紅い髪の青年
私は今日、初めて主神様から依頼を頂いた。
それは勇者の素質を持った人間を《真の勇者》へと導くこと。
……実際言えばこの依頼は今まで数々の戦乙女に依頼された事なのだが、皆天界を発った途端それぞれ行方不明となった。要は依頼のたらい回しである。
これはあくまで依頼なので断る事はできる
しかし、これも主神様からの依頼。断わる訳にもいかない。
天界を発った後、私は勇者候補の人間が居るとされる場所へ飛んだ。
そこは魔族領と反魔族領間の戦場だった。いや、正確に言えば戦場跡地だった。
戦が終わってまだ間もないのか、辺りにはまだ火の手が残り、火薬の臭いが鼻を突く。
「……こんな所に勇者となりうる者が居るのか」
私の思い浮かべていた勇者は、まぁ普通の少年だったり王国のしがない騎士だったりするのだがそれはあくまで私の理想でしかない。むしろこう言う戦場にこそ勇者が存在するのだろう。
「それにしても、ここは間もないとは言え戦場跡だ。普通、もう人など立ち去っているものなのだが……」
しかし、勇者候補の反応はここから動いていない。つまり間違いなくここに居る。
「もしや負傷者なのでは?」
などと呟きながら周辺を探す。
だが、一向に見つからない。
「まったく、もっと正確な場所が分かれば苦労はしないのだが」
後探していないのは……魔界にもっとも近づいた場所にある丘だ。
少々の不安を抱えながら私は足を運ぶ。
そしてそこに、《彼》の後ろ姿があった。
《彼》と断定したのは体格がまさしく男だからだ。ガッチリとしたものではないが、それなりに鍛えたくらいの。黒く焼け焦げた外套にボロボロになった裾のズボン。そして遠目からでも目立つ真紅の髪は背中を隠すほど長く、手入れをしていないのかボサボサだ。
そして彼は、目の前の死体の山を眺めている。
死体の山は、人と魔物の物が混じっていた。刺し傷、切り傷、焼死体。死因は様々だが、それが人間なら男女問わず、魔物なら種族問わず積まれていた。それも数十メートルも離れた私の位置でも見上げるほど沢山の死体が。
それを少年は火葬するでもなく、ただただ眺めている。
これが勇者候補だと?
そう思うほど、彼の雰囲気は勇者のそれではなかった。
むしろ逆で、まるで死神の様な佇まいだった。
しかし、ここで生きているのは彼しかいない。彼が勇者候補なのだろう。
私は意を決して彼に近づいた。
約五メートルあまり。音だとか気配だとかで気づいていても良い筈の距離だが、彼は一向に山を眺めていた。
「君、話を良いか?」
声をかけると、やっと彼は振り向いた。
「――――」
私は、戦慄した。
その顔は一言で言うと、容姿端麗。
骨格が整い、鼻が高く、やや釣り目の青年。しかしその表情は無感情の様でそうではない、良く分からない意味深な笑みを浮かべていた。まるで死神のように。
私は死神などこの目で見た事はない。しかし、そう思わざるを得なかった。
「どうかした?」
私が固まっていると、少年の方から口を開いた。
私は気を取り直し、話し出す。
「この死体の山は、ここの戦死者か?」
「うん。この辺り全部の遺体をここに集めたんだ」
「魔物もか?」
「そうだよ」
「……火葬するのか?」
「あなたはしたいの?」
「…………」
青年は自然体で私と会話する。正直言って異常だ。私は逃げるように話をそらす。
「君、名は?」
「無いよ」
青年は即答する。
「無い?」
「名前なんて貰った事も無いし呼ばれた事も無い。だから好きなように呼んでよ」
変わることの無い微笑みでそう言う。
調子が狂う。何なんだ、この青年は。
「…………分かった。それは後で決めよう」
私は胸の奥の不快さを堪えつつ本題に入る。
「私は主神から遣わされた戦乙女、《ヴァルキリー》のクレアだ。勇者の素質を持つ君を《真の勇者》へと導くため、君を迎えに来た」
「そう。ならクレアさん、その《真の勇者》って何?」
「迫りくる魔物の脅威を払い、人類を救済する者の事だ」
突然の問いだったが、私は平然と答える。《真の勇者》とはそう言う物だろう。疑う余地も無い。
「そう」
青年は納得したように頷いた。だが、直後にふっと息を吐く。
「なら、僕にはその《真の勇者》になれそうにない」
「なに?」
何を言っているんだこの青年は。勇者の素質を持っていると言うのに、なれないだと?
「何故なんだ?」
鼓動が大きくなる。
呼吸が荒くなる。
額に汗が滲む。
そして――
「僕は《平等主義者》だから」
――不思議と、彼の存在に魅入られた。
それは勇者の素質を持った人間を《真の勇者》へと導くこと。
……実際言えばこの依頼は今まで数々の戦乙女に依頼された事なのだが、皆天界を発った途端それぞれ行方不明となった。要は依頼のたらい回しである。
これはあくまで依頼なので断る事はできる
しかし、これも主神様からの依頼。断わる訳にもいかない。
天界を発った後、私は勇者候補の人間が居るとされる場所へ飛んだ。
そこは魔族領と反魔族領間の戦場だった。いや、正確に言えば戦場跡地だった。
戦が終わってまだ間もないのか、辺りにはまだ火の手が残り、火薬の臭いが鼻を突く。
「……こんな所に勇者となりうる者が居るのか」
私の思い浮かべていた勇者は、まぁ普通の少年だったり王国のしがない騎士だったりするのだがそれはあくまで私の理想でしかない。むしろこう言う戦場にこそ勇者が存在するのだろう。
「それにしても、ここは間もないとは言え戦場跡だ。普通、もう人など立ち去っているものなのだが……」
しかし、勇者候補の反応はここから動いていない。つまり間違いなくここに居る。
「もしや負傷者なのでは?」
などと呟きながら周辺を探す。
だが、一向に見つからない。
「まったく、もっと正確な場所が分かれば苦労はしないのだが」
後探していないのは……魔界にもっとも近づいた場所にある丘だ。
少々の不安を抱えながら私は足を運ぶ。
そしてそこに、《彼》の後ろ姿があった。
《彼》と断定したのは体格がまさしく男だからだ。ガッチリとしたものではないが、それなりに鍛えたくらいの。黒く焼け焦げた外套にボロボロになった裾のズボン。そして遠目からでも目立つ真紅の髪は背中を隠すほど長く、手入れをしていないのかボサボサだ。
そして彼は、目の前の死体の山を眺めている。
死体の山は、人と魔物の物が混じっていた。刺し傷、切り傷、焼死体。死因は様々だが、それが人間なら男女問わず、魔物なら種族問わず積まれていた。それも数十メートルも離れた私の位置でも見上げるほど沢山の死体が。
それを少年は火葬するでもなく、ただただ眺めている。
これが勇者候補だと?
そう思うほど、彼の雰囲気は勇者のそれではなかった。
むしろ逆で、まるで死神の様な佇まいだった。
しかし、ここで生きているのは彼しかいない。彼が勇者候補なのだろう。
私は意を決して彼に近づいた。
約五メートルあまり。音だとか気配だとかで気づいていても良い筈の距離だが、彼は一向に山を眺めていた。
「君、話を良いか?」
声をかけると、やっと彼は振り向いた。
「――――」
私は、戦慄した。
その顔は一言で言うと、容姿端麗。
骨格が整い、鼻が高く、やや釣り目の青年。しかしその表情は無感情の様でそうではない、良く分からない意味深な笑みを浮かべていた。まるで死神のように。
私は死神などこの目で見た事はない。しかし、そう思わざるを得なかった。
「どうかした?」
私が固まっていると、少年の方から口を開いた。
私は気を取り直し、話し出す。
「この死体の山は、ここの戦死者か?」
「うん。この辺り全部の遺体をここに集めたんだ」
「魔物もか?」
「そうだよ」
「……火葬するのか?」
「あなたはしたいの?」
「…………」
青年は自然体で私と会話する。正直言って異常だ。私は逃げるように話をそらす。
「君、名は?」
「無いよ」
青年は即答する。
「無い?」
「名前なんて貰った事も無いし呼ばれた事も無い。だから好きなように呼んでよ」
変わることの無い微笑みでそう言う。
調子が狂う。何なんだ、この青年は。
「…………分かった。それは後で決めよう」
私は胸の奥の不快さを堪えつつ本題に入る。
「私は主神から遣わされた戦乙女、《ヴァルキリー》のクレアだ。勇者の素質を持つ君を《真の勇者》へと導くため、君を迎えに来た」
「そう。ならクレアさん、その《真の勇者》って何?」
「迫りくる魔物の脅威を払い、人類を救済する者の事だ」
突然の問いだったが、私は平然と答える。《真の勇者》とはそう言う物だろう。疑う余地も無い。
「そう」
青年は納得したように頷いた。だが、直後にふっと息を吐く。
「なら、僕にはその《真の勇者》になれそうにない」
「なに?」
何を言っているんだこの青年は。勇者の素質を持っていると言うのに、なれないだと?
「何故なんだ?」
鼓動が大きくなる。
呼吸が荒くなる。
額に汗が滲む。
そして――
「僕は《平等主義者》だから」
――不思議と、彼の存在に魅入られた。
15/02/09 02:05更新 / アスク
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