし」
「だーかーらー、私達はそういうの大丈夫なの!」
そんな感じで抱き合いイチャイチャしている夫婦は、来客に気づかなかった。
「ゴホン! 失礼する」
桃色空気を払うように、わざとらしい咳が店内に木霊した。
「お客さん? あー、今は営業終了してて」
「いや、違う。私はギルドから派遣されてきたリザードマンのライカという。この度、護衛が必要ということで・・・・」
そうして夫婦はしばらく話を聞いていたが、それは知己のマンティスに頼んでいたはずの話であった。
「あー、待って」
「なんだろう」
「その仕事、ルニスに頼んでたと思うんだけど・・・・」
「・・・・ルニス先輩は、産前休暇で」
「え、おめでた?」
「ああ、胎教に専念したいとのことで、私に仕事が回ってきたというか」
「・・・・はあ、あの子は。一度くらい顔見せなさいってのまったく。まあでも、後任を見つけてきたってだけでも進歩っちゃ進歩かしら。昔のあの子なら全てを忘れてイチャついてるだろうし・・・・」
そうごちた妻は、目の前の魔物娘に状況を説明を始めた。
・・・・
・・・・・・
「ウェイトレスって・・・・、その、護衛という話じゃ」
「そう、護衛も欲しいんだけど、働き手も足りないのよ。上手く伝わってなかったのかしらね。申し訳ないけど、出来ないなら新たに依頼をしなおさせてもらえる?」
魔物の街ガルセアの職業ギルド職員はあまり仕事熱心ではなかったりする。魔物娘が人間以外のことにいい加減なのは今に始まった話ではないので、こういった問題は何度も発生していた。依頼の為直しも慣れたものだ。
しかしライカは職につくチャンスを逃す気はなかった。喉から手が出るほど欲しいとある物のために金を稼がなければいけなかったのだ。
「いや、大丈夫だ。やらせてもらえないだろうか」
「いいの?」
「ウエイトレスに関しては素人だが、出来る限りの努力はさせてもらう」
「・・・・あー、でも。ライカちゃんはまだ旦那いないわよね」
「そうだが」
「護衛対象ってのが未婚の若い男の子でね・・・・、手を出してほしくないのよ。護衛に襲われる、みたいな本末転倒は困るってわけで」
「その点は問題ない。私を打ち負かすほどの剣の使い手ならば話は別だが」
「・・・・うーん、頼むわよ?」
「任せてくれ!」
元気良く挨拶をするライカを見つつ、
「不安ねえ・・・・」
「不安だ・・・・」
店主とその妻は小声でぼやいた。
翌日の朝礼のこと。先日教えられていた通り、ウエイトレス兼護衛の新人さんがやってきた。
「リザードマンのライカだ。お前の護衛と・・・・ウエイトレスを兼任するからよろしく頼む」
「ライカさんですか、僕はレンって言います。これからよろしくお願いします」
ぺこり、と礼をする。
来るのはマンティスだと聞いていたのだけれど、その特徴の鎌はない。
代わりにその身は所々大きな鱗に覆われており、大きな尻尾が目立っていた。
「別にライカでいい。この店ではお前が先輩なのだからな」
「あ、でも。たぶん歳は僕が下なので、呼び捨てにすると変な感じが・・・・」
「ほう・・・・、そんなに私が年増に見えるか?」
「そ、そんなつもりじゃ! 大人っぽくて綺麗だなって思って」
「き、綺麗って! もういい、自己紹介は終わりだ。外の掃除に出てくる!」
「はい。あっ・・・・」
行ってしまった。顔を赤くして怒ってるみたいだった。うう、こんなんでやっていけるだろうか・・・・。
「不安ねえ・・・・」
「不安だ・・・・」
オーナーやマスターもため息をついて、微妙な空気のまま朝礼は終わった。
今日も『エンドレス』はお客様がいっぱいで忙しかった。
「レンくん、注文をお願い!」
「はい、ただいま!」
「レンくん、こっちもお願い」
「はい! すみませんライカさん。手が空きそうにないのであちらのテーブルをお願いします」
「注文をとればいいんだな? まぁ、まかせておけ」
初日のライカさんに、いきなりお客様を任せてしまうのは不安であったが仕方ない。いつもの常連さん達のテーブルへとライカさんは向かった。
「お、ライカだ。何やってんの?」
「ああ、リーナ達か。見てわからないのか。仕事だ」
「ええー! ここウエイトレス雇ったの!?」
「そんな! そうと知ってたら立候補したのに、悔しいです・・・・!」
「ふぁっく・・・・!」
「いいから、注文を言え」
「は? いや、私達アンタ呼んだわけじゃないから。レンくんまだー?」
「レンくんはどこですか?」
「レンくんをくれ」
「あっちで注文取っている姿を視界に入れてるくせに、知らんぷりするのか貴様等は。ていうか少しはこっちを向け」
注文の合間にちらりとライカさんの様子を伺うと、どうやら僕の心配は杞憂でお客さんと上手く馴染んでいるようだ。
緊張している様子もないし、ライカさんはすごいなあ。僕も頑張らないと。
それから幾日かが経った。
ライカさんの仕事については問題などなく、人手が増えたおかげもあって、お店も順調そのもの。
ただ、なぜかはわからないけど、僕はライカさんに避けられていた。
話をしようと思っても、すぐに切り上げられる。目も合わせてくれない。
うーん、気付かぬ内に何か失礼なことをしてしまったのだろうか。
もしそうなら謝りたいのだけど、話が続かないから確かめようがない。
ただ、このままじゃいけないことはわかる。同じ職場の仲間であるし、お店の雰囲気も悪くなってしまうかもしれないのだ。
両頬を軽く叩いて気合を入れる。うん、仲良くなるなら早いほうがいい。
積極的に僕から歩み寄ろう!
「ライカちゃん、そろそろ休憩入っていいわよ」
「了解だ。店内にいる友人達と食べても構わないか?」
「好きにして、気にしないから」
「ありがとう」
ライカさんは休憩をいつも友達がいる席で取っている。友達というのは常連のサキュバスさん達のことで、僕とも顔馴染みの人達だ。
今日こそはなんとしてでもコミュニケーションをとろうと決心した僕は、厨房のマスターにあるお願いをしにいった。
山場は過ぎていたので、軽く休憩を取っているマスターが出迎えてくれる。
「おっ、レンくん、どうしたの?」
「・・・・マスター、そのう、厨房使わせてもらっていいですか?」
「なんで?」
「その、僕、ライカさんと上手く会話が出来てなくて。せっかく同じ仕事場なのにこのままというのも」
「つまり・・・・、仲良くなるきっかけが欲しいと?」
「はい」
「ああ、これが本物の天使か・・・・パチモンとはわけが違うな。いいよいいよ、ただ俺の側でやってね。危ないの結構多いから」
「はい、ありがとうございます!」
少しでも、仲良くなれるといいなあ。
「ふん、あんななよなよしている頼りなさそうな者のどこが良いのだ」
「なに言ってんのよ、そこもいいんじゃない」
「ほんと脳筋はわかってないですね」
「穴という穴をペロペロしたあと後ろの穴に色々と突っ込んでひいひい言わせて許しを乞わせつつ流れた涙を一舐めしながらよしよししてあげてちゅっちゅしつつ合体したい。性的な意味で」
「ってアンタなに言ってんのー!? そんな性癖カミングアウトいらんわ! しかも最後の言わなくてもわかるわ!」
「ていうか私のレンくんを想像の中でも汚さないでください! あの子は天使なんですよ!」
「いや天使はお前だろう」
休憩に入ったライカさんは、いつも通り常連のお客さん達と一緒に食事を取っていた。ううん、割り込むのは悪いだろうか。いまさら臆病風に吹かれてしまう。・・・・でも、せっかく作ったんだし。ちょっとくらいならいいよね?
「・・・・あのー、こんにちわ」
「って、天使キターーーー!!」
「やばっ、・・・・今の話聞かれてないですよね」
「多分・・・・」
「すみません、お邪魔でしたか?」
「いやいや、レンくんがお邪魔なわけないよ。むしろ私以外のやつらが邪魔だよ」
「それはそうと、どうしたのですか? いや、私としてはいつ来てくれてもウェルカムですけど」
「下の方もウェルカム。性的な意味で」
「さっきからうるせえなこのワーム」
「えっと。渡すものがあっただけなので、すぐに仕事に戻ります。・・・・その、ライカさん」
僕の方を見ずに食事をとっているライカさんに声をかける。名指しをしたせいか、さすがに無視されることはなかった。
「なんだ、仕事に出ろと言うのか? まだ休憩時間だろう」
「いやそうじゃなくて。あの、これ僕が作ったんですけど・・・・」
僕は、お皿に盛りつけたサンドイッチを差し出す。
「サンドイッチ・・・・?」
「マスターが作ったサンドイッチじゃないから、あんまりおいしくないかもしれないですけど、よかったら食べてみてください」
「レンくーん、ちょっときてー!」
「はい、ただいま! ・・・・それじゃ、失礼します」
・・・・
・・・・・・
「レンくんの、手作りサンドイッチ、だと・・・・!?」
「あー、でもよかった! ライカさんはレンくんに興味ないから、私たちにくれますよね! 代わりにこのテーブルにある料理なら全部食べて良いですよ!」
「ちょうど三個ある・・・・!」
「・・・・・・わ、私がもらったものだ、礼儀的に私が食べないわけにはいかないだろう!」
「あ、ちょっと!」
「逃げないでください!」
「YO☆KO☆SE!」
・・・・
・・・・・・
お客様で混雑したお昼時も無事に終わって、僕は休憩室で昼食をとっていた。マスターが作ってくれた賄い料理を口に運びながら、さきほどのことを思い返す。
話のとっかかりを作るためにしたことだけど、迷惑だっただろうか。事前にライカさんの好みはオーナーから聞いていたし、不味いということはないだろうけど。
「レン」
悶々としていると、後ろから声を掛けられた。
思えばライカさんから声を掛けてくれたのは、これが初めてかもしれない。
「あ、ライカさん。どうかしましたか?」
「さ、先ほどの件でな」
「お口に合いましたか?」
「・・・・そ、その、う、美味かったぞ?」
「そうですか、よかったです」
「・・・・無事食べられたのは一個だったがな」
最悪、食べてもらえないことも考えていたので、素直にほっとした。
「作ったのは久しぶりだったので、少し安心しました」
「ほう、久しぶりとは思えない形の良さだったが」
「よく、お母さんの手伝いをしてましたから簡単なことはできますよ。といってもサンドイッチなら誰にでもできますから自慢にならないんですけどね・・・・」
「ま、まあそうだな・・・・(私がやるとなぜか形が崩れるのだが?)」
「何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもない!」
ライカさんの機嫌も良さそうだ。今なら避けられてる原因を聞けるかもしれない。
「あの、ライカさん。教えてください」
「な、何をだ」
「僕のことを避けるのは、僕が何か悪いことをしてしまったからでしょうか」
僕がそういうと、ライカさんは拍子抜けしたような顔をする。
「・・・・なんだ、そのことか」
「あの、僕に悪いところがあるなら、言ってくれれば直すよう努力します。ですから――」
僕の言葉を遮って、ライカさんが慌てて声を出した。
「まてまて、別にお前が悪いといったわけではないだろう。その、素っ気ない態度を取ってたのは、・・・・私はあんまり、男と喋ったことがなくてな」
「・・・・そうなんですか?」
「何を隠そう、男でまともに話したことがあるのは父だけだ」
それからライカさんは自分の生い立ちをしばらく話してくれた。辺境で生まれ育って、男はおろか人間ともまともに接したことがないらしく、僕にどういった対応をすればわからなかったという。
「っと、すまんな。私の家族の話なんてどうでもよかったか」
「いえ、話が聞けて楽しかったですよ。いい、お父さんだったんですね・・・・」
楽しそうに話すライカさんを見て、僕も自分のお父さんやお母さんのことを思い出した。
僕のお父さんも、休日は色んなところに連れてってくれたり、お母さんも、優しくて怪我をしたときはいつも心配してくれて、夕飯は僕が好きなもの作ってくれて。
本当に、大好きだった。
「そういえば、レンの親御さんは、いまどうしてるんだ?」
「・・・・もういません。死んで、しまったので」
思い出すのは、町で流行った疫病だ。僕のお父さんやお母さんだけでなく、多くの人が亡くなった。つきっきりで看病したところで、二人とも一向に良くなる気配は見せず、最初にお母さんが死んで、その後を追うようにお父さんもすぐ亡くなった。
ただ、僕に両親の死を悼む余裕なんてなかった。
人の視線。敵意を含んだ視線があちこちから僕に向けられた。疫病の疑いが僕には強くあったから。
向けられる敵意が怖くてたまらなくて、身が竦んで。その視線から逃げるように、僕は生まれ育った町を出た。
「・・・・すまない、悪いことを聞いたな」
「いえ、いいんです」
なんでもないことのように、僕は言う。
「今が充実してますし、お世話になった方々に恩を返そうともしなかったら、お父さんとお母さんは怒ると思います」
「・・・・レンは、その歳で立派なんだな」
「そんなことありません」
ライカさんは何かいいたそうに、視線をキョロキョロと動かしていた。少し話しづらい空気になってしまった。
突然、マスターの焦った声が店内の方から聞こえてきた。
「ライカちゃん! 頼みたいことがあるんだけどー!」
「あー、その!・・・・今はちょっと!」
「ライカちゃーん!! はやくきてー! ヘルプ!」
「ああもう、わかった! 今行く! ・・・・レン、すまないが」
「あ、はい。大丈夫です。僕に構わず早く行ってあげてください」
「悪いな・・・・」
どこか尾を引きずるようにして、ライカさんは控え室を出て行った。
「・・・・はぁ、よかった」
ほっとしたこともあって、溜息を一つ。
別に嫌われているわけではなかったみたいだ。僕の勘違いに終わってよかった。
「ほんとに、よかった・・・・」
声に出して言ってみるとやっぱり安心する。
話をしている間に、冷めてしまった賄い料理を口に運ぶ。少ない量だったので、一息に食べ終えた。
今の僕はとても幸せだ。気の良い人達に囲まれて、毎日がとても楽しい。疑う余地もないくらいに。
だけど、ふいに頭に浮かんでしまうんだ。
・・・・この幸せな時は、いつ終わってしまうのだろうかと。
15/12/04 12:11更新 / 涼織
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