連載小説
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蜘蛛の樹海
人間って言うのは誰も彼も同じじゃない。
ひとりひとり趣味や嗜好は違うし、考え方も様々だ。
でも、何故か皆他人と同じになろうとする。
「あいつがああしてるからそうしよう」とか「皆こうだからこれは正しい」とか、いつも他人に合わせてる。それで気付けば『常識』なんてものが出来て、『社会』なんて言う巨大なグループが出来上がる。
それが当たり前のように。


だから『異常者』は嫌われる。


「貴方名前は?」
「ジャック・マイベス。二十四歳独身!」
「独身までは聞いてないわよ」
女騎士が呆れて溜め息を吐く。
彼女の冷えた視線の先には顔に殴り傷が一つで縛られている俺、ジャック・マイベスが居た。
あの遺跡で彼女に斬りかかった所、軽くあしらわれて引っ捕らえられてしまったわけだ。
で、現在俺は馬車に揺られている。殺人犯を引き渡すそうだ。
このままバレなきゃ俺もジャック・ザ・リッパーの仲間入りだったんだけどな〜。通算九人殺害!とかな。
「んで、あんたは?」
「はぁ?」
「あんたの名前」
俺が女騎士の名前を問うと、女騎士は鼻で笑った。
「貴方みたいな盗賊に名乗るとでも?」
「けひひっ!名乗らせといて名乗らない。気高いねぇ。ってか俺は盗賊じゃねぇし」
俺の話は聞いていないのか無視され、女騎士は怪訝な視線で俺を見る。
「貴方、どうやってあの遺跡の最奥の部屋に入ったの?あそこは最近私が見つけたばかりで、誰にも荒らされた形跡はなかったはずだけど」
「知〜らね。女を四人殺したのが警察にバレて逃げてたらいつの間にかあそこに居たですたい」
「あら、貴方殺人犯だったのね。それで金品盗んで逃げた先があそこなのね?盗賊らしいわ」
この少女はどうも俺を盗賊だと思い込んでいるらしい。世間一般から見て俺はそれ以上に酷いらしいが、俺はどんなに良く見られても悪く見られても見当違いな見られ方が嫌いだ。
自分の不利なんて考えず弁解を図った。
「おいおい、俺は金品なんて盗んでねぇよ。ただ殺しただけだ」
「何?盗み損ねたの?」
「金とか興味ないね。ただ人をナイフで切りたかっただけさ」
女の眼差しが軽蔑に変わる。
「…………貴方異常ね」
「けひひっ!良く言われる。でも俺は普通だぜ?何時だって正常運転さ」
俺の言葉を聴いた女は怪訝な顔をする。
「ただ人を殺したい奴の何処が普通よ」
「自分を普通だって思ってる奴は普通だぜぇ?本当に狂ってる奴は自分でさえ狂ってるって思ってる。けはっ!だから俺は狂ってない。後、俺は殺したいんじゃなくて切りたいんだ」
「はっ、屁理屈ね」
無視かよ。……良いや。殺し云々は置いとこう。
「誰が正常で誰が異常かなんて多数決だぜ?所変われば意見もそれぞれ。そんなものよりかは確かな理屈だと思うね」
「それでも貴方みたいな人間は貴方だけよ」
「当たり前だ。人間人それぞれ、俺は俺一人だけだ」
「……貴方と話すと疲れるわ」
ガコンッ!と馬車が揺れる。全く、この馬車揺れすぎじゃねぇの?
外の覗き込んだ女の口角がニヤリと上がる。
「……もうそろそろね。さてジャック、殺人犯である貴方の身柄はもうすぐ王都の騎士に引き渡されるけど、今の気分はどうかしら?」
……ん?……今王都っつったか?……いやでも王都か。女王いるし。
まぁ良いや。率直に答えよう。
「俺好みの綺麗な嬢ちゃんとおさらばするんだから凄く残念だね」
「き、綺麗っ……ゴホン!」
女は一瞬顔を赤く染めるが、咳払いしてすぐさま平静を取り戻す。
「……ちなみに、貴方が持っていたこの剣は私が後生大事に使っていくつもりだから」
少女は何故か誇らしげに遺跡にあった剣を腰に提げて見せつける。まぁでも、俺からは「はいそうですか」ぐらいしか言いようがない。
「別に良いぜ。確かに切り心地良さそうだけど重いし、扱いずらいし」
「え?」
少女は面食らった様子ですっとんきょうな声を上げる。
「何か問題でもありますかぁ?」
「……何でもないわ」
少女はまた咳払いをした。


「ちょっと、引き取れないってどう言うことよ!?」
「いえ、何の罪も犯していない者を捕らえるわけには行きません」
「でもこいつ女性を四人も殺したって言ってたのよ!?」
街に女騎士の大声が響く。門番の騎士は困った顔をした。
どうやら何かトラブルがあったらしい。俺は少し離れた所で放置されているため聞き取れない。ただ引き渡しが上手くいっていないらしい。
「ですが、そんな報告は何処の街からも受けていませんし、もし外国での事件でしたら管轄外になります。それに、『女性』でしたらただの比喩で魔物を殺しただけかも知れませんし……」
「な、……んぬぬぬ……!」
何だか良く分からない事を言っているが、交渉は決裂したみたいだ。
女騎士はキッと鋭い眼光で俺を睨む。
するとドスドスと女らしくない歩き方で俺に近寄り聴いてきた。
ってかすげぇ迫力……。
「貴方本当に女性を四人も殺したんでしょうね!?」
「ああ」
「どの国のどの街で何処でやったの!?」
「イギリスのヘルストリート」
「へぇ、イギリ……それ何処?」
「はい?ってかこここそ何処?」
イギリスってほとんど島国のはずだ。グレートブリテン島とかだいたいの国だってとっくの昔に統合してるし、早々簡単に外国へ行ける筈がない。
それに、門の向こう側の景色は街並みは似ているが、町民は若干時代錯誤な服装だ。
しかも、いかにも騎士然とした門番の服装もやはり俺の知っているものではない。
「貴方本当におかしいわ。ここはエルグランド王国の王都ベルニアよ」

……本当にここ何処すか?


結局女騎士は交渉に失敗し、俺は拘束を解かれ自由の身になった。
そして、目的を無くした女騎士はただ道に沿って歩いていた。
「は〜!も〜!犯罪者引き渡して懸賞金頂く筈だったのに〜!」
「俺は助かったね。いや〜ここ何処だか知らねぇけどホント助かったわ!けひひっ!」
そして俺はそんな彼女に付いてきた。女は俺を煙たがっていたが、無理矢理引き剥がそうとも結局付いていくためもう諦めている様だ。
「貴方が助かったって誰の得にもならないわよ!」
「残念不正解!俺の得にはなる」
「もう貴方面倒臭い!」
少女は盛大に溜め息を吐いて項垂れる。
「なぁ、嬢ちゃん?」
「何よ?って言うかその『嬢ちゃん』って言うの止めてくれる?」
「ならそろそろお名前をお伺いしても?」
「誰が貴方なんかに名乗るもんですか!」
「ぬぅ、それは残念だ。じゃあこれからは『僕の可愛いお嬢さん(my cute Kitten)』と呼ぶことにするわ」
「なっ!何勝手に変な名前を!貴方って奴はもう……!〜〜〜好きに呼べば!?」
と言うわけで僕の可愛いお嬢さんは不機嫌に地べたの石ころを思い切り蹴った。
ワオ、飛ぶねぇ、あの石ころ。そこら中に生えた巨大な樹木で見失うが。絶対百メートルは跳んだぞあれ。
と言うか、俺らはいつの間にか森の中に突入していた様だ。それも小人になったかの様な錯覚を覚えるほど樹木が大きく、かなり暗い。
だが、特に気にもせず俺は拍手喝采した。
「僕の可愛いお嬢さんは凄ぇなぁ!」
「………………」
僕の可愛いお嬢さんは顰めっ面で立ち止まる。
「おいどうした?僕の可愛いお嬢さん?さっきから期限悪いみたいだが、……あ、もしかして『女の子の日』かい?」
お、今度は震えだした。ヤッパリ生理か。女って面倒だよな〜?
「なぁ、ぼーー」

「だああああああ!もう!ソフィよ!ソフィ・ハルシオン‼」

とうとう忍耐の限界が来たようで自分から名乗ってしまった。
「そうかソフィか!綺麗な名前じゃないか!これからよろしくソフィ!」
「よろしくするつもりなんか無いわよ!」
差し出した手が叩かれた。
「ははは、所でソフィ、これから何処へーー」
「しっ!動かないで」
「んぁ?」
さっきまで噴火していたはずのソフィはいつの間にか冷静に、かつ殺気立っていた。
ソフィの視線を追うと、何やら茂みの向こうで蠢いていた。
「あらぁ?こんな所に人が来るなんて、珍しいわねぇ?」
出てきたのは一人の女性だった。
だが、決して人間の女性ではなかった。
女の上半身に蜘蛛の下半身。
「けはっ、ははは、おいソフィ、……ありゃ何だ?」
「アラクネよ。情報に寄ればかなり好戦的で、危険な種族らしいわ」
「いやそうじゃなくて、あんな化けもん初めて視たぞ」
「……貴方『魔物』を知らないの?」
は?魔物?……マジかよ実際に居るのかよ。
「あらぁ?お兄さんひょっとして私達魔物を視るのは初めて?」
俺はアラクネの姿をまじまじと見詰める
初めて見るアラクネの姿に、妙な高揚感を覚えた。
アラクネは胸を強調する様に腕を組み、深い谷間と、艶かしい目線で俺を煽る。
「……!ジャック駄目よ!魅了されちゃ!」
「……良い乳だ」
「馬鹿、ジャック‼」
俺の足が自然と前に出る。
「あらあらぁ、私のおっぱいがお好みぃ?良いわよ、こっちに来て?触らせてあげる」
アラクネは手を伸ばし指をひとつひとつ折り曲げ誘う。また一歩、俺は歩みを進めた。
「けひっ、けひひひっ!」
「ジャック‼」
「さぁ、こちらへいらっしゃい?」
駄目だ。もう辛抱たまらん。

「切りてぇええ‼」

「ーーえ!?」
「は?」
狂声を発した俺に、ソフィとアラクネは揃って動揺した。
「お借りしまぁす‼」
「え、ちょっ!?私の剣!」
俺はソフィの腰から黒剣を奪い取り、アラクネに突進する。
そして俺はアラクネに斬りかかりアラクネは後ろに跳ね避けた。
「な、何なのあなた!普通じゃないわ!」
アラクネが叫ぶ。
「けはははああぁっ‼あんた凄ぇ良い体してるじゃねぇか!その乳、その腰、いやそれ以上にそこから下の蜘蛛の足ぃ‼切ったら一体どんな感触なんだろうなあ!!!!!」
俺は剣を振りアラクネを切ろうとするがアラクネは難なく避けきる。
う〜ん、ヤッパリ重いし扱い難い。慣性で腕が逝きそうだ。
アラクネは後退し木に上る。
「ここまで来れるかしら?」
「生憎だが木登りは得意なんだぜ!?」
俺はアラクネを逃がさないよう出来る限り素早く木によじ登り、人が普通に立っていられる程の太い枝に。
するとアラクネが俺に背を向け巣の通路から逃げる。
俺はそれを好機と見てアラクネに剣先を向ける。
「そこだぁあ!」
「フフ」
だが、アラクネに剣を突き立てようとした腕が止まった。
「ん?ありゃ……?」
見れば腕に糸が巻き付き、身動きが取れなくなっていた。
「あなた、あまり剣を扱った事ないでしょう?隙だらけよ」
「……けははは」
俺は剣を手放した。黒剣はアラクネの巣を切り裂き、下へ落ちていく。
「あらぁ?降参したのぉ?」
アラクネがニタリと笑う。
「けひひひ、……パス」


「でやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああーー!!!」


「ーーーーっ‼」
突然聴こえた叫び声。
それは木の真下から近付いて来た。
なんとソフィが木々の間を壁蹴りで登って来たのだ。手には俺がさっき落とした黒剣が握られている。
そしてソフィはアラクネの背後を取る。
「しまっーー‼」
アラクネは動揺し身動きが取れない。
ソフィは黒剣を一閃し、剣をアラクネに食い込ませた。
「ーーぇやあああああああああああああああ!!!!!」
「クッッ、ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
アラクネは断末魔を上げながら巣から落ちていく。
「……けひひ、本当は俺が切りたかったんだがなぁ……」
「あっそ。……ふぅ」
ソフィは一息吐いた。地面にベタンと着地したアラクネが動かない事を確認すると、俺を縛り付けていた糸を切った。
「おっと、ありがとさ……ん?」
だが、ふと気付く。巣から離れる事は出来たのだが腕を拘束している糸は切れていなかったのだ。
「……ソフィさん?」
何やらソフィは怒りのこもった視線を俺にぶつけている。
「……私から剣を奪ったのと同時にどさくさに紛れて私のお尻を触った罰よ」
「触ったんじゃない。当たったんだ」
「思い切り揉んでたじゃない、二回くらい‼」
「バレてたか」


……なんだろう。息切れかしら。
妙に鼓動が早い。少し体も熱い。
それに……、今の感覚………………。
何て言ったら良いか。

少し、満たされたと言うか、……気持ち良かった。

私は首を振り、錯覚だと自分に言い聞かせる。
「……あの変態じゃないんだから!」


苦労して木から降りると、俺らは森の出口を探した。
「あんたがアラクネ追っかけたせいで道に迷っちゃったじゃない‼」
「切りたかったもんはしょうがない。衝動だ」
「はいそうですか。全く……、さっさとここから出るわよ!」
ソフィは出口を探して先へと進む。
俺も付いていこうとしたが、途中で倒れていたアラクネの姿が見え立ち止まった。
「……ぁあ?」
……おかしい。
アラクネはどうも死亡なんかしていなかった。気絶している。さらに切り傷も存在しない。
って言うか、事後の後の惚けた顔をしている気がした。
……あ、そう言えばこいつまだ切ってない‼あの下半身の感触を楽しまないと‼
「ソフィ!剣貸しーー!」
「誰が貸すかぁ‼油売ってないでさっさと来なさい!」
全て言い切る前にソフィは断固拒否を言い放つ。ーーって、え?
「付いてって良いのかい?」
「はぁ?……あ」
ソフィは自分で自分が言ったことに気づき、頭を手で抑え悶えた。
「何で私今あんなことを!ジャック!付いてこないで!」
「訂正は効かねぇぜ!どこ行く宛もねぇし付いて行きまぁす‼」
「だああああああああ‼来なくて良いわよおおおおお!!!」
俺はソフィの拒絶を無視して強引に付いていくのだった。


……ん?何故ソフィを切らないのかって?
う〜ん、もったいないからかね?……自分でも分からねぇや。
16/05/17 01:42更新 / アスク
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■作者メッセージ
「My cute kitten」直訳すると「僕の可愛い子猫ちゃん」。
なんかその方がらしいかなと思って敢えて「お嬢さん」にしました。

ちなみに、ジャックが元居た世界の年代はジャック・ザ・リッパーの事件が発生した1888年から1、2年立った1880年代終わりから1890年代初期のイギリス。

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