城主と正義と苦と楽と。
私は今、城の中の一室(一般的な会議室程の大きさで他の部屋と同じ様な装飾だ。)で城主のリリム……アイリス様を待っている。ライトノベル等を読んでいるとよく[初対面の相手、しかも目上の人に対して何食わぬ顔で仲間に対して接する様な態度をとる]キャラクターを良く見かけるが、自分がそんな立場に立ったらそんな態度は逆立ちしたかって取れないよ。あれはあくまでも創作上の、所謂[そういうキャラクター性]を付与されただけかもしれないが、こっちは生身の人間……それも2・3日前までは教授とかバイト先とかで日常的に敬語を使っていた健康優良礼儀正しいマンだったのだからあったことも無い相手だとしても城主相手には様ぐらい付けてもいいと思うどこr
「こんにちは。初めまして♥」
「こ、こちらこそ初めまして」
どうでもいい事を考えていたらいつのまにか城主……アイリス様が目の前に居た。
礼儀について考えていたら初手ワンミスじゃあないか!
「私は好意雪虎と言いま……」
礼儀正しくしようと半ばカチコチに緊張しながら挨拶をしようとした。相手の目を見て話すのがマナーだと思いアイリス様の顔を見る。………
……あの夜にパソコンの画面に映っていた顔と同じじゃあないか。
「あらあら、緊張で言葉が出てこないのかしら?それとも[あの時に見た顔だーっ!!!]って考えてるのかしらね?」
「お恥ずかしながら全くもってその通りです……!すいません。驚き過ぎて言葉が出てきませんでした……」
「いえいえ、良いのよ♥……そうね。あの夜に会った時から数えて顔を合わせるのは2回目になるわね。私の名前はアイリス。[アイリス・ラビングハート]よ」
あの夜からの出来事をふと思い返す。パソコンで偶然覗き込んだ別世界。塗装用のコンプレッサーを買いに出たら迷い込んでしまった別世界。……今私がこうして実感している[別世界]。
「無礼を承知で単刀直入に聞いても良いですか?」
聞くには早い方が良い。何故私が、好意雪虎がここに迷い込んでしまったのかを。
「貴方が聞こうとしていることが……そう。手に取るように分かるわ。貴方が聞きたいのは[何故俺がこの世界に居るのか]と言う事でしょう?」
何故バレたし。と思ったが呼んだのが彼女だとしたら会って最初の質問で聞かれる内容はほぼほぼ予想通りで当たり前なのだろう。
「はい。何故私がここに居るのですか?(初手で帰りたい発言をするのも何か悪いしなぁ……今は我慢だ)」
「うふふ……。それは……そうね。貴方には[君の居る現代の世界]と[私達魔物娘達の居る図鑑世界]の橋渡し役となって欲しいのよ」
重荷にも程があるだろうに!
「橋渡し……ですか?すいません。大変申し訳無いのですが私には出来そうにはありません。私のいる世界では私は大きな権力や発言力は無いのです」
魔物娘を侍らせて大量のカメラクルーの前で記者会見なんざ言語道断だ。家族や友人からの反応を想像すると少なくとも普通の日常には戻れなくなるだろう。……あ、魔物娘スキーの友人からは大層喜ばれるだろうけども。
「いや、記者会見を開くとか世界中に発表する役を一任する訳では無いのよ?」
恐ろしい程の読心術、私でなきゃ逃げ出しちゃうね。
「貴方には[世界を行き来する事で"壁の穴"を広げて]欲しいのよ。」
そんな巨人が進撃してる漫画じゃないんだし……と細かいツッコミは抑え込んで、と。
「壁の穴……ですか?」
「貴方が行き来することによって、二つの世界を隔てる壁を越えられる様に……いずれは日常的に図鑑世界とそちらの世界が交流出来るようにしたいのよ」
……これもし相手がタチ悪いエイリアンとかだったりしたら恐ろしいSF映画みたいになるじゃないか。だけども相手は魔物娘。しかも話をした感じだと悪意を微塵も感じない。
………まーさか、侵略とかにはならないだろう。なる訳が無い……筈だ。いざとなったらその"壁の穴"を塞げばいい。方法は知らないが。
良し。物事は努力をすればいつか絶対良い方向へ進むと言う格言(模型の師匠談)を信じよう。きっと何とかなるのだ!
「はい……。分かりました。その役目、頑張らせて頂きます!」
この決断が後に大きな波乱を呼ぶ……なんてモノローグが着いてしまう程のヤバい事にならないのを心から祈る。
「さて、それじゃあ仕事の話はこれでおしまいっ!あぁ〜、やっぱり城主ペースで喋るのは疲れちゃうわねぇ〜。あ、雪虎ちゃんもゆっくりしていいわよ♥」
「え?……ええ?」
ポルナレフのコピペ(何を言ってるのかわからねーと思うが……のアレ)を脳内に浮かべながら私は大層困惑した。威厳のある、凛々しくも美しい女性だと思っていたらいつの間にか空気が抜けたようにふわーっと、緩い感じの雰囲気を醸し出す女性へと変貌を遂げていたのだ。
「職業柄仕事や真面目な話になるとなかなかどうして硬い喋り方になっちゃうのよねぇ。あ、何で今ゆるーくなっちゃったのかな?とか考えてるでしょう?顔に出ているわよ♥」
顔は口程に物を言うとはまさにこの事。
……顔じゃなくて目か。まあいいや。
「顔に出ちゃってましたか……これは失礼。仕事モードとの切り替え幅が凄いですね……」
「……貴方、気付いていなかったみたい……いや、気付かない方が普通なのだけれど、貴方には何重にも魔術を重ねて隠されていた監視魔法が掛かっていたのよ。部屋に入った時に違和感を感じてね。真っ先に解呪の魔法を掛けさせてもらったのだけれど幾つも隠蔽の魔術が残っていたからそれをさっきまで解いて居たのよ。それで"仕事モード"だったという訳ね」
恐ろしい事もあるものだ。いつの間にか歩く盗聴器に仕立てあげられていたなんて。おのれ教団め。教団が何の組織かは知らないけれど、手段を選ば無いのであればそれはヤバい組織な事には変わりない。
「解呪ありがとうございます……いやはや、歩く盗聴器になっているとは怖いものですね、魔法って……」
「火も薬も魔法も同じよ。使い方を間違えたらどれも有害なものになってしまうわ。……そう。貴方は2日前のあの時、何か違和感を感じなかったかしら?」
「違和感……ですか。あの時はひたすら相手を倒す事しか……」
「正義に駆られたからって"刃物を持って全力で相手を切りつける"事に疑問を抱かないかしら?」
ハッとした。良く考えると確かにそうだ。殺人事件が起きたとしてもハサミや包丁、果物ナイフ等が凶器となる事が多い。"斧やナタ"等の殺傷能力の高い物を使った犯行は殆ど聞かない事も踏まえて、その時の私は[非常に高い殺意を無意識の間に抱いていた]事になる。
「気付いたようね。人は[正義]の大義名分を得た瞬間、振るう刃の力は酷く大きくなるわ。」
「私はあの時……もし……相手が土人形でなければ……ああっ!」
彼女曰く、あの時の私は無意識の間に軽い錯乱魔術を自分に掛けてしまっていたそうだ。魔力に慣れていない体でキャパシティを超えた魔力を得てしまったのも原因の一つらしい。
「……ごめんね。いくら辛くても貴方はそれを理解しないと行けないの。これから先色々な事があると思うわ。その中で、どうか自分の正義とは何か……見失ってはダメよ♥」
「……はい。痛いほど理解しました。ありがとうございます」
人殺しなんて一生縁のない事だと思っていたが、いつの間にかその一歩手前を行っていた。相手が敵であろうとそいつには仲間が居る。家族が居る。友人が居る。間違えても殺しなんざしては行けない。殺してしまった時、私は私じゃなくなるだろう。
「……さぁて!暗い気分にさせちゃったわね!この城の見取り図に書いてある……ここ。この部屋を貴方にあげるわ。しばらくの間ゆっくりリフレッシュして欲しいと思ったのだけれど……いかがかしら?」
思ってもない幸運だ。最悪何処かで野宿をするか彷徨うか……とも考えた寝泊りできる場所を提供してくれるとは。暗い気分も(簡単に忘れては行けないのは承知だが)すっかり軽くなった。
「ありがとうございます。アイリス様!しばらくの間お世話になります。改めて……好意雪虎です。これからよろしくお願いします!」
−−−
数分後、私は渡された地図(可愛いアイリス様のイラスト付き。しかも一緒に渡された小袋にはここの通貨が幾つか入っていた!)を頼りに城の三階、街が一望出来る部屋に辿り着いた。
−−−
「なんとまぁ……良い景色だなぁ。人々の活気溢れる城下町、爽やかに広がる草原、驚いた事に意外と近くにある雄大な海。……なるほど、この間来たのとは真逆の方向は港町風になっていたのか……潮の香りも確かにするなぁ。後で市場を見に行こう」
私に与えられた部屋は嬉しい事にキッチンが着いている他、冷却の魔法がかけられた箱(冷蔵庫だろう)やふっかふかのベッドが備え付けてあり、いたれりつくせりな待遇だと思った。
ただ一つ気がかりな事があるとすれば………元の世界はどうなっているのだろうか。
その事がどうにも不安だ。
悩んでいても仕方が無いのでとりあえず市場に散歩に行く事にした。服もいま着ている物しか無いし、普段は食べられなさそうな別世界ならではの食べ物も食べたい。
ああ、楽しみだ。
18/09/13 01:22更新 / 回り続けるO(オー)
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